お客さんのコラム9/25版

『きみの存在を意識する』梨屋アリエ

みなさんのまわりに、文字を書くのが、あるいは本を読むのが、「深刻に苦手」な人はいませんか?

この本は、語り手が話ごとに変わる連作短編集です。ディスグラフィア、ディスレクシア、過食症、化学物質過敏症などの中学生が出てきます。

できない言いわけだって、わがままだって、思っていなかった? 考えさせられました。

障害って、性って、自分って、権利って、配慮って、何だろう?

この物語の人々が、救われるわけではありません。認められて、手を差しのべてもらえるわけではありません。でも、何かが変わっています。

だからこそ、みんなに読んでもらいたいです。

文・写真/ 木下琴子

2006年3月からのお付き合い。琴子ちゃんが生まれる前から撮影をさせて頂いてます。小学5年生になった今も記念日ごとには必ず、スタジオやお好きなロケ場所で撮影させて頂いてます。埼玉県からお越し下さいます。幼い頃から、本が好きと撮影のたびに僕に話してくれた琴子ちゃん。読みたい物語がまだまだ沢山あると思うと、これからが楽しみとも話してくれた。そんな琴子ちゃん目線の書評を毎月2回、依頼しています。


前回のコラムの最後に、愛猫ももが大病から回復し、落ち着いた日々がもどってきました、と書きましたが、その後なんと! またもやももが、別の病気になってしまいました。
 さらに2週間の看護の日々をへて、ようやく2、3日前に全快。ほんまやろね? うそじゃないよね? とももに尋ねたい気持ちでいっぱいですが、よく食べよく眠っている、そのゆったりした姿を見ると、どうやら大丈夫なようです。
 やれやれ、こうして1か月におよぶハラハラの日々が終わり、気がつくと、わが家でいちばん先に紅葉するはなみずきの葉っぱが紅くなりはじめていました……。

 さて、こんな風に次から次へと課題がふりかかってくるのが日常。そんなときこんな2冊の絵本はどうでしょう。

『へろへろおじさん』『へらへらおじさん』
佐々木マキ 福音館書店

 へろへろおじさんが街を歩いていると、上からマットが落ちてきたり、犬にひきずりまわされたり、果てにはブタの大群に出会ったり……。おじさんは次から次へと不条理な事件に巻きこまれて、白いスーツも心も、もうボロボロ。
 一方、もう1冊の絵本のへらへらおじさんはというと、見てください、この表紙(写真)。靴は片方ぬげてるし、かばんの穴にはバッテンテープ。でもおじさんは、鼻歌まじりに暢気に歩いていきます。ところがへらへらおじさんにも受難が待っています。突然マンホールから現れたワニにかみつかれたり、空から降ってきた金星人にビビビと光線をあびせられたり。
 でもおじさんは、それでもなお、ふふふんと鼻歌をうたいながら、おうちを目指して歩いていきます。まるでバックに、ファレル・ウィリアムスの『ハッピー』が聴こえてきそう……。その歌はこんな歌詞です。

”ぼくをダウンさせようったて無理さ、
ぼくのハッピーのレベルは高すぎるんだから。
だってぼくはハッピー。
幸せは真実だって知っているから。
自分がやりたいことに気づいているから”

 人がダウンする(落ちこんじゃう)のは、何かいやなことが起こったり、何かを失ったりするからですよね。じゃあ絶対にそれが起こらないようにするには……何もしないことです。けがをするのがいやなら、好きなスポーツをしない。けんかをしたくないなら、誰とも友だちにならない。死にたくないなら、生きない。
 それではなんにもなりません。あったことは、あったこと。そこからどうするかがたいせつ。また、何かを失って悲しいなら、悲しいほどよいものをもっていたことを、喜びたい。そしてほんとうに悲しいとき、話を聴いてくれる人を、ふだんから見つけておきましょう。

 へらへらおじさんがずーっとめげずに歩いていく先には、何が待っているんでしょう。それは、この絵本の最後を見てみてくださいね。あ、そうそう、へろへろおじさんの最後も、ぽっと心があたたまる結末になっているのでご安心を。

写真・文/ 中務秀子

2018年・第27期のフィルムカメラ教室の生徒さんとして、お付き合いが始まりました。今もフィルムカメラを続けてらして、二眼レフカメラにも挑戦中。こどもと大人の絵画造形教室 / コッコ・アトリエを京都の一乗寺でお仲間とされています。昔は学芸員や翻訳のお仕事をされていて、しかもなんと早稲田の文学部卒。道理でデコさんは本好き、映画好き、芸術好き、お話好きなはずです。でもとても自由で全然気取ってない表現がお好きな所に、勝手に親近感を覚えさせてくれる先輩であり心友です。

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夢のバトンの巻

おばあちゃんの編み物は本当に修理だろうとなんでもできる。
編み物で出来ないことがない。
この時期はよくお友達から、ウール毛糸の虫食いのセーターの修理を頼まれていて、それすら治せてしまう。
私の失敗したセーターの丈の修理も出来る。
わからないことは何を聞いても解決してしまうおばあちゃんの編み物はあまりにも神業なので、ついこの間ぽろりと「おばあちゃん、編み物のプロやわ、本当に」と言うと
「プロではないけど、編み物講師資格の検定のために勉強して課題も色々してきたんやけど、いざ認定試験の日に田植えの日と重なってしまって、結局行けずにそのままや〜アハハ」と笑って応えてくれた。
結局その次の年もその後も試験が田植えの時期と重なってしまう為に取れず、いつの間にか試験は受けず今に至るとの事。
昔は今みたいに機械で田植えをしていたわけじゃなく、何日もかかって手で苗を植えていたし、今は手放してしまった大きな田んぼが当時はいくつもあったし、農家が田植えの日に家を空ける事なんてありえない事だったらしい。
なのでもう試験は受ける事はその後はなかったらしい。
これは試験の時までに出てた課題のセーターやで〜と言いながら当時に編んだとっても素敵なスズラン模様のセーターを出してきて見せてくれた。
通りでおばあちゃんの編み物はプロ技。
資格こそはないけれど、講師の資格をとるためにたくさん勉強してきて技術も講師並み。
「今からでもとりたいけど、さすがに年齢ーオーバーやわ〜もう」と笑いながら言っていた。いつしか資格に拘らなくともその分の勉強はしてきたからええかと思うようになったらしい。その当時の教科書とか、道具とか、その当時のその他の課題も今もとってあるみたい。
そっか、おばあちゃんのそんな夢があったんだな。と思いながら話を聞いていた。

おばあちゃんの手仕事を受け継いで、私もおばあちゃんみたいなおばあちゃんになりたいと始めた編み物。
おばあちゃんのその話を聞きながら、まだまだひよっこの私が言うにはおこがましいが、いつしか私もおばあちゃんの夢を引き継ぎたいなと言う思いがムクリと心の中で湧いてきた。
おばあちゃんが叶えられなかった夢、私が叶えてみたいな…なんて。
そんな風に心の中で思っていたら
おばあちゃんが「由布子も今からこんな風に編み物していたらきっともっと上手くなるから、いつか資格とったらええよ!子どもらがもっと大きくなってからな〜!」と言ってくれた。

そんな風におばあちゃんに言われたら、絶対そうしたい!なんて思ってしまった。

私の編み物はまだまだ、わからない事の方が多い編み物。失敗の方が多い。
車の免許で言えば乗り始めて一年以内の初心者マーク。
ひよっこ中のひよっこ。
でもおばあちゃんに習う編み物は楽しくて、幸せな事がいっぱい。
編む事に夢中で毎日ちくちくしている。

おばあちゃんみたいなおばあちゃんになりたいのは勿論、そしておばあちゃんの夢だった事もいつか叶えられるように…なんて。
そんな目標ができたここ最近の私の中の変化の話。

この冬おばあちゃんとコラボレーションでセーターを編むことになった。
編み込み柄がかわいい、ノルディック柄のセーター。
柄の所は私が編む。
メリヤスの部分はおばあちゃんが手伝ってくれることに。
これ、出来たら絶対宝物になるだろうなと思って編むのが楽しみでならない。

今編んでいるマフラーが完成次第、そのセーターに取り掛かることに。

一年前の今頃、自分がこんなに編み物にハマっているとは思ってもみなかった。

でも、もう編み物がない暮らしなんて今は考えられないし、いつしかおばあちゃんの夢だった講師の資格がとれたらなんてにわかに思っちゃっているから、人生って不思議。
でも、楽しい。それだけは確実。

写真・文 / 田畑由布子

こどもちゃん達が生まれる前の、2012年11月からのお付き合い。葵子ちゃん・季なりちゃん・糸喜ちゃんの3姉妹5人家族になった今も年に2回、必ずスタジオや名張市のご自宅で撮影させて頂いてます。編み物の師匠・おばあちゃんのお話しを聴かせてくれたユフコちゃん。面白くてあったかくて、色んな人にも聴いてほしいと思い、毎月2回、綴ってもらってます。


⑩「正美さんのベルトは反対」

9月も後半に入り、南丹市は稲刈りも終わり新米が出てきています。
新米を炊くときは水を少なめにします。でないと、白米は柔らかすぎてしまいます。
こんなことを最近知った私ですが、この時期のピカピカに光った白米が大好きです。
私が南丹市で仕事をして、13年。13年前から知り合いの方で今、Sukkuをご利用いただいている方が何名かおられます。今回はそんな方を紹介したいと思います。
名前は正美さん(仮名)91才 男性です。
元々は正美さんの奥さんのリハビリを担当していた事がきっかけでした。奥さんは難病の方で週1回自宅に伺いリハビリをしていました。正美さんは、奥さんの病院の送迎や介護などをされていて、とても献身的。奥さんのリハビリが終わるときを見計らって、正美さんは熱い珈琲を入れて待ってくださるのが習慣でした。猫舌の私は飲み干すまでに時間がかかるので、その間色々なことを話しました。正美さんもゴルフが好きだったこと。ゴルフをやめてからはグランドゴルフにはまり、南丹市でチャンピオンになったこと。夫婦で色んなところへ車で旅行に行ったことなど。
大雪の日には、屋根の上で雪かきをしていることもありました。

正美さんは町会議員を3期されましたので地域の事などもとても詳しく、議員中に補助整備事業で地域の道や田を整備して生活しやすい街の手助けをしたことを話してくれました。そして、園部町のスーパースター 野中 広務さんの直接の後輩だったらしく、一緒に選挙カーに乗ったり、国会議事堂に行ったり、選挙関連で警察の世話になったり!?とても興味深い話しをしてくださりました。その都度私は「へ~」と驚きをもって聞いていました。
その中でも特に印象的だったことが、日本人の平均寿命は女性が高いことが当たり前のようになっていますが、正美さんはこう言いました。
「元気で若い男はみんな戦争に行った。そして、戦死した。だから、女性が長生きのように見えるんや。」
私には考えもつかない言葉でした。
正美さんは中学卒業後に志願して陸軍に入隊されました。
そこでも色んなことを体験されたそうです。愛知県の蒲郡で作業していると、かなり大きな地震に遭遇し兵舎や作業場が崩壊、多くの方が建物の下敷きになり大変だったこと。自分は命からがら逃げだしなんとか助かったが、軍事情報とのことで、被害の大きさなどはほとんど公にはされなかったことを教えて頂きました。

そんな正美さん、5年ほど前から腰の病気の影響で足の筋力が弱り杖で歩くようになっていました。そして、開設して間もないSukkuまで自分で車を運転して見学に来られ、そこから利用が始まりました。
ご利用中は色々なことがありました。少し肺が弱いこともあり、冬になると風邪をこじらせ、肺炎で入院し生死をさまよい、そして復活して帰ってくる。こんなことが毎年続いていました。帰ってくる度に「今回も帰ってきました!」と明るい表情で話しをされていました。
利用者さんにも知り合いが多くおられましたし、男女分け隔てなくいろんな方に話しをされていました。その時に決まって言われることがあります。「ここの運動は続けなあかん。休んだら身体が動かんようになる。」
その言葉に私たちは何度も救われました。自分たちのしていることは間違っていなかったと。

10年の付き合いの中で一つだけとても気になることがありました。それは、正美さんはいつもベルトが反対向きなんです。外出するときは必ずジャケットを羽織り、綺麗な格好をされている方です。ズボンをはき替えても必ずベルトは反対です。最初はあまり気になりませんでしたが、徐々に気になりだしいよいよ聞きたくて仕方なくなりました。
正美さんの答えは・・・
戦時中、腰に大きなベルトを巻いていてそこに色々な道具(剣や銃)をしまっていたとのこと。その時の太くて大きなベルトは右巻きだった。その時の癖で、右からベルトを巻くようになったとのこと。しかし、使っているベルトは左巻き用のベルトを使用しているためベルトが反対向きに見えるのです。
90才になってもベルトの向きを変えることが出来ない位戦時中に刷り込まれたものは消えないんだと痛感させられました。やっぱり戦争は怖いし、二度としてはならないと強く思いました。

そんな正美さん、二か月前のSukku利用時、発熱を認めたので病院受診してもらいました。すると、新たな病気が見つかりそのまま入院する事に。入院中に一度顔を見に行きましたが、元気そうで、「9月からSukkuにいくわ!」と話しをしていました。退院後、また会えることを楽しみにしていました。
ですが、容体が急変、このコラム完成2日前に天へ召されました。
あまりにも急で、私もスタッフも気持ちの整理がなかなかつかないです。
でも、お通夜の時に「コラムでしっかりと正美さんの事を伝えるしね。」と約束しました。以前から今回のコラムは正美さんと決めていたので、正美さんにとってはこのタイミングやったんかなと・・。自分に思い込ませながらコラムを終わります。
正美さん、天国でこのコラムを見てくださいね。皆の頭の中に、心の中にあなたはずっと生き続けますから。(おしまい)

次回は、「咳をするときは必ず入れ歯を外します。」

写真・文/ 川瀬啓介・未央

Sukku 川瀬啓介 / 未央 (理学療法士・鍼灸師 / 鍼灸師)
〒622-0002 京都府南丹市園部町美園町4-16-38

TEL 0771-62-0005

2017年から京都の南丹市でリハビリを中心としたデイサービスをしています。利用者さんと過ごす時間は、笑い声と涙が入り混じる賑やかな毎日です。そんなささやかな日常、会話から気付かされること、そして個性派揃いのスタッフについて…これから色々な事を綴っていこうと思います。

2011年11月からのお付き合い。楓くん・緑くんが生まれる前から撮影をさせて頂いていて、今も1年に1回は必ずスタジオ撮影にお越し下さいます。Sukkuというデイサービスの屋号は、佳代が名付けさせて頂きました。飾らない温かさ、自分の好きが明快で、歯切れがよい。けれど、流れる時間はゆっくり。そんなお二人の人柄が大好きで、バランスを崩した時には体を診てもらおうと決めているから安心です。笑いと涙のデイサービスの日々を毎月2回、綴ってもらってます。


11ページ

ゴジュウカラは、せ中が青っぽい色をしていて、よく木のみきにとまるスズメぐらいの鳥です。

群れでいることが多くて冬には、混群と言って他のシジュウカラやエナが、ヤマガラなどと群れをつくることもあります。

ゴジュウカラは、「フィフィフィフィ」などと鳴きます。

ぼくが、おもしろいと思った所はキツツキ類が前使っていた古巣をゴジュウカラが自分たちの巣にすることです。

他の動物(リス、モモンガ)もキツツキの古巣を使うそうです。

だからキツツキがあけた穴はいろんな動物の役に立っているんだなと思いました。

次にぼくが、ゴジュウカラを見た場所を紹介します。

奈良県 大台ケ原

最後に、前回のクイズの答えを発表します。

正解は、

2.尾羽が上に上がっているか下がっているか。 でした。

絵・文/ 中野響

お姉ちゃんとひーくんが生まれる前の、2005年10月から撮影をさせて頂いてます。今も2~3年に1回は必ず、スタジオや城陽のご自宅で撮ってます。小学5年生になったひーくんは、この前の撮影の時に鳥に魅せられていると話してくれた。それが小学生レベルの鳥好きの話ではなく、僕からすればもう学者レベル。しかも視点がユーモラスなのでこれはスゴイ!是非、図鑑を作ろうと盛り上がり、WEBという形で毎月2回、発表してもらっています。