お客さんのコラム6/25版

時々編み物じゃない日の巻

今日は編み物教室の日の編み物じゃない日の話を少し挟みます。マスクが不足して、手作りマスクが世の中に出回る頃、編み物の師匠であり手芸が得意な私の祖母もやはりマスクを大量に作ってまわりの人たちに配っている。
ちょっとお茶しに遊びにきた友達に配り、
用事で行った所で配り、近所で配り、
病院で出会った人に配り、家族に配り、
「今はこれが一番喜ばれる」と言って月水金の編み物教室に家に行くとここはマスク屋さん?と思うほどのマスクの型紙をとった布が並んでいた。
こんな布で作ったらかわいいかと思ってと言って、かわいい柄を選んで作っていた。
こんなんできたけどどう?
とおばあちゃんがマスクして見せてくれて、大笑い!
大きな丸い柄が二つ、ちょうど鼻のあたりにきて、マスクすると豚の鼻みたいになっていた!!「おばあちゃん、豚の鼻になってる!!!」
二人で大笑い、鏡見て涙出るほど笑って今日の編み物教室は終わり。


編み物教室と言っても、編み物をしないなんてこともしばしば。
ある日は、おばあちゃんとコーヒー飲んで、サンドイッチを食べて喋って「由布子、ちょっといい子で待っときや」と言って
買い物に行ってしまうおばあちゃん。
そんな日もあったり。
そんなゆるゆるな編み物教室が、ゆるりと続き、今は私は夫のセーターを編んでいるのだ。三國万里子さんレシピの、星野源さんの為に作られたGEN。
本を見ながら、図面を理解してまさかセーターを編む日がくるなんて。
ゆるゆる、楽しく、時折脱線。
そんなのだから続いている日々。
もうライフワークになってきつつ、とても楽しい編み物の日々。

ちなみにおばあちゃんの手作りマスクは配り歩いて色んな人のところに手に渡り、市内で雑貨屋さんをしている方の目に留まり、是非うちに手作りマスクを置きたいので、縫い子をしてくれないか?と言われ、今は縫い子をしているのだ!笑
その数100枚近く…!!
相変わらず忙しい、わたしの編み物の師匠なのだ。

写真・文 / 田畑由布子


④「校長先生のありがたいおはなし」

梅雨入りして、じめっとした日が多くなってきた今日この頃。
私の天然パーマは湿度70%を超えるともはや制御不能となり、思った通りの髪型になりません。それに、なんとなく身体がだるい。
今日はそんなだるさを吹き飛ばす、小学校の元校長先生岡村さん(仮名)80歳代男性のありがたいおはなしをしましょう。
この方がご利用される日は、男性利用者さんしかおられない日で、利用者さん達曰く“メンズショップの日”だそうです。
そんなメンズショップの日は、元トラック運転手・現役の電気屋・元土建屋・元国鉄社員・元教習所教員など多種多様な男性が集う日です。皆さん話し出すと、よく話しをされます。内容も多種多様。そしてたいていの場合、話しの始まり、きっかけは岡村さんです。岡村さんから話しが始まり、皆がその話しを膨らませ、最後も岡村さんがまとめる。岡村さんが話し始めると、みんないつの間にか生徒のように聞き入ってしまう。利用者さんの中には岡村さんのことを“先生”と呼ぶ人もいます。(実際、その利用者さんの子供さんが教え子)

先日の外出自粛期間中、岡村さんが急に「Sukkuでバーベキューしよう!」と言い出しました。話しはおおいに盛り上がり、他の男性陣もだんだんその気になり、よしやろう!という空気になりました。そこで私が、外出自粛期間中にSukkuが主催することは出来ないから、場所はSukkuで提供するし、岡村さんが発起人となりやりましょう!と伝えると、急にもごもごしだし、尻込みしだしました。そして最終的に「やっぱり密になると危ないからやめましょう!」と皆のやる気に蓋をして、今の話しはなかった事にしてしまったのです。そして、「時間になったし帰ります。」って帰りました。話しの盛り上げ方が最高でしたので、崖から突き落とされた感じになりしばらくぼう然となって岡村さんを見送りました。
また、岡村さんは長年教育現場に立ち続けた人ですから、組織をまとめる事についても色々と経験を持っておられます。その中でも印象的なのは、「チームはまとまりのない方が、良い方向へ進んでいく事が多い」というお話しです。会社組織を運営していると自分と似た考えの人を近くに置き、それ以外の方を遠ざけてしまう事があるけれど、自分と違う意見の人が近くにいることで、違う視点から物事を考えることが出来、結果的に視野が広がるのではないか。という話でした。それを聞いた時私は思わず「岡村さん!たまにはええこと言うやん!」って言ってしまいました。
岡村さんには個人的な相談もします。4月から長男が小学校に通いだしたのですが、私は突然教育父ちゃんになり、勉強についてあれこれ考えるようになっていました。そんな時、岡村さんは「まず学校に行くことを、楽しみにしないといけないんだよ。」って教えてくれました。さらに、「どの親も最初は、普通でいいって言う。でもいつの間にか、親の願望通りに子供を動かそうとするんやな~。」これを聞いて私は何も言えませんでしたが、それからは、子供が今楽しみにしていることを聞き出すようにしています。
 そして岡村さんは、最近地球のことをとても心配しています。今回のコロナも、地球が怒っている。地震や災害が多いのも、地球が怒っているからだと言われます。そして、そう遠くない未来に地球が壊れるかも知れない。そう考えると怖い。といった話をよくされます。
それを聞いて私はいつも思うのです。
岡村さん、Sukkuには自家用車で来られているのですが、行きは前向きで駐車場に入ります。となると当然、帰りはバックで道路に出ます。そう、この時が一番危ないんです。本人はスタッフに、後ろ見てて~と頼まれますが、バックしてる時は窓も開けず、ずっと前を見ながら運転しています。その間スタッフが、岡村さんストップ!車来てる!って叫んでも窓を閉めているので全く聞こえてません。私もスタッフも、何度もひかれそうになっています。だから私は、地球がなくなるかもしれない怖さより、毎回行う岡村さんのバックの誘導の方が怖いんです。
そんな岡村さんは、50名程おられる利用者さんの中で、一番整理整頓が出来ない方です。請求書・領収書は一年近くカバンに入ったままで、自家用車には畑道具がそのまま積んであります。お金もあちこちから出てきます。
私はこの方を見て、話して、いつも心の中で思います。「整理整頓が出来なくても校長先生になれるんや。」そして、家では岡村さんの話しを子供たちに聞かせ、整理整頓が出来なくてもすごい人になれる!だから、片づけが出来なくても大丈夫や!って言ってます。(妻は怒っていますが)
岡村さん、毎回希望になる見本を見せてくれてありがとう!

→次回は「谷本さんのゴルフはアリ地獄!」です。

写真・文/ 川瀬啓介・未央


『ブルックリン・フォリーズ』
 ポール・オースター著 柴田元幸訳 新潮社

マスクがあったかーい、なんて言っていたのがついこないだ、と思ったら、もう一年の半分が過ぎて、マスクが蒸し暑いこのごろです。わたしはそろそろ映画館に行こうかなあと思っていますが、今日はそんな思いを晴らす、まるで映画のような小説をご紹介します。

主人公ネイサンは、50代後半。長年、保険屋として平凡な結婚生活を送ってきました。ところがその平凡さゆえに妻に愛想をつかされ、離婚、離職。と同時に肺癌を患ってしまいます。病がなんとか小康を得たころ、ネイサンはニューヨークのブルックリンでひとり暮らしをはじめます。

 離れて住む一人娘に、「お父さん、ぼやっと生きてちゃ駄目よ」と叱咤され、ネイサンはあることを思いつきます。それは、「人間の愚行の書(ザ・ブック・オブ・ヒューマン・フォリーズ)」を書くこと。人生にはありとあらゆるバカなことが起こります。自分や他人がしでかしたそれを、思いつくまま書き留めていこうというのです。

 そうこうするうち、ネイサンは、長年音信不通だった甥のトムに遭遇します。そして、トムの雇主のハリーや、やはりトムの妹オーロラにも。人生に絶望していた孤独な元保険屋のネイサンのまわりに、いろんな人々が現れてくるのです。そしてその誰もが「元(ex)」を持っていました。元秀才大学院生、元家出少女にして元バンドシンガー、元服役囚……。

 生きているとどうにもならないことが繰り返し起こります。そのたびに「もう駄目だ」と思いながら、なかなか駄目にはならず(というより、駄目にはしてもらえず)、なんとか切り抜けなければなりません。トムの母親が昔言っていたのように、「トム、お天気は変えられないのよ」。「いくつかの物事はそうなっているのであって、受け容れるしかない」という具合に。

 しかし、みなその物事から解放されるべく、その物事がなんなのかわかろうとし、そして解放されるためには、心を開いていかなければならないと理解します。心の扉を開ける鍵はなんでしょう? わたしはそれは、 kindness だと思うのです。誰かを思いやること、想像することです。そしてその誰かと関わっていくこと。

 たとえばネイサンは、この街であらたに親しくなった女性にこう言います(彼女は最近娘につらい目にあわされ、娘を家から叩き出そうかと思っています)。「やめておけよ、ジョイス。パンチにパンチを返すのはよせ。あごをしっかり引けよ。気楽に行けって」と。

 この物語に出てくる人々は、みなごく平凡な無名の人たちです。でも誰の人生もこまごまとした物語にあふれていて(とたえそれが、ネイサンの『愚行の書』にしか記し得ないしょうもないことでも)、彼らが kindness や想像力をもって乗り切っていくことを想像をすると、思わず共感を覚え、わたしはとてもしあわせな気持ちになりました。でもしあわせが、しあわせだけでは終わらないのも人生です。この本はそのことにもそっとふれて、物語を終えているのです。

写真・文/ 中務秀子


ルリビタキは、ひくい山~高い山に住んでいて、オスは全体的にるり色をしていて、おなかは白く、おなかの横はオレンジ色をしています。メスは茶色っぽい色をしています。とてもきれいな色をしているのでぜひ見てもらいたいです。「ヒッチョロチョロチョロリ」などと鳴きます。鳴く時は、高い枝にとまって鳴きます。あんまり人をこわがらないので、ちょっとだけ近づいてみてください。小さいけど、オスは色がはでなのでひくい木を見ていくともっと見つかりやすいと思います。

好きな所は、とてもきれいで他の鳥にくらべて丸っこくてかわいいところです。いつか写真におさめたい鳥です。ぼくがルリビタキを見たところをしょうかいします。

京都府城陽市鴻ノ巣山 オス♂

京都府宇治市大吉山 メス♀

最後に前回のクイズの答えを発表します。正解は

③の冬の貴婦人でした。

絵・文/ 中野響


『かがみの孤城』辻村深月

いじめが原因で中学に行けなくなった安西こころは、ある日部屋の姿見が光っていることに気がつく。鏡の中には、6人のこどもたちがいて、不思議な城があった。

そこにこころと6人を集めた“オオカミさま”は、願いを叶えられるという願いの鍵を探すよう言う。日本時間5時までに城から出ないと、恐ろしいペナルティがあるらしく…。

とまどいながらも城に通うこころたちは…!?

物語の中にたくさんの(本当にめちゃくちゃ!!)伏線が張られています。

最後数ページの大大大どんでん返し!!ものすごいです。読み終えたら、二度見ならぬ二度読みまちがいなし!554ページありますが、一気読みもまちがいなし!私は数日で読み切り、最後に「そういうことかぁー!!」と叫びそうになりました。

本屋大賞を受賞したので、読んでいる人も多いかな?

ストーリーはとっっっってもおもしろいし、心情はリアルだし、すばらしい作品です。

私のイチオシ、ぜひ読んでみてください!!

文/ 木下琴子

お客さんのコラム6/10版

手編みの贈り物の巻【前編】

私に何か編めるようになったら、まず編んだものをどうしても貰ってもらいたい方がいた。
私が「おばあちゃんみたいに編み物をできるようになりたい、始めてみたいけど今までの自分の飽き性のパターンを考えるとなかなか手が伸びない」と友達にポロリと言ったら
「是非はじめてほしい。受け継いでほしい。
私にも大好きなおばあちゃんがいて、私と同じ石のことが好きで、色々と石のこと聞いたり話したししたかったのだけど、亡くなってしまって、もっといっぱい石の話を聞きたかったと今になって思うのよ」
と話を聞かせてくれて、私の背中をそっと後押ししてくれて、編み物をはじめようと決めたきっかけになった大切な存在。

その方にどうしても最初に編める様になったものを貰ってもらいたいなと思った。

おばあちゃんに、どうしても貰ってもらいたい友達がいて、その友達にプレゼントできるように頑張る!
何か編めるのうになるのは時間かかるかもしれないし、もしかしたら夏ごろになってしまうかもしれないけど、手袋編んでプレゼントしたいな。
と言って話もしていて、手袋をまず教えてもらうことになった。

おばあちゃんにあれから、本の編み図の読み方、基礎の裏編み、表編みを習ってから、ガーター編み、メリヤス編み、かのこ編み、それから自分にはできる訳ないと思ってた縄編み(ねじり模様になる編み方)を覚えて編める様になっていた頃だった。

おばあちゃんの半端に余った毛糸をもらって、棒針を借りてお喋りしながら色んな編み方を習うのはとても楽しくて、編み物の本の編み図や、YouTubeなどの編み物動画をみてもサッパリ分からないのが、コーヒー飲んで喋りながらおばあちゃんの大雑把な説明だとなぜか理解しやすく、覚え易い。
どんどんと編めてゆき、自分でも驚くほど夢中になって色んな編み方を覚えてゆきたくなり、そしてまた飽きてしまったらそんな自分が嫌だからな…と、敬遠していた編み物がとても楽しくて、空き時間をみつけてはいつも編んでいた。
おばあちゃんが「ありゃ〜、なんと上手い!筋がええ!」
といつも合いの手(いや、愛の手?笑)をいれてくれるから余計にスイスイと編めた。
どうしても自分が覚えにくい編み方の時は、おばあちゃんの説明している姿を携帯のムービーで録画する。という、私とおばあちゃん流のYouTuberみたいな事をして二人でケラケラ笑いながらしていた。笑
その自己流動画はきっと他の人がみたら絶対わからないし、すごぬマヌケだけど、これがまた私には家で復習するには抜群にわかりやすくてこの上なかったのだ。笑

こどもたちが保育園に行ってる間、朝からずーっと編んで、妊婦健診の待合室でも夢中で編んで、子どもたちが家に帰って、ご飯お風呂、寝かしつけの時間がバタバタ終えて9時ごろからまた編んで。
手を動かすのはこんなに楽しいんだと思った。
楽しくて、無心になれて夢中だった。
お腹の赤ちゃんのもぞもぞ動く胎動を感じながらする編み物の時間は本当に幸せだった。

やってしまった!!!と、失敗すると駆け込み寺のようにおばあちゃんの家に駆け込んで、間違った所をまた教えてもらえるのもおばあちゃんの編み物教室の特権だった。

後編へつづく

手編みの贈り物の巻 【後編】

夢中であみつづけてゆくと、どんどんと形なってゆくのが嬉しい。
達成感もあり、自分もなかなか出来るやん!
という感覚も嬉しい。

いよいよ手袋ができてきた。

余り糸で編んで、編みたい手袋の編み図の指定の糸ではなかったし、何せはじめて出来たわたしの処女作の手袋は、編み方もガタガタとしていて、緩くあんだり強く編んだりした所が混在していて、グローブほど大きな手袋になった。笑
デカーーー!!!ごそごそする。笑

お友達にあげるつもりだったけど、こんな大きなグローブみたいでガタガタの手袋。さすがに大事なお友達にわたすのは申し訳なく、おこがましい。
これはお友達に渡すにはお蔵入りすることにしたが、自分がこれから着けることにした。
ゴソゴソデカい。でも自分で編んだ初めての手袋。不格好だけど愛おしい。
きっとずっと大切にするだろうな。

ここまでかかった時間はニ週間ほど。
…それにびっくりした。

飽き性の自分、手袋は不要だろうけど、夏頃には編めて渡せるようになればいいなと思っていたのに、ニ週間ほどで編めた!

まだまだ冬。
そして三女が産まれるまでに何か一つでも形になって編める様になっていれば…と思っていたのに、産まれる前に手袋を編める様になっていた。

ちょっと。ほんのちょっとだけです。
でも自分の事見直しました。そして自信がつきました。(図に乗らない様に小声でいいます。笑)

おばあちゃんとの月水金の編み物教室の時間が楽しかったおかげだったかもしれない。
おばあちゃんの合いの手(私には愛の手に感じた)が心地良かったのかもしれない。
そしておばあちゃんの手仕事を少しずつ覚えて受け継いでいくこの感覚がとっても嬉しかったのだった。

でも、さすがにこのグローブのような手袋は渡せない。
今お腹は37週、産まれるまでに編めるかわからないけどもう一度指定の糸で編み直して、お友達の手のサイズを聞いて編み直すことにした。今編んできた手袋の復習しながら、失敗したところを失敗しないように意識して、おばあちゃんにアドバイスをもらった所を図面にメモを書き込みまくって、編み目がガタガタにならないように糸をしっかり引っ張って編見直した。

そしてそれも家事や育児のあいまの時間で編みながら約一週間で編めた。
三女もお腹の中でお利口にしてくれていた。笑

やっぱり少しガタガタだけど、お友達の手の大きさに合いそうで、グローブのような手袋とはだいぶと大きさが違ってフィット感がある。
図面通りにきちっと。指定糸で編む事の大切さも実感。勉強になった。

人様に渡すにはおこがましいような手袋だけど、はじめての作品は絶対に渡したかった。

正直こんな夢中になれると思っていなかったし、こんなに楽しく編めると思っていなかった。
ゆふちゃん、編み物をはじめてみたら、と背中を優しく押してくれて本当にありがとう。
おばあちゃんに教えてもう編み物の時間はとても楽しいです。
という気持ちと一緒に、ガタガタの手袋をお友達に贈った。
嬉しはずかしの、初めての編み物の贈り物だった。
ありがとう、とっても暖かくて手のサイズにピッタリ!!!と、
早速着用してくれた写真が送られてきて、ものすごく心が暖かくなった。
私は手袋してないのに、ほくほく。ジーン。
こちらこそありがとう。本当にありがとう。
と何度も言った。

編み物を贈るってこんな気持ちなんだ。

おばあちゃんいつもこんな気持ちで私たちに編み物編んでくれてるんだなぁと
思ったら嬉しくて堪らなくて、より一層おばあちゃんからもらった手編みの数々があたたかく思ったのだった。

手編みのものって、纏うのはもちろん暖かくて気持ちいいのだけど
編んで贈った側もまた、そんな気持ちにさせてもらえるんだなぁ。

編んで渡したい人がいっぱい浮かんできた。

編み物って、手編みって本当に楽しいなと思った。

写真・文 / 田畑由布子


③「コロナとトヨタと入れ歯」

つい4・5月前まで誰がこんなことを想像しただろう。
6月に入り、学校なども始まり自粛ムードは徐々に緩くなっています。
南丹市では未だ陽性者は0ですが、sukkuご利用者さんは持病のあるお年寄りがほとんどですので、お年寄りを守るためにも、スタッフ皆自粛した生活をしています。
そんなコロナ、コロナの毎日ですが、sukkuのお年寄りも色々と影響をうけています。

Sukku利用者さんの7割は男性です。他のデイサービスとは逆かもしれません。そして、1週間に1回だけ、男性利用者さんしかおられない日があります。その日は、元校長先生を筆頭に男性がよく喋る喋る。教育勅語からマムシドリンクの効用まで、実に様々な話題で話が右に左に逸れます。
そんなある日、小西さん(仮名)という方が「コロナの影響でトヨタは危ないなぁ」って言うんです。
私やスタッフの頭は???コロナでトヨタ工場ストップしているから?と思い、
私「小西さん、トヨタの工場ストップしてるもんな~」
小西さん「違う、トヨタからコロナが出てるやろ。あれや!コロナ騒動で売れへんで!」
私・スタッフ「・・・??」
他の男性たち「そうや。そうや。間違えられるで!」とか「つぶれるで!」と大騒ぎ。
私たちは、最初全く意味が分かりませんでした。トヨタからコロナという車が生産されていたなんて。
さすが、元教習所教官!けど、20年前に製造中止されていますよ~。
それからというもの、私たちは毎週コロナでトヨタが危ないって聞かされ毎回大騒ぎです。
コロナの影響はもう一方。
90歳を超えた春江さん(仮名)は、いつも綺麗な姿勢でピシッと座っておられ、自宅でもご自分のことは自分でされている、一本筋の通った凛とした方です。この方は視力低下と難聴のため、眼鏡と補聴器を着けておられます。そして、感染予防のためにマスクも着けておられます。
ある朝のこと。送迎に行くと、春江さんがいない。
いつも玄関を出て道路で待っているのに・・・。何かあったのか?と、ドキッとして玄関まで迎えに行くと、眼鏡にマスクに補聴器といつもの春江さん。
しかし、何か違う・・・話をしていても、聞き取りにくい。どうしたのか。
ふと春江さんの右手を見ると、入れ歯がそこに!
しかも、上も下もどちらも手に持っていて、パカパカしているじゃないか!
どうしたん!春江さん!と聞くと、「家を出るときに、補聴器して、眼鏡かけて、マスクしたら、入れ歯を忘れたんや!」と恥ずかしそうにおっしゃるのです。
くしゃおじさんならぬ、くしゃおばさんのようで、それはそれは可愛らしい顔でした。
いつもより1つ着けるものが増えるだけで、いつものものを着け忘れる。これもコロナの影響か・・・
しかし春江さんのすごい所はそれからです。それ以降、ご利用時は眼鏡を着けてこられません。
「マスクが増えたから眼鏡を減らした」とのこと。
やはり90過ぎても凛とした人は違うなぁと感じた今日この頃。
さあ、夜はCORONAビールでも飲もうか。だめだ、コロナの影響で製造中止だった・・・。

→次回は「校長先生のありがたいおはなし」

写真・文/ 川瀬啓介・未央


『庭とエスキース』
 奥山淳志 みすず書房

ようやく京都でも少しずつ、ふだんの生活を取りもどしつつある日々です。この先まだどうなるのかわからないですが、誰しもほっとひと息つく必要はありますよね。
 そんなコロナな日々を忘れないように、日記をつける人が増えたような気がします。わたしは無類の日記好きで、毎朝起きると、今日も日記が書ける、とうれしくなるほどです。
 本にも素晴らしい日記本が数多くありますが、今日は「日記のような」作品をご紹介します。

写真家、奥山淳志さんが、北海道の原野で自給自足の生活を送るひとりの老人、弁造さんを14年にわたって訪ねつづけ、弁造さんが92歳で亡くなるまでの日々を描いた、どこか日記のような作品です。生きること、死ぬこと、記憶、人と人との関係、そして写真というものについて、実に深く、かつ素直な言葉で語られています。読み終えると自然と、涙が一筋、二筋、流れました。

 弁造さんは、若いころは開拓農民で、出稼ぎ人で、でも、ずっと絵描きになりたいという夢を抱いていました。でも、家庭の事情でその夢を果たせず、ようやく晩年、家との絆がうすれたころに、原野を開き、庭や畑をつくりながら、永遠に描き終わることのない習作(エスキース)ばかりを描き残したのです。

 そういう老人が生きて、亡くなっていく日々を、若い奥山さんが訪ね、共に語り、共に歩み、書き残してくれてほんとうによかった、と思いました。弁造さんが亡くなったあとも、奥山さんが弁造さんと語り合った日々を繰り返し思い出すことも、残されたエスキースやメモなどの些細なものを眺めながら、奥山さんも知らない弁造さんの生きた時間を想像することも、奥山さんが撮った無数の写真から、弁造さんの暮らしを思い出すことも、これらはずっと弁造さんに付かず離れず接しつづけた奥山さんにだけ書くことができた文章だと思います。

 レンズを通った光が結ぶ映像は、一瞬のときをつなぎとめるだけに見えて、実はそこに映っていない過去や未来の時間や、その人の周囲の空気を濃厚に香り立たせます。そこに居合わせた撮る人は、その現実の時間と、写しとられた幻影の両方を体験するのでしょう。奥山さんは、そのように見る人、撮る人として、その感覚を、実に素直な飾り気のない文章と写真にして、残してくれました。弁造さんの暮らしの他愛ないこと、その語り口、愛犬さくらの仕草、北国の空や雪、花と風と土の香りを……。
 ただこの本を読むという贈り物を、わたしたちに届けてくれてありがとう、という他はありません。

写真・文/ 中務秀子


タゲリは、冬に田んぼなどにわたって来る冬鳥です。

せなかの部分は緑にむらさきがかったきれいな色をしています。かん羽といって頭の上からのびている長い羽があるのが特ちょうです。ひなはかん羽は短かくもようは、はっきりしていません。飛び方は他の鳥と比べてふわふわ飛び、足はしゅ色っぽい色をしています。ぼくは、初めてタゲリを見た時、おもしろい鳥だなと思いました。今年の冬も探しに行ったけど見ることができなかったので、また見たいです。好きな所はちょっとかくれててもかん羽が見えていたりみんなでかたまってじっとしている所です。

ここでクイズです。タゲリは、別名冬の〇〇とよばれているでしょう。

1.冬の狩人

2.冬の美しき歌い手

3.冬の貴婦人

4.冬の王様

答えは次の鳥図かんにのせます。最後に前回のクイズの答えを発表します。

正解は、

②のズグロチョウゲンボウでした。

絵・文/ 中野響


『浜村渚の計算ノート』シリーズ   青柳碧人

いじめと理系科目を関係づける論文が発表され、政府が義務教育を一新。理系科目が大幅に削られた。そのことに抗議し、数学者高木源一郎が数学テロを始める。彼の教育ソフトで学んだ国民は、命令次第で殺人の加害者になりうるのだ。

テロ対策本部には、ソフトを見ていない数学オンチしかいない。そこで、警視庁がテロに対抗し探し出したのが、「数学大好きっ娘」浜村渚だった。

読むとどんどん数学が好きになります。四色問題、フィボナッチ数列、円周率、ルービックキューブ、….数学の知識がいっぱいです!それぞれのキャラクターも個性的です!テロリストも、どこかにくめなくて、渚は「えっとー…たまに、優しい人もいるんだけど。みんな、テロやるの、初めてだから」と言っています。(ちなみに、私の一番好きなキャラも、テロリストです!)各章の上の、1.2.3…という数、目次を見てください!おもしろいですよ~。でも、やっぱり、渚ちゃんの、好きなことをブレずに貫くところ、あこがれます。まわりになんと言われようが、数学を好きでい続ける….カッコイイ!!ぜひ読んでみてください。Have a nice math !

文/ 木下琴子