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デコさんからの便り

2021.09.10 更新

 前回はお休みしてしまって……。楽しみにしていたのにどうしました? と、親切に尋ねてくださった方もありました。すみません、咽頭炎になっていたのです。
 前日まで準備をしていたのに書けなくて、1か月も間があいてしまうと、さてどうしようか……とぼんやりしてしまいますね。

 その間に、季節はすっかり移り変わって、大きなイベントも終わり(わたしにはどこか別世界で行われていることのような気もしましたが)、秋の虫が鳴きはじめ、夕暮れは早くなり、朝夕すっかり涼しくなりました。気持ちのよいそよ風が吹いていたりすると、しばしばふっと、今は疫病の時代なのだ、ということを忘れてしまいます。この秋は、冬は、どんなふうになっていくのでしょう。

 さて前置きはこのくらいにして(今日はずいぶんあっさりでしょう?)、前回書けなかった本をご紹介します。

『逃げおくれた伴走者』
 (副題:分断された社会で人とつながる)
 奥田知志 本の種出版

 奥田知志さんは、北九州市の東八幡教会の牧師さんです。ここにはNPO法人「抱僕(ほうぼく)」という生活困窮者を支援する団体があり、奥田さんはその創設者であり、現役で活動もされています。主にホームレスの方たちの訪問、見守り、自立支援が活動の中心で、最近では行き場のない子どもたちや、ひとり親支援もされているようです。

 ホームレス……というと、ふつうの人たちには関係のないことのように思えますよね。わたしもそうでした、この本を読むまでは。住む家がないまでに困窮してしまうなんて、ものすごい事情があったのだろうなあ、と。しかし、そうではないようなのです。

 奥田さんは、家のない人をハウスレス、居場所のない人をホームレス、と呼びます。ホーム。そこはだれもが落ち着いて、自分自身でいられる居場所。そんな場を失っている人は、今たくさんいると。たとえばいじめ。家族内での不和。家族や友だちをなくす。それらはみな孤立です。

 そういう人々がしばしばあびせられる言葉に、弱音を吐くな、わたしだってたいへんなんだ、自己責任だ……。この本を読むと、この冷たい言葉の先の先に、ホームレスの人々がいるように思えて、まったくの他人事ではない、という思いがしてくるのです。自己責任、わたしはこんなさみしい言葉はないと思います。それは、あなたのことを気づかっているひまなどない、という宣言だから。

 奥田さんが取り上げられている事柄に、「生産性」の問題があります。近年、LGBTや障害をもつ人は生産性がない、という言説や事件が社会を騒がせました。役に立たない弱い人間はいらない、という考えです。
 ここでいう生産性とは、仕事がはかどる、もうかる、という意味でしょう。しかし生産性の真の目的は、人がみな幸せになるということではないでしょうか。弱い人も強い人も、人がそれぞれ、その人その人の生を、生き生きと生きていられる、そういう世界が幸せな世の中なのではないか。はかどったり、もうかったりは、ただその手段にしかすぎません。

 また、そもそも、強いとか弱いとか、ずっとそのまま固定されるものでしょうか? 事故にあったり、急に病気になったり、家族を失ったり、人は弱かったり強かったり、変化する生き物です。お互いさまと思いやりつつ補い合って、これまでずっと、人々は生き抜いてきたのではないでしょうか。今たまたま自分がいい状態にあるからといって、不幸せな人は見なければいい。そんな考えで築き上げられた世界は、なんと心貧しいものでしょう。

 キリスト者である奥田さんは、パウロの「コリント人への第二の手紙」を引きながら、このように書いています。

「パウロには、何か障害があったようだ。目が悪かったという説もある。当時の宗教社会において「障害」は、神からの祝福から漏れている証拠だとされた。伝道者としては面目ない状態だ。だから彼は、「離れ去らせてください」と神に祈る。自分を苦しめる「障害という現実」から逃げ出したかったのだ。そんな彼に、「私の力は弱いところに完全にあらわれる」と神は語る。パウロは、その言葉に励まされ「喜んで自分の弱さを誇ろう」「わたしが弱い時にこそ、わたしは強い」と一歩踏み出す。」

 弱い時こそ強くなるものはなんでしょう。それは他人を思いやる心です。つらさを知っているひとは強いのです。それは人としての豊かな経験と、やさしく想像する心があるからです。
 その時もっともたいせつなものは、出会いだと、奥田さんは説いています。人は人と出会って、孤立から逃れて、ダメなことや傷を分け合い、お互いさまでなんとかやっていく。それぞれの人が、人が人として、役割を果たして行く。そういう大きなつながりの総体の中で、幸せは網の目のように紡がれていくのでしょう。

 コラムや対談、教会での説教などを集めた、豊かな語りに満ちた読みやすい本です。どうぞ読んでください。おすすめします。

写真・文/ 中務秀子

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