お客さんのコラム9/25版

単調な作業が苦手である。淡々とすればするほど、注意力散漫となり、とっちらかってしまう。

しかし人生には、苦手でもしなくてはいけないことが度々訪れるもので、そういう時は脳内に『プロフェッショナル仕事の流儀』もしくは『情熱大陸』のテーマソングを爆音で流す。

わたしの頭は単純なのか、そのテーマソングをかけるだけで「その道のプロ」もしくは「町工場から日本を背負って立つ」ような気分になり、次第にノッてくるのである。

例えば梅ジャムを面倒くさいけど作ってみるか、とふと思い立ち、いざやり始めると非常な地味な作業に、一瞬空を見上げるも、脳内にテーマソングを響き渡らせると、俄然手が早まり「この小さな梅ジャム工場から、真心込めて日本中にお届けします」という気分になるのだ。

勝手にプロ意識を持つ作戦である。

去年から息子の体力作りの一つで、夜に夫と息子二人で3キロランニングを走ることが日課になった。

しかし夫が不在の日は、わたしが自転車で並走して走らなければいけない。

頑張るのは息子だし、自分は自転車に乗って楽なのだが、「がんばれー」と応援しながら淡々と走るのは修行みたいで面白くない。

そこであの作戦を投入してみたのである。

「校内マラソン大会」を想定して、息子を選手に見立て、横で実況中継を始める。

たまに「左手に見えてきたのは、岸岡選手がよくお母さんからおつかいを頼まれて買いに来る、野菜販売所です」などとミニ情報を入れながら。

最初実況を無視し無言だった息子も、次第に「今、三位」とか「一人抜いて二位になった」などと自分で実況を入れ始めた。

沿道から声援を送ると、息子はクールに手を振る。これはかなりノッてきている。

ラストランはまさに彼の中で『情熱大陸』のテーマソングが鳴り響いいてるかのような走りであった。

このお遊び実況中継は以外にも功を奏して、いつも「走りにいくよー」と声かけると腰が重かった息子も、「今日は世界大会や」と乗り気になっている。

なんなら「今日はジャマイカと対戦や」と、国単位の試合になり、日本を背負って走ってさえいるのだ。

お遊びがいつまで続くのかわからないが、今のところ二人ともすこぶる楽しいのでよしとしている。

絵・文/ 岸岡洋子

23期スツールフィルムカメラスクール(S.F.C.S)の生徒さん。5回の教室の間ずっと、ターバンを巻いてくる岸岡さんを見ていて、この人いかしてるなぁ。ハッハーン、きっとただ者ではないんだろう。アラブ方面のどこかで長ーく暮らしていて、きっと身についた風習なんだ、だからなんだ!と、身勝手に納得感を得ようと在り来たりな空想をしていたのをよく憶えている。


35ページ

サンショウクイは、林や山で観察できる野鳥です。

夏に日本に渡って来る夏鳥で、ふだんは4~10羽ぐらいの群れで生活しています。

メスはオス(絵)よりも灰色っぽい感じをしています。

「ヒリリリ」と鳴きながら飛んでいることが多いので、飛んでいても何の鳥か分かりやすいです。

まめちしきに書いた通り高い木(枝)にとまることが多いので、巣も高い場所につくります。

巣は枝ではなく、こけなどを使います。

メスが卵を温めている間はオスが虫を捕ってきて、メスにあげます。

サンショウクイは漢字では「山椒食さんしょうくい」と書くけど、

本当に山椒の実を食べるわけではなく「山椒の実を食ってヒリヒリ言っているよう」なので山椒食と名付けられました。

ぼくがおどろいたことは、サンショウクイはとても虫を捕らえるのが上手でクモの巣にいるクモまで捕ってしまうことです。

他にも空中で虫を捕まえることもあります。

ここでクイズです。

サンショウクイの巣をねらっている天敵が近づいて来ると親鳥はどんな行動をとるでしょう。

1. 仲間を集めてみんなでおいはらう

2. けがしたふりをして天敵の気を引く

3. 巣ごとくわえて天敵からにげる

4. つばさを広げて巣におおいかぶさってかくす

正解は次の鳥図鑑で発表します。

最後に前回のクイズの答えを発表します。

正解は、3.の32cmでした。

絵・文/ 中野響

お姉ちゃんとひーくんが生まれる前の、2005年10月から撮影をさせて頂いてます。今も2~3年に1回は必ず、スタジオや城陽のご自宅で撮ってます。小学6年生になったひーくんは、この前の撮影の時に鳥に魅せられていると話してくれた。それが小学生レベルの鳥好きの話ではなく、僕からすればもう学者レベル。しかも視点がユーモラスなのでこれはスゴイ!是非、図鑑を作ろうと盛り上がり、WEBという形で毎月2回、発表してもらっています。


『鹿の王 上生き残った者 下還って行く者』 上橋菜穂子

強大な東乎瑠帝国に呑まれていったアカファ王国の西の端で、抵抗を続けた戦士団<独角>の頭であったヴァンは、奴隷として岩塩鉱に囚われていた。

ある日、岩塩鉱を襲ったの群れに噛まれた者が謎の病を発症する。

逃亡したヴァンは生き残った幼子を拾い、ユナと名付け育てるが —— 。

一方、その病を追いはじめた天才医師・ホッサルは、恐ろしい病の正体に気がつき——。

今回は、私の尊敬する作家さんの一人、上橋菜穂子さんの本です!

疫病の流行する世界。

抗体を持つ限られた人々と、広まるのを防ぐべく奔走する医師 —— 。

コロナ禍の現在と、重なるものがあると思いませんか?

今だからこそ、感じられることも考えられることも多い本だと思います。

張り巡らされた思惑、人々の考えや思い。

何のために医師は医療を行うのか。

どうして、人は生きるのか。

久しぶりに読み返し、鮮烈な驚きを味わいました。

様々なことを考えさせてくれる本です。

読んでみてくださいね!

文・写真/ 木下琴子

2006年3月からのお付き合い。琴子ちゃんが生まれる前から撮影をさせて頂いてます。小学6年生になった今も記念日ごとには必ず、スタジオやお好きなロケ場所で撮影させて頂いてます。埼玉県からお越し下さいます。幼い頃から、本が好きと撮影のたびに僕に話してくれた琴子ちゃん。読みたい物語がまだまだ沢山あると思うと、これからが楽しみとも話してくれた。そんな琴子ちゃん目線の書評を毎月2回、依頼しています。


夏が終わり、秋に入りました。
南丹市も稲刈りが終わりました。今年は夏の雨の影響のためか若干不作らしいです。
私たちも畑の草引きや肥料やりなどを手伝い、改めて畑の大変さに気づきました。
これを毎日しているお年寄りってスゴイなぁっていつも思います。

今回は、ここ数か月たまっていた小ネタを紹介したいと思います。

①杖の高さ違いすぎるやろ!

すごく背の低い杉田さん(仮名)の隣には、すごく背の高い西村さん(仮名)がいつも座っています。二人とも杖を使って移動されます。そして、杉田さんは少しおっちょこちょいです。
杉田さんが、杖を持って歩きだしました。少し歩いたところで、スタッフが異変に気付きました。杖が高すぎたのです。それ、西村さんの杖!
杉田さんが西村さんの杖を持つと、杉田さんの頭ぐらいまで来ます。
杖違うよ!と指摘すると、なぜか巻き戻しのように後ろ歩きをして席に戻ろうとします。
危ないし!杖持った時に気付くでしょ!

②スリッポンどっちやったかなぁ

少し物忘れのある男性の小田さん(仮名)と、90歳の男性の湯本さん(仮名)。同じ曜日のご利用者さんです。小田さんは腰が悪くかがむことが出来ないため、立ったまますっと履けるスリッポンを履いています。湯本さんは畑仕事を毎日しているので、すぐに脱ぎ履きできるスリッポンを履いています。同じスリッポンでも柄が違うため、私たちはどちらが誰のものか把握しています。
しかし玄関に靴を並べておくと、小田さんはソワソワします。なぜか?スリッポンが2足・・どちらが自分の靴か分からなくなるからです。
決まって「俺の靴どっちやったっけ??」となります。
小田さんの靴はこっちですよ~。と伝えると安心します。
数分後にまた、「俺の靴どっちやったっけ??」と聞かれます。
私たちは初めて聞いたように、小田さんのはこっちですよ~。と答えます。それが、毎回帰る前の定番です。
ですがたまに、二足並んでいるスリッポンを見て、これはおれの違うな。こっちがおれのやな。と言って自然に履いて帰られます。
それを見て私たちは拍子抜けします。今日は憶えてるんかい!

③携帯電話だれもでんわ

Sukku利用者さんの9割は、ご自身の携帯電話を持っています。
数か月前、利用者さんでコロナの濃厚接触者が出ました。PCR検査の結果が判明するまで、急遽全面休止とさせて頂いた時の話しです。休止の事を伝えるために、ご利用者さんの携帯電話に電話をしたのですが、8名に電話してつながったのは2名です。折り返し電話は1件。5件は繋がりません・・。結局ご自宅まで行って事情を説明。携帯電話に電話したんだけど・・・と話すと。普段携帯電話の電源を消していて、自分から電話するときだけ電源入れる方1名。完全に音を消している方2名。埃だらけの携帯の方1名。使い方が分からないから出られない方1名。
みんな、緊急時どないするんでしょうか・・・

④こけるときは身を任してこける

畑が大好きな女性、田村(仮名)さん
80歳後半ですが、とにかく畑です。毎日畑していないと駄目な方です。肥料などは重くて運べないものは、90歳の夫が運んでいます。よく喧嘩もするけど、おしどり夫婦です。
田村さんは、足が悪いので、杖を2本持たないと歩けません。なのに、杖は立ってからどこにあるか探します。うまくバランスが取れているときは良いのですが、畑では長靴を履いているのでうまくバランスが取れず、こけることがよくあります。でも畑でこけるなんて、日常茶飯事です。
先日も畑をしている最中に、農協の若い職員さんが訪ねてこられました。
田村さん、その方と話しをしようと立ったのは良いですが、杖がありません。そして、そのまま、バランスを崩し職員さんはの前へ転倒!職員さんはびっくりして「大丈夫ですか!」と声をかけるも、本人は至って普通に笑っています。そして、「こけるときは身を任してこけるから大丈夫なんや。」と一言。職員さんは、ドッキリに引っかかったような顔をしてたとか・・・。「抵抗したら、骨折れる」らしいです。。

⑤注文の多いトレーニングジム

毎週土曜日の午前中は、トレーニングジムとして一般の方に開放しています。
その日は女性のお客さんばかり。最初は知らないもの同士ですが徐々に仲良くなり、今ではみんなで話しをしながら楽しく運動されています。
つい最近、そのうちのお一人が、料理で有名な旅館が期間限定でお弁当を半額で提供している!と言う話題を持ってきました。早速その場で2名が注文。Sukkuに宅配してもらいました。他の人はお弁当の中身を見せてもらい、とても美味しそうだったのを確認。私も次頼む!と次々に言いだしました。結局、次の週はお弁当の注文が30個になりました。配達後は素早く手分けして、各自3、4個の2段弁当を持って帰りました。
みんな、運動で消費したカロリー以上に食べてるやん!

⑥マスクのお返し

83歳男性の滝本(仮名)さんは、ある日マスクを忘れました。そこで、Sukkuからマスクを渡しました。そして、次の利用日に「マスクをお返しします」と、袋を渡されました。スタッフが確認すると、袋に入ったキッチンペーパーでした・・・。
滝本さん、台所で使わせてもらいます。(おしまい)

次回コラム「復帰してくれてありがとう!」です。

写真・文/ 川瀬啓介・未央

Sukku 川瀬啓介 / 未央 (理学療法士・鍼灸師 / 鍼灸師)
〒622-0002 京都府南丹市園部町美園町4-16-38

TEL 0771-62-0005

2017年から京都の南丹市でリハビリを中心としたデイサービスをしています。利用者さんと過ごす時間は、笑い声と涙が入り混じる賑やかな毎日です。そんなささやかな日常、会話から気付かされること、そして個性派揃いのスタッフについて…色々な事を綴っています。

2011年11月からのお付き合い。楓くん・緑くんが生まれる前から撮影をさせて頂いていて、今も1年に1回は必ずスタジオ撮影にお越し下さいます。Sukkuというデイサービスの屋号は、佳代が名付けさせて頂きました。飾らない温かさ、自分の好きが明快で、歯切れがよい。けれど、流れる時間はゆっくり。そんなお二人の人柄が大好きで、バランスを崩した時には体を診てもらおうと決めているから安心です。笑いと涙のデイサービスの日々を毎月2回、綴ってもらってます。


 南の窓から入ってくる光が、いつの間にか、部屋の中まで届いています。季節はうつり、わが家の庭でいちばん早く紅葉するカマツカの木の葉が一枚、今朝きれいな赤い色に染まっていました。

 前回のコラムで、「(わたしたちは) 急に病気になったり、家族を失ったり、人は弱かったり強かったり、変化する生き物です」と書いたのですが、この間わが家では、まさしくその状況になっていました……。

 すぐ近くに住む孫の一人が、真夜中に突然の高熱と嘔吐。急激な脱水症状になり、緊急入院してしまったのです。4歳とまだ幼く、昼夜を問わずの付き添いが必要になり、家族総出で看病にあたった1週間。さいわい回復し、つい先日、うちに帰ることができたのですが、乳飲み児をふくむ幼い子4人の大家族は、文字通り怒涛の日々でした。

 わたしは他所での慣れないリズムの中で過ごす毎日に、本のページをめくる余裕も集中力もなかったのですが、この直前に読み終えていた本がたいへんな名著でしたので、今回はその本を紹介したいと思います。

『急に具合が悪くなる』
  宮野真生子 磯野真穂 晶文社

 まるで予言のようなタイトルの本を読んでいたものだなあ、と驚くのですが、全くの偶然です。
 哲学者、宮野真生子は乳がんをわずらい、すでに多臓器転移をおこしていました。彼女は、「自分の身体にガンを飼っているということをいかに捉えるか」という問題に、人類学者、磯野真穂と手紙をかわす、という方法で答を出そうとこころみます。

 宮野と磯野は長年の友というわけではありませんでした。ほんの数か月前に、ある集まりで出会っただけ。それでも宮野は、手紙という対話の相手に磯野を選びました。そしてこの手紙の往復が進むうちに、宮野の状況は急激に悪化します。それとともに、ふたりの出会いはさらに深まり、別れに向かって急降下してゆきます。いえ、降下と書きましたが、昇華かもしれません。ふたりの対話は、病から死へ、そして生へとどんどん深まってゆくのでした。宮野はこう書いています。

「つねに不確定に時間が流れているなかで、誰かと出会ってしまうことの意味、そのおそろしさ、もちろん、そこから逃げることも出来る。なぜ、逃げないのか、そのなかで何を得てしまうのか、私と磯野さんは、折り合わせた細い糸をたぐるようにその出逢いの縁へとゆっくり (ときに急ぎ足で) 降りながら考えました。」

「出逢いの縁」。「えん」と読むのでしょう。人と人を結ぶふしぎな力としての、出逢いの縁。出会ってしまった意味とは。生きるとは。死とは。

 手紙の対話はまず、人がいかに病気と立ち向かっていくかという態度から語り合われます。
 病気に罹った患者がまず直面することは、治療の選択です。しかも、選択はつぎの選択を必須とし、つぎつぎと連続します。宮野は疲れ切り、思わず「帰りたいなあ」とつぶやきます。危機回避のための合理的な備えや努力のその先に、自分の素直な思いへと、魂の落ち着ける居場所へと、身をゆだねたいと望むのです。

 ふと立ち止まった時、宮野は、どうしてわたしがこんな病気にならなくてはいけなかったのか? どんな必然性がわたしをこの病気に出遭わさせたのか? と悩みます。そのことを宮野は哲学者、九鬼周造の『偶然生の問題』を引きながら考察するのです。結局のところ、必然などないのではないか。さまざまな出会いの偶然が重なり合って、わたしはここにいる、と。宮野は磯野にあててこう書いています。

「最後の最後で世界で生じることに身を委ねるしかない。それはどうなるかわからない世界を信じ、手を離してみる強さです (……)  病気で不安に駆られた私は、合理性で未来を予想し、そこで見失っていたもの、それは世界への信と偶然に生まれてくる『いま』に身を委ねる勇気なのだ……」

 対する磯野は、宮野の言葉を受け入れつつも、「宮野さんのがんが悪化するというのは、腑に落とすことがとても難しい現象です (……) 駅や路上で、傍若無人なことをやっている人を見たりすると、『宮野と代われ!』としばしば怒っている」と、実に正直に返事を書きます。そして偶然をテーマに哲学をつづけてきた宮野に対して、その哲学は、今の宮野の状況を捉えるのにどう役立っているのか、と問うのです。

 ずいぶん直裁な、とも思いますが、実はこうした磯野との対話が、宮野を生き生きとさせているのに、読者は次第に気づくでしょう。磯野の問いに出会って、宮野はまたその先へと思考をすすめることができました。宮野は書きます。

「私たちはそんなに唯々諾々と不運を受け入れて「腑に落とす」必要なんてあるでしょうか。(……) わからないことに怒り、それを問う力を、自分の人生を取り返す強さを、哲学は私に与えてくれたのです。」

 宮野は磯野に背中を押されるように、迫り来る死について考えはじめます。それは磯野がこう言ったからです。宮野にしか紡げない言葉を記し、それが世界にどう届いたかを見届けるまで、絶対に死ぬんじゃない、と。
 宮野は書きます。

「私は今、『うん、わかった』と約束したいと思います。これからもっと病状は悪くなるかもしれないけれど。それは単純に『死なない』ことの約束じゃない。磯野さんが希望し、私も見たいと望む未来に対する賭けであり、そこに向かって冒険の道をくじけずに歩んでゆくということの覚悟であり、なによりもそんな言葉をかけてくれた磯野さんと私の今の関係への信頼なのです。」
「そして、最後に残った未完結な私の生を誰かが引き継いでくれれば嬉しいな」

 その誰かの、いちばん近い未来のひとりが磯野でした。磯野との出会いで、宮野は死の直前で、自らの言葉を見つけ、自らと出会い直しました。それは磯野も同じだったでしょう。ふたりにとって、死はすべてを奪っていくものではなく、むしろ未来へとつなぐ贈り物のようなものだったと、わたしは思いたいのです。

写真・文/ 中務秀子

2018年・第27期のフィルムカメラ教室の生徒さんとして、お付き合いが始まりました。今もフィルムカメラを続けてらして、二眼レフカメラにも挑戦中。デコさんは本好き、映画好き、芸術好き、お話好き。いわば “ 忙しいひまじん ” です。とても自由で全然気取ってない表現に親近感を覚えさせてくれる先輩です。そして心友になりました。

お客さんのコラム9/10版

 前回はお休みしてしまって……。楽しみにしていたのにどうしました? と、親切に尋ねてくださった方もありました。すみません、咽頭炎になっていたのです。
 前日まで準備をしていたのに書けなくて、1か月も間があいてしまうと、さてどうしようか……とぼんやりしてしまいますね。

 その間に、季節はすっかり移り変わって、大きなイベントも終わり(わたしにはどこか別世界で行われていることのような気もしましたが)、秋の虫が鳴きはじめ、夕暮れは早くなり、朝夕すっかり涼しくなりました。気持ちのよいそよ風が吹いていたりすると、しばしばふっと、今は疫病の時代なのだ、ということを忘れてしまいます。この秋は、冬は、どんなふうになっていくのでしょう。

 さて前置きはこのくらいにして(今日はずいぶんあっさりでしょう?)、前回書けなかった本をご紹介します。

『逃げおくれた伴走者』
 (副題:分断された社会で人とつながる)
 奥田知志 本の種出版

 奥田知志さんは、北九州市の東八幡教会の牧師さんです。ここにはNPO法人「抱僕(ほうぼく)」という生活困窮者を支援する団体があり、奥田さんはその創設者であり、現役で活動もされています。主にホームレスの方たちの訪問、見守り、自立支援が活動の中心で、最近では行き場のない子どもたちや、ひとり親支援もされているようです。

 ホームレス……というと、ふつうの人たちには関係のないことのように思えますよね。わたしもそうでした、この本を読むまでは。住む家がないまでに困窮してしまうなんて、ものすごい事情があったのだろうなあ、と。しかし、そうではないようなのです。

 奥田さんは、家のない人をハウスレス、居場所のない人をホームレス、と呼びます。ホーム。そこはだれもが落ち着いて、自分自身でいられる居場所。そんな場を失っている人は、今たくさんいると。たとえばいじめ。家族内での不和。家族や友だちをなくす。それらはみな孤立です。

 そういう人々がしばしばあびせられる言葉に、弱音を吐くな、わたしだってたいへんなんだ、自己責任だ……。この本を読むと、この冷たい言葉の先の先に、ホームレスの人々がいるように思えて、まったくの他人事ではない、という思いがしてくるのです。自己責任、わたしはこんなさみしい言葉はないと思います。それは、あなたのことを気づかっているひまなどない、という宣言だから。

 奥田さんが取り上げられている事柄に、「生産性」の問題があります。近年、LGBTや障害をもつ人は生産性がない、という言説や事件が社会を騒がせました。役に立たない弱い人間はいらない、という考えです。
 ここでいう生産性とは、仕事がはかどる、もうかる、という意味でしょう。しかし生産性の真の目的は、人がみな幸せになるということではないでしょうか。弱い人も強い人も、人がそれぞれ、その人その人の生を、生き生きと生きていられる、そういう世界が幸せな世の中なのではないか。はかどったり、もうかったりは、ただその手段にしかすぎません。

 また、そもそも、強いとか弱いとか、ずっとそのまま固定されるものでしょうか? 事故にあったり、急に病気になったり、家族を失ったり、人は弱かったり強かったり、変化する生き物です。お互いさまと思いやりつつ補い合って、これまでずっと、人々は生き抜いてきたのではないでしょうか。今たまたま自分がいい状態にあるからといって、不幸せな人は見なければいい。そんな考えで築き上げられた世界は、なんと心貧しいものでしょう。

 キリスト者である奥田さんは、パウロの「コリント人への第二の手紙」を引きながら、このように書いています。

「パウロには、何か障害があったようだ。目が悪かったという説もある。当時の宗教社会において「障害」は、神からの祝福から漏れている証拠だとされた。伝道者としては面目ない状態だ。だから彼は、「離れ去らせてください」と神に祈る。自分を苦しめる「障害という現実」から逃げ出したかったのだ。そんな彼に、「私の力は弱いところに完全にあらわれる」と神は語る。パウロは、その言葉に励まされ「喜んで自分の弱さを誇ろう」「わたしが弱い時にこそ、わたしは強い」と一歩踏み出す。」

 弱い時こそ強くなるものはなんでしょう。それは他人を思いやる心です。つらさを知っているひとは強いのです。それは人としての豊かな経験と、やさしく想像する心があるからです。
 その時もっともたいせつなものは、出会いだと、奥田さんは説いています。人は人と出会って、孤立から逃れて、ダメなことや傷を分け合い、お互いさまでなんとかやっていく。それぞれの人が、人が人として、役割を果たして行く。そういう大きなつながりの総体の中で、幸せは網の目のように紡がれていくのでしょう。

 コラムや対談、教会での説教などを集めた、豊かな語りに満ちた読みやすい本です。どうぞ読んでください。おすすめします。

写真・文/ 中務秀子

2018年・第27期のフィルムカメラ教室の生徒さんとして、お付き合いが始まりました。今もフィルムカメラを続けてらして、二眼レフカメラにも挑戦中。デコさんは本好き、映画好き、芸術好き、お話好き。いわば “ 忙しいひまじん ” です。とても自由で全然気取ってない表現に親近感を覚えさせてくれる先輩です。そして心友になりました。


「鬼遊び」シリーズ 廣嶋玲子

春はわらべ歌、夏はお祭り、秋は指切りげんまんをして、冬はかまくら作り…。

との遊びはおそろしい。

始めてしまうと戻れない….。

今回は怖い話の紹介です。

このシリーズは4巻あって、それぞれ春・夏・秋・冬の季節の遊びにまつわる話が8話ずつ入っています。

そしてどれも怖い!

私は怖い話が苦手で、小さいころはしょっちゅう一人でトイレに行けなくなったくらいなのに、

学校で怖い話をする係になってしまって、ちょっと後悔したくらいの怖がりです。

そんな私でも読めるので、とても怖い話ではなく、鬼から逃げきれたり、鬼が成仏してくれたりする話もあります。

けれど、1巻の「だるまさんが転んだ」、2巻の「盆踊り」、4巻の「かた雪わたり」はもうかなり怖くて…。

怖いですが、おとないちあきさんのきれいな絵もすてきで、おすすめです!

文・写真/ 木下琴子

2006年3月からのお付き合い。琴子ちゃんが生まれる前から撮影をさせて頂いてます。小学6年生になった今も記念日ごとには必ず、スタジオやお好きなロケ場所で撮影させて頂いてます。埼玉県からお越し下さいます。幼い頃から、本が好きと撮影のたびに僕に話してくれた琴子ちゃん。読みたい物語がまだまだ沢山あると思うと、これからが楽しみとも話してくれた。そんな琴子ちゃん目線の書評を毎月2回、依頼しています。


9月に入りましたね。小学校も幼稚園も2学期が始まりました。
今年の夏休み、我が家の子どもたちはほとんど南丹市から出ていません。ですが、十分に楽しんでいたように思います。
自宅が完成して伸び伸び遊べるようになったこと、そして、自宅から15分程度で行ける公園で川遊びを覚えたからです。実は水が苦手な子供たち。全く泳げません・・。私達は、あまりにも泳げないことに少しだけ不安を持っていたのですが、この夏は長男の同級生家族に誘ってもらい初めて川に行きました。
そして、ハマりました。相当楽しかった様です。雨の日以外は、毎週川遊びに行くようになりました。おかげで子供もバタ足が出来るようになりました。
山間にある川ですのでヘビやカエル、カニ、魚も近くにいるし、山の緑も、空の青さもすべてが清々しい。自然の中に身を置くだけで、心も体もこんなに軽くなるんやな~と、改めて感じました。子供の成長も見れたし、とても楽しい夏休みでした。

さて、「奇跡の95歳」。


Sukkuで働いていると、毎日楽しいこと嬉しいことが起こります。
その中でも特別嬉しいことと、驚いたことがありましたので紹介します。
何度かこのコラムで紹介したことがある女性、95歳の春江さん(仮名)です。
春江さん、自宅での転倒が増えてきていました。転倒の理由はよく分かりません。心疾患があるので、急に意識が飛んでの転倒も何度かありました。今年の3月、自宅で転倒して腰を強打し、骨折。そのまま本人の強い希望で入院となりました。
3か月の入院中は、リハビリを一生懸命されました。退院したら、またSukkuに行くんや!を合言葉に、それは頑張っておられました。
しかし、お年寄りが3か月も入院すると、リハビリを頑張っていてもどうしても色々な能力が落ちます。春江さんもそうでした。
6月初旬に退院され、今後について話し合いをしたのですが、3か月振りに見た春江さんは、想像以上に弱っていました。ベッドから起きることも、介助が必要でした。そして、とても痩せていました。
この状態ではSukkuでトレーニングどころではなく、自宅から出ることも難しい状態。正直私の心の中では、もう春江さんがSukkuに来ることは難しいと思いました。
しかし、春江さんは私に会って一言目にこう言われました。「先生、お家はできましたか?」
私はそれを聞いて絶句しました。確かに、春江さんは自宅をリノベーション工事していることを知っていましたし、工事現場も見ておられました。しかし、3か月の入院中コロナ禍で家族とも会えず、こんなに痩せて歩くことも出来なくなっているのに、久しぶりに会った私への一言目がこれです。春江さん95歳です。凄すぎてしばらく言葉が出ませんでした。
しかし、今のままでは自宅から出ることも出来ないので、Sukkuは7月からにしましょうと、娘さんとも話し合って決まりました。しばらくは、訪問リハビリや1日型のデイサービスへ週2回通うことになりました。
私はその間、週1回娘さんに連絡し春江さんの調子を聞いていました。そして、予定の7月になり、sukkuを利用できそうか確認したところ、1日型のデイサービスに行っても寝てばっかりとのことで、7月中の利用は難しくなりました。
8月に入り少し元気になったと聞きましたが、Sukkuにはまだいける状態ではないとのこと。それどころか、娘さんからは「これ以上待ってもらうと迷惑かかるから、もうSukkuさんやめようか・・」との声もありました。しかし、私もスタッフも、他の利用者さんも春江さんに会いたかったので、「8月中は待ちます!」と伝えました。
8月に入り、1週目も2週目も来れませんでした。もう無理かな・・と思った3週目の朝に電話があり、「本人行くって言うてます。」と娘さん。私もびっくりしました。そして、はやる気持ちを抑えながら、自宅に迎えに行きました。すると、車いすに座っている春江さんを発見!久しぶりに会った春江さんは姿勢を正し「おはようございます!」と大きな声であいさつ。その声を聞いた私はうれしくて・・。
予定より早くSukkuに着いたので、完成した自宅を見ていただきました。とても、喜んでくれました。そして、他の利用者さんも到着して、感動の再開!!そこでも驚かされることが。なんと皆さんのお顔を一人ずつ見ながら、その方々の名前を言って挨拶をされたのです。もうみんな、びっくりするしかありませんでした。そして、「こうやってSukkuに帰ってこられる日がやって来るなんて、本当に夢みたいです!皆さんの顔を見たら、久しぶりに実家に帰ってきたような気持ちになりました。」と。
さぁ、車いすで移動しながらのトレーニングが始まりました。久しぶりだから、さすがの春江さんも少ししかトレーニング出来ないだろうと思っていましたが・・春江さんはなんと、全部やってしまいました。そして、私に「車いすは嫌いです!自分で歩きたいです!」と大きな声で言われました。何度もです。
そこで私は、杖を2本渡して歩いてもらうことにしました。もちろん、私が後ろに付いてです。( 私は、絶対に歩けないと思っていました )春江さんが立つところを手伝って、杖を渡して、さあ歩こう!
すると、2・3歩目でフラッとなり転倒しそうに。私が、支えて再度そのままトライ。そこからは私が手伝うことなく、足で手で必死に踏ん張って歩きました。その距離5メートル!それを見た、スタッフは泣きました。私も泣きました。
他の利用者さんからは自然と拍手がおこり、歓喜の声が。本人も「うわー歩けたー」と涙。

入院中、ベッドの上で天井を眺める日々。「もうこのまま死にたい」と何度も思ったそうです。さすがの春江さんも、この数か月は心が折れそうになった。と話してくれました。でもやっぱり、まだ諦めたらあかん。と自分に言い聞かせていたと。
「今まで自分の限界を、自分で決めていました。情けないです。可能性は誰にでも、いくつになってもあるのですね。」パラリンピックを見て、感じたことだそうです。初めて自分の足で歩けなくなり、そんな中で見たパラリンピックは、今までとは景色が違ったそうです。

「人生、死ぬまで勉強ですわ。」これ、春江さんの口癖です。
私はこんな95歳を見たことがありません。いや、6月に誕生日を迎えたので96歳か。
杖で歩けたあの日から、春江さん休むことなく来られています。最近では車いすをやめて、スタッフが手を引いて歩いて移動できるようになりました。
春江さん。私達は今一緒の時間を過ごせてとても幸せです。(おしまい)

次回コラム「爆笑!小ネタ集」です。

写真・文/ 川瀬啓介・未央

Sukku 川瀬啓介 / 未央 (理学療法士・鍼灸師 / 鍼灸師)
〒622-0002 京都府南丹市園部町美園町4-16-38

TEL 0771-62-0005

2017年から京都の南丹市でリハビリを中心としたデイサービスをしています。利用者さんと過ごす時間は、笑い声と涙が入り混じる賑やかな毎日です。そんなささやかな日常、会話から気付かされること、そして個性派揃いのスタッフについて…色々な事を綴っています。

2011年11月からのお付き合い。楓くん・緑くんが生まれる前から撮影をさせて頂いていて、今も1年に1回は必ずスタジオ撮影にお越し下さいます。Sukkuというデイサービスの屋号は、佳代が名付けさせて頂きました。飾らない温かさ、自分の好きが明快で、歯切れがよい。けれど、流れる時間はゆっくり。そんなお二人の人柄が大好きで、バランスを崩した時には体を診てもらおうと決めているから安心です。笑いと涙のデイサービスの日々を毎月2回、綴ってもらってます。


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コシアカツバメは、田んぼなどで見ることができるツバメの仲間です。

ツバメ(NO,26)より少し大きく、尾羽が長く見えます。

他のツバメと違って飛ぶときは※滑翔を多く行います。

群れで生活し、空中で昆虫類を食べます。

「チュジュジュジュ」などとさえずります。

飛びながら「ジュリ」と鳴くこともあります。

飛びまわっている姿を見ることが多いけど、

夕方などに電線にとまっている姿を見ることもあります。

電線にとまっていたら飛んでいる時は、はっきり見えないおなかのもようなどを見てみてほしいです。

おもしろいと思ったことは、同じツバメ科でも巣の形が違うことです。

なぜならツバメはおわん形のような形だけど、コシアカツバメはふくろのような形(絵を参照)だからです。

しかも、ツバメの巣をスズメが使うこともあります。

ここでクイズです。

コシアカツバメはつばさを広げると何cmになるでしょう。

1. 22cm

2. 30cm

3. 32cm

4. 34cm

5. 36cm

6. 38cm

正解は次の鳥図かんで発表します。

最後に前回のクイズの答えを発表します。

正解は、

3.のカワウでした。

※滑翔

羽ばたかずに飛ぶこと

コシアカツバメはの場合

羽ばたき→滑翔→羽ばたき

絵・文/ 中野響

お姉ちゃんとひーくんが生まれる前の、2005年10月から撮影をさせて頂いてます。今も2~3年に1回は必ず、スタジオや城陽のご自宅で撮ってます。小学6年生になったひーくんは、この前の撮影の時に鳥に魅せられていると話してくれた。それが小学生レベルの鳥好きの話ではなく、僕からすればもう学者レベル。しかも視点がユーモラスなのでこれはスゴイ!是非、図鑑を作ろうと盛り上がり、WEBという形で毎月2回、発表してもらっています。


ラグビーというものをはっきり認識したのが、夫が夜な夜な酒のつまみに、神戸製鋼で活躍した平尾誠二さんの特集番組を何度も見ていたことだった。

申し訳ないが、わたしには平尾さんはクイーンのフレディ・マーキュリーにしか見えなかった。

ロックスター・フレディ・マーキュリーが楕円球を追いかけている風にしか見えない。

そのあと、度々公園にて夫とランパスなるものの練習に「付き合わされた」時も、球を受け取ることで精一杯、欽ちゃん走りになるしかない。

これの何が面白いんだ!と一人憤慨した。

しかしその数年後に聖地花園で高校ラグビー全国大会の準々決勝を観戦し、目の前で高校生たちが体を張って倒れてはまた起き上がり、楕円急を追いかけてる姿を見て、夫を差し置いて、

「いけーーー!」と拳を振り上げ、大絶叫していたのである。我を失うとはこういうことなのだと思った。それくらい、高校生たちの懸命さに胸を熱くした。

息子が小学1年生の 秋、ラグビースクールに入会した。

二年生の春、夫がスクールのコーチになった。

以降家族総出でのラグビー漬けの毎日である。

身体と身体のコンタクトが多いラグビーは、その分やっている子供達も、見守っている保護者たちも前のめりになる。

暑さの中、バタバタと倒れることもしょっちゅうで、その度にうちわと氷とポカリを持って走る大人たち。

自分の子供以外も、みんなの子供みたいになってくる。

その積み重ねで、楕円球を持って参加してなくても、保護者たちは声を出して子供を応援する。

ゲームでトライが決まると、子供以上に喜んでいるのは保護者たちだ。スクールの保護者はラグビーを愛してる人たちが非常に多い。

日常でこんなに人々が熱狂する瞬間ってあるのだろうかと思う。

気がつくと、息子は美しいスクリューボールを投げられるようになっていた。

こんなに小さな手で。

そして熱心にわたしに教えてくれるのである。

「あんな、お母さん、こうすんねん。腕のスナップを、きかすねん」

なんども教わっても、一向にスクリューボールは上達しないが、平尾さんがフレディ・マーキューリーに見えていた頃よりかは、ラグビーを何倍何倍も好きになっている。

絵・文/ 岸岡洋子

23期スツールフィルムカメラスクール(S.F.C.S)の生徒さん。5回の教室の間ずっと、ターバンを巻いてくる岸岡さんを見ていて、この人いかしてるなぁ。ハッハーン、きっとただ者ではないんだろう。アラブ方面のどこかで長ーく暮らしていて、きっと身についた風習なんだ、だからなんだ!と、身勝手に納得感を得ようと在り来たりな空想をしていたのをよく憶えている。

お客さんのコラム8/25版

今号はお休みです。


8月某日

ちょっとお茶しに行こうと、1年ぶりに某喫茶店に入った時のこと。

そこは老夫婦で切り盛りし、なぜか二人一緒にカウンターに立つことはない。いつも日替わりのように今日はおばあさん、今日はおじいさんという風に。

その日はおばあさんが立っていた。

席に着くとテーブルの真ん中に、透明の仕切りが置かれており(1年前はなかった)、家族だけなので早々に隅に寄せて、メニューを見だした。

すると、すごい勢いでおばあさんが席まで来て(突進に近い)、

「このボードは、ぜったいに、ここに置いといてくださいっ」と激しい剣幕。緊張感が半端ない。

「いや、、家族なので・・」と、言うも、おばあさんは「そういう決まりなので、元に戻してくださいっ」の一点張り。押し問答を続けても仕様がないので、静かにボードを元の位置に置き直す。

ほっと胸を撫で下ろすおばあさん。今日の八割方の仕事は終わったという安堵の表情で、カウンターに戻っていく。

一瞬夫と目を合わせ、その落ち着かない空気に「コーヒー飲んで早く出た方がよさそう」と合意したのだが、息子が注文したのはまさかの「カツカレー」

おばあさんのオーダー表に書く手が、軽く震えたのを見逃さなかった。

80代を超えたおばあさんが一人で注文を聞き、厨房に立つのである。子どもというのは容赦がない。

しばらくして、じゃーっと威勢のいい、カツを揚げる音が店内に響き渡る。途中でドリップコーヒーも回し、その最中に一人客が入ってくる。

おばあさんの動きはより機敏になる。

満を持して、アツアツのカツが乗ったカレーが運ばれ、予想を上回るデカ盛りスタイルに、小学生の息子も一瞬ひるむ。

長居できる雰囲気じゃないと察しつつも、ふーふー言いながら「いやあ、カツカレーはおいしいねえ」とご満悦の息子を目の前にして、腰を据えて待つしかない。

置かれていた本を眺めると、やや思想強めのラインナップ。

本を読むでもなくぼんやりしてると、一旦落ち着いたおばあさんが、先ほどと打って変わった和やかな表情でこちらにやってきて、

「ぼっちゃん、カレー辛くない?この生クリームちょっとたらしてあげようか?食べやすくなるよ」と銀色の入れ物を差し出してきた。

息子は頷き、おばあさんはにこにこと笑って、生クリームをたらす。

「ゆっくり食べてね」

あの緊張感は一体どこへ行ったのか。

カツカレーを美味そうに食べる息子、おばあさんの手作りであろう毛糸で編まれたコースター、店内で流れる有線とは別に、カウンターで流されているAMラジオの話し声、途端に親戚の家に来たかのような空気に包まれ、私たちは途端にだらけた。

気づくと、サラダもカツカレーも気持ち良いくらいに綺麗に息子は平らげていた。

お会計を済ませ、やはり和やかに「ありがとうございました」と我々を見送ってくれたおばあさん。

緊張と緩和を体験した、 夏であった。

絵・文/ 岸岡洋子

23期スツールフィルムカメラスクール(S.F.C.S)の生徒さん。5回の教室の間ずっと、ターバンを巻いてくる岸岡さんを見ていて、この人いかしてるなぁ。ハッハーン、きっとただ者ではないんだろう。アラブ方面のどこかで長ーく暮らしていて、きっと身についた風習なんだ、だからなんだ!と、身勝手に納得感を得ようと在り来たりな空想をしていたのをよく憶えている。


『はこちゃん』 かんのゆうこ・文  江頭路子・絵

放課後に、はこちゃんたちは校庭で遊んでいました。

みくちゃんやかのんちゃんが自分の名前の意味を知っているのに、はこちゃんはわかりません。

しかも、陽太くんに名前をからかわれて、校庭を飛び出していってしまいます。

久しぶりの絵本の紹介です。

自分の名前の由来についてのお話です。

私の「琴子」という名前も、同学年に「子」がつく子がいないので「もっと華やかな名前がよかった……」と思うことがあったのですが、

今はむしろ書きやすいし(習字でもつぶれない!)すてきな名前だと思うようになりました。

自分の名前って、愛着を持てた方が、嫌いよりもずっといいですよね。

江頭さんの美しい水彩画もすてきな絵本です。

夏休みの読書感想文にもいいですよ!(おそくなりましたが)

ぜひ手にとってみてくださいね。

文・写真/ 木下琴子

2006年3月からのお付き合い。琴子ちゃんが生まれる前から撮影をさせて頂いてます。小学6年生になった今も記念日ごとには必ず、スタジオやお好きなロケ場所で撮影させて頂いてます。埼玉県からお越し下さいます。幼い頃から、本が好きと撮影のたびに僕に話してくれた琴子ちゃん。読みたい物語がまだまだ沢山あると思うと、これからが楽しみとも話してくれた。そんな琴子ちゃん目線の書評を毎月2回、依頼しています。


33ページ

オオバンは、水辺(川、池)で1年中見れる鳥です。

数が多い時だと50羽以上になることもあります。

他のカモと違って額板(がくいた)というくちばしから頭にかけてある、

羽毛のない白い部分があるのが特ちょうです。

もぐって水草や水生昆虫を捕ります。

「キョッキョッ」と高い声で鳴きます。

飛び立つ時は水面を走るように助走してから飛び立ちます。

オオバンに似ている「バン」という鳥はくちばしと額板が赤いので見分けられます。

おもしろいと思ったことは、若鳥と成鳥では額板の大きさが違うことです。

成鳥は大きくて、若鳥は小さいです。

見つけた時は大きさを比べてみてください。

ここでクイズです。

オオバンのように助走をしなければ飛べない水鳥はこの中のどれでしょう。

1. ハクセキレイ

2. カルガモ

3. カワウ

4. コサギなどのサギ類

5. カワセミ

最後に前回のクイズの答えを発表します。

正解は、

4. の10万羽でした。 

絵・文/ 中野響

お姉ちゃんとひーくんが生まれる前の、2005年10月から撮影をさせて頂いてます。今も2~3年に1回は必ず、スタジオや城陽のご自宅で撮ってます。小学6年生になったひーくんは、この前の撮影の時に鳥に魅せられていると話してくれた。それが小学生レベルの鳥好きの話ではなく、僕からすればもう学者レベル。しかも視点がユーモラスなのでこれはスゴイ!是非、図鑑を作ろうと盛り上がり、WEBという形で毎月2回、発表してもらっています。


コラム「偉大なる社長さん」


 スツールのコラムをご覧の皆さま、お元気ですか?猛暑日や大雨の日があり体調を整えることが難しいですね~。私たち川瀬家は、先日コロナワクチン接種を終えました。2回目は夫婦ともに、副反応の発熱と倦怠感でダウン・・。ダウンしたその日がスツールのコラムの締め切り日でした。とてもじゃないがパソコンの画面に向かってコラムを作れるような状態ではなかったので、無理を言って休載させていただきました。

今回のコラムは、男性で80歳代の元橋さん(仮名)です。
この方は、脳梗塞の影響で右半身の麻痺があり、右手と右足はほとんど動きません。失語症もあるので話すことができず、相手の話す内容も長文を理解することは難しい状態です。
元橋さん、病気になる前は実業家でした。
元橋さんは学校を出てすぐに、洋服屋さんに丁稚奉公されました。そこでの生活は苦しく、修行中であり丁稚奉公の中でも一番下っ端でした。まだまだ成長期の少年時代でしたのでいつも空腹でしたが、食事も十分にはない生活だったそう。その洋服屋さんには犬がいたのですが、その世話も元橋さんがしていました。犬の餌を作るのも元橋さんの仕事でしたが、あまりの空腹に毎食少しづつ犬のえさを自分の胃袋に入れていました。すると、犬が少しずつ痩せていき栄養失調状態になり、親方に大層怒られたそうです。
その後、仕立て屋として独立。当時としてはかなり珍しかった、低価格のオーダーメードスーツ屋さんも始められました。京都・兵庫で3店舗を出店します。そして、携帯電話の取り扱いもされるようになり、京都府下で3店舗出店。一番最近では、ソーラー事業も立ち上げられました。3つの事業とも今では当たり前にあるような事業ですが、当時は大変珍しいものばかりでした。
私が思うに元橋さんは先見の明があり、これからの世の中のことを常に考えていて、何が必要になってくるかを判断し、そしてそれを、凄まじい行動力でやりとげる力がある方なんだなと思っています。
事業だけでなく、町おこしのイベント等も色々と発案されていて、京丹波町で行われているマラソン大会や、園部町で月1回行われていた軽トラ市(軽トラがたくさん集まってイベントや販売を行う)もそうです。
今でこそ会社も大きくなり、従業員も60人以上いて大成功しているように思いますが、何度も辞めようと思ったことがあったそうです。特にスーツ屋さんは大変で、ある支店の売り上げが悪く銀行からの借金もかさみ、会社の重役会議で支店を閉めようと決まったそう。元橋さんは、これでゆっくりと眠れると思ったそうですが、翌日従業員総出で「社長もう一回頑張りましょう!」と言われたとか。優しい元橋さんはアカンとは言えなかったそうです。
元橋さんには3人の息子さんがおられます。お孫さんは5人おられます。
病気になる少し前、社長職を辞めて会長職になられました。社長は長男に譲られ、次男・三男が各事業の責任者をしておられます。そして、それぞれの事業が成長しています。これはやっぱり、元橋さんがすごかったのだと思います。
次男さんが私に言われたことがあります。「まだ、会社が小さかったころ、会社兼自宅で生活していて親父が仕事している姿を見ながら生活していました。だから子供たちは皆、父親の仕事を尊敬していたし、跡を継ぐことに迷いがなかったんだと思います。」と。

元橋さんは負けず嫌いでもありました。普段家では車いすで生活されていましたが、Sukkuでは杖を使ってゆっくりですが、歩いて移動していました。トレーニングに対しても積極的で、「元橋さん、そろそろ休憩しましょう!」と言わない限り、休まず頑張る方でした。周りの利用者さんも元橋さんを見て「あの人よく頑張らはるなー!私も負けんと頑張ろう!」とよく言っておられました。失語症の影響で話をすることはできないですが、頑張る姿で周りに影響を与える方で、その存在感はまさに、偉大な社長の姿でした。
そんな元橋さんも、昨年お亡くなりになりました。
お通夜に行かせていただきましが、息子さん3人が並んでいて参列者に挨拶をされていました。この時の光景を見て私は「3本の矢の教え」を思い出しました。
先に逝かれた奥さんと一緒に、天国から逞しい息子さんたちを見て安心されているだろうなぁと思いました。(おしまい)

次回コラム「96歳!奇跡の復活!!」

写真・文/ 川瀬啓介・未央

Sukku 川瀬啓介 / 未央 (理学療法士・鍼灸師 / 鍼灸師)
〒622-0002 京都府南丹市園部町美園町4-16-38

TEL 0771-62-0005

2017年から京都の南丹市でリハビリを中心としたデイサービスをしています。利用者さんと過ごす時間は、笑い声と涙が入り混じる賑やかな毎日です。そんなささやかな日常、会話から気付かされること、そして個性派揃いのスタッフについて…色々な事を綴っています。

2011年11月からのお付き合い。楓くん・緑くんが生まれる前から撮影をさせて頂いていて、今も1年に1回は必ずスタジオ撮影にお越し下さいます。Sukkuというデイサービスの屋号は、佳代が名付けさせて頂きました。飾らない温かさ、自分の好きが明快で、歯切れがよい。けれど、流れる時間はゆっくり。そんなお二人の人柄が大好きで、バランスを崩した時には体を診てもらおうと決めているから安心です。笑いと涙のデイサービスの日々を毎月2回、綴ってもらってます。

お客さんのコラム8/10版

前回の盆踊りについてもう少し話したいことがある。

それは踊っている高齢者は元気である、ということなのだ。

80歳を過ぎた踊りの先生が、一度ランニングマン(時代を感じるが、昔MCハマーというラッパーが踊っていたHIPHOPのダンスの一種である)のような動きを披露されたことがある。

それ、ランニングマンやん、先生!と心の中で叫んだ。

先生の口から「リズムを感じてほしいねん」「音を聴いて踊ってほしい」「ノリが大事」

と言った、HIPHOPアーティストが使いそうなワードが次々に繰り出す。

日舞の先生が、である。

だからこの先生を好きなのだ、と思った。

わたしが盆踊りにハマったのはパッションでしかない。好き、これだけで踊っている。

そのパッションを、先生にも感じるのだ。

一度先生に踊りの道に行かれた経緯をお聞きしたことがある。それまで趣味で創作ダンスをしていて、子どもの手が離れてきたのをきっかけに、きちんと踊りを学びたいと日舞の門を叩いたという。

創作ダンス。高校時代のわたしではないか。

先生とは約四十歳ほど歳の差があるが、踊りへの飽くなき探究心、根っからの踊り好きといった面では何か通じ合うものがある。

年齢もバラバラ、どんな人生を歩んできたのかわからない同士が、輪になって踊りを踊る。

ひとりで踊っても楽しくない。みんなと踊るから楽しいのである。楽しいと笑う。

だから踊っている人は元気なのだ。

絵・文/ 岸岡洋子

23期スツールフィルムカメラスクール(S.F.C.S)の生徒さん。5回の教室の間ずっと、ターバンを巻いてくる岸岡さんを見ていて、この人いかしてるなぁ。ハッハーン、きっとただ者ではないんだろう。アラブ方面のどこかで長ーく暮らしていて、きっと身についた風習なんだ、だからなんだ!と、身勝手に納得感を得ようと在り来たりな空想をしていたのをよく憶えている。


 はあ……暑い。もうこんな一言しか出ませんね。みなさんこの2週間、どう過ごされてされていたでしょうか?
 わたしはオリンピックは全く見ない、しずかな毎日でした。そして、愛猫ももと、去年の今頃は大病したけど今年は元気でよかったねえ、と語り合ったり、終わりの見えないコロナのことを案じたり……。いろんな思いがゆきかった日々でした。ただわたしは、今日も一日機嫌よくしていよう、ということを、日々の大命題にしていますので、またまたいろいろなことをしていました。

 前回も書いた、カラスのトマト襲撃事件。賢いカラスには、わたしの仕掛けたテグスなど、なんの問題もなかったようです。カラスはテグスの下をくぐりぬけ、地面をトコトコ歩いてきて、下からトマトをツンツン……。
 ほぼ10対6(わたしが10、カラスが6)というところで、わたしは思ったのです、もうカラスと半分こでいいや、と。するとどうでしょう、毎日ストレスだったこのことが、もうなんでもなくなり、心が軽くなったのです!
 ただわたしはいま少し考え、ある方法を思いつきました。それでカラスはあきらめたのです! 道具は何もなし……。それはただ、カラスより早起きするだけ。カラスがお山の寝ぐらから出てくる前に、トマトを収穫してしまうのです。トマトはまだ少し青いけれど、追熟すれば真っ赤になるから大丈夫。いかがです? カラスとの知恵比べのこの成果。でもカラスにもだいぶん分けてあげたから、いいですよね。

 さて、暢気な話はこれくらいにして、今日ご紹介する本は……

『ケアとは何か』(副題:看護・福祉で大事なこと)
 村上靖彦 中公新書

 著者、村上靖彦さんは、精神病理学・分析学が専門。この本では、医療・福祉現場における対人援助職にある人々(ケアラー)の語りに耳を傾け、彼らがその実践の場で見聞きし学んだことのエッセンスを、つづっておられます。
 といっても、決して専門的な話ばかりではなく、子育て、介護など、わたしたちのふだんの生活におけるケアの場面にも通ずる語りで、大いに学びになる本だと思いました。

 病や障害などの支援を必要とする人は、弱っている人、困っている人です。彼らは多くの場合、孤立しています。彼らのサインをどうやって受け取るか。受け取った思いをどう実現していくか。ケアの目的は「生の肯定」です。どうしようもない苦しみからなお、生の肯定へとつないでいく。ではどうやって? それがこの本の主題です。そしてゴールは、ただ支援者が当事者の苦痛を緩和したり、身の回りの世話をすることだけではありません。苦しみの当事者が、自分の力を発揮しながら生き抜き、自分の願いにそって行為することなのです。

 そのゴールに向かって、ケアの現場では、「生を肯定する」「出会いの場をつくる」「小さな願いごとを大切にする」「落ち着ける場所を持つ」「仲間をつくる」、といった、シンプルでかつたいせつな主題をめぐって、さまざまな試みが繰り返されます。

 ある看護師の体験をご紹介しましょう。
 彼女の病院に、クモ膜下出血の男性が運びこまれます。もう意識はありません。彼は地方から出稼ぎに来ていました。遠い地からかけつけた妻は、夫から切り離され、慣れ親しんだ地域からも離れて、孤立して病院の廊下でぽつんと寂しそうに座っていました。そこへかの看護師が通りかかり、声をかけます。

「『旦那さん、今、なんて言うと思います?』とか、そんなふうな言葉がけをして、『しっかりするようにってたぶん、言うと思います』とか、そんな話をしているなかで(……)ちょっと準備ができているなと思ったので、『こうやって背中に手を入れて、ぎゅって抱き締めたりできるんですよ』って言って。そんなふうなのしてもらって、ふっと患者さん見たときに笑っていたんですよ」

 この看護師の声かけは、突然断ち切られてしまった夫婦の関係性に出会いの場を探り、つながりを回復させました。看護師は、孤立していた妻の言葉に、夫との別れに向き合う覚悟を感じ取り、最後の出会いの場を用意しました。このときこの看護師は、単なる医療従事者ではなく、この妻に寄り添い、そばに居る、真の仲間になっていたのです。

 病や死は逆戻りができないことです。人のさまざまな苦しみも簡単には解決できません。それでもなお、寄り添いつづけ、耳を傾け、ただそばに居る、それがほんとうのケアラーの存在でしょう。

 わたしたちの身の回りも見回してみてください。あの人、この人、動物たち、植物たち。なじみのお店屋さん、公園、本屋さん、散歩道。わたしたちを日々ケアしてくれているものの存在に気づきます。そして、そこに「わたしが居る」ことで、その場をわたしもケアしているのではないでしょうか。みなさん、この苦しい不条理な日々を、いっしょに乗り切っていきましょう。

写真・文/ 中務秀子

2018年・第27期のフィルムカメラ教室の生徒さんとして、お付き合いが始まりました。今もフィルムカメラを続けてらして、二眼レフカメラにも挑戦中。デコさんは本好き、映画好き、芸術好き、お話好き。いわば “ 忙しいひまじん ” です。とても自由で全然気取ってない表現に親近感を覚えさせてくれる先輩です。そして心友になりました。


『図書室で暮らしたい』辻村深月

地元の温泉で出された、キンキンに冷えたコーラ。

小学生のころ、いとこから教わりショックを受けた『ジョジョ』。

直木賞受賞が決まった翌日、保育園からの帰り道。

世界をきれいに彩る、辻村深月の好きなものー。

私の大好きな辻村さんのエッセイを紹介します。

みなさんの好きなものはなんですか?

大好きな、大切なものはありますか?

この本に描かれた辻村さんの「好き」は、読むとしあわせになるような、ニコニコしてしまうような、自分の世界にまできらめきを与えてくれるものばかりです。

子ども時代の辻村さんと同じく、本やマンガ、アニメ、映画たちが、ものすごく好きな私だからかもしれませんが、

「そうそう、わかる!」ことばかり。

帯にある「辻村深月の“好き”は知ったら戻れない! 読むと世界がきらめくエッセイ集」

という言葉が、そのとおりだと思いました。

ミナペルホネンの皆川明さんのイラスト(文庫版)にふちどられた、

本や子育てやもろもろの“辻村ワールド”にふれてみませんか?

文・写真/ 木下琴子

2006年3月からのお付き合い。琴子ちゃんが生まれる前から撮影をさせて頂いてます。小学6年生になった今も記念日ごとには必ず、スタジオやお好きなロケ場所で撮影させて頂いてます。埼玉県からお越し下さいます。幼い頃から、本が好きと撮影のたびに僕に話してくれた琴子ちゃん。読みたい物語がまだまだ沢山あると思うと、これからが楽しみとも話してくれた。そんな琴子ちゃん目線の書評を毎月2回、依頼しています。


32ページ

アオジは、山の中や林で出会える野鳥です。

植物園などで見られることもあります。

春から夏は、高原などで「チョッ ピーチョッ ピリリィ」とさえずる姿が見られます。

秋から冬はやぶの中にかくれていることが多いです。

ときどきやぶの中から「チッチッ」と鳴きます。

スズメみたいにはねて地面にいる虫や植物の種子を食べます。

じっとしていると近くまで寄って来ることもあります。

なので、その寄って来てくれる姿がかわいいことから「児」をつけて青児という名前になったそうです。

クロジ(黒児)という鳥もアオジのようにかわいいので「児」がつけられました。

ちなみにアオジのように緑色の鳥でも、「アオ」とつけられる鳥も多いです。

おもしろいと思ったことは、アオジのオスは大人になると目の先が黒くなっていくことです。

なので、人相が悪そうに見えると言われがちです。

ここでクイズです。

まめちしきに「アオジは日本で1番足輪がつけられている鳥」と書いたけど1年に大体何羽くらいつけているでしょう。

1.  1000羽~5000羽

2. 5000羽~10000羽

3. 10000羽~15000羽

4. 10万羽

5. 15万羽以上

正解は次の鳥図かんで発表します。

絵・文/ 中野響


お姉ちゃんとひーくんが生まれる前の、2005年10月から撮影をさせて頂いてます。今も2~3年に1回は必ず、スタジオや城陽のご自宅で撮ってます。小学6年生になったひーくんは、この前の撮影の時に鳥に魅せられていると話してくれた。それが小学生レベルの鳥好きの話ではなく、僕からすればもう学者レベル。しかも視点がユーモラスなのでこれはスゴイ!是非、図鑑を作ろうと盛り上がり、WEBという形で毎月2回、発表してもらっています。


今号はお休みです。

お客さんのコラム7/25版

高校時代、運動はまったくダメなのに、なぜだか体育のダンスだけは得意だった。

創作ダンスにおいては、考えなくてもスラスラと振りが出てきて、人前に出ることが苦手なくせに、踊ってれば堂々と表現できた。

自分でも謎だった。

大人になってから、いわゆる踊りを習いたくて、フラやベリーダンス、アフリカンダンスなどの門をたたくも、いつもピンとこないのである。

しかし4、5年前に長岡天満宮の夏祭で江州音頭を踊ってから、雷に打たれたように身体中に電流が走った。

唄い手の声、太鼓、リズムに、細胞という細胞が、プチプチと音をたてて歓喜している。

これはもう、日本人の血が騒いだとしか言い様がない。

でもこれが踊るということの、原点かもしれない。

小さな子供は、音さえあれば勝手に踊り出すし、楽しいから踊るのだ。

そこにうまく踊ろうという概念はない。

ターバンを巻き、エスニック柄のワンピースという、めでたい格好で、息子の着替えなどが入ったパンパンのリュックを背負い、我を忘れて二時間ぶっ通しで踊っていた。

その現場は知り合いのママさん数人に目撃されており、後で「なんかすごかったので、声かけられなかった」と皆口を揃える。

その後高揚感冷めぬうちに、盆踊り保存会の門をたたいたというわけだ。

諸先輩方にパッションこもったご指導いただいて、少しはましな踊りになってきただろうか。

踊りの先生は80歳を過ぎても、踊りへの情熱は誰よりも熱く、元気でエネルギーが高く、驚愕する。

わたしと先生の共通点は、「踊ることがめちゃくちゃ好き」ということだった。

絵・文/ 岸岡洋子

23期スツールフィルムカメラスクール(S.F.C.S)の生徒さん。5回の教室の間ずっと、ターバンを巻いてくる岸岡さんを見ていて、この人いかしてるなぁ。ハッハーン、きっとただ者ではないんだろう。アラブ方面のどこかで長ーく暮らしていて、きっと身についた風習なんだ、だからなんだ!と、身勝手に納得感を得ようと在り来たりな空想をしていたのをよく憶えている。


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 カワウは、池や川で1年中見れるけっこう身近な鳥です。

最近では都市部の公園の池にも姿を現すようになっています。

前に紹介した「アオサギ」(NO,29)と同じように※コロニーを作ってはんしょくします。

でも、滋賀県の琵琶湖の竹生島ではコロニーが増えすぎてしまい、くじょされてしまうこともあります。

はんしょく期のオスは、頭の後ろが白くなります。

はんしょく羽は、春から夏にかけてよく見ることができます。

よくもぐってエビや小魚を捕えます。

水から出て来た後、つばさをひろげて羽をかわかすところが見られます。

カワウの羽はもぐった時、浮かないよう水になじみやすい羽になっていてかわきにくいため、つばさをひろげてかわかします。

ちなみに、長良川(岐阜市)などで有名な「鵜飼」の鶏はカフウではなく、「ウミウ」です。

カワウは木にとまれて、ウミウはとまれません。

最後に前回のクイズの答えを発表します。

正解は、

4.のヤマバトでした。

※ はんしょく期に決まった場所でたくさん巣を作ってはんしょくする行動。

カワウなどの鳥たちは同じ場所でフンをすることが多いので岩や木がフンで白くなっているのを見つけると鳥の行動が分かりやすくなると思います。

絵・文/ 中野響

お姉ちゃんとひーくんが生まれる前の、2005年10月から撮影をさせて頂いてます。今も2~3年に1回は必ず、スタジオや城陽のご自宅で撮ってます。小学6年生になったひーくんは、この前の撮影の時に鳥に魅せられていると話してくれた。それが小学生レベルの鳥好きの話ではなく、僕からすればもう学者レベル。しかも視点がユーモラスなのでこれはスゴイ!是非、図鑑を作ろうと盛り上がり、WEBという形で毎月2回、発表してもらっています。


 梅雨が明けたとたんに激しい暑さに……。みなさん、いかがお過ごしでしょう。軟弱者のわたしは、暑いのも寒いのも苦手、なのですが、今年はそれが大きく変わりました。夏が好きになったのです。理由はふたつ。

 一つ目は、プランター菜園の野菜たちです。毎日、きゅうり、トマト、なす、枝豆がすくすく育ち、実を結び、食卓をにぎわわせてくれています。形はよくないけれど、香りが高く、とにかくおいしい! こないだ、せっかく赤く熟れたトマトをカラスに食べられてしまったのですが、テグスを張って必死に防戦。何かが羽にすこしでも触れるのを嫌う、カラスの習性を利用した方法です。体ごと引っかかって動けなくなることはないようで、そこは安心していいようで、ほっとしています。

 それから、メダカ。前回お知らせしたメダカの卵は、無事続々と孵化し、いまたくさんの稚魚たちが育っています。いっぱい生まれすぎて、そのうちメダカのマンションがいるかも~と思ったり。
 こうして、夏は生命の季節なのだなあと気づき、とても愛しくなりました。

 それからもう一つのわけは、この美しい夏の朝です。
 わたしは夜明けとともに起きます。今なら4時半過ぎると、もう空は明るみはじめます。その時間、空気はまだひんやりと澄んでいて、生命は眠たそう。次第に早起きの鳥たちがちちちち、と囀りはじめ、日が昇るにつれ、やかまし屋の蝉の大合唱が湧き起こります。そして、8時を過ぎるともう暑い……。わたしにとって、夜明けのこの数時間の清々しさは、気候変動やその他の問題をいっとき忘れさせてくれる、この上なくしあわせな時間になっています。

 さて、本の紹介よりお昼寝の方がよさそうですが、せっかくなのでこの1冊を。

 『サボる哲学』 
  栗原康 NHK出版新書

 著者、栗原康さんは、アナキストを名乗ってらっしゃいます。なんだかものものしい響きですよねえ。また、その文章のスタイルはなかなか奇天烈で、これまで何冊も、出された本が話題になっていましたが、わたしは読めないでいました。ところが、本屋さんで手に取ったこの本は、あ、いける、と思ったのです。それは、こんな一節があったから。

「アナキズムとは何か。一般的には『無政府主義』という訳語でしられていると思う。むろんそれもまちがってはいないのだが、語源をさかのぼれば、アナキズムはギリシャ語の『アナルコス』からきていて『無支配』という意味だ。それに『イズム』をつけて『無支配主義』。支配されたくない、それだけだ。」

 わたしたちにはいったいどんな支配があるでしょう。会社、学校、病院、家庭、宗教……そこには、秩序のために守らなければならないルールがあります。もちろんそれは必要なのだけれど、ときに行きすぎたルールは支配になってはいまいか。格差の助長や服従になってはいないか。

 現代のように、先の見えないさまざまな不安のある時代になると、より強いものに従いたくなる心理が働きます。不安をあおられ、コントロールされ、休んではいけない、遅れてはならない、少しでも上を目指せ、がんばれ、がんばれ。あるいは、まわりを気にして、気遅れして、やりたいこともやらない。またもし仮に、お金にならないとわかっているのに、やりたいことしかやろうとしないと、まわりから、何やってんだ! と叱られる……。

 著者は「サボる」という表現を使いますが、このような状態に対して、とにかく服従することをやめて、「自分の思った通りに動いてみよ」と言っているようです。

「(何かをはじめれば、)自分の身体がいつどこでどんなふうに変化していくかわからない。その力がいつどこでどんなふうに跳躍するかもわからない。だが、わたしの意思とは関係なく目的意識をとびこえて、わたしは必ずそこへむかってしまう。(……)あなたの震えがそうさせる。そうさせてやまないのだ。未知との出会い。事件に遭遇。共鳴する身体だ。」

 こうして生まれた震えは、力の流れになって、外へ広がっていきます。行き先は不明。でもその可能性は「生の拡充」だ、と著者は書きます。だれのためでもない、なんのためでもない、だれにも支配されない生の喜びだ、と。それは別に大それたものでなくてもいいのです。目の前に倒れた人がいれば思わず助け起こすような、無意識の動き。著者も、病気で行き倒れた野良猫を、近所の人たちと協力して、治療費も出し合って、なんとか命を助けたという経験を語っています。そんなささやかなことからでもいいのです。

 要は、おとなしく服従しないで、自分で考え、自分でやろうと思うことをやろう。そうシンプルに語りかけているのが本書の要諦ではないかと、わたしは読みました。支配についての、古代から現代までの歴史的な経緯、構造など、意外なほどに深いところまで興味深く解説してあるところも、なかなか読み応えがありました。

「人生は決して、予め定められた、即ちちゃんと出来上がった一冊の本ではない。各人が其処へ一字一字書いて行く、白紙の本だ。人間が生きて行く其事が即ち人生なのだ。」

 著者の引用するアナキスト大杉栄の言葉です。盛夏、ギラギラした光を避けて、ごろごろ寝転びながら、こんな本を読むのもいいかもしれません。どうぞ楽しんでみてください。

写真・文/ 中務秀子

2018年・第27期のフィルムカメラ教室の生徒さんとして、お付き合いが始まりました。今もフィルムカメラを続けてらして、二眼レフカメラにも挑戦中。デコさんは本好き、映画好き、芸術好き、お話好き。いわば “ 忙しいひまじん ” です。とても自由で全然気取ってない表現に親近感を覚えさせてくれる先輩です。そして心友になりました。


「わいるどらいふっ!」シリーズ 一日一種

日本の野生生物の生態をゆるーい四コママンガで解説した本です。

ウグイスの鳴き方の真実、鳥たちも真似するツクツクボウシの声、ハンサムなカエルといわれるアズマヒキガエルなどなど….

知らなかった生き物たちの生態が、かわいいイラストでゆるく描かれています。

私が好きなのは、2巻の「鳥たちは桜が好き(その1~その3)」です。

さて、ではここでクイズ!!

池に生える「たけのこ」とは何でしょう?

ヒントは、一種につき2パターンのたけのこがあること。

気になる方は、『わいるどらいふっ!』2で!

ぜひ手にとってみてくださいね。

文・写真/ 木下琴子

2006年3月からのお付き合い。琴子ちゃんが生まれる前から撮影をさせて頂いてます。小学6年生になった今も記念日ごとには必ず、スタジオやお好きなロケ場所で撮影させて頂いてます。埼玉県からお越し下さいます。幼い頃から、本が好きと撮影のたびに僕に話してくれた琴子ちゃん。読みたい物語がまだまだ沢山あると思うと、これからが楽しみとも話してくれた。そんな琴子ちゃん目線の書評を毎月2回、依頼しています。


コラム「母子ともに健康です」

 毎日暑い日が続いています。スツールのホームページをご覧の皆さま、体調崩していませんか?私はこの暑さに負けないように、何かを始めようと決めました。
それは、スケボーです。
男性なら10代の頃に一度はしてみたいと思った事ありませんか?私はありました。しかし、高校生の時は他のスポーツをしていたこともありトライしませんでした。子供が小学校に入り色々と新しいことにトライしている姿を見ていると、自分もなにか新しいことをしてみたいと思いました。そこで始めたことがスケボーです。私は41歳です。何か新しい事を始めるにしても遅いことはない。そんな思いで始めました。初心者で、先生もいませんが・・ですが今はインターネットがあります。動画でスケボーの練習方法などを学習して練習しています。私の練習している姿を見ていた子供たちも、スケボーを始めました。
今はだれがうまく乗れるか?で競争しています。私の今の目標は、スケボーに乗って近所のスーパーに買い物に行くことです。さっ、今日も練習や!

 Sukkuの営業は、月曜日から金曜日までが介護保険でのデイサービスを開設。土曜日の午前中は、トレーニングジムとして一般の方に開放しています。今は40歳代から80歳代までの方が利用されてます。健康増進を目的としている方から姿勢を治したい方、痛みを抑えたい方など様々です。親子で利用している方もおられます。
今回紹介する方は片野さん(仮名)親子です。
最初の出会いは娘さんでした。娘さんが勤務されている会社の社長さんが病気になり、Sukkuを利用されていました。。その時、社長のリハビリの見学に何度か来られていました。そんなある日、娘さんがふと1人でSukkuに来られたのです。
聞けば私に相談があるとのこと。「母が急に足を痛がって、歩く事が難しくなってきました。病院でリハビリを受けているのですが・・何とかなりませんか?」という内容でした。こういうご相談は時々あります。
そして後日、片野さんはSukkuにお母さんを連れてきてくださいました。
お母さんは杖を使い、右足を引きずりながら歩いて来られました。色々と話しを聞いていると「つい2、3か月前までは自転車に乗って色々なところへ出かけていたけれど、右膝に痛みが出て急に歩けなくなりました。病院でリハビリを受けているけど、痛みが強いしとても歩きにくいんです。」
それを聞いて早速身体を触ってみると、右股関節の動きがとても悪かったのです。本人は膝の上が痛いと思っていましたが、実際は股関節が原因でした。
早速股関節を柔らかくする運動をしたり、左右の筋力を測定したりと1時間半ほどかけて治療を行いました。すると、「少し楽になった。」とおっしゃりました。
私が治療をしていて「少し楽になった」という言葉を患者さんから聞いたときは、その治療は上手くいってないと感じています。目を輝かせて嬉しそうに「身体が違う!」と言われたときは成功です。そして、実際に動作がスムーズになったことを確認したら自分も納得できます。片野さんはそれを感じませんでした。
翌週にもう一度来ていただきましたが股関節の動きや痛みは変わらず、歩きにくさはむしろ悪くなっているように感じました。こんな時、私は正直に言います。「これは、リハビリで良くなるレベルではありません。病院で医師に診察を受けて、手術も検討した方が良いです。」と。片野さんの場合は娘さんも同席されていたのですぐに伝えることが出来ました。
早速、私が以前勤務していた病院で整形外科医に診察してもらうと、やはり以前よりも股関節の変形が進行していることが判明しました。そして入院、手術をすることが決まったのです。本人も娘さんも落胆されていました。私も自分の手で何とかしたいと言う思いもありましたが、いたずらに長引かせることも良くないので「大丈夫!手術を受けたらかなり良くなるから!」と伝えました。
当初は京都市内の病院での手術を考えておられましたが、私は近くの病院を勧めました。80歳前の片野さんの事を考えると、家の近くの病院で手術を受けてそのあとのフォローもその病院でしてもらった方がなにかと相談しやすいと思ったからです。(手術は遠くの病院で、診察は近くの病院で。だとなかなか医師も経過が分からないのが本音だと思います。)そして約2か月間の入院の間に介護保険を申請され、退院後はSukkuのデイサービスを利用されることになりました。
私は退院後の片野さんに会った時、確信しました。手術、その後の病院でのリハビリもばっちりだったと。Sukkuを利用して1、2か月は杖をついておられましたが、それ以降は杖なしで歩けるようになりました。今では小走りも出来るようになり、Sukkuまで歩いて15分かけて自分で来られるようになりました。本当に手術を勧めて良かったと思います。
そして、最近は娘さんがジムの利用を開始されました。出会った時から娘さんはかなりの体重オーバー気味・・膝が痛くなったので土曜日に運動に来ます!と宣言して週1回のジムの日に来られています。娘さんもお母さん同様頑張り屋さんなので、誰よりも汗をかいて運動に取り組んでおられます。しかし、普段の不摂生が邪魔をしてなかなか体重は減らないようです。そのたびに私は言います。「お母さんはリハビリの効果が出ているんだから、娘さんも出来る!」と。
最初お母さんは痛くて痛くて動けませんでしたが、今ではほぼ完治。娘さんも汗をかきながら運動して、家庭も仕事も大事にしながら生活されています。
私は毎週二人を見るたびに思います。
これでしばらく、片野家は母子ともに健康だと。 (おしまい)

次回のコラムは、「偉大なる社長さん」

写真・文/ 川瀬啓介・未央

Sukku 川瀬啓介 / 未央 (理学療法士・鍼灸師 / 鍼灸師)
〒622-0002 京都府南丹市園部町美園町4-16-38

TEL 0771-62-0005

2017年から京都の南丹市でリハビリを中心としたデイサービスをしています。利用者さんと過ごす時間は、笑い声と涙が入り混じる賑やかな毎日です。そんなささやかな日常、会話から気付かされること、そして個性派揃いのスタッフについて…色々な事を綴っています。

2011年11月からのお付き合い。楓くん・緑くんが生まれる前から撮影をさせて頂いていて、今も1年に1回は必ずスタジオ撮影にお越し下さいます。Sukkuというデイサービスの屋号は、佳代が名付けさせて頂きました。飾らない温かさ、自分の好きが明快で、歯切れがよい。けれど、流れる時間はゆっくり。そんなお二人の人柄が大好きで、バランスを崩した時には体を診てもらおうと決めているから安心です。笑いと涙のデイサービスの日々を毎月2回、綴ってもらってます。

お客さんのコラム7/10版

産後、血眼でお気に入りのターバンを探し求めたあとは、文化的なものに枯渇していた。

以前一人暮らしをしていたアパートの周辺には、カフェ、喫茶店、ギャラリー、レコード屋、雑貨屋などが軒を連ね、時間が空くと友人の店などを尋ねたり、おいしい珈琲を飲みながら、いい音楽を聞き、お店の人と会話するというのが、日常のほっとする時間だった。

しかし引っ越してから周辺には田んぼと畑と山しかない。

ベビーカーを押しながら何度も空を仰ぎ、白目をむいた。

ああ、どうか、文化、文化を、、

そんなある日、義母から「ジャズ喫茶行ってきたで。革張りのソファでゆったりできてなあ、ええかんじやったわ」と情報を入手する。

ジャズ?喫茶店?革張りのソファー!

胸が高鳴る。

気づくと抱っこ紐でバスに飛び乗り、電車に乗り継いで、そのジャズ喫茶へ目掛けて鼻息荒く向かっていた。

最寄りの駅で下車したものの、店の方角がいまいちわからない。

少し歩き、魚屋のおやじに道を尋ねてみる。

おやじは絵に描いたように、額にねじり鉢巻をしていた。

「あの、◯◯っていうジャズ喫茶を探しているんですが、、」

「え?ジャズ喫茶?!方向はあっち側だよ。でもあんた、そんな赤ちゃん連れてジャズ喫茶行くのお?!」

おやじは眉を八の字にしている。

わたしは盤石たる想いで「はい」と首を縦に振ると、おやじの眉はやはり八の字のままだった。

おやじに礼をして、真っ直ぐにジャズ喫茶へ向かった。

薄暗い店内、ランチタイム後だったからか人はまばら、全席ゆったりとした革張りのソファー、そして流れるジャズ、、

胸の高鳴りを抑えながら、席に着く。

グレープフルーツジュースを頼み、広々としたソファーに息子をごろんと寝かせる。

息子は物珍しそうに手足をばたばたさせて、店内を見渡していた。

何も考えずに、店の空気感を感じ、ジュースを飲み干して、店を出る。

滞在時間30分ほどであったが、心はすっかり満たされていた。

しかし息子が歩きだすと、文化はあるけど騒々しい街中を次第に避けるようになっていった。

田んぼや、畑や山がある方が子供も大人ものびのび動けるからだ。

もう今は空を見上げても、白目はむかない。

絵・文/ 岸岡洋子

23期スツールフィルムカメラスクール(S.F.C.S)の生徒さん。5回の教室の間ずっと、ターバンを巻いてくる岸岡さんを見ていて、この人いかしてるなぁ。ハッハーン、きっとただ者ではないんだろう。アラブ方面のどこかで長ーく暮らしていて、きっと身についた風習なんだ、だからなんだ!と、身勝手に納得感を得ようと在り来たりな空想をしていたのをよく憶えている。


 梅雨も後半。先日はものすごい雨が降りましたね(被災地域のみなさん、お見舞い申し上げます)。わたしの住むあたりも夜通し警報が鳴り続け、近隣にも避難指示が出されました。翌日早く、朝の光がさしてくると、心の底からほっとしたものです。

 早速、家のまわりを見て回りました。あちこち泥はねはしていたものの、どこも無事。ところがふと見ると、水鉢のメダカたちの様子がすこし変なのです。体の色が赤っぽく変わっている? お腹の下にはなにやら黄色いかたまりが……。あ! 卵だ!
 コブタたち(…孫です 笑)のパパ(つまり息子です)がメダカにどはまりしていまして、4月に稚魚をくれたのですが、それが育ってもう親に! ええ~なんて早い!
 そこで、親メダカを網ですくって、お腹を指でさすって卵を取りわけました。卵は意外に固く、つまんだくらいではつぶれません。これを別の容器に入れて育てます。そうしないと、せまい水鉢のなかでは大きいメダカに食べられてしまうのです。卵は10日くらいで孵化するのですが、さてどうなるでしょう、生まれるかな? 楽しみ楽しみ、です。

 コロナ禍のあいだ、みんなほんとうに苦しい状況になりました。わたしにもつらいことはありました。でもそんな中、わたしにとってよかったのは、時間がたっぷりできたことです。もともと好きだった猫や読書や植物や写真にくわえ、編み物、野菜づくり、メダカ……。どれも決して大きなことではありません。けれど、小さなことの積み重ねで、日々よろこびをみつける時間を手に入れました。出かけられない、人に会えない不自由を、時間といううれしい自由に変えたのです。

 けれどもただひとつ、残念なことがあります。それは……大好きな映画館に行けないこと。もちろん、行こうと思えば行けるのです。が、体が丈夫でなく、去年5つも病気をしたわたしは、できればたくさん人が集まるところは行かない方がいい……。
 また、映画は家でも観られます。が、やはり映画館で観るのは格別なのです。それは、行き帰りをするということ。家を出て、映画館に着くまでのあいだの高揚感。暗い上映室に入って待つ時間。まっくらな中、どこか遠い別の世界にさらわれていくような、物語に浸り切る深い感覚。そして、観終わったあと、夢遊病者のようにふらふらと家路につく時間……。このような、行って帰る感覚は、ほとんど映画館でしか味わうことができません。

 ワクチンが打てたら行こう、と今は思っていますが、さいわいにも先日、その代わりになる、いやそれ以上に素晴らしいとも言える、すっかり別世界へ連れて行ってくれる本に出逢えました。

『中国・アメリカ 謎SF』
 柴田元幸・小島敬太編訳 白水社

 これは、過去にほぼ未紹介の作家たちのSF短編アンソロジー集です。アメリカの作品を柴田元幸さんが、中国の作品を小島敬太さんが訳しています。SFというと流行色、エンターテインメント色が強いものも数多く存在しているのですが、こちらはかなりレベルの高い文学作品たち。レベルが高いと言っても重厚というわけではなく、軽妙で面白く、でも深い。そういう作品を書く新しい世代のSF作家が、中国にもアメリカにも、今たくさん存在しているようです。

 世界中どこもそうですが、米中も、近年ますます政治的にも文化的にも環境的にも、非常に厳しい状況にあります。また、最先端と最下層が同居する、目も眩むような格差社会でもあります。だからこそそのことがかえって、不思議なおとぎ話のような優れた作品を生み出す原動力になっているのでしょう。人々は、夢と想像と謎で現実を解釈しようとしているのです。

 わたしがとくに面白く読んだ作品は、中国のものでは「マーおばさん」。とても奇想天外で、すこしでも紹介するとネタバレになってしまいそうなのですが、ビッグデータや最先端コンピュータの行き着く先……のようなお話で、いわばコンピュータに自我は生まれるか、という疑問を扱ったお話です。いやほんとに、こんな想像ができるとは! 謎に触れて、心地よい酔いさえ感じられました。
 アメリカの作品では、「曖昧機械」が素晴らしかった。こちらの方は、人間の自我の曖昧性を描いているのですが、どこまでが自分でどこからが自分でないのか、そういった古来からある感覚を、記憶の観点から描いています。しかしそこに最先端の機械が関わっているところが実に現代的で、かつその機械が異様に魅力的なのです。柴田元幸さんによる翻訳文がまた絶品で、わたしはなんども小さな声に出して、ひとり朗読を楽しみました。

 思えば、わたしが初めて触れた極小のメダカの卵にも、驚くほどの謎がつまっています。あの小さなつぶつぶに命がつまっているように、小さな物語にも深く広々とした命の謎に満ちた世界がつまっています。どうぞ読んでみてください。

写真・文/ 中務秀子

2018年・第27期のフィルムカメラ教室の生徒さんとして、お付き合いが始まりました。今もフィルムカメラを続けてらして、二眼レフカメラにも挑戦中。デコさんは本好き、映画好き、芸術好き、お話好き。いわば “ 忙しいひまじん ” です。とても自由で全然気取ってない表現に親近感を覚えさせてくれる先輩です。そして心友になりました。


『ののはな通信』 三浦しをん

横浜のミッション系女子校に通うののはな

ののは頭脳明晰で冷静な毒舌。

はなは外交官の娘で天真爛漫な少女。

とても馬が合い、親友となった二人だったが、そのうちののはある気持ちを抱く。

はなに対するその気持ちを、拒絶される覚悟で告白したのの。

密やかに育まれていったは、しかしある裏切りによって崩れはじめ…..。

ののとはなの、複雑で近く、遠い20年超を描いた物語です。

この本のなかみは、私にはまだわからず、けれど熱い気持ちがつまっています。

もしかしたら、私がこの気持ちを知るのは、まだまだ遠い将来かもしれないのです。

この本は表現も大人ですし、だれにでも読みやすい本ではないと思います。

しかし、多くの人に読んで欲しいです。

装丁も美しく、最近文庫化もしたので、ぜひ一読してみてください。

文・写真/ 木下琴子

2006年3月からのお付き合い。琴子ちゃんが生まれる前から撮影をさせて頂いてます。小学6年生になった今も記念日ごとには必ず、スタジオやお好きなロケ場所で撮影させて頂いてます。埼玉県からお越し下さいます。幼い頃から、本が好きと撮影のたびに僕に話してくれた琴子ちゃん。読みたい物語がまだまだ沢山あると思うと、これからが楽しみとも話してくれた。そんな琴子ちゃん目線の書評を毎月2回、依頼しています。


コラム「今年でホタルも見納めや~」

 私たちが引っ越しを終えて約2週間が過ぎました。新しい家の近くには生身天満宮という神社があります。この神社は菅原道真公が生きている間に祀ったと言われる、日本最古の天満宮です。私はこの神社を毎朝5時過ぎに参ります。歴史ある神社ですからとても神秘的で荘厳な雰囲気があります。皆さんも南丹市にお越しの際は生身天満宮をお参りください。

今回のコラムの登場人物 小山さん(仮名)女性です。
この方は91歳。難聴で膝と股関節が悪いですが、杖や押し車を使って毎日友人と散歩を楽しいでおられ、とても元気な方です。
特に髪型にはこだわりがあって、定期的に美容院へ出向きパーマをあてていてとてもお似合いです。例えるならサザエさんのような髪型で、91歳にはとても見えません。お化粧もされています。服装もなかなかオシャレで、夏場は半そでシャツの上に必ずベストか長袖の服を羽織ります。それも必ずシースルーです。他の利用者さんでも3名の女性がシャツの上に必ずシースルーの服を羽織ります。しかもこの3名、同じ地域の方なのです。でも利用日は別だから、打ち合わせしているはずはない・・なのに決まってシースルーです。3名にどこで買いましたか?と聞いても3名とも「大昔に買ったある物を着ているだけです・・。」ちなみに、他の地域の方が着てくることはありません。なぜかその地域の方だけです。そして、その3名は顔馴染みです。謎です。
そんな、小山さんの口癖は「年やしもうあきません。先は短い」です。この言葉を明るい雰囲気で話されます。その割にコロナワクチン接種は受付が始まった日に予約しています。早々に2回目の接種も終わりました。どちらも副反応はございません。
つい先月のこと。園部にはホタルがたくさん見れる秘密の場所があるのですが、小山さん、昨年も一昨年も見物に訪れていました。。そして、もちろん今年も見物に行かれました。
見物に行く前と行った後に必ず「これでホタルも見納めや~」と言います。その度に私は大声で「小山さん、毎年言うてるで~」って言い返し、皆大笑い。
実際小山さんのご利用が始まって3年が過ぎました。
本人は「弱っていく一方や。」って言われますが、毎日夕方に友人と歩いていますし、畑も精力的こなしていて、先週も夏野菜をいっぱい頂きました。何もなければあと何年も元気に過ごしているやろうなぁと思っています。

今回は利用者さんに教えて頂いた、園部のホタルにまつわるエトセトラを紹介します。
園部では昔から、ホタルは「25日でもう終わり。」という言い伝えがあるそうです。25日以降見るホタルは、死にホタルとか幽霊ホタルとか言うらしいです。
名前だけ聞くと何だか怖いですが、25日を過ぎるとホタルの点滅の回数が少なくなるらしいです。それを見たからと言って不幸な事が起ることはないらしいですが・・・。
皆さんも来年は6月中旬と後半のホタルの点滅の違いを感じてみてください。
(おしまい)
次回のコラムは、「母子ともに健康です」

写真・文/ 川瀬啓介・未央

Sukku 川瀬啓介 / 未央 (理学療法士・鍼灸師 / 鍼灸師)
〒622-0002 京都府南丹市園部町美園町4-16-38

TEL 0771-62-0005

2017年から京都の南丹市でリハビリを中心としたデイサービスをしています。利用者さんと過ごす時間は、笑い声と涙が入り混じる賑やかな毎日です。そんなささやかな日常、会話から気付かされること、そして個性派揃いのスタッフについて…色々な事を綴っています。

2011年11月からのお付き合い。楓くん・緑くんが生まれる前から撮影をさせて頂いていて、今も1年に1回は必ずスタジオ撮影にお越し下さいます。Sukkuというデイサービスの屋号は、佳代が名付けさせて頂きました。飾らない温かさ、自分の好きが明快で、歯切れがよい。けれど、流れる時間はゆっくり。そんなお二人の人柄が大好きで、バランスを崩した時には体を診てもらおうと決めているから安心です。笑いと涙のデイサービスの日々を毎月2回、綴ってもらってます。


30ページ

 キジバトは、街中でもふつうに見られる※留鳥です。

「デーデーポポー」とくり返して鳴きます。

よく地上を歩いて、地面をつつきながら種子などを食べます。

木の上で実を食べることもあります。

歩くときは、首をふって歩きます。

よく駅にいる灰色の「ドバト」とは違い、茶色っぽい方がキジバトです。

キジバトの名前の由来は、「キジ」(日本の国鳥)のメスのもように「キジバト」の背中のもようが似ていたことから由来したそうです。

おもしろいと思ったことは、キジバト(ハト)は水を吸い上げて飲むことができることです。

人間ではふつうのことですが、かたいくちばしのある鳥はくち(くちばし)をすぼめられません。

でもハトはストローのように吸いあげて飲むことができます。

ここでクイズです。

キジバトは以前何と呼ばれていたでしょう?

1. マチバト

2. コバト

3. ウミバト

4. ヤマバト

5. キジポッポ

正解は次の鳥図かんで発表します。

最後に前回のクイズの答えを発表します。

正解は

4. の1.6mでした。

※1年中同じ地域で見ることができる鳥

絵・文/ 中野響

お姉ちゃんとひーくんが生まれる前の、2005年10月から撮影をさせて頂いてます。今も2~3年に1回は必ず、スタジオや城陽のご自宅で撮ってます。小学6年生になったひーくんは、この前の撮影の時に鳥に魅せられていると話してくれた。それが小学生レベルの鳥好きの話ではなく、僕からすればもう学者レベル。しかも視点がユーモラスなのでこれはスゴイ!是非、図鑑を作ろうと盛り上がり、WEBという形で毎月2回、発表してもらっています。

お客さんのコラム6/25版

人生で不思議な人に出会うことはないだろうか。

独身時代に暮らしていた寺町のアパートに、魔法使いの様な風貌と気配のする、ばあさんが住んでいた。

ばあさんの部屋の扉は常に10センチほど開けられており、中から聞いたことのない音楽が流れていて、恐ろしすぎて近寄れない。

たまにアパートの出入り口で顔を合わすと、その度に至近距離で私の顔を凝視し、「あんたどこの留学生や?」と聞いてくる。何度も「私は日本人です」と人生で初めてのフレーズを口にしたが、ばあさんは決まって「で、どこ?中国?」としか返さなかった。このばあさんにだけ、外国人に見えるのだろうか。

子供がまだ赤ちゃんの時のことだ。抱っこ紐でバスに乗り、そろそろ降りる準備をし始めようと思った瞬間、今まで静かだった隣の体格の良い女が急にこっちを見て、

「ちょっと!!早く降りなさいよ!!」と烈火のごとく叫んだのである。周囲の視線はこちらに集まり、私はびっくりしすぎて、ぽかんとしてしまった。抱っこ紐の中の息子も、ぽかんとしている。

一瞬時が止まり、我に返っていそいそと下車し、「おかしな人もいるもんだわね」と思いながら、横断歩道の信号を待っていると、その女が猛烈な勢いで追いかけてきた。

そしてこう言い放ったのである。

「ちょっとあんた!自分のこと外国人やと思ってるんやろ!!でも、ぜんっぜん、外国人には見えませんからっ!!」

唐突すぎて、私も息子も、周囲にいた人も皆一様にぽかんとした。

女は鼻息荒く、「じゃっ」と言い捨てててどこかへ消えて行った。

しばらくして「あ、ターバン」と私は思った。このターバンがあの女から見たら、外国人気取りに見えたのだろうか。それともエスニックなピアス?

理由はよくわからないが、不可解過ぎる。

阪急電車に乗り換え、ぼんやり窓の外を眺めていたら、前の座席に座っていた上品なおばさまがやけにこちらを見てくる。

あの女を思い出した。また外国人かぶれと思われているのだろうか。もうなんでもいい、と思った。

長岡天神駅に着き、席を立とうとした瞬間、おばさまは私の手を止めた。

「あの、ちょっと、あなた。そのターバン、本当によく似合ってるわね、素敵よ。それが言いたかっただけ、ごめんね」と微笑んだ。

その一言に心が緩んで「ありがとうございます」と会釈して下車する。

抱っこ紐の中の息子は、やはりぽかんとした顔で私の顔を見つめていた。

絵・文/ 岸岡洋子

23期スツールフィルムカメラスクール(S.F.C.S)の生徒さん。5回の教室の間ずっと、ターバンを巻いてくる岸岡さんを見ていて、この人いかしてるなぁ。ハッハーン、きっとただ者ではないんだろう。アラブ方面のどこかで長ーく暮らしていて、きっと身についた風習なんだ、だからなんだ!と、身勝手に納得感を得ようと在り来たりな空想をしていたのをよく憶えている。


 6月の朝は、なんて気持ちがいいのでしょう。このところ、わたしは朝4時半ごろに目覚めます。それはちょうど夜明けの時間。空はまだ明けきっていなくて、庭はひんやりして薄い水色の空気に包まれています。ものの色は光があたってこそ見えるのだなあと、つくづく思います。だんだん夜が明けてくると、光のつよさが増してきて、草木の緑がくっきりと濃さを増してくるのです。さあ、朝です!

 土曜日の朝刊に、ある習慣についてのコラムが載っていました。筆者は、毎週決まった日の朝に、次のような事柄をノートに整理して記すのだといいます。①連絡したい人 ②今すすめたいこと ③将来やりたいこと ④提出する課題…のように。

 で、今朝わたしは日記を書いたあと、これをまねて書き出してみました。ただし、項目は自分に合うように変えて……。①今やりたいこと ②今やるのがたいせつなこと ③はずせない予定 ④この先やりたいこと、の4つです。
 ①はだんとつ1位で、読みかけの本の続きを読みたい、でした。そのあと、朝の散歩でフィルム写真を1本撮りきりたい、もうすぐ編み上がるセーターを完成させたい、映画を観たい……とまだまだ続きます。

 もうお気づきと思いますが、①と④は、「やりたいこと」です。文字通り、わたし自身がやりたーい! と思うこと。今か将来かの違いがあるだけです。一方、②と③は「たいせつなこと」です。たとえば家の水道が壊れていたら、今すぐたいせつな家族のために修理を頼まないといけません。愛猫の定期検診があすだったら、忘れないように獣医さんに行かないといけない。つまりこれらは、自分と周りの人の暮らしを守るために必要な、たいせつな事柄です。

 こうしてみたのは、ある建築家が書いていた文章を思い出したからです。そのひとはこう言っていました。

「人生にはやらなければならないことと、やらなくてよいことがあるのではない。たいせつなことと、やりたいことがあるだけなのだ」

 やらなければ、やらなければ、と自分を追いつめるのはやめましょう。やりたいか、たいせつかで、考えればよかったのですね!

 さて……またまた長い前置きになってしまいましたが、わたしは、やりたいこととたいせつなことを同時にひとつ、思い出しました。このコラムを書かなくちゃ。です。今日の本はこの本にしてみました。

『お繕いの本』
  野口光 日本ヴォーグ社

  デコのお便り初の手芸ムック本です。
 野口光さんはダーニングの作り手。つまり、かけはぎ修繕技法の専門家です。野口さんはもともと、25年以上もデザイナーとして、毎年新しいデザインや商品を作り出していました。でも次第に、季節に先駆けてどんどんものを作る現場の仕事に、矛盾や疑問を感じるようになります。そんなときに出会ったのが、ダーニング。ちくちく手縫いで破れやほころびを繕うことで、新たな美しさを生み出す針仕事でした。

 ダーニングはふつうの手芸と違って、作品を完成させることが目的ではありません。愛着のあるもちものが朽ちてしまう前に、修繕して、別の形に育っていくことを手助けする仕事です。

「傷みを育てることが楽しくなれば、衣類と自分、ものと自分の関係も自然と変わってくるでしょう。自分の身の回りのものに、自らが手をかけることがどれだけ気持ちを整えてくれるか。」

 と、野口さんは書いています。
 また、3年前に出た『野口光の、ダーニングでリペアメイク』にはこうあります。

「繕いとは、自分の手でものの延命の一端を担いながら、さらには自分や他人の心までも癒してくれること。」

 野口さんは以前イギリスで行われた、テキスタイルアーティストのセリア・ピムと、生物神経学の研究者リチャード・ウィンゲイト博士の共同研究プロジェクトを報告しています。

 ピムさんはダーニングを、ウィンゲイト博士は「解剖実習が医学生に及ぼす心理的影響」を研究していたのですが、ふたりは、外科手術とダーニングが、「繕い」という共通点をもつことに気づきます。そこでピムさんは、医学生たちが解剖実習を行うかたわらで、ダーニング作業をしました。そのような行為が、解剖実習室の学生たちにどのような影響を及ぼすかをみようとしたのです。

 持ち寄られた素材は、学生たちが着古したシャツやパジャマ、ジーンズなどです。そしてピムさんは、なぜそれを持ち込んだのか、持ち主とそのものとの関係性はどういうものかを聞き出しました。たとえばシャツの肘が擦り切れていたりすると、その人の生活の仕方や癖を発見でき、その人をより理解できるようになるというわけです。

 ピムさんは次のように言いました。

「どんなに上手くいった修繕でも、決して新品のようにはならないが、再び使えるようになり、ものへの慈しみがわいてくる。それは、ものも体も同じ。同じ空間で、医学生たちと解剖(傷んだ場所を解く)、検証(傷み具合を見る)、縫合(縫い合わせる)という修復作業を共有することこそが、大切だと気づきました。」

 それに対し、ウィンゲイト博士はこう分析したのです。

「ひたすら繕うピムさん。その姿が実習室の空気の流れを穏やかにし、学生たちの志に寄り添うことで心を鎮めたのではないか。」

 さて、わたしの「①今やりたいこと」リストにダーニングが加わったことは、もうおわかりでしょう。そしてもうやりはじめちゃったのです、30年前から愛着している、袖口の擦り切れたセーターで!

 この2冊の本には、ダーニングのやり方が、手にとるように丁寧に書いてあります。どうぞ手に取ってみてくださいね。また、このコラムの初回(2020年5月)に書いた、藤原辰史著『分解の哲学』にも、「修理の美学ーーつくろう、ほどく、ほどこす」という、とても深い内容の章があります。よかったらそちらも読んでみてください。おすすめします。

写真・文/ 中務秀子

2018年・第27期のフィルムカメラ教室の生徒さんとして、お付き合いが始まりました。今もフィルムカメラを続けてらして、二眼レフカメラにも挑戦中。デコさんは本好き、映画好き、芸術好き、お話好き。いわば “ 忙しいひまじん ” です。とても自由で全然気取ってない表現に親近感を覚えさせてくれる先輩です。そして心友になりました。


『神の島の子どもたち』中脇初枝 ※講談社文庫

第二次世界大戦の末期。

奄美群島の小さな美しい島・沖永良部島に暮らすチジョーカミは、家族を失い、食料にも不自由する日々を送っていた。

それでも唄い、踊り、ひたむきに生きる一。

先日6月23日は「沖縄慰霊の日」だったのをご存じですか?

沖縄は、アメリカ軍が上陸し、3か月にわたる戦いが行われた土地です。

しかし、沖縄だけではない奄美群島の島々にも、知られざる戦争の歴史があるのですよね。

この本は小さな島・沖永良部島の物語です。

島の方言、島ムニで書かれている言葉も多く、読みにくいかもしれませんが、戦争について、平和についてを、この本を読んで改めて考えて欲しいと思います。

一度手にとってみてください!

文・写真/ 木下琴子

2006年3月からのお付き合い。琴子ちゃんが生まれる前から撮影をさせて頂いてます。小学6年生になった今も記念日ごとには必ず、スタジオやお好きなロケ場所で撮影させて頂いてます。埼玉県からお越し下さいます。幼い頃から、本が好きと撮影のたびに僕に話してくれた琴子ちゃん。読みたい物語がまだまだ沢山あると思うと、これからが楽しみとも話してくれた。そんな琴子ちゃん目線の書評を毎月2回、依頼しています。


29ページ

 アオサギは、田んぼや川、池で1年中観察できる身近なサギです。

じっとしていることが多く歩いてもゆっくりなので写真もとりやすいです。

田んぼではザリガニやタウナギをとり、川や池では小魚もとります。

えものをとる時は、ちぢめていた長い首をいっきにのばしてつかまえます。

春になると婚姻色(こんいんしょく)といってくちばしの色が変わったりします。

アオサギの場合は、くちばしの先が黄色ぽくなったり、目の先が水色っぱく変化します。

はんしょく期には、「コロニー」という集団の巣をつくります。

「コロニー」はほとんどのサギ類がつくります。

「コロニー」は京都御所の九条池で見ることができます。

おもしろいと思ったことは、年によってもくちばしの色が変わることです。

若いアオサギはオレンジ色などをしているけど年をとったアオサギは灰色などをしているからです。

アオサギを見た時はくちばしにも注目してみてほしいです。

ここでクイズです。

アオサギは日本で1番大きいサギ類ですがつばさを広げると約何mになるでしょう? 

1. 約1m

2. 約1.2m

3. 約1.4m

4. 約1.6m

5. 約1.9m

正解は次の鳥図かんで発表します。

最後に前回のクイズの答えを発表します。

正解は、

2.のシマヒワでした。

 

絵・文/ 中野響

お姉ちゃんとひーくんが生まれる前の、2005年10月から撮影をさせて頂いてます。今も2~3年に1回は必ず、スタジオや城陽のご自宅で撮ってます。小学6年生になったひーくんは、この前の撮影の時に鳥に魅せられていると話してくれた。それが小学生レベルの鳥好きの話ではなく、僕からすればもう学者レベル。しかも視点がユーモラスなのでこれはスゴイ!是非、図鑑を作ろうと盛り上がり、WEBという形で毎月2回、発表してもらっています。


コラム「85歳!マスターズ狙います!」

 夏至を迎え6月も後半に入りました。川瀬家にも大きな変化がありました。
南丹市に来てからずっとアパート住まいでしたが、つい先日一軒家というものを構えました。奥さんの生まれた年に出来た、平屋の元靴屋をリノベーションして住むことに。ラストの床のワックスがけは家族みんなでしました。1日がかりでしたが子供たちも頑張ってくれました。「引っ越ししたくない!」と言っていた子供たちでしたがすっかり気に入ったようで、作業が終わる頃には「早くここに住みたい!」と言ってくれました。引っ越しても学区が変わることもなく、車で5分位の所に移動するだけですので生活はほとんど変わらないのですが・・・。私は新しく出来た小さなお友達と離れることが、少し淋しいです。

さて、今回紹介するのは85歳の西田さん(仮名)男性です。
西田さん、畑のわきの溝を飛び越えようとした時に右足が「プチッ」・・・アキレス腱断裂です。そして、即入院手術となりました。退院後も経過は順調でしたが、もっとリハビリがしたい!という思いから介護保険を申請されます。そして、要支援2との判定を受け、Sukkuの利用が始まりました。
利用開始の時から歩くことは出来ていましたが、片足立ちや踵上げ運動が出来ませんでした。それもそのはずで、右足のふくらはぎがペロペロに薄く右足と左足の太さが全然違いました。そこで、私はまず第一段階で片足立ちがキープ出来るようにする。第2段階で踵上げが出来るようにする。そこまでの目標設定をしました。
ご利用がスタートしてから分かった事ですが、西田さんは今までのご利用者さんの中で一番真面目に取り組む方でした。私が自宅での自主トレーニングを提案すると、必ず提案した回数以上を毎日取り組まれます。その成果もあって、第一段階の片足立ちをキープする事はすぐにクリアできました。
次に片足での踵上げです。これが時間かかりました。両足ではスムーズに出来ますが片足では腕の力を使って挙げてしまいます。本人もアキレス腱再断裂の怖さから、なかなか出来るイメージが湧きません。
 Sukkuは介護保険を利用して来ていただく施設ですが、その介護保険には皆さんそれぞれの期限があります。期限がくると更新の申請をするのですが、西田さんは5月31日がその期限でした。その期限までに踵上げが出来るように頑張ろう!みんなも、ご本人も頑張りました!そしてなんとか、5月25日に片足での踵上げが出来ました!
さて、いよいよ介護認定の更新です。私たちとしては、かなり元気になられたので介護保険からの卒業も視野に入れていたのですが・・結果は要支援1でした。
本人は「まだSukkuに来れる!」と喜んでおられました。
さぁ、2段階の目標をクリアしましたので、次の目標設定です。
小走りしたりスキップしたりと色々と課題を出しました。その時は出来なくても1週間後にはクリアしてきます。決して運動神経は良くはないですが、努力して出来るようになります。そうなると、西田さんの長期的な目標を立てるのが難しくなってきました。
西田さんは、車の運転も草刈りも階段の上り下りも全て自分で出来るからです。
私は考えました。何か良い目標はないだろうか?と
考えました。。。
出ました。
それはマスターズ陸上出場です。

マスターズ陸上とは
マスターズは、ベテランズとも言われ、男女共に満18歳以上であれば、競技成績に関係なく、生涯楽しく同年代の人々と競技ができます。競技クラスは5歳刻みであるため、5年毎にクラス別 の最若手となり記録更新・上位入賞のチャンスもあります。
また、全日本大会に出場できます。アジア・世界大会へは、35歳以上であれば出場できます。 (マスターズ陸上ホームページより)

私はこれを見つけた時に、これだ!と思いました。そして早速、西田さんに伝えました。すると、本人は少し困惑気味に「えっ・・・」
そらそうです。アキレス腱断裂からようやく普通の生活に戻れたところです。その状態でいきなり陸上の大会を目指しましょう!と言われても困るでしょう。
しかし、私は来年のSukku5周年記念に、西田さんのマスターズ出場と100メートル日本新記録の樹立を目指しています。ちなみに、85歳の100メートルの日本記録は15秒8です。(今の私より速いかも・・・)頑張れ!西田さん!!(おしまい)

次回のコラム「今年でホタルも見納めや~」です。

写真・文/ 川瀬啓介・未央

Sukku 川瀬啓介 / 未央 (理学療法士・鍼灸師 / 鍼灸師)
〒622-0002 京都府南丹市園部町美園町4-16-38

TEL 0771-62-0005

2017年から京都の南丹市でリハビリを中心としたデイサービスをしています。利用者さんと過ごす時間は、笑い声と涙が入り混じる賑やかな毎日です。そんなささやかな日常、会話から気付かされること、そして個性派揃いのスタッフについて…色々な事を綴っています。

2011年11月からのお付き合い。楓くん・緑くんが生まれる前から撮影をさせて頂いていて、今も1年に1回は必ずスタジオ撮影にお越し下さいます。Sukkuというデイサービスの屋号は、佳代が名付けさせて頂きました。飾らない温かさ、自分の好きが明快で、歯切れがよい。けれど、流れる時間はゆっくり。そんなお二人の人柄が大好きで、バランスを崩した時には体を診てもらおうと決めているから安心です。笑いと涙のデイサービスの日々を毎月2回、綴ってもらってます。

お客さんのコラム6/10版

わたしが初めてターバンをつけたのは、2013年春だった。

それまでターバンに縁もゆかりもなく、アフリカの女性の民族衣装の一部であるという認識と、エスニック雑貨店の店員が巻いてるあれね、くらいしかなかった。

ただ、周囲でオシャレな女性はみなアレンジして個性的なターバンを巻いていた記憶がある。

昔の職場で海外のファッション雑誌から飛び出てきたような、洒落た仲間がいた。彼女はソフィア・ローレンのような顔つきで化粧も毎度ばっちりと決め、洋服はほとんどモノトーン。フランス映画や文学を愛する知的な女性で、なんでもないようなストールをぐるぐると頭に巻きつけ、ターバンにしていた。

イヤリングはアンティークの大ぶりのものをつけて、差し色の青がとても美しかった。

彼女を見る度に「ほう、、」とため息が漏れるのだが、丸顔の自分にはターバンは似合わないとずっと思っていたし、決してしようとも思わなかった。

月日が流れ、2012年に子供が生まれた。毎日のお世話と寝不足で、ふと鏡で自分の姿を見ると、髪の毛が落ち武者のようで、いかにも貧乏くさい。つぶらな瞳に映る母の姿が落ち武者だなんて、生まれてきたことを彼は一瞬でも後悔しそうだ。これはなんとかしたい。

あいにく毎日ヘアセットする器用さを持ち備えていないため、解決策はかなり絞られるが、急な来客で散らかった物を押入れの中に押し込んでおくが如く、髪の毛もその方式でいくことに決める。

「ターバンで全部隠しておいちゃいなよ」天の声がかすかに聞こえた気がした。もう丸顔だからターバンは似合わないなどと言ってる場合ではない。

しかし適当なものではなく、気に入ったものをつけたいと、ここに来て急なこだわりが姿を現し、ネットで「これ」と思うターバンを血眼で探す旅が始まったのである。

意外と付けたいターバンが見つからず難儀するも、ひとつ、グリーンとオレンジの編み込みのターバンが目に止まった。

「これや」また天の声が聞こえた気がした。

商品が到着すると、すぐに落ち武者スタイルを隠した。色も華やかで顔色まで明るく見える。これはいいと、毎日かぶり出す。

ターバンを装着するのが常になると、付けていない時が、やたらそわそわする。もう体の一部となってしまったのである。

それが2013年春だった。

以降ターバンを求めてネットを徘徊し、数々のターバンを手にし、お気に入りの物にいたっては、生地が伸びきるくらいヘビーリピートした。

街に出かけても、すぐに「ターバンの人」と顔を覚えられ、見知らぬ人にも声をかけられ、目立ちたくないのに目立ってしまうという現象も現れ始めた。

通りすがりのおばちゃんが、「あんた、それよう似合てるわあ!」とわざわざそれを言うだけのために追いかけてきてくれたり、電車で相席になったおばちゃんがしばらく凝視して「それ似合ってる!」と太鼓判を押してくれたり、エレベーターで一緒になったおばちゃんが「まあ、素敵やないの!で、あんたなに人や?」と聞いてきたり。

これだけ見知らぬ方々に(100%おあばちゃんだが)褒められると、ターバン冥利に尽きるし、血眼で探した甲斐があったというものだ。

だが、ターバンはお洒落のためでも目立ちたいから付けているのでもない。

ちょっぴり育児に疲れ、ヘアセットもできないズボラさが故の、落ち武者スタイルを隠すためだったのである。

絵・文/ 岸岡洋子

23期スツールフィルムカメラスクール(S.F.C.S)の生徒さん。5回の教室の間ずっと、ターバンを巻いてくる岸岡さんを見ていて、この人いかしてるなぁ。ハッハーン、きっとただ者ではないんだろう。アラブ方面のどこかで長ーく暮らしていて、きっと身についた風習なんだ、だからなんだ!と、身勝手に納得感を得ようと在り来たりな空想をしていたのをよく憶えている。


 前回のコラムで、『新人世の「資本論」』をご紹介してから、この地球の環境にとって、小さな個人であるわたしに一体なにができるんだろう、と考え続けていました。と言っても、ずっと頭をかかえてこんでいたわけではなく、わたしの1日は、人年齢90歳の愛猫ももや、生まれたてのめだか、ミニ菜園の野菜たちや庭の植物の世話にはじまり、本を読んだり編み物をしたり写真を撮ったり……と日がな一日やること(それはつまり、やりたいことと、たいせつなこと)多し、です。

 さて前回の続き。梅雨入り直後の大雨で、初めての実がくさってしまった茄子ですが、その後のお天気で元気を回復、他の野菜たちもすくすく育っています。初収穫は、20センチ以上もあるつやつやのきゅうりでした! 採りたてのきゅうりって、とげがちくちく痛いほどなのですね、 発見でした。ポキッと2本に折って、シンプルに炒り塩だけで食したところ、いっしょに植え付けをしてくれた次男が、いい気持ちだねえ、と一言。そうなんです、もちろんおいしい。そしてそれ以上に、ほんとうに気持ちのよい味だったのです。

 もうひとつ、長い余談の前置きをさせてくださいね。
 先日、4番めコブタ(孫です…笑)のお宮参りに、下鴨神社さんをおとずれました。境内の小川のほとりには、たわわになった梅の実がいくつも落ちていました。さっそく3人のコブタたちの集合! 拾って、拾って! 子どもたちは道からものを拾うのが大好きですよね。丈高い草のあいだをぬって、どんどん集めてくれました。うちに帰って、梅の実を洗って、きゅきゅっと拭きあげて、お砂糖漬けに。梅シロップの出来上がりです。子どもたちのよろこぶ顔! わたしもとってもうれしかったです。

 このような、宇宙に飛びかう素粒子ほどにもちっぽけなわたしの行動が、変わりゆく地球環境にとって、いったいどれほどの影響があるのか、実に疑わしいことです。でもひとつ確実に言えるのは、このよろこびの感覚だと思います。子どもたちに伝えるよろこびから、何かが開けていくのでは、と考えるほかはないのでしょう。ひとつひとつ、少しずつでも。

 そして、今回ご紹介するのはこんな本になりました。

『マルコヴァルドさんの四季』
 イターロ・カルヴィーノ作 安藤美紀夫訳 岩波書店

 まずその物語のはじまりを読んでみましょう。

「遠くから都会にふいてくる風は、ときどき、思いがけないプレゼントをはこんできます。でも、それに気づくのは、よその土地の花の花粉をすいこんだだけで、花粉アレルギーをおこし、くしゃみがでてとまらなくなるような、感じやすい心をもった、ごくわずかな人たちだけです。
 ある日のこと、どこからか、キノコの胞子が風にのって飛んできて、都会の大通りの並木のまわりの、わずかばかりの土におち、やがて、そこに、小さなキノコがはえました。でも、毎朝ちょうどそこから電車にのる人たちの中で、それに気づいたのは、ただひとり、人夫のマルコヴァルドさんだけでした。」

 マルコヴァルドさんは、都会の小さな会社の倉庫で働く肉体労働者。日当たりの悪いアパートには、ガミガミ口うるさい奥さんと、4人の小さな子どもたちが、おなかをすかせて待っています。そんなしがないマルコヴァルドさんの楽しみは、昼休みに会社のまわりをぶらぶら散歩しながら、街路樹の根本から頭をのぞかせたキノコを見つけることだったり、会社の入り口に忘れられたように置かれた枯れかけの植木を生き返らせようと、バイクの後ろに積んで街中を走り回り、わずかな通り雨にあててやることだったりするのです。

「マルコヴァルドさんは、都会のくらしには、あまりつごうのよくない目をした人でした。、みんなの目をひこうとくふうをこらした、かんばんも信号機も、ネオンサインも広告のチラシも、マルコヴァルドさんの目には、まるではいりませんでした。そんなものは、砂ばくの砂みたいにしかみえないのです。ところが、黄色くなって枝にのこる一まいの枯れ葉、屋根がわらにひっかかった一まいの鳥のはね、といったものは、けっしてみのがすことはありせん。(……)そして、そこから、季節のうつりかわりを、あたらめて感じ、じぶんの心の中ののぞみや、毎日のくらしのみじめさに、あらためて気づくのです。」

 このお話は、ただの自然好きのおじさんの、いいお話ではないんです。春夏秋冬、ぜんぶで20の短編すべてで、マルコヴァルドさんは、うす汚れた都会にひっそりと息づく植物や動物たち、うっとりするような月の光や冷たい雪に心をうばわれ、楽しみをみつけようとして、最後には、ああ、とため息をつきたくなるような目にあわされてしまいます。裏切られるというより、なにかマルコヴァルドさんの小さな望みは、どうしても、さみしいおかしみに変わってしまうマジックにかけられてでもいるように……。でも、マルコヴァルドさんは、ほんとうのよろこびを知っている。なにがほんとうにたいせつなのかを知っているのです。お話の先を言いたいのですが、我慢します。どうか読んでみてください。50年前のお話ですが、どこか今の時代とも重なって、楽しく読みながらも深く考えるきっかけになると思います。

写真・文/ 中務秀子

2018年・第27期のフィルムカメラ教室の生徒さんとして、お付き合いが始まりました。今もフィルムカメラを続けてらして、二眼レフカメラにも挑戦中。デコさんは本好き、映画好き、芸術好き、お話好き。いわば “ 忙しいひまじん ” です。とても自由で全然気取ってない表現に親近感を覚えさせてくれる先輩です。そして心友になりました。


28ページ

 カワラヒワは、林や田んぼ、公園でも一年中観察できる鳥です。

飛びながら「キリリコロロ」と前に紹介したメジロ(NO,15)に似た声で鳴きます。

たまに電線に止まって「ジュ―イ」とくり返して鳴いています。

飛んだ時につばさに黄色が見えるのが特ちょうです。

夏はヒマワリの種をよく食べます。

他の鳥では、むきにくいからでもカワラヒワのかたいくちばしだとすぐにむいて食べることができます。

なので指をカワラヒワにかまれるとけっこういたいそうです。

おもしろいと思ったことは、オス同士で「いかく」し合い決着をつけ、勝ったオスからつがいになっていくことです。

このやり方でつがいを決める方法は日本の国鳥「キジ」なども使います。

ここでクイズです。

カワラヒワの仲間でこの中に1種だけ本当はいない名前があります。

1.マヒワ

2.シママヒワ

3.ベニヒワ

4.コベニヒワ

正解は次の鳥図かんで発表します。

最後に前回のクイズの答えを発表します。

正解は、

3.のカタツムリでした。

絵・文/ 中野響

お姉ちゃんとひーくんが生まれる前の、2005年10月から撮影をさせて頂いてます。今も2~3年に1回は必ず、スタジオや城陽のご自宅で撮ってます。小学6年生になったひーくんは、この前の撮影の時に鳥に魅せられていると話してくれた。それが小学生レベルの鳥好きの話ではなく、僕からすればもう学者レベル。しかも視点がユーモラスなのでこれはスゴイ!是非、図鑑を作ろうと盛り上がり、WEBという形で毎月2回、発表してもらっています。


コラム「17代目住職は、マジシャン」

肘付きの椅子に座った大柄の男は周りの目を集めるためか、ライターに火をつけると持っていたティッシュに近づけた。ティッシュには火が燃え移り、一瞬にして燃えカスになり、男の分厚い手に覆われた。その分厚い手を開くと、なんと燃えカスはなくなり、代わりに小さく折られた千円札が手のひらから出てきた。
そしてその千円札は、びっくりして腰を抜かした小学生に渡された。

渡した男は、平野さん(仮名)80歳代 男性。
この大柄の男は、歴史あるお寺の17代目住職。
住職を務めながら、学校では英語の教員を務めた経歴の持ち主。
聞けば、高校生に英語の授業をしているかと思えば、突然マジックをするなどなかなか面白い先生だったとのこと。熱血教師ではないが、生徒や教育に興味がないわけではない。放課後生徒が質問に来ればしっかりと教えるが、それよりもマジックに興味があるようで、他の先生達とも少し距離を置いていたらしい。
今の時代に平野さんみたいな個性的な先生っていないやろか?と聞くと、「小学校6年間で1人、自分に合う先生が見つかれば良いでしょう。」確かにその通りです。
ちなみに先程のティッシュを使ったマジックは、Sukkuに初めて来られた日に突然披露されたもので、みんな色んな意味で度肝を抜かれました。(スタッフの1人は平野さんが燃えてしまうと思い、消火器を取りに走りました)そして、腰を抜かした小学生は我が家の長男で、この日以来、平野さんのファンになったのです。

そんな平野さんは、病気の影響で頻尿や歩行に障害があるのですが、Sukkuには来たくて来ている訳ではありません。
このままでは歩けなくなるから、周りの人に行ってきなさいと言われ、少し嫌々来られています。ですので、よくお休みされます。
Sukku利用中も、なぜかマシンでトレーニングをしている最中にトイレ行きたいと仰ります。そして、トイレに行って便座に座り、「ふ~。」と一息ついて何もせず。平野さんどうですか?出そうですか?と聞くと「ダメでした。空振りでした。」それってトレーニングさぼりたいだけやん!
他にも、ご利用日に限って奥さんから電話があって「来客があるから休みます。」と笑いながら言われます。なぜか1か月に何度も来客があるのです。スタッフが「来客は何時ごろに来られますか?」と聞くと「遠方からなので、何時になるか分かりません・・・」断言します。完全にこの夫婦はグルです。
歩行中も、常に何かを持とうとします。しかも、かなり遠くから手を伸ばすので届きません。そのたびに僕たちは「平野さん、まだ手を伸ばすのは早いです!」と言うと、右手で自分の太ももを叩き「この右手がだめなんです!」と、悔しそうな顔をして言います。

あの皆がびっくりしたマジックからもう1年。
毎週帰る間際に「来週マジックします。」と言いながら、準備して来られる様子もなく…あれからマジックは見れてません。それどころか休みがちになっています。歩くことも危うくなってきています。ですので、最近曜日を変更しました。Sukkuには珍しく女性の利用者が多い日に変更しました。しかも良く話しをする女性ばかりです。なんとか女性の活力に引っ張られて頑張ってくれることを期待します。頑張れ!平野さん! 
以上「17代目住職はマジシャン」でした。(おしまい)

次回のコラムは、「85歳!マスターズ狙います!」です

写真・文/ 川瀬啓介・未央

Sukku 川瀬啓介 / 未央 (理学療法士・鍼灸師 / 鍼灸師)
〒622-0002 京都府南丹市園部町美園町4-16-38

TEL 0771-62-0005

2017年から京都の南丹市でリハビリを中心としたデイサービスをしています。利用者さんと過ごす時間は、笑い声と涙が入り混じる賑やかな毎日です。そんなささやかな日常、会話から気付かされること、そして個性派揃いのスタッフについて…色々な事を綴っています。

2011年11月からのお付き合い。楓くん・緑くんが生まれる前から撮影をさせて頂いていて、今も1年に1回は必ずスタジオ撮影にお越し下さいます。Sukkuというデイサービスの屋号は、佳代が名付けさせて頂きました。飾らない温かさ、自分の好きが明快で、歯切れがよい。けれど、流れる時間はゆっくり。そんなお二人の人柄が大好きで、バランスを崩した時には体を診てもらおうと決めているから安心です。笑いと涙のデイサービスの日々を毎月2回、綴ってもらってます。


『世界のすごい女子伝記

未来への扉をひらいた、歴史にのこる50人』キャスリン・ハリガン

ケルトの女王・ボウディッカ

奴隷解放活動家・ハリエット・タブマン

ネイティブ・アメリカンの通訳・サカジャウィア

インドの聖者・ミ―ラー・バーイ―

みなさんは、これらの女性たちを知っていますか?

世界を動かすほどの偉業をなしとげた人たちです。

日本でも、世界でも、偉人と呼ばれる男性はとても多くいます。

しかし、すばらしい業績が現在まで知られなかった、

ロザリンド・フランクリンのような女性もまた多いのです。

今、男女平等が進み、女性の社会進出も昔に比べはるかに進みました。

しかし、今よりも女性がしいたげられていた過去においても、

社会ですばらしく活躍した女性は数多くいました。

そんな偉人たちのことを知ってほしいと思います。

とてもおすすめの本です!

文・写真/ 木下琴子

2006年3月からのお付き合い。琴子ちゃんが生まれる前から撮影をさせて頂いてます。小学6年生になった今も記念日ごとには必ず、スタジオやお好きなロケ場所で撮影させて頂いてます。埼玉県からお越し下さいます。幼い頃から、本が好きと撮影のたびに僕に話してくれた琴子ちゃん。読みたい物語がまだまだ沢山あると思うと、これからが楽しみとも話してくれた。そんな琴子ちゃん目線の書評を毎月2回、依頼しています。

お客さんのコラム5/25版

 わたしは5月生まれ。家族にも5月に誕生日を迎えるものが多く、一年のうちでもっとも親しみを感じる季節です。6歳くらいの頃、めずらしく父とふたりで、すこし遠くの城跡公園へ出かけました。それも5月の頃でした。ひたすら高く青い空、爽やかな風、豊かな樹々、草地の緑の香りが、深く記憶に残り、父がそのとき撮ってくれたたくさんのモノクロ写真から、今も鮮やかによみがえります。

 ところが……今年の5月は、なんと1か月も早い梅雨入り。観測史上最速で、毎日うっとおしい雨がつづきます。せっかく植えた野菜の苗も、最初になった茄子の実が腐ってしまいました。プランターに苗から育てるわたしの野菜づくりは、ほんのささやかなリアルな体験にすぎません。けれど、たったそれだけのことでも、食べものを育てる厳しさへと想像はおよび、そこからさらに、気候変動へと考えは広がってゆきます。

 昨今はもうだれも、気候変動への疑念をもつことはできないでしょう。自然がとてもおかしい。その原因が人間の活動であることに、だれも疑いをはさめません。日々のゴミ出し、食品をおおい尽くすプラスチック、夏ごとに発生する大雨、洪水……。毎日の暮らしのあらゆるところに、不安の種はころがっています。このままではどうなってしまうのか。いくら庭で植物を育てても、今すぐに周囲から緑が消えてなくならなくても、不都合な事実はおおい隠せないのです。

 そんなとき、こんな本を読みました。

『人新世の「資本論」』
 斎藤幸平 集英社新書

「富」とはいったいなんだろう? 最初の問いはそこからです。お金? 美しい服? 豪勢な食べ物? ラグジュアリーな旅行? それらはほんとうの富だろうか。
 そうではない、と著者はもう一冊の本、『100分de名著 カール・マルクス 資本論』で述べています。

「例えば、きれいな空気や水が潤沢にあること。これも社会の『富』です。緑豊かな森、誰もが思い思いに憩える公園、地域の図書館や公民館がたくさんあることも、社会にとって大事な『富』でしょう。知識や文化・芸術も、コミュニケーション能力や職人技もそうです。貨幣では必ずしも計測できないけれども、一人ひとりが豊かに生きるために必要なものがリッチな状態、それが社会の『富』なのです」

 このほんとうの富が、商品でないことはあきらかです。とくに自然は、経済成長では守れません。それなのに、20世紀に入ってうなぎのぼりに発展してきた経済は、便利さと引き換えに、自然環境をどんどん悪化させ、動植物を絶滅させてきてました。長い間、この問題は、発展しつづける技術で乗り越えらると語られてきました。そして環境保全をさえ商品化しようと、グリーン政策などが提唱されてきたのです。でも破壊のスピードは、それらではもう止められません。そう、成長ではもうどうにもならないのです。

 そこで著者が主張するのは、脱成長です。成長を止める。そんな……? と思いますよね。わたしもそんな生活に耐えられるのか? と最初は思いました。しかし、この本は我慢の思想を唱えるものではありませんでした。今のやり方による成長を止めても、ほんとうの「富」や「豊かさ」にいきつける道が必ずある、と説いています。

 空気、水、食べ物、気候、時間……このようなほんとうの富を、社会に共通の資本にする。鍵はそれです。今までは、ただゴミが目の前からなくなればいい、と簡単に燃やして世界中の水や空気を汚してきました。食べ物や着るものも、貧しい国に劣悪な労働を肩代わりさせて、安く大量に手に入れてきました。こうやって、汚いもの臭いものを外部に押し付けてきたのです。そうして見ないようにしていたことを、ちゃんと見よう。周囲のみんなとちゃんと考えていこう。おしゃれなロハスでも清貧の思想でもない、市民レベルでほんとうの富を共通の話題にして、考えて、行動にうつそう。

 でも、具体的に何をすればいいの? そうなんです、いつもそこで立ち止まってしまう。ただエコバックを買えばいいとは、決して思っていません。でも小さな存在であるわたしに、いったい何ができるのでしょう? そのヒントをこの本は指し示してくれます。

 市民が出資して電力を地産地消する市民電力、共同出資・協同運営のワーカーズコープ、市民参加で自治的におこなう社会運動。それらの動きが、スペインのバルセロナや、オランダのアムステルダムで、活発に行われているという実例があげられています。それらはなんとか頑張れば手にすることができる、ほんとうの意味のわたしたちの富のようです。
 気候問題や脱成長というと、とかく暗くお説教くさく響くものですが、1987年生まれのこの若い思想家の言葉は、小さな存在の自分にもできることがある、と希望を感じさせてくれるものでした。

 なお、この本の論旨は、タイトルにある通り、マルクスの『資本論』をもとにしたものです。しかし、ながく『資本論』とされてきたものとは大きく異なります。これまでの『資本論』は、マルクスの初期の思想で、労働者の解放と生産力至上主義とをつよく結びつけたものでした。けれど晩年、彼の思想は、エコと脱成長へと収斂してゆきます。そしてその思想は、草稿や書簡のままで、まとまった書籍としては未刊行なのです。それらが現在、世界中の研究者の手でまとめられようとしています。著者もその研究者たちの一員です。

 経済思想にはまったくうといわたしにも、よくわかるように語られた本書は、前述の『100分de名著』とあわせ、ほんとうに良書です。おすすめします。

写真・文/ 中務秀子

2018年・第27期のフィルムカメラ教室の生徒さんとして、お付き合いが始まりました。今もフィルムカメラを続けてらして、二眼レフカメラにも挑戦中。デコさんは本好き、映画好き、芸術好き、お話好き。いわば “ 忙しいひまじん ” です。とても自由で全然気取ってない表現に親近感を覚えさせてくれる先輩です。そして心友になりました。


27ページ

シジュウカラは、林などで1年間ずっと見れる(留鳥りゅうちょう)野鳥です。

冬になると前に紹介した、コゲラ(NO,1)やゴジュウカラ(NO,11)、メジロ(NO,15)などと群れをつくって行動します。

昆虫やクモ、木の実などを食べます。

たまに家の庭に置いたピーナッツを食べに来ることもあります。

食べ方は1羽1羽違うそうです。

春には、サクラのみつも※食べているところを見たことがあります。

「ツーピーツツピー」や「ジュクジュク」などと鳴きます。

オスはお腹の黒い線が太く、メスは細いのがオスとメスを見分けるポイントです。

ぼくが、おもしろいなと思ったことは鳴き声でいろんな会話ができることです。

例えばカラスが近くにいると「チカチカ」、

ヘビがいたら「ジャージャー」と鳴きます。

しかも、「気をつけろ」と「集合」を合わせて「気をつけて集合」という会話もできるからです。

ここでクイズです。

メスが卵を産む前にたくさん食べるものはどれでしょう。

1. よう虫

2. サクラのみつ

3. カタツムリ

4. 木の実

正解は次の鳥図かんで発表します。

最後に前回のクイズの答えを発表します。

正解は、

3.の5種でした。

※鳥はくちばしなので何かを吸うことはできません。

でもハト類は吸うことはできます。

絵・文/ 中野響

お姉ちゃんとひーくんが生まれる前の、2005年10月から撮影をさせて頂いてます。今も2~3年に1回は必ず、スタジオや城陽のご自宅で撮ってます。小学6年生になったひーくんは、この前の撮影の時に鳥に魅せられていると話してくれた。それが小学生レベルの鳥好きの話ではなく、僕からすればもう学者レベル。しかも視点がユーモラスなのでこれはスゴイ!是非、図鑑を作ろうと盛り上がり、WEBという形で毎月2回、発表してもらっています。


今年は例年にない早さの梅雨入り。
雨が降り続き外出できず、湿度も高い毎日。私の天然パーマは湿度70%を超えるともはや制御不能。なかなか気分の晴れない日々が続きますが、皆さんいかがお過ごしでしょうか?
そんな私、昨年から始めた自分なりの健康法があります。それは、毎日体重計に乗ること。そして一週間に一回ほど粗食(おにぎり1個と小鉢1つ)の日を作ることです。体重の増減は多少ありますが、粗食の日を作ることで胃を休ませることが出来ます。これで、健康管理は出来ているように感じます。実際体重は約7㎏減りましたし、毎週公園で子供と元気に遊ぶことが出来ています。仕事での疲れも軽くなっているように思います。
良かったら皆さんもどうでしょうか?粗食のススメでした。

今回のコラム「箱根八里の半次郎」


半治さん(仮名)97歳男性です。
この方は、それはとてもしっかりしていて、バイタリティー溢れる方です。
約10年前に奥さんを看取ってからは、ずっと1人暮らしでした。95歳になった頃、長男夫婦が戻ってこられ同居していますが、ほとんど自分のことは自分でされます。洗濯も風呂洗いも食事も全て自分でされていました。身体のほうは、腰が悪いため足に力が入りにくく、シルバーカーを押して歩かれていて、難聴も認めていました。
長男夫婦は母屋に、自分は離れの2階に住んでいて、毎日何回も1階と2階の往復をされていました。車の運転免許はないので、遠くへの移動は友人に送ってもらっていて、そのお礼に昼ご飯を御馳走する。という生活をしていました。
ある日、私が朝5時30分くらいに近くのファミリーマートへ行くと、シルバーカーを押したおじいさんが出てきます。なんと、半治さんです。向こうも気づいて「ファミリーのパン美味しいんや!緑色のパンが」と朝から大声で話してくれました。(半治さんはファミリーマートの事を、ファミリーを呼びます。)
そして、趣味はカラオケです。なんと90歳から始められました。毎週月曜日と木曜日の朝にカラオケの新曲が何曲か配信されるそうで、その中から自分のお気に入りの1曲をノートに書き写して覚えます。覚えると金曜日にカラオケに行って歌います。
しかし半治さんは難聴ですので、ずれまくっています。ずれていることに気づかず、そして、大声で歌いますので、地元では有名人です。
1年に1度、カラオケサークルでホールを借り切って歌う時があるそうです。その時の様子を、写真で嬉しそうに見せてくださいました。上下白のスーツで、胸元には真っ赤なバラのコサージュ!髪は七三分けで、ピシッときめています。歌う曲はもちろん「箱根八里の半次郎」です。
「足が悪いけど立ったままで歌うんや!そのために、Sukkuに来てるんや!」と、しっかりと目標を持って、一生懸命に頑張っておられました。

季節毎に贈り物をしてくれるのも半治さんでした。筍の季節には、家の裏山で取れてすぐのものをSukkuに置いてくれます。(筍を取るのはもちろん友人で、半治さんは色々と指示をされています。)冬には蜜柑を送ってくれます。かなり高級な蜜柑です。スタッフで分けて家に持って帰ると、フルーツ大好きの我が家の子供たちが感動して食べていました。
そして、桐さんはSukkuをとても好きで信頼してくれていました。
「Sukkuに来てるから、97歳になっても歩けているんや!」と、大きな声で色々なところで話してくれていました。
そんなある朝、半治さんから電話がかかってきました。「さっき仏さんに水を持っていく時にこけたんや!足に力が入らへん!先生今から見てくれ!」と。私は骨折を疑いましたので、「半冶さん!Sukkuより、すぐに病院行き!」と伝え、家族さんに病院に連れて行ってもらいました。結果は、大腿骨骨折・・・。
手術を受けリハビリも頑張りましたが、もう一度歩きたいとの願いは叶いませんでした。家で生活する事が出来なくなり、自宅近くの施設に入所することになったのです。
そして昨年、99歳で亡くなりました。大往生です。

私の家と半治さんの家は近いので、行く店も同じです。
たまに近くのファミリマートへ行くと、緑色のパンを見つけます。メロンパンです。私は心の中で思います。半治さんずーっと、ファミリーの緑色のパン美味しいって言ってたなー。蜜柑を食べているときもそうです。子供たちと蜜柑を食べていると「半治さんのくれた蜜柑ほんまに美味しかったなー」って、よく次男の緑が言います。
お年寄り相手の仕事なので、亡くなる方は毎年おられます。皆さんそれぞれに思い出があります。最近は園部のどの場所に行っても、様々な方との思い出が湧いてきます。
過去・現在・未来。どこに行っても私達の心の中には利用者さんがいます。
苦い思い出も楽しい思い出も、大切に心にしまって・・・。
明日に向かって今日も進もう。(おしまい)

次回のコラムは「17代目住職は、マジシャン」です。

写真・文/ 川瀬啓介・未央

Sukku 川瀬啓介 / 未央 (理学療法士・鍼灸師 / 鍼灸師)
〒622-0002 京都府南丹市園部町美園町4-16-38

TEL 0771-62-0005

2017年から京都の南丹市でリハビリを中心としたデイサービスをしています。利用者さんと過ごす時間は、笑い声と涙が入り混じる賑やかな毎日です。そんなささやかな日常、会話から気付かされること、そして個性派揃いのスタッフについて…色々な事を綴っています。

2011年11月からのお付き合い。楓くん・緑くんが生まれる前から撮影をさせて頂いていて、今も1年に1回は必ずスタジオ撮影にお越し下さいます。Sukkuというデイサービスの屋号は、佳代が名付けさせて頂きました。飾らない温かさ、自分の好きが明快で、歯切れがよい。けれど、流れる時間はゆっくり。そんなお二人の人柄が大好きで、バランスを崩した時には体を診てもらおうと決めているから安心です。笑いと涙のデイサービスの日々を毎月2回、綴ってもらってます。


『笑えて、泣けて、するする頭に入る 超現代語訳 幕末物語』房野史典

この本は、ペリー来航から戊辰戦争までの幕末の流れを噛み砕いて説明した本です。

歴史の本ですが、参考書のような難しい感じはせず、

「驚愕でした。

最初から最後まで全部悪いことしか言ってないから。

一つ一つのパンチが強すぎる、史上最悪のギャラクシークーデターです。」

だったり、

「藁の家となってしまった幕府を、もう一度レンガの家にするため、朝廷と仲良くしようと目論む子ブタさん。いや安藤さん。」

といった笑える表現ばかりです。

かといって、全部面白おかしく書いてあるのではなく、会津戦争のエピソードは特に…。

ちなみに、私のオススメは池田屋事件です。

歴史好きな方も、そうでない方も、ぜひ一度手にとってみてください!

文・写真/ 木下琴子

2006年3月からのお付き合い。琴子ちゃんが生まれる前から撮影をさせて頂いてます。小学6年生になった今も記念日ごとには必ず、スタジオやお好きなロケ場所で撮影させて頂いてます。埼玉県からお越し下さいます。幼い頃から、本が好きと撮影のたびに僕に話してくれた琴子ちゃん。読みたい物語がまだまだ沢山あると思うと、これからが楽しみとも話してくれた。そんな琴子ちゃん目線の書評を毎月2回、依頼しています。

お客さんのコラム5/10版

このコラムの連載をはじめて、はや一年がたちました。最初わたしはこのように書いています。

「このお便りでは、読んだ本や観た映画をみなさんにご紹介しようと思います。たまたま今、covid-19 で出かけづらい毎日ですが、本や映画で視点をすこし遠くへうつしてみると、気が楽になるかもしれません。」

 まさかこの「たまたま」がまだ続いていて、さらに悪化していようとは、そのころだれが想像できたでしょう。

 竹内さん夫妻やみなさんへのお手紙のように書いているこのコラム。そんな個人的な文章からでさえ、わたしたちがいかに大きく新型コロナに影響を受けてきたかがわかります。上にもあるとおり、視点を遠くへうつしてみることで、わたし自身はなんとか暗くなりすぎずにいることができていますが、大好きな人と気軽に会えないこと、楽しくおしゃべりしながら食事もできないこと、それらによって、心はひどく傷つけられています。
 コロナの影響は、もちろん命の危険に及ぶ身体の問題であり、経済を止め人々の息の根を止める生活問題なのですが、心の問題は、今後もっともっと大きくなるように思えます。
 わたしの場合、ここでおおいに役立ってくれたのは、本と写真と、そして生き物たちでした。

 3月末に生まれた4番目の孫のことは、先月すでにふれました。おかげで赤ん坊はすくすく育ち、にぎやかな家族の人気者です。そしてそのほかにも新しい家族がやってきました。
 わたしは野菜を育てはじめました。近所の有機野菜のお店で買った、トマト、茄子、きゅうり、枝豆の苗を、大きなプランターに植えたのです。前回のコラムで取り上げた『ダンス・イン・ザ・ファーム』に影響を受けたのはもちろんです。
 そして、動物たち。元気になり、毛艶もつやつやのおばあちゃん猫ももを筆頭に、新しく仲間にくわわったのは、めだかです。孫たちのパパがめだかの飼育にはまっていて、たまたま稚魚を分けてくれたのですが、これがまた可愛らしい!
 毎朝わたしの1日は、小1時間の日記書きからはじまり、そのあとすぐ、生き物たちの世話をやきます。餌やり、水やり、トイレや水槽や庭の掃除……じつにさまざまな用事が待っています。それらが終わったら、やっと本を読みます。たくさんのいい本との出会いがあり、悩むのですが、今回のご紹介はこの本にしました。これがまたすばらしい本でした。

『柚木沙弥郎のことば』
 柚木沙弥郎・熱田千鶴 著 木寺紀雄 写真 グラフィック社

 型染め作家、柚木沙弥郎さん。御年99歳におなりで現在も活躍中。柚木さんは、いまさら言うまでもない”超”のつく素晴らしいアーティストなのですが、その「ことば」が、親しみやすく懐かしく、わたしたちを励まし元気づけ、今の現状を見すえつつも希望のもてる豊穣なものなのです。この本は柚木さんに寄り添い、取材を続けてきたライターの熱田さんが、インタビューが終わったあとの柚木さんのさりげない言葉までをも拾った、貴重な内容になっています。

 柚木さんは若いころ、民藝運動の提唱者、柳宗悦と出会い、染色工芸家の芹沢銈介に師事します。以来、ずっと制作を持続してらっしゃいますが、工芸とアートの橋渡しする立場から、実物を観る、触れる、ということをとてもたいせつにされています。

「実物を観る、できれば触ってみる、そういう実感や感じ方が非常に大切なことなんです。だから(…)『わかる』『理解する』というよりも前に『感じて』欲しい。」

 と、書く柚木さん。ただ、考えることを軽くみているわけでは、決してありません。感じて、そして自分で、主体的に考えなさい、とも説いているのです。意味にとらわれすぎるのではなく、迷いつつも自分の「感じ」をたいせつにして、一歩一歩あゆめばいい、そのためには一人になる時間をもとう、とすすめてくださっています。

「心にゆとりのないときこそ、僕は一人になる時間をおすすめします。孤独になるっていうことは、山の中に入って隠居するようなことではなくて浮世と重ねつつ、つかず離れず生活する。社会とのつながりは必要だと思うから、ちょっと距離を置いて、でも切らずにつながっている。鴨長明ではないけれど、行ったり来たりっていいですよ。こういう時代だからこそ、面白いことを自分で見つけなきゃいけないということは、僕はずいぶん後になってから気がついたことだ。だから、これからのみなさんにたくさん言うんです。」

「『こうやりたい』っていう情熱があるんです。目標があるっていうか。憧れね。」

 99歳の憧れ! なんて素晴らしい! もちろん柚木さんが天才だということはわかっています。でもこの親しみやすさはどうでしょう! いや、柚木さんのような天才がおっしゃることに、未熟な市井人であるわたしが耳を貸さない手があるでしょうか。そしてこう書く柚木さんはまた、リアリストでもあるようです。

「今の時代は特に変化するエネルギーがある社会だと思うんだ。それは毎日の生活、日常の中にもたくさん満ちている。普通に暮らしていた人たちの周りにも、今回のウイルスのようなものがやってきた。でも、これまでどの時代でもそういうことはたくさんあった。もっと日常に目を向けて、暮らしの中で何を大切にしていくか、自分で考えなければならない。表面的な豊かさに溺れず、個人個人がエポックを画する時代と、楽しみながらきちんと向き合わなければいけないと思いますよ。」

 柚木さん、道標となる言葉をほんとうにありがとうございます!

写真・文/ 中務秀子

2018年・第27期のフィルムカメラ教室の生徒さんとして、お付き合いが始まりました。今もフィルムカメラを続けてらして、二眼レフカメラにも挑戦中。デコさんは本好き、映画好き、芸術好き、お話好き。いわば “ 忙しいひまじん ” です。とても自由で全然気取ってない表現に親近感を覚えさせてくれる先輩です。そして心友になりました。


「とんがり帽子のアトリエ」シリーズ 白浜鴎

今回は初めてのマンガの紹介です!

小さな村に住む少女・ココは、幼いころから魔法使いになることを夢見ていた。

しかし、魔法使いとなれるのは素質のある人間だけで、魔法を使うことも、かける瞬間を見ることもできない―― 。

夢を諦めていたころ、村に魔法使いのキーフリーが訪れる。

好奇心から、魔法をかけるその瞬間を見てしまったココは….。

私がこのマンガで好きなのは、魔法を使うことには苦悩がともなうというところです。

杖を振ればすぐに魔法を使えるのではなくて、禁止されている魔法もあり、人々は魔法を気軽には使えないのです。

また、白浜さんはとても絵がうまいです!

設定も細かくて面白いので、とてもおすすめです!

文・写真/ 木下琴子

2006年3月からのお付き合い。琴子ちゃんが生まれる前から撮影をさせて頂いてます。小学6年生になった今も記念日ごとには必ず、スタジオやお好きなロケ場所で撮影させて頂いてます。埼玉県からお越し下さいます。幼い頃から、本が好きと撮影のたびに僕に話してくれた琴子ちゃん。読みたい物語がまだまだ沢山あると思うと、これからが楽しみとも話してくれた。そんな琴子ちゃん目線の書評を毎月2回、依頼しています。


今回のコラム「毎日阪神タイガースに振り回されています」

今年の春は昨年より藤の花がきれいに咲いているように感じます。これも山への意識が高くなったためでしょうか?皆さんは2021年のGWはどのように過ごされましたか?
私たちは、自宅と近くの公園の往復でした。9時過ぎに長男の友人が「楓君遊べますか~?」と尋ねてくれるので、楓も緑も嬉しそうに遊びに行きます。
グローブやバット、ボールなどを持って「行ってきまーす。」と元気に飛び出します。そして、15分経たないうちに必ず戻ってきます。「お父さーん。一緒に遊ぼー!」
私は41歳。小学校2年生が相手で丁度良い勝負です。しかし、子供たちは楽しいと同じことを何度も求めます=繰り返しの天才ですので、持久戦になります。
そのうち私の体力が削がれてしまいます。でも、子供達には負けません。大人げないですが負けません。わざと負けると私が楽しくないからです。親が楽しんでないと子供にも伝わってしまい、親の顔色をみて判断する子になってしまうのではないか?と考えてしまいます。それに、あと何年かしたら何をしても負けるようになります。それまでは、勝ちたいんです。
私は子供たちが小さい間(小学校4年ぐらいまで)は野球にしてもサッカーにしてもドッチボールにしても、色々なスポーツを経験して楽しむことが一番大切だと考えています。
そして、小さい間のスポーツの上手い下手は発達が速いか遅いかだと考えています。ですので、速く出来ることが良いとは考えていませんし、小さい時から1つのスポーツに固執する必要もないと考えています。
私は中学生のときにバレーボールを始めましたが、高校で京都代表になりましたし、その後クラブチームでもバレーを続けましたが、大きな怪我もなく30歳前まで京都代表で出来ていました。
スポーツはまず楽しむことが大事です。そして、怪我をしないで長く続けられるようにして欲しいです。そのためには、子供が小さい間はある程度親が介入して身体を動かす楽しさを教えた方が良いと考えています。早熟の天才で終わらないために・・・。

今回のコラム「毎日阪神タイガースに振り回されています」ですが、川瀬家は皆阪神タイガースファンです。Sukkuにも、熱狂的な阪神ファンがいます。
土井さん(仮名)70歳代女性です。この方は脳出血の影響で、右手右足が不自由です。利き手ではない左手で工夫しながら、調理や洗濯、家族3人分の家事を全てされています。
そんな土井さんの生活の中心は、阪神の試合です。そして、試合中はひと時も目を離したくないのです。ナイターが始まる前に夕食を食べ終えトイレも済ませ、テレビの前に陣取り、スコアを書くためのノートとペンを用意していざ出陣。
ですので、Sukkuに来る日はとってもハードスケジュール!Sukkuから帰ってくるのが5時です。ナイターはだいたい6時スタートです。1時間で主婦業を終えなくてはなりません。そんな日は、午前中に夕食の準備を済ませます。午前中に家の事をフル回転でこなします。午後はSukkuでトレーニングをして、夜はナイターに一喜一憂します。阪神が勝った日は、夜のスポーツ番組をはしごします。そして、翌朝も早朝から阪神びいきの番組をはしごします。勝った次の日は、それはとても機嫌が良いのです。送迎車でもずーっと阪神の話しです。
反対に負けた日は、試合の途中からテレビを消します。そして、ラジオに切り替えてラジオ深夜便を聞きます。寝不足になります。
次の日は、不機嫌になります。送迎車では沈黙です。負け方が悪いと自分で消化しきれずに、車内で選手の悪口が出てきます。私も阪神ファンですので、しっかり聞きます。受け止めます。最後まで聞きます。ひとしきり話しを聞いたら「土井さん大丈夫!今日の先発ピッチャーは〇〇やから、今日は勝つよ!」と言うと落ち着かれます。
そんな私がSukku利用中の土井さんに対して、1つだけ注意していることがあります。
それは運動中に阪神の話しをしないことです。阪神の話しが出て、土井さんが話しを始めると…興奮して熱弁が始まり、トレーニングが止まってしまいます。それどころか、興奮で手足の緊張が上がってしまい、えらい格好になってしまいます。脈も上がります。血圧も上がります。身体にとってよくない状態になってしまいます。
今年の阪神は、過去に例をみないほど調子が良いです。気の早い人はもう優勝を意識してしまってます。土井さんの身体にとって優勝するのが良いのか悪いのか分かりませんが、前回の優勝を甲子園で見届けた私からすると、あの感動をもう一度!という日が近づいてきているように思えてなりません! (おしまい)

次回のコラムは、「箱根八里の半次郎」です。

写真・文/ 川瀬啓介・未央

Sukku 川瀬啓介 / 未央 (理学療法士・鍼灸師 / 鍼灸師)
〒622-0002 京都府南丹市園部町美園町4-16-38

TEL 0771-62-0005

2017年から京都の南丹市でリハビリを中心としたデイサービスをしています。利用者さんと過ごす時間は、笑い声と涙が入り混じる賑やかな毎日です。そんなささやかな日常、会話から気付かされること、そして個性派揃いのスタッフについて…色々な事を綴っています。

2011年11月からのお付き合い。楓くん・緑くんが生まれる前から撮影をさせて頂いていて、今も1年に1回は必ずスタジオ撮影にお越し下さいます。Sukkuというデイサービスの屋号は、佳代が名付けさせて頂きました。飾らない温かさ、自分の好きが明快で、歯切れがよい。けれど、流れる時間はゆっくり。そんなお二人の人柄が大好きで、バランスを崩した時には体を診てもらおうと決めているから安心です。笑いと涙のデイサービスの日々を毎月2回、綴ってもらってます。


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ツバメは、家の「のき下」に巣を作って子育てをする夏鳥です。

空中をひらひらと飛びます。

急に方向を変えて飛んだり、スピードを上げて飛んだりするのでよく見失ってしまいます。

「チュビッピチッ」などと鳴き、さえずりは「虫食って土食ってしぶーい」と聞きなされます。

5月ぐらいには、巣を作るために畑や田んぼでどろを集めているのが見れます。

夏の終わりには、集団ねぐらをつくります。

河川じきのアシ原などで「ツバメのねぐら入り」が見られます。

秋に近くなると数も多くなります。

ツバメが上から木の葉が落ちてくるようにまい降りてくる行動を「木の葉落とし」というそうです。

ここでクイズです。

ツバメ以外に日本で見られるツバメの仲間は何種類いるでしょう。

1. 3種

2. 4種

3. 5種

4. 6種

正解は次の鳥図かんで発表します。

最後に前回のクイズの答えを発表します。

正解は、

3.の巣の手前で降りて歩いて巣まで移動する

でした。

※聞きなし→野鳥の鳴き声を人の言葉におきかえて聞いたもの

絵・文/ 中野響

お姉ちゃんとひーくんが生まれる前の、2005年10月から撮影をさせて頂いてます。今も2~3年に1回は必ず、スタジオや城陽のご自宅で撮ってます。小学6年生になったひーくんは、この前の撮影の時に鳥に魅せられていると話してくれた。それが小学生レベルの鳥好きの話ではなく、僕からすればもう学者レベル。しかも視点がユーモラスなのでこれはスゴイ!是非、図鑑を作ろうと盛り上がり、WEBという形で毎月2回、発表してもらっています。