喜びを編むと知る の巻
あれからおばあちゃんはまだまだマスクを作り続けている。
月水金の編み物教室にいくといつもマスクが並んでいる。
なんでも、納品するとすぐ売れるとのこと。
すぐにまた作ってとオーダーがきて、納品しては売れ、の繰り返しで「もう300は作ったな〜アハハ!」とおばあちゃんはタフに笑っている。
それに加えて最近はエコバッグも作っている。レジ袋有料化になって、「これも今、喜ばれる」と言って、かぎ針編みで家にある毛糸を集めて素敵なエコバッグを作って周りの人に配っている。
何か作っては、その時喜んでもらえる人に渡したり、おばあちゃんの手作りはいつもそのベース、そこからブレない。
素敵だなぁ、と思う。
すごいなぁと思うのと同時に最近はおばあちゃんが、その中で自分の喜びに変えている事もすごくわかるような気がする。
私もおばあちゃんに編み物を教わるようになって、次編むものはあの人に渡したいな。
あの人はこのミトンが似合いそう、このマフラーが似合いそう…
気づくと編み物はいつも自分のものより、誰かにあげたくて編んでいる。
喜んでもらえると嬉しくて、その人の事考えながらちくちく編む時間もとても好きで。
なるほど、この喜びって味わうとやめられなくなるな〜、じんわり暖かくなるこの感じ
。
自分の手で作ったものを喜んでもらえて、こちらこそ嬉しい。
おばあちゃんもこんな気持ちなのかなと思いながら、おばあちゃんが今まで私たちに編んでくれた物を思い出しては、更に嬉しくなる。
三國万里子さんも、本の中でこんなことを記されている。
“人と関わって、何かを生み出すということの中にしあわせがあるんだな、とこの頃思います。
たとえば家族のためにご飯を作ること、仲間と仕事をすること、そしてセーターを編むことの、瞬間瞬間の動きの中にただ寝っ転がっていてしあわせになれるのはきっと仙人くらいで、普通の人間は何か一生懸命やってこそ楽しくなれる。
そういう風にできているんじゃないでしょうか。″
【三國万里子さん うれしいセーター より】
自分の手仕事を通して
人との間に生まれる喜びは
楽しくて仕方ない事を知りました。
そんな喜びを感じて編む時間は
編み物を教わる前よりも日々を豊かにさせてもらっている。
こないだ夫に編んだセーター
おさらいのつもりで、もう一つ編んでいたものも完成。
これは、おばあちゃんのオペなし、お直しなし、編み直しなしで完成したのでここで載せておきますね。
写真・文 / 田畑由布子