スツール

ターバン女のひとりごと

2021.06.25 更新

『人生の不思議な出会い』

人生で不思議な人に出会うことはないだろうか。

独身時代に暮らしていた寺町のアパートに、魔法使いの様な風貌と気配のする、ばあさんが住んでいた。

ばあさんの部屋の扉は常に10センチほど開けられており、中から聞いたことのない音楽が流れていて、恐ろしすぎて近寄れない。

たまにアパートの出入り口で顔を合わすと、その度に至近距離で私の顔を凝視し、「あんたどこの留学生や?」と聞いてくる。何度も「私は日本人です」と人生で初めてのフレーズを口にしたが、ばあさんは決まって「で、どこ?中国?」としか返さなかった。このばあさんにだけ、外国人に見えるのだろうか。

子供がまだ赤ちゃんの時のことだ。抱っこ紐でバスに乗り、そろそろ降りる準備をし始めようと思った瞬間、今まで静かだった隣の体格の良い女が急にこっちを見て、

「ちょっと!!早く降りなさいよ!!」と烈火のごとく叫んだのである。周囲の視線はこちらに集まり、私はびっくりしすぎて、ぽかんとしてしまった。抱っこ紐の中の息子も、ぽかんとしている。

一瞬時が止まり、我に返っていそいそと下車し、「おかしな人もいるもんだわね」と思いながら、横断歩道の信号を待っていると、その女が猛烈な勢いで追いかけてきた。

そしてこう言い放ったのである。

「ちょっとあんた!自分のこと外国人やと思ってるんやろ!!でも、ぜんっぜん、外国人には見えませんからっ!!」

唐突すぎて、私も息子も、周囲にいた人も皆一様にぽかんとした。

女は鼻息荒く、「じゃっ」と言い捨てててどこかへ消えて行った。

しばらくして「あ、ターバン」と私は思った。このターバンがあの女から見たら、外国人気取りに見えたのだろうか。それともエスニックなピアス?

理由はよくわからないが、不可解過ぎる。

阪急電車に乗り換え、ぼんやり窓の外を眺めていたら、前の座席に座っていた上品なおばさまがやけにこちらを見てくる。

あの女を思い出した。また外国人かぶれと思われているのだろうか。もうなんでもいい、と思った。

長岡天神駅に着き、席を立とうとした瞬間、おばさまは私の手を止めた。

「あの、ちょっと、あなた。そのターバン、本当によく似合ってるわね、素敵よ。それが言いたかっただけ、ごめんね」と微笑んだ。

その一言に心が緩んで「ありがとうございます」と会釈して下車する。

抱っこ紐の中の息子は、やはりぽかんとした顔で私の顔を見つめていた。

文/ 岸岡洋子

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