『ターバン女、文化を求めて』
産後、血眼でお気に入りのターバンを探し求めたあとは、文化的なものに枯渇していた。
以前一人暮らしをしていたアパートの周辺には、カフェ、喫茶店、ギャラリー、レコード屋、雑貨屋などが軒を連ね、時間が空くと友人の店などを尋ねたり、おいしい珈琲を飲みながら、いい音楽を聞き、お店の人と会話するというのが、日常のほっとする時間だった。
しかし引っ越してから周辺には田んぼと畑と山しかない。
ベビーカーを押しながら何度も空を仰ぎ、白目をむいた。
ああ、どうか、文化、文化を、、
そんなある日、義母から「ジャズ喫茶行ってきたで。革張りのソファでゆったりできてなあ、ええかんじやったわ」と情報を入手する。
ジャズ?喫茶店?革張りのソファー!
胸が高鳴る。
気づくと抱っこ紐でバスに飛び乗り、電車に乗り継いで、そのジャズ喫茶へ目掛けて鼻息荒く向かっていた。
最寄りの駅で下車したものの、店の方角がいまいちわからない。
少し歩き、魚屋のおやじに道を尋ねてみる。
おやじは絵に描いたように、額にねじり鉢巻をしていた。
「あの、◯◯っていうジャズ喫茶を探しているんですが、、」
「え?ジャズ喫茶?!方向はあっち側だよ。でもあんた、そんな赤ちゃん連れてジャズ喫茶行くのお?!」
おやじは眉を八の字にしている。
わたしは盤石たる想いで「はい」と首を縦に振ると、おやじの眉はやはり八の字のままだった。
おやじに礼をして、真っ直ぐにジャズ喫茶へ向かった。
薄暗い店内、ランチタイム後だったからか人はまばら、全席ゆったりとした革張りのソファー、そして流れるジャズ、、
胸の高鳴りを抑えながら、席に着く。
グレープフルーツジュースを頼み、広々としたソファーに息子をごろんと寝かせる。
息子は物珍しそうに手足をばたばたさせて、店内を見渡していた。
何も考えずに、店の空気感を感じ、ジュースを飲み干して、店を出る。
滞在時間30分ほどであったが、心はすっかり満たされていた。
しかし息子が歩きだすと、文化はあるけど騒々しい街中を次第に避けるようになっていった。
田んぼや、畑や山がある方が子供も大人ものびのび動けるからだ。
もう今は空を見上げても、白目はむかない。
文/ 岸岡洋子