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デコさんからの便り

2021.06.10 更新

 前回のコラムで、『新人世の「資本論」』をご紹介してから、この地球の環境にとって、小さな個人であるわたしに一体なにができるんだろう、と考え続けていました。と言っても、ずっと頭をかかえてこんでいたわけではなく、わたしの1日は、人年齢90歳の愛猫ももや、生まれたてのめだか、ミニ菜園の野菜たちや庭の植物の世話にはじまり、本を読んだり編み物をしたり写真を撮ったり……と日がな一日やること(それはつまり、やりたいことと、たいせつなこと)多し、です。

 さて前回の続き。梅雨入り直後の大雨で、初めての実がくさってしまった茄子ですが、その後のお天気で元気を回復、他の野菜たちもすくすく育っています。初収穫は、20センチ以上もあるつやつやのきゅうりでした! 採りたてのきゅうりって、とげがちくちく痛いほどなのですね、 発見でした。ポキッと2本に折って、シンプルに炒り塩だけで食したところ、いっしょに植え付けをしてくれた次男が、いい気持ちだねえ、と一言。そうなんです、もちろんおいしい。そしてそれ以上に、ほんとうに気持ちのよい味だったのです。

 もうひとつ、長い余談の前置きをさせてくださいね。
 先日、4番めコブタ(孫です…笑)のお宮参りに、下鴨神社さんをおとずれました。境内の小川のほとりには、たわわになった梅の実がいくつも落ちていました。さっそく3人のコブタたちの集合! 拾って、拾って! 子どもたちは道からものを拾うのが大好きですよね。丈高い草のあいだをぬって、どんどん集めてくれました。うちに帰って、梅の実を洗って、きゅきゅっと拭きあげて、お砂糖漬けに。梅シロップの出来上がりです。子どもたちのよろこぶ顔! わたしもとってもうれしかったです。

 このような、宇宙に飛びかう素粒子ほどにもちっぽけなわたしの行動が、変わりゆく地球環境にとって、いったいどれほどの影響があるのか、実に疑わしいことです。でもひとつ確実に言えるのは、このよろこびの感覚だと思います。子どもたちに伝えるよろこびから、何かが開けていくのでは、と考えるほかはないのでしょう。ひとつひとつ、少しずつでも。

 そして、今回ご紹介するのはこんな本になりました。

『マルコヴァルドさんの四季』
 イターロ・カルヴィーノ作 安藤美紀夫訳 岩波書店

 まずその物語のはじまりを読んでみましょう。

「遠くから都会にふいてくる風は、ときどき、思いがけないプレゼントをはこんできます。でも、それに気づくのは、よその土地の花の花粉をすいこんだだけで、花粉アレルギーをおこし、くしゃみがでてとまらなくなるような、感じやすい心をもった、ごくわずかな人たちだけです。
 ある日のこと、どこからか、キノコの胞子が風にのって飛んできて、都会の大通りの並木のまわりの、わずかばかりの土におち、やがて、そこに、小さなキノコがはえました。でも、毎朝ちょうどそこから電車にのる人たちの中で、それに気づいたのは、ただひとり、人夫のマルコヴァルドさんだけでした。」

 マルコヴァルドさんは、都会の小さな会社の倉庫で働く肉体労働者。日当たりの悪いアパートには、ガミガミ口うるさい奥さんと、4人の小さな子どもたちが、おなかをすかせて待っています。そんなしがないマルコヴァルドさんの楽しみは、昼休みに会社のまわりをぶらぶら散歩しながら、街路樹の根本から頭をのぞかせたキノコを見つけることだったり、会社の入り口に忘れられたように置かれた枯れかけの植木を生き返らせようと、バイクの後ろに積んで街中を走り回り、わずかな通り雨にあててやることだったりするのです。

「マルコヴァルドさんは、都会のくらしには、あまりつごうのよくない目をした人でした。、みんなの目をひこうとくふうをこらした、かんばんも信号機も、ネオンサインも広告のチラシも、マルコヴァルドさんの目には、まるではいりませんでした。そんなものは、砂ばくの砂みたいにしかみえないのです。ところが、黄色くなって枝にのこる一まいの枯れ葉、屋根がわらにひっかかった一まいの鳥のはね、といったものは、けっしてみのがすことはありせん。(……)そして、そこから、季節のうつりかわりを、あたらめて感じ、じぶんの心の中ののぞみや、毎日のくらしのみじめさに、あらためて気づくのです。」

 このお話は、ただの自然好きのおじさんの、いいお話ではないんです。春夏秋冬、ぜんぶで20の短編すべてで、マルコヴァルドさんは、うす汚れた都会にひっそりと息づく植物や動物たち、うっとりするような月の光や冷たい雪に心をうばわれ、楽しみをみつけようとして、最後には、ああ、とため息をつきたくなるような目にあわされてしまいます。裏切られるというより、なにかマルコヴァルドさんの小さな望みは、どうしても、さみしいおかしみに変わってしまうマジックにかけられてでもいるように……。でも、マルコヴァルドさんは、ほんとうのよろこびを知っている。なにがほんとうにたいせつなのかを知っているのです。お話の先を言いたいのですが、我慢します。どうか読んでみてください。50年前のお話ですが、どこか今の時代とも重なって、楽しく読みながらも深く考えるきっかけになると思います。

写真・文/ 中務秀子

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