スツール

デコさんからの便り

2021.08.10 更新

 はあ……暑い。もうこんな一言しか出ませんね。みなさんこの2週間、どう過ごされてされていたでしょうか?
 わたしはオリンピックは全く見ない、しずかな毎日でした。そして、愛猫ももと、去年の今頃は大病したけど今年は元気でよかったねえ、と語り合ったり、終わりの見えないコロナのことを案じたり……。いろんな思いがゆきかった日々でした。ただわたしは、今日も一日機嫌よくしていよう、ということを、日々の大命題にしていますので、またまたいろいろなことをしていました。

 前回も書いた、カラスのトマト襲撃事件。賢いカラスには、わたしの仕掛けたテグスなど、なんの問題もなかったようです。カラスはテグスの下をくぐりぬけ、地面をトコトコ歩いてきて、下からトマトをツンツン……。
 ほぼ10対6(わたしが10、カラスが6)というところで、わたしは思ったのです、もうカラスと半分こでいいや、と。するとどうでしょう、毎日ストレスだったこのことが、もうなんでもなくなり、心が軽くなったのです!
 ただわたしはいま少し考え、ある方法を思いつきました。それでカラスはあきらめたのです! 道具は何もなし……。それはただ、カラスより早起きするだけ。カラスがお山の寝ぐらから出てくる前に、トマトを収穫してしまうのです。トマトはまだ少し青いけれど、追熟すれば真っ赤になるから大丈夫。いかがです? カラスとの知恵比べのこの成果。でもカラスにもだいぶん分けてあげたから、いいですよね。

 さて、暢気な話はこれくらいにして、今日ご紹介する本は……

『ケアとは何か』(副題:看護・福祉で大事なこと)
 村上靖彦 中公新書

 著者、村上靖彦さんは、精神病理学・分析学が専門。この本では、医療・福祉現場における対人援助職にある人々(ケアラー)の語りに耳を傾け、彼らがその実践の場で見聞きし学んだことのエッセンスを、つづっておられます。
 といっても、決して専門的な話ばかりではなく、子育て、介護など、わたしたちのふだんの生活におけるケアの場面にも通ずる語りで、大いに学びになる本だと思いました。

 病や障害などの支援を必要とする人は、弱っている人、困っている人です。彼らは多くの場合、孤立しています。彼らのサインをどうやって受け取るか。受け取った思いをどう実現していくか。ケアの目的は「生の肯定」です。どうしようもない苦しみからなお、生の肯定へとつないでいく。ではどうやって? それがこの本の主題です。そしてゴールは、ただ支援者が当事者の苦痛を緩和したり、身の回りの世話をすることだけではありません。苦しみの当事者が、自分の力を発揮しながら生き抜き、自分の願いにそって行為することなのです。

 そのゴールに向かって、ケアの現場では、「生を肯定する」「出会いの場をつくる」「小さな願いごとを大切にする」「落ち着ける場所を持つ」「仲間をつくる」、といった、シンプルでかつたいせつな主題をめぐって、さまざまな試みが繰り返されます。

 ある看護師の体験をご紹介しましょう。
 彼女の病院に、クモ膜下出血の男性が運びこまれます。もう意識はありません。彼は地方から出稼ぎに来ていました。遠い地からかけつけた妻は、夫から切り離され、慣れ親しんだ地域からも離れて、孤立して病院の廊下でぽつんと寂しそうに座っていました。そこへかの看護師が通りかかり、声をかけます。

「『旦那さん、今、なんて言うと思います?』とか、そんなふうな言葉がけをして、『しっかりするようにってたぶん、言うと思います』とか、そんな話をしているなかで(……)ちょっと準備ができているなと思ったので、『こうやって背中に手を入れて、ぎゅって抱き締めたりできるんですよ』って言って。そんなふうなのしてもらって、ふっと患者さん見たときに笑っていたんですよ」

 この看護師の声かけは、突然断ち切られてしまった夫婦の関係性に出会いの場を探り、つながりを回復させました。看護師は、孤立していた妻の言葉に、夫との別れに向き合う覚悟を感じ取り、最後の出会いの場を用意しました。このときこの看護師は、単なる医療従事者ではなく、この妻に寄り添い、そばに居る、真の仲間になっていたのです。

 病や死は逆戻りができないことです。人のさまざまな苦しみも簡単には解決できません。それでもなお、寄り添いつづけ、耳を傾け、ただそばに居る、それがほんとうのケアラーの存在でしょう。

 わたしたちの身の回りも見回してみてください。あの人、この人、動物たち、植物たち。なじみのお店屋さん、公園、本屋さん、散歩道。わたしたちを日々ケアしてくれているものの存在に気づきます。そして、そこに「わたしが居る」ことで、その場をわたしもケアしているのではないでしょうか。みなさん、この苦しい不条理な日々を、いっしょに乗り切っていきましょう。

写真・文/ 中務秀子

ご予約ご質問