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デコさんからの便り

2022.09.15 更新

 残暑なのですねえ……というため息とともに、今月のコラムをはじめようと思います。みなさん、いかがお過ごしでしょうか。

 いったん涼しくなってからの厳しい暑さで、体の不調を感じたり、気分が滅入ったりすることもありますね。わたしも、意味もなくやる気がなくなる日があります。なんだか体が重い、何か考えようとしても集中する気力がない……。そんな日は、部屋をすずしくして軽いストレッチやヨガをしたり、積ん読本を読むともなくぱらぱらめくったり、小さな編み物をしてみてみたり。ああ、こんなとき、春に亡くなった愛猫ももがいたらなあ、とつい思ってしまうこともあります。

 もう、いっそあきらめて、今日はダラダラ記念日だと思い、本気でダラダラしてみることも。意外とこの最後の方法がいちばん効果的かもしれません?
 お天気とか、自分ではどうしようもないことでダメダメなときは、逆らわないほうが自然でしょう。もちろん、少しでも気分がまぎれることはやった方がいいと思います。でもそれでもいつもの調子に戻れないなら、わたしはいま、自然と一体になっているんだ、とあきらめます。いつかいい季節は、清々しい秋は、やって来るのだから。だいたい、どんなことも一生続くわけじゃない、と思ってみると、なんとかなるものですね。

 前置きが長くなりました。読書もほんの少しずつしか進まなかったこの頃でしたが、その代わりなのか、素晴らしい1冊にわたしは出会えました。

 『喪失の惑星(ほし)』
  ジュリア・フィリップス著 井上里訳 早川書房

 物語の舞台は、北海道のはるか北のカムチャツカ半島です。冒頭、8月でも肌寒い海辺の街で、ふたりの幼い少女が浜辺で遊ぶ様子が描かれます。少女たちの母親はジャーナリストで、夫と別れて母ひとり子どもたちを育てています。今日も母親は仕事で取材に出かけ、幼い姉は妹をつれて海辺でぶらぶらと遊んでいました。そこに見知らぬ男が現れます。少女たちはこの男に連れ去られてしまうのです……。

 この失踪事件を軸に、小説は9月、10月、11月と月毎に進みます。そのたびに語られる人物は変わり、しかしひとつひとつのエピソードの中心は、つねに女性です。いろいろな年齢の、人種の、職業の。

 ジャーナリストである母親は、ある出来事が原因で、否応なく社会的立ち位置を変えねばならなくなり、勤め先もそれまでと180度変わりました。そして離婚。
 またある母親は、娘の交友関係にしつこく口をはさみます。少数民族の子どもや、ふた親のそろっていない子どもとはつきあわせたくないのです。
 またある先住民族の女学生は、大学での勉強に打ちこみながらも、離れて暮らすロシア人の恋人に、毎日その日の生活をチェックされています。けれど、彼女はそれを愛ゆえだと思いこもうとしています。

 一見、ばらばらに見えるこれらの登場人物たちですが、実はあの失踪事件とどこかで繋がっている様子が、徐々にわかってゆきます。その根底にあるものは。少女たちの行方は……。

 カムチャツカ半島は、もともとはさまざまな少数民族の住む地域でしたが、現在はロシア人が多数を占めます。そこに当然のように起こる差別問題。また、現代の世界のあらゆるところに見られる格差。根深い男女差別。旧弊な常識。世間体。人間関係。
 こうした問題が、物語のそこここに見え隠れしています。しかしそれは、とくにここに書いたような固い言葉ではあらわされず、さりげない会話やできごとで語られていて、読む者は知らず知らずのうちにそれらを感じていくようになります。

 けれどもそれらが底流にながれつつも、この物語の大きな魅力は、別のところにもあります。それは、女性たちの心のひだに入りこむような繊細で緻密な筆致であり、カムチャツカ半島の厳しく美しい自然であり、文化なのです。どこか不穏な、寒々しい雰囲気のなか、突如あらわれる愛の感覚。そんな世界にどっぷりはまってみるのも、このうっとおしい残暑の日々にはいいでしょう。少なくともわたしは、この物語の魅力に圧倒されました。どうぞ読んでみてください。おすすめします。

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