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デコさんからの便り

2020.11.25 更新

 2週間ごとのこのコラム。その2週間のあいだにも、実にいろいろなことが起こるのだなあ、と思うことが、先日ありました。

 わたしには、3びきのコブタ、と呼んでいる幼い孫が3人いるのですが、いちばんおちびちゃんの3歳コブタが、濃厚接触者になったのです……そうです、新型コロナウイルスの。これには肝を冷やしました。たいせつな家族の健康が危ぶまれる! これほどこわいことが他にあるでしょうか? でもさいわい、陰性とわかって事なきを得、心からほっとしたことでした。
 しかしもはや、これは誰にもどこでも起こりうる状況なのでしょう。ただただ無事を祈ることしかできずにいたとき、わたしが読んでいたのが、この本たちです。

『HHhH―プラハ、1942年』
ローラン・ビネ著 高橋啓訳 東京創元社


『ちゃぶ台 6 特集:非常時代を明るく生きる』
三島邦弘発行 ミシマ社

『HHhH』(エイチ、エイチ、エイチ、エイチと読みます)は、第2次世界大戦末期のチェコが舞台。ナチス・ドイツが、「第三帝国」という巨大な独裁国家をヨーロッパ中に繰り広げていた時代です。ゲシュタポ長官のハイドリヒは、保護領にしたチェコの総督代理になり、ユダヤ人殲滅、チェコ人の虐待、搾取と、悪行の限りを尽くします。

 一方、ロンドンに亡命したチェコ政府は、ハイドリヒ暗殺計画を立て、ガブチークとクビシュという2人の若者を故国に送り出します。2人は小さな飛行機でロンドンを飛び立ち、なんとパラシュートでチェコに降り立つのです。彼らを助け、かくまう市井の人々。下宿屋のおばさんやその娘や息子。そんな小さな存在が、一人ひとりつながって網の目のようになって、ガブチークとクビシュを巨大な目的へと導いてゆきます……。
 物語の前半は、時代背景、多くの人物名、地名を理解し、記憶するのに懸命でしたが、後半、ガブチークたちが大活躍するようになると、まるで活劇映画のようにハラハラする展開がくりひろげられ、一気に読めました。いやあ面白かった!

 この物語が今、わたしの心に響いたのは、わたしたちが生きているこの時が、『HHhH』のときと同様、「非常時代」だからでしょう。

 全世界を一斉に巻きこんだパンデミック。その勢いは一向に衰えず、わたしたちの先行きは全く見えません。しかし同時に、淡々と日常は続いてゆく。感染症というものは、一種の自然現象でもありますが、人間活動が、あまりにも貪欲に、広く、大きく、速くなったことで、その現象を呼びこんだのだろうと言われています。戦争ととてもよく似ているのです。共通の敵は、人間そのものの欲望かもしれません。そのあたりを、現代のいろんな視点から考察した本が、雑誌『ちゃぶ台』の「非常時代を楽しく生きる」特集です。

 人間が、限りなく利益と効率をもとめていった結果、起こりうる非常事態。それに直面したとき、わたしたちのなすべきことは……? うなだれているのでなく、立ち向かっていかなければならない。気概と覚悟をもって。相手をただ打ち負かしてしまうのでもない、なんとか事態を切り抜けてゆけるように、知恵をふりしぼって、お互いに助け合っていく必要があります。そんな中にも楽しみと親切をみつけていきながら。

 時には歴史に学び、今とのつながりを考え、生き方のヒントにする。そんな読み方もいいものだと思います。骨太の歴史小説と、現代を軽やかに考察する雑誌の2冊です。どうぞ読んでみてください。

写真・文/ 中務秀子

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