『踊る日本人⑦』
やや浅黒いおっちゃんの姿形をした、踊りの神様のご指導がとうとう始まった。
細かい振りの声かけ、眼差しは真剣だ。
適当には踊れないし、もう逃げられない。
それまで適当に楽しく踊っていたのに、細かい指導が入ると、急に頭を使いだすので途端にぎこちなくなり、手と足が同じになったり謎の動きに突入する。
頭を使うとロクな事にならない。
踊りの先生も言っていた。
「頭つこたらあかんで」
程よい所で小休憩に入り、踊りの神様は和やかな顔で笑った。
「8割方踊れてます。ただ、もう半歩出す、これを意識してやるのとやらんのとでは大分違ってきますんや」
半歩出す指導が始まった。こんなに熱心に指導を受けている素人は、見渡したところ自分だけである。
もうこれ研修やん、と白目を剥きながら一心不乱に指導を受け、少し離れた場所から見ていた夫と目が合う。
グラサン越しにニヤリと笑っていた。
「もうあのおっちゃんの指導が止まらへんねん!」とミネラルウォーターをがぶ飲みしながら夫にいうと、「・・踊りの神様に味方されてるんやな」と、チューハイ片手に妙に冷静につぶやく夫。自分は踊っていないので大変涼しい顔をしている。こちらは白目を剥きながら汗だくだというのに。
再開のアナウンスが流れると、体が勝手に輪の中に入っていた。
もう、開き直って楽しく踊ろう!
しっとりとした曲が続いていた中、大変テンポの良い曲が流れ、今まで見かけなかった威勢のいい若者たちが急に高らかと下駄の音を鳴らし始めた。
この下駄の音が曲とよく合っていて、周辺の空気を盛り上げるのだ。
若者たちは軽やかに楽しそうに笑顔で踊っていた。
一方、郡上おどり本日初参加の中年の女は、足をばたつかせながら、妙な動きをしてしまう。テンポが速いので全然ついていけない!
すると威勢の良い若者の一人が、「踊れてますか〜?」と声をかけてくれた。
見ての通りですよ、と思いながら彼の動きを見ると、大変軽やかで何よりも楽しそうである。
「隣の子も踊れる人なんで、彼女の動きを真似したらいいですよ」
見ると20代くらいの可愛らしい女性が、笑顔で高度な振りを踊っている。
血眼で彼女の踊りを真似する。できてないけどなんか楽しい!
曲が終わった後彼女に話しかけてみると、徹夜おどりには毎年参加されてるようで、「こんな楽しいお祭りに参加しないって考えられないですよ!」と抜群の笑顔を見せてくれた。
そうそう、これこれ!
若者の元気なエネルギーは周囲を活気づけてくれるのだ。
つづく