スツール

ターバン女のひとりごと

2021.10.25 更新

『今は無き不思議な自転車屋の話2』

前回に引き続き、今は無き不思議な自転車屋の話である。
その店にはヒッピーのような、魔女のような(おじさんなのだが)風貌な店主に引き寄せられるかのように、様々な職種、境遇の人たちが集っていた。
学生から年配者、男女関係なく集うこの自転車屋はある意味カオスだった。
某企業のまあまあエライ人や、芥川賞作家、自称官能小説家と名乗るヒモの青年、バンドマン、経営者、自転車好きの青年やおじさんたち、そしてわたしのようにキャットアイを盗まれうっかり足を踏み入れてしまった女・・
もうわけがわからない。
普段出会うことがないであろう人たちが交錯する場所。
そして店の奥で「腹減ってるか?」と、母親のように飯を振舞う店主。
そんな店主にある時、うまいダルカレーを出す店を見つけたと、うっかり口を滑らせてしまったことがある。
店主の穏やかな表情に、一瞬の鋭い眼差しが走ったことを見逃さなかった。
「・・そんなにうまいダルカレーを出す店があるんですか?」と、もうすでに疑っている。
だいたいは「じゃあ、一度食べに行ってみようかな」となりそうなものだが、丸い眼鏡を光らせ、こう言い放った。
「僕の作ったダルカレーにはかないませんよ?」
どうやら店主の着火点はダルカレーだったらしい。
後日、傍目から見てもライバル心むき出しで、カレーを店の奥で作り始めた店主。
大きな鍋に大量のダルカレーを仕込み、血眼で混ぜ続ける後ろ姿は、まるで怪しげなスープを作る魔女にしか見えなかった。
訪れた若者たちにカレーを振る舞い、皆一様に「うまいうまい」と食す姿を見て、店主はやっと落ち着いたかのようにキャスターに火を着けて一服していた。
事の発端であるわたしもカレーをいただいていると、店主は真顔でこちらの様子を伺った。
「おいしいです」と頷くと、
「・・これですよ。ダルカレーは」と、言葉少なげに終止符を打った。
(つづく)

絵・文/ 岸岡洋子

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