スツール

ターバン女のひとりごと

2022.02.15 更新

『今は無き不思議な自転車屋の話6』

その自転車屋は、営業時間が終わってからが賑やかになる。

どこからともなく、方々から人が集ってくるのだ。

その中で出会って今も交流がある、Sちゃんという子がいる。

彼女は経営者でもあるのだが、仕事が終わった後に時々自転車屋に寄り、店主に仕事の相談などをしていたそうだ。

たまたまわたしも居合わせ、偶然好きな海外ドラマの話で盛り上がり、それからの縁である。

若くして自分の店を構え、従業員を雇い、そして15年以上も続けられるということは並大抵のことではないと思うのだが、やはり行き詰まることもあり、そういう時に店主に会いに行っていたそうだ。

彼女からすると、目先のことをなんとかしたい、それについてのアドバイスを貰いたいという心情なのだが、店主は決まって『答え』のようなものは一切言わず、

『大事なのはポリシー、どう在りたいのかが大事』という言葉だけが返ってくるそうだ。

彼女はその当時理解できなかったが、店主亡き後、年数を重ねるうちにその言葉の意味を理解するようになったのだとか。

なんて話を彼女のブログで知った。そういう類の真面目な話をSちゃんと面と向かってしたことがないからだ。

いつだって身の上に起こる失敗話か、大抵くだらない話である。

店主の一周忌に、そのSちゃんと、もうひとり自転車屋で出会った共通の友人と、墓参りに行こうかという話になった。

聞くとお寺の名前は『無学寺』である。

無学寺・・聞いただけで、店主らしいと唸る。というか格好良すぎる。

お墓に参り、Sちゃんはお花を、もう一人の友人はお線香を、わたしは店主がいつも吸っていたキャスターを供えた。

煙草の煙が燻る姿が店主を思い出させる。

ハムカツをむせ込みながら「・・うまいよなあ!」と、食べる姿。

自転車屋の店主でありながら愛車には鍵を付けず、何台も盗まれて途方に暮れながらも、相変わらず鍵はつけない姿勢。

訪れる人々に、「腹減ってるか?」と豆餅やまかない飯を振舞うおばあちゃん的な姿。

店の奥で取り憑かれたように特製ダレを大量に仕込み、「これを使えばホイコーロー簡単に作れます、めちゃうまです」と小瓶に詰めて人々に振舞う姿。

有名パン屋の食パンの差し入れを貰い、「あまりに美味しすぎて、パンにバターを塗ってトーストして食べる、これを一気に6回繰り返しました!」と笑顔で語る姿。

面白おかしな情景が浮かんでは消える。

以降店主の命日が近づくと、自然と連絡を取り合い、墓参りに行って一緒にごはんを食べてくだらない話をすることが恒例となっている。

不思議な縁である。

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