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デコさんからの便り

2021.07.25 更新

 梅雨が明けたとたんに激しい暑さに……。みなさん、いかがお過ごしでしょう。軟弱者のわたしは、暑いのも寒いのも苦手、なのですが、今年はそれが大きく変わりました。夏が好きになったのです。理由はふたつ。

 一つ目は、プランター菜園の野菜たちです。毎日、きゅうり、トマト、なす、枝豆がすくすく育ち、実を結び、食卓をにぎわわせてくれています。形はよくないけれど、香りが高く、とにかくおいしい! こないだ、せっかく赤く熟れたトマトをカラスに食べられてしまったのですが、テグスを張って必死に防戦。何かが羽にすこしでも触れるのを嫌う、カラスの習性を利用した方法です。体ごと引っかかって動けなくなることはないようで、そこは安心していいようで、ほっとしています。

 それから、メダカ。前回お知らせしたメダカの卵は、無事続々と孵化し、いまたくさんの稚魚たちが育っています。いっぱい生まれすぎて、そのうちメダカのマンションがいるかも~と思ったり。
 こうして、夏は生命の季節なのだなあと気づき、とても愛しくなりました。

 それからもう一つのわけは、この美しい夏の朝です。
 わたしは夜明けとともに起きます。今なら4時半過ぎると、もう空は明るみはじめます。その時間、空気はまだひんやりと澄んでいて、生命は眠たそう。次第に早起きの鳥たちがちちちち、と囀りはじめ、日が昇るにつれ、やかまし屋の蝉の大合唱が湧き起こります。そして、8時を過ぎるともう暑い……。わたしにとって、夜明けのこの数時間の清々しさは、気候変動やその他の問題をいっとき忘れさせてくれる、この上なくしあわせな時間になっています。

 さて、本の紹介よりお昼寝の方がよさそうですが、せっかくなのでこの1冊を。

 『サボる哲学』 
  栗原康 NHK出版新書

 著者、栗原康さんは、アナキストを名乗ってらっしゃいます。なんだかものものしい響きですよねえ。また、その文章のスタイルはなかなか奇天烈で、これまで何冊も、出された本が話題になっていましたが、わたしは読めないでいました。ところが、本屋さんで手に取ったこの本は、あ、いける、と思ったのです。それは、こんな一節があったから。

「アナキズムとは何か。一般的には『無政府主義』という訳語でしられていると思う。むろんそれもまちがってはいないのだが、語源をさかのぼれば、アナキズムはギリシャ語の『アナルコス』からきていて『無支配』という意味だ。それに『イズム』をつけて『無支配主義』。支配されたくない、それだけだ。」

 わたしたちにはいったいどんな支配があるでしょう。会社、学校、病院、家庭、宗教……そこには、秩序のために守らなければならないルールがあります。もちろんそれは必要なのだけれど、ときに行きすぎたルールは支配になってはいまいか。格差の助長や服従になってはいないか。

 現代のように、先の見えないさまざまな不安のある時代になると、より強いものに従いたくなる心理が働きます。不安をあおられ、コントロールされ、休んではいけない、遅れてはならない、少しでも上を目指せ、がんばれ、がんばれ。あるいは、まわりを気にして、気遅れして、やりたいこともやらない。またもし仮に、お金にならないとわかっているのに、やりたいことしかやろうとしないと、まわりから、何やってんだ! と叱られる……。

 著者は「サボる」という表現を使いますが、このような状態に対して、とにかく服従することをやめて、「自分の思った通りに動いてみよ」と言っているようです。

「(何かをはじめれば、)自分の身体がいつどこでどんなふうに変化していくかわからない。その力がいつどこでどんなふうに跳躍するかもわからない。だが、わたしの意思とは関係なく目的意識をとびこえて、わたしは必ずそこへむかってしまう。(……)あなたの震えがそうさせる。そうさせてやまないのだ。未知との出会い。事件に遭遇。共鳴する身体だ。」

 こうして生まれた震えは、力の流れになって、外へ広がっていきます。行き先は不明。でもその可能性は「生の拡充」だ、と著者は書きます。だれのためでもない、なんのためでもない、だれにも支配されない生の喜びだ、と。それは別に大それたものでなくてもいいのです。目の前に倒れた人がいれば思わず助け起こすような、無意識の動き。著者も、病気で行き倒れた野良猫を、近所の人たちと協力して、治療費も出し合って、なんとか命を助けたという経験を語っています。そんなささやかなことからでもいいのです。

 要は、おとなしく服従しないで、自分で考え、自分でやろうと思うことをやろう。そうシンプルに語りかけているのが本書の要諦ではないかと、わたしは読みました。支配についての、古代から現代までの歴史的な経緯、構造など、意外なほどに深いところまで興味深く解説してあるところも、なかなか読み応えがありました。

「人生は決して、予め定められた、即ちちゃんと出来上がった一冊の本ではない。各人が其処へ一字一字書いて行く、白紙の本だ。人間が生きて行く其事が即ち人生なのだ。」

 著者の引用するアナキスト大杉栄の言葉です。盛夏、ギラギラした光を避けて、ごろごろ寝転びながら、こんな本を読むのもいいかもしれません。どうぞ楽しんでみてください。

写真・文/ 中務秀子

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