お客さんのコラム1/10版

新年の巻

新年明けましておめでとうございます。
本年もスツールに繋がる皆さまにとって、佳き一年になりますように。

「おばあちゃんとゆふこ」今年も読んでいただけると幸いです。

年末年始は子ども達も冬休みという事もあり、普段のようにじっくりと編み物に集中してという時間はなかなか取れずにいたけど、やはり子ども達が寝た後は手が動かしたくなるもの。
例え編みかけの4段ほど編み進めるだけでも(きっと時間にすると5分ほどだろうな…)出来るとなんだか安心する。
そんな調子で進み具合はとてものんびりですが、無理せず、今年も編み物で呼吸を整える時間を過ごすのだろうと思う。
私は三姉妹の母でもあるので、子ども達とのかけがのない「今」の時間も楽しむ事を一番に大事にしながら、編み物で呼吸を整える、そんなのんびりした調子ですがきっとこれが今の自分にはピッタリ。
今年もおばあちゃんに習う、いい塩梅の編み物をしていきたい。

おばあちゃんはもちろん年末年始も周りの人のことで大忙し。
年末におばあちゃんちにいくと、また例によって型取りした布がたくさんあり、以前からのマスクを沢山発注されているのかと思いきや…
よ〜く見るとマスクの形ではなく、赤ちゃんのスタイのような形のものがたくさんあった。
「これ何作ってるの?」と聞くと
「近所のお地蔵さんの前掛けを新年までに新しく変えるのが毎年恒例なんよ。」と。
あの人のためにと、台所には周りの人に配るための黒豆やなますや栗きんとん、ごまめ、つきたてのお餅が大量にあるし、おまけにお地蔵さんの前掛けまでしていたとは…
こんなに周りの人に尽くすことがたくさんあり、きっと忙しいはずなのにバタバタしているように見えない、いや、見せないおばあちゃんは尽くしのプロだな…と改めて思った年末でした。
みんな喜んでくれるから嬉しい。どんな場面もそればかりのおばあちゃん。
それにしてもおばあちゃんのこなしている周りの人のための事の数は24時間でこなしているとは思えない量。
ものすごい段取りでしているんだろうなぁと思う。おばあちゃんはたまに何か物忘れがあると「おばあちゃんももうボケてきたな、もうだいぶあかんわ〜アハハ」と言って笑ってるけど、あの段取りをこなしているんだから、脳みそフル回転、「そんな簡単にボケるかい!」といつも心でツッコミを思う私でした。

今年もとんでもない素敵な師匠と共に、編み物やその他の生き方まるごと感じて学んで過ごしていきたいな。

写真・文 / 田畑由布子

こどもちゃん達が生まれる前の、2012年11月からのお付き合い。葵子ちゃん・季なりちゃん・糸喜ちゃんの3姉妹5人家族になった今も年に2回、必ずスタジオや名張市のご自宅で撮影させて頂いてます。編み物の師匠・おばあちゃんのお話しを聴かせてくれたユフコちゃん。面白くてあったかくて、色んな人にも聴いてほしいと思い、毎月2回、綴ってもらってます。


お正月にラジオの新春特別番組を聴いていましたら、作家の瀬戸内寂聴さんと高橋源一郎さんが対談をしておられました。「2020年はいかがでしたか?」と聞かれた寂聴さんは、一言、「いやな年だったわね!」と。百歳を迎えた僧侶の口から発せられた言葉は、なんとも爽快な一言でした。

 コロナショックのこの一年を振り返って、不思議な、とか、奇妙な時間だった、という感想はよく耳にします。わたしもそう思います。そしてあえて明るく前向きに、新たな時間を見つけられた、などとも言ったりします。たしかにそうなのです。

 でも、この日聞いた「いやな年だったわね」には、思わず爆笑してしまいました。だれしも落ち込むのはいやなもの。ことに人と話すときなどはなおさら、すこし笑いのオブラートをかけて語ろうとします。でもときには、思いっきり素直に、ぽんっと言ってしまうのもいいものだなあ、と思いました。もちろん人を傷つけるような、無神経な言葉はだめですよ……。

 そう、2020年はやはり、つらかったですね、みんな。いいこともあったし、不便な中に発見もありました。けれども、会いたい人にも会えず、しなくてもいいいさかいもあり、わーっと大きな声でも笑い合うこともせず。みんな、しんどかった。みんな、えらかった。ここまで来られて。

 そんななか、絵や写真や本が、子どもたちや動物たちが、救ってくれましたね。わたしはとりわけ、言葉に救われました。

 わたしは言葉が好きです。だからそれが雑にあつかわれたりするととても悲しい。一方、たいせつにされた言葉に出会うと、生まれてきてよかった、と思うのです。

 年があけて2、3日たったある夜、わたしは1冊の詩集を手にとりました。ひどく寒くて、みんな帰ってしまって、それなりに疲れて、すこしさみしいな、と思っていたときです。石原弦さんの『聲』という詩集です。知らない詩人でした。若い友人が、読んでみてください、とすすめてくれたのです。

 その詩には、身近な植物、光や風、そして塵にまで向けられたやさしいまなざしがありました。やさしい、という言葉だけではとても足りない、なんと言ったらいいのかわからない、しんと静かな、見守ってくれているような、とてもとてもたいせつにされた言葉で語りかけてくる、詩人の声でした。

 わたしは、小さく声に出して読んでいるうちに泣いていました。

「ひかりのさきっちょ」 石原弦

ひかりのさきっちょを
おさないこどもが歩いていく
そのすこしうしろを
わたしのこどもが歩いていく
あかるいひざしのなかを
わたしはゆっくりと歩いていく
ぼんやりとこどもたちのすがたを
ながめながら

こどもたちのこえが
川のせせらぎとながれてくる
そらのあおをうつして
川はあかるくながれていく
そらとうみのあいだの
とうめいなあおいながれを
わたしたちは川にそって
歩いていく

ひかりのさきっちょを
おさないこどもが歩いていく
そのさきには
みえるはずもない
まだうまれないこども
ひかりのなかを川にそって
ほら むこうからやってくるよ
犬をつれたおじいさんが

写真・文/ 中務秀子

2018年・第27期のフィルムカメラ教室の生徒さんとして、お付き合いが始まりました。今もフィルムカメラを続けてらして、二眼レフカメラにも挑戦中。こどもと大人の絵画造形教室 / コッコ・アトリエを京都の一乗寺でお仲間とされています。デコさんは本好き、映画好き、芸術好き、お話好き。いわば “ 忙しいひまじん ” です。とても自由で全然気取ってない表現に親近感を覚えさせてくれる先輩です。そして心友になりました。

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18ページ

ツグミは、冬に日本の田んぼや畑に来る身近な冬鳥です。

「キョッキョッ」などと鳴きます。

地面では、歩いては立ち止まるをくりかえしているすがたがよく見られます。

それが「だるまさんがころんだ」みたいでおもしろいので見てほしいです。

あまり群れでいることはなくて、1羽で行動しています。

好きな所は、羽のもようがきれいな所と木の上などで休んでいる時の丸まっている格好がかわいい所です。ツグミの仲間はたくさんいてちょっとずつちがうのでぜひ見比べてほしいです。

ここでクイズです。

この中に1種だけいないツグミがいます。

どれでしょう。

1.「クロウタツグミ」

2.「マミチャジナイ」

3.「ノハラツグミ」

4.「アカコッコ」

正解は次の鳥図かんで発表します。

最後に前のクイズの答えを発表します。

正解は、

3.のカイツブリでした。

絵・文/ 中野響

お姉ちゃんとひーくんが生まれる前の、2005年10月から撮影をさせて頂いてます。今も2~3年に1回は必ず、スタジオや城陽のご自宅で撮ってます。小学5年生になったひーくんは、この前の撮影の時に鳥に魅せられていると話してくれた。それが小学生レベルの鳥好きの話ではなく、僕からすればもう学者レベル。しかも視点がユーモラスなのでこれはスゴイ!是非、図鑑を作ろうと盛り上がり、WEBという形で毎月2回、発表してもらっています。


⑰「Sukkuにもカメラマンがいます」

 明けましておめでとうございます。2021年が始まりました。川瀬家は、毎年初日の出を琵琶湖から眺めています。この時期は天気が悪い日が多いので、毎年毎年初日の出を見れるわけではないですが、今年もしっかり見えました。琵琶湖の水面に浮かぶ朝日を見ると何か良いことが起こりそうな予感。早速、後輩からの年賀状にスツールのコラム見ていますと一言。幸先の良いスタートを切れました。
今年はどんな一年になるだろう。楽しみがいっぱい。

今回のコラム。カメラマンと言えば竹内さんですが、Sukkuにもカメラマンがいます。
名前は三山さん(仮名)年齢は85歳で男性です。
少しの物忘れと、小脳の病気でバランス能力が低下している方です。そして、もともとだと思うのですが、ものすごくぽわーんとした方なのです。誰にでも合わせている様な感じに見えて、実は誰にも合わせていない。物事をしっかりと見ているようで、でも尋ねると何も見ていない。それでいて、誰にも不快な思いをさせない。居るとそれだけで少し安心する。何とも不思議な存在感の方です。
そんな三山さん。元々親の代から弁当屋を営んでいた家にお生まれになりました。国鉄時代(今のJR)から駅弁を売っておられ、当時は飛ぶように売れたそうです。自宅も山陰線の駅から一番近いところに建っているんじゃないか?と思うほど近く、小さい時から電車が来たらすぐに駅弁を担いで売りに出向いたそう。
三山さんとはよく話をします。5人兄弟の3番目だった。とか、一番上の兄が一番できる奴で、京大まで行った。とか、私も同志社大学を受験して受かった。けど、親が大学行ってどうするんや?って言うてきたから辞めた。とか、ほんで弁当ばっかり売ってた。など。そしてある時、電電公社(今の関西電力)の社員食堂をやってみない?と言われ挑戦。それなりに上手くしていたようですが、2・3年たったある時俺はこのまま社員食堂をやり続けるのか?と自問自答……..答えは否!
これからの時代はカメラや!写真や!と思い一念発起して天王寺のカメラ学校へ!(多分50年~40年前)そして、自宅を改装し写真屋を開店されました。
時代は、フイルムカメラ最盛期です。それはそれは売れたようです。
当時、75才になる方へ町から記念写真をプレゼントしていたらしく、その方の自宅まで行って撮影をして…と、毎日休む暇もないくらい働いたそう。
長いこと写真屋さんをやっていると大勢の方の撮影をされていますので、Sukku利用者の中にも三山さんに撮影してもらった!という方も多いんです。写真を撮られた方は忘れていないですが、撮った方は忘れているようで、三山さんはほぼ100%の確率で撮影した人の顔を覚えていません。
先日も、ある利用者さんが「私、毎年三山さんに撮影してもらってたよ!」と言われました。三山さんはここでも、「え~そやったかな~?忘れたな~。」それを聞いて私もとっさにフォローします。「三山さんはプロやから、カメラのファインダー越しに見ないとその人の顔や風景を思い出せへんのです。」と。
こんな感じで、三山さんは本当に年齢からくる物忘れなのか?もともと他人に関心がないのか?よく分からない時が頻繁にあるのです。
本人も、ぽーっとしている事は自覚しておられ、若い時からこんな感じやった気がするな~?とよく話されます。免許更新するのを忘れて半年間も無免許運転してて、たまたま、警察に免許証確認をされたときに発覚したとか。
とあるゴルフコンペで集合写真の撮影依頼があり、(ゴルフコンペで集合写真の依頼があるということはそれなりのメンバーが集まっているんですが…)みんな集めて「ハイポーズ」としたところ、「あれ~?フイルムが入ってないわ~。」なんてことも。みんなずっこけたそうです。

ちなみに、三山さんの口癖は「デジカメになってから一気に商売傾いた。僕はやっぱり、フイルムカメラやね」です。
少し前に、三山さんに利用者さんの集合写真を撮ってもらおう!という話しになりました。最初は乗り気でなかった本人も、段々とやる気に。そして立派なカメラを持ってこられ入念に準備をして、みんな並んでいよいよ撮影!となった時に私だけは気づきました。
三山さん、それデジカメやん!(写真はとても良いものが撮れました。)

また、葬儀屋さんと連携しておられ、亡くなった方の遺影写真も作られています。三山さんの凄いところは、朝でも夜でも連絡があったらすぐに写真を作ります。その写真も遺影用の写真なんてないので、小さい写真を引き伸ばし、シミを取り除いてようやく出来上がるそうです。職人技です。
本人がよく言うておられますが、「葬儀屋がなくなったらウチは終わり」というぐらい仕事がよくあるのです。

80歳を過ぎた今も、店は365日開いています。スマホでの撮影が主流になった昨今、1日一人か二人しかお客がないときもあるそうですが、老夫婦と甥っ子さんで頑張っておられます。
皆さんも山陰線の駅から一番近いと思われる写真屋さんを見つけたら、ぜひ一度寄ってみてください。 (おしまい)

次回のコラムは「80過ぎたら勝手に痩せる」です

写真・文/ 川瀬啓介・未央

Sukku 川瀬啓介 / 未央 (理学療法士・鍼灸師 / 鍼灸師)
〒622-0002 京都府南丹市園部町美園町4-16-38

TEL 0771-62-0005

2017年から京都の南丹市でリハビリを中心としたデイサービスをしています。利用者さんと過ごす時間は、笑い声と涙が入り混じる賑やかな毎日です。そんなささやかな日常、会話から気付かされること、そして個性派揃いのスタッフについて…これから色々な事を綴っていこうと思います。

2011年11月からのお付き合い。楓くん・緑くんが生まれる前から撮影をさせて頂いていて、今も1年に1回は必ずスタジオ撮影にお越し下さいます。Sukkuというデイサービスの屋号は、佳代が名付けさせて頂きました。飾らない温かさ、自分の好きが明快で、歯切れがよい。けれど、流れる時間はゆっくり。そんなお二人の人柄が大好きで、バランスを崩した時には体を診てもらおうと決めているから安心です。笑いと涙のデイサービスの日々を毎月2回、綴ってもらってます。


『こんにちは!あたらしいいのち』アイナ・ベスタルド

リクガメ・クジラ・ペンギン・カンガルー……

この絵本は、7種の動物の子どもの誕生を、親の出会いから巣立ちまでえがいた絵本です。

しかし!ただの絵本では(もちろん)ありません。

そのひみつはページ!

なんと、トレーシングペーパーなのです。

重ねて、すかして。

めくると絵が変化します。

次のページやその次のページがうまく柄で隠れていて、めくるたびに新たな絵や文が出てくるのです。

カバーもトレーシングペーパーで、それぞれの動物がすけてみえています。

とても美しい絵で動物の誕生を描く美しい絵本です。

もちろん絵本といっても、大人でも楽しめると思います。

ぜひ一度みてみてください!

文・写真/ 木下琴子

2006年3月からのお付き合い。琴子ちゃんが生まれる前から撮影をさせて頂いてます。小学5年生になった今も記念日ごとには必ず、スタジオやお好きなロケ場所で撮影させて頂いてます。埼玉県からお越し下さいます。幼い頃から、本が好きと撮影のたびに僕に話してくれた琴子ちゃん。読みたい物語がまだまだ沢山あると思うと、これからが楽しみとも話してくれた。そんな琴子ちゃん目線の書評を毎月2回、依頼しています。

12/25版 ~巻頭特集~

写真・文/ 恵美

前回・12/10版のスツール通信~やさしさの結晶~を読んで、

えみちゃんがお返事をくれました。

僕等だけが読むにはあまりにももったいない文章です。

巻頭に掲載させてもらって、これでこのお話しは完結です。

彼女の文章が多くの方の手助けになりますように。

竹内さん
佳代さん

スツール通信、読ませていただきました。

もう、なんといっていいのやら、うまく言葉にできないのですが、、、
仕上がった写真を見ていると、あの日の出来事が鮮明な光を持って蘇り、不思議な気持ちになるのです。

わたしは、父に大事に大事に育てられたのだと、今になって改めてわかりました。
15年前の結婚式のツーショット写真の中にいるあの頃のわたしは、まだ全然わかっていなかったけど、、、

退院してから父と自宅で一緒に過ごした16日間は長かったのか短かったのかわからなくなるくらい、

どんな瞬間もさっきの出来事みたいに思い出せます。

父が亡くなった日は、日曜日の夕方だったのですが、家族みんなと猫に見守られ、あたたかで幸せな最期でした。

孫たちの話し声、笑い声、歌声に耳を澄ませながら、毎日の何気ない風景を積み重ねながら過ごせたことが本当にありがたいです。

父を看取った部屋は、わたしが息子を自宅出産した部屋でした。
死にゆく人に寄り添うことは、とてつもなく寂しかったけれど、それでも励まされ、ものすごく強くなれるような経験になりました。
こどもたちの中にも、きっとずっと残ってくれると思います。

毎日、本当に空が美しくて、見上げるたび表情が変わるのがおもしろくて、、、

眺める回数が増えました。

少し落ち着いたら、お二人に会いに行かせてくださいね。

恵美

お客さんのコラム12/25版

17ページ

カルガモは、公園の池や川でも1年中見られる身近なカモです。

オスもメスも同じ色をしています。

足はきれいなオレンジ色をしています。

はんしょく期には、ひなが親をおいかけるかわいいすがたが見られます。

カルガモはくちばしの先が黄色をしているのと、

飛んでいる時に「ヒュヒュヒュ」と音がなることが特ちょうです。

好きなところは、丸っこいしねている時の格好も丸まっていておもしろいところです。

カルガモのお引っこしは有名なので見てみたいです。

ここでクイズです。

この4つの中にカモではない鳥が1つだけあります。

どれでしょう。

1.キンクロハジロ

2.ホオジロガモ

3.カイツブリ

4.シマアジ

答えは次の鳥図かんで発表します。

最後に前回のクイズの答えを発表します。

正解は、

1.の「源平つつじ、茶つつじ」でした。

絵・文/ 中野響

お姉ちゃんとひーくんが生まれる前の、2005年10月から撮影をさせて頂いてます。今も2~3年に1回は必ず、スタジオや城陽のご自宅で撮ってます。小学5年生になったひーくんは、この前の撮影の時に鳥に魅せられていると話してくれた。それが小学生レベルの鳥好きの話ではなく、僕からすればもう学者レベル。しかも視点がユーモラスなのでこれはスゴイ!是非、図鑑を作ろうと盛り上がり、WEBという形で毎月2回、発表してもらっています。


『マナーはいらない小説の書き方講座』三浦しをん

Web連載を単行本化した本です。

小説の書き方をタイトルの通り、全二十四皿のコース仕立てで伝授!

とても役に立つのですが、何といってもおすすめしたいのは、このおもしろさ!

抱腹絶倒、私はなかなか読み進められませんでした。

あまりにありすぎて、たぶん書きつらねると二十日くらいいるのですが(笑ってしまうので)、例えば…

『全二十四皿って多すぎるだろ。いくらなんでもおなかが破けちゃうだろ。(中略)四回もお口直しって、お色直しが頻発する芸能人のバブリーな披露宴か。』(お口直しはコラムのこと)

とか、

『おまえの愛はなんかまちがっとるぞ!ヤブ蚊に刺されてかゆいわ!』など(どんな比喩でしょう)。

あまりに面白すぎて大爆笑してしまうので、人前で読むのには向きません(笑)

三浦しをんさんの二冊目、ぜひ読んでみてください!

『おーい、そこの小説家志望じゃないかたー。おいら、ここにいるよー。レジに持っていっておくれー。』(本文より)

文・写真/ 木下琴子

2006年3月からのお付き合い。琴子ちゃんが生まれる前から撮影をさせて頂いてます。小学5年生になった今も記念日ごとには必ず、スタジオやお好きなロケ場所で撮影させて頂いてます。埼玉県からお越し下さいます。幼い頃から、本が好きと撮影のたびに僕に話してくれた琴子ちゃん。読みたい物語がまだまだ沢山あると思うと、これからが楽しみとも話してくれた。そんな琴子ちゃん目線の書評を毎月2回、依頼しています。


おばあちゃんから学んだ私の1年間の巻

今日はクリスマスですね〜!
そして今年最後の編み物コラムです。
ちょうど去年の今頃おばあちゃんに弟子入りした頃です。

三女の産休に入ると共に、おばあちゃんみたいなおばあちゃんにいつかなりたい。
娘たちに、いつか自分もしてもらったみたいに孫に…唯一無二のものを与えられるおばあちゃんになりたいな…思ってはじめた編み物から一年が経った。

(始める前に過去の続かなかった編み物の経験から自信がなく、足踏みしていた私の背中を押してくれた、かよさん、ありがとうございます。)

月水金のおばあちゃんの編み物教室で習う事は編み物だけにとどまらず、季節折々の保存食づくり、おばあちゃんから学ぶ生き方、人との暖かな繋がりの話、編み物以外にもたくさん得たものがあった。
頭がいっぱいいっぱいの時も編み物をする事で脳内がリフレッシュ。
思わぬ辛い出来事の時も編み物で心を落ち着かせたり。
おばあちゃんのいつかの夢だった話を聞いて、いつか自分もそのバトンを受け継ぎたいという新たな目標までできてしまったのだから、この一年はこの後の人生を大きく動かされたように気さえしてくる。
おばあちゃんに教わる編み物に出会えて救われたり、豊かになった時間が宝物の一年だった。

おばあちゃんの生き方のテーマになっている「周りのひとに喜んでもらえるように」と言う事が、編み物に通づるものがあり、
誰かの事を思って編んだり、喜んでもらえたとき、こちらの気持ちこそ、嬉しい時。
それが編み物につまっているので、編み物は辞められない。
寒い季節になり、私が編んだものを身につけてくれているのを見かけたり、暖かくていつも着ているよと教えてくれたりするようになり、たまらなく嬉しくて、来年はまたもっと上手くなったものを渡せる様になろうと思うのだ。
私の編みものライフは来年もそしてこれからもまだまだ続き、急がず楽しんで編み物のように一段一段経験を積み上げていきたいと思う。
これからもおばあちゃんとモーニングしながら、編む時間を楽しみに。
そしてこれからも編み物を超えたものを学べる、このスペシャルな編み物教室の時間を過ごせるのだから来年もきっといい一年になりそう。

余談ですがいつもお供してくれている三女の名前は
糸喜(しき)といいます。
夫と決めた大切な名前。
糸と喜ぶという字の組み合わせ。
偶然ですが、まるで編み物教室でおばあちゃんから学ぶテーマのような名前だなと今更ながら気づいたのです。
糸喜ももうすぐ一歳です。
糸喜の歳が一才ずつ大きくなるにつれ、私の
編み物歴も増えてくように。
糸喜がすくすく成長していくように私の編み物も成長していくようになればいいなと思うのです。

おばあちゃんから教わる編み物がきっかけで、まさかこんなコラムを描かせてもらえるなんて夢にも思っていませんでした。
文を描くのは本当は得意じゃありません。
でも湧き出てくるようなエピソード、おばあちゃんとの話し、拙い文章ですが読んでくださった皆様、ありがとうございます。

来年もおばあちゃんとの編み物の中でのエピソード、私の編み物、綴っていくのでらどうぞまた見てくださると嬉しいです。

良いお年をお過ごしください。

毎年恒例の家族写真を撮りにゆきました。
今年は全員で手編みを纏って撮ってもらいました!

写真・文 / 田畑由布子(こどもたちの写真 / 竹内靖博)

こどもちゃん達が生まれる前の、2012年11月からのお付き合い。葵子ちゃん・季なりちゃん・糸喜ちゃんの3姉妹5人家族になった今も年に2回、必ずスタジオや名張市のご自宅で撮影させて頂いてます。編み物の師匠・おばあちゃんのお話しを聴かせてくれたユフコちゃん。面白くてあったかくて、色んな人にも聴いてほしいと思い、毎月2回、綴ってもらってます。


なんども同じお話になって……すこし恐縮ですが、今回もまた、愛猫もものことから書きはじめようと思います。

 この夏、2か月ものあいだ急性膵炎を患って、なんとか回復したももですが、先日また腎臓をわるくしてしまいました。ももは18歳。人間でいえば90歳近くのおばあちゃん猫です。なにしろ猫は人間の4倍の速さで年をとりますから、あっという間にそんな年齢になりました。

 度重なる病気に、わたしは一度は覚悟を決めたものの、ある夜ももが吐いたあと、そう遠くない日にももを失うことを思い、号泣してしまいました。生命には限りあることがわかっていても、今はまだ別れ難い……。

 先日ある方に、悲しみが絶望になると、怒りになり、審判となる、という話をうかがいました。審判とは、その悲しみの原因を、誰かのせいにして犯人探しをすることです。あのひとのせいだ、いや、自分が悪いのだ、というふうに。
 しかし、仏教では、悲しみは、あきらめや許しとなり、やがてほほえみや笑い(ユーモア)に至る、と説かれているそうです。

 鹿ヶ谷の法然院の貫主、梶田真章さんは、「他者のために、他者の安らかなることを悲しみ願う」という言葉を、さまざまな機会に話されています。

 ここにある「悲しみ」とは、なんと深い言葉なのでしょう。それは、ただ悲しみ嘆くことではなく、他者の悲しみに心を寄せ、思いを同じくし、ともに悲しむことなのです。そういえば、慈悲という言葉も、他者の喜びをともに喜び、悲しみをともに悲しむという意味だと、なにかの本で読んだことがあります。

 ももを失えば、ももとくっついて眠ったり、遊んだり、いっしょにごはんを食べたりできなくなります。けれども、今までずっとそうやってこられたことが、いろんなことがつながって、重なって、あり得ない幸福が結び合わさって、できた18年なのだと気づきました。
 ももはいま、最晩年の日々を懸命に生きています。その日々をたいせつにしていこう。そしてその先にはきっと、やさしいあきらめや許しや、微笑みが待っていることでしょう。

 今日は、まど・みちおさんの詩集から一編の詩をご紹介して、この文を終わります。

『きょうも天気』
  まど・みちお詩 谷内こうた絵 至光社

  「きんの光のなかに」

 この世には草があるし木がある
 というようにして鳥がいるし獣がいる
 というようにして日々が明けるし四季がめぐる
 というようにして生かされている
 ふりそそぐ秋のきんの光のなかに
 という思いに浸れるのを幸せとして
 このかぎりない物事のなかの
 どんなほかのものでもない
 これっきりの
 見えないほどの無いほどの
 一粒として

写真・文/ 中務秀子

2018年・第27期のフィルムカメラ教室の生徒さんとして、お付き合いが始まりました。今もフィルムカメラを続けてらして、二眼レフカメラにも挑戦中。こどもと大人の絵画造形教室 / コッコ・アトリエを京都の一乗寺でお仲間とされています。デコさんは本好き、映画好き、芸術好き、お話好き。いわば “ 忙しいひまじん ” です。とても自由で全然気取ってない表現に親近感を覚えさせてくれる先輩です。そして心友になりました。

コッコアトリエ・HP → ●

コッコアトリエ・インスタ → ●


⑯「週4日の勤務です」

12月は私たちが結婚してから毎年恒例となっている、スツールでの撮影があります。前回のコラム完成後、今年も行ってきました。スツールには撮影に行っているというよりは竹内夫婦と喋りに行っているような感じです。私も子供もあの場所に行くととても気持ちが明るくなります。竹内さんは今私たちが考えていることに耳を傾けてくれます。そして賛同してくれます。その反応を見て、よしこれならいける!と自信を持って次の一歩が踏み出せます。今考えればSukkuの構想を話したときに、それは絶対いける!と言ってくれたのも竹内さんでした。そして、屋号はカヨさんにつけて頂きました。
来年・再来年に向けて色々考えていますが、まずは目の前にいる困っている人に対して何が出来るか考える。それが未来へとつながる道だと信じて、ゆっくりと確実に進もう。

 今年も残すところあと1週間。Sukkuは4回目の年を越せるところまで来ました。
Sukkuには開設当初からのヘビーユーザーが1名おられます。名前は石水さん(仮名)男性で70歳代の方です。この方は、脳出血の後遺症で両手足に麻痺があります。長年、長距離トラックの運転手をしていて、65才になり定年を迎えそろそろ仕事のウエイトを減らそうと考えていた矢先に病気になられました。石水さんはあまり多くを語ることはされませんが、責任感が強い方で、自分に必要なことはコツコツと続けることが出来ます。この病気になった当日も朝から身体の半分が動かしにくかったにも関わらず、自分で運転して仕事場まで行き、職場のスタッフに、こんな身体やししばらく会社を休むと伝えて、自分で運転して病院へ。診察して命が危ないほどの病気と分かり、緊急入院と手術を受けられました。そして、10か月もの入院の後、なんとか杖で歩けるようになったので退院されました。
退院後は病院の外来リハビリに毎日通っておられました。私はそこで石水さんと知り合いました。直接の担当ではなかったのですが、リハビリの様子を見ていても、あまり頑張っているようには見えなくて、ただ淡々とリハビリを受けているといった感じでした。
その後、私が病院を退職しSukkuを開設すると、すぐに利用したいと直接来られたのです。
最初は週2回の利用でしたが、徐々に回数が増えて3年程前から週4回の利用になりました。石水さんは日頃からセニアカーに乗って移動されていますので、自分で来られます。朝は30分前に来て、Sukkuの周りを歩いて身体を動かして、靴の脱着に時間を有するからと15分前に入られます。4年間休まずにその時間通りに来られます。雨の日も雪の日も休まずに自分で来られます。何度か迎えに行きましょうか?と声をかけましたが「いや。自分で来る。」と言われます。
4年間休まずに来れるってすごいですね!って言うと、石水さんは「これは俺の仕事やから。」と一言。
さらに石水さんは、ご利用日には必ずノートに一言を書いて来てくれます。麻痺した手でペンを持って書いて来てくれます。絶対に書きにくいはずですが4年間毎回書いてくれます。そこには、Sukkuの改善点を書いてくれるときもありますし、前日の阪神の結果であったりします。毎回キリっとした気持ちで私たちは目を通させて頂いてます。
病院で見ていた私の石水さんのイメージとは大違いで、実際はとても頑張り屋さんでそれを誰にも見せないのです。

石水さんは多くを語らない方ですが、娘さんが一言「父は愛想も悪いし、怖い顔をしてるけど、犬と子供には好かれるんです。」
私は優しい人の代名詞って、犬と子供に好かれる人だと思うんです。
実際うちの子供たちも石水さんにとてもなついていて、園部のおじいちゃんだと思っている様子。街で見つけると必ず「石水さーん!」と大声で呼び止めます。その都度、石水さんはセニアカーを停めて軽くうなずきます。それだけです。けど、子供たちは大好きです。
昭和の男って多分こんな感じなんでしょうね~。
今となっては、数少ない昭和の匂いを残した人たちを相手に仕事をしつつ、来年は令和3年です。
このコラムに目を通して下さっている読者の方々、今年もありがとうございました。
皆さんやスツールにとって、来年が良い年でありますように。(その前に年末ジャンボ宝くじが当たりますように)   おしまい。

次回 「Sukkuにもカメラマンがいます」

写真・文/ 川瀬啓介・未央

Sukku 川瀬啓介 / 未央 (理学療法士・鍼灸師 / 鍼灸師)
〒622-0002 京都府南丹市園部町美園町4-16-38

TEL 0771-62-0005

2017年から京都の南丹市でリハビリを中心としたデイサービスをしています。利用者さんと過ごす時間は、笑い声と涙が入り混じる賑やかな毎日です。そんなささやかな日常、会話から気付かされること、そして個性派揃いのスタッフについて…これから色々な事を綴っていこうと思います。

2011年11月からのお付き合い。楓くん・緑くんが生まれる前から撮影をさせて頂いていて、今も1年に1回は必ずスタジオ撮影にお越し下さいます。Sukkuというデイサービスの屋号は、佳代が名付けさせて頂きました。飾らない温かさ、自分の好きが明快で、歯切れがよい。けれど、流れる時間はゆっくり。そんなお二人の人柄が大好きで、バランスを崩した時には体を診てもらおうと決めているから安心です。笑いと涙のデイサービスの日々を毎月2回、綴ってもらってます。

お客さんのコラム12/10版

⑮「ひ孫やと思てます」その2

前回から続いている益代さんとその家族ですが、いよいよ益代さんの紹介です。
益代さんは、もともと膝と腰が悪かったのですが、交通事故で大腿骨を骨折、さらに大腸の病気にかかったりと怪我や病気が増えてきて歩行が不安定になってきたのです。

益代さんは出会った時からすっごく真面目で、とっても面白い方でした。昔から少し耳が遠いので聞き間違いが多く、その間違え方が面白いし可愛いのです。最近はマスクをしながら話しをするので、ほとんどが聞き間違え。違う方を呼んでいても「はーい。」逆に後ろから益代さん!と呼んでもほとんど反応なし。近頃では、聞こえていないのに返事しているぞこの人!というのまで分かるようになってきました。

そんな益代さんはイケメン俳優が大好きです。先日も好きな俳優を、漢字に読み方まで付けて嬉しそうに書いてきてくれたのですが・・・。
三浦 新 (みうら あらた)
松坂 桃季 (まつざか とうき)
竹内 豊 (たけうち ゆたか)
小栗 旬(おぐり じゅん)
残念です。
見事に少しずつ間違っています。
けどこんな間違いはしょっちゅうです。

そして、ファッションにもこだわりあり、なかなかなオシャレさんなのです。
最近のファッションは、首にはカラフルなストールを巻き、ロングコートを羽織ります。
そのロングコートはストライプ。けど中のシャツはボーダー。そしてズボンは市松模様。
極めつけは、がま口の財布をとても大きくしたリュックサック。
まるで、個性と個性が喧嘩をしているような格好なのです。けれど、益代さんには不思議と似合っているのです。

益代さんは、記念すべきSukku第一号の救急搬送者でもあります。
あれは、忘れもしません。Sukkuを始めて1年半が経過したときの事です。
トレーニングを始める前に、準備体操をしていたら急に益代さんが「あかん。気分が悪い」と言い出しました。血圧も体温も正常だったのに急変したので皆びっくり。顔色が真っ青になり、天井を向いて痙攣が始まりました。これはあかん!すぐに救急車を呼びました。
痙攣は1・2分で終わりましたが、顔は真っ青のままで担架に乗せられ、近くの病院へ救急搬送されました。そして、検査を受けて付いた診断名がなんと・・・「食あたり」
益代さんが昼食べたカキフライです。食べる前から何かやばいなと思っていたそうですが、カキフライが好きなのでそのまま食べたら・・・
それ以来、益代さんはカキフライを自粛され、Sukkuで天井を見上げる行為はスタッフが怖がるので禁止になりました。

最後に、とっておきのエピソードを。
12月3日は私たちの結婚記念日です。益代さんは、それも覚えてくれています。毎年、その日にとても華やかな花束を送ってくれるのです。もちろん、今年も届きました。お礼の電話をすると益代さんは「私の大事な孫どすから、末永く幸せになって欲しいのどす!」と一言。
こんなにも大事にしていただいているSukku、そして川瀬家は、出会う人達に恵まれ支えて頂いてます。
12月はそんな私たちの1年に1回のお楽しみ。家族みんなで竹内さんに会いに行きます。
(おしまい)

次回「週4日の勤務です」

写真・文/ 川瀬啓介・未央

Sukku 川瀬啓介 / 未央 (理学療法士・鍼灸師 / 鍼灸師)
〒622-0002 京都府南丹市園部町美園町4-16-38

TEL 0771-62-0005

2017年から京都の南丹市でリハビリを中心としたデイサービスをしています。利用者さんと過ごす時間は、笑い声と涙が入り混じる賑やかな毎日です。そんなささやかな日常、会話から気付かされること、そして個性派揃いのスタッフについて…これから色々な事を綴っていこうと思います。

2011年11月からのお付き合い。楓くん・緑くんが生まれる前から撮影をさせて頂いていて、今も1年に1回は必ずスタジオ撮影にお越し下さいます。Sukkuというデイサービスの屋号は、佳代が名付けさせて頂きました。飾らない温かさ、自分の好きが明快で、歯切れがよい。けれど、流れる時間はゆっくり。そんなお二人の人柄が大好きで、バランスを崩した時には体を診てもらおうと決めているから安心です。笑いと涙のデイサービスの日々を毎月2回、綴ってもらってます。


もう12月もなかば。多くの人が、この1年は時間感覚がおかしかった、知らない間に年末を迎えてしまって……と口にしているようですね。わたしもそんなひとりです。
 かつて経験したことのない、つらく不自由な日々のなかにも、楽しみと親切をみつけてゆきたい。そう思ったわたしが、あらたに出会いなおしたものは、編み物でした。

 小学生の頃、おばあちゃんに教えてもらった編み物。中学高校とずっと好きだったのに、受験で最初の中断。その後、家庭をもって復活したものの、わが家にいたのはふたりの息子でした。手編みのセーターよりジャージが好きな彼らに着てもらえなくて、じょじょにわたしの編み物への興味は薄れ、その後長いこと遠ざかっていました。

 それが去年、20数年ぶりに、孫の1年生コブタ(3きょうだいのいちばん上なのです 笑)がいきなり、毛糸編み教えて! と言い出しました。さあて、どうするんだっけ……とおもむろに、指で編む簡単なものから思い出しながら、いっしょにやってみました。すると! なんとも楽しいんです!
 それからは、帽子、かばん、お人形、ベスト、アームウォーマーと、どんどん編んで、こまかな技術も思い出していきました。手が覚えていたんですね。

 おかげで、感染予防でうちにひきこもりがちなり日々も、楽しくすごせました。なにより、つくったものをよろこんでくれる人がいる! それが励みでした。

 きょうご紹介する本も、そんな、ものつくることのよろこびと、わかちあうしあわせを描いた絵本です。

『アンナの赤いオーバー』
 ハリエット・ジィーフェルト文 アニタ・ローベル絵 松川真弓訳

『おばあさんとあひるたち』
 ホープ・ニューウェル作 奥山玲子画 光吉夏弥訳

 アンナは戦争が終わったころに、おかあさんとふたりきりで暮らしていました。お父さんやほかの家族は、戦争で亡くなったのでしょうか? 何も説明はありませんが、ボロボロに壊れた家や、ありものでなんとかしているようなその貧しい暮らしぶりから、おそらくそうなのでしょう。そんな生活のなかでも、アンナはすくすく育ちます。冬になって、いつも着ていたアンナの青いオーバーは、すり切れて、すっかり小さくなってしまいました。

 そこでおかあさんは、うちに残されていたおじいさんの金時計をもって、農場へ出かけます。羊を飼っているお百姓さんに、羊毛と金時計を交換してもらうために。お百姓さんは、春になって羊の毛を刈るまで待っておくれ、と言います。アンナとおかあさんは、気長に待つことにしました。

 お百姓さんに羊毛をわけてもらうと、今度は、糸紡ぎのおばあさんのところに行って、毛糸にしてもらうように頼みます。お礼はきれいなランプです。おばあさんは、わたしはゆっくり紡ぐので、気長に待っていてね、と言いました。

 それから、つぎつぎと、でも時間はたっぷりかけて、毛糸を赤く染め、機屋さんに布を織ってもらい、仕立て家さんにすてきな赤いオーバーに縫ってもらいました。もちろんそれぞれに、うちにあったお礼の品物をすすんで差し出しました。

 そうこうするうちに1年がたち、その年のクリスマスがやってきました。アンナとおかあさんは、去年より、もっているものは少なくなったけれど、赤いオーバーと、もっともっと豊かなものを手にしていたのです。
 いつものように、ラストは読んでのお楽しみ。どうぞ読んでみてくださいね。

 あ、それと、せっかくなので、クリスマス向きのおまけの1冊を。ホープ・ニューウェルの楽しいおはなしに、魔法使いサリーの原画監督などでも有名な、奥山玲子さんの絵本『おばあさんとあひるたち』も、同じようなテーマの、色鉛筆画の愛らしい絵本です。ぜひおすすめします!

写真・文/ 中務秀子

2018年・第27期のフィルムカメラ教室の生徒さんとして、お付き合いが始まりました。今もフィルムカメラを続けてらして、二眼レフカメラにも挑戦中。こどもと大人の絵画造形教室 / コッコ・アトリエを京都の一乗寺でお仲間とされています。デコさんは本好き、映画好き、芸術好き、お話好き。いわば “ 忙しいひまじん ” です。とても自由で全然気取ってない表現に親近感を覚えさせてくれる先輩です。そして心友になりました。

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支え合いの編み物の巻

毎月10日と25日のスツール通信でのコラム、その間の2週間にも生きてると本当に色々な事が起こるなぁと感じる。
こうやってコラムを書かせてもらう事が日々の区切りになってるから、あっという間に感じながらも日々は濃いものなんだなぁと思う。

前の前のコラムの頃に実父が倒れ、検査や入院などがバタバタとあり大病を患っている事が判明し、これから闘病生活が始まる事になった。

家族中が心配したり不安な日々を過ごした2週間だった。父の心配はもちろん、夫婦仲が良く、自営業をしてるので父と長い時間離れた事ない母がガクッときてしまうんじゃないかと言う心配、父方の祖父母も落ち込んでいる心配、
いろんな心配をし、気を揉んだ。

私と同じようにおばあちゃんも(編み物の師匠の祖母)家族のことをすごく心配していて、父が入院してる間、母を側で支えている。
病院へ通う母はろくに食事とれてないのではと栄養たっぷりの食事を作ったりしている。

そんな事もあり気持ちが落ち着かず、心がざわざわし、時々ものすごい不安な気持ちに押し潰されそうになる時がある瞬間を助けてくれたのは編み物だった。

どんなに不安な時、心配な時でもちくちくと編む時間は無心になれ、いつもと変わらない時間の過ぎ方にすごく救われるのをひしひしと感じた。
月水金の編み物教室、子どもたちが夜寝てから、ちくちくする事でホッと一息つけた。
大丈夫、落ち着こうと思えた。

そんな事をここ最近感じていて、
おばあちゃんには言ってなかったのに、先日おばあちゃんの方から、「居ても立っても居られない時もおばあちゃんは昔から編み物して気持ち落ち着かせてきたりしたよ」と話してくれた。
「手を動かしてると気持ちが救われたり、ちょっと一呼吸おけるもんやの。」と。
そんな話を聞きながら、おばあちゃんもきっと色んな人生を歩んできた中にはきっと居ても立っても居られないほどの辛い経験や悲しい経験もたくさんあったのだろうなぁ、と思った。
編み物している事で、その気持ちを乗り越える手段にはなり得なくても、ちょっと切羽詰まる気持ちを解いてくれたり「ふぅ」と一息つける瞬間に救われる事があるんだなぁと感じた。
編み物じゃなくても例えば、本を読んだり、お料理したり、絵を描いたり、スポーツをしたり、そうやって一息つく為の過ごし方はきっと人それぞれ違ってあるのだろうけど、私やおばあちゃんは編み物がそうなんだなぁと思った。
病と闘う父のために編んだり、寒い中病院へ毎日通う母の為に暖かいハンドウォーマーを編んだり。
編む事で無心になれることももちろん、
今不安と闘う人へ、手編みを贈ることで昨日よりもちょっと気持ちがほぐれるようになれたら…
そうして誰かの為に編むことは同時にこちらの気持ちもすごく救われているんだな。と気づいた。
きっとおばあちゃんもそうなんだろうな。
その話しはしていないけど、そうなんだろうなと密かに共感しているのである。

またいつか、そうなの?と聞いてみよう。

写真・文 / 田畑由布子

こどもちゃん達が生まれる前の、2012年11月からのお付き合い。葵子ちゃん・季なりちゃん・糸喜ちゃんの3姉妹5人家族になった今も年に2回、必ずスタジオや名張市のご自宅で撮影させて頂いてます。編み物の師匠・おばあちゃんのお話しを聴かせてくれたユフコちゃん。面白くてあったかくて、色んな人にも聴いてほしいと思い、毎月2回、綴ってもらってます。


16ページ

ホオジロは、林や田んぼで見れるスズメぐらいの鳥です。

その名のとおりほおは白色をしています。

ふだんは「チチッチチッ」と鳴いています。

さえずりは「チョッピーチリーチョ、チーツク」などと鳴き、

「いっぴつけいじょう・つかまりそうろう」と聞きなされています。

おもしろいと思ったところは、「ホオアカ」や「キマユホオジロ」、

「ミママホオジロ」などの似た種がたくさんいるところです。

群れているときもあるので見つけやすいと思います。

ここでクイズです。

ホオジロの聞きなしは前の以外でもう1つあります。

どれでしょう。

1.げんぺいつつじ・茶つつじ

2.チョッチッ・チョットコイ

3.とうきょうとっきょとかきょく

正解は次の鳥図かんにのせます。

最後に前回のクイズの答えを発表します。

正解は、

3.の10枚分(10g)でした。

※聞きなし→野鳥の鳴き声を人の言葉におきかえてきいたもの

絵・文/ 中野響

お姉ちゃんとひーくんが生まれる前の、2005年10月から撮影をさせて頂いてます。今も2~3年に1回は必ず、スタジオや城陽のご自宅で撮ってます。小学5年生になったひーくんは、この前の撮影の時に鳥に魅せられていると話してくれた。それが小学生レベルの鳥好きの話ではなく、僕からすればもう学者レベル。しかも視点がユーモラスなのでこれはスゴイ!是非、図鑑を作ろうと盛り上がり、WEBという形で毎月2回、発表してもらっています。


『カレーライス 教室で出会った重松清』重松清

教科書や問題集によく登場する重松さんの作品を九編収めた短編集です。

(私は3編知っていました)

お父さんとけんか中の「ぼく」、親友と絶交中の「わたし」、クラスでいじめられている「わたし」、吃音のある転校生の「ぼく」….

いろいろな小学生が主人公です。

自分と似ている人がいる?いない?もしかしたら、どこかで目にした話もあるかも。

心情もリアルで、おすすめです。

文・写真/ 木下琴子

2006年3月からのお付き合い。琴子ちゃんが生まれる前から撮影をさせて頂いてます。小学5年生になった今も記念日ごとには必ず、スタジオやお好きなロケ場所で撮影させて頂いてます。埼玉県からお越し下さいます。幼い頃から、本が好きと撮影のたびに僕に話してくれた琴子ちゃん。読みたい物語がまだまだ沢山あると思うと、これからが楽しみとも話してくれた。そんな琴子ちゃん目線の書評を毎月2回、依頼しています。

お客さんのコラム11/25版

2週間ごとのこのコラム。その2週間のあいだにも、実にいろいろなことが起こるのだなあ、と思うことが、先日ありました。

 わたしには、3びきのコブタ、と呼んでいる幼い孫が3人いるのですが、いちばんおちびちゃんの3歳コブタが、濃厚接触者になったのです……そうです、新型コロナウイルスの。これには肝を冷やしました。たいせつな家族の健康が危ぶまれる! これほどこわいことが他にあるでしょうか? でもさいわい、陰性とわかって事なきを得、心からほっとしたことでした。
 しかしもはや、これは誰にもどこでも起こりうる状況なのでしょう。ただただ無事を祈ることしかできずにいたとき、わたしが読んでいたのが、この本たちです。

『HHhH―プラハ、1942年』
ローラン・ビネ著 高橋啓訳 東京創元社


『ちゃぶ台 6 特集:非常時代を明るく生きる』
三島邦弘発行 ミシマ社

『HHhH』(エイチ、エイチ、エイチ、エイチと読みます)は、第2次世界大戦末期のチェコが舞台。ナチス・ドイツが、「第三帝国」という巨大な独裁国家をヨーロッパ中に繰り広げていた時代です。ゲシュタポ長官のハイドリヒは、保護領にしたチェコの総督代理になり、ユダヤ人殲滅、チェコ人の虐待、搾取と、悪行の限りを尽くします。

 一方、ロンドンに亡命したチェコ政府は、ハイドリヒ暗殺計画を立て、ガブチークとクビシュという2人の若者を故国に送り出します。2人は小さな飛行機でロンドンを飛び立ち、なんとパラシュートでチェコに降り立つのです。彼らを助け、かくまう市井の人々。下宿屋のおばさんやその娘や息子。そんな小さな存在が、一人ひとりつながって網の目のようになって、ガブチークとクビシュを巨大な目的へと導いてゆきます……。
 物語の前半は、時代背景、多くの人物名、地名を理解し、記憶するのに懸命でしたが、後半、ガブチークたちが大活躍するようになると、まるで活劇映画のようにハラハラする展開がくりひろげられ、一気に読めました。いやあ面白かった!

 この物語が今、わたしの心に響いたのは、わたしたちが生きているこの時が、『HHhH』のときと同様、「非常時代」だからでしょう。

 全世界を一斉に巻きこんだパンデミック。その勢いは一向に衰えず、わたしたちの先行きは全く見えません。しかし同時に、淡々と日常は続いてゆく。感染症というものは、一種の自然現象でもありますが、人間活動が、あまりにも貪欲に、広く、大きく、速くなったことで、その現象を呼びこんだのだろうと言われています。戦争ととてもよく似ているのです。共通の敵は、人間そのものの欲望かもしれません。そのあたりを、現代のいろんな視点から考察した本が、雑誌『ちゃぶ台』の「非常時代を楽しく生きる」特集です。

 人間が、限りなく利益と効率をもとめていった結果、起こりうる非常事態。それに直面したとき、わたしたちのなすべきことは……? うなだれているのでなく、立ち向かっていかなければならない。気概と覚悟をもって。相手をただ打ち負かしてしまうのでもない、なんとか事態を切り抜けてゆけるように、知恵をふりしぼって、お互いに助け合っていく必要があります。そんな中にも楽しみと親切をみつけていきながら。

 時には歴史に学び、今とのつながりを考え、生き方のヒントにする。そんな読み方もいいものだと思います。骨太の歴史小説と、現代を軽やかに考察する雑誌の2冊です。どうぞ読んでみてください。

写真・文/ 中務秀子

2018年・第27期のフィルムカメラ教室の生徒さんとして、お付き合いが始まりました。今もフィルムカメラを続けてらして、二眼レフカメラにも挑戦中。こどもと大人の絵画造形教室 / コッコ・アトリエを京都の一乗寺でお仲間とされています。デコさんは本好き、映画好き、芸術好き、お話好き。いわば “ 忙しいひまじん ” です。とても自由で全然気取ってない表現に親近感を覚えさせてくれる先輩であり心友です。

コッコアトリエ・HP → ●

コッコアトリエ・インスタ → ●


15ページ

メジロは、目のまわりが白いのが特ちょうの小さい鳥です。

林や山で群れになって生活しています。

花のみつが好物で、よくくちばしに花粉がついているのも見られます。

他にも、カキや実なども食べます。

「チー、チュルチュル」と鳴いて、仲間をよぶこともあります。

よくメジロとウグイスをまちがえる人もいるけどちゃんと鳴き声を聞いたら分かります。

好きなところは、小さくてすばやく動きまわるところです。

おもしろいと思ったことは、目のまわりが黒い「メグロ」がいることです。

メグロは沖縄にいます。

ここでクイズです。

メジロは1円玉何枚分でしょう。

※1円玉1枚 → 1g

1. 16枚分(16g)

2. 5枚分(5g)

3. 10枚分(10g)

正解は次の鳥図かんで発表します。

最後に前回のクイズの答えを発表します。

正解は

4. ヨシゴイでした。

絵・文/ 中野響

お姉ちゃんとひーくんが生まれる前の、2005年10月から撮影をさせて頂いてます。今も2~3年に1回は必ず、スタジオや城陽のご自宅で撮ってます。小学5年生になったひーくんは、この前の撮影の時に鳥に魅せられていると話してくれた。それが小学生レベルの鳥好きの話ではなく、僕からすればもう学者レベル。しかも視点がユーモラスなのでこれはスゴイ!是非、図鑑を作ろうと盛り上がり、WEBという形で毎月2回、発表してもらっています。


巡ることの強さの巻

さてさて、この間は干し柿のお手伝いから始まった編み物教室です。
今度は大豆の収獲と、大豆の皮を剥いてその大豆をお味噌にする教室もあるのです。
編み物教室も季節ごとに番外編がたくさん。
この約一年、人間界では新型コロナウィルスで暮らしがガラッと変わってしまいましたが、自然界ではいつも通り季節が巡っていて、農作物が実ったり、いつも通り同じ頃に同じ場所に花が咲いたり。
自然は強くてブレないなぁ。と思うのです。
特に私の住むところは田舎だからそう感じる機会がとても今年は多かった。
ざわつく世間の中、いつも通り季節が巡って自然界のいつも通りの回転はホッと癒され、

「あ、やっぱり暮らしの中の根っこはいつも通りなんだな」と再確認させられたように思う。

寒い季節になり、いよいよニットの季節の到来。
自分で編んだセーターを着たり、友達にこんな手袋を編んでほしいと頼まれたりするようになり、嬉しく毎日ちくちくしている。

先日父方の祖母から、おばあちゃんの昔着ていた毛糸を解いたので何かに使ってほしいと毛糸をもらった。
とても綺麗なエメラルドグリーンの毛糸。
大切に着ていたのか、丁寧に解かれ湯のしされていたものを渡された。
毛糸のものってこんな風にしてまた形を変えたり着る人を変えたりして巡るんだなぁと思った。
元は一本のただの糸。それを編んで洋服にしていく。
裁断したりしないのでまた解くと元の糸に戻るのが手編みのニット。
そんな着方をして大事に出来ることを知りまた手編みの魅力を知る。

その毛糸は、おばあちゃんへまたベストとして返すことにした。
編み図を師匠の方のおばあちゃんが考えてくれ、編むことになった。

形を変えてまた息を吹き返し巡る、ベストの出来上がりが楽しみです。

写真・文 / 田畑由布子

こどもちゃん達が生まれる前の、2012年11月からのお付き合い。葵子ちゃん・季なりちゃん・糸喜ちゃんの3姉妹5人家族になった今も年に2回、必ずスタジオや名張市のご自宅で撮影させて頂いてます。編み物の師匠・おばあちゃんのお話しを聴かせてくれたユフコちゃん。面白くてあったかくて、色んな人にも聴いてほしいと思い、毎月2回、綴ってもらってます。


『ものがたりの家 -吉田誠治美術設定集-』吉田誠治

この本は、背景グラフィッカーの吉田誠治さんの描いた設定集です。

家とその住人、間取りや隠し通路まで、細かく描かれています。

また、家のタイトルが素敵なんです。

私は、

「寂しがりやな幽霊の邸宅」、「水没した都市の少女」、「憂鬱な灯台守」などが好きなのですが、わくわくしませんか?

家も、戦車だったり風車小屋だったりと様々。

そこから空想を広げてみるのもいいかも?

ストーリーのある家もあって、面白いストーリーは、「憂鬱な灯台守」など….。

是非見てみてください!

文・写真/ 木下琴子

2006年3月からのお付き合い。琴子ちゃんが生まれる前から撮影をさせて頂いてます。小学5年生になった今も記念日ごとには必ず、スタジオやお好きなロケ場所で撮影させて頂いてます。埼玉県からお越し下さいます。幼い頃から、本が好きと撮影のたびに僕に話してくれた琴子ちゃん。読みたい物語がまだまだ沢山あると思うと、これからが楽しみとも話してくれた。そんな琴子ちゃん目線の書評を毎月2回、依頼しています。


⑭「ひ孫やと思てます」その1

冬を思わせる朝と夜が来たと思ったら、秋の初めに戻ったような気候の日も。
川瀬家の今回の登山は妙見山に挑戦しました。妙見山は大阪と兵庫の境にある山で標高は約660メートル。ハイキングコースもしっかり整備され歩きやすいコースでした。そして、紅葉も見ごろで多くの観光客で賑わっている所でした。最近登山をしていて気づいたことがあります。それは、私がとても下山(下り坂)に弱いことです。下山しているとしばらくして膝がガクガクしてきます。それは常に後ろから膝カックンをされていて、膝の力が抜けるような感覚になります。ですので、踏ん張りがききません。下山の最後の方は膝を曲げて歩けないので、膝を伸ばしたまま歩くという変な歩き方になり家族に笑われます。そして、下山中によくこけます。1度登山に行くと下山中1度や2度はこけます。最近私もこけることが分かっているので上手にこけるようになっています。お年寄りにこけたらアカンと言ってますが、私の方が転倒回数は多いようです。

今回紹介する方は益代さん(仮名)81才女性です。
この方との出会いは私が独身の時、約12年前になります。出会った当初は夫の博さんのリハビリを担当していて、益代さんはいつも私と博さんの話す姿を見て笑っておられました。博さんはいわゆる堅物の職人気質の方で繊細。それでいて、とても喧嘩っ早い方でした。
博さんの若いときのエピソードはいっぱいあります。地元のお祭りでは、気分が良くなると喧嘩して警察のお世話になることは毎年で、身柄引き渡しに益代さんがその都度行って警察に平謝りする。年に1度の家族でのハワイ旅行では、真珠湾攻撃についてアメリカ人と現地で大喧嘩になったりと滅茶苦茶なことをしてこられた方です。顔は強面で話しづらい雰囲気の方でした。しかし、話してみるとよく話すし、物知りやし、笑った顔はとても優しい方で、益代さんはずっとぞっこんでした。
博さんは子供をとてもとても大切に育てられました。子供の学校の送り迎えを義務教育の間の9年間毎日したそうです。少し遠い学校に通っていたので、約1時間車に乗せて雨の日も風の日も雪の日も送ったそうです。
博さんが亡くなって7年が過ぎましたが、今でも私と二人だけになると益代さんは博さんの話しをされます。あの時こんな話ししたとか。旅行でどこいったとか。亡くなって7年が過ぎるのにそんなに思われて幸せやなーといつも思います。

益代さんには妹の裕子さんがいます。裕子さんは美容師で今でも仕事をされています。
裕子さんはとても社交的で誰とでも話が出来る方です。私もいつからか裕子さんと知り合いになり、出会うと何でも話しをする仲になりました。
裕子さんの自宅と美容室の間にSukkuがあり毎日自転車で前を通られます。子供たちは裕子さんを見つけると、「ゆうこさーーん」と呼ぶのが日課になっていて、手を振ってもらったのを確認してから幼稚園へと向かいます。
息子さんが市場で働いておられるので、新鮮な野菜もよく頂きます。Sukkuに誰もいないときは入口に野菜が置いてあったりもします。どれも全部美味しいです。
裕子さんはもちろん着物の着付けも出来るので、私の奥さんも大変お世話になっています。驚かされるのが着付けの料金。もう20年以上値段を変えていないらしくかなり破格。そして、なぜかその場での支払は断られ、後日、Sukkuの前を裕子さんが通った時に支払うシステムとなっています。

益代さんには娘さんが3人います。そのうちの一人が順さん。順さんは産まれた時から聴覚障害があり、普段は手話で会話をされます。これまで色々と苦労もされたそう。でも持ち前の明るさで、私たちにいつも元気を分けてくれます。

こんな風に、益代さんを中心に家族ぐるみのお付き合いをさせて頂いているので、私たちの子供も益代さんの事が大好きです。

そんな益代さん、子供の誕生日は絶対に忘れません。子供と言っても益代さんの子供ではありません。私の子供達の誕生日です。11月は長男・楓、3月は次男・緑に、毎年誕生日プレゼントを用意してくれるのです。子供の誕生日は教えていないのになぜ益代さんは分かっているのでしょうか?それは、京都新聞の丹波版に載っていたからです。と言っても毎年毎年子供の誕生日が新聞に載るわけではありません。丹波版には、前日に産まれた子供の名前と父親の名前が載ります。そう、それを切り取って残していてくれてるのです。7年前の新聞をです!カードケースに大事にです!毎日持ち歩いてくれているんです!
本当にありがたいことです。
益代さんに、毎年ありがとう!と伝えると決まってこう言います。
「川瀬さんは、孫どす。楓ちゃん・緑ちゃんは、ひ孫や思てます。」
これを聞くたび、私は天国にいる博さんに、これからも益代さんを大切にしていきます。とつぶやくのでした。(つづく)

次回のコラムも益代さん続編「ひ孫やと思てますその2」です。

写真・文/ 川瀬啓介・未央

Sukku 川瀬啓介 / 未央 (理学療法士・鍼灸師 / 鍼灸師)
〒622-0002 京都府南丹市園部町美園町4-16-38

TEL 0771-62-0005

2017年から京都の南丹市でリハビリを中心としたデイサービスをしています。利用者さんと過ごす時間は、笑い声と涙が入り混じる賑やかな毎日です。そんなささやかな日常、会話から気付かされること、そして個性派揃いのスタッフについて…これから色々な事を綴っていこうと思います。

2011年11月からのお付き合い。楓くん・緑くんが生まれる前から撮影をさせて頂いていて、今も1年に1回は必ずスタジオ撮影にお越し下さいます。Sukkuというデイサービスの屋号は、佳代が名付けさせて頂きました。飾らない温かさ、自分の好きが明快で、歯切れがよい。けれど、流れる時間はゆっくり。そんなお二人の人柄が大好きで、バランスを崩した時には体を診てもらおうと決めているから安心です。笑いと涙のデイサービスの日々を毎月2回、綴ってもらってます。

お客さんのコラム11/10版

14ページ

コサギは、足の先が黄色をしていて小さめのサギです。

よく川などで、群れになっていることが多いです。

特ちょうは、前に紹介した通り「足が黄色」をしていることと、頭の後ろの「かん羽」があることです。

ちなみに、コサギは冬になると「かん羽」もぬけるんだとか。

食べ物はカエルやタウナギ・小魚などです。

夕方には、「ゴアーッ」というにごった声で鳴きながらねぐらに帰って行くのもよく観察することができます。

好きなところは、寒い川でもじっと魚を待っているのがおもしろいし、かざり羽(せなかなどにあるふわふわした羽)がきれいなところです。

夏羽と冬羽で全然見た目がちがうからそれを見比べるとおもしろいです。

ここでクイズです。

この5種類の中で1番小さいサギはどれでしょう。

1.クロサギ

2.サンカノゴイ

3.ササゴイ

4.ヨシゴイ

5.タカサゴクロサギ

正解は、次の鳥図かんで発表します。

最後に、前のクイズの答えを発表します。

正解は、

2.の椋鳥でした。

絵・文/ 中野響

お姉ちゃんとひーくんが生まれる前の、2005年10月から撮影をさせて頂いてます。今も2~3年に1回は必ず、スタジオや城陽のご自宅で撮ってます。小学5年生になったひーくんは、この前の撮影の時に鳥に魅せられていると話してくれた。それが小学生レベルの鳥好きの話ではなく、僕からすればもう学者レベル。しかも視点がユーモラスなのでこれはスゴイ!是非、図鑑を作ろうと盛り上がり、WEBという形で毎月2回、発表してもらっています。


わたしはラジオが大好きなのですが、こないだお気に入りの番組のパーソナリティさんが、その日誕生日を迎え、「50さーい! なりたかった!」と言われました。年をとるごとに、自由や楽しみや、気づきを得ている、と。いいですねえ。

 わたしも60歳になってから、自由になりました。悲しいことや意地悪にも、まだちょいちょい出会いますが、年齢の自浄作用によって、うまく対応できるようになったようです。しかしいくつになっても、人とのあれこれが悩みの種。この場合に、いつもたいせつだなあと思うのは、人とのほどよい距離感ではないでしょうか。

 そんなことを考えながら読んでいたのが、この本。

『ホホホ座の反省文』
  山下賢二 松本伸哉 ミシマ社

 京都の浄土寺にある本屋さん、ホホホ座。北白川にあった、個性派として有名だったガケ書房さんがいったん閉じられ、リセットして再開したのが、ホホホ座浄土寺店さんです。

 お店作りが基本のこの本と、人との距離感が、いったいなんの関係があるの? ですよね。そこには、個人のお店をつくるにあたってのいろいろが書かれているのですが、これは、わたしたちのふだんの人間関係にもおおいに関連するのでは? と、思いながら読みました。

 ガケ書房の終わり頃、山下さんは、ていねいな暮らし、セレクトショップ、おしゃれ系という世間の評価にほとほと疲れ、店をたたんだそう。共著者の松本さんも、元々やっていた中古レコード屋を、お客さんとの濃密な関係に疲れ果て閉店したとき、今まで味わったことのない解放感をいだいたそうです。前者は「ゆるさ」に、後者は「ややこしさ」に疲れ切ったというか…。そこで、ふたつのあいだにある「間(ま)」というか、いい塩梅の「隙(すき)」がたいせつ、と気づいてゆきます。

 新たな場、ホホホ座では、まずメンバーを増やします。よく会う人もいればあまり会わない人もいるけれど、気持ちは通じていて、おたがいに「いいね!」と認め合える関係。
 また、店に関わるコアメンバーだけでなく、「ホホホ座」の名を冠したお店を各地につくってしまう。なんとそれが、気が合ったらのれんわけ、というゆるーい関係で、ほかには何もしない。それが尾道や今治や金沢など、あちこちに出来ていく。

 それから、アイデアはどんどん出し合う。そのとき、相手の反応はほんとうに重要で、好意的な反応が返ってきたら、人は調子に乗り、アイデアはその「調子」に助けられることがたくさんある、と山下さんは言います。あるいはまた、交わす言葉そのものに反応して、アイデアを思いつくこともある、とも。そのあと山下さんは、このように続けます。

「アイデア以前に会話そのものの構造だと思うのです。気の合う友人同士の会話は、お互いが相手を信頼し、尊重しあっているので調子と集中が生まれやすい関係といえるでしょう。」

 人が人を呼び合うゆるさと、お互いのアイデアをすりあわせるややこしさの調整。それが隙間を埋めていくことなのかな、と思いました。そしてこの隙間のあり方こそが、人と人との距離感の持ち様ではないかなあと、わたしは思うのです。

 松本さんのつぎの言葉で、この文章を終わりにします。
「本は人生の隙間を埋めるものでもあるさかいな。隙間に入れるのはあったかいもののほうがええなあ。」

写真・文/ 中務秀子

2018年・第27期のフィルムカメラ教室の生徒さんとして、お付き合いが始まりました。今もフィルムカメラを続けてらして、二眼レフカメラにも挑戦中。こどもと大人の絵画造形教室 / コッコ・アトリエを京都の一乗寺でお仲間とされています。デコさんは本好き、映画好き、芸術好き、お話好き。いわば “忙しいひまじん” です。とても自由で全然気取ってない表現に親近感を覚えさせてくれる先輩であり心友です。

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おばあちゃんズとおじいちゃんズと私の巻

わたしには父方の祖父母と、母方の祖父母どちらとも夫婦揃って健在で、そしていつも編み物を教わっているのは母方のおばあちゃんなのです。

私の実家はクリーニング店を営んでいて、私の父母と共におじいちゃん、おばあちゃんも隠居してるもののまだまだクリーニングのお仕事を手伝ってくれている。
おじいちゃんの手はとても丁寧で、おじいちゃんのクリーニングの技術を求めて「この大事な洋服はここでしかお願いできない」と、近場はもちろん、遠方からのお客さんがたくさん大事なお洋服を持ってきてくださる。
今は隠居してるので父が技術を継いで、昔からのお得意さんも、新しいお客さんもたくさん思い入れがある大事なお洋服を預けに来てくださっている。
でもじいちゃんもアイロンをかけたり、まだまだ丁寧な技術は健在。
いつも私の夫のスーツやワイシャツを丁寧に仕上げてくれる。
そんな私の祖父は先日96歳の誕生日を迎え、いつもは誕生日に孫やひ孫みんなで集まって誕生日会をするのだけど、今年はコロナ禍の影響で遠方に住む孫やひ孫は集まれず、みんなでLINEでおじいちゃんに動画メッセージを送ってお祝いをした。
おじいちゃんもとても喜んでくれて、みんなに返事を送りたいとの事で、おじいちゃんからの返事の動画を撮った。
「みんなありがとう、おじいちゃんは96歳になりましたが、まだまだこれからも色んなことに”挑戦”していきます。」とメッセージをしてくれた。
いつも前向きなおじいちゃんらしいメッセージで、96歳の挑戦!力強くかっこいいなぁ〜と思って嬉しかった。
そしてその妻にあたる、おばあちゃんは90歳、俳句の先生をしている。
絵を描いたり俳句を詠んだり、芸術肌のおばあちゃんだ。いつも優しくて心配症でいつも私たちの心配ばかりしている愛のあるおばあちゃん。クリスマスや桃の節句、お誕生日には私の娘達に趣味の可愛い手書きの絵手紙を送ってきてくれる。

母方の祖父は頑固一徹。いわゆる頑固ジジイで私もしょっちゅう怒られてきたけど、実はすごく私たちの事を思ってくへてることは知っていたし、おばあちゃんからもよくそう聞いていた。頑固ジジイだけど、ひ孫には見るからにデレデレしていて頑固ジジイの影すら見えないから面白い。
そして編み物教室の師匠のおばあちゃん。

私はこの大事な4人に手編みのものを贈りたい。
編み物はミシンを踏むように一気に完成しないので一目一目、一段一段完成に向けて丁寧に重ねるしかないので、とても時間がかかってしまうけど、暖かいものを贈りたいなぁと思う。どんなものが喜んでくれるだろうか。
おじいちゃん、おばあちゃんからもらったあたたかさ、優しさ、今度は私も返してゆけるかな。

そして最近はこんな私にも編み物をオーダーしてくれるお友達がちらほらいてくれて、光栄でうれしい。

編み物は自分のために編む事よりも断然に誰かの為に編む時間が多く、でもそれはとても楽しく、優しい、豊かな時間なのだと思う。

覚えてきた技術で誰かのためにあたたかな贈り物ができるならこんな嬉しいことはない。

おばあちゃんとのコラボセーター完成しました。袖とヨークの編み込み柄は私が。
前後の見頃のメリヤス編みはおばあちゃんが。師匠との合作、唯一無二のセーターが出来あがりました。
わたしにとって、きっと一生の宝物です。

写真・文 / 田畑由布子

こどもちゃん達が生まれる前の、2012年11月からのお付き合い。葵子ちゃん・季なりちゃん・糸喜ちゃんの3姉妹5人家族になった今も年に2回、必ずスタジオや名張市のご自宅で撮影させて頂いてます。編み物の師匠・おばあちゃんのお話しを聴かせてくれたユフコちゃん。面白くてあったかくて、色んな人にも聴いてほしいと思い、毎月2回、綴ってもらってます。


『虹いろ図書館のへびおとこ』 櫻井とりお

いじめが原因で不登校になった六年生、火村ほのかがたどり着いた図書館。

緑色“へびおとこ”保存書庫の謎の少年たちや本に出会ってー。

たくさんのなつかしい本・絵本が出てきます。

ほのかが不登校であると知られないように工夫したり、

平日に外にいることを怪しまれないように考えたりするのもおもしろいのですが、

何より図書館の人たちが個性的です。

ほのかがだんだん皆と仲良くなっていくのもとてもいいし、

くすりと笑えるシーンがいっぱいあります。

読み終えたら、人のことを自分が何で判断していたか、ふりかえって反省するかも。

辻村さんも絶賛していたというこの本、おすすめです!

文・写真/ 木下琴子

2006年3月からのお付き合い。琴子ちゃんが生まれる前から撮影をさせて頂いてます。小学5年生になった今も記念日ごとには必ず、スタジオやお好きなロケ場所で撮影させて頂いてます。埼玉県からお越し下さいます。幼い頃から、本が好きと撮影のたびに僕に話してくれた琴子ちゃん。読みたい物語がまだまだ沢山あると思うと、これからが楽しみとも話してくれた。そんな琴子ちゃん目線の書評を毎月2回、依頼しています。


⑬「下山のすすめ」

11月に入り南丹市の紅葉も一気に進んできました。
川瀬家は相変わらずの山三昧です。最近、京丹波町にある長老ヶ岳にトライしました。標高916メートルで京都府下で7番目の高さですが、登山道もしっかりと整備されとても登りやすい山でした。念のため熊除けのために鈴を持っていきました。ですが、我が家の登山には必要なかったようです。常に二人の子供が歌を歌ったり、疲れてくると喧嘩したり、何でもないところで「ヤッホー」と叫んだりで、いつも賑やかな登山になります。近々このコラムで、登山の珍道中を紹介できたらなと思います。

今回のコラムは下山のすすめです。
下山と言うと山をイメージされる方がほとんどだと思います。
今回の下山は人生の下山についてです。
これを教えてくれたのは春江さん(仮名)94歳女性です。
この方は以前のコラムで少し紹介しましたが、とても頭が良くて、自分の意見をしっかりと持っている方です。そして、とても読書好きです。
自宅では築200年の日本家屋の縁側で毎日本を読んでおられます。
築200年の日本家屋に94歳の女性が長年使った椅子に座り本を読んでいる姿。
その姿は長い時間そこで暮らし続けているから出る色のようなものがあります。その色は声をかけるとなくなってしまいそうで、その瞬間を一枚の写真としてアルバムに残しておきたくなります。実際、迎えに行ってもその姿を見ていたくて声をかけずに眺めていたことがあります。
春江さんの読書好きは小さいころからだそうですが、人生の節目節目でいろいろな本に助けてもらっていると言うのが口癖です。ご主人を早くして病気で亡くされて失意のどん底にいたときに助けてもらった時も本でした。その時の本は「聖書」です。聖書を最初から最後まで全部読破されたのです。そこにはとても素晴らしいことが書いてあり私の人生の軸になるものです。ときっぱりと話されます。
読む本は聖書だけではありません。樹木希林・五木寛之・阿川弘之ほかにも河合隼雄など多種多様。
私も河合隼雄が好きでよく読んでいますので、一度春江さんにお貸ししました。すると、4日で全て読破。それだけでも凄いのに、送迎中の車で最初から最後まである程度の話しを要約して私に教えてくれたのです。私は1か月かかって読んだけどそんなに上手にまとめて話すことは出来ません。
そして、最近よく話されるのが人生の下山についてです。
人生の下山とは、作家の五木寛之さんの著書である「下山の思想」からきています。
春江さん曰く、「人生上り調子の時は良い。本当に大変なのは人生の終わりが近づいてきているときをどう過ごすかが大事ですし、大変なんです。これは登山にも似ている。登山も登りが大変なように見えるけど、下山が大変なんです。事故も下山が多いでしょ!」
さすが春江さん。ご自身も登山が好きで色々な山を登られていました。伊吹山を下から最後に登頂したのは75才。山の怖さもよく知っている方ですので、言葉に深みもあります。

最近私がお貸しした本は、「DEATH」~死とは何か~ イエール大学教授の実際の講義を書籍にした本です。1年ほど前に店頭にすごく並んでいたので皆さん一度は目にしたことがあると思います。この本を渡した理由は人生の下山が大事と思っている春江さんは何を感じるだろうか?と知りたかったからです。そして、春江さんならこの内容の本を渡しても怒らないだろうと思ったからです。この本を読んだ春江さんの第一声は・・・
「私は今まで真剣に死を考えたこともなかった・・」
この94歳。人生の着地点はまだまだ先やなと思いました。

春江さんと話しをしていると節々で面白いことが出てきます。
春江さんは、去年の年末まで布団での生活でした。しかも、毎日布団の出し入れを自分でされていました。今年に入り立ち上がりや布団を毎日片づけることが大変になってきたので、家族や周りの支援者の勧めでベッドを導入することになりました。(本人は布団で90年以上寝起きしてきたので渋々でしたが)
ベッドを搬入して組み立てて、寝心地などを確認した春江さんの最初の言葉は、
「私はこのベッドで死ぬのか~。」
ベッドを搬入した時の感想は、起きやすくなったとか立ち上がりやすくなったという人がほとんどなんです。こんな言葉を発した方はいませんでしたのでその衝撃に思わず笑ってしまいました。
今年の秋には、夜中トイレにいくときに足下がふらついて危ないからなんとかならへんやろか?という相談がありました。私は、歩き初めが特に転倒の危険性があるので、平行棒を家に導入しようと伝えました。すると、春江さんは「私はシンプルが好きです。部屋にあまり物は置きたくありません。」と拒否されました。しかし、私もここで引き下がるわけにはいきません。半ば強制的に平行棒を導入して、置き場所を本人・家族と相談して決めました。そして、実際に平行棒を使ってトイレまで行ってもらうと、春江さんが一言「これは便利でええわ~。トイレまで楽に行ける。」私はヨシッ!と思いました。
しかし、春江さんのすごい所はそれからです。次の利用時に平行棒どうでした?って聞くと、「あれは良いですわ~。100回歩く練習しました。昨日は少ししんどかったから96回しかできませんでしたけど。」
春江さんの人生の下山はまだまだ続きそうです。最後までゆっくりとお付き合いしますね。
(おしまい)

次回「ひ孫やと思てます」です

写真・文/ 川瀬啓介・未央

Sukku 川瀬啓介 / 未央 (理学療法士・鍼灸師 / 鍼灸師)
〒622-0002 京都府南丹市園部町美園町4-16-38

TEL 0771-62-0005

2017年から京都の南丹市でリハビリを中心としたデイサービスをしています。利用者さんと過ごす時間は、笑い声と涙が入り混じる賑やかな毎日です。そんなささやかな日常、会話から気付かされること、そして個性派揃いのスタッフについて…これから色々な事を綴っていこうと思います。

2011年11月からのお付き合い。楓くん・緑くんが生まれる前から撮影をさせて頂いていて、今も1年に1回は必ずスタジオ撮影にお越し下さいます。Sukkuというデイサービスの屋号は、佳代が名付けさせて頂きました。飾らない温かさ、自分の好きが明快で、歯切れがよい。けれど、流れる時間はゆっくり。そんなお二人の人柄が大好きで、バランスを崩した時には体を診てもらおうと決めているから安心です。笑いと涙のデイサービスの日々を毎月2回、綴ってもらってます。

お客さんのコラム10/25版

このコラムの過去数回を読み返してみたら、なんとずっと病気の話題…。ほんと、やれやれ、です。子どものころから体が弱かったわたし。しょっちゅう何かの感染症にかかります。前回のお休みは、まさかの帯状疱疹の再発でした。

 そんなわたしにとって、気持ちを晴らすことはとてもたいせつ。それは読書や映画だったり、写真や編み物や庭仕事だったり。猫を愛することはもちろん、そして何よりも、気の合った友だちと話すことは、とても気持ちが安まるものです。

 ある本に、「依存の分散」という考え方が紹介されていました。熊谷晋一郎さんという、しょうがいをお持ちの小児科医の方が書かれた本です。熊谷さんは、体が硬直して思うように動かせないという状態でいらっしゃるのですが、ずっとお母さんにお世話をしてもらってきました。が、学生時代に一人暮らしをはじめ、「自立とはいったいなんだろう?」と考えはじめます。

 もし熊谷さんがずっと自宅に住んでいたら、お母さんが老齢になったり病気になったらどうなるのでしょう? たちまち全てが止まってしまうでしょう。
 そこで熊谷さんは、もっと多くの人に頼って、この人が無理でもあの人がいる、という風にしなければ生きていけないと気づきます。そうして、ひとりひとりへの依存が薄まれば、「自立」ということになるのでは? と考えました。

 実はわたしたちも、そうなのです。食べ物も、着るものも、仕事も楽しみも、なにもかも、実はだれかに関わっており、世話になっています。つまり依存先がたくさんあって、一見依存に見えないくらい薄まって、あたかも自分ひとりでやっているように見える。それが「依存の分散」です。だれにも、何にも頼らないのが自立ではない。数多くのだれかに、あるいは何かに頼って、そうして頼りあっている状態こそが、ほんとうの自立ではないか。

 前書きがとても長くなりました。そんなことをつらつらと考えていたとき、この本に出会いました。今回は漫画。1巻と2巻が出ています。

『ベルリンうわの空』
『ベルリンうわの空 ウンターグルンド』
  香山哲 イーストプレス

 主人公の若者、哲は、ドイツのベルリンに旅行でやってきて、この街が気に入り、そのまま住みついて5年になります。哲がまわりの、ちょっと変わった人々とかかわっていく日々を描いた面白い漫画です。

 まず絵柄がとてもユニーク。ひとの顔が、犬や花やロボットや、その他のよくわからないものになっていて、一見すごくシュールなのです。が、そこがなんとも可愛らしい。ベルリンの街には移民が多く、いろんな人がいる、ということをその絵は表しているのでしょう。

 いろんな人がごちゃまぜに、ゆずりあったり助けあったりして暮らしていて、なんかいい。食べ物を分けあったり、いらないものをゆずりあったりすることが、街中になんでもなく、あたり前にあるのです。
 日本だと、清潔なの? とか、まずそういうことを気にして、お金を介するやりとり以外はあまり信用されないのですが、それだって、昭和のはじめごろまで残っていた、味噌やしょうゆの貸し借りがあった頃には、ふつうのことでした。でも今やそんなつきあいはほぼありません。昔に戻れ、というのではありません。もっと今にあった方法があるのでは? と言いたいのです。

 この漫画のベルリンでは、その方法が実践されています。街角に、だれがもっていってもいい「あげますボックス」があったり、みんなで使える公共の場があちこちにあったり。ゆずりあいの気持ちが自然にやりとりできる場が、街中にあふれているのです。

 依存の分散、ということを考えながら読んでいると、街にも人のあいだにも、そいういうことがふつうにあるといいなあ、と思えました。どうぞ読んでみてください。

写真・文/ 中務秀子

2018年・第27期のフィルムカメラ教室の生徒さんとして、お付き合いが始まりました。今もフィルムカメラを続けてらして、二眼レフカメラにも挑戦中。こどもと大人の絵画造形教室 / コッコ・アトリエを京都の一乗寺でお仲間とされています。デコさんは本好き、映画好き、芸術好き、お話好き。いわば “忙しいひまじん” です。とても自由で全然気取ってない表現に親近感を覚えさせてくれる先輩であり心友です。

コッコアトリエ・HP → ●

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⑫「85歳と鹿の知恵比べ」

今年の冬は寒くなるかもしれないと思わせる10月後半。川瀬家は先日、六甲山登山に挑戦しました。1000メートル近い山への挑戦は初めてです。しかも、天気は雨。とても大変な登山でした。子供も一緒の登山は珍道中でしたので、次回のコラムで紹介したいと思います。

秋も深まり山々に自然の恵みが満ちている南丹市。今回は、その陰で山々から降りてくる鹿と日々格闘している杉村さん(仮名)を紹介したいと思います。
杉村さんは85歳の女性で小柄な方です。腰が曲がり杖で歩かれていますが、グランドゴルフや畑に日々取り組んでおられとても活動的なお年寄りです。そしてとても笑顔がチャーミングなおばあさんです。
そんな杉村さんは自宅の庭で畑に取り組んでおられます。夏の暑い日も冬の寒い日も毎日毎日畑に行かれてます。炎天下の中で体調不良になるまで畑をされていることもしばしば。特に夏野菜は一気に出来上がるので、取れるときも大量。Sukku利用者の方には畑をしている方も多いので、旬のお野菜をいろんな方が持ってきてくれます。
今年の夏の話しですが、いつものように杉村さんを迎えに行くと表情がすぐれません。青白い顔をしています。私が杉村さんに「なんか体調悪そうやね。」って聞くと、「調子が悪いんや。食欲ないし何食べても味がしないんや。」と返ってきました。これは夏バテだと思い、畑は早朝にして昼間はゆっくり休みや。と伝えました。
sukku利用中は色々な人と話しをされ、楽しそうに過ごされていました。
翌週迎えに行くとまた顔色がよくありません。本人も「調子が悪いのが続いている。」と。体重を測定すると2週間で2㎏痩せていました。けれども利用中は楽しそうにされて、運動もしっかりされています。
私を含めてスタッフが心配になり、改めて何かあったのかを問うと・・・
「畑に鹿が入ってきて茄子を全部食べられたんや。それが悔しくて悔しくて。柵も私が作ったのに!」と、鹿に対してそれはそれは怒っていました。
次の週に入っても体調は回復せず、体重は更に1㎏痩せました。あまりにも長引いているので主治医に相談され、胃カメラをすることになりました。
悪い予感がしました。食欲がなく、体重が減少して、味覚異常、そして、胃カメラ。
私と杉村さんの付き合いは長く、7・8年ほど。万が一悪い病気だとしたら年齢的にももう会えなくなるかも知れない・・・。
翌週迎えに行くと、白い顔で「胃に出血の痕があって貧血気味。鉄分の薬が増えた。」
更に私が、悪いものではないのか?と聞ききました。
「癌ではない。」その言葉で私もスタッフも安心しました。
なんで胃が出血するくらいになったんやろか?と聞くと理由は一つ。鹿。
畑を鹿に荒らされたこと。それによりやる気がなくなり毎日していた畑もしなくなってしまったのです。それがストレスの原因だったのです。
普段温厚でとても面白い杉村さんですが、この時期私たちが鹿の話しをすると、すぐに「鹿なんか死ねばいい。」を連発します。
最初に鹿に畑を荒らされた時から杉村さんなりに柵を修正して高くしたり、鹿が入る隙間を埋めたりしました。しかし、効き目は全然ありません。なぜか?
鹿は2mの高さまでだったら跳んでしまうのです。杉本さんは身長140センチです。
鹿が飛び越えれない高さの柵を作ることは不可能です。
そうこうしている間に毎週毎週鹿に畑を荒らされ、しっかり実のなっていた茄子も鹿に食べられてしまい茎だけになってしまいました。その茎も徐々に短くなり、もはや土から数センチ茎が出ているだけになっているのです。
茄子がなくなり、茎だけになり淋しくなった茄子と同調するように杉村さんの体調も悪くなり、体重も減り食欲もなくなったのです。
まさしく、鹿にやられてしまったのであります。
それから1か月ほどするとようやく体調が戻って来て顔色も良くなってきました。食欲も戻り、体重も戻ってきました。再度、病院で胃カメラを実施したところ胃は綺麗になり貧血もおさまりました。
急に体調が良くなったのはなぜだろう?
理由は簡単でした。
息子さんに鹿侵入防止ネットを作ってもらい、それから鹿が入って来なくなったからストレスがなくなり体調回復。今まで通り畑に取り組む日常が戻ったのです。
しかし、恐るべしは鹿です。夜に車を運転していると必ず鹿と遭遇します。
南丹市の綺麗な景色の陰には、鹿や猪、さらに猿まで民家に出没しています。
そして、野生動物の被害で杉村さんの様に心と体をを痛めている人が他にもたくさんいます。たかが畑、されど畑です。
年を重ねると、色々なものを失っていきます。体力や筋力だけでなく、友人や家族を失うこともあります。車の運転免許を返納することも失うことです。畑をしなくなることも失うことです。お年寄りが畑を失うことは自分の身体を失うことと同じなんです。
私たちが接しているお年寄りには、少しでも失うものが少なくなるようにしてあげたいですね。(おしまい)

次回は「下山のすすめ」です。

写真・文/ 川瀬啓介・未央

Sukku 川瀬啓介 / 未央 (理学療法士・鍼灸師 / 鍼灸師)
〒622-0002 京都府南丹市園部町美園町4-16-38

TEL 0771-62-0005

2017年から京都の南丹市でリハビリを中心としたデイサービスをしています。利用者さんと過ごす時間は、笑い声と涙が入り混じる賑やかな毎日です。そんなささやかな日常、会話から気付かされること、そして個性派揃いのスタッフについて…これから色々な事を綴っていこうと思います。

2011年11月からのお付き合い。楓くん・緑くんが生まれる前から撮影をさせて頂いていて、今も1年に1回は必ずスタジオ撮影にお越し下さいます。Sukkuというデイサービスの屋号は、佳代が名付けさせて頂きました。飾らない温かさ、自分の好きが明快で、歯切れがよい。けれど、流れる時間はゆっくり。そんなお二人の人柄が大好きで、バランスを崩した時には体を診てもらおうと決めているから安心です。笑いと涙のデイサービスの日々を毎月2回、綴ってもらってます。


「獣の奏者」シリーズ 上橋菜穂子

10才の少女・エリンは、母のソヨンと二人暮らし。母は「闘蛇」という、戦いに使われる凶暴な生き物のなかでも、最強の<牙>たちの世話をまかされていた。

しかし、ある日、その<牙>がすべて死んでしまう。ソヨンは罪を問われて捕らえられた。

「決して人に馴れない、また、馴らしてはいけない獣とともに生きる」少女の物語。

私の大好きな上橋さんの本です。

壮大な物語で、政治のこと、獣たちの生態などがあまりにくわしく、ていねいで、作りこまれているので、フィクションではないのではと思ったほどです。

たくさんの謎、すべてがあきらかになるのは….?

上橋さんは「内容にも表現にもなんの手加減も加えませんでした」といっているし、外伝『刹那』は結構大人向けです。(上橋さんも「自分の人生は半ばを過ぎたな、と思う世代に向けた」といっているくらい)

でも、ぜひ読んでみてください!

圧倒まちがいなし!

文/ 木下琴子

2006年3月からのお付き合い。琴子ちゃんが生まれる前から撮影をさせて頂いてます。小学5年生になった今も記念日ごとには必ず、スタジオやお好きなロケ場所で撮影させて頂いてます。埼玉県からお越し下さいます。幼い頃から、本が好きと撮影のたびに僕に話してくれた琴子ちゃん。読みたい物語がまだまだ沢山あると思うと、これからが楽しみとも話してくれた。そんな琴子ちゃん目線の書評を毎月2回、依頼しています。


編み物のコツは無理せず、無理させずの巻

月水金の編み物教室では三女が産まれる少し前から始まって、産まれて産後の生活が落ち着いてからまた再開して今日。
おばあちゃんとのエピソードや編み物教室で感じた事学んだことを綴ってきたけど、
さてさて三女がいつも編み物教室に同行してくれている事は触れた事がなかったなぁとふと思った。
月水金の中でたくさん編み物をしたり、保存食を学んだり、おばあちゃんとモーニングしながらお喋りしたり…
実はいつも三女も同行してくれているのだ。

三女はいつもどこでもよく寝て、穏やかな性格なのか?はたまた3人目だからいい具合に放ったらかしとでもいうのだろうか?
編み物教室の間だいたいいつも、ぐーすか眠りこけてくれているのだ。
起きている日もあるけど、起きてるときは私の横で糸の端っこを引っ張ってニコニコしながら糸で遊んでいてくれているのだ。

寝てくれたり、ご機嫌で過ごしてくれている間に編み物を一緒にしたり習ったり、喋ったり、お茶をしたりしている。
そんな三女もすくすく成長し、
7か月を超えたころからハイハイをするようになってきて、いつも布団でコロコロしていたのがズンズン動き、目に映る世界が楽しくてあっちこっちに動き出し、ハイハイで私はどこへでも行けるのよ!と言わんばかりに活発に動き、いよいよ今までのようなゆっくり編み物とは行かなくなってきたのだ。

でも月水金がおばあちゃんの楽しみやから編み物出来なくても連れてきてねと言ってくれて最近は編み物もほどほどに、三女をのびのび遊ばせたり、おばあちゃんにたっぷりかまってもらったり、お喋りがメインの編み物教室になってきつつある。
そして三女が寝たタイミングの時は編み物を出してきてちくちくタイムがスタート。
だから三女もおばあちゃんの編み物教室が大好きで心地良さそうに過ごしている。
無理なく自分のペースを大事にされてることを感じているのかなぁと思う。

前にも増してのスローペースな編み物教室だけど、編み物はこうじゃないとあかんのよ、といつも言われる。
疲れるほどしない事、煮詰まるほどしないこと、今はお母さんの時間の隙間にすることを大事にね!と。すると楽しく長く続いて、みんなに喜んでもらえるよ。とおばあちゃんは私に言う。
だから私もその部分は本当に大事にしたいなぁとおばあちゃんがみんなに喜んでもらってる編み物ライフを見ていて思う。
無理してしない、無理矢理しない。まわりにも無理させない。
編み物と一緒に習ったこと。
でもきっとこれは、おばあちゃんの編み物教室だからこそ、教えてもらえ事なのだろうとありがたく思う。他の編み物教室では技術は習えても、ここのところは習えなかったかもしれない。

そのペースだからきっと細々だけど、長く長く楽しみたいし、おばあちゃんみたいでありたいからそのペースでこれからも編んでゆきたい。
今しかないこどもたちの姿を見ながら、思いながら、今日もこども達が寝た後にちくちく。
不思議とその時間が脳内がリセットされ、心地よく病みつきになる。
なるほどなぁ、きっとおばあちゃんもそうしてきたんだな。
編み物に出会えてよかった。
おばあちゃんに教えてもらう編み物に出会えてよかった。

次女が着てるこのセーターは、私が小さい頃着ていたもの。
もちろんおばあちゃんの手編み。
手編みは次の代次の代へと大事に受け継いで着たくなるから不思議。
次女もお気に入りで毎年クリスマスの時期はたくさん着ている。

写真・文 / 田畑由布子

こどもちゃん達が生まれる前の、2012年11月からのお付き合い。葵子ちゃん・季なりちゃん・糸喜ちゃんの3姉妹5人家族になった今も年に2回、必ずスタジオや名張市のご自宅で撮影させて頂いてます。編み物の師匠・おばあちゃんのお話しを聴かせてくれたユフコちゃん。面白くてあったかくて、色んな人にも聴いてほしいと思い、毎月2回、綴ってもらってます。


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ムクドリは、田んぼや家の周りでも1年中見られる身近な野鳥です。くちばしと足はオレンジ色をしています。「キュルキュル、ギャー」などと鳴き、よく群れで行動しています。3年前の春におじいちゃんの家の雨戸の間にムクドリが巣を作りました。ムクドリが巣から落ちた時には助けたりもしました。1羽が足をけがしたけど、無事に全員巣立つことができました。好きな所は、目が大きいし、てくてく歩いておもしろいところです。身近な鳥もじっくり観察すると色んな発見があるので、ぜひ観察してみてください。

ここでクイズです。ムクドリは漢字で何と書くでしょう。

1、無口鳥

2、椋鳥

3、鶲雀鳥

答えは次の鳥図かんで発表します。最後に、前のクイズの答えを発表します。

正解は 3、「キセキレイ」「ハクセキレイ」「セグロセキレイ」

の順でした。

絵・文/ 中野響

お姉ちゃんとひーくんが生まれる前の、2005年10月から撮影をさせて頂いてます。今も2~3年に1回は必ず、スタジオや城陽のご自宅で撮ってます。小学5年生になったひーくんは、この前の撮影の時に鳥に魅せられていると話してくれた。それが小学生レベルの鳥好きの話ではなく、僕からすればもう学者レベル。しかも視点がユーモラスなのでこれはスゴイ!是非、図鑑を作ろうと盛り上がり、WEBという形で毎月2回、発表してもらっています。

サニー文庫10/10版

竹内佳代がスタジオスツールで、毎月第4土曜日の10:00~12:00にSUNNY BUNKO(家庭文庫)を開いています。

次のサニー文庫は 10月24日(土)10:00 – 12:00

マスクの着用、アルコール消毒のご協力をお願いします。換気をしながら開こうと思いますので温かくしていらしてください。

4月からお休みしていたサニー文庫。9月26日はガレージ横の土の上にテーブル一つ置いて、もしもし読めたらいいな、と選んだ数冊の絵本と返却の準備をして待っていました。←突如現れた出店のようなスタイル。(笑)お天気は大丈夫。でも今日が返却できる日って知ってもらえているかなぁ?と少し不安になりながら・・・。

お母さんの自転車に乗って来てくれたHちゃん。前はようやくたっちしたところだったのに、可愛いヘルメットをかぶって髪をおさげにしてスタスタ歩いています!お父さんと歩いて来てくれたKくんは、小学一年生になって話す言葉もすっかり少年に!少し見ない間に成長していている!!「読んで」と言ってくれたらガレージで立って絵本を読む。リクエストがあれば本棚から選んできて手渡す。いつもとは違うサニー文庫でも変わらず過ごしてくれたこども達。絵本があればどこでもいいんやねぇ。習い事があるのにその前に!とお父さんと来てくれたKちゃんAちゃん。みんな来てくれてありがとう。できる形で、できることを続けてゆこうと思います。久しぶりのサニー文庫、楽しかった。

「10月1日にはおだんご作ろうね」と、お母さんと話していたMちゃん。妹のYちゃんと一緒にお月見できたかな?とってもきれいなお月さまだったね。

お客さんのコラム10/10版

編み物教室番外編〜旬の保存食ワークショップ〜の巻

編み物教室は時々、旬の保存食教室に変わる。
初夏には梅を。
新生姜を。
秋には栗や干し柿。
冬にはお味噌。
全部おばあちゃんの山と畑の旬のお恵み。

ある日の夏の編み物教室は、部屋中にここは梅農家さんかと思うほど部屋には梅、梅、梅!!

梅酒や梅干し、梅シロップ。
いつものように毎年楽しみにしてる人に配るため。
もちろんその日は編み物は休講で、梅干しのおへそ取りや、仕込みを手伝う。

そしてこの秋は栗の豊作だそうだ。
この前編み物教室に行くと、今度は栗農家さんかと思うほどの栗!栗!栗!
おばあちゃんのお山の栗ももちろん、ご近所の人たちもみんなおばあちゃんにと栗を持ってくる。
そしてまた楽しみにしてる人に配るための渋皮煮を作るのに、鬼皮むきに大忙しだ。
この栗の鬼皮むきはとにかく大変。
渋皮を残すように剥くのが私はまだまだ下手くそ。
なので手伝っているのか、余計に邪魔をしているのか分からなくなってくる。

でも仕込みながら、手順ややり方やコツや、おばあちゃんの味の配合を聞きながら一緒につくる。
まさにおばあちゃんの季節ごとワークショップ。
昔から親しんできたおばあちゃんの味の梅干しや栗や、お味噌。
なるほど〜、こうやって仕込んで作ってくれてたんだな。今更だけどやり方を教わった。

編み物教室、番外編がたまにあるおかげで、おばあちゃんの手仕事をたくさん学べて、得した気持ちになるのだ。

お山にできた自然物の恩恵を余すことなくいただいて、周りの人に配って歩いて、毎年同じ人たちに変わりなく配れる事がとてもありがたくて嬉しいと話してくれる。

旬のものを用意して配る人ごとに仕分けしてる風景は、まさにリアル「人生フルーツ」のつばたひひでこさんのような風景。
人生フルーツを見ながら、英子さんにとても親しみを感じたのはおばあちゃんにどことなく似ていたからかもしれない。

おばあちゃんはいつもじっとしてなく、いつも忙しいのだけど、それはそれでせわしなく見えなくて、日々のくらしが充実していて、みんなに喜んでもらって親しまれわたしには素敵に見える。

また私は編み物教室で編み物を超えたことを教えてもらいながら、おばあちゃんの生き方に憧れを抱くのだった。

そして出来た栗の渋皮煮を食べながらまたのんびりと編み物教室の再開。

栗、美味しい。

マフラーが無事に完成しました。
透かし模様のマフラー。
間違えて編み直して、模様編みは一目ずれると全部パーになるので、一目一目を大事に丁寧に。
時々脳内のリフレッシュのためにマフラーの隙間に編んだ長女のミトンも載せておきますね。


さて、いよいよおばあちゃんとのコラボセーターを編み始めました。
編み込み模様を私が。
見頃のメリヤスをおばあちゃんが。
おばあちゃんと一緒に作るのが楽しみです。

写真・文 / 田畑由布子

こどもちゃん達が生まれる前の、2012年11月からのお付き合い。葵子ちゃん・季なりちゃん・糸喜ちゃんの3姉妹5人家族になった今も年に2回、必ずスタジオや名張市のご自宅で撮影させて頂いてます。編み物の師匠・おばあちゃんのお話しを聴かせてくれたユフコちゃん。面白くてあったかくて、色んな人にも聴いてほしいと思い、毎月2回、綴ってもらってます。


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ハクセキレイは、白と黒をしていて、町中でも見られる身近な鳥です。川や田んぼでも見ることができます。

「チュイチー」などと鳴き、雨の日でもよく鳴いています。

ハクセキレイは、夏と冬でせ中の黒の部分の色のこさが変わります。

夏はこくて、冬はうすくなります。ぜひ見比べてみてください。

ぼくが、おもしろいと思った所は車などが来ても飛ばずに歩いてにげる所です。なぜなら、飛んだ方が速くにげられるからです。

でも、飛ぶと体力を使うからあまり飛びたくないんだと思います。

他にも、黒の部分が多い「セグロセキレイ」や黄色をした「キセキレイ」などもいます。

ここでクイズです。

「ハクセキレイ」、「セグロセキレイ」、「キセキレイ」で声がきれいな順番で正しいのはどれでしょう。

1.「セグロセキレイ」「キセキレイ」「ハクセキレイ」

2.「キセキレイ」「セグロセキレイ」「ハクセキレイ」

3.「キセキレイ」「ハクセキレイ」「セグロセキレイ」

答えは次の鳥図かんで発表します。

絵・文/ 中野響

お姉ちゃんとひーくんが生まれる前の、2005年10月から撮影をさせて頂いてます。今も2~3年に1回は必ず、スタジオや城陽のご自宅で撮ってます。小学5年生になったひーくんは、この前の撮影の時に鳥に魅せられていると話してくれた。それが小学生レベルの鳥好きの話ではなく、僕からすればもう学者レベル。しかも視点がユーモラスなのでこれはスゴイ!是非、図鑑を作ろうと盛り上がり、WEBという形で毎月2回、発表してもらっています。


⑪「咳をするときは必ず入れ歯をはずします。」

 朝晩はずいぶん涼しくなってきた10月5日。
最近の川瀬家は家族で山登りに励んでいます。2・3週間に1回のペースで2時間くらいで登れる山を登っています。子供たちは昆虫採集という名目で山登りに参加させられ、最初は網と虫かごを持って登りだし、バッタやカマキリなどを探します。少し登り山の中に入ると昆虫は一気に減ります。すると、網は杖に代わります。そして、虫かごは落ち葉狩りの落ち葉入れに代わります。最後は何も持ちたくないと言い出し、親がどちらも持つことになります。最終目標は、長男が小学校6年生になったら富士山へ登頂することです。

さて、運動をメインとするデイサービスのSukkuには、変形性関節症をお持ちの方が大勢おられます。その方々に対してSukkuでは、出来る限り変形を正常な方向へ持っていくためのトレーニングをして頂いてます。
今回のコラムでは、そんな変形性関節症で来られた82歳男性の人見さん(仮名)を紹介したいと思います。

人見さん、顔はダンディでとってもハンサム。しかし、160センチ75キロと体重過多傾向で、ビールは飲まないのに立派なビールっ腹、膝は曲がるけど伸びない膝になっていました。痛みのために50メートル以上歩けず、物忘れの影響で少し怒りっぽくなっている方です。
まず私たちが取り組んだことは体重を減らすことでした。週2回利用していただき自転車など有酸素系の運動をしましたが、一向に体重は減りません。それもそのはずで、この方は大の甘党で饅頭が大好物。毎日何個も食べておられたのです。Sukkuで運動して家帰って饅頭食べる。時には、Sukku利用中に金時飴を持参して食べておられました。
奥さんに食事制限を勧めても、ついつい饅頭を買ってしまうとのこと。毎週毎週体重測定をして本人の意識を高めようとしましたが、そこは物忘れの影響で以前何キロあったかなんて覚えていません。それどころか、なんで自分だけが毎回体重測らなあかんのや!と怒り出す始末に。私たちは早々に減量を諦めました。
そして、伸びない膝を改善させて、筋力をしっかり鍛えることに集中しました。
すると3か月ほどで膝は伸びるようになり、太ももの筋肉もかなり向上。福祉用具も併用して15分程度歩けるようになりましたが、体重は減らず、痛みも残っていました。
私としては出来ることはしたという気持ちもあったので、痛みをすっきり取るには人工関節の手術が良いと病院を紹介しました。(過去にも2・3人おられました。)
そこからとんとん拍子で日程が決まり、入院・手術と無事終わりました。そして、スムーズにリハビリも進み体重も減らして1、2か月で退院かなと思ったら・・・
元々落ち着きのない性格の人見さんは、2週間ほどで家に帰りたくなってしまいました。そして、1度帰りたくなってしまったらもうだめです・・・。
手術して3週間で半ば強制的に退院。退院後すぐに利用再開となりましたが、思ったほど体重が減っていないこともあり、手術した側の膝は腫れてパンパン。ご利用前後は膝を冷やしながらゆっくりとリハビリを行っていきました。すると、1か月位すると杖無しで歩けるようになり、本人もほとんど痛みがないとのこと。さすが人工関節!
そうなると大変です!何が大変か?
痛みはない。歩ける。となると人見さんの中では、Sukkuに来る必要性がとても低くなるのです。
すると、来ても徐々にふざける様になってきました。物忘れの影響もあり、自分がなぜここに来ているのかが分からなくなり、怒りっぽさも増してきました。
大声を出したり、わざと大きな咳をしたり、スタッフに対してとても横柄な態度になってきました。私たちは悩みました。人見さんの当初の目標は達成しているので、もう卒業しても良いのではないか・・。そして、奥さんやケアマネージャーとも相談しました。本人はそんなことはつゆ知らず。上機嫌で過ごしているかと思えば、急に不機嫌になったりします。そして、お茶を飲むとむせて咳が出ます。すると、なぜか、入れ歯を外す。しかも、下の歯の入れ歯だけを外します。外して、手に持ったまま咳をします。ダンディでハンサムな顔がとてもかわいらしいおじいちゃんになってしまいます。「可愛い!!」なんて言う余裕はなく不衛生ですからやめてください!と言ってもやめません。周りの利用者さんも顔を引きずりながら笑う・・。こんな状態が毎週続いたので、最後は経営判断です。人見さん、Sukkuを卒業しましょう!と宣言して卒業して頂きました。もちろん、そこで終わるのではなく、次に行くべき施設を相談・紹介して卒業してもらいました。
今でも、車の運転をしていると散歩をしている人見さんを見ます。その度に、入れ歯を外して咳をする人見さんの顔を思い出して少し苦い顔になる私でした。(おしまい)

次回は「85歳と鹿の知恵比べ」です。

写真・文/ 川瀬啓介・未央

Sukku 川瀬啓介 / 未央 (理学療法士・鍼灸師 / 鍼灸師)
〒622-0002 京都府南丹市園部町美園町4-16-38

TEL 0771-62-0005

2017年から京都の南丹市でリハビリを中心としたデイサービスをしています。利用者さんと過ごす時間は、笑い声と涙が入り混じる賑やかな毎日です。そんなささやかな日常、会話から気付かされること、そして個性派揃いのスタッフについて…これから色々な事を綴っていこうと思います。

2011年11月からのお付き合い。楓くん・緑くんが生まれる前から撮影をさせて頂いていて、今も1年に1回は必ずスタジオ撮影にお越し下さいます。Sukkuというデイサービスの屋号は、佳代が名付けさせて頂きました。飾らない温かさ、自分の好きが明快で、歯切れがよい。けれど、流れる時間はゆっくり。そんなお二人の人柄が大好きで、バランスを崩した時には体を診てもらおうと決めているから安心です。笑いと涙のデイサービスの日々を毎月2回、綴ってもらってます。


「そして、バトンは渡された」瀬尾まいこ

優子は、生まれた時から、水戸→田中→泉ケ原→森宮と、何度も苗字が変わってきた。

母親が二人、父親が三人いるけれど、優子は皆に愛されてきた。

優子は、あらすじだけ見ると苦労をしているようですが、苦労していても、いつも幸せです。冒頭の進路面談で不幸がなさすぎて、後で父親に次は「意地悪な人と結婚してくれ」と頼んだりしているほどです。

3人めのお父さん・森宮さんは、「父親の風格や威厳なんてものを一切持ちあわせてない」し、

「ひょうひょうとしている」し、「すぐおろおろする」人で、優子との会話がいちいち面白いです。

読み終えたら幸福になることまちがいなし。

2019年本屋大賞作、ぜひ読んでみてください!

文/ 木下琴子

2006年3月からのお付き合い。琴子ちゃんが生まれる前から撮影をさせて頂いてます。小学5年生になった今も記念日ごとには必ず、スタジオやお好きなロケ場所で撮影させて頂いてます。埼玉県からお越し下さいます。幼い頃から、本が好きと撮影のたびに僕に話してくれた琴子ちゃん。読みたい物語がまだまだ沢山あると思うと、これからが楽しみとも話してくれた。そんな琴子ちゃん目線の書評を毎月2回、依頼しています。


今版はデコさんのご都合により休載します。

お客さんのコラム9/25版

『きみの存在を意識する』梨屋アリエ

みなさんのまわりに、文字を書くのが、あるいは本を読むのが、「深刻に苦手」な人はいませんか?

この本は、語り手が話ごとに変わる連作短編集です。ディスグラフィア、ディスレクシア、過食症、化学物質過敏症などの中学生が出てきます。

できない言いわけだって、わがままだって、思っていなかった? 考えさせられました。

障害って、性って、自分って、権利って、配慮って、何だろう?

この物語の人々が、救われるわけではありません。認められて、手を差しのべてもらえるわけではありません。でも、何かが変わっています。

だからこそ、みんなに読んでもらいたいです。

文・写真/ 木下琴子

2006年3月からのお付き合い。琴子ちゃんが生まれる前から撮影をさせて頂いてます。小学5年生になった今も記念日ごとには必ず、スタジオやお好きなロケ場所で撮影させて頂いてます。埼玉県からお越し下さいます。幼い頃から、本が好きと撮影のたびに僕に話してくれた琴子ちゃん。読みたい物語がまだまだ沢山あると思うと、これからが楽しみとも話してくれた。そんな琴子ちゃん目線の書評を毎月2回、依頼しています。


前回のコラムの最後に、愛猫ももが大病から回復し、落ち着いた日々がもどってきました、と書きましたが、その後なんと! またもやももが、別の病気になってしまいました。
 さらに2週間の看護の日々をへて、ようやく2、3日前に全快。ほんまやろね? うそじゃないよね? とももに尋ねたい気持ちでいっぱいですが、よく食べよく眠っている、そのゆったりした姿を見ると、どうやら大丈夫なようです。
 やれやれ、こうして1か月におよぶハラハラの日々が終わり、気がつくと、わが家でいちばん先に紅葉するはなみずきの葉っぱが紅くなりはじめていました……。

 さて、こんな風に次から次へと課題がふりかかってくるのが日常。そんなときこんな2冊の絵本はどうでしょう。

『へろへろおじさん』『へらへらおじさん』
佐々木マキ 福音館書店

 へろへろおじさんが街を歩いていると、上からマットが落ちてきたり、犬にひきずりまわされたり、果てにはブタの大群に出会ったり……。おじさんは次から次へと不条理な事件に巻きこまれて、白いスーツも心も、もうボロボロ。
 一方、もう1冊の絵本のへらへらおじさんはというと、見てください、この表紙(写真)。靴は片方ぬげてるし、かばんの穴にはバッテンテープ。でもおじさんは、鼻歌まじりに暢気に歩いていきます。ところがへらへらおじさんにも受難が待っています。突然マンホールから現れたワニにかみつかれたり、空から降ってきた金星人にビビビと光線をあびせられたり。
 でもおじさんは、それでもなお、ふふふんと鼻歌をうたいながら、おうちを目指して歩いていきます。まるでバックに、ファレル・ウィリアムスの『ハッピー』が聴こえてきそう……。その歌はこんな歌詞です。

”ぼくをダウンさせようったて無理さ、
ぼくのハッピーのレベルは高すぎるんだから。
だってぼくはハッピー。
幸せは真実だって知っているから。
自分がやりたいことに気づいているから”

 人がダウンする(落ちこんじゃう)のは、何かいやなことが起こったり、何かを失ったりするからですよね。じゃあ絶対にそれが起こらないようにするには……何もしないことです。けがをするのがいやなら、好きなスポーツをしない。けんかをしたくないなら、誰とも友だちにならない。死にたくないなら、生きない。
 それではなんにもなりません。あったことは、あったこと。そこからどうするかがたいせつ。また、何かを失って悲しいなら、悲しいほどよいものをもっていたことを、喜びたい。そしてほんとうに悲しいとき、話を聴いてくれる人を、ふだんから見つけておきましょう。

 へらへらおじさんがずーっとめげずに歩いていく先には、何が待っているんでしょう。それは、この絵本の最後を見てみてくださいね。あ、そうそう、へろへろおじさんの最後も、ぽっと心があたたまる結末になっているのでご安心を。

写真・文/ 中務秀子

2018年・第27期のフィルムカメラ教室の生徒さんとして、お付き合いが始まりました。今もフィルムカメラを続けてらして、二眼レフカメラにも挑戦中。こどもと大人の絵画造形教室 / コッコ・アトリエを京都の一乗寺でお仲間とされています。デコさんは本好き、映画好き、芸術好き、お話好き。いわば “忙しいひまじん” です。とても自由で全然気取ってない表現に親近感を覚えさせてくれる先輩であり心友です。

コッコアトリエ・HP → ●

コッコアトリエ・インスタ → ●


夢のバトンの巻

おばあちゃんの編み物は本当に修理だろうとなんでもできる。
編み物で出来ないことがない。
この時期はよくお友達から、ウール毛糸の虫食いのセーターの修理を頼まれていて、それすら治せてしまう。
私の失敗したセーターの丈の修理も出来る。
わからないことは何を聞いても解決してしまうおばあちゃんの編み物はあまりにも神業なので、ついこの間ぽろりと「おばあちゃん、編み物のプロやわ、本当に」と言うと
「プロではないけど、編み物講師資格の検定のために勉強して課題も色々してきたんやけど、いざ認定試験の日に田植えの日と重なってしまって、結局行けずにそのままや〜アハハ」と笑って応えてくれた。
結局その次の年もその後も試験が田植えの時期と重なってしまう為に取れず、いつの間にか試験は受けず今に至るとの事。
昔は今みたいに機械で田植えをしていたわけじゃなく、何日もかかって手で苗を植えていたし、今は手放してしまった大きな田んぼが当時はいくつもあったし、農家が田植えの日に家を空ける事なんてありえない事だったらしい。
なのでもう試験は受ける事はその後はなかったらしい。
これは試験の時までに出てた課題のセーターやで〜と言いながら当時に編んだとっても素敵なスズラン模様のセーターを出してきて見せてくれた。
通りでおばあちゃんの編み物はプロ技。
資格こそはないけれど、講師の資格をとるためにたくさん勉強してきて技術も講師並み。
「今からでもとりたいけど、さすがに年齢ーオーバーやわ〜もう」と笑いながら言っていた。いつしか資格に拘らなくともその分の勉強はしてきたからええかと思うようになったらしい。その当時の教科書とか、道具とか、その当時のその他の課題も今もとってあるみたい。
そっか、おばあちゃんのそんな夢があったんだな。と思いながら話を聞いていた。

おばあちゃんの手仕事を受け継いで、私もおばあちゃんみたいなおばあちゃんになりたいと始めた編み物。
おばあちゃんのその話を聞きながら、まだまだひよっこの私が言うにはおこがましいが、いつしか私もおばあちゃんの夢を引き継ぎたいなと言う思いがムクリと心の中で湧いてきた。
おばあちゃんが叶えられなかった夢、私が叶えてみたいな…なんて。
そんな風に心の中で思っていたら
おばあちゃんが「由布子も今からこんな風に編み物していたらきっともっと上手くなるから、いつか資格とったらええよ!子どもらがもっと大きくなってからな〜!」と言ってくれた。

そんな風におばあちゃんに言われたら、絶対そうしたい!なんて思ってしまった。

私の編み物はまだまだ、わからない事の方が多い編み物。失敗の方が多い。
車の免許で言えば乗り始めて一年以内の初心者マーク。
ひよっこ中のひよっこ。
でもおばあちゃんに習う編み物は楽しくて、幸せな事がいっぱい。
編む事に夢中で毎日ちくちくしている。

おばあちゃんみたいなおばあちゃんになりたいのは勿論、そしておばあちゃんの夢だった事もいつか叶えられるように…なんて。
そんな目標ができたここ最近の私の中の変化の話。

この冬おばあちゃんとコラボレーションでセーターを編むことになった。
編み込み柄がかわいい、ノルディック柄のセーター。
柄の所は私が編む。
メリヤスの部分はおばあちゃんが手伝ってくれることに。
これ、出来たら絶対宝物になるだろうなと思って編むのが楽しみでならない。

今編んでいるマフラーが完成次第、そのセーターに取り掛かることに。

一年前の今頃、自分がこんなに編み物にハマっているとは思ってもみなかった。

でも、もう編み物がない暮らしなんて今は考えられないし、いつしかおばあちゃんの夢だった講師の資格がとれたらなんてにわかに思っちゃっているから、人生って不思議。
でも、楽しい。それだけは確実。

写真・文 / 田畑由布子

こどもちゃん達が生まれる前の、2012年11月からのお付き合い。葵子ちゃん・季なりちゃん・糸喜ちゃんの3姉妹5人家族になった今も年に2回、必ずスタジオや名張市のご自宅で撮影させて頂いてます。編み物の師匠・おばあちゃんのお話しを聴かせてくれたユフコちゃん。面白くてあったかくて、色んな人にも聴いてほしいと思い、毎月2回、綴ってもらってます。


⑩「正美さんのベルトは反対」

9月も後半に入り、南丹市は稲刈りも終わり新米が出てきています。
新米を炊くときは水を少なめにします。でないと、白米は柔らかすぎてしまいます。
こんなことを最近知った私ですが、この時期のピカピカに光った白米が大好きです。
私が南丹市で仕事をして、13年。13年前から知り合いの方で今、Sukkuをご利用いただいている方が何名かおられます。今回はそんな方を紹介したいと思います。
名前は正美さん(仮名)91才 男性です。
元々は正美さんの奥さんのリハビリを担当していた事がきっかけでした。奥さんは難病の方で週1回自宅に伺いリハビリをしていました。正美さんは、奥さんの病院の送迎や介護などをされていて、とても献身的。奥さんのリハビリが終わるときを見計らって、正美さんは熱い珈琲を入れて待ってくださるのが習慣でした。猫舌の私は飲み干すまでに時間がかかるので、その間色々なことを話しました。正美さんもゴルフが好きだったこと。ゴルフをやめてからはグランドゴルフにはまり、南丹市でチャンピオンになったこと。夫婦で色んなところへ車で旅行に行ったことなど。
大雪の日には、屋根の上で雪かきをしていることもありました。

正美さんは町会議員を3期されましたので地域の事などもとても詳しく、議員中に補助整備事業で地域の道や田を整備して生活しやすい街の手助けをしたことを話してくれました。そして、園部町のスーパースター 野中 広務さんの直接の後輩だったらしく、一緒に選挙カーに乗ったり、国会議事堂に行ったり、選挙関連で警察の世話になったり!?とても興味深い話しをしてくださりました。その都度私は「へ~」と驚きをもって聞いていました。
その中でも特に印象的だったことが、日本人の平均寿命は女性が高いことが当たり前のようになっていますが、正美さんはこう言いました。
「元気で若い男はみんな戦争に行った。そして、戦死した。だから、女性が長生きのように見えるんや。」
私には考えもつかない言葉でした。
正美さんは中学卒業後に志願して陸軍に入隊されました。
そこでも色んなことを体験されたそうです。愛知県の蒲郡で作業していると、かなり大きな地震に遭遇し兵舎や作業場が崩壊、多くの方が建物の下敷きになり大変だったこと。自分は命からがら逃げだしなんとか助かったが、軍事情報とのことで、被害の大きさなどはほとんど公にはされなかったことを教えて頂きました。

そんな正美さん、5年ほど前から腰の病気の影響で足の筋力が弱り杖で歩くようになっていました。そして、開設して間もないSukkuまで自分で車を運転して見学に来られ、そこから利用が始まりました。
ご利用中は色々なことがありました。少し肺が弱いこともあり、冬になると風邪をこじらせ、肺炎で入院し生死をさまよい、そして復活して帰ってくる。こんなことが毎年続いていました。帰ってくる度に「今回も帰ってきました!」と明るい表情で話しをされていました。
利用者さんにも知り合いが多くおられましたし、男女分け隔てなくいろんな方に話しをされていました。その時に決まって言われることがあります。「ここの運動は続けなあかん。休んだら身体が動かんようになる。」
その言葉に私たちは何度も救われました。自分たちのしていることは間違っていなかったと。

10年の付き合いの中で一つだけとても気になることがありました。それは、正美さんはいつもベルトが反対向きなんです。外出するときは必ずジャケットを羽織り、綺麗な格好をされている方です。ズボンをはき替えても必ずベルトは反対です。最初はあまり気になりませんでしたが、徐々に気になりだしいよいよ聞きたくて仕方なくなりました。
正美さんの答えは・・・
戦時中、腰に大きなベルトを巻いていてそこに色々な道具(剣や銃)をしまっていたとのこと。その時の太くて大きなベルトは右巻きだった。その時の癖で、右からベルトを巻くようになったとのこと。しかし、使っているベルトは左巻き用のベルトを使用しているためベルトが反対向きに見えるのです。
90才になってもベルトの向きを変えることが出来ない位戦時中に刷り込まれたものは消えないんだと痛感させられました。やっぱり戦争は怖いし、二度としてはならないと強く思いました。

そんな正美さん、二か月前のSukku利用時、発熱を認めたので病院受診してもらいました。すると、新たな病気が見つかりそのまま入院する事に。入院中に一度顔を見に行きましたが、元気そうで、「9月からSukkuにいくわ!」と話しをしていました。退院後、また会えることを楽しみにしていました。
ですが、容体が急変、このコラム完成2日前に天へ召されました。
あまりにも急で、私もスタッフも気持ちの整理がなかなかつかないです。
でも、お通夜の時に「コラムでしっかりと正美さんの事を伝えるしね。」と約束しました。以前から今回のコラムは正美さんと決めていたので、正美さんにとってはこのタイミングやったんかなと・・。自分に思い込ませながらコラムを終わります。
正美さん、天国でこのコラムを見てくださいね。皆の頭の中に、心の中にあなたはずっと生き続けますから。(おしまい)

次回は、「咳をするときは必ず入れ歯を外します。」

写真・文/ 川瀬啓介・未央

Sukku 川瀬啓介 / 未央 (理学療法士・鍼灸師 / 鍼灸師)
〒622-0002 京都府南丹市園部町美園町4-16-38

TEL 0771-62-0005

2017年から京都の南丹市でリハビリを中心としたデイサービスをしています。利用者さんと過ごす時間は、笑い声と涙が入り混じる賑やかな毎日です。そんなささやかな日常、会話から気付かされること、そして個性派揃いのスタッフについて…これから色々な事を綴っていこうと思います。

2011年11月からのお付き合い。楓くん・緑くんが生まれる前から撮影をさせて頂いていて、今も1年に1回は必ずスタジオ撮影にお越し下さいます。Sukkuというデイサービスの屋号は、佳代が名付けさせて頂きました。飾らない温かさ、自分の好きが明快で、歯切れがよい。けれど、流れる時間はゆっくり。そんなお二人の人柄が大好きで、バランスを崩した時には体を診てもらおうと決めているから安心です。笑いと涙のデイサービスの日々を毎月2回、綴ってもらってます。


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ゴジュウカラは、せ中が青っぽい色をしていて、よく木のみきにとまるスズメぐらいの鳥です。

群れでいることが多くて冬には、混群と言って他のシジュウカラやエナが、ヤマガラなどと群れをつくることもあります。

ゴジュウカラは、「フィフィフィフィ」などと鳴きます。

ぼくが、おもしろいと思った所はキツツキ類が前使っていた古巣をゴジュウカラが自分たちの巣にすることです。

他の動物(リス、モモンガ)もキツツキの古巣を使うそうです。

だからキツツキがあけた穴はいろんな動物の役に立っているんだなと思いました。

次にぼくが、ゴジュウカラを見た場所を紹介します。

奈良県 大台ケ原

最後に、前回のクイズの答えを発表します。

正解は、

2.尾羽が上に上がっているか下がっているか。 でした。

絵・文/ 中野響

お姉ちゃんとひーくんが生まれる前の、2005年10月から撮影をさせて頂いてます。今も2~3年に1回は必ず、スタジオや城陽のご自宅で撮ってます。小学5年生になったひーくんは、この前の撮影の時に鳥に魅せられていると話してくれた。それが小学生レベルの鳥好きの話ではなく、僕からすればもう学者レベル。しかも視点がユーモラスなのでこれはスゴイ!是非、図鑑を作ろうと盛り上がり、WEBという形で毎月2回、発表してもらっています。