『忠吉語録』
野津恵子 DOOR books
『自主独立農民という仕事』(副題:佐藤忠吉と木次乳業をめぐる人々)
森まゆみ basilico
前回は帯状疱疹にかかり、お休みしてしまいました。いつも読んでくださっているみなさん、すみません。わたし自身、ほかのみなさんのコラムを毎回楽しみにしていますので、申し訳なかったなあと思っています。おかげで今はすっかりよくなりました。
さて今日は、おわびにと言ってはなんですが、2冊の本をとりあげます。
出雲の地に「木次(きすき)乳業」があります。日本で初めて低温殺菌牛乳(パスチャライズ牛乳)を開発したところです。人の体に有害な菌を殺菌し、有用なタンパク質やカルシウム、乳酸菌を極力活かす製法です。
その創業者、佐藤忠吉さん。忠吉さんの言葉を、地元のお母さんがまとめられたものが『忠吉語録』。一方、『自主独立農民という仕事』は、作家の森まゆみさんが書かれた、彼の評伝です。
わたしたちはいま、このコロナ禍という奇妙な日常を生きる中、生き方を見直さないといけないという思いを、これまで以上に肌で感じています。大量流通、大量消費……。ことに食の問題はその筆頭でしょう。
現在100歳を越えられている忠吉さんが、75年前の終戦直後、まず考えたのがそのことでした。もともと農村中心だった日本の政策は、工業を軸にすえた近代化をめざし、農の分野もコスト削減、大量生産に転換しました。それは今でもずっと続いています。
しかしそれで、体にほんとうにいいものが作れるのか? そう考えた忠吉さんが目指したものが、「自主独立農民という仕事」でした。効率やもうけにがんじがらめになった農業から自由になって、まず自分の体にいいもの、おいしいものを追求する。地域を中心にした小さな範囲で食べ物をつくり、余ったものを周囲に分けるやり方。欲はかかない。
その考えを基本に置き、行政のことは「ムス」。これは出雲弁で「無視」のことだそうです。上の言いなりにはならない。自分の頭で考え、自分で決める。ただそこで面白いのは、忠吉さんはそんな厳しいことを言いながらも、「イイカゲンでいい」「そげなたいそうなもんではない」、とも言います。もちろん彼は、本気で考え、本気で取り組みますが、そこからずれるものや失敗、やり直しがあってもいい。そういう柔軟さをもっているのです。芯はとおっているからぶれない。でもぶれたことを許す器量をもっているのです。そこが農民忠吉さんのしたたかさというか、ねばり腰だなあと思うのです。
忠吉さんのユニークさはまだまだあります。「地方は活性化ではなく、鎮静化がよい」。ほどよい小ささで、自分たちでやっていけるように備える。できないことは周りのできる人に助けてもらう。「活性化は競争、沈静化は共存」「自立と共生」という考えです。
また、食べるものは粗食が基本。でもたまにはお酒も暴食も。「あんたの作ったもんは食べられへん、では人間関係がこわれるでしょう」と。ここになんとも言えないかしこさとやさしさを感じます。
牛の病気、災害、幼い息子の死……。忠吉さんは多くの不幸にも見舞われますが、そのたびに立ち上がります。そこには「難行を易行に」という考えがありました。「人は不幸がある方が一生懸命生きようとする」「不幸に遭遇してこそ人の痛みがわかる」「災害は不幸ではなく、受けたら、人生を見直す機会にすればいい」ということです。たいへんな目にあっても、それを乗りこえることを楽しもう。言うは易し行うは難しですが、今こそ心得ておきたい言葉です。
この2冊は補い合う関係になっています。どうぞ読んでみてください。
写真・文/ 中務秀子