スツール

ターバン女のひとりごと

2025.02.16 更新

『一期一会』

夫の知り合いのニューヨーク在住のご夫婦が、嵐山を観光しがてら我が家に遊びにきてくれた。
旦那さんはアメリカ人で、奥さんは日本人、実家が東大阪のあたりでとても気さくでノリの良い方だ。
数年前に帰国した際に夫のパーカッションクラスのレッスンを受けにきてくださったことがご縁で、わたしと息子は初対面である。息子は照れながら挨拶する。
お茶をお出しすると、ヤスヨさんがお目々をくりくりとさせ、「おいし!」と驚かれた。先ほど嵐山でええお抹茶を飲んできたばかりだというのに、我が家の西友で買ったなんてことない玉露に驚かれるとは一体どういうことなのだ。嵐山の抹茶屋どうした。
以降、別の話題になっても、「いや、おいしいわ〜」とヤスヨさんは感嘆の声を漏らす。その度に西友で買った100グラム600円のお茶がウエ〜イとノリノリで喜んでる気がする。それぐらいヤスヨさんの歓喜っぷりはすごかった。こんなにお茶の出し甲斐がある人はいない。
ビクターさんは落ち着いた感じの物静かな方だが、ヤスヨさんはおしゃべり好きのなにわっ子という感じで二人の対比がまた良い。

話の中で当時ワールドトレードセンターで働いていて911のあの日を目の前で体験したというヤスヨさんの話になった。
オフィスに向かう直前でエレベーターが封鎖され、地下で難を逃れたそうだが、別の日本人の同僚は仕事の責任感からかオフィスがあるサウスタワーへ向かい、その後2機目のハイジャック機が激突し、同僚たちは帰らぬ人になったのだという。他のアメリカ人の同僚は仕事よりも身の方が大事だとオフィスへ向かわず助かった。日本人の真面目さっていうか、勤勉さがね・・とヤスヨさんはやりきれない顔で語る。
命よりも大切なものはないが、その命よりも仕事を優先させてしまう国民性って一体何なのだろう、と考えずにはいられない。
その一連の流れをすべて日本語でやりとりしているので、ビクターさんだけぽかんと待ちぼうけスタイルになってしまっていることを察し、途中でヤスヨさんは通訳すると、「ああ、その話か・・」と納得した。
歯車がひとつでも違えば、いま目の前にいるヤスヨさんやビクターさんとも出会えていないと思うと、人生のご縁というのははかり知れない。
ご夫妻、夫、息子とみんなで茶を啜り、草餅を食べているこの平和な瞬間が奇跡のように感じてしまう。
ミュージカル俳優を志してニューヨークへ移住したヤスヨさんと、大学で教鞭を取りながらラテンバンドを組んでいるビクターさん、パッションとエモーショナルに溢れたおふたりと夫で、最後少しだけセッションすることになった。一期一会のセッションだった。ふだんあまり演奏に関心を持たない息子もこの時だけはじっくりと聴いていたように見えた。
帰り際、ヤスヨさんが歓喜していたお茶をあるだけ全部パックに詰め込んでお土産にお渡しすると、飛び上がって喜んでくれた。西友のお茶もジップロックの中でシャーーーッとガッツポーズしているだろう。

ふたりを見送ったあと、息子が「いい人たちだったね」とつぶやいた。

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