サニー文庫10/10版

竹内佳代がスタジオスツールで、毎月第4土曜日の10:00~12:00にSUNNY BUNKO(家庭文庫)を開いています。

次のサニー文庫は 10月24日(土)10:00 – 12:00

マスクの着用、アルコール消毒のご協力をお願いします。換気をしながら開こうと思いますので温かくしていらしてください。

4月からお休みしていたサニー文庫。9月26日はガレージ横の土の上にテーブル一つ置いて、もしもし読めたらいいな、と選んだ数冊の絵本と返却の準備をして待っていました。←突如現れた出店のようなスタイル。(笑)お天気は大丈夫。でも今日が返却できる日って知ってもらえているかなぁ?と少し不安になりながら・・・。

お母さんの自転車に乗って来てくれたHちゃん。前はようやくたっちしたところだったのに、可愛いヘルメットをかぶって髪をおさげにしてスタスタ歩いています!お父さんと歩いて来てくれたKくんは、小学一年生になって話す言葉もすっかり少年に!少し見ない間に成長していている!!「読んで」と言ってくれたらガレージで立って絵本を読む。リクエストがあれば本棚から選んできて手渡す。いつもとは違うサニー文庫でも変わらず過ごしてくれたこども達。絵本があればどこでもいいんやねぇ。習い事があるのにその前に!とお父さんと来てくれたKちゃんAちゃん。みんな来てくれてありがとう。できる形で、できることを続けてゆこうと思います。久しぶりのサニー文庫、楽しかった。

「10月1日にはおだんご作ろうね」と、お母さんと話していたMちゃん。妹のYちゃんと一緒にお月見できたかな?とってもきれいなお月さまだったね。

お客さんのコラム10/10版

編み物教室番外編〜旬の保存食ワークショップ〜の巻

編み物教室は時々、旬の保存食教室に変わる。
初夏には梅を。
新生姜を。
秋には栗や干し柿。
冬にはお味噌。
全部おばあちゃんの山と畑の旬のお恵み。

ある日の夏の編み物教室は、部屋中にここは梅農家さんかと思うほど部屋には梅、梅、梅!!

梅酒や梅干し、梅シロップ。
いつものように毎年楽しみにしてる人に配るため。
もちろんその日は編み物は休講で、梅干しのおへそ取りや、仕込みを手伝う。

そしてこの秋は栗の豊作だそうだ。
この前編み物教室に行くと、今度は栗農家さんかと思うほどの栗!栗!栗!
おばあちゃんのお山の栗ももちろん、ご近所の人たちもみんなおばあちゃんにと栗を持ってくる。
そしてまた楽しみにしてる人に配るための渋皮煮を作るのに、鬼皮むきに大忙しだ。
この栗の鬼皮むきはとにかく大変。
渋皮を残すように剥くのが私はまだまだ下手くそ。
なので手伝っているのか、余計に邪魔をしているのか分からなくなってくる。

でも仕込みながら、手順ややり方やコツや、おばあちゃんの味の配合を聞きながら一緒につくる。
まさにおばあちゃんの季節ごとワークショップ。
昔から親しんできたおばあちゃんの味の梅干しや栗や、お味噌。
なるほど〜、こうやって仕込んで作ってくれてたんだな。今更だけどやり方を教わった。

編み物教室、番外編がたまにあるおかげで、おばあちゃんの手仕事をたくさん学べて、得した気持ちになるのだ。

お山にできた自然物の恩恵を余すことなくいただいて、周りの人に配って歩いて、毎年同じ人たちに変わりなく配れる事がとてもありがたくて嬉しいと話してくれる。

旬のものを用意して配る人ごとに仕分けしてる風景は、まさにリアル「人生フルーツ」のつばたひひでこさんのような風景。
人生フルーツを見ながら、英子さんにとても親しみを感じたのはおばあちゃんにどことなく似ていたからかもしれない。

おばあちゃんはいつもじっとしてなく、いつも忙しいのだけど、それはそれでせわしなく見えなくて、日々のくらしが充実していて、みんなに喜んでもらって親しまれわたしには素敵に見える。

また私は編み物教室で編み物を超えたことを教えてもらいながら、おばあちゃんの生き方に憧れを抱くのだった。

そして出来た栗の渋皮煮を食べながらまたのんびりと編み物教室の再開。

栗、美味しい。

マフラーが無事に完成しました。
透かし模様のマフラー。
間違えて編み直して、模様編みは一目ずれると全部パーになるので、一目一目を大事に丁寧に。
時々脳内のリフレッシュのためにマフラーの隙間に編んだ長女のミトンも載せておきますね。


さて、いよいよおばあちゃんとのコラボセーターを編み始めました。
編み込み模様を私が。
見頃のメリヤスをおばあちゃんが。
おばあちゃんと一緒に作るのが楽しみです。

写真・文 / 田畑由布子

こどもちゃん達が生まれる前の、2012年11月からのお付き合い。葵子ちゃん・季なりちゃん・糸喜ちゃんの3姉妹5人家族になった今も年に2回、必ずスタジオや名張市のご自宅で撮影させて頂いてます。編み物の師匠・おばあちゃんのお話しを聴かせてくれたユフコちゃん。面白くてあったかくて、色んな人にも聴いてほしいと思い、毎月2回、綴ってもらってます。


12ページ

ハクセキレイは、白と黒をしていて、町中でも見られる身近な鳥です。川や田んぼでも見ることができます。

「チュイチー」などと鳴き、雨の日でもよく鳴いています。

ハクセキレイは、夏と冬でせ中の黒の部分の色のこさが変わります。

夏はこくて、冬はうすくなります。ぜひ見比べてみてください。

ぼくが、おもしろいと思った所は車などが来ても飛ばずに歩いてにげる所です。なぜなら、飛んだ方が速くにげられるからです。

でも、飛ぶと体力を使うからあまり飛びたくないんだと思います。

他にも、黒の部分が多い「セグロセキレイ」や黄色をした「キセキレイ」などもいます。

ここでクイズです。

「ハクセキレイ」、「セグロセキレイ」、「キセキレイ」で声がきれいな順番で正しいのはどれでしょう。

1.「セグロセキレイ」「キセキレイ」「ハクセキレイ」

2.「キセキレイ」「セグロセキレイ」「ハクセキレイ」

3.「キセキレイ」「ハクセキレイ」「セグロセキレイ」

答えは次の鳥図かんで発表します。

絵・文/ 中野響

お姉ちゃんとひーくんが生まれる前の、2005年10月から撮影をさせて頂いてます。今も2~3年に1回は必ず、スタジオや城陽のご自宅で撮ってます。小学5年生になったひーくんは、この前の撮影の時に鳥に魅せられていると話してくれた。それが小学生レベルの鳥好きの話ではなく、僕からすればもう学者レベル。しかも視点がユーモラスなのでこれはスゴイ!是非、図鑑を作ろうと盛り上がり、WEBという形で毎月2回、発表してもらっています。


⑪「咳をするときは必ず入れ歯をはずします。」

 朝晩はずいぶん涼しくなってきた10月5日。
最近の川瀬家は家族で山登りに励んでいます。2・3週間に1回のペースで2時間くらいで登れる山を登っています。子供たちは昆虫採集という名目で山登りに参加させられ、最初は網と虫かごを持って登りだし、バッタやカマキリなどを探します。少し登り山の中に入ると昆虫は一気に減ります。すると、網は杖に代わります。そして、虫かごは落ち葉狩りの落ち葉入れに代わります。最後は何も持ちたくないと言い出し、親がどちらも持つことになります。最終目標は、長男が小学校6年生になったら富士山へ登頂することです。

さて、運動をメインとするデイサービスのSukkuには、変形性関節症をお持ちの方が大勢おられます。その方々に対してSukkuでは、出来る限り変形を正常な方向へ持っていくためのトレーニングをして頂いてます。
今回のコラムでは、そんな変形性関節症で来られた82歳男性の人見さん(仮名)を紹介したいと思います。

人見さん、顔はダンディでとってもハンサム。しかし、160センチ75キロと体重過多傾向で、ビールは飲まないのに立派なビールっ腹、膝は曲がるけど伸びない膝になっていました。痛みのために50メートル以上歩けず、物忘れの影響で少し怒りっぽくなっている方です。
まず私たちが取り組んだことは体重を減らすことでした。週2回利用していただき自転車など有酸素系の運動をしましたが、一向に体重は減りません。それもそのはずで、この方は大の甘党で饅頭が大好物。毎日何個も食べておられたのです。Sukkuで運動して家帰って饅頭食べる。時には、Sukku利用中に金時飴を持参して食べておられました。
奥さんに食事制限を勧めても、ついつい饅頭を買ってしまうとのこと。毎週毎週体重測定をして本人の意識を高めようとしましたが、そこは物忘れの影響で以前何キロあったかなんて覚えていません。それどころか、なんで自分だけが毎回体重測らなあかんのや!と怒り出す始末に。私たちは早々に減量を諦めました。
そして、伸びない膝を改善させて、筋力をしっかり鍛えることに集中しました。
すると3か月ほどで膝は伸びるようになり、太ももの筋肉もかなり向上。福祉用具も併用して15分程度歩けるようになりましたが、体重は減らず、痛みも残っていました。
私としては出来ることはしたという気持ちもあったので、痛みをすっきり取るには人工関節の手術が良いと病院を紹介しました。(過去にも2・3人おられました。)
そこからとんとん拍子で日程が決まり、入院・手術と無事終わりました。そして、スムーズにリハビリも進み体重も減らして1、2か月で退院かなと思ったら・・・
元々落ち着きのない性格の人見さんは、2週間ほどで家に帰りたくなってしまいました。そして、1度帰りたくなってしまったらもうだめです・・・。
手術して3週間で半ば強制的に退院。退院後すぐに利用再開となりましたが、思ったほど体重が減っていないこともあり、手術した側の膝は腫れてパンパン。ご利用前後は膝を冷やしながらゆっくりとリハビリを行っていきました。すると、1か月位すると杖無しで歩けるようになり、本人もほとんど痛みがないとのこと。さすが人工関節!
そうなると大変です!何が大変か?
痛みはない。歩ける。となると人見さんの中では、Sukkuに来る必要性がとても低くなるのです。
すると、来ても徐々にふざける様になってきました。物忘れの影響もあり、自分がなぜここに来ているのかが分からなくなり、怒りっぽさも増してきました。
大声を出したり、わざと大きな咳をしたり、スタッフに対してとても横柄な態度になってきました。私たちは悩みました。人見さんの当初の目標は達成しているので、もう卒業しても良いのではないか・・。そして、奥さんやケアマネージャーとも相談しました。本人はそんなことはつゆ知らず。上機嫌で過ごしているかと思えば、急に不機嫌になったりします。そして、お茶を飲むとむせて咳が出ます。すると、なぜか、入れ歯を外す。しかも、下の歯の入れ歯だけを外します。外して、手に持ったまま咳をします。ダンディでハンサムな顔がとてもかわいらしいおじいちゃんになってしまいます。「可愛い!!」なんて言う余裕はなく不衛生ですからやめてください!と言ってもやめません。周りの利用者さんも顔を引きずりながら笑う・・。こんな状態が毎週続いたので、最後は経営判断です。人見さん、Sukkuを卒業しましょう!と宣言して卒業して頂きました。もちろん、そこで終わるのではなく、次に行くべき施設を相談・紹介して卒業してもらいました。
今でも、車の運転をしていると散歩をしている人見さんを見ます。その度に、入れ歯を外して咳をする人見さんの顔を思い出して少し苦い顔になる私でした。(おしまい)

次回は「85歳と鹿の知恵比べ」です。

写真・文/ 川瀬啓介・未央

Sukku 川瀬啓介 / 未央 (理学療法士・鍼灸師 / 鍼灸師)
〒622-0002 京都府南丹市園部町美園町4-16-38

TEL 0771-62-0005

2017年から京都の南丹市でリハビリを中心としたデイサービスをしています。利用者さんと過ごす時間は、笑い声と涙が入り混じる賑やかな毎日です。そんなささやかな日常、会話から気付かされること、そして個性派揃いのスタッフについて…これから色々な事を綴っていこうと思います。

2011年11月からのお付き合い。楓くん・緑くんが生まれる前から撮影をさせて頂いていて、今も1年に1回は必ずスタジオ撮影にお越し下さいます。Sukkuというデイサービスの屋号は、佳代が名付けさせて頂きました。飾らない温かさ、自分の好きが明快で、歯切れがよい。けれど、流れる時間はゆっくり。そんなお二人の人柄が大好きで、バランスを崩した時には体を診てもらおうと決めているから安心です。笑いと涙のデイサービスの日々を毎月2回、綴ってもらってます。


「そして、バトンは渡された」瀬尾まいこ

優子は、生まれた時から、水戸→田中→泉ケ原→森宮と、何度も苗字が変わってきた。

母親が二人、父親が三人いるけれど、優子は皆に愛されてきた。

優子は、あらすじだけ見ると苦労をしているようですが、苦労していても、いつも幸せです。冒頭の進路面談で不幸がなさすぎて、後で父親に次は「意地悪な人と結婚してくれ」と頼んだりしているほどです。

3人めのお父さん・森宮さんは、「父親の風格や威厳なんてものを一切持ちあわせてない」し、

「ひょうひょうとしている」し、「すぐおろおろする」人で、優子との会話がいちいち面白いです。

読み終えたら幸福になることまちがいなし。

2019年本屋大賞作、ぜひ読んでみてください!

文/ 木下琴子

2006年3月からのお付き合い。琴子ちゃんが生まれる前から撮影をさせて頂いてます。小学5年生になった今も記念日ごとには必ず、スタジオやお好きなロケ場所で撮影させて頂いてます。埼玉県からお越し下さいます。幼い頃から、本が好きと撮影のたびに僕に話してくれた琴子ちゃん。読みたい物語がまだまだ沢山あると思うと、これからが楽しみとも話してくれた。そんな琴子ちゃん目線の書評を毎月2回、依頼しています。


今版はデコさんのご都合により休載します。

お客さんのコラム9/25版

『きみの存在を意識する』梨屋アリエ

みなさんのまわりに、文字を書くのが、あるいは本を読むのが、「深刻に苦手」な人はいませんか?

この本は、語り手が話ごとに変わる連作短編集です。ディスグラフィア、ディスレクシア、過食症、化学物質過敏症などの中学生が出てきます。

できない言いわけだって、わがままだって、思っていなかった? 考えさせられました。

障害って、性って、自分って、権利って、配慮って、何だろう?

この物語の人々が、救われるわけではありません。認められて、手を差しのべてもらえるわけではありません。でも、何かが変わっています。

だからこそ、みんなに読んでもらいたいです。

文・写真/ 木下琴子

2006年3月からのお付き合い。琴子ちゃんが生まれる前から撮影をさせて頂いてます。小学5年生になった今も記念日ごとには必ず、スタジオやお好きなロケ場所で撮影させて頂いてます。埼玉県からお越し下さいます。幼い頃から、本が好きと撮影のたびに僕に話してくれた琴子ちゃん。読みたい物語がまだまだ沢山あると思うと、これからが楽しみとも話してくれた。そんな琴子ちゃん目線の書評を毎月2回、依頼しています。


前回のコラムの最後に、愛猫ももが大病から回復し、落ち着いた日々がもどってきました、と書きましたが、その後なんと! またもやももが、別の病気になってしまいました。
 さらに2週間の看護の日々をへて、ようやく2、3日前に全快。ほんまやろね? うそじゃないよね? とももに尋ねたい気持ちでいっぱいですが、よく食べよく眠っている、そのゆったりした姿を見ると、どうやら大丈夫なようです。
 やれやれ、こうして1か月におよぶハラハラの日々が終わり、気がつくと、わが家でいちばん先に紅葉するはなみずきの葉っぱが紅くなりはじめていました……。

 さて、こんな風に次から次へと課題がふりかかってくるのが日常。そんなときこんな2冊の絵本はどうでしょう。

『へろへろおじさん』『へらへらおじさん』
佐々木マキ 福音館書店

 へろへろおじさんが街を歩いていると、上からマットが落ちてきたり、犬にひきずりまわされたり、果てにはブタの大群に出会ったり……。おじさんは次から次へと不条理な事件に巻きこまれて、白いスーツも心も、もうボロボロ。
 一方、もう1冊の絵本のへらへらおじさんはというと、見てください、この表紙(写真)。靴は片方ぬげてるし、かばんの穴にはバッテンテープ。でもおじさんは、鼻歌まじりに暢気に歩いていきます。ところがへらへらおじさんにも受難が待っています。突然マンホールから現れたワニにかみつかれたり、空から降ってきた金星人にビビビと光線をあびせられたり。
 でもおじさんは、それでもなお、ふふふんと鼻歌をうたいながら、おうちを目指して歩いていきます。まるでバックに、ファレル・ウィリアムスの『ハッピー』が聴こえてきそう……。その歌はこんな歌詞です。

”ぼくをダウンさせようったて無理さ、
ぼくのハッピーのレベルは高すぎるんだから。
だってぼくはハッピー。
幸せは真実だって知っているから。
自分がやりたいことに気づいているから”

 人がダウンする(落ちこんじゃう)のは、何かいやなことが起こったり、何かを失ったりするからですよね。じゃあ絶対にそれが起こらないようにするには……何もしないことです。けがをするのがいやなら、好きなスポーツをしない。けんかをしたくないなら、誰とも友だちにならない。死にたくないなら、生きない。
 それではなんにもなりません。あったことは、あったこと。そこからどうするかがたいせつ。また、何かを失って悲しいなら、悲しいほどよいものをもっていたことを、喜びたい。そしてほんとうに悲しいとき、話を聴いてくれる人を、ふだんから見つけておきましょう。

 へらへらおじさんがずーっとめげずに歩いていく先には、何が待っているんでしょう。それは、この絵本の最後を見てみてくださいね。あ、そうそう、へろへろおじさんの最後も、ぽっと心があたたまる結末になっているのでご安心を。

写真・文/ 中務秀子

2018年・第27期のフィルムカメラ教室の生徒さんとして、お付き合いが始まりました。今もフィルムカメラを続けてらして、二眼レフカメラにも挑戦中。こどもと大人の絵画造形教室 / コッコ・アトリエを京都の一乗寺でお仲間とされています。昔は学芸員や翻訳のお仕事をされていて、しかもなんと早稲田の文学部卒。道理でデコさんは本好き、映画好き、芸術好き、お話好きなはずです。でもとても自由で全然気取ってない表現がお好きな所に、勝手に親近感を覚えさせてくれる先輩であり心友です。

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夢のバトンの巻

おばあちゃんの編み物は本当に修理だろうとなんでもできる。
編み物で出来ないことがない。
この時期はよくお友達から、ウール毛糸の虫食いのセーターの修理を頼まれていて、それすら治せてしまう。
私の失敗したセーターの丈の修理も出来る。
わからないことは何を聞いても解決してしまうおばあちゃんの編み物はあまりにも神業なので、ついこの間ぽろりと「おばあちゃん、編み物のプロやわ、本当に」と言うと
「プロではないけど、編み物講師資格の検定のために勉強して課題も色々してきたんやけど、いざ認定試験の日に田植えの日と重なってしまって、結局行けずにそのままや〜アハハ」と笑って応えてくれた。
結局その次の年もその後も試験が田植えの時期と重なってしまう為に取れず、いつの間にか試験は受けず今に至るとの事。
昔は今みたいに機械で田植えをしていたわけじゃなく、何日もかかって手で苗を植えていたし、今は手放してしまった大きな田んぼが当時はいくつもあったし、農家が田植えの日に家を空ける事なんてありえない事だったらしい。
なのでもう試験は受ける事はその後はなかったらしい。
これは試験の時までに出てた課題のセーターやで〜と言いながら当時に編んだとっても素敵なスズラン模様のセーターを出してきて見せてくれた。
通りでおばあちゃんの編み物はプロ技。
資格こそはないけれど、講師の資格をとるためにたくさん勉強してきて技術も講師並み。
「今からでもとりたいけど、さすがに年齢ーオーバーやわ〜もう」と笑いながら言っていた。いつしか資格に拘らなくともその分の勉強はしてきたからええかと思うようになったらしい。その当時の教科書とか、道具とか、その当時のその他の課題も今もとってあるみたい。
そっか、おばあちゃんのそんな夢があったんだな。と思いながら話を聞いていた。

おばあちゃんの手仕事を受け継いで、私もおばあちゃんみたいなおばあちゃんになりたいと始めた編み物。
おばあちゃんのその話を聞きながら、まだまだひよっこの私が言うにはおこがましいが、いつしか私もおばあちゃんの夢を引き継ぎたいなと言う思いがムクリと心の中で湧いてきた。
おばあちゃんが叶えられなかった夢、私が叶えてみたいな…なんて。
そんな風に心の中で思っていたら
おばあちゃんが「由布子も今からこんな風に編み物していたらきっともっと上手くなるから、いつか資格とったらええよ!子どもらがもっと大きくなってからな〜!」と言ってくれた。

そんな風におばあちゃんに言われたら、絶対そうしたい!なんて思ってしまった。

私の編み物はまだまだ、わからない事の方が多い編み物。失敗の方が多い。
車の免許で言えば乗り始めて一年以内の初心者マーク。
ひよっこ中のひよっこ。
でもおばあちゃんに習う編み物は楽しくて、幸せな事がいっぱい。
編む事に夢中で毎日ちくちくしている。

おばあちゃんみたいなおばあちゃんになりたいのは勿論、そしておばあちゃんの夢だった事もいつか叶えられるように…なんて。
そんな目標ができたここ最近の私の中の変化の話。

この冬おばあちゃんとコラボレーションでセーターを編むことになった。
編み込み柄がかわいい、ノルディック柄のセーター。
柄の所は私が編む。
メリヤスの部分はおばあちゃんが手伝ってくれることに。
これ、出来たら絶対宝物になるだろうなと思って編むのが楽しみでならない。

今編んでいるマフラーが完成次第、そのセーターに取り掛かることに。

一年前の今頃、自分がこんなに編み物にハマっているとは思ってもみなかった。

でも、もう編み物がない暮らしなんて今は考えられないし、いつしかおばあちゃんの夢だった講師の資格がとれたらなんてにわかに思っちゃっているから、人生って不思議。
でも、楽しい。それだけは確実。

写真・文 / 田畑由布子

こどもちゃん達が生まれる前の、2012年11月からのお付き合い。葵子ちゃん・季なりちゃん・糸喜ちゃんの3姉妹5人家族になった今も年に2回、必ずスタジオや名張市のご自宅で撮影させて頂いてます。編み物の師匠・おばあちゃんのお話しを聴かせてくれたユフコちゃん。面白くてあったかくて、色んな人にも聴いてほしいと思い、毎月2回、綴ってもらってます。


⑩「正美さんのベルトは反対」

9月も後半に入り、南丹市は稲刈りも終わり新米が出てきています。
新米を炊くときは水を少なめにします。でないと、白米は柔らかすぎてしまいます。
こんなことを最近知った私ですが、この時期のピカピカに光った白米が大好きです。
私が南丹市で仕事をして、13年。13年前から知り合いの方で今、Sukkuをご利用いただいている方が何名かおられます。今回はそんな方を紹介したいと思います。
名前は正美さん(仮名)91才 男性です。
元々は正美さんの奥さんのリハビリを担当していた事がきっかけでした。奥さんは難病の方で週1回自宅に伺いリハビリをしていました。正美さんは、奥さんの病院の送迎や介護などをされていて、とても献身的。奥さんのリハビリが終わるときを見計らって、正美さんは熱い珈琲を入れて待ってくださるのが習慣でした。猫舌の私は飲み干すまでに時間がかかるので、その間色々なことを話しました。正美さんもゴルフが好きだったこと。ゴルフをやめてからはグランドゴルフにはまり、南丹市でチャンピオンになったこと。夫婦で色んなところへ車で旅行に行ったことなど。
大雪の日には、屋根の上で雪かきをしていることもありました。

正美さんは町会議員を3期されましたので地域の事などもとても詳しく、議員中に補助整備事業で地域の道や田を整備して生活しやすい街の手助けをしたことを話してくれました。そして、園部町のスーパースター 野中 広務さんの直接の後輩だったらしく、一緒に選挙カーに乗ったり、国会議事堂に行ったり、選挙関連で警察の世話になったり!?とても興味深い話しをしてくださりました。その都度私は「へ~」と驚きをもって聞いていました。
その中でも特に印象的だったことが、日本人の平均寿命は女性が高いことが当たり前のようになっていますが、正美さんはこう言いました。
「元気で若い男はみんな戦争に行った。そして、戦死した。だから、女性が長生きのように見えるんや。」
私には考えもつかない言葉でした。
正美さんは中学卒業後に志願して陸軍に入隊されました。
そこでも色んなことを体験されたそうです。愛知県の蒲郡で作業していると、かなり大きな地震に遭遇し兵舎や作業場が崩壊、多くの方が建物の下敷きになり大変だったこと。自分は命からがら逃げだしなんとか助かったが、軍事情報とのことで、被害の大きさなどはほとんど公にはされなかったことを教えて頂きました。

そんな正美さん、5年ほど前から腰の病気の影響で足の筋力が弱り杖で歩くようになっていました。そして、開設して間もないSukkuまで自分で車を運転して見学に来られ、そこから利用が始まりました。
ご利用中は色々なことがありました。少し肺が弱いこともあり、冬になると風邪をこじらせ、肺炎で入院し生死をさまよい、そして復活して帰ってくる。こんなことが毎年続いていました。帰ってくる度に「今回も帰ってきました!」と明るい表情で話しをされていました。
利用者さんにも知り合いが多くおられましたし、男女分け隔てなくいろんな方に話しをされていました。その時に決まって言われることがあります。「ここの運動は続けなあかん。休んだら身体が動かんようになる。」
その言葉に私たちは何度も救われました。自分たちのしていることは間違っていなかったと。

10年の付き合いの中で一つだけとても気になることがありました。それは、正美さんはいつもベルトが反対向きなんです。外出するときは必ずジャケットを羽織り、綺麗な格好をされている方です。ズボンをはき替えても必ずベルトは反対です。最初はあまり気になりませんでしたが、徐々に気になりだしいよいよ聞きたくて仕方なくなりました。
正美さんの答えは・・・
戦時中、腰に大きなベルトを巻いていてそこに色々な道具(剣や銃)をしまっていたとのこと。その時の太くて大きなベルトは右巻きだった。その時の癖で、右からベルトを巻くようになったとのこと。しかし、使っているベルトは左巻き用のベルトを使用しているためベルトが反対向きに見えるのです。
90才になってもベルトの向きを変えることが出来ない位戦時中に刷り込まれたものは消えないんだと痛感させられました。やっぱり戦争は怖いし、二度としてはならないと強く思いました。

そんな正美さん、二か月前のSukku利用時、発熱を認めたので病院受診してもらいました。すると、新たな病気が見つかりそのまま入院する事に。入院中に一度顔を見に行きましたが、元気そうで、「9月からSukkuにいくわ!」と話しをしていました。退院後、また会えることを楽しみにしていました。
ですが、容体が急変、このコラム完成2日前に天へ召されました。
あまりにも急で、私もスタッフも気持ちの整理がなかなかつかないです。
でも、お通夜の時に「コラムでしっかりと正美さんの事を伝えるしね。」と約束しました。以前から今回のコラムは正美さんと決めていたので、正美さんにとってはこのタイミングやったんかなと・・。自分に思い込ませながらコラムを終わります。
正美さん、天国でこのコラムを見てくださいね。皆の頭の中に、心の中にあなたはずっと生き続けますから。(おしまい)

次回は、「咳をするときは必ず入れ歯を外します。」

写真・文/ 川瀬啓介・未央

Sukku 川瀬啓介 / 未央 (理学療法士・鍼灸師 / 鍼灸師)
〒622-0002 京都府南丹市園部町美園町4-16-38

TEL 0771-62-0005

2017年から京都の南丹市でリハビリを中心としたデイサービスをしています。利用者さんと過ごす時間は、笑い声と涙が入り混じる賑やかな毎日です。そんなささやかな日常、会話から気付かされること、そして個性派揃いのスタッフについて…これから色々な事を綴っていこうと思います。

2011年11月からのお付き合い。楓くん・緑くんが生まれる前から撮影をさせて頂いていて、今も1年に1回は必ずスタジオ撮影にお越し下さいます。Sukkuというデイサービスの屋号は、佳代が名付けさせて頂きました。飾らない温かさ、自分の好きが明快で、歯切れがよい。けれど、流れる時間はゆっくり。そんなお二人の人柄が大好きで、バランスを崩した時には体を診てもらおうと決めているから安心です。笑いと涙のデイサービスの日々を毎月2回、綴ってもらってます。


11ページ

ゴジュウカラは、せ中が青っぽい色をしていて、よく木のみきにとまるスズメぐらいの鳥です。

群れでいることが多くて冬には、混群と言って他のシジュウカラやエナが、ヤマガラなどと群れをつくることもあります。

ゴジュウカラは、「フィフィフィフィ」などと鳴きます。

ぼくが、おもしろいと思った所はキツツキ類が前使っていた古巣をゴジュウカラが自分たちの巣にすることです。

他の動物(リス、モモンガ)もキツツキの古巣を使うそうです。

だからキツツキがあけた穴はいろんな動物の役に立っているんだなと思いました。

次にぼくが、ゴジュウカラを見た場所を紹介します。

奈良県 大台ケ原

最後に、前回のクイズの答えを発表します。

正解は、

2.尾羽が上に上がっているか下がっているか。 でした。

絵・文/ 中野響

お姉ちゃんとひーくんが生まれる前の、2005年10月から撮影をさせて頂いてます。今も2~3年に1回は必ず、スタジオや城陽のご自宅で撮ってます。小学5年生になったひーくんは、この前の撮影の時に鳥に魅せられていると話してくれた。それが小学生レベルの鳥好きの話ではなく、僕からすればもう学者レベル。しかも視点がユーモラスなのでこれはスゴイ!是非、図鑑を作ろうと盛り上がり、WEBという形で毎月2回、発表してもらっています。

お客さんのコラム9/10版

今号は先ずは特別編から。

つい先日、毎年の撮影に来てくれた小学校1年生になったショウゴ君。生物が大好きなショウゴ君は毎回、絵を描いてくれたり、お話しをしてくれる。

今回もそっと紙を渡すと、少し恥ずかしがり屋な性格なのに、紙と鉛筆を持つといきなり強くなり大胆になる。

何にも見ずに筆の迷いもなく、スラスラスラ~ッと描き上げる。

裏表に書いてくれたから裏映りしてますが、デザインされたイラストを見て、おぉー、今迄で一番いい!一番好き!。

速攻スキャニングさせてもらいました。この図案の手ぬぐい欲しー!

ショウゴ君ありがとねー。

ちなみに、裏のひらがなはお父さんの字です。ショウゴ君がお父さんが落書きしたと言って、あとでハサミでカットしてました。

撮影5分、お絵かき・お喋り115分。 こんなに楽しいスタジオです。

上の絵:フェネック・ペリカン・フェネック・カバ・カバ。

下の絵:ティラノサウルス・モササウルス・ステゴサウルス・スピノサウルス・モササウルス・モササウルス。


喜びを編むと知る の巻

あれからおばあちゃんはまだまだマスクを作り続けている。
月水金の編み物教室にいくといつもマスクが並んでいる。
なんでも、納品するとすぐ売れるとのこと。
すぐにまた作ってとオーダーがきて、納品しては売れ、の繰り返しで「もう300は作ったな〜アハハ!」とおばあちゃんはタフに笑っている。
それに加えて最近はエコバッグも作っている。レジ袋有料化になって、「これも今、喜ばれる」と言って、かぎ針編みで家にある毛糸を集めて素敵なエコバッグを作って周りの人に配っている。
何か作っては、その時喜んでもらえる人に渡したり、おばあちゃんの手作りはいつもそのベース、そこからブレない。
素敵だなぁ、と思う。
すごいなぁと思うのと同時に最近はおばあちゃんが、その中で自分の喜びに変えている事もすごくわかるような気がする。

私もおばあちゃんに編み物を教わるようになって、次編むものはあの人に渡したいな。
あの人はこのミトンが似合いそう、このマフラーが似合いそう…
気づくと編み物はいつも自分のものより、誰かにあげたくて編んでいる。
喜んでもらえると嬉しくて、その人の事考えながらちくちく編む時間もとても好きで。
なるほど、この喜びって味わうとやめられなくなるな〜、じんわり暖かくなるこの感じ

自分の手で作ったものを喜んでもらえて、こちらこそ嬉しい。
おばあちゃんもこんな気持ちなのかなと思いながら、おばあちゃんが今まで私たちに編んでくれた物を思い出しては、更に嬉しくなる。

三國万里子さんも、本の中でこんなことを記されている。

“人と関わって、何かを生み出すということの中にしあわせがあるんだな、とこの頃思います。
たとえば家族のためにご飯を作ること、仲間と仕事をすること、そしてセーターを編むことの、瞬間瞬間の動きの中にただ寝っ転がっていてしあわせになれるのはきっと仙人くらいで、普通の人間は何か一生懸命やってこそ楽しくなれる。
そういう風にできているんじゃないでしょうか。″
【三國万里子さん うれしいセーター より】

自分の手仕事を通して
人との間に生まれる喜びは
楽しくて仕方ない事を知りました。

そんな喜びを感じて編む時間は
編み物を教わる前よりも日々を豊かにさせてもらっている。

こないだ夫に編んだセーター
おさらいのつもりで、もう一つ編んでいたものも完成。
これは、おばあちゃんのオペなし、お直しなし、編み直しなしで完成したのでここで載せておきますね。

写真・文 / 田畑由布子

こどもちゃん達が生まれる前の、2012年11月からのお付き合い。葵子ちゃん・季なりちゃん・糸喜ちゃんの3姉妹5人家族になった今も年に2回、必ずスタジオや名張市のご自宅で撮影させて頂いてます。編み物の師匠・おばあちゃんのお話しを聴かせてくれたユフコちゃん。面白くてあったかくて、色んな人にも聴いてほしいと思い、毎月2回、綴ってもらってます。


⑨「大事な会議で前歯が吹っ飛んだスタッフの紹介」

今回はSukkuのスタッフを紹介したいと思います。
開設準備から一緒に働いているスタッフがいます。名前は樋口さん。
年齢は私より少し上。以前勤務していた病院の同僚でしたが、家庭の事情で私より先に病院を辞められていました。
樋口さんの良いところは、とにかく飛びぬけて明るいところです。話し上手で、声が大きく、それはそれはとても大きな声で笑います。樋口さんがいるだけでその場は明るくなります。そして、困っている方に対して、一歩踏みこんでお節介が出来る。そう、何事にも一生懸命なのです。その姿を病院勤務時代に見ていたので、Sukkuを始めるときにまず、最初に頭に浮かんだパートナーは樋口さんだったのです。
開設する約1年前、居酒屋に樋口さんを呼び出しました。そして、理念などを伝え一緒に働いてくれないかと声をかけました。ヘッドハンティングです。返事は「OK」でした。

 開設してからの樋口さんの働きは、私の予想以上でした。Sukkuにお見えになる方は皆、樋口さんのトークを聞きに来ているのではないかと思うほどで、いつも笑い声がたえません。もちろん、持ち前の絶妙なお節介も発揮。利用者さんだけでなく、ご家族、ケアマネージャーなど、様々な人からの信頼を得て、どんどん突き進みます。
そんな樋口さん、明るく元気で頼りがいのある、とても気の強い姉御肌なのですが、正義感にも溢れているのです。
そのためなのか分かりませんが、良いことも悪いことも樋口さんには集まってきます。
例えば、最近問題になっているあおり運転。通勤途中にあおられて、腹が立ち、追い抜けないように車を道の真ん中に横向きに停車。あおってきた車を停めさせ、「何あおってんねん!」と一喝。すると、あおった車は窓を開けずに何かを言っている。あ~そうや。ワイドショーであおられて因縁つけられても窓を開けるなって言うてたな~。って、逆やん!
他には、車を運転中に竹やぶに人影と倒れた自転車が。何かおかしいと感じ、車を停めて見に行くと変質者発見!樋口さんは車を出て、変質者めがけて猛タックルをお見舞い。もちろん変質者はノックアウト。一緒に乗っていた夫が女子高生を確保し、警察に通報!これも逆やん!その後、変質者は余罪も見つかり、逮捕されたとのこと。後日警察に表彰をさせてくれと頼まれるも、当たり前の事をしただけと、断固拒否。
そんな、勇気と正義みなぎる樋口さんですが、仕事中に調子の悪かった利用者さんが亡くなったとの報告を受けると電話中でも泣き出します。そして、電話が終わると目を真っ赤にしながら仕事をします。
私は、樋口さんのことを見ていると喜怒哀楽の表現者!と思ってしまうのです。

 さて、私たちのような介護サービスに携わる事業者は、ご利用がスタートになる前に必ず、色々な職種が集まって会議をします。その会議で利用者さんの普段の様子や体調などを把握したり、今後の目標などを話し合います。
あれは、昨年の夏でした。新しく利用が始まる方がおられ、その方の自宅で、本人・妻・ケアマネージャー・他事業所スタッフ・樋口さんが集まり会議がありました。
その会議中、樋口さんがいつもの軽快な口調で話しをしていたのですが、急に声が小さくなり話すのをやめたのです。そして、大きく深呼吸をしてまた話しをしようとしたそのとき・・!「カラン」
なんと声を出そうと口を開けた途端、歯が飛び出てきたのです。最初、周りは何が起こったか理解できませんでした。しかし、樋口さんの顔を見ると前歯がないのです!樋口さんも恥ずかしそうに飛んだ前歯を探しています。そこで、ようやく何が起こったかみんな理解し、大笑いに。大事な会議なのに周りの人たちは、樋口さんの前歯が飛んだことしか印象に残らない会議になった!と言っていました。
聞けば、中学の時にソフトボールが当たり、前歯が抜けてそこから差し歯にしているとのこと。そういえば、私と話をしているときも一度前歯が抜けたことがあり、大笑いしました。人って前歯がないとすごく間抜けな顔になります。今でも樋口さんは、半年に1回は前歯が抜けそうになり急いで歯医者へ通っています。

ちなみに、このコラムを私が書いていることは本人には内緒にしていますので、自分のことを書かれているなんて全く樋口さんは知りません。
もし、知ったら・・・。
喜怒哀楽が爆発して前歯が飛ぶ、樋口さんを想像しながら終わります。 (おしまい)

次回のコラムは 「正美さんのベルトは、いつも反対」です。

写真・文/ 川瀬啓介・未央

Sukku 川瀬啓介 / 未央 (理学療法士・鍼灸師 / 鍼灸師)
〒622-0002 京都府南丹市園部町美園町4-16-38

TEL 0771-62-0005

2017年から京都の南丹市でリハビリを中心としたデイサービスをしています。利用者さんと過ごす時間は、笑い声と涙が入り混じる賑やかな毎日です。そんなささやかな日常、会話から気付かされること、そして個性派揃いのスタッフについて…これから色々な事を綴っていこうと思います。

2011年11月からのお付き合い。楓くん・緑くんが生まれる前から撮影をさせて頂いていて、今も1年に1回は必ずスタジオ撮影にお越し下さいます。Sukkuというデイサービスの屋号は、佳代が名付けさせて頂きました。飾らない温かさ、自分の好きが明快で、歯切れがよい。けれど、流れる時間はゆっくり。そんなお二人の人柄が大好きで、バランスを崩した時には体を診てもらおうと決めているから安心です。笑いと涙のデイサービスの日々を毎月2回、綴ってもらってます。


前回のコラムから2週間。そのあいだずっと、愛猫ももの看病に明け暮れていました。急性膵炎という、もも生まれて初めての命にかかわる大病でした。ももは、あとひと月で18歳というおばあちゃん猫。いつ”その日”が来てもおかしくない、とは思っていたものの、前日までとても元気にしていたので、まるで覚悟ができていませんでした。
 順調に回復するかに見えた病状が、途中でガクンと悪化。夜中、次男とふたり、眠っているももの前に座りこんで、はらはらと泣いていました。でもそこから……ももは無事、快復しました! うれしい! 命っていつまでもあたりまえにあるものではない、と思い知った2週間でした。

 さて、そんな日々も落ち着いてきて、この本を手に取りました。

『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』
 ブレイディみかこ 新潮社

 4月にCovid-19に感染したイギリスのボリス・ジョンソン首相が、一時は重症になりながらも回復して、「みなで協力して社会的距離のルールを守りましょう!」と、国民の目をみつめて力強いメッセージを送ったときには、なんてかっこいい! と感心したものでした。

 しかし、その彼の属する保守党こそ、2010年に悪名高い緊縮財政政策をはじめた張本人。それによってイギリス社会は、これでもかというほど福祉や教育への財政をカットされ続け、大きな格差が生まれました。移民、EU離脱問題、人種問題、貧困……。紅茶や愛らしいチェック柄やアンティーク、といった甘いイメージのイギリスは、もう単なる観光目的でしかないのかもしれません。このあたりところは、ケン・ローチ監督の映画『わたしは、ダニエル・ブレイク』(2017)にも印象深く描かれています。

 この本は、イギリス在住20年、元音楽ライター(ロックにくわしい!)で現保育士の、ブレイディみかこさんが書かれたものです。タイトルの『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』は、11歳の息子さんのノートの隅の走り書き。日本人の母とアイルランド人の父をもつ彼のちょっとブルーな日々。子どもたちの日常にもある人種差別や教育格差の問題が、まざまざと描かれているのですが、ブルーどころか、うらやましいほどきらきらとした青春の日々が書かれていました!

 息子さんの通う中学は、低所得者層の多い街中の底辺中学。緊縮の波をもろにかぶる彼らを、熱心な教師や、ボランティアをつとめる保護者の努力が支えます。入学式直後に行われるのは、なんと演劇のオーディション。新入生は入学してすぐに演劇に取り組むのです。クリスマス・コンサートでは、社会風刺バリバリのラップを熱唱。イギリスでは、幼稚園のころから言葉で感情を表現する教育がたいせつにされていて、自分の思いをきちんと言葉にして相手に伝えることを叩きこまれるといいます。

 また、シチズンシップ・エデュケーション(市民教育)が充実していて、ある日息子さんに出された課題は、「エンパシーとは何か」でした。そこで彼は、「他人の靴を履いてみること」と答えました。
 エンパシー(empathy)とよく似た言葉に、シンパシー(sympathy)があります。どちらも「共感」と訳されますが、シンパシーは、かわいそうな立場の人や自分と似た意見をもつ人に寄せる「同情」。一方、エンパシーは、自分と違う考えをもつ人や立場の違う人が、どんなことを考えているのだろうと「想像する力」のことだと。だから他人の靴、なのです。

 このほかにも、分断とか格差といった問題についても、それはつきつめれば、「だれかを仲間外れにして、こっち側だけでなかよくしよう」ということと同じではないか、とか、自分と違う考えや感性をもつ人は実はたくさんいる、と知ることこそ、無知から離れておたがいの理解に近づく生き方である、など、眼から鱗のセリフが、いきいきとした子どもたちの生活そのものから、バンバン飛び出すのです。

 いやはや、なんてかっこいい! 画一的一斉教育の日本からは考えられない、まったくもってうらやましいのです。いや、うらやましがっていられるほど事態は甘くはないのでしょう。でも、彼らの波風を立ててでもなんとかよくしていこう! とする態度には、たくましさと同時に、ある繊細な善意を感じました。
 ほんとうの多様性とは何か、いろんな人といっしょに生きるとはどういうことかを、深く考えさせられた素晴らしい本でした。

写真・文/ 中務秀子

2018年・第27期のフィルムカメラ教室の生徒さんとして、お付き合いが始まりました。今もフィルムカメラを続けてらして、二眼レフカメラにも挑戦中。こどもと大人の絵画造形教室 / コッコ・アトリエを京都の一乗寺でお仲間とされています。昔は学芸員や翻訳のお仕事をされていて、しかもなんと早稲田の文学部卒。道理でデコさんは本好き、映画好き、芸術好き、お話好きなはずです。でもとても自由で全然気取ってない表現がお好きな所に、勝手に親近感を覚えさせてくれる先輩であり心友です。

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10ページ

今回で鳥図かんは10回目です。今までにのせた鳥たちの中から3種類選んで、見分け方をしょうかいします。

まず、キツツキ類(コゲラ)たちの見分け方です。アオゲラとヤマゲラは、体が緑です。アカゲラ、コアカゲラはおなかにもようがなくて、オオアカゲラだけななめにもようがあります。アオゲラとヤマゲラもおなかのもように注目して下さい。クマゲラは、その名の通り黒く、大きめです。頭もほとんど赤色なので、見つけるのもかんたんかもしれません。

次にチドリ類(コチドリ)たちの見分け方です。イカルチドリはコチドリ(鳥図かん8/10版参照)に、よく似てるけど、よく見ると目の周りの黄色い部分の太さがちがいます。太い方がコチドリ、細い方がイカルチドリです。シロチドリは、足が黒色をしています。目の上からのびる線もありません。チドリ類は、判別がむずかしいのでぜひ図かんを見ながら観察してみて下さい。

最後に、ハヤブサ類(チョウゲンボウ)の見分け方です。ヒメチョウゲンボウはチョウゲンボウによく似ているけど、つばさのもようがなくよく見るとつめがはい色です。コチョウゲンボウは、つばさと頭は青色をしているので分かりやすいです。アカアシチョウゲンボウは全体的に黒いけど、くちばしと足は赤色をしているのが特ちょうです。

もぐるカモともぐらないカモの見分け方は3つの内どれでしょう。

1. くちばしが太いか細いか。

2. 尾羽が上に上がっているか下がっているか。

3. つばさの先が丸いかとがっているか。

答えは次の鳥図かんで発表します。

最後に前回の答えを発表します。

正解は 3の 水辺の土手や樹洞でした。

絵・文/ 中野響

お姉ちゃんとひーくんが生まれる前の、2005年10月から撮影をさせて頂いてます。今も2~3年に1回は必ず、スタジオや城陽のご自宅で撮ってます。小学5年生になったひーくんは、この前の撮影の時に鳥に魅せられていると話してくれた。それが小学生レベルの鳥好きの話ではなく、僕からすればもう学者レベル。しかも視点がユーモラスなのでこれはスゴイ!是非、図鑑を作ろうと盛り上がり、WEBという形で毎月2回、発表してもらっています。


『愛なき世界』三浦しをん

洋食屋の見習い・藤丸が恋した本村は、植物の研究者のタマゴ。

料理の出前を口実に研究室へ通うが、本村は植物(シロイヌナズナ)の研究に明け暮れている。殺し屋か死神みたいな教授、サボテンのトゲを透明化させる後輩など、変わり者たちの中で、本村の研究・藤丸の恋は成就するのか。

本屋大賞ノミネート作品です。装丁が綺麗ですてきです!

文章の細部が面白く、

「洋食屋と銘打ってはいるが、円服亭のメニューはカオスだ」

とか、

「迎えにいったはずの死者が、思いがけず元気に酔っ払って腹踊りをしているさまを目撃した死神みたいな表情」

などなど。

面白いです。ラストは意外・・・!?

ぜひ読んでみてください!

文/ 木下琴子

2006年3月からのお付き合い。琴子ちゃんが生まれる前から撮影をさせて頂いてます。小学5年生になった今も記念日ごとには必ず、スタジオやお好きなロケ場所で撮影させて頂いてます。埼玉県からお越し下さいます。幼い頃から、本が好きと撮影のたびに僕に話してくれた琴子ちゃん。読みたい物語がまだまだ沢山あると思うと、これからが楽しみとも話してくれた。そんな琴子ちゃん目線の書評を毎月2回、依頼しています。

お客さんのコラム8/25版

おばあちゃんから学ぶ事は多方面。の巻

最近の編み物教室はまずおばあちゃんとモーニングをしながら始まるのがルーティンだった。

美味しいものを持ち寄って、おばあちゃんが淹れてくれたコーヒーで喋りながらサンドイッチや、おやつ、旬のフルーツ、お互いで作りあった野菜のお惣菜の味見品評会をしたり。
だから、珈琲のお供がゴーヤの佃煮の日もあるし、ナスの煮浸しの日もある。
美味しいのが出来ると、編み物教室のモーニングタイムに持って行ったり、おばあちゃんも「美味しいのが出来たから食べてみて」とモーニングに出してくれる。
美味しい〜!どうやって作るの?
とレシピの交換。
そんな話をしながら、「そうそう、おばあちゃんここの編み方教えてほしいねん」と言ってボチボチと編み物教室が始まる。

話をしながらチクチク編む。
笑いながらチクチク編む。

この時間が私はとても呼吸が整う。
ドタバタする日やざわざわする世の中、
イライラしてしまう日もこの時間にありつけば、一呼吸整って、安心する。

チクチク編むこともおばあちゃんとのモーニングもルーティンになっていて、ルーティンというのは生活の根っこみたいなもんに感じている。

おばあちゃんは親身にしている人がたくさんいるので、お盆はあちらこちらにお参りに行くので物凄く忙しい。
毎年20件ほどのお宅のお仏壇に手を合わせにゆく。おばあちゃんは御坊さんなのか?と思うほど。笑
いつだって周りを大切にしているおばあちゃんらしいけど。

当然編み物教室はお盆は自粛しておく。

なので私は家でちくちくと編む。
だけど、このお盆の間はおばあちゃんとのルーティンをして過ごせないせいか、なんだか寂しく物足りない。

編む作業はどこでしても同じことだし、大好きな作業なんだけど、おばあちゃんと編む、この時間の繰り返しが好きなんだなぁと思った。

でも、お盆の編み物教室の休講の間は編み物に失敗しても、おばあちゃんを頼れないので、なんとか自分で解決したり、どうにか考えてやり直ししたりと、黙々と自分で編む手の進歩を感じる期間でもあった。
心地良いルーティンの中にもそこだけに浸かりきるだけでは何かを得るには緩すぎるのかしれない。
こうやってその時その場合ごとに自分なりにバージョンアップも忘れずしながら上達してゆきたいと思った。

それはルーティンの心地良い揺るぎない時間があってこそ。なのかなとも感じる。

私も3人の母。そんなふうに子どもたちがつまづいた時に「ただいま」「あ、おかえり〜!」と安心して心地良く帰る揺るぎない場所があるから、外でも頑張れると思ってもらえるような家庭でありたいなと、
編み物教室のおばあちゃんとから与えてもらったいつもの温かな時間で感じたことでした。

一見ここは編み物教室だけど、編み物を超越して学んだり感じること多し。。

写真・文 / 田畑由布子

こどもちゃん達が生まれる前の、2012年11月からのお付き合い。葵子ちゃん・季なりちゃん・糸喜ちゃんの3姉妹5人家族になった今も年に2回、必ずスタジオや名張市のご自宅で撮影させて頂いてます。編み物の師匠・おばあちゃんのお話しを聴かせてくれたユフコちゃん。面白くてあったかくて、色んな人にも聴いてほしいと思い、毎月2回、綴ってもらってます。


⑧「開設して3年。転落事故1件。骨折1名。どちらも同じ人です。」

8月17日でSukkuは開設して3年が経ちました。
まだ3年。もう3年。石の上にも3年。
3年続けると色々なことが見えてくるようになりました。
最近強く感じている事は、3年続けようが、20年続けようが、1日1日の積み重ね。
一足飛びで進歩しようとしても難しいし、一夜漬けで人間的成長なんてしやしない。
毎日を大切に。
違う毎日を感じる。
そんな思いが日に日に強くなってきている40代。

今回のコラムは、あまり思い出したくない出来事です。
リハビリをメインにしているsukkuでは、歩くことを大事にしています。
普段、家や施設では車いすで移動している方でもSukkuでは、歩いて移動して頂いてます。
杖などの歩行補助具と言われるものを利用し、スタッフが介助して、時間がかかってもすべてのトレーニングが出来なくても歩いてもらいます。
歩くことって、とても大事なのは言うまでもないですが、今まで歩けていた方が病気で歩けなくなると、自信を失う人が多いです。
また、話す練習や麻痺して動かない手のリハビリを拒否しても歩く練習は頑張る人は多いです。
しかし、歩くことはそれなりに転倒の危険性はありますし、実際に何度か転倒されたこともあります。
転倒の危険性が高い方に対しては、スタッフが付いてますので転倒しても軽微なことが多いです。
幸い過去何度かある転倒で捻挫や骨折などのいわゆる重症な怪我はありませんでした。
では、今回のテーマである転落事故なんてあるわけないと思うかも知れませんが、1件だけありました。
あれは忘れもしません。今年の3月17日火曜日の午前の部でした。
その日は、長男・楓の幼稚園の卒園式。その時にはすでにコロナが問題になっていたので、必要最低限の参加者での卒園式でしたので、次男・緑は会社のスタッフにお任せして出席させてもらいました。
私たちにとって初めての子供でしたので、幼稚園での体験は親も子も全てが初体験の毎日でした。また、会社設立とほぼ同時期に入園したので、設立当初の大変な時期を乗り越えてきたこともあり、子供の成長と会社の成長を振り返りながら涙涙の卒園式でした。
感動の卒園式を終えた私たちは、早速、緑のいる会社へ戻りました。
あれっ?緑がいません。
会社の車を見ると助手席で寝ている緑がいます。
私は、午前中にスタッフに遊んでもらって疲れて寝ているんやと思いました。
でも、緑に声をかけると急に泣き出しました。抱っこをしようとすると、「おとうちゃーん。うでがいたいー。」と大泣き状態に。
私が腕を触り挙げようとすると「いーたーいー。あがらへーん。」
冷汗が出てきました。これは、ただの打撲ではない…。
スタッフにどうしたのか聞くと、両親がいない間、ここぞとばかりに好き放題にしていて、平行棒を鉄棒の様にぶら下がっていたら手を放してしまいそのまま肩から転落…
そして、大号泣。「おかあちゃんとこかえるー。」を連発。
困ったスタッフが車にお菓子とDVDを準備して、「もうすぐ帰ってくるから。DVD見るか?」と言いようやく泣き止む。DVD見る。泣き疲れて寝る。そこへ私たちが帰る。
奥さん、着物のまま病院へ直行。診断名「左鎖骨骨折」全治4週間。
卒園式のジーンとした感情は一瞬でどっか行ってしまいました。
両親一度も骨折したことないのに..4歳で骨折。
幸いにも、手術はせずに保存療法でいけるとのこと。
服を着せたり脱がせたりするたび、「いたーい。」
骨折のことなど忘れて遊んで、左肩を壁にぶつけて、「いたーい。」
なかなか大変でしたが、若いってやっぱり素晴らしい。1週間ぐらいでほとんど痛みもなくなり、2週間で腕も上がるようになり、4週間で骨もきれいにくっつきました。今となっては本人も骨折した場所を間違えるくらい元気になりました。
それでも本人は、会社に来るといつも平行棒を鉄棒の様にして遊んでいるので、次の転落事故もまた起きるんだろうな…と思いながら、「やーめーなーさーい。」と周りから言われる緑でした。(おしまい)

次回は 「大事な会議で前歯が吹っ飛んだスタッフの紹介。」

写真・文/ 川瀬啓介・未央

Sukku 川瀬啓介 / 未央 (理学療法士・鍼灸師 / 鍼灸師)
〒622-0002 京都府南丹市園部町美園町4-16-38

TEL 0771-62-0005

2017年から京都の南丹市でリハビリを中心としたデイサービスをしています。利用者さんと過ごす時間は、笑い声と涙が入り混じる賑やかな毎日です。そんなささやかな日常、会話から気付かされること、そして個性派揃いのスタッフについて…これから色々な事を綴っていこうと思います。

2011年11月からのお付き合い。楓くん・緑くんが生まれる前から撮影をさせて頂いていて、今も1年に1回は必ずスタジオ撮影にお越し下さいます。Sukkuというデイサービスの屋号は、佳代が名付けさせて頂きました。飾らない温かさ、自分の好きが明快で、歯切れがよい。けれど、流れる時間はゆっくり。そんなお二人の人柄が大好きで、バランスを崩した時には体を診てもらおうと決めているから安心です。笑いと涙のデイサービスの日々を毎月2回、綴ってもらってます。


先日このコラムを書こうとしていたその日に、愛猫ももの具合が悪くなりました。ももは17歳。秋には18歳の、人間なら85歳くらいのおばあちゃん猫です。でも童顔で、いつも獣医さんの先生に、ももちゃん若いなあ、きれいやなあ、と言ってもらっています。そのももが朝から吐き続け、あっという間に脱水に。あわてて病院に連れていくと、そのまま入院になりました。

 子どもの頃からずっと動物と暮らしてきたわたしですが、ももは特別な存在です。40代初めに早すぎる更年期障害になり、もうしんどくてしんどくて……。気づかってくれた友人が、自分が飼おうとしていた耳と鼻がピンクの小さな猫を、譲ってくれたのでした。それからわたしは、泊まりがけの旅にも行かないくらい、ももといっしょに暮らしてきました。
 気位が高く、ほかの人には懐かない猫ですが、若い頃は、庭ですずめをねらっていて草の中でぐっすり眠ってしまったり、先住猫のみーちゃんがすりよってくると、うるちゃい! とけとばしちゃうようなお茶目なところがありました。数年前にみーちゃんが亡くなると、急にさみしがり屋の甘えん坊になり、年をとったこの頃は、さらに赤ちゃんがえりをして、もう、べたべた。
 そのももが入院。わたしはすっかり意気消沈しました。猫は気配の動物です。いないとその猫の形の空間がすっぽり抜け落ちてしまったようなさみしさがあるのです。そのとき手に取ったのがこの絵本です。

『このあとどうしちゃおう』
 ヨシタケシンスケ ブロンズ新社

「こないだ おじいちゃんが しんじゃった」と、絵本ははじまります。おじいちゃんの部屋を掃除していた「ぼく」は、1冊のノートをみつけます。「このあとどうしちゃおう」と書かれたそのノートには、おじいちゃんが自分が死んだあと、どうなりたいか、どうしてほしいかが書いてありました。

 おじいちゃんの「このあとの予定」は、まず死んだら「ゆうれいセンター」に行って、透明になってしばらくこの世の様子を見ます。気がすんだら天国へ。天国には、思い出話をなんでも面白がって聴いてくれる神さまや、空の飛び方を教えてくれる楽しい神さまが待っています。そしてそこには、先に亡くなったおばあちゃんがいて、とにかくおさしみがおいしくて、あちこちにおふとんと温泉があるのです。
 天国のおじいちゃんは、いろんな方法でこの世のみんなを見守ります。月になって。通りすがりの赤ちゃんになって。膝にできたかさぶたになって。また、死んだら、滑り台型とか、記念写真が撮れる型とか、いろんな形のお墓をつくってほしいし、記念品もつくってほしいなあ、とおじいちゃんは考えます。たとえばおじいちゃんTシャツとかおじいちゃん映画とか、おじいちゃんランドとか!

 おじいちゃんのノートをみていたら、「ぼく」はワクワクしてきて、天国へ行くのが楽しみになってきました。でも、とぼくは気がつきます。もしかしたらおじいちゃんは、さみしかったのかな、死ぬのがこわかったのかな、と。でもやっぱりおじいちゃん楽しそう……。どっちなんだろう? この先は絵本を読んでみてください。わたしは、もものしばしの不在のさみしさから救われました。はやく元気になって帰ってこないかなあ、もも。

写真・文/ 中務秀子

2018年・第27期のフィルムカメラ教室の生徒さんとして、お付き合いが始まりました。今もフィルムカメラを続けてらして、二眼レフカメラにも挑戦中。こどもと大人の絵画造形教室 / コッコ・アトリエを京都の一乗寺でお仲間とされています。昔は学芸員や翻訳のお仕事をされていて、しかもなんと早稲田の文学部卒。道理でデコさんは本好き、映画好き、芸術好き、お話好きなはずです。でもとても自由で全然気取ってない表現がお好きな所に、勝手に親近感を覚えさせてくれる先輩であり心友です。

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9ページ

ミコアイサは、冬にわたって来る白と黒のツートンカラーのカモです。でも、メスは茶色と白をしています。よくもぐって魚などをつかまえます。くちばしは、他のカモに比べて少しかぎ形になっているので魚をにがさないようにできます。ぼくは、京田辺市で1回だけ見たことがあります。その時は、鳥を見始めたころだったからあんまり分からなかったけど今思うと、あの時にもっと見ておいたらよかったと思っています。ミコアイサなどのもぐるカモを見る時は、もぐった時間をはかって見てほしいです。いろんな種類をはかってみて、比べたり順位をつけたりするとおもしろいと思います。

ここでクイズです。ミコアイサはこの3つの中でどこに巣を作るでしょう。

1.電柱などの高い場所

2.池や川の底

3.水辺の土手や樹洞

答えは次の鳥図かんで発表します。鳥図かんは次で10回目なので今までにしょうかいした鳥の仲間との見分け方をしょうかいします。

絵・文/ 中野響

上の絵は、響くんが暮らす京都府城陽市の風景とカワセミを、夏休み中に描いた絵とのことです。LINEで送って来てくれました。とっても生き生きした絵なので、皆さんにも見て頂きたいと思います。

お姉ちゃんとひーくんが生まれる前の、2005年10月から撮影をさせて頂いてます。今も2~3年に1回は必ず、スタジオや城陽のご自宅で撮ってます。小学5年生になったひーくんは、この前の撮影の時に鳥に魅せられていると話してくれた。それが小学生レベルの鳥好きの話ではなく、僕からすればもう学者レベル。しかも視点がユーモラスなのでこれはスゴイ!是非、図鑑を作ろうと盛り上がり、WEBという形で毎月2回、発表してもらっています。


『空色勾玉』荻原規子

村娘・狭也はある日、「闇(くら)」の氏族の巫女姫だと告げられる。自分が闇(くら)の生まれと認めたくない狭也は輝(かぐ)の宮へと行くが、宮の神殿で夢を見ていた輝(かぐ)の末子、稚羽矢と出会い、狭也の運命は大きく変わっていく。

日本の神話を下敷きにして書かれたファンタジーです。狭也と稚羽矢の関係性が、すてきだと思います。

絶対に死なず、傷を受けても回復する輝(かぐ)の一族と、死んで生まれ変わり、くり返す闇(くら)の一族。狭也が、いつまでも若く美しい輝(かぐ)の一族に憧れる気持ちはなんだかわかる気がします。

幼く、世間を知らなかった稚羽矢と、村娘で自分の生まれを受け入れられない狭也が出会い、ひかれていくようすがいいと思います。

勾玉三部作の一冊目、おすすめです!

文/ 木下琴子

2006年3月からのお付き合い。琴子ちゃんが生まれる前から撮影をさせて頂いてます。小学5年生になった今も記念日ごとには必ず、スタジオやお好きなロケ場所で撮影させて頂いてます。埼玉県からお越し下さいます。幼い頃から、本が好きと撮影のたびに僕に話してくれた琴子ちゃん。読みたい物語がまだまだ沢山あると思うと、これからが楽しみとも話してくれた。そんな琴子ちゃん目線の書評を毎月2回、依頼しています。

お客さんのコラム8/10版

オペを乗り越えたセーターの巻

先日夫に編んでいたセーターがようやく完成。
三國万里子さん図案。
「うれしいセーター」の中で星野源さんの為に編まれたセーター“GEN”
簡単な編み方なのだけど、いろんなパターンの失敗を沢山してすごーーーくいい経験になった一品になった。
夫のだという事で、気楽に編めたのがよかった。
編み物教室でおばあちゃん師匠に教えてもらいながら図案を辿って編んでゆく。

モヘアウールの毛糸の風合いを生かすようにローゲージで編んでいたら、なんか大きくないか…??でも目数は合ってるしなぁ。と思いながらちょっとずつ不安がぐるぐる。
やはり完成予定よりも遥かに大きくなってしまった。目数は確かに合ってるけど、センチが図案と大誤差!(ゲージ通りに編めていなかったのです。)
前見頃と後ろ身頃が出来た時に夫に試着を頼んだら、ワンピースのセーターのようになってしまい大笑い。
笑ったはいいが、いやいや笑い事じゃない。
やはり、初心者マークの私。
ゲージ通りに編めていなかった事に気づき、目数ばかりじゃなく、センチを測ったりゲージ通りに編むことの大事さも知る。
さてどうしよう。
布のように大きかったら裁断というわけにもいかず。
でももう完成は目の前でここまできて、糸を解くわけにももう行かない。どうやったら少し小さくなるか、頭でグルグル。
乾燥機にかけて縮めたろかな…いや風合いも無くなってしまう上に、一か八かすぎる。
兎に角、おばあちゃん師匠に相談。
ふむふむ。…ちょっと手術しよか。
と言ってまさかの大きくなった前見頃、後見頃をチョキーーーン!!!!
うそーーー!できるん?大丈夫?汗が出る。
かなり衝撃。そもそも布とは違って切ってどうにかなるとは思ってなかったのでかなりびっくり。
そこから切ったところの目を一つ一つ拾い、また編んで広げて行き、修正。
見事手術成功。

おばあちゃん、セーターの手術もできるんか、、。
まさに神の手でした。
聞けばおばあちゃんは買ったセーターでも自分のサイズに直したり出来るそう。

なかなかの気の遠くなる作業だけど、神の手裁きは鮮やかで、わたしの目指すところはまだまだ遠いな、と思いつつ。こんな事出来たら無敵だよなぁと思う。

ワンピースほど長かったセーターも無事、夫の見頃にあったサイズに。

この暑い暑い真夏の日、
最高気温37度越えの日に夫に無事
ウールのセーターをプレゼントできたのでした。

だけど、このセーターは神の手なしには
完成せず。
…なんだか自分自身に悔しくなってきて、
復習のつもりで、もう一度色違いで編み始めてる今日このごろ。
今度は師匠の手術必要なしに、失敗を経験にして完成させるつもりマンマンでこの暑い暑い日に今日もウールのセーターをちくちくしています。

写真・文 / 田畑由布子

2012年11月からのお付き合い。葵子ちゃん・季なりちゃん・糸喜ちゃんの3姉妹5人家族になった今も年に2回、必ずスタジオや名張市のご自宅で撮影させて頂いてます。編み物の師匠・おばあちゃんのお話しを聴かせてくれたユフコちゃん。面白くてあったかくて、色んな人にも聴いてほしいと思い、毎月2回、綴ってもらってます。


⑦「Sukkuのファッションリーダーは、寝ても覚めてもお目目パッチリ」

Sukkuにはファッションリーダーがいます。
ファッションリーダーの名前は、玉ちゃん(仮名)。
玉ちゃんは以前、居酒屋の女将さんをされていました。少ししゃがれた声と濃すぎるくらいのアイメイクがチャームポイントで、笑った顔がとても素敵な可愛い方です。
そんな玉ちゃんは70歳代前半、ご主人を亡くされてからは子供さんの家の近くで一人暮らしをされています。一人暮らしと言っても毎日子供さんが見に来るし、娘さんと温泉に行ったり、大好きなマクドナルドで友達とお茶をしたり、大衆演劇のアイドルを追っかけたりと、自分の時間をとても楽しんでおられる方です。
そんな毎日を楽しんでいる玉ちゃんは、とてもおしゃれな方です。
お化粧は毎回ばっちりしてますし、服のセンスもなかなかよくて、髪は茶髪のショートヘア。右耳だけにピアスをつけるというこだわり。そして、ベストがとてもよく似合います。
つい先日も自宅まで迎えに行くと、黒のレースのシースルー長袖に、ジーンズタイプの白のベストとパンツというファッションで待ってくれていました。。
しかし・・その姿を見た私は「ギョギョ!」驚きの声をあげてしまいました。
ベストは前開き、黒レースのシースルー長袖からは下着が透けてほぼ丸見えだったのです!しかも、色は黒。思わず玉ちゃんに「その格好でいいの?」と問いましたが、玉ちゃんはいつもの少ししゃがれた声で「何がおかしいんやな!」と半ば逆切れ状態。これは言ってもしゃーないと思い、そのまま車でSukkuへ。
Sukkuへ入るなりスタッフが「玉ちゃん!その格好どうしたん!?」と慌てて聞くと、「どうもあらへん。」と言います。いやいや、白のパンツとベスト、そして黒のレースのシースルーから黒の下着が丸見え状態・・これは、もうセクシーを超えています。このままでは、ほかの男性利用者さんも運動に集中できない状態になりそう・・・。どうしようかと思いましたが、幸い今回のベストはボタンがありました。前のボタンを閉めてもらい、ぎりぎり胸元が見えるか見えないか・・の状態になりました。そして、無事にリハビリも終わり家に送っていきました。
翌週の利用時、会うなり恥ずかしそうに笑いながら「私すごい格好やったな。」と言われました。聞くと、帰ってから自分の格好を鏡で見て、セクシーすぎてびっくりしたとのこと。玉ちゃん、家出る前にしっかり確認しなはれ。
そんな、少しおっちょこちょいなところがある玉ちゃんは、元気そうに見えて色々と病気を持っておられます。
そして、その病気や内服の関係でよく眠たい眠たいとおっしゃられ、ベッドでのリハビリ中はすぐに眠ってしまいます。先日も来るなり、今日はめっちゃ眠たい!と言っていました。そして例によってベッドでのリハビリ中にご就寝されたので、あえて起こさずに、いつになったら起きるのかをみんなでじーっと見ることにしました。ほかの利用者さんが一人で寝ている玉ちゃんを見て、「玉ちゃん、全然動かないけど大丈夫?」と口々に言います。そうなんです。アイメイクばっちりの玉ちゃんは、目を閉じていても目を開けているようにしか見えません。だから、周りの人たちには、目を大きく開けながら横たわっている人にしか見えないのです。
その日は、皆に寝ている姿を見られながら約1時間ぐっすり寝ておられました。起きた時はみんな、「お~」「やっぱり寝てたんや~」の声。本人は何のことかわからないので「は~。よく寝た。」とすっきりした顔に。
結局その日は家に帰って、またよく寝たとのこと・・。
寝る子は育つと言いますが、Sukkuのファッションリーダーは、身体は休めていても、お目目は休みません。  (おしまい)

次回は「開設して3年。転落事故1件。骨折1名。どちらも同じ人です。」

写真・文/ 川瀬啓介・未央

Sukku 川瀬啓介 / 未央 (理学療法士・鍼灸師 / 鍼灸師)
〒622-0002 京都府南丹市園部町美園町4-16-38

TEL 0771-62-0005

2017年から京都の南丹市でリハビリを中心としたデイサービスをしています。利用者さんと過ごす時間は、笑い声と涙が入り混じる賑やかな毎日です。そんなささやかな日常、会話から気付かされること、そして個性派揃いのスタッフについて…これから色々な事を綴っていこうと思います。

2011年11月からのお付き合い。楓くん・緑くんが生まれる前から撮影をさせて頂いていて、今も1年に1回は必ずスタジオ撮影にお越し下さいます。Sukkuというデイサービスの屋号は、佳代が名付けさせて頂きました。飾らない温かさ、自分の好きが明快で、歯切れがよい。けれど、流れる時間はゆっくり。そんなお二人の人柄が大好きで、バランスを崩した時には体を診てもらおうと決めているから安心です。笑いと涙のデイサービスの日々を毎月2回、綴ってもらってます。


『忠吉語録』
 野津恵子 DOOR books

『自主独立農民という仕事』(副題:佐藤忠吉と木次乳業をめぐる人々)
 森まゆみ basilico

前回は帯状疱疹にかかり、お休みしてしまいました。いつも読んでくださっているみなさん、すみません。わたし自身、ほかのみなさんのコラムを毎回楽しみにしていますので、申し訳なかったなあと思っています。おかげで今はすっかりよくなりました。
 さて今日は、おわびにと言ってはなんですが、2冊の本をとりあげます。

出雲の地に「木次(きすき)乳業」があります。日本で初めて低温殺菌牛乳(パスチャライズ牛乳)を開発したところです。人の体に有害な菌を殺菌し、有用なタンパク質やカルシウム、乳酸菌を極力活かす製法です。
 その創業者、佐藤忠吉さん。忠吉さんの言葉を、地元のお母さんがまとめられたものが『忠吉語録』。一方、『自主独立農民という仕事』は、作家の森まゆみさんが書かれた、彼の評伝です。

 わたしたちはいま、このコロナ禍という奇妙な日常を生きる中、生き方を見直さないといけないという思いを、これまで以上に肌で感じています。大量流通、大量消費……。ことに食の問題はその筆頭でしょう。

 現在100歳を越えられている忠吉さんが、75年前の終戦直後、まず考えたのがそのことでした。もともと農村中心だった日本の政策は、工業を軸にすえた近代化をめざし、農の分野もコスト削減、大量生産に転換しました。それは今でもずっと続いています。

 しかしそれで、体にほんとうにいいものが作れるのか? そう考えた忠吉さんが目指したものが、「自主独立農民という仕事」でした。効率やもうけにがんじがらめになった農業から自由になって、まず自分の体にいいもの、おいしいものを追求する。地域を中心にした小さな範囲で食べ物をつくり、余ったものを周囲に分けるやり方。欲はかかない。

 その考えを基本に置き、行政のことは「ムス」。これは出雲弁で「無視」のことだそうです。上の言いなりにはならない。自分の頭で考え、自分で決める。ただそこで面白いのは、忠吉さんはそんな厳しいことを言いながらも、「イイカゲンでいい」「そげなたいそうなもんではない」、とも言います。もちろん彼は、本気で考え、本気で取り組みますが、そこからずれるものや失敗、やり直しがあってもいい。そういう柔軟さをもっているのです。芯はとおっているからぶれない。でもぶれたことを許す器量をもっているのです。そこが農民忠吉さんのしたたかさというか、ねばり腰だなあと思うのです。

 忠吉さんのユニークさはまだまだあります。「地方は活性化ではなく、鎮静化がよい」。ほどよい小ささで、自分たちでやっていけるように備える。できないことは周りのできる人に助けてもらう。「活性化は競争、沈静化は共存」「自立と共生」という考えです。

 また、食べるものは粗食が基本。でもたまにはお酒も暴食も。「あんたの作ったもんは食べられへん、では人間関係がこわれるでしょう」と。ここになんとも言えないかしこさとやさしさを感じます。

 牛の病気、災害、幼い息子の死……。忠吉さんは多くの不幸にも見舞われますが、そのたびに立ち上がります。そこには「難行を易行に」という考えがありました。「人は不幸がある方が一生懸命生きようとする」「不幸に遭遇してこそ人の痛みがわかる」「災害は不幸ではなく、受けたら、人生を見直す機会にすればいい」ということです。たいへんな目にあっても、それを乗りこえることを楽しもう。言うは易し行うは難しですが、今こそ心得ておきたい言葉です。

 この2冊は補い合う関係になっています。どうぞ読んでみてください。

写真・文/ 中務秀子

2018年・第27期のフィルムカメラ教室の生徒さんとして、お付き合いが始まりました。今もフィルムカメラを続けてらして、二眼レフカメラにも挑戦中。こどもと大人の絵画造形教室 / コッコ・アトリエを京都の一乗寺でお仲間とされています。昔は学芸員や翻訳のお仕事をされていて、しかもなんと早稲田の文学部卒。道理でデコさんは本好き、映画好き、芸術好き、お話好きなはずです。でもとても自由で全然気取ってない表現がお好きな所に、勝手に親近感を覚えさせてくれる先輩であり心友です。

コッコアトリエ・HP → ●


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コチドリは、田んぼや川原などにいる小さい鳥です。

京都府の鴨川でよく見られるけれど、砂や石の色に似ているから見つけにくいです。足はきれいなオレンジ色をしています。そうがん鏡を使って観察してみるとおもしろいと思います。春は、コチドリのはんしょくをする時期なので、たまごを産みます。その時にカラスなどにたまごをねらわれた時に、親はけがをしたふりをして気をそらす行動をします。ぼくがおもしろいと思ったところは、コチドリが1羽見つかると、どんどん見つけられて最後に数えると15羽ぐらい、いることがあるところです。なのであきらめずに探すとたくさん見れることがあります。

最後に前回のクイズの答えを発表します。

正解は、

1の2種でした。

絵・文/ 中野響

2005年10月からのお付き合い。ひーくんとお姉ちゃんが生まれる前から撮影をさせて頂いてます。今も2~3年に1回は必ず、スタジオや城陽のご自宅で撮ってます。小学5年生になったひーくんは、この前の撮影の時に鳥に魅せられていると話してくれた。それが小学生レベルの鳥好きの話ではなく、僕からすればもう学者レベル。しかも視点がユーモラスなのでこれはスゴイ!是非、図鑑を作ろうと盛り上がり、WEBという形で毎月2回、発表してもらっています。


『サクラ咲く』辻村深月

若美谷中学二年生の朋彦のところに、転校生がやってくる。眼鏡の転校生は、何やら秘密があるようで…(「約束の場所、約束の時間」)

本好きの中学一年生・塚原マチは、図書室の本にはさまれた「サクラチル」と書かれた便せんを見つける。やがて、顔の見えない文通が始まるが…。(「サクラ咲く」)

映画同好会・一平。映画の主演女優候補・立花亜麻里になんとか出てもらおうと奮闘するも、彼女からある条件を出され..(「世界一美しい宝石」)

青春のシーンを描いた三編を収録。実は実は、3つの話は、ちょっとずつ〇〇〇しているので、読み終えたら驚きです!感動します!

辻村さんの作品には、時折あるのだそう。探してみたいです。

主人公の成長が、共感できる細部の心情が、すばらしいです!

3つの話は、それぞれバラバラの所にのっていたのに、〇〇〇しているなんて….!

ぜひ読んでみて下さい!

文/ 木下琴子

2006年3月からのお付き合い。琴子ちゃんが生まれる前から撮影をさせて頂いてます。小学5年生になった今も記念日ごとには必ず、スタジオやお好きなロケ場所で撮影させて頂いてます。埼玉県からお越し下さいます。幼い頃から、本が好きと撮影のたびに僕に話してくれた琴子ちゃん。読みたい物語がまだまだ沢山あると思うと、これからが楽しみとも話してくれた。そんな琴子ちゃん目線の書評を毎月2回、依頼しています。

お客さんのコラム7/25版

おばあちゃんの編み物教室のモットーは?の巻

産まれる数時間前までもうじき陣痛と闘うこともつゆ知らず、ちくちくしていた編み物。

出産したら入院中、赤ちゃんのお世話の合間に編み物しよ〜っと入院セットの中に編み物道具を用意していました。
3人目だし、赤ちゃんのお世話には少し余裕があるだろうし。

入院中、長女と次女と離れるのは寂しいけど、でも朝昼晩、ご飯も作らずとも運ばれてきて、ゆっくり食べられたり、長女、次女をお風呂に入れたり、寝かせたり…ドタバタの日常から少し離れて赤ちゃんとゆっくりと二人の時間になれる入院生活が少し楽しみだった。

長女次女を寝かせた後、夜10時ごろお腹が少し痛いことに気づいて、時計をみると既に陣痛らしき痛みが10分間隔で来ていたので、産院に連絡してすぐ入院となった。
そのまま、あれよあれよとお産が順調に進み、その数時間後の2時ごろ無事に三女が産まれた。
ほやほやの可愛い新生児の赤ちゃん。
家族みんな大喜びで赤ちゃんを迎えてきてくれた。
おばあちゃんも翌日、赤ちゃんと私に会いに来てくれた。
…が、わたしのベッドの横にある入院セットのバッグを見てびっくり!!

産後とにかく休むのが仕事。
編み物なんて産後は以ての外。
また編み物はいつでも出来る。今はこの可愛い赤ちゃんの事と自分の体を休める事しか考えたらあかん。
と言って産後1ヶ月経つまでは編み物禁止令と共にわたしの編み物バッグを没収される。笑

そして本当に1ヶ月経つまで返してもらえなかった。笑

私編み物師匠のいつも優しいおばあちゃん、
怒られてしまったけど、愛情を感じたのも確かだった。

でも本当におばあちゃんの言う通りだったとすぐに痛感することになる。

3人目だからと余裕をこいて入院セットに準備していた自分をビンタしたいと、後々思うのだった。笑

どんなに可愛くてよく寝てくれても、
後陣痛などの体のトラブル、貧血、寝不足、赤ちゃんが寝てる時間は自分も爆睡。
手も目も使ってちくちく…する気力なんて皆無だった!!
退院後もやはり、1ヶ月先まではフラフラ。
長女次女の生活もあった為里帰り出産もしなかったので、本当に産後も毎日過ごすので精一杯だった。
編み物の事を考える間もない日々だった。

やっと、編み物したい!そろそろ出来ると思ったのは1ヶ月健診も過ぎ、日常に余裕が出てきたころだった。
おばあちゃんのお許しも出て、また編み物教室が再開。
急いでしなくてもな、ぼちぼちと
編んで行ったらええ。
編める時に編んでしないとあかんよ。
まずはお母ちゃんとして子どもたち優先したげなあかんよ。優しい気持ちでな。
育児やら家事の合間にするのがまた頭が切り替わってええのよ。ぼちぼちしいな、楽しく。
と言ってくれた。

そうそう、お母さんとして愛のある編物をしたいからそうしていこうと思えた。

編み物って不思議で、今まで編んできたものを振り返ってみてみると、その時期にあった出来事と風景が一緒に蘇る。
この手袋編んでた時、次女の事でこんな悩みあったなぁとか、この帽子編んでた時長女の歯が抜けた時期やなぁとか。
編んできた全部のものにその時期の風景が浮かぶ。
きっとちくちく編み物しながら色んな事頭で考えたりしながら編んだりしてるのかな。

だから、焦ったりイライラしながら編んだりすると、きっとその事が蘇るだろう。
編んだものをみて、イライラしながらや無理しながら編んだ風景が蘇る編み物は嫌だ。

やっぱり気持ちに余裕をもって、優しい気持ちを編み物に反映したいので、わたしの編み物は心がやりたい時に、優しい気持ちを込めて進めていきたいなと思う。

おばあちゃんに産後編み物を没収されたのは、きっとそういう意味だったのだろう。

おばあちゃんの編み物教室は
優しい気持ちをひと針ひと針こめていくことがモットーのようです。
手にした時に優しい気持ちになれるように。
優しい気持ちを纏えるように。

写真・文 / 田畑由布子

2012年11月からのお付き合い。葵子ちゃん・季なりちゃん・糸喜ちゃんの3姉妹5人家族になった今も年に2回、必ずスタジオや名張市のご自宅で撮影させて頂いてます。編み物の師匠・おばあちゃんのお話しを聴かせてくれたユフコちゃん。面白くてあったかくて、色んな人にも聴いてほしいと思い、毎月2回、綴ってもらってます。


⑥「Sukkuおうちへ行く」

Sukkuのご利用者さんの中には、ご夫婦で利用されている方々がおられます。
今回は山本さん(仮名)ご夫婦を紹介したいと思います。
ご主人は泰一さん(仮名)、奥さんは富江さん(仮名)とおっしゃいます。

泰一さんは、大手電力会社にお勤めされた後に独立。80歳まで自分で電気関係の仕事をされていました。独立して一人で大きな会社を相手に保守管理をされていた事もあり、性格は真面目で何事もきっちりされます。その反面、自分がおかしいと思ったことは誰が相手だろうとしっかりと意見を言う方でした。近所では有名な頑固者だったそうです。毎朝、新聞二紙を熟読、一日の終わりには日記を欠かさず付けられます。
そんな泰一さん、肺がんですがご本人の意思で手術はせず、今の状況を受け入れながら毎日を過ごされていました。年齢的にも進行はゆっくりで、内服でコントロールしている状態です。
富江さんは、両方の股関節が悪く、10年ほど前に人工関節の手術を受けられました。術後の経過は良好でしたが、両足の筋力低下と円背から来る肩凝りがあります。
そして、人を疑うことを知らない方で、どんな事でも信じやすく、そしてどこまでも天然な性格の方です。また、お茶と生け花の師範として長い間指導をされていました。
富江さんは、普段押し車を押して歩かれていますが、目の前に横断歩道があっても必ずその手前で渡ります。その際、前後の確認なんて致しません。なので、運転中に富江さんが歩いていたら要注意です。
つい先日道端で、杖をついて今にもこけそうに歩いている富江さんを発見。声をかけると「よかったー。ありがとう。」と声をかけただけなのに助手席に乗ってこられました。
私が「どうしたの?」と聞くと、「美容室に行こうと思って杖を持ったら、杖の先がなくて、歩けなくて困ってたの!」と。よく見ると、ただの木の棒でした。棒では歩けません。「押し車は?」と聞くと「邪魔になるから美容室に押し車なんて持っていけません!」ときっぱり。結局、車で美容室まで送っていきました。そして降り際に「神様に出会えた気分です!」と、私に向かって手を合わされました。

ご利用が始まり、少し気難しいと思っていた泰一さんでしたが、あっという間に馴染まれ、とても楽しそうに過ごされるようになりました。口癖は「ここのお茶が一番美味しい!」うちで出すお茶は熱くもなく冷たくもなく・・普通の麦茶。普段はお茶の先生である富江さんの作ったお茶を飲んでいる方なのに、うちの麦茶が美味しいと喜んでくださる事が何だか嬉しくて、スタッフが「一杯5000円!まとめて月末に請求しますね~」と返すのがお決まりの言葉に。そしてその度に、泰一さんはヒャッヒャッヒャと大笑いをされていました。富江さん曰く、何よりもSukkuで過ごす時間を生きる力にされていると。

そんな日が続いていたある日、富江さんから相談があったのです。「主人が夜になると咳が止まらない。そして、長い距離を歩くと息切れをするようになりました」と。
肺がんの進行です。
徐々に今まで通りの生活が難しくなり、自宅に来て診察してくれる医師に主治医を変更したり、訪問看護も入るように。酸素をしながらの生活も始まりました。
それでも泰一さんはSukkuに来てくださって、「ここのお茶は美味しい」と言い、スタッフが「一杯10000円!値上げしたしね!」と切り返すと、息切れをしながらもヒャッヒャッヒャと笑われていました。
そして、いよいよ主治医からSukkuの利用に対してドクターストップかかってしまったのです。けれども、それはただのストップではありませんでした。
主治医がSukkuに来られ、「泰一さんはSukkuのことをとても気に入っています。Sukkuが家に行ってくれませんか?」と依頼されたのです。
そんなことを言ってくる医師は初めてだったので驚きましたが、スタッフと相談し、家へ伺うことにしました。
家へ伺うとベッドから起き上がり、酸素をしながら一生懸命話しをされ、「Sukkuに行けないのが淋しい」と何度も何度も口にされました。私たちは、込み上げてくる気持ちをぐっと抑えながら、「お茶代まだ頂いてないから、また来てくださいよ~」というと、以前のようにヒャッヒャと笑う泰一さんがいました。私がベッドで富江さんのリハビリをしている時は泰一さんはスタッフと話しをして、泰一さんのリハビリをしているときは富江さんとスタッフが話しをして・・と、あっという間に時間が経ちました。といっても体力が低下している泰一さんですから、1時間が限界でした。息切れを起こし徐々に何を話されているのか分からなくなってきたのです。私たちもおそらくご本人も、これが最期と分かっていながら「またSukkuがおうちにきますね!」と言い家を後にしました。
それから2週間後、泰一さんは富江さんと娘さんに見守られながら、苦しまずに静かに逝かれました。お亡くなりになった日に自宅に伺い、スタッフ皆でお見送りをしました。その時娘さんに「おとうさんの日記には、Sukkuさんに行くことがとても楽しいって書いてありましたし、とても喜んでいました。本当にありがとうございました。」と言ってもらいました。その時私は、泰一さんの人生の最後にSukkuが関わることができて良かった。Sukkuをして良かった。と心の底から思ったのです。
そして、隣で座っていた富江さんに、「富江さん、最期までよく家で看病しはったね~」と言うと、「そうです。大変でした。肩が凝って肩が凝って。今マッサージ頼めませんか?」と言うのです・・。私が驚いて「えっ!今ですか?」と聞くと、「主人の隣で構いませんので、肩だけお願いできませんか?」と。私がどうしようか困っていると娘さんも「母をお願いします。」と懇願されました。そして私は、隣で穏やかな顔で眠っておられる泰一さんの横で富江さんのマッサージ。終わった後は私が肩凝りになってしまいました。
色んなドタバタがありましたが、私たちスタッフにとって、おうちにSukkuをもっていけた事は、泰一さんとのお別れの心の準備が出来たように思います。
泰一さんが亡くなって1年が過ぎました。富江さんは最近、天然の性格に付け加えて、物忘れが進み一人暮らしが徐々に難しくなってきています。何とか思い入れのある家で長く暮らせるように周りの人たちが必死にサポートしています。
Sukkuの窓から泰一さんのお墓が見えます。
富江さんとお墓を見ながら「泰一さん、今頃天国で何してるやろうね?」と話しながらお墓にむかって手を合わせています。
そんな、おうちにSukkuをもっていくことを頼みに来てくれた医師に私は感動し、それ以来私の主治医になりました。  (おしまい)

→次回のコラム「Sukkuのファッションリーダーは、寝ても覚めてもおめめぱっちり」です。

写真・文/ 川瀬啓介・未央

Sukku 川瀬啓介 / 未央 (理学療法士・鍼灸師 / 鍼灸師)
〒622-0002 京都府南丹市園部町美園町4-16-38

TEL 0771-62-0005

2017年から京都の南丹市でリハビリを中心としたデイサービスをしています。利用者さんと過ごす時間は、笑い声と涙が入り混じる賑やかな毎日です。そんなささやかな日常、会話から気付かされること、そして個性派揃いのスタッフについて…これから色々な事を綴っていこうと思います。

2011年11月からのお付き合い。楓くん・緑くんが生まれる前から撮影をさせて頂いていて、今も1年に1回は必ずスタジオ撮影にお越し下さいます。Sukkuというデイサービスの屋号は、佳代が名付けさせて頂きました。飾らない温かさ、自分の好きが明快で、歯切れがよい。けれど、流れる時間はゆっくり。そんなお二人の人柄が大好きで、バランスを崩した時には体を診てもらおうと決めているから安心です。笑いと涙のデイサービスの日々を毎月2回、綴ってもらってます。


今版はデコさんのご都合により休載します。


イソヒヨドリは、青色でおなかがオレンジ色の「まめちしきのカワセミ」に似た色をしていて、田んぼや海の近くで見られる鳥です。鳴き声もとてもきれいで、「ホイピーチョイチョイ、ツツピーコー」などと鳴いて、よく雨あがりに鳴きます。スズメより大きくて、ちょっとヒヨドリより小さいのがイソヒヨドリです。メスは、茶色や黒をしていて、とても地味な色をしています。主に虫を食べてくらしています。5年生になって、席がまど側になった時に何回もイソヒヨドリが見ることができて、うれしかったです。ここでクイズです。イソヒヨドリ以外にイソヒヨドリの仲間は何種いるでしょう。

1.2種

2.5種

3.7種 

答えは次の鳥図かんにのせます。

最後に、前のクイズの答えを発表します。 

正解は、

2.の せ中が茶色でおなかがまっ白 でした。

絵・文/ 中野響

2005年10月からのお付き合い。ひーくんとお姉ちゃんが生まれる前から撮影をさせて頂いてます。今も2~3年に1回は必ず、スタジオや城陽のご自宅で撮ってます。小学5年生になったひーくんは、この前の撮影の時に鳥に魅せられていると話してくれた。それが小学生レベルの鳥好きの話ではなく、僕からすればもう学者レベル。しかも視点がユーモラスなのでこれはスゴイ!是非、図鑑を作ろうと盛り上がり、WEBという形で毎月2回、発表してもらっています。


『いきもの漢字図』えざきみつる

突然ですが問題です!「片喰」「捩花」いったい何かわかりますか?

答えは、この本のなか!この本は、版画といっしょにいきものの名称(難読漢字)が書いてある本です。とっても色あざやかで綺麗ですよ。

難しい漢字ばかりだけど、眺めているだけでも楽しいです。私のおすすめは、野花漢字図のページ。このページだけ、背景が黒く、花の色がきわだって綺麗なんです。

実は、この本には、作者のえざきみつるさんが作った漢字がひとつだけあるんです。でも、どの字も見たことなくて、ムズカシイ・・・! 答えはあとがき・解説のページにあります。探してみて!

とってもすてきなので、ぜひ見てみてください!

文/ 木下琴子

2006年3月からのお付き合い。琴子ちゃんが生まれる前から撮影をさせて頂いてます。小学5年生になった今も記念日ごとには必ず、スタジオやお好きなロケ場所で撮影させて頂いてます。埼玉県からお越し下さいます。幼い頃から、本が好きと撮影のたびに僕に話してくれた琴子ちゃん。読みたい物語がまだまだ沢山あると思うと、これからが楽しみとも話してくれた。そんな琴子ちゃん目線の書評を毎月2回、依頼しています。

お客さんのコラム7/10版

師はいろいろと偉大なり…笑。の巻

編み物教室に通いながらおばあちゃんの新たな一面に気づいたことがあった。

おばあちゃんは実はすごく丁寧なんじゃないかということ。

おばあちゃんは私の目から見てもおおらかで細かい事は一切気にしないし、明らかに大雑把だとばかりずっと思っていたのだけど、編み物はそうはいかない場面が多々ある。

編み物は、編み目を一目間違えたり落とすだけで、全部の歯車が狂ってしまう。
偶数を奇数に変えるだけでその後の設計を大きく変えてしまう。
模様が全く合わなくなってしまう。
なので一目一目が大事な編み目で、その一つ足りないだけでも大きな誤差になってしまうので、丁寧に一目を大事に編まないといけない。
かと言っても私なんて間違いばかり。
「あ、編み目一つ足りない!(もしくは編み目がいつのまにか増えている!)」なんて場面が多々ある。
やばい、折角ここまできたのに…一目くらいだし…誤魔化したろかな…という思いはまず抱いてしまうけど。
その誤魔化が完成に大きく影響する事を身をもって体験したので、もうそんな事はしなくなってきた。

もし間違いに気づいた時は誤魔化さず、間違えた所までを解いて戻り、一つ一つ編んで重ねてゆく。
こうじゃなきゃやっぱり完成しないのだ。

何を隠そう、私も自他共に認める大雑把。
だいたい…でなんでもやってきた気がする。笑

大雑把はおばあちゃん譲りだとてっきり思い込んでいたのだけど、編み物の師匠の私のおばあちゃん、実はすごく丁寧なんじゃないのか。とここへ来て初めて気付いた。
編み物が得意で数々の細かい編み模様の入ったセーター、帽子、ワンピース、靴下、手袋…これは丁寧じゃないと絶対できない!!(断言!!)
編み物の模様は一段一段積み重ねて編んでゆき、出来上がるもの。一目ごと、一段ごとの丁寧な積み重ねでしかできないものだった。
失敗を重ねて身をもって体験して気づいた編み物の事と、おばあちゃんの一面。
おばあちゃん、今まで勘違いしていてごめんなさい。笑

でもやっぱり普段のおばあちゃんはどう見てもおおらかであり、大雑把。
小さい頃からおばあちゃんに、細かい事を言われた事もなければ、そう感じた事もない。

普段はそうであって、編み物では丁寧さを発揮。
それって、その使い分けできるって最強じゃないのか。。と最近思うようになってきた。
きっとおばあちゃんは使い分けてるつもりはないのだろうけど、そのバランスが上手く混在していて、私の理想とする最強の大雑把の形だ。
師匠、編み物の師匠と弟子入りしましたが、生き方を学ぶようになってきた気がする私でした。偉大なり…!!笑

写真・文 / 田畑由布子

2012年11月からのお付き合い。3姉妹5人家族になった今も年に2回、必ずスタジオや名張市のご自宅で撮影させて頂いてます。


⑤「谷本さんのゴルフはアリ地獄」

 Sukkuをご利用される方は、目標や目的を持っておられる方がほとんどです。
今回のコラムで紹介するのは、谷本さん60歳代の男性です。
この方は約10年前に「進行性核上性麻痺」という病気を発症されました。
進行性核上性麻痺は難病の1つで、脳の中の大脳基底核 、脳幹、小脳といった部位の神経細胞が減少し、転びやすくなったり、下方を見ることがしにくい、しゃべりにくい、飲み込みにくいといった症状がみられる疾患です。初期にパーキンソン病とよく似た動作緩慢や歩行障害などがみられて区別がつきにくいこともありますが、パーキンソン病治療薬があまり効かず、効いた場合も一時的のことが多く、経過がより早く進む傾向があります。
(難病情報センターより)

そんな谷本さんは、家業である動物を世話する仕事をされていましたが、発症して数年が経ち、だんだん動けなくなり仕事も出来なくなりました。しかし、本人は動けるようになりたい!という思いでSukkuをご利用になりました。私たちは、自分の親とそう年齢の変わらないこの方を、何とかしたいと頑張りました。
谷本さんは口数は少ないですがいつも柔和な表情でとても穏やか。身長160センチ代後半、体重が80キロ以上と肥満傾向の方です。
私たちはまず体重を落として動きやすい身体を作ろうと、リハビリを始めました。
マシーンでのトレーニングに加え、自転車を20分以上漕いでもらったり、平行棒で段差の上り下りをしたりとすごく動いてもらいました。ですが、減量の成果はあまり見られませんでした。それもそのはず、運動すればお腹が減る。家に帰って食べる食べる。私が「谷本さん、昨日の夜ご飯なに食べましたか?」と聞くと、小声で「ハンバーグ。」また次の利用時に聞くと、「外に食べに行った。美味しかった。」とボソッとつぶやくように言われました。
私は何回か聞いて、聞くことをやめました。60歳代と若いけれど自由に身体が動かないので、どうしても楽しみは食事になってしまうのです。それが分かってからは減量を目的にすることをやめました。
一方身体の方はというと、運動量を増やしたり自分の身体の使い方を意識してもらうことで徐々に成果が出てきました。歩くスピードを調整できるようになり、方向転換がスムーズになりました。それは、誰から見てもわかるくらいでした。そうなると本人のやる気もどんどん向上。自宅周りでのウオーキングの距離を増やしたりと、状態はとても改善しました。
そして、本人も自信が出てきたんでしょう。こそっと「今度5年ぶりにゴルフに行くんや」って教えてくれました。私も趣味でゴルフをしていますので、一緒にスイングの練習をしたり、飛距離を伸ばすためのトレーニングも行いました。病気の症状の1つである、歩きだすと止まらなくなる突進歩行は長い距離を歩くと出てくるので、それに対して一抹の不安はありましたが、友人に車に乗せてもらいゴルフに行かれました。
次の日私が「どやった?」と聞くと「2、3回こけたけど大丈夫やったわ」と嬉しそうに話をされていました。身体を診ると膝には打撲の跡が。でも、本人の表情を見るととても嬉しそうでしたので、そこからどのようにしてこけたのか?を聞き出し、こけない様に対処する方法を伝えたり、こけても軽傷ですむ様なこけ方を伝えました。
そして、しばらくして谷さんがボソッと「2回目のゴルフに行く」って教えてくれました。前回よりも出来るのではないか、、、と内心思っていたので、ワクワクしながら送り出しました。
しかし、次の利用日に迎えに行くと、傷だらけの顔で谷本さんが家から出てこられました。私はびっくりして、「どうしたん!?」と急いで駆け寄りました。
谷本さん「こけたんや。」
私「どこで?」
谷本さん「ゴルフ場で」
私「ゴルフ場のどこで?」
谷本さん「途中までは良かったんや。けど、バンカーでこけたんや」
よくよく聞くと・・いい調子だったがバンカーに入ってしまい、歩いてバンカーに入った1歩目で右膝から崩れ落ちた。そして、そのまま顔が砂に埋まり、そこから動こうとしてもなかなか動けず、動くたびに砂と顔が擦れて顔面傷だらけになってしまった。助けに入った友人は手を持って立たそうとするけど、足場が砂やから不安定で踏ん張りがきかない。そして、谷本さん80キロ以上あるから支えきれずに、最後は二人で転倒。周りから見ると、砂場でよい大人がプロレスをしているような状態になってしまった・・・とのこと。
結局3人がかりで谷本さんを救出したそうです。私はこのバンカーでの出来事を聞いて、大人がアリ地獄にはまって出られなくなっているところに、また1人また1人と次々とアリ地獄にはまっていく光景をイメージしてしまいました・・。
それ以来、谷本さんの口からゴルフの話しを聞くことはありませんでした。
そんな谷本さんは病気が進行してSukkuをお休みされていますが、必ず元気になってまた戻ってくるという目標をもっておられます。
このコラムを通じて谷本さんにエールを送りながら、5回目を終わります。

谷本さん!私たちはあなたが戻ってくるのを待ってますよ!!

→次回のコラムは「Sukkuを家にもっていっちゃった!」です。

写真・文/ 川瀬啓介・未央

Sukku 川瀬啓介 / 未央 (理学療法士・鍼灸師 / 鍼灸師)
〒622-0002 京都府南丹市園部町美園町4-16-38

TEL 0771-62-0005

2017年から京都の南丹市でリハビリを中心としたデイサービスをしています。利用者さんと過ごす時間は、笑い声と涙が入り混じる賑やかな毎日です。そんなささやかな日常、会話から気付かされること、そして個性派揃いのスタッフについて…これから色々な事を綴っていこうと思います。

2011年11月からのお付き合い。2兄弟4人家族になった今も1年に1回、必ずスタジオで撮影させて頂いてます。Sukkuというデイサービスの屋号を、佳代が名付けさせて頂きました。


『なぜこんなに生きにくいのか』 南直哉 新潮文庫

日曜午後のご機嫌なラジオ番組、「ラジオ・シャングリラ」。そこでかかる音楽は、一曲一曲でもとても素敵なのに、パーソナリティの立川さんと森永さんの巧みな語りにはさまれると、ピンク・フロイドも、ジョン・レノンも、コルトレーンも松任谷由美も、相互に絶妙な関連性が生まれて、とんでもなく心地よい、しあわせな時間になるのです。

 コロナ以前の日常を取り戻すにはほど遠く、新たな日常にもなじめないこの頃…ラジオを聴きながら、まったく別ジャンルの本を思い出しました。

 今わたしたちはコロナの時代にあって、これまでのことは一体なんだったのか、自然と人間との関係は? 人類の発展とは? これからどう生きるべきなのかと、思いを巡らせています。
 人間はこれまで、自由奔放に進歩をめざしてきました。その結果、触れることのなかった自然の奥深くにまで手を伸ばし、未知のウイルスがこちら側に入ってきた、そういう説が現在よく語られています。では、自由とはいったいなんなのか? これほどの自由を手に入れながら、人間はどうしていつまでたっても苦しむのか?

 そこでわたしは、恐山の禅僧、南直哉(みなみ じきさい)さんに相談するような気分で、 この本を開きました。

 南さんは、自由…それは自分にブレーキをかけられる状態である、と語ります。ブレーキをかけずに、どこまでも好き放題にやることは、ただ欲望にすぎない、と。
 また、人はただひとりでは意義はない、とも言い切ります。この世に生まれてしまった、そのこと自体に本来意味はなく、だれもがただ、最後のその日まで生ききってゆくだけだと。

 そこに生きる意味を生じさせるためには、人と人がお互いの関係をたいせつに育て上げ、「関係性」という価値をみずから創造していかなければならないのです。つまり、人と人とのつながりや関係性を、こわれものを扱うようにたいせつに育てていくことで、生きていく意味は生まれるのです。

 そのたいせつな関係性は、「敬意」をもって育てるべきだと、さらに南さんは重ねます。敬意とは、つまり想像力です。お互いを思いやり、お互いのわからなさを認め合い、わからないけれどもわかろうとすることで、互いを尊重しあう関係。そのことが、この人生の生きにくさを、すこしでも小さくしていく。

 この本では、社会、死と宗教、人生の意味、家族などさまざまなアプローチから、人生をいかに生きるかが語られています。やさしい語り口なので気軽に読んでみてください。

写真・文/ 中務秀子

2018年・第27期のフィルムカメラ教室の生徒さんとして、お付き合いが始まりました。今もフィルムカメラを続けてらして、二眼レフカメラにも挑戦中。こどもと大人の絵画造形教室 / コッコ・アトリエを京都の一乗寺で仲間とされています。


キビタキは、黄色と黒色をしていて低い山ででも見れるきれいな鳥です。前にしょうかいしたルリビタキの仲間です。鳴き声は「チュチュリー、フィー、チョチョチョリチョリ、フィフィフィー」などと鳴きます。キビタキは奈良の葛城山で初めて見ました。なかなかすがたを見せない時もあるので、声が聞こえても見れない時があります。でも声で、いる場所が分かることもあるのでしっかり声を聞いて置くと鳥を見つけやすくなります。好きな所は、おなかの色がとてもあざやかな所と、ふっくらしてる所です。この鳥も写真におさめたいと思っています。ここでクイズです。キビタキのオスは黄色と黒色だけどメスは何色でしょう。

1. せ中が黒でおなかはまっ白

2. せ中が茶色でおなかはまっ白

3. オスと同じ色

答えは次の鳥図かんにのせます。

絵・文/ 中野響

2005年10月からのお付き合い。姉弟4人家族になった今も2~3年に1回は必ず、スタジオや城陽のご自宅で撮影させて頂いてます。


『西の魔女が死んだ』梨木香歩

中学校へ進んでまもなく、どうしても学校へ足の向かなくなったまい。まいは、しばらく「西の魔女」ことおばあちゃんの家で過ごすことになる。おばあちゃんから、まいは魔女になるための手ほどきを受けるが、修行の要は、何事も自分で決めることだった。

おばあちゃんの生活、例えばジャムを作ったり、洗濯をしたり、エプロンを作ったり、そういったことが全部すてきです。

読みながら風景が目に浮かびます。読み終えたらなんだか成長できた気分になるかも…?

描写がていねいできれいなので、少し難しい言葉や言いまわしでとっつきにくいところがあっても、すぐに入りこんでしまいます。

実は、伏線も張ってあって、わかる人には何のことかわかるかも….?すごくいい本なので、ぜひ読んでみてください!

文/ 木下琴子

2006年3月からのお付き合い。琴子ちゃんが生まれた今も記念日ごとには必ず、スタジオやお好きなロケ場所で撮影させて頂いてます。埼玉県からお越し下さいます。

お客さんのコラム6/25版

時々編み物じゃない日の巻

今日は編み物教室の日の編み物じゃない日の話を少し挟みます。マスクが不足して、手作りマスクが世の中に出回る頃、編み物の師匠であり手芸が得意な私の祖母もやはりマスクを大量に作ってまわりの人たちに配っている。
ちょっとお茶しに遊びにきた友達に配り、
用事で行った所で配り、近所で配り、
病院で出会った人に配り、家族に配り、
「今はこれが一番喜ばれる」と言って月水金の編み物教室に家に行くとここはマスク屋さん?と思うほどのマスクの型紙をとった布が並んでいた。
こんな布で作ったらかわいいかと思ってと言って、かわいい柄を選んで作っていた。
こんなんできたけどどう?
とおばあちゃんがマスクして見せてくれて、大笑い!
大きな丸い柄が二つ、ちょうど鼻のあたりにきて、マスクすると豚の鼻みたいになっていた!!「おばあちゃん、豚の鼻になってる!!!」
二人で大笑い、鏡見て涙出るほど笑って今日の編み物教室は終わり。


編み物教室と言っても、編み物をしないなんてこともしばしば。
ある日は、おばあちゃんとコーヒー飲んで、サンドイッチを食べて喋って「由布子、ちょっといい子で待っときや」と言って
買い物に行ってしまうおばあちゃん。
そんな日もあったり。
そんなゆるゆるな編み物教室が、ゆるりと続き、今は私は夫のセーターを編んでいるのだ。三國万里子さんレシピの、星野源さんの為に作られたGEN。
本を見ながら、図面を理解してまさかセーターを編む日がくるなんて。
ゆるゆる、楽しく、時折脱線。
そんなのだから続いている日々。
もうライフワークになってきつつ、とても楽しい編み物の日々。

ちなみにおばあちゃんの手作りマスクは配り歩いて色んな人のところに手に渡り、市内で雑貨屋さんをしている方の目に留まり、是非うちに手作りマスクを置きたいので、縫い子をしてくれないか?と言われ、今は縫い子をしているのだ!笑
その数100枚近く…!!
相変わらず忙しい、わたしの編み物の師匠なのだ。

写真・文 / 田畑由布子


④「校長先生のありがたいおはなし」

梅雨入りして、じめっとした日が多くなってきた今日この頃。
私の天然パーマは湿度70%を超えるともはや制御不能となり、思った通りの髪型になりません。それに、なんとなく身体がだるい。
今日はそんなだるさを吹き飛ばす、小学校の元校長先生岡村さん(仮名)80歳代男性のありがたいおはなしをしましょう。
この方がご利用される日は、男性利用者さんしかおられない日で、利用者さん達曰く“メンズショップの日”だそうです。
そんなメンズショップの日は、元トラック運転手・現役の電気屋・元土建屋・元国鉄社員・元教習所教員など多種多様な男性が集う日です。皆さん話し出すと、よく話しをされます。内容も多種多様。そしてたいていの場合、話しの始まり、きっかけは岡村さんです。岡村さんから話しが始まり、皆がその話しを膨らませ、最後も岡村さんがまとめる。岡村さんが話し始めると、みんないつの間にか生徒のように聞き入ってしまう。利用者さんの中には岡村さんのことを“先生”と呼ぶ人もいます。(実際、その利用者さんの子供さんが教え子)

先日の外出自粛期間中、岡村さんが急に「Sukkuでバーベキューしよう!」と言い出しました。話しはおおいに盛り上がり、他の男性陣もだんだんその気になり、よしやろう!という空気になりました。そこで私が、外出自粛期間中にSukkuが主催することは出来ないから、場所はSukkuで提供するし、岡村さんが発起人となりやりましょう!と伝えると、急にもごもごしだし、尻込みしだしました。そして最終的に「やっぱり密になると危ないからやめましょう!」と皆のやる気に蓋をして、今の話しはなかった事にしてしまったのです。そして、「時間になったし帰ります。」って帰りました。話しの盛り上げ方が最高でしたので、崖から突き落とされた感じになりしばらくぼう然となって岡村さんを見送りました。
また、岡村さんは長年教育現場に立ち続けた人ですから、組織をまとめる事についても色々と経験を持っておられます。その中でも印象的なのは、「チームはまとまりのない方が、良い方向へ進んでいく事が多い」というお話しです。会社組織を運営していると自分と似た考えの人を近くに置き、それ以外の方を遠ざけてしまう事があるけれど、自分と違う意見の人が近くにいることで、違う視点から物事を考えることが出来、結果的に視野が広がるのではないか。という話でした。それを聞いた時私は思わず「岡村さん!たまにはええこと言うやん!」って言ってしまいました。
岡村さんには個人的な相談もします。4月から長男が小学校に通いだしたのですが、私は突然教育父ちゃんになり、勉強についてあれこれ考えるようになっていました。そんな時、岡村さんは「まず学校に行くことを、楽しみにしないといけないんだよ。」って教えてくれました。さらに、「どの親も最初は、普通でいいって言う。でもいつの間にか、親の願望通りに子供を動かそうとするんやな~。」これを聞いて私は何も言えませんでしたが、それからは、子供が今楽しみにしていることを聞き出すようにしています。
 そして岡村さんは、最近地球のことをとても心配しています。今回のコロナも、地球が怒っている。地震や災害が多いのも、地球が怒っているからだと言われます。そして、そう遠くない未来に地球が壊れるかも知れない。そう考えると怖い。といった話をよくされます。
それを聞いて私はいつも思うのです。
岡村さん、Sukkuには自家用車で来られているのですが、行きは前向きで駐車場に入ります。となると当然、帰りはバックで道路に出ます。そう、この時が一番危ないんです。本人はスタッフに、後ろ見てて~と頼まれますが、バックしてる時は窓も開けず、ずっと前を見ながら運転しています。その間スタッフが、岡村さんストップ!車来てる!って叫んでも窓を閉めているので全く聞こえてません。私もスタッフも、何度もひかれそうになっています。だから私は、地球がなくなるかもしれない怖さより、毎回行う岡村さんのバックの誘導の方が怖いんです。
そんな岡村さんは、50名程おられる利用者さんの中で、一番整理整頓が出来ない方です。請求書・領収書は一年近くカバンに入ったままで、自家用車には畑道具がそのまま積んであります。お金もあちこちから出てきます。
私はこの方を見て、話して、いつも心の中で思います。「整理整頓が出来なくても校長先生になれるんや。」そして、家では岡村さんの話しを子供たちに聞かせ、整理整頓が出来なくてもすごい人になれる!だから、片づけが出来なくても大丈夫や!って言ってます。(妻は怒っていますが)
岡村さん、毎回希望になる見本を見せてくれてありがとう!

→次回は「谷本さんのゴルフはアリ地獄!」です。

写真・文/ 川瀬啓介・未央


『ブルックリン・フォリーズ』
 ポール・オースター著 柴田元幸訳 新潮社

マスクがあったかーい、なんて言っていたのがついこないだ、と思ったら、もう一年の半分が過ぎて、マスクが蒸し暑いこのごろです。わたしはそろそろ映画館に行こうかなあと思っていますが、今日はそんな思いを晴らす、まるで映画のような小説をご紹介します。

主人公ネイサンは、50代後半。長年、保険屋として平凡な結婚生活を送ってきました。ところがその平凡さゆえに妻に愛想をつかされ、離婚、離職。と同時に肺癌を患ってしまいます。病がなんとか小康を得たころ、ネイサンはニューヨークのブルックリンでひとり暮らしをはじめます。

 離れて住む一人娘に、「お父さん、ぼやっと生きてちゃ駄目よ」と叱咤され、ネイサンはあることを思いつきます。それは、「人間の愚行の書(ザ・ブック・オブ・ヒューマン・フォリーズ)」を書くこと。人生にはありとあらゆるバカなことが起こります。自分や他人がしでかしたそれを、思いつくまま書き留めていこうというのです。

 そうこうするうち、ネイサンは、長年音信不通だった甥のトムに遭遇します。そして、トムの雇主のハリーや、やはりトムの妹オーロラにも。人生に絶望していた孤独な元保険屋のネイサンのまわりに、いろんな人々が現れてくるのです。そしてその誰もが「元(ex)」を持っていました。元秀才大学院生、元家出少女にして元バンドシンガー、元服役囚……。

 生きているとどうにもならないことが繰り返し起こります。そのたびに「もう駄目だ」と思いながら、なかなか駄目にはならず(というより、駄目にはしてもらえず)、なんとか切り抜けなければなりません。トムの母親が昔言っていたのように、「トム、お天気は変えられないのよ」。「いくつかの物事はそうなっているのであって、受け容れるしかない」という具合に。

 しかし、みなその物事から解放されるべく、その物事がなんなのかわかろうとし、そして解放されるためには、心を開いていかなければならないと理解します。心の扉を開ける鍵はなんでしょう? わたしはそれは、 kindness だと思うのです。誰かを思いやること、想像することです。そしてその誰かと関わっていくこと。

 たとえばネイサンは、この街であらたに親しくなった女性にこう言います(彼女は最近娘につらい目にあわされ、娘を家から叩き出そうかと思っています)。「やめておけよ、ジョイス。パンチにパンチを返すのはよせ。あごをしっかり引けよ。気楽に行けって」と。

 この物語に出てくる人々は、みなごく平凡な無名の人たちです。でも誰の人生もこまごまとした物語にあふれていて(とたえそれが、ネイサンの『愚行の書』にしか記し得ないしょうもないことでも)、彼らが kindness や想像力をもって乗り切っていくことを想像をすると、思わず共感を覚え、わたしはとてもしあわせな気持ちになりました。でもしあわせが、しあわせだけでは終わらないのも人生です。この本はそのことにもそっとふれて、物語を終えているのです。

写真・文/ 中務秀子


ルリビタキは、ひくい山~高い山に住んでいて、オスは全体的にるり色をしていて、おなかは白く、おなかの横はオレンジ色をしています。メスは茶色っぽい色をしています。とてもきれいな色をしているのでぜひ見てもらいたいです。「ヒッチョロチョロチョロリ」などと鳴きます。鳴く時は、高い枝にとまって鳴きます。あんまり人をこわがらないので、ちょっとだけ近づいてみてください。小さいけど、オスは色がはでなのでひくい木を見ていくともっと見つかりやすいと思います。

好きな所は、とてもきれいで他の鳥にくらべて丸っこくてかわいいところです。いつか写真におさめたい鳥です。ぼくがルリビタキを見たところをしょうかいします。

京都府城陽市鴻ノ巣山 オス♂

京都府宇治市大吉山 メス♀

最後に前回のクイズの答えを発表します。正解は

③の冬の貴婦人でした。

絵・文/ 中野響


『かがみの孤城』辻村深月

いじめが原因で中学に行けなくなった安西こころは、ある日部屋の姿見が光っていることに気がつく。鏡の中には、6人のこどもたちがいて、不思議な城があった。

そこにこころと6人を集めた“オオカミさま”は、願いを叶えられるという願いの鍵を探すよう言う。日本時間5時までに城から出ないと、恐ろしいペナルティがあるらしく…。

とまどいながらも城に通うこころたちは…!?

物語の中にたくさんの(本当にめちゃくちゃ!!)伏線が張られています。

最後数ページの大大大どんでん返し!!ものすごいです。読み終えたら、二度見ならぬ二度読みまちがいなし!554ページありますが、一気読みもまちがいなし!私は数日で読み切り、最後に「そういうことかぁー!!」と叫びそうになりました。

本屋大賞を受賞したので、読んでいる人も多いかな?

ストーリーはとっっっってもおもしろいし、心情はリアルだし、すばらしい作品です。

私のイチオシ、ぜひ読んでみてください!!

文/ 木下琴子

お客さんのコラム6/10版

手編みの贈り物の巻【前編】

私に何か編めるようになったら、まず編んだものをどうしても貰ってもらいたい方がいた。
私が「おばあちゃんみたいに編み物をできるようになりたい、始めてみたいけど今までの自分の飽き性のパターンを考えるとなかなか手が伸びない」と友達にポロリと言ったら
「是非はじめてほしい。受け継いでほしい。
私にも大好きなおばあちゃんがいて、私と同じ石のことが好きで、色々と石のこと聞いたり話したししたかったのだけど、亡くなってしまって、もっといっぱい石の話を聞きたかったと今になって思うのよ」
と話を聞かせてくれて、私の背中をそっと後押ししてくれて、編み物をはじめようと決めたきっかけになった大切な存在。

その方にどうしても最初に編める様になったものを貰ってもらいたいなと思った。

おばあちゃんに、どうしても貰ってもらいたい友達がいて、その友達にプレゼントできるように頑張る!
何か編めるのうになるのは時間かかるかもしれないし、もしかしたら夏ごろになってしまうかもしれないけど、手袋編んでプレゼントしたいな。
と言って話もしていて、手袋をまず教えてもらうことになった。

おばあちゃんにあれから、本の編み図の読み方、基礎の裏編み、表編みを習ってから、ガーター編み、メリヤス編み、かのこ編み、それから自分にはできる訳ないと思ってた縄編み(ねじり模様になる編み方)を覚えて編める様になっていた頃だった。

おばあちゃんの半端に余った毛糸をもらって、棒針を借りてお喋りしながら色んな編み方を習うのはとても楽しくて、編み物の本の編み図や、YouTubeなどの編み物動画をみてもサッパリ分からないのが、コーヒー飲んで喋りながらおばあちゃんの大雑把な説明だとなぜか理解しやすく、覚え易い。
どんどんと編めてゆき、自分でも驚くほど夢中になって色んな編み方を覚えてゆきたくなり、そしてまた飽きてしまったらそんな自分が嫌だからな…と、敬遠していた編み物がとても楽しくて、空き時間をみつけてはいつも編んでいた。
おばあちゃんが「ありゃ〜、なんと上手い!筋がええ!」
といつも合いの手(いや、愛の手?笑)をいれてくれるから余計にスイスイと編めた。
どうしても自分が覚えにくい編み方の時は、おばあちゃんの説明している姿を携帯のムービーで録画する。という、私とおばあちゃん流のYouTuberみたいな事をして二人でケラケラ笑いながらしていた。笑
その自己流動画はきっと他の人がみたら絶対わからないし、すごぬマヌケだけど、これがまた私には家で復習するには抜群にわかりやすくてこの上なかったのだ。笑

こどもたちが保育園に行ってる間、朝からずーっと編んで、妊婦健診の待合室でも夢中で編んで、子どもたちが家に帰って、ご飯お風呂、寝かしつけの時間がバタバタ終えて9時ごろからまた編んで。
手を動かすのはこんなに楽しいんだと思った。
楽しくて、無心になれて夢中だった。
お腹の赤ちゃんのもぞもぞ動く胎動を感じながらする編み物の時間は本当に幸せだった。

やってしまった!!!と、失敗すると駆け込み寺のようにおばあちゃんの家に駆け込んで、間違った所をまた教えてもらえるのもおばあちゃんの編み物教室の特権だった。

後編へつづく

手編みの贈り物の巻 【後編】

夢中であみつづけてゆくと、どんどんと形なってゆくのが嬉しい。
達成感もあり、自分もなかなか出来るやん!
という感覚も嬉しい。

いよいよ手袋ができてきた。

余り糸で編んで、編みたい手袋の編み図の指定の糸ではなかったし、何せはじめて出来たわたしの処女作の手袋は、編み方もガタガタとしていて、緩くあんだり強く編んだりした所が混在していて、グローブほど大きな手袋になった。笑
デカーーー!!!ごそごそする。笑

お友達にあげるつもりだったけど、こんな大きなグローブみたいでガタガタの手袋。さすがに大事なお友達にわたすのは申し訳なく、おこがましい。
これはお友達に渡すにはお蔵入りすることにしたが、自分がこれから着けることにした。
ゴソゴソデカい。でも自分で編んだ初めての手袋。不格好だけど愛おしい。
きっとずっと大切にするだろうな。

ここまでかかった時間はニ週間ほど。
…それにびっくりした。

飽き性の自分、手袋は不要だろうけど、夏頃には編めて渡せるようになればいいなと思っていたのに、ニ週間ほどで編めた!

まだまだ冬。
そして三女が産まれるまでに何か一つでも形になって編める様になっていれば…と思っていたのに、産まれる前に手袋を編める様になっていた。

ちょっと。ほんのちょっとだけです。
でも自分の事見直しました。そして自信がつきました。(図に乗らない様に小声でいいます。笑)

おばあちゃんとの月水金の編み物教室の時間が楽しかったおかげだったかもしれない。
おばあちゃんの合いの手(私には愛の手に感じた)が心地良かったのかもしれない。
そしておばあちゃんの手仕事を少しずつ覚えて受け継いでいくこの感覚がとっても嬉しかったのだった。

でも、さすがにこのグローブのような手袋は渡せない。
今お腹は37週、産まれるまでに編めるかわからないけどもう一度指定の糸で編み直して、お友達の手のサイズを聞いて編み直すことにした。今編んできた手袋の復習しながら、失敗したところを失敗しないように意識して、おばあちゃんにアドバイスをもらった所を図面にメモを書き込みまくって、編み目がガタガタにならないように糸をしっかり引っ張って編見直した。

そしてそれも家事や育児のあいまの時間で編みながら約一週間で編めた。
三女もお腹の中でお利口にしてくれていた。笑

やっぱり少しガタガタだけど、お友達の手の大きさに合いそうで、グローブのような手袋とはだいぶと大きさが違ってフィット感がある。
図面通りにきちっと。指定糸で編む事の大切さも実感。勉強になった。

人様に渡すにはおこがましいような手袋だけど、はじめての作品は絶対に渡したかった。

正直こんな夢中になれると思っていなかったし、こんなに楽しく編めると思っていなかった。
ゆふちゃん、編み物をはじめてみたら、と背中を優しく押してくれて本当にありがとう。
おばあちゃんに教えてもう編み物の時間はとても楽しいです。
という気持ちと一緒に、ガタガタの手袋をお友達に贈った。
嬉しはずかしの、初めての編み物の贈り物だった。
ありがとう、とっても暖かくて手のサイズにピッタリ!!!と、
早速着用してくれた写真が送られてきて、ものすごく心が暖かくなった。
私は手袋してないのに、ほくほく。ジーン。
こちらこそありがとう。本当にありがとう。
と何度も言った。

編み物を贈るってこんな気持ちなんだ。

おばあちゃんいつもこんな気持ちで私たちに編み物編んでくれてるんだなぁと
思ったら嬉しくて堪らなくて、より一層おばあちゃんからもらった手編みの数々があたたかく思ったのだった。

手編みのものって、纏うのはもちろん暖かくて気持ちいいのだけど
編んで贈った側もまた、そんな気持ちにさせてもらえるんだなぁ。

編んで渡したい人がいっぱい浮かんできた。

編み物って、手編みって本当に楽しいなと思った。

写真・文 / 田畑由布子


③「コロナとトヨタと入れ歯」

つい4・5月前まで誰がこんなことを想像しただろう。
6月に入り、学校なども始まり自粛ムードは徐々に緩くなっています。
南丹市では未だ陽性者は0ですが、sukkuご利用者さんは持病のあるお年寄りがほとんどですので、お年寄りを守るためにも、スタッフ皆自粛した生活をしています。
そんなコロナ、コロナの毎日ですが、sukkuのお年寄りも色々と影響をうけています。

Sukku利用者さんの7割は男性です。他のデイサービスとは逆かもしれません。そして、1週間に1回だけ、男性利用者さんしかおられない日があります。その日は、元校長先生を筆頭に男性がよく喋る喋る。教育勅語からマムシドリンクの効用まで、実に様々な話題で話が右に左に逸れます。
そんなある日、小西さん(仮名)という方が「コロナの影響でトヨタは危ないなぁ」って言うんです。
私やスタッフの頭は???コロナでトヨタ工場ストップしているから?と思い、
私「小西さん、トヨタの工場ストップしてるもんな~」
小西さん「違う、トヨタからコロナが出てるやろ。あれや!コロナ騒動で売れへんで!」
私・スタッフ「・・・??」
他の男性たち「そうや。そうや。間違えられるで!」とか「つぶれるで!」と大騒ぎ。
私たちは、最初全く意味が分かりませんでした。トヨタからコロナという車が生産されていたなんて。
さすが、元教習所教官!けど、20年前に製造中止されていますよ~。
それからというもの、私たちは毎週コロナでトヨタが危ないって聞かされ毎回大騒ぎです。
コロナの影響はもう一方。
90歳を超えた春江さん(仮名)は、いつも綺麗な姿勢でピシッと座っておられ、自宅でもご自分のことは自分でされている、一本筋の通った凛とした方です。この方は視力低下と難聴のため、眼鏡と補聴器を着けておられます。そして、感染予防のためにマスクも着けておられます。
ある朝のこと。送迎に行くと、春江さんがいない。
いつも玄関を出て道路で待っているのに・・・。何かあったのか?と、ドキッとして玄関まで迎えに行くと、眼鏡にマスクに補聴器といつもの春江さん。
しかし、何か違う・・・話をしていても、聞き取りにくい。どうしたのか。
ふと春江さんの右手を見ると、入れ歯がそこに!
しかも、上も下もどちらも手に持っていて、パカパカしているじゃないか!
どうしたん!春江さん!と聞くと、「家を出るときに、補聴器して、眼鏡かけて、マスクしたら、入れ歯を忘れたんや!」と恥ずかしそうにおっしゃるのです。
くしゃおじさんならぬ、くしゃおばさんのようで、それはそれは可愛らしい顔でした。
いつもより1つ着けるものが増えるだけで、いつものものを着け忘れる。これもコロナの影響か・・・
しかし春江さんのすごい所はそれからです。それ以降、ご利用時は眼鏡を着けてこられません。
「マスクが増えたから眼鏡を減らした」とのこと。
やはり90過ぎても凛とした人は違うなぁと感じた今日この頃。
さあ、夜はCORONAビールでも飲もうか。だめだ、コロナの影響で製造中止だった・・・。

→次回は「校長先生のありがたいおはなし」

写真・文/ 川瀬啓介・未央


『庭とエスキース』
 奥山淳志 みすず書房

ようやく京都でも少しずつ、ふだんの生活を取りもどしつつある日々です。この先まだどうなるのかわからないですが、誰しもほっとひと息つく必要はありますよね。
 そんなコロナな日々を忘れないように、日記をつける人が増えたような気がします。わたしは無類の日記好きで、毎朝起きると、今日も日記が書ける、とうれしくなるほどです。
 本にも素晴らしい日記本が数多くありますが、今日は「日記のような」作品をご紹介します。

写真家、奥山淳志さんが、北海道の原野で自給自足の生活を送るひとりの老人、弁造さんを14年にわたって訪ねつづけ、弁造さんが92歳で亡くなるまでの日々を描いた、どこか日記のような作品です。生きること、死ぬこと、記憶、人と人との関係、そして写真というものについて、実に深く、かつ素直な言葉で語られています。読み終えると自然と、涙が一筋、二筋、流れました。

 弁造さんは、若いころは開拓農民で、出稼ぎ人で、でも、ずっと絵描きになりたいという夢を抱いていました。でも、家庭の事情でその夢を果たせず、ようやく晩年、家との絆がうすれたころに、原野を開き、庭や畑をつくりながら、永遠に描き終わることのない習作(エスキース)ばかりを描き残したのです。

 そういう老人が生きて、亡くなっていく日々を、若い奥山さんが訪ね、共に語り、共に歩み、書き残してくれてほんとうによかった、と思いました。弁造さんが亡くなったあとも、奥山さんが弁造さんと語り合った日々を繰り返し思い出すことも、残されたエスキースやメモなどの些細なものを眺めながら、奥山さんも知らない弁造さんの生きた時間を想像することも、奥山さんが撮った無数の写真から、弁造さんの暮らしを思い出すことも、これらはずっと弁造さんに付かず離れず接しつづけた奥山さんにだけ書くことができた文章だと思います。

 レンズを通った光が結ぶ映像は、一瞬のときをつなぎとめるだけに見えて、実はそこに映っていない過去や未来の時間や、その人の周囲の空気を濃厚に香り立たせます。そこに居合わせた撮る人は、その現実の時間と、写しとられた幻影の両方を体験するのでしょう。奥山さんは、そのように見る人、撮る人として、その感覚を、実に素直な飾り気のない文章と写真にして、残してくれました。弁造さんの暮らしの他愛ないこと、その語り口、愛犬さくらの仕草、北国の空や雪、花と風と土の香りを……。
 ただこの本を読むという贈り物を、わたしたちに届けてくれてありがとう、という他はありません。

写真・文/ 中務秀子


タゲリは、冬に田んぼなどにわたって来る冬鳥です。

せなかの部分は緑にむらさきがかったきれいな色をしています。かん羽といって頭の上からのびている長い羽があるのが特ちょうです。ひなはかん羽は短かくもようは、はっきりしていません。飛び方は他の鳥と比べてふわふわ飛び、足はしゅ色っぽい色をしています。ぼくは、初めてタゲリを見た時、おもしろい鳥だなと思いました。今年の冬も探しに行ったけど見ることができなかったので、また見たいです。好きな所はちょっとかくれててもかん羽が見えていたりみんなでかたまってじっとしている所です。

ここでクイズです。タゲリは、別名冬の〇〇とよばれているでしょう。

1.冬の狩人

2.冬の美しき歌い手

3.冬の貴婦人

4.冬の王様

答えは次の鳥図かんにのせます。最後に前回のクイズの答えを発表します。

正解は、

②のズグロチョウゲンボウでした。

絵・文/ 中野響


『浜村渚の計算ノート』シリーズ   青柳碧人

いじめと理系科目を関係づける論文が発表され、政府が義務教育を一新。理系科目が大幅に削られた。そのことに抗議し、数学者高木源一郎が数学テロを始める。彼の教育ソフトで学んだ国民は、命令次第で殺人の加害者になりうるのだ。

テロ対策本部には、ソフトを見ていない数学オンチしかいない。そこで、警視庁がテロに対抗し探し出したのが、「数学大好きっ娘」浜村渚だった。

読むとどんどん数学が好きになります。四色問題、フィボナッチ数列、円周率、ルービックキューブ、….数学の知識がいっぱいです!それぞれのキャラクターも個性的です!テロリストも、どこかにくめなくて、渚は「えっとー…たまに、優しい人もいるんだけど。みんな、テロやるの、初めてだから」と言っています。(ちなみに、私の一番好きなキャラも、テロリストです!)各章の上の、1.2.3…という数、目次を見てください!おもしろいですよ~。でも、やっぱり、渚ちゃんの、好きなことをブレずに貫くところ、あこがれます。まわりになんと言われようが、数学を好きでい続ける….カッコイイ!!ぜひ読んでみてください。Have a nice math !

文/ 木下琴子