お客さんのコラム7/25版

おばあちゃんの編み物教室のモットーは?の巻

産まれる数時間前までもうじき陣痛と闘うこともつゆ知らず、ちくちくしていた編み物。

出産したら入院中、赤ちゃんのお世話の合間に編み物しよ〜っと入院セットの中に編み物道具を用意していました。
3人目だし、赤ちゃんのお世話には少し余裕があるだろうし。

入院中、長女と次女と離れるのは寂しいけど、でも朝昼晩、ご飯も作らずとも運ばれてきて、ゆっくり食べられたり、長女、次女をお風呂に入れたり、寝かせたり…ドタバタの日常から少し離れて赤ちゃんとゆっくりと二人の時間になれる入院生活が少し楽しみだった。

長女次女を寝かせた後、夜10時ごろお腹が少し痛いことに気づいて、時計をみると既に陣痛らしき痛みが10分間隔で来ていたので、産院に連絡してすぐ入院となった。
そのまま、あれよあれよとお産が順調に進み、その数時間後の2時ごろ無事に三女が産まれた。
ほやほやの可愛い新生児の赤ちゃん。
家族みんな大喜びで赤ちゃんを迎えてきてくれた。
おばあちゃんも翌日、赤ちゃんと私に会いに来てくれた。
…が、わたしのベッドの横にある入院セットのバッグを見てびっくり!!

産後とにかく休むのが仕事。
編み物なんて産後は以ての外。
また編み物はいつでも出来る。今はこの可愛い赤ちゃんの事と自分の体を休める事しか考えたらあかん。
と言って産後1ヶ月経つまでは編み物禁止令と共にわたしの編み物バッグを没収される。笑

そして本当に1ヶ月経つまで返してもらえなかった。笑

私編み物師匠のいつも優しいおばあちゃん、
怒られてしまったけど、愛情を感じたのも確かだった。

でも本当におばあちゃんの言う通りだったとすぐに痛感することになる。

3人目だからと余裕をこいて入院セットに準備していた自分をビンタしたいと、後々思うのだった。笑

どんなに可愛くてよく寝てくれても、
後陣痛などの体のトラブル、貧血、寝不足、赤ちゃんが寝てる時間は自分も爆睡。
手も目も使ってちくちく…する気力なんて皆無だった!!
退院後もやはり、1ヶ月先まではフラフラ。
長女次女の生活もあった為里帰り出産もしなかったので、本当に産後も毎日過ごすので精一杯だった。
編み物の事を考える間もない日々だった。

やっと、編み物したい!そろそろ出来ると思ったのは1ヶ月健診も過ぎ、日常に余裕が出てきたころだった。
おばあちゃんのお許しも出て、また編み物教室が再開。
急いでしなくてもな、ぼちぼちと
編んで行ったらええ。
編める時に編んでしないとあかんよ。
まずはお母ちゃんとして子どもたち優先したげなあかんよ。優しい気持ちでな。
育児やら家事の合間にするのがまた頭が切り替わってええのよ。ぼちぼちしいな、楽しく。
と言ってくれた。

そうそう、お母さんとして愛のある編物をしたいからそうしていこうと思えた。

編み物って不思議で、今まで編んできたものを振り返ってみてみると、その時期にあった出来事と風景が一緒に蘇る。
この手袋編んでた時、次女の事でこんな悩みあったなぁとか、この帽子編んでた時長女の歯が抜けた時期やなぁとか。
編んできた全部のものにその時期の風景が浮かぶ。
きっとちくちく編み物しながら色んな事頭で考えたりしながら編んだりしてるのかな。

だから、焦ったりイライラしながら編んだりすると、きっとその事が蘇るだろう。
編んだものをみて、イライラしながらや無理しながら編んだ風景が蘇る編み物は嫌だ。

やっぱり気持ちに余裕をもって、優しい気持ちを編み物に反映したいので、わたしの編み物は心がやりたい時に、優しい気持ちを込めて進めていきたいなと思う。

おばあちゃんに産後編み物を没収されたのは、きっとそういう意味だったのだろう。

おばあちゃんの編み物教室は
優しい気持ちをひと針ひと針こめていくことがモットーのようです。
手にした時に優しい気持ちになれるように。
優しい気持ちを纏えるように。

写真・文 / 田畑由布子

2012年11月からのお付き合い。3姉妹5人家族になった今も年に2回、必ずスタジオや名張市のご自宅で撮影させて頂いてます。


⑥「Sukkuおうちへ行く」

Sukkuのご利用者さんの中には、ご夫婦で利用されている方々がおられます。
今回は山本さん(仮名)ご夫婦を紹介したいと思います。
ご主人は泰一さん(仮名)、奥さんは富江さん(仮名)とおっしゃいます。

泰一さんは、大手電力会社にお勤めされた後に独立。80歳まで自分で電気関係の仕事をされていました。独立して一人で大きな会社を相手に保守管理をされていた事もあり、性格は真面目で何事もきっちりされます。その反面、自分がおかしいと思ったことは誰が相手だろうとしっかりと意見を言う方でした。近所では有名な頑固者だったそうです。毎朝、新聞二紙を熟読、一日の終わりには日記を欠かさず付けられます。
そんな泰一さん、肺がんですがご本人の意思で手術はせず、今の状況を受け入れながら毎日を過ごされていました。年齢的にも進行はゆっくりで、内服でコントロールしている状態です。
富江さんは、両方の股関節が悪く、10年ほど前に人工関節の手術を受けられました。術後の経過は良好でしたが、両足の筋力低下と円背から来る肩凝りがあります。
そして、人を疑うことを知らない方で、どんな事でも信じやすく、そしてどこまでも天然な性格の方です。また、お茶と生け花の師範として長い間指導をされていました。
富江さんは、普段押し車を押して歩かれていますが、目の前に横断歩道があっても必ずその手前で渡ります。その際、前後の確認なんて致しません。なので、運転中に富江さんが歩いていたら要注意です。
つい先日道端で、杖をついて今にもこけそうに歩いている富江さんを発見。声をかけると「よかったー。ありがとう。」と声をかけただけなのに助手席に乗ってこられました。
私が「どうしたの?」と聞くと、「美容室に行こうと思って杖を持ったら、杖の先がなくて、歩けなくて困ってたの!」と。よく見ると、ただの木の棒でした。棒では歩けません。「押し車は?」と聞くと「邪魔になるから美容室に押し車なんて持っていけません!」ときっぱり。結局、車で美容室まで送っていきました。そして降り際に「神様に出会えた気分です!」と、私に向かって手を合わされました。

ご利用が始まり、少し気難しいと思っていた泰一さんでしたが、あっという間に馴染まれ、とても楽しそうに過ごされるようになりました。口癖は「ここのお茶が一番美味しい!」うちで出すお茶は熱くもなく冷たくもなく・・普通の麦茶。普段はお茶の先生である富江さんの作ったお茶を飲んでいる方なのに、うちの麦茶が美味しいと喜んでくださる事が何だか嬉しくて、スタッフが「一杯5000円!まとめて月末に請求しますね~」と返すのがお決まりの言葉に。そしてその度に、泰一さんはヒャッヒャッヒャと大笑いをされていました。富江さん曰く、何よりもSukkuで過ごす時間を生きる力にされていると。

そんな日が続いていたある日、富江さんから相談があったのです。「主人が夜になると咳が止まらない。そして、長い距離を歩くと息切れをするようになりました」と。
肺がんの進行です。
徐々に今まで通りの生活が難しくなり、自宅に来て診察してくれる医師に主治医を変更したり、訪問看護も入るように。酸素をしながらの生活も始まりました。
それでも泰一さんはSukkuに来てくださって、「ここのお茶は美味しい」と言い、スタッフが「一杯10000円!値上げしたしね!」と切り返すと、息切れをしながらもヒャッヒャッヒャと笑われていました。
そして、いよいよ主治医からSukkuの利用に対してドクターストップかかってしまったのです。けれども、それはただのストップではありませんでした。
主治医がSukkuに来られ、「泰一さんはSukkuのことをとても気に入っています。Sukkuが家に行ってくれませんか?」と依頼されたのです。
そんなことを言ってくる医師は初めてだったので驚きましたが、スタッフと相談し、家へ伺うことにしました。
家へ伺うとベッドから起き上がり、酸素をしながら一生懸命話しをされ、「Sukkuに行けないのが淋しい」と何度も何度も口にされました。私たちは、込み上げてくる気持ちをぐっと抑えながら、「お茶代まだ頂いてないから、また来てくださいよ~」というと、以前のようにヒャッヒャと笑う泰一さんがいました。私がベッドで富江さんのリハビリをしている時は泰一さんはスタッフと話しをして、泰一さんのリハビリをしているときは富江さんとスタッフが話しをして・・と、あっという間に時間が経ちました。といっても体力が低下している泰一さんですから、1時間が限界でした。息切れを起こし徐々に何を話されているのか分からなくなってきたのです。私たちもおそらくご本人も、これが最期と分かっていながら「またSukkuがおうちにきますね!」と言い家を後にしました。
それから2週間後、泰一さんは富江さんと娘さんに見守られながら、苦しまずに静かに逝かれました。お亡くなりになった日に自宅に伺い、スタッフ皆でお見送りをしました。その時娘さんに「おとうさんの日記には、Sukkuさんに行くことがとても楽しいって書いてありましたし、とても喜んでいました。本当にありがとうございました。」と言ってもらいました。その時私は、泰一さんの人生の最後にSukkuが関わることができて良かった。Sukkuをして良かった。と心の底から思ったのです。
そして、隣で座っていた富江さんに、「富江さん、最期までよく家で看病しはったね~」と言うと、「そうです。大変でした。肩が凝って肩が凝って。今マッサージ頼めませんか?」と言うのです・・。私が驚いて「えっ!今ですか?」と聞くと、「主人の隣で構いませんので、肩だけお願いできませんか?」と。私がどうしようか困っていると娘さんも「母をお願いします。」と懇願されました。そして私は、隣で穏やかな顔で眠っておられる泰一さんの横で富江さんのマッサージ。終わった後は私が肩凝りになってしまいました。
色んなドタバタがありましたが、私たちスタッフにとって、おうちにSukkuをもっていけた事は、泰一さんとのお別れの心の準備が出来たように思います。
泰一さんが亡くなって1年が過ぎました。富江さんは最近、天然の性格に付け加えて、物忘れが進み一人暮らしが徐々に難しくなってきています。何とか思い入れのある家で長く暮らせるように周りの人たちが必死にサポートしています。
Sukkuの窓から泰一さんのお墓が見えます。
富江さんとお墓を見ながら「泰一さん、今頃天国で何してるやろうね?」と話しながらお墓にむかって手を合わせています。
そんな、おうちにSukkuをもっていくことを頼みに来てくれた医師に私は感動し、それ以来私の主治医になりました。  (おしまい)

→次回のコラム「Sukkuのファッションリーダーは、寝ても覚めてもおめめぱっちり」です。

写真・文/ 川瀬啓介・未央

Sukku 川瀬啓介 / 未央 (理学療法士・鍼灸師 / 鍼灸師)
〒622-0002 京都府南丹市園部町美園町4-16-38

TEL 0771-62-0005

2017年から京都の南丹市でリハビリを中心としたデイサービスをしています。利用者さんと過ごす時間は、笑い声と涙が入り混じる賑やかな毎日です。そんなささやかな日常、会話から気付かされること、そして個性派揃いのスタッフについて…これから色々な事を綴っていこうと思います。

2011年11月からのお付き合い。2兄弟4人家族になった今も1年に1回、必ずスタジオで撮影させて頂いてます。Sukkuというデイサービスの屋号を、佳代が名付けさせて頂きました。


今号はデコさんのご都合により休載します。


イソヒヨドリは、青色でおなかがオレンジ色の「まめちしきのカワセミ」に似た色をしていて、田んぼや海の近くで見られる鳥です。鳴き声もとてもきれいで、「ホイピーチョイチョイ、ツツピーコー」などと鳴いて、よく雨あがりに鳴きます。スズメより大きくて、ちょっとヒヨドリより小さいのがイソヒヨドリです。メスは、茶色や黒をしていて、とても地味な色をしています。主に虫を食べてくらしています。5年生になって、席がまど側になった時に何回もイソヒヨドリが見ることができて、うれしかったです。ここでクイズです。イソヒヨドリ以外にイソヒヨドリの仲間は何種いるでしょう。

1.2種

2.5種

3.7種 

答えは次の鳥図かんにのせます。

最後に、前のクイズの答えを発表します。 

正解は、

2.の せ中が茶色でおなかがまっ白 でした。

絵・文/ 中野響

2005年10月からのお付き合い。姉弟4人家族になった今も2~3年に1回は必ず、スタジオや城陽のご自宅で撮影させて頂いてます。


『いきもの漢字図』えざきみつる

突然ですが問題です!「片喰」「捩花」いったい何かわかりますか?

答えは、この本のなか!この本は、版画といっしょにいきものの名称(難読漢字)が書いてある本です。とっても色あざやかで綺麗ですよ。

難しい漢字ばかりだけど、眺めているだけでも楽しいです。私のおすすめは、野花漢字図のページ。このページだけ、背景が黒く、花の色がきわだって綺麗なんです。

実は、この本には、作者のえざきみつるさんが作った漢字がひとつだけあるんです。でも、どの字も見たことなくて、ムズカシイ・・・! 答えはあとがき・解説のページにあります。探してみて!

とってもすてきなので、ぜひ見てみてください!

文/ 木下琴子

2006年3月からのお付き合い。琴子ちゃんが生まれた今も記念日ごとには必ず、スタジオやお好きなロケ場所で撮影させて頂いてます。埼玉県からお越し下さいます。

お客さんのコラム7/10版

師はいろいろと偉大なり…笑。の巻

編み物教室に通いながらおばあちゃんの新たな一面に気づいたことがあった。

おばあちゃんは実はすごく丁寧なんじゃないかということ。

おばあちゃんは私の目から見てもおおらかで細かい事は一切気にしないし、明らかに大雑把だとばかりずっと思っていたのだけど、編み物はそうはいかない場面が多々ある。

編み物は、編み目を一目間違えたり落とすだけで、全部の歯車が狂ってしまう。
偶数を奇数に変えるだけでその後の設計を大きく変えてしまう。
模様が全く合わなくなってしまう。
なので一目一目が大事な編み目で、その一つ足りないだけでも大きな誤差になってしまうので、丁寧に一目を大事に編まないといけない。
かと言っても私なんて間違いばかり。
「あ、編み目一つ足りない!(もしくは編み目がいつのまにか増えている!)」なんて場面が多々ある。
やばい、折角ここまできたのに…一目くらいだし…誤魔化したろかな…という思いはまず抱いてしまうけど。
その誤魔化が完成に大きく影響する事を身をもって体験したので、もうそんな事はしなくなってきた。

もし間違いに気づいた時は誤魔化さず、間違えた所までを解いて戻り、一つ一つ編んで重ねてゆく。
こうじゃなきゃやっぱり完成しないのだ。

何を隠そう、私も自他共に認める大雑把。
だいたい…でなんでもやってきた気がする。笑

大雑把はおばあちゃん譲りだとてっきり思い込んでいたのだけど、編み物の師匠の私のおばあちゃん、実はすごく丁寧なんじゃないのか。とここへ来て初めて気付いた。
編み物が得意で数々の細かい編み模様の入ったセーター、帽子、ワンピース、靴下、手袋…これは丁寧じゃないと絶対できない!!(断言!!)
編み物の模様は一段一段積み重ねて編んでゆき、出来上がるもの。一目ごと、一段ごとの丁寧な積み重ねでしかできないものだった。
失敗を重ねて身をもって体験して気づいた編み物の事と、おばあちゃんの一面。
おばあちゃん、今まで勘違いしていてごめんなさい。笑

でもやっぱり普段のおばあちゃんはどう見てもおおらかであり、大雑把。
小さい頃からおばあちゃんに、細かい事を言われた事もなければ、そう感じた事もない。

普段はそうであって、編み物では丁寧さを発揮。
それって、その使い分けできるって最強じゃないのか。。と最近思うようになってきた。
きっとおばあちゃんは使い分けてるつもりはないのだろうけど、そのバランスが上手く混在していて、私の理想とする最強の大雑把の形だ。
師匠、編み物の師匠と弟子入りしましたが、生き方を学ぶようになってきた気がする私でした。偉大なり…!!笑

写真・文 / 田畑由布子

2012年11月からのお付き合い。3姉妹5人家族になった今も年に2回、必ずスタジオや名張市のご自宅で撮影させて頂いてます。


⑤「谷本さんのゴルフはアリ地獄」

 Sukkuをご利用される方は、目標や目的を持っておられる方がほとんどです。
今回のコラムで紹介するのは、谷本さん60歳代の男性です。
この方は約10年前に「進行性核上性麻痺」という病気を発症されました。
進行性核上性麻痺は難病の1つで、脳の中の大脳基底核 、脳幹、小脳といった部位の神経細胞が減少し、転びやすくなったり、下方を見ることがしにくい、しゃべりにくい、飲み込みにくいといった症状がみられる疾患です。初期にパーキンソン病とよく似た動作緩慢や歩行障害などがみられて区別がつきにくいこともありますが、パーキンソン病治療薬があまり効かず、効いた場合も一時的のことが多く、経過がより早く進む傾向があります。
(難病情報センターより)

そんな谷本さんは、家業である動物を世話する仕事をされていましたが、発症して数年が経ち、だんだん動けなくなり仕事も出来なくなりました。しかし、本人は動けるようになりたい!という思いでSukkuをご利用になりました。私たちは、自分の親とそう年齢の変わらないこの方を、何とかしたいと頑張りました。
谷本さんは口数は少ないですがいつも柔和な表情でとても穏やか。身長160センチ代後半、体重が80キロ以上と肥満傾向の方です。
私たちはまず体重を落として動きやすい身体を作ろうと、リハビリを始めました。
マシーンでのトレーニングに加え、自転車を20分以上漕いでもらったり、平行棒で段差の上り下りをしたりとすごく動いてもらいました。ですが、減量の成果はあまり見られませんでした。それもそのはず、運動すればお腹が減る。家に帰って食べる食べる。私が「谷本さん、昨日の夜ご飯なに食べましたか?」と聞くと、小声で「ハンバーグ。」また次の利用時に聞くと、「外に食べに行った。美味しかった。」とボソッとつぶやくように言われました。
私は何回か聞いて、聞くことをやめました。60歳代と若いけれど自由に身体が動かないので、どうしても楽しみは食事になってしまうのです。それが分かってからは減量を目的にすることをやめました。
一方身体の方はというと、運動量を増やしたり自分の身体の使い方を意識してもらうことで徐々に成果が出てきました。歩くスピードを調整できるようになり、方向転換がスムーズになりました。それは、誰から見てもわかるくらいでした。そうなると本人のやる気もどんどん向上。自宅周りでのウオーキングの距離を増やしたりと、状態はとても改善しました。
そして、本人も自信が出てきたんでしょう。こそっと「今度5年ぶりにゴルフに行くんや」って教えてくれました。私も趣味でゴルフをしていますので、一緒にスイングの練習をしたり、飛距離を伸ばすためのトレーニングも行いました。病気の症状の1つである、歩きだすと止まらなくなる突進歩行は長い距離を歩くと出てくるので、それに対して一抹の不安はありましたが、友人に車に乗せてもらいゴルフに行かれました。
次の日私が「どやった?」と聞くと「2、3回こけたけど大丈夫やったわ」と嬉しそうに話をされていました。身体を診ると膝には打撲の跡が。でも、本人の表情を見るととても嬉しそうでしたので、そこからどのようにしてこけたのか?を聞き出し、こけない様に対処する方法を伝えたり、こけても軽傷ですむ様なこけ方を伝えました。
そして、しばらくして谷さんがボソッと「2回目のゴルフに行く」って教えてくれました。前回よりも出来るのではないか、、、と内心思っていたので、ワクワクしながら送り出しました。
しかし、次の利用日に迎えに行くと、傷だらけの顔で谷本さんが家から出てこられました。私はびっくりして、「どうしたん!?」と急いで駆け寄りました。
谷本さん「こけたんや。」
私「どこで?」
谷本さん「ゴルフ場で」
私「ゴルフ場のどこで?」
谷本さん「途中までは良かったんや。けど、バンカーでこけたんや」
よくよく聞くと・・いい調子だったがバンカーに入ってしまい、歩いてバンカーに入った1歩目で右膝から崩れ落ちた。そして、そのまま顔が砂に埋まり、そこから動こうとしてもなかなか動けず、動くたびに砂と顔が擦れて顔面傷だらけになってしまった。助けに入った友人は手を持って立たそうとするけど、足場が砂やから不安定で踏ん張りがきかない。そして、谷本さん80キロ以上あるから支えきれずに、最後は二人で転倒。周りから見ると、砂場でよい大人がプロレスをしているような状態になってしまった・・・とのこと。
結局3人がかりで谷本さんを救出したそうです。私はこのバンカーでの出来事を聞いて、大人がアリ地獄にはまって出られなくなっているところに、また1人また1人と次々とアリ地獄にはまっていく光景をイメージしてしまいました・・。
それ以来、谷本さんの口からゴルフの話しを聞くことはありませんでした。
そんな谷本さんは病気が進行してSukkuをお休みされていますが、必ず元気になってまた戻ってくるという目標をもっておられます。
このコラムを通じて谷本さんにエールを送りながら、5回目を終わります。

谷本さん!私たちはあなたが戻ってくるのを待ってますよ!!

→次回のコラムは「Sukkuを家にもっていっちゃった!」です。

写真・文/ 川瀬啓介・未央

Sukku 川瀬啓介 / 未央 (理学療法士・鍼灸師 / 鍼灸師)
〒622-0002 京都府南丹市園部町美園町4-16-38

TEL 0771-62-0005

2017年から京都の南丹市でリハビリを中心としたデイサービスをしています。利用者さんと過ごす時間は、笑い声と涙が入り混じる賑やかな毎日です。そんなささやかな日常、会話から気付かされること、そして個性派揃いのスタッフについて…これから色々な事を綴っていこうと思います。

2011年11月からのお付き合い。2兄弟4人家族になった今も1年に1回、必ずスタジオで撮影させて頂いてます。Sukkuというデイサービスの屋号を、佳代が名付けさせて頂きました。


『なぜこんなに生きにくいのか』 南直哉 新潮文庫

日曜午後のご機嫌なラジオ番組、「ラジオ・シャングリラ」。そこでかかる音楽は、一曲一曲でもとても素敵なのに、パーソナリティの立川さんと森永さんの巧みな語りにはさまれると、ピンク・フロイドも、ジョン・レノンも、コルトレーンも松任谷由美も、相互に絶妙な関連性が生まれて、とんでもなく心地よい、しあわせな時間になるのです。

 コロナ以前の日常を取り戻すにはほど遠く、新たな日常にもなじめないこの頃…ラジオを聴きながら、まったく別ジャンルの本を思い出しました。

 今わたしたちはコロナの時代にあって、これまでのことは一体なんだったのか、自然と人間との関係は? 人類の発展とは? これからどう生きるべきなのかと、思いを巡らせています。
 人間はこれまで、自由奔放に進歩をめざしてきました。その結果、触れることのなかった自然の奥深くにまで手を伸ばし、未知のウイルスがこちら側に入ってきた、そういう説が現在よく語られています。では、自由とはいったいなんなのか? これほどの自由を手に入れながら、人間はどうしていつまでたっても苦しむのか?

 そこでわたしは、恐山の禅僧、南直哉(みなみ じきさい)さんに相談するような気分で、 この本を開きました。

 南さんは、自由…それは自分にブレーキをかけられる状態である、と語ります。ブレーキをかけずに、どこまでも好き放題にやることは、ただ欲望にすぎない、と。
 また、人はただひとりでは意義はない、とも言い切ります。この世に生まれてしまった、そのこと自体に本来意味はなく、だれもがただ、最後のその日まで生ききってゆくだけだと。

 そこに生きる意味を生じさせるためには、人と人がお互いの関係をたいせつに育て上げ、「関係性」という価値をみずから創造していかなければならないのです。つまり、人と人とのつながりや関係性を、こわれものを扱うようにたいせつに育てていくことで、生きていく意味は生まれるのです。

 そのたいせつな関係性は、「敬意」をもって育てるべきだと、さらに南さんは重ねます。敬意とは、つまり想像力です。お互いを思いやり、お互いのわからなさを認め合い、わからないけれどもわかろうとすることで、互いを尊重しあう関係。そのことが、この人生の生きにくさを、すこしでも小さくしていく。

 この本では、社会、死と宗教、人生の意味、家族などさまざまなアプローチから、人生をいかに生きるかが語られています。やさしい語り口なので気軽に読んでみてください。

写真・文/ 中務秀子

2018年・第27期のフィルムカメラ教室の生徒さんとして、お付き合いが始まりました。今もフィルムカメラを続けてらして、二眼レフカメラにも挑戦中。こどもと大人の絵画造形教室 / コッコ・アトリエを京都の一乗寺で仲間とされています。


キビタキは、黄色と黒色をしていて低い山ででも見れるきれいな鳥です。前にしょうかいしたルリビタキの仲間です。鳴き声は「チュチュリー、フィー、チョチョチョリチョリ、フィフィフィー」などと鳴きます。キビタキは奈良の葛城山で初めて見ました。なかなかすがたを見せない時もあるので、声が聞こえても見れない時があります。でも声で、いる場所が分かることもあるのでしっかり声を聞いて置くと鳥を見つけやすくなります。好きな所は、おなかの色がとてもあざやかな所と、ふっくらしてる所です。この鳥も写真におさめたいと思っています。ここでクイズです。キビタキのオスは黄色と黒色だけどメスは何色でしょう。

1. せ中が黒でおなかはまっ白

2. せ中が茶色でおなかはまっ白

3. オスと同じ色

答えは次の鳥図かんにのせます。

絵・文/ 中野響

2005年10月からのお付き合い。姉弟4人家族になった今も2~3年に1回は必ず、スタジオや城陽のご自宅で撮影させて頂いてます。


『西の魔女が死んだ』梨木香歩

中学校へ進んでまもなく、どうしても学校へ足の向かなくなったまい。まいは、しばらく「西の魔女」ことおばあちゃんの家で過ごすことになる。おばあちゃんから、まいは魔女になるための手ほどきを受けるが、修行の要は、何事も自分で決めることだった。

おばあちゃんの生活、例えばジャムを作ったり、洗濯をしたり、エプロンを作ったり、そういったことが全部すてきです。

読みながら風景が目に浮かびます。読み終えたらなんだか成長できた気分になるかも…?

描写がていねいできれいなので、少し難しい言葉や言いまわしでとっつきにくいところがあっても、すぐに入りこんでしまいます。

実は、伏線も張ってあって、わかる人には何のことかわかるかも….?すごくいい本なので、ぜひ読んでみてください!

文/ 木下琴子

2006年3月からのお付き合い。琴子ちゃんが生まれた今も記念日ごとには必ず、スタジオやお好きなロケ場所で撮影させて頂いてます。埼玉県からお越し下さいます。

お客さんのコラム6/25版

時々編み物じゃない日の巻

今日は編み物教室の日の編み物じゃない日の話を少し挟みます。マスクが不足して、手作りマスクが世の中に出回る頃、編み物の師匠であり手芸が得意な私の祖母もやはりマスクを大量に作ってまわりの人たちに配っている。
ちょっとお茶しに遊びにきた友達に配り、
用事で行った所で配り、近所で配り、
病院で出会った人に配り、家族に配り、
「今はこれが一番喜ばれる」と言って月水金の編み物教室に家に行くとここはマスク屋さん?と思うほどのマスクの型紙をとった布が並んでいた。
こんな布で作ったらかわいいかと思ってと言って、かわいい柄を選んで作っていた。
こんなんできたけどどう?
とおばあちゃんがマスクして見せてくれて、大笑い!
大きな丸い柄が二つ、ちょうど鼻のあたりにきて、マスクすると豚の鼻みたいになっていた!!「おばあちゃん、豚の鼻になってる!!!」
二人で大笑い、鏡見て涙出るほど笑って今日の編み物教室は終わり。


編み物教室と言っても、編み物をしないなんてこともしばしば。
ある日は、おばあちゃんとコーヒー飲んで、サンドイッチを食べて喋って「由布子、ちょっといい子で待っときや」と言って
買い物に行ってしまうおばあちゃん。
そんな日もあったり。
そんなゆるゆるな編み物教室が、ゆるりと続き、今は私は夫のセーターを編んでいるのだ。三國万里子さんレシピの、星野源さんの為に作られたGEN。
本を見ながら、図面を理解してまさかセーターを編む日がくるなんて。
ゆるゆる、楽しく、時折脱線。
そんなのだから続いている日々。
もうライフワークになってきつつ、とても楽しい編み物の日々。

ちなみにおばあちゃんの手作りマスクは配り歩いて色んな人のところに手に渡り、市内で雑貨屋さんをしている方の目に留まり、是非うちに手作りマスクを置きたいので、縫い子をしてくれないか?と言われ、今は縫い子をしているのだ!笑
その数100枚近く…!!
相変わらず忙しい、わたしの編み物の師匠なのだ。

写真・文 / 田畑由布子


④「校長先生のありがたいおはなし」

梅雨入りして、じめっとした日が多くなってきた今日この頃。
私の天然パーマは湿度70%を超えるともはや制御不能となり、思った通りの髪型になりません。それに、なんとなく身体がだるい。
今日はそんなだるさを吹き飛ばす、小学校の元校長先生岡村さん(仮名)80歳代男性のありがたいおはなしをしましょう。
この方がご利用される日は、男性利用者さんしかおられない日で、利用者さん達曰く“メンズショップの日”だそうです。
そんなメンズショップの日は、元トラック運転手・現役の電気屋・元土建屋・元国鉄社員・元教習所教員など多種多様な男性が集う日です。皆さん話し出すと、よく話しをされます。内容も多種多様。そしてたいていの場合、話しの始まり、きっかけは岡村さんです。岡村さんから話しが始まり、皆がその話しを膨らませ、最後も岡村さんがまとめる。岡村さんが話し始めると、みんないつの間にか生徒のように聞き入ってしまう。利用者さんの中には岡村さんのことを“先生”と呼ぶ人もいます。(実際、その利用者さんの子供さんが教え子)

先日の外出自粛期間中、岡村さんが急に「Sukkuでバーベキューしよう!」と言い出しました。話しはおおいに盛り上がり、他の男性陣もだんだんその気になり、よしやろう!という空気になりました。そこで私が、外出自粛期間中にSukkuが主催することは出来ないから、場所はSukkuで提供するし、岡村さんが発起人となりやりましょう!と伝えると、急にもごもごしだし、尻込みしだしました。そして最終的に「やっぱり密になると危ないからやめましょう!」と皆のやる気に蓋をして、今の話しはなかった事にしてしまったのです。そして、「時間になったし帰ります。」って帰りました。話しの盛り上げ方が最高でしたので、崖から突き落とされた感じになりしばらくぼう然となって岡村さんを見送りました。
また、岡村さんは長年教育現場に立ち続けた人ですから、組織をまとめる事についても色々と経験を持っておられます。その中でも印象的なのは、「チームはまとまりのない方が、良い方向へ進んでいく事が多い」というお話しです。会社組織を運営していると自分と似た考えの人を近くに置き、それ以外の方を遠ざけてしまう事があるけれど、自分と違う意見の人が近くにいることで、違う視点から物事を考えることが出来、結果的に視野が広がるのではないか。という話でした。それを聞いた時私は思わず「岡村さん!たまにはええこと言うやん!」って言ってしまいました。
岡村さんには個人的な相談もします。4月から長男が小学校に通いだしたのですが、私は突然教育父ちゃんになり、勉強についてあれこれ考えるようになっていました。そんな時、岡村さんは「まず学校に行くことを、楽しみにしないといけないんだよ。」って教えてくれました。さらに、「どの親も最初は、普通でいいって言う。でもいつの間にか、親の願望通りに子供を動かそうとするんやな~。」これを聞いて私は何も言えませんでしたが、それからは、子供が今楽しみにしていることを聞き出すようにしています。
 そして岡村さんは、最近地球のことをとても心配しています。今回のコロナも、地球が怒っている。地震や災害が多いのも、地球が怒っているからだと言われます。そして、そう遠くない未来に地球が壊れるかも知れない。そう考えると怖い。といった話をよくされます。
それを聞いて私はいつも思うのです。
岡村さん、Sukkuには自家用車で来られているのですが、行きは前向きで駐車場に入ります。となると当然、帰りはバックで道路に出ます。そう、この時が一番危ないんです。本人はスタッフに、後ろ見てて~と頼まれますが、バックしてる時は窓も開けず、ずっと前を見ながら運転しています。その間スタッフが、岡村さんストップ!車来てる!って叫んでも窓を閉めているので全く聞こえてません。私もスタッフも、何度もひかれそうになっています。だから私は、地球がなくなるかもしれない怖さより、毎回行う岡村さんのバックの誘導の方が怖いんです。
そんな岡村さんは、50名程おられる利用者さんの中で、一番整理整頓が出来ない方です。請求書・領収書は一年近くカバンに入ったままで、自家用車には畑道具がそのまま積んであります。お金もあちこちから出てきます。
私はこの方を見て、話して、いつも心の中で思います。「整理整頓が出来なくても校長先生になれるんや。」そして、家では岡村さんの話しを子供たちに聞かせ、整理整頓が出来なくてもすごい人になれる!だから、片づけが出来なくても大丈夫や!って言ってます。(妻は怒っていますが)
岡村さん、毎回希望になる見本を見せてくれてありがとう!

→次回は「谷本さんのゴルフはアリ地獄!」です。

写真・文/ 川瀬啓介・未央


『ブルックリン・フォリーズ』
 ポール・オースター著 柴田元幸訳 新潮社

マスクがあったかーい、なんて言っていたのがついこないだ、と思ったら、もう一年の半分が過ぎて、マスクが蒸し暑いこのごろです。わたしはそろそろ映画館に行こうかなあと思っていますが、今日はそんな思いを晴らす、まるで映画のような小説をご紹介します。

主人公ネイサンは、50代後半。長年、保険屋として平凡な結婚生活を送ってきました。ところがその平凡さゆえに妻に愛想をつかされ、離婚、離職。と同時に肺癌を患ってしまいます。病がなんとか小康を得たころ、ネイサンはニューヨークのブルックリンでひとり暮らしをはじめます。

 離れて住む一人娘に、「お父さん、ぼやっと生きてちゃ駄目よ」と叱咤され、ネイサンはあることを思いつきます。それは、「人間の愚行の書(ザ・ブック・オブ・ヒューマン・フォリーズ)」を書くこと。人生にはありとあらゆるバカなことが起こります。自分や他人がしでかしたそれを、思いつくまま書き留めていこうというのです。

 そうこうするうち、ネイサンは、長年音信不通だった甥のトムに遭遇します。そして、トムの雇主のハリーや、やはりトムの妹オーロラにも。人生に絶望していた孤独な元保険屋のネイサンのまわりに、いろんな人々が現れてくるのです。そしてその誰もが「元(ex)」を持っていました。元秀才大学院生、元家出少女にして元バンドシンガー、元服役囚……。

 生きているとどうにもならないことが繰り返し起こります。そのたびに「もう駄目だ」と思いながら、なかなか駄目にはならず(というより、駄目にはしてもらえず)、なんとか切り抜けなければなりません。トムの母親が昔言っていたのように、「トム、お天気は変えられないのよ」。「いくつかの物事はそうなっているのであって、受け容れるしかない」という具合に。

 しかし、みなその物事から解放されるべく、その物事がなんなのかわかろうとし、そして解放されるためには、心を開いていかなければならないと理解します。心の扉を開ける鍵はなんでしょう? わたしはそれは、 kindness だと思うのです。誰かを思いやること、想像することです。そしてその誰かと関わっていくこと。

 たとえばネイサンは、この街であらたに親しくなった女性にこう言います(彼女は最近娘につらい目にあわされ、娘を家から叩き出そうかと思っています)。「やめておけよ、ジョイス。パンチにパンチを返すのはよせ。あごをしっかり引けよ。気楽に行けって」と。

 この物語に出てくる人々は、みなごく平凡な無名の人たちです。でも誰の人生もこまごまとした物語にあふれていて(とたえそれが、ネイサンの『愚行の書』にしか記し得ないしょうもないことでも)、彼らが kindness や想像力をもって乗り切っていくことを想像をすると、思わず共感を覚え、わたしはとてもしあわせな気持ちになりました。でもしあわせが、しあわせだけでは終わらないのも人生です。この本はそのことにもそっとふれて、物語を終えているのです。

写真・文/ 中務秀子


ルリビタキは、ひくい山~高い山に住んでいて、オスは全体的にるり色をしていて、おなかは白く、おなかの横はオレンジ色をしています。メスは茶色っぽい色をしています。とてもきれいな色をしているのでぜひ見てもらいたいです。「ヒッチョロチョロチョロリ」などと鳴きます。鳴く時は、高い枝にとまって鳴きます。あんまり人をこわがらないので、ちょっとだけ近づいてみてください。小さいけど、オスは色がはでなのでひくい木を見ていくともっと見つかりやすいと思います。

好きな所は、とてもきれいで他の鳥にくらべて丸っこくてかわいいところです。いつか写真におさめたい鳥です。ぼくがルリビタキを見たところをしょうかいします。

京都府城陽市鴻ノ巣山 オス♂

京都府宇治市大吉山 メス♀

最後に前回のクイズの答えを発表します。正解は

③の冬の貴婦人でした。

絵・文/ 中野響


『かがみの孤城』辻村深月

いじめが原因で中学に行けなくなった安西こころは、ある日部屋の姿見が光っていることに気がつく。鏡の中には、6人のこどもたちがいて、不思議な城があった。

そこにこころと6人を集めた“オオカミさま”は、願いを叶えられるという願いの鍵を探すよう言う。日本時間5時までに城から出ないと、恐ろしいペナルティがあるらしく…。

とまどいながらも城に通うこころたちは…!?

物語の中にたくさんの(本当にめちゃくちゃ!!)伏線が張られています。

最後数ページの大大大どんでん返し!!ものすごいです。読み終えたら、二度見ならぬ二度読みまちがいなし!554ページありますが、一気読みもまちがいなし!私は数日で読み切り、最後に「そういうことかぁー!!」と叫びそうになりました。

本屋大賞を受賞したので、読んでいる人も多いかな?

ストーリーはとっっっってもおもしろいし、心情はリアルだし、すばらしい作品です。

私のイチオシ、ぜひ読んでみてください!!

文/ 木下琴子

お客さんのコラム6/10版

手編みの贈り物の巻【前編】

私に何か編めるようになったら、まず編んだものをどうしても貰ってもらいたい方がいた。
私が「おばあちゃんみたいに編み物をできるようになりたい、始めてみたいけど今までの自分の飽き性のパターンを考えるとなかなか手が伸びない」と友達にポロリと言ったら
「是非はじめてほしい。受け継いでほしい。
私にも大好きなおばあちゃんがいて、私と同じ石のことが好きで、色々と石のこと聞いたり話したししたかったのだけど、亡くなってしまって、もっといっぱい石の話を聞きたかったと今になって思うのよ」
と話を聞かせてくれて、私の背中をそっと後押ししてくれて、編み物をはじめようと決めたきっかけになった大切な存在。

その方にどうしても最初に編める様になったものを貰ってもらいたいなと思った。

おばあちゃんに、どうしても貰ってもらいたい友達がいて、その友達にプレゼントできるように頑張る!
何か編めるのうになるのは時間かかるかもしれないし、もしかしたら夏ごろになってしまうかもしれないけど、手袋編んでプレゼントしたいな。
と言って話もしていて、手袋をまず教えてもらうことになった。

おばあちゃんにあれから、本の編み図の読み方、基礎の裏編み、表編みを習ってから、ガーター編み、メリヤス編み、かのこ編み、それから自分にはできる訳ないと思ってた縄編み(ねじり模様になる編み方)を覚えて編める様になっていた頃だった。

おばあちゃんの半端に余った毛糸をもらって、棒針を借りてお喋りしながら色んな編み方を習うのはとても楽しくて、編み物の本の編み図や、YouTubeなどの編み物動画をみてもサッパリ分からないのが、コーヒー飲んで喋りながらおばあちゃんの大雑把な説明だとなぜか理解しやすく、覚え易い。
どんどんと編めてゆき、自分でも驚くほど夢中になって色んな編み方を覚えてゆきたくなり、そしてまた飽きてしまったらそんな自分が嫌だからな…と、敬遠していた編み物がとても楽しくて、空き時間をみつけてはいつも編んでいた。
おばあちゃんが「ありゃ〜、なんと上手い!筋がええ!」
といつも合いの手(いや、愛の手?笑)をいれてくれるから余計にスイスイと編めた。
どうしても自分が覚えにくい編み方の時は、おばあちゃんの説明している姿を携帯のムービーで録画する。という、私とおばあちゃん流のYouTuberみたいな事をして二人でケラケラ笑いながらしていた。笑
その自己流動画はきっと他の人がみたら絶対わからないし、すごぬマヌケだけど、これがまた私には家で復習するには抜群にわかりやすくてこの上なかったのだ。笑

こどもたちが保育園に行ってる間、朝からずーっと編んで、妊婦健診の待合室でも夢中で編んで、子どもたちが家に帰って、ご飯お風呂、寝かしつけの時間がバタバタ終えて9時ごろからまた編んで。
手を動かすのはこんなに楽しいんだと思った。
楽しくて、無心になれて夢中だった。
お腹の赤ちゃんのもぞもぞ動く胎動を感じながらする編み物の時間は本当に幸せだった。

やってしまった!!!と、失敗すると駆け込み寺のようにおばあちゃんの家に駆け込んで、間違った所をまた教えてもらえるのもおばあちゃんの編み物教室の特権だった。

後編へつづく

手編みの贈り物の巻 【後編】

夢中であみつづけてゆくと、どんどんと形なってゆくのが嬉しい。
達成感もあり、自分もなかなか出来るやん!
という感覚も嬉しい。

いよいよ手袋ができてきた。

余り糸で編んで、編みたい手袋の編み図の指定の糸ではなかったし、何せはじめて出来たわたしの処女作の手袋は、編み方もガタガタとしていて、緩くあんだり強く編んだりした所が混在していて、グローブほど大きな手袋になった。笑
デカーーー!!!ごそごそする。笑

お友達にあげるつもりだったけど、こんな大きなグローブみたいでガタガタの手袋。さすがに大事なお友達にわたすのは申し訳なく、おこがましい。
これはお友達に渡すにはお蔵入りすることにしたが、自分がこれから着けることにした。
ゴソゴソデカい。でも自分で編んだ初めての手袋。不格好だけど愛おしい。
きっとずっと大切にするだろうな。

ここまでかかった時間はニ週間ほど。
…それにびっくりした。

飽き性の自分、手袋は不要だろうけど、夏頃には編めて渡せるようになればいいなと思っていたのに、ニ週間ほどで編めた!

まだまだ冬。
そして三女が産まれるまでに何か一つでも形になって編める様になっていれば…と思っていたのに、産まれる前に手袋を編める様になっていた。

ちょっと。ほんのちょっとだけです。
でも自分の事見直しました。そして自信がつきました。(図に乗らない様に小声でいいます。笑)

おばあちゃんとの月水金の編み物教室の時間が楽しかったおかげだったかもしれない。
おばあちゃんの合いの手(私には愛の手に感じた)が心地良かったのかもしれない。
そしておばあちゃんの手仕事を少しずつ覚えて受け継いでいくこの感覚がとっても嬉しかったのだった。

でも、さすがにこのグローブのような手袋は渡せない。
今お腹は37週、産まれるまでに編めるかわからないけどもう一度指定の糸で編み直して、お友達の手のサイズを聞いて編み直すことにした。今編んできた手袋の復習しながら、失敗したところを失敗しないように意識して、おばあちゃんにアドバイスをもらった所を図面にメモを書き込みまくって、編み目がガタガタにならないように糸をしっかり引っ張って編見直した。

そしてそれも家事や育児のあいまの時間で編みながら約一週間で編めた。
三女もお腹の中でお利口にしてくれていた。笑

やっぱり少しガタガタだけど、お友達の手の大きさに合いそうで、グローブのような手袋とはだいぶと大きさが違ってフィット感がある。
図面通りにきちっと。指定糸で編む事の大切さも実感。勉強になった。

人様に渡すにはおこがましいような手袋だけど、はじめての作品は絶対に渡したかった。

正直こんな夢中になれると思っていなかったし、こんなに楽しく編めると思っていなかった。
ゆふちゃん、編み物をはじめてみたら、と背中を優しく押してくれて本当にありがとう。
おばあちゃんに教えてもう編み物の時間はとても楽しいです。
という気持ちと一緒に、ガタガタの手袋をお友達に贈った。
嬉しはずかしの、初めての編み物の贈り物だった。
ありがとう、とっても暖かくて手のサイズにピッタリ!!!と、
早速着用してくれた写真が送られてきて、ものすごく心が暖かくなった。
私は手袋してないのに、ほくほく。ジーン。
こちらこそありがとう。本当にありがとう。
と何度も言った。

編み物を贈るってこんな気持ちなんだ。

おばあちゃんいつもこんな気持ちで私たちに編み物編んでくれてるんだなぁと
思ったら嬉しくて堪らなくて、より一層おばあちゃんからもらった手編みの数々があたたかく思ったのだった。

手編みのものって、纏うのはもちろん暖かくて気持ちいいのだけど
編んで贈った側もまた、そんな気持ちにさせてもらえるんだなぁ。

編んで渡したい人がいっぱい浮かんできた。

編み物って、手編みって本当に楽しいなと思った。

写真・文 / 田畑由布子


③「コロナとトヨタと入れ歯」

つい4・5月前まで誰がこんなことを想像しただろう。
6月に入り、学校なども始まり自粛ムードは徐々に緩くなっています。
南丹市では未だ陽性者は0ですが、sukkuご利用者さんは持病のあるお年寄りがほとんどですので、お年寄りを守るためにも、スタッフ皆自粛した生活をしています。
そんなコロナ、コロナの毎日ですが、sukkuのお年寄りも色々と影響をうけています。

Sukku利用者さんの7割は男性です。他のデイサービスとは逆かもしれません。そして、1週間に1回だけ、男性利用者さんしかおられない日があります。その日は、元校長先生を筆頭に男性がよく喋る喋る。教育勅語からマムシドリンクの効用まで、実に様々な話題で話が右に左に逸れます。
そんなある日、小西さん(仮名)という方が「コロナの影響でトヨタは危ないなぁ」って言うんです。
私やスタッフの頭は???コロナでトヨタ工場ストップしているから?と思い、
私「小西さん、トヨタの工場ストップしてるもんな~」
小西さん「違う、トヨタからコロナが出てるやろ。あれや!コロナ騒動で売れへんで!」
私・スタッフ「・・・??」
他の男性たち「そうや。そうや。間違えられるで!」とか「つぶれるで!」と大騒ぎ。
私たちは、最初全く意味が分かりませんでした。トヨタからコロナという車が生産されていたなんて。
さすが、元教習所教官!けど、20年前に製造中止されていますよ~。
それからというもの、私たちは毎週コロナでトヨタが危ないって聞かされ毎回大騒ぎです。
コロナの影響はもう一方。
90歳を超えた春江さん(仮名)は、いつも綺麗な姿勢でピシッと座っておられ、自宅でもご自分のことは自分でされている、一本筋の通った凛とした方です。この方は視力低下と難聴のため、眼鏡と補聴器を着けておられます。そして、感染予防のためにマスクも着けておられます。
ある朝のこと。送迎に行くと、春江さんがいない。
いつも玄関を出て道路で待っているのに・・・。何かあったのか?と、ドキッとして玄関まで迎えに行くと、眼鏡にマスクに補聴器といつもの春江さん。
しかし、何か違う・・・話をしていても、聞き取りにくい。どうしたのか。
ふと春江さんの右手を見ると、入れ歯がそこに!
しかも、上も下もどちらも手に持っていて、パカパカしているじゃないか!
どうしたん!春江さん!と聞くと、「家を出るときに、補聴器して、眼鏡かけて、マスクしたら、入れ歯を忘れたんや!」と恥ずかしそうにおっしゃるのです。
くしゃおじさんならぬ、くしゃおばさんのようで、それはそれは可愛らしい顔でした。
いつもより1つ着けるものが増えるだけで、いつものものを着け忘れる。これもコロナの影響か・・・
しかし春江さんのすごい所はそれからです。それ以降、ご利用時は眼鏡を着けてこられません。
「マスクが増えたから眼鏡を減らした」とのこと。
やはり90過ぎても凛とした人は違うなぁと感じた今日この頃。
さあ、夜はCORONAビールでも飲もうか。だめだ、コロナの影響で製造中止だった・・・。

→次回は「校長先生のありがたいおはなし」

写真・文/ 川瀬啓介・未央


『庭とエスキース』
 奥山淳志 みすず書房

ようやく京都でも少しずつ、ふだんの生活を取りもどしつつある日々です。この先まだどうなるのかわからないですが、誰しもほっとひと息つく必要はありますよね。
 そんなコロナな日々を忘れないように、日記をつける人が増えたような気がします。わたしは無類の日記好きで、毎朝起きると、今日も日記が書ける、とうれしくなるほどです。
 本にも素晴らしい日記本が数多くありますが、今日は「日記のような」作品をご紹介します。

写真家、奥山淳志さんが、北海道の原野で自給自足の生活を送るひとりの老人、弁造さんを14年にわたって訪ねつづけ、弁造さんが92歳で亡くなるまでの日々を描いた、どこか日記のような作品です。生きること、死ぬこと、記憶、人と人との関係、そして写真というものについて、実に深く、かつ素直な言葉で語られています。読み終えると自然と、涙が一筋、二筋、流れました。

 弁造さんは、若いころは開拓農民で、出稼ぎ人で、でも、ずっと絵描きになりたいという夢を抱いていました。でも、家庭の事情でその夢を果たせず、ようやく晩年、家との絆がうすれたころに、原野を開き、庭や畑をつくりながら、永遠に描き終わることのない習作(エスキース)ばかりを描き残したのです。

 そういう老人が生きて、亡くなっていく日々を、若い奥山さんが訪ね、共に語り、共に歩み、書き残してくれてほんとうによかった、と思いました。弁造さんが亡くなったあとも、奥山さんが弁造さんと語り合った日々を繰り返し思い出すことも、残されたエスキースやメモなどの些細なものを眺めながら、奥山さんも知らない弁造さんの生きた時間を想像することも、奥山さんが撮った無数の写真から、弁造さんの暮らしを思い出すことも、これらはずっと弁造さんに付かず離れず接しつづけた奥山さんにだけ書くことができた文章だと思います。

 レンズを通った光が結ぶ映像は、一瞬のときをつなぎとめるだけに見えて、実はそこに映っていない過去や未来の時間や、その人の周囲の空気を濃厚に香り立たせます。そこに居合わせた撮る人は、その現実の時間と、写しとられた幻影の両方を体験するのでしょう。奥山さんは、そのように見る人、撮る人として、その感覚を、実に素直な飾り気のない文章と写真にして、残してくれました。弁造さんの暮らしの他愛ないこと、その語り口、愛犬さくらの仕草、北国の空や雪、花と風と土の香りを……。
 ただこの本を読むという贈り物を、わたしたちに届けてくれてありがとう、という他はありません。

写真・文/ 中務秀子


タゲリは、冬に田んぼなどにわたって来る冬鳥です。

せなかの部分は緑にむらさきがかったきれいな色をしています。かん羽といって頭の上からのびている長い羽があるのが特ちょうです。ひなはかん羽は短かくもようは、はっきりしていません。飛び方は他の鳥と比べてふわふわ飛び、足はしゅ色っぽい色をしています。ぼくは、初めてタゲリを見た時、おもしろい鳥だなと思いました。今年の冬も探しに行ったけど見ることができなかったので、また見たいです。好きな所はちょっとかくれててもかん羽が見えていたりみんなでかたまってじっとしている所です。

ここでクイズです。タゲリは、別名冬の〇〇とよばれているでしょう。

1.冬の狩人

2.冬の美しき歌い手

3.冬の貴婦人

4.冬の王様

答えは次の鳥図かんにのせます。最後に前回のクイズの答えを発表します。

正解は、

②のズグロチョウゲンボウでした。

絵・文/ 中野響


『浜村渚の計算ノート』シリーズ   青柳碧人

いじめと理系科目を関係づける論文が発表され、政府が義務教育を一新。理系科目が大幅に削られた。そのことに抗議し、数学者高木源一郎が数学テロを始める。彼の教育ソフトで学んだ国民は、命令次第で殺人の加害者になりうるのだ。

テロ対策本部には、ソフトを見ていない数学オンチしかいない。そこで、警視庁がテロに対抗し探し出したのが、「数学大好きっ娘」浜村渚だった。

読むとどんどん数学が好きになります。四色問題、フィボナッチ数列、円周率、ルービックキューブ、….数学の知識がいっぱいです!それぞれのキャラクターも個性的です!テロリストも、どこかにくめなくて、渚は「えっとー…たまに、優しい人もいるんだけど。みんな、テロやるの、初めてだから」と言っています。(ちなみに、私の一番好きなキャラも、テロリストです!)各章の上の、1.2.3…という数、目次を見てください!おもしろいですよ~。でも、やっぱり、渚ちゃんの、好きなことをブレずに貫くところ、あこがれます。まわりになんと言われようが、数学を好きでい続ける….カッコイイ!!ぜひ読んでみてください。Have a nice math !

文/ 木下琴子

お客さんのコラム5/25版

基礎がダイジの巻

月水金の午前
 いよいよ始まった編み物教室。

「寒いなぁ、コーヒーのもか」とおばあちゃん。
「のむのむ〜!」
編み物教室と言えど、ここはおばあちゃん家。
 私はおばあちゃんを編み物の師匠と思って習いに来たけど、おばあちゃんにとって私は生徒でもなんでもない、孫の私。
「編み物を教えてほしいと言ってきた“孫”」なのだ。

“編み物わたしにもできるかな”とちょっぴりの緊張した気持ちを持って向かった気持がほぐれた気がした。

 コーヒーを淹れてくれて暖かいブランケットをかけてもらっていつも通りの他愛もない話をして、ちょっとドキドキしながら聞いてみた。
「わたしにできるかなぁ、編み物。おばあちゃんみたいに」
おばあちゃんは笑顔の即答で「できるできる〜〜」
 おばあちゃんはいつもそう、いつもどんな時も認めてくれてここまで育ててくれた。

そう言ってくれるとわかってたけどホッとした。心のどこかでまた途中で上手くできなくて、飽きてしまわないかちょっと不安な自分がいたからおばあちゃんのその一言がほしかったのかもしれないなと自分で思った(笑)

 おばあちゃんみたいなおばあちゃんにいつかなりたいなと言うのは、編み物の技術はもちろんだけど、人柄もこうでありたいといつも強く思う。無敵なおばあちゃんだなぁ、暖かく優しく強い。

「道具は買わんときや、なんぼでも貸したるからな」と言って見せてくれたおばあちゃんの道具。おばあちゃんお手製の棒針入れからいろんなサイズの年季の入った棒針がズラ〜!!

 カッコいい。すごい。
 こんな数々の棒針で私たちのセーターや帽子、いっぱい編んでくれてたんだなぁ。
 道具は全部使い込まれていて、素敵だった。

 まずは作り目とメリヤス編み、表編みと裏編み。

編み物の基本中の基本の編み方
これが出来ないと始まらない。

「こうして、こう編む」
 おばあちゃんはざっくりした大雑把な性格(笑)
 教え方もざっくり、擬音が多め。でも不思議とわかる。
 編み物の本で見たり、YouTubeでおばあちゃんの教え方よりも遥かに詳しく説明されてる動画をみても全然わたしの頭に入ってこないのに、何故かおばあちゃんのざっくりした説明の方がわかりやすく、私の頭にスッと入ってくる(笑)
 大まかに教えてもらってメリヤス編みはすぐ手に馴染んで編めた。
簡単な編み方、誰もが知ってる編み方だけど、改めて久々に編むとやっぱりとても楽しかった。
「これが基本で、縄編み(アラン模様)も全部、この編み方からなんでも編んでいく、とにかく基礎が大事」と教えてもらった。
「これが出来たらもうなんでもできる。なかなか筋がええわ」
 おばあちゃんは大雑把だからいつもなんでも大きく、大げさに言うとわかっていたけど
(笑)おばあちゃんがまた今日も認めてくれて、自信がついたのだと思う。
 そしてそのおばあちゃんの言葉がベースになってどんどん編み物の楽しさに引き込まれていったように思う。
編み物は基礎が大事と教えてもらった編み方。
編み物を続けたいという気持ちの基礎も今日、おばあちゃんに育ててもらったような気がした。
 お腹の子が生まれるまで、何か一つでも形になったもの編めるかな?
そう思った、習い始め。

写真・文 / 田畑由布子


②そうか。あれは中村さんの遺言だったのか・・・。

前回紹介した中村さん(仮名)は、施設を開設してすぐの利用者さんで、「俺はここの会員1号や!」が口癖でした。そんな中村さんですが、なかなかすごい人生を歩んでおられます。
80才を過ぎておられますが、学生時代は水泳でオリンピックを目指すほどのスポーツマンで、大学卒業後は大手の銀行に入社、結婚して子供も授かり、順風満帆の生活をされていました。時代は高度経済成長期に入り日本中が活力にみなぎっている時です。そこで中村さんは40手前にして脱サラをされました。脱サラして何をしたか?
広いフロアーにカラオケやダンスができて、2階にはVIPルームやサウナもある娯楽施設を祇園で出店したのです!時代を先取りした施設で、それはそれは流行ったそうです。お客さんは映画関係者(誰もが名前を知っている人!)も多く、ハリウッドスター(ア〇ン ドロン)と映っている写真もありました。中村さんもよく「あの時代は良かった~。」とか「あ~。あの女優は綺麗やった~」とニヤニヤして話していました。
中村さんは年齢以上の物忘れのある方ですので、その後どうやったのか?を聞いてもあまり憶えていません。けど、時々思い出したときに教えてもらえることがありました。どうも共同経営者に権利を騙されたらしく、自己破産して家族にも縁を切られたそうなんです。そのせいか、私たちの子供(当時二歳)が近寄ると、とても嬉しそうに子供をあやしてくださっていました。
そんな中村さんも持病の心臓の状態が徐々に悪化し、当施設をご利用されても運動はあまり出来ず寝ている時間が多くなり、しんどいためかスタッフに対して怒ることもあり、休む日も増えてきました。
ある日、中村さんを車に乗せて施設へ帰っている最中に「ええか。銀行員を利用しなあかん。銀行員は色々なお客を知っているから、いっぱい客を連れてきてくれるぞ」と目を開いて話してくれました。経営者として歩き始めたばかりの私は、ありがたい話を聞けたと思ってとても嬉しかったことをおぼえています。
そして、その言葉を最後に心臓の状態が悪化し、入院されそのまま帰ることなく天国へ旅立たれました。
お通夜には家族みんなで参加しましたが、孤独の身の方でしたので、寂しいお通夜でした。満面の笑みでハリウッドスターと写っている写真とその近くで眠っている中村さんは、人生の山も谷も見た人間らしい何とも言えない表情でした。
このコラムを書いていて中村さんのことを思い出すと、大変だったトイレ事件と誰もいないお通夜を思い出し、少し寂しい気持ちになります。そして、こんなことを伝えたいです。
天国にいる中村さん!「うちに来る銀行員は金を借りてくればっかり言うんやけど。借りたらアカンよね・・・」                                   (おしまい)

次回のコラムは、最近少しだけ光が見えてきたコロナについてです。
題は「コロナとトヨタと入れ歯」です。お楽しみに!

写真・文/ 川瀬啓介・未央


『モヤモヤの正体』(副題:迷惑とワガママの呪いを解く)
伊雄大(ユン・ウンデ) ミシマ社

コロナ禍自粛生活も1か月半…。ようやく京都も緊急事態宣言解除、という今日このごろですが、わたしはほっとする反面、まだこわごわな感じです。

ふだんはひとり遊びの得意なわたし。しかし、さすがにこの日々は奇妙な日常でした。
ついこないだも、つまらないことでイライラ、モヤモヤしている自分がいて、ふつうじゃないな…と気づきました。そのとき手に取ったのが、この本です。

身の回りのことでも、朝のニュースでも、「なんだこれ」「あり得ない」と憤りを感じることがありますが、そのとき心に浮かぶのが、「べき論」。こうあるべきなのに、なぜあの人はこうしないのだろう? というような。

ここで自分が感じているモヤモヤ、イライラは、いったいどこから来るのでしょう?「べき」と考えている主体は、だれ?

「べき」の前には、たいがい「ふつう」がつきます。ふつうならこうするべき。ふつう…それは実は、「みんな」ということではないでしょうか。

みんなが迷惑している。
そんな思いがわたしたちをモヤモヤさせているのです。さてその「みんな」とは?

作者は、「みんな」とは、周囲の空気だと説きます。そして周囲の空気にのみこまれず、一度「みんな」という意識を自分の中から取り去ってみては、と提案します。

「みんな」を感じず、自分自身を感じ、観察し、自己否定にもおごりたかぶりにもならないように、ほんとうの自分(という主体性)にたどり着こうというのです。
こういう態度にいきつくと、人は互いに対立が生じても、その対立ははじまりになるだろう、と。

「互いに理解できないから行き止まりなのではなくて、その『理解できなさ』を巡って、しのぎを削ることが大事」
と述べています。

そうなんです。わたしたちは互いに、たやすくはわかりあえない。いやむしろ、わからなくてもいいのです。ただ、そのわかりあえなさいを通じて、互いにわかりあおうと努力すること、歩み寄っていくことが、たいせつななのです。

そんなふうに考えるきっかけになるのなら、モヤモヤもまた、捨てたものではないなあ、とわたしは思ったりしています。

写真・文/ 中務秀子


チョウゲンボウは、小型のタカの仲間で、田んぼなどでも見られる身近なタカ類です。ふだんはあまり鳴かないけれど、夕方などに電柱など目立つところで「キィーキッキ」などと、鳴くことがあります。食べ物は、ネズミやカエル・こん虫、ときにはスズメなどの小鳥を食べることもあります。それを、真近で見た時はすごくはく力がありました。好きな所は、目が大きくてかわいいけど、かりをする時はとてもすばやくてかっこいいところです。

ここでクイズです。この中に1種だけいないチョウゲンボウがいます。どれでしょう。

1.コチョウゲンボウ

2.ズグロチョウゲンボウ

3.ヒメチョウゲンボウ

4.アカアシチョウゲンボウ

※チョウゲンボウの仲間はチョウゲンボウをのぞいて3種類。

正解は次の鳥図かんにのせます。

絵・文/ 中野響


『さかさま』 文・絵 てるこ

今回は絵本です!この絵本、ただの絵本ではないんです。なんと、本を逆さまにすることで、2つの視点から物語が読めるんです!赤い星と青い星の人々は、幸せに暮らしていました。しかし、しだいに相手の星からくる匂いや煙が気になりだし…。ついに、戦いが始まってしまいます。赤い星と青い星の人たちは、何をまちがってしまったのでしょうか ― 。

絵がこまかく、きれいです。また、さがしてみよう・みつけてみようもあり、楽しめます。読み終わったら、平和って?と考えてしまいます!ラストは今のコロナウイルスのことを考えて、ハッとするかも…..?ぜひ読んでみて下さい!

文/ 木下琴子

お客さんのコラム5/10版

あたたかな月、水、金、の巻

おばあちゃんに編み物の弟子入りをお願いして、編み物教室の日程がきまった。
月水金の午前中がおばあちゃんの編み物教室の日となった。
なぜ月水金の午前中なのかというと、月水金の午前中はおじいちゃんの透析の日で送迎の合間の午前中なら空いているのです。

おばあちゃんはとても忙しい人で、予め予約をしていないとおばあちゃんはなかなかアポは取れない(笑)
81歳のおばあちゃん、携帯はなんとスマホを使ってLINEもしているけど、基本的に携帯は不携帯。(笑)
連絡しても3日ほど既読にならない事もあり、家はだいたいが留守。
アポを取るのがほんとに難しい。(笑)

何がそんなに忙しいのかというと、近所の体が不自由なお年寄りの方達におかずを何品か作って配りに行ったり、喋りに行ったり、数々のボランティアクラブに所属して、周りの困ってる人を助けてる事に大忙し。
そしていつも、「人のことさせてもらうのが私も元気にさせてもらってる秘訣やわ」と言って喜んでもらうことを生き甲斐にしているおばあちゃん。
月水金の午前中「ゆふこのじかん」にするわな!と言ってこの日に決まった。
ゆふこのじかん と言ってくれたのが嬉しかった。何歳になっても私はおばあちゃんの孫なんだな。
いつも可愛がってくれて、ありがとうと言う暖かな気持ちになった。

さっそく次の月曜日、編み物の道具も何も持ってない私は手ぶらで、おばあちゃんの家へ。
そのころ私はちょうど臨月を過ぎた頃。

「よっしゃよっしゃ、来たな!まってたよ、寒ないか?」と言って大きいお腹に暖かいブランケットを掛けてくれた。

季節は年末、寒いけどあたたかな気持ちになれる、月水金の編み物教室がはじまった。

写真・文 / 田畑由布子


①中村さんのトイレ事件

あれは開設してすぐの頃、とある施設から通って見える80歳代、男性の中村さん(仮名)のお話しです。
年齢を重ねると色々なところに不調が出てきますが、この方は耳が遠く心臓も悪いために、尿の出が悪い方でした。暑い夏の午後、お迎えに行くと顔がとても浮腫んでおり、何とか歩ける状態。施設の方に笑顔で送り出され、なんとか送迎車に乗り込み、次の利用者のところへ行きました。
しばらくすると後ろから「う~。でる~」という悲壮感漂う声が・・・。
急いで車を田んぼのそばで停めて確認。「どうしたんですか?」
すると、「もうあかん」「ション〇ンでる~」これはいかん!周りを見渡すと誰もいない。「中村さん外や!」外に出て広い田園風景の中でなぜか電信棒に向かって用を足す中村さん(犬か!!)
しかし、全くでない。しかたなく、次の利用者さんを乗せて再び移動。またもや「う~。でる~」
奇跡的にコンビニがあり、手を引っ張ってトイレへ行くと使用中・・・
(以下、トイレ前での会話)
中村さん「う~でる~」
私「中村さん大丈夫!もうすぐやから!」
中村さん「おい!早く出てこい~!」
私「もう出てきはるしな。」
中村さん「もうあかん・・」
私「もう少しの我慢やで!」
中村さん「でた~」
私「あ~・・・。」
と耳の遠い中村さんに聞こえるように、店内に響き渡るような大声で会話。
すると、トイレから恐々した顔で女性が出てこられ一言「すみません・・。」そして走るように店外へ。
(いやいやこちらこそ、本当にすみません・・・。)
半ばあきらめながら便座へ誘導。そして、しばらく座ってから中村さんが一言。
「う~。。。でない」(でーへんのかい!!)
結局1滴も出ず・・・
その後、20分遅れでsukkuに到着。看護師の判断で最終的に施設に戻り、病院受診されました。
病名は尿閉。(そらでんわ!!)
その後、何日か休んでから何事もなかったように中村さんは復帰されました。(めでたしめでたし)
次回は中村さんのそれからです。

→次回は「②そうか。あれは中村さんの遺言だったのか・・・。」

写真・文/ 川瀬啓介・未央


『分解の哲学』(副題:「腐敗と発酵をめぐる思想」)
藤原辰史 青土社

本と映画がただただ好き、な、デコです。写真も大好きです。竹内さんの、不肖、弟子としてフィルム写真もぼちぼち撮っています。
 このお便りでは、読んだ本や観た映画をみなさんにご紹介しようと思います。たまたま今、covid-19 で出かけづらい毎日ですが、本や映画で視点をすこし遠くへうつしてみると、気が楽になるかもしれません。どうぞよろしくお願いいたします。

「分解」(腐敗と発酵を含む)について、さまざまな視点から書かれた本です。

 生産→消費という一方通行の活動を推し進めた現代。でも、生産→消費→分解→再生、という流れは、かつて豊かにあった世界でした。今あるリサイクルの流れともすこし違ったものとして。

 現代では、リサイクルの名の下に、大量のプラスチックが海に投げ捨てられ、波に細かく砕かれ、いつまでも分解されない小さなかけらとなって海に漂っています。そんな名ばかりのリサイクルではなく、動物のフンをみみずやフンコロガシがさらに消化分解して豊かな土にもどすような、壊れた器を漆でつないで、金継ぎという新たな美を生み出すような、ボロや古紙をあつめて再生させる人がそれで生活できるような、そんな「分解」と「再生」の活動にもう一度着目しよう、というのがこの本の語りかけです。

 たしかにわたしたちの生活は、なぜこの灯りがともっているのか、この食べ物はどこから来るのか、この服はいったいだれがつくっているのか、さらには、自分が排泄したものはザーッとトイレで流したあとどこへいくのか、考えずにおこうと思えば、できます。また、毎日知る大量の情報を流すこのPCというものだって、いったいなんなんでしょう? それが壊れたら、また次の新しいモデルを買う(…というか買わざるを得ない)。何かおかしくないか? そうこの本は問うて、その先に「分解」を考えよう、そしてその方法は豊かにある、と提案しているのです。

 読後、自分にもなにかできることがあるかもしれない(数々あるエコロジー本のように悲観的にならずに)、と明るく考えられる本でした。

写真・文/ 中務秀子


モズは、田んぼや川ぞいにいる身近な鳥です。こん中やトカゲ・カエルなどが主な食べ物です。そのカエルなどもとがった枝にさす「はやにえ」(図)をしているところがよく見れると思います。その「はやにえ」を見つけた時は、びっくりしたし、食べずにおいてあるやつはとてもかたくなっているのもありました。

モズを見つけた時は、はやにえがあるかもしれないから探してみてください。

モズの好きな所は、目が大きくてえものを探している時に首をかしげるところです。見つけやすい鳥なので、じっくり観察してみてください。

絵・文/ 中野響


『君型迷宮図』久米絵美里

ある日、記憶を失い、見知らぬ人間たちの中で目覚めたぼく

サノ、イチ、リョウというらしい彼らは、なんとここは世界の記憶が集まる「記憶迷宮」だという。でもサノたちは何かを4かくしているようで…。

とまどいながらも、3人についていったぼくは、迷宮のゴール、連合長に会うための道のりで、さらにうたがいを深めていくが・・・。

朝日小学生新聞で連載されていたのを読んで、大好きになりました。元本モトコさんのさし絵もとてもかわいいです。

また、比ゆや描写がおもしろいです。

『台風がかんしゃくを起こしたあとのような散らかり具合を見せている部屋を、死んだ魚のような目で見つめていた』とか、

『サバンナか、はたまた動物園の檻の中で暮らしていたとしても、出会うライオンの頭の数はひとつなのではないだろうか。それとも、ぼくはあんな怪物がうようよしているような星に生息する宇宙人か。』とか書いてあって、おもしろいです。

ラストに感動するので、ぜひ読んでみて下さい!

文/ 木下琴子

お客さんのコラム4/25版

この冬三女を出産しました。
年末から産休に入らせてもらって時間が空いたとき、手を動かしたくなった。

私のおばあちゃんは手芸がとても上手で
洋裁、和裁、編み物、刺繍、なんでも上手で
小さいころから大人になった今でも手作りのものを作っては私や弟たちにプレゼントしてくれていた。
毎年小さい頃からおばあちゃんは冬になると手編みのセーターや帽子を編んでくれて、プレゼントしてくれた。
それがいつもとても嬉しかった。
記憶の中で小さいころ一番お気に入りだったお洋服は、おばあちゃんが編んでくれたピンクのお花がついたピンク色の毛糸で編んでくれたセーターとスカートのセットアップだった、という記憶が鮮明に残ってる。
暖かくて柔らかくて、可愛くておばあちゃんの手で編まれるセーターが大好きだった。
私の娘たち(おばあちゃんの曾孫)にも毎年編んでくれていて、私の娘たちもおばあちゃんの手編みのセーターや帽子、カーディガンが大好きだった。

ふと、わたしもいつかおばあちゃんになった時、こうやって孫や曾孫に何か唯一無二のものあげられるのかなぁ?と思った。
…うん。なにができるやろ?
今のところ思い浮かばない。何せ私は飽き性。
そういや今まで小さいころから遊びの延長でおばあちゃんに編み物おしえてもらったけど、ちゃんと聞いてない。笑
あの時教えてもらったマフラー最後まで編んだっけ?笑。いや多分編んでない。

あ、、これはもったいない事してる。
ちゃんと習いたいな。
おばあちゃんの手仕事、纏ってるだけじゃなくて私も習いたいな。
おばあちゃんの手仕事、ここで途絶えてしまわせたくないな。私がおばあちゃんの手仕事を引き継いで、またわたしも孫、ひ孫にこんな風にプレゼントして、繋げていきたいな。
そんな気持ちがむくむくと沸いてきた。
そして話の最初につながります。
この空いた時間におばあちゃんに編み物習おうかな?
私にできるかな?
でもやってみたいな。

手仕事引き継いで、孫やひ孫に喜んでもらう、おばあちゃんみたいなおばあちゃんになりたいと言う気持ちがハッキリと心に浮かんだとき、今ならちゃんと習って、ちゃんとできる気がして、おばあちゃんに弟子入りにお願いしたのが今年の12月のことでした。

写真・文 / 田畑由布子


①プロローグ

みなさん、はじめまして。
竹内さんに声をかけていただいて、今回このような機会をいただきました。
利用者さんと過ごす時間は、笑い声と涙が入り混じる賑やかな毎日です。
そんなささやかな日常、会話から気付かされるとこ、そして個性派揃いのスタッフについて…
これから色々な事を綴っていけたらと思っています。
どうぞ、よろしくお願いします!

→次回は「①中村さんのトイレ事件」

写真・文/ 川瀬啓介・未央


コゲラは、日本で1番小さいキツツキです。「ギー」と鳴いて、かれた木によくいて虫を探しています。オスは、頭の後ろの方に赤い羽根があって、年をとるごとにふえていくからそこに注目して観察してほしいです。コゲラの好きなところは、小さくてちょこちょこ動き回るところです。おどろいたことは、垂直な木をすいすい上ったり、下りたりする(図1)ことと、木にきれいに穴をあけられる(図2)ことです。1番おどろいたことは、足の指が上2本で下2本ということ(図3)です。ふつう足の指は上3本下1本(図4)なのにキツツキ類だけちがうのを知ったときはとてもびっくりしました。

絵・文/ 中野響


『リマ・トゥジュ・リマ・トュジュ・トュジュ』こまつあやこ

マレーシアからの帰国子女の花岡沙弥は、日本の中学になじもうと四苦八苦。

ある日、こわい三年生の『督促女王』に呼び出されて、ギンコウをすることに。それは、銀行ではなくて短歌の吟行のことだった。

短歌を詠んだことなんてない沙弥は戸まどい、でたらめにマレーシア語を織り交ぜた短歌を詠んでみると、…。

そして、沙弥が恋してる男の子、藤枝は教室で給食を食べなくなる。自分をさけているのかと沙弥はうたがうが…。

短歌を通じて成長していく沙弥を応援したくなります。

『督促女王』が好きな短歌が入っている歌集は実際にあって、買ってもらいました。あと、沙弥たちが詠む短歌はすごくセンスが良いんです。

私は

『末っ子の到着を待つ姉たちを彩るドレスは手書きのポップ』や、

『花嫁は七つの海をこえてゆく メガネと本を机にしまって』が好きです。

沙弥たちの気持ちがリアルで、とても面白いです。

文/ 木下琴子