スツール

デコさんからの便り

2020.11.10 更新

 わたしはラジオが大好きなのですが、こないだお気に入りの番組のパーソナリティさんが、その日誕生日を迎え、「50さーい! なりたかった!」と言われました。年をとるごとに、自由や楽しみや、気づきを得ている、と。いいですねえ。

 わたしも60歳になってから、自由になりました。悲しいことや意地悪にも、まだちょいちょい出会いますが、年齢の自浄作用によって、うまく対応できるようになったようです。しかしいくつになっても、人とのあれこれが悩みの種。この場合に、いつもたいせつだなあと思うのは、人とのほどよい距離感ではないでしょうか。

 そんなことを考えながら読んでいたのが、この本。

『ホホホ座の反省文』
  山下賢二 松本伸哉 ミシマ社

 京都の浄土寺にある本屋さん、ホホホ座。北白川にあった、個性派として有名だったガケ書房さんがいったん閉じられ、リセットして再開したのが、ホホホ座浄土寺店さんです。

 お店作りが基本のこの本と、人との距離感が、いったいなんの関係があるの? ですよね。そこには、個人のお店をつくるにあたってのいろいろが書かれているのですが、これは、わたしたちのふだんの人間関係にもおおいに関連するのでは? と、思いながら読みました。

 ガケ書房の終わり頃、山下さんは、ていねいな暮らし、セレクトショップ、おしゃれ系という世間の評価にほとほと疲れ、店をたたんだそう。共著者の松本さんも、元々やっていた中古レコード屋を、お客さんとの濃密な関係に疲れ果て閉店したとき、今まで味わったことのない解放感をいだいたそうです。前者は「ゆるさ」に、後者は「ややこしさ」に疲れ切ったというか…。そこで、ふたつのあいだにある「間(ま)」というか、いい塩梅の「隙(すき)」がたいせつ、と気づいてゆきます。

 新たな場、ホホホ座では、まずメンバーを増やします。よく会う人もいればあまり会わない人もいるけれど、気持ちは通じていて、おたがいに「いいね!」と認め合える関係。
 また、店に関わるコアメンバーだけでなく、「ホホホ座」の名を冠したお店を各地につくってしまう。なんとそれが、気が合ったらのれんわけ、というゆるーい関係で、ほかには何もしない。それが尾道や今治や金沢など、あちこちに出来ていく。

 それから、アイデアはどんどん出し合う。そのとき、相手の反応はほんとうに重要で、好意的な反応が返ってきたら、人は調子に乗り、アイデアはその「調子」に助けられることがたくさんある、と山下さんは言います。あるいはまた、交わす言葉そのものに反応して、アイデアを思いつくこともある、とも。そのあと山下さんは、このように続けます。

「アイデア以前に会話そのものの構造だと思うのです。気の合う友人同士の会話は、お互いが相手を信頼し、尊重しあっているので調子と集中が生まれやすい関係といえるでしょう。」

 人が人を呼び合うゆるさと、お互いのアイデアをすりあわせるややこしさの調整。それが隙間を埋めていくことなのかな、と思いました。そしてこの隙間のあり方こそが、人と人との距離感の持ち様ではないかなあと、わたしは思うのです。

 松本さんのつぎの言葉で、この文章を終わりにします。
「本は人生の隙間を埋めるものでもあるさかいな。隙間に入れるのはあったかいもののほうがええなあ。」

写真・文/ 中務秀子

ご予約ご質問