先月はお休みしてしまいました。ごめんなさい。いっしょに暮らしている家族がコロナに感染してしまったのです。さいわい軽症ですみましたが、それでも、看病、隔離、感染防止など、これまで経験したことのない日常が10日間ほど続きました。長いですねえ……もうこんな日々が3年も(みんな、よくがんばってますね、感心します)。
それとほぼ同時に、わが家にはとても大きな変化がありました。子猫! 子猫の姉妹がうちにやって来たのです!
最愛の愛猫ももをなくして約8か月。その間、猫の写真を見るのもつらく、猫ロスアトピー(!)にもなりました。けれど次第に、あのふわふわしたあたたかい存在のいない空虚感に耐えられなくなり、夏ごろから保護猫譲渡会を見に行くようになったのです。
保護猫活動をご存知ですか? 地域の野良猫や、飼い主の高齢などによって飼えなくなった猫を保護して、つぎの飼い主に引き継ぐボランティアさんがいらっしゃいます。外猫の捕獲など、ほんとうにたいへんなことなのですが、みなさん猫愛にあふれ、苦労を愛情に変えてがんばっています。
そこで出会ったのが、まだ3か月の子猫の姉妹。最初の1か月は人の子育て並のドタバタでした。が、今ではもうすっかりうちの子に。なきももちゃんの妹たちです。冗談で猫ロスアトピーと言っていたわたしの皮膚炎も、うそのように完治してしまいました。
実は猫を飼うにはある不自由がつきまとっていて、その代表が旅に行けないことです。身近に預けられる人がいればいいのですが、なかなか難しい。ペットホテルも扱いづらい猫が泊まれるところは限られています。
いつか心置きなく旅をしたら、きっと面白いだろうなあ、とわたしも夢見ていました。でもわたしは、やっぱり大好きな猫との暮らしを選びました。どちらも選べない夢ってあるんですね。それでも今の決断は最良でした。旅はわたしの場合、読書によって想像でなんとでもなるのでした。
そうそう、そう言えば、猫を飼ってると、編み物(これもわたしの大好きなことのひとつです)のじゃまをしませんか? とよく聞かれます。結果からいうと、大丈夫。
猫もわたしの絶対にたいせつにしていることは心得ていて、毛糸をくちゃくちゃにしたり、本をかじったりしません。もちろんはじめは興味をもちます。でも、「それはだいじなものなの!」という私の気迫に押され、理解するのです。
さて、長い前置きでした。今日は編み物作家の三國万里子さんのエッセイをご紹介しましょう。
『編めば編むほどわたしはわたしになっていった』
三國万里子 新潮社
正直、こんなに文章の巧みな方とは驚きました。上質なエッセイというと、武田百合子や須賀敦子がすぐに思い浮かびますが、彼女たちを彷彿とさせる感じがあり、とても率直で、同時に甘美な文章なのです。
内容は、編み物に関わることというよりむしろ、三國さんのこれまで……ごく幼いころから現在の50代になるまでの、思い出や感性の連続が、ときにこまやかに繊細に、ときにドライなほど素直に語られています。その感受性は、年とともに移り変わってきたものというより、ずっと続いてきた、生きて来た、ということを感じさせます。自分自身をたいせつに育ててきたからこその時間の流れだと思うのです。
つぎのような、目覚めの瞬間を描いた場面などいかがでしょう。
三國さんは、夏の午後、昼寝をします。体を丸めて片手で座布団を抱きしめて、もう片方は頭の後ろの根元に当てています。
「手は頭蓋骨の中にたまりすぎた、熱というか、電気というか、そういうエネルギーを吸い取ってくれるようで、眠り終えると頭が軽く、すっきりしている。呼吸が深くなっている。指先がチリチリしている。何か名付けようのないものが、わたしの体の先端まで巡っている。重力を感じる。とても親しい、なつかしい重さだ。
意識がわたしの体をかき集めて垂直にする以前の、地球の泥の一部としてのわたしに戻った感じ。ずっと昔、生まれた家の、庭を囲む長い廊下で昼寝をしていた自分を思い出す。バスタオルに仰向けに寝かされたわたしはまだ2、3歳だ。目が覚めると母が洗濯物をたたんでいた。縁側の向こうには、午後3時ごろのレモン色を帯びた明るい空に白く薄い月が浮かんでいる。」
素晴らしく芳醇な文章ではないでしょうか。
三國さんは、本を読みながら編み物をするのが好きだとおっしゃっています。わたしもそうなのです。わたしは、ちょっと読んでは編んで、編んでは読んで、を繰り返すスタイルで、編んでいる時間に読んだところを反芻しながら想像するのが楽しい。
三國さんは20歳のころにガルシア・マルケスの『百年の孤独』を読み、好きな作家は久生十蘭だと言われています。まったくすごい文筆家が現れました!
編み物の得意な文筆家には、韓国文学翻訳家の斎藤真理子*さんもいらっしゃいます。編み物と文章はきっと相性がいいのですね。
ああ、気がつくと今日は小正月ですね。みなさんによい目覚めとよい出会いのある、一年になりますように。
*斎藤真理子さんのエッセイ
https://suigyu.com/category/noyouni/斎藤真理子