お客さんのコラム5/10版

あたたかな月、水、金、の巻

おばあちゃんに編み物の弟子入りをお願いして、編み物教室の日程がきまった。
月水金の午前中がおばあちゃんの編み物教室の日となった。
なぜ月水金の午前中なのかというと、月水金の午前中はおじいちゃんの透析の日で送迎の合間の午前中なら空いているのです。

おばあちゃんはとても忙しい人で、予め予約をしていないとおばあちゃんはなかなかアポは取れない(笑)
81歳のおばあちゃん、携帯はなんとスマホを使ってLINEもしているけど、基本的に携帯は不携帯。(笑)
連絡しても3日ほど既読にならない事もあり、家はだいたいが留守。
アポを取るのがほんとに難しい。(笑)

何がそんなに忙しいのかというと、近所の体が不自由なお年寄りの方達におかずを何品か作って配りに行ったり、喋りに行ったり、数々のボランティアクラブに所属して、周りの困ってる人を助けてる事に大忙し。
そしていつも、「人のことさせてもらうのが私も元気にさせてもらってる秘訣やわ」と言って喜んでもらうことを生き甲斐にしているおばあちゃん。
月水金の午前中「ゆふこのじかん」にするわな!と言ってこの日に決まった。
ゆふこのじかん と言ってくれたのが嬉しかった。何歳になっても私はおばあちゃんの孫なんだな。
いつも可愛がってくれて、ありがとうと言う暖かな気持ちになった。

さっそく次の月曜日、編み物の道具も何も持ってない私は手ぶらで、おばあちゃんの家へ。
そのころ私はちょうど臨月を過ぎた頃。

「よっしゃよっしゃ、来たな!まってたよ、寒ないか?」と言って大きいお腹に暖かいブランケットを掛けてくれた。

季節は年末、寒いけどあたたかな気持ちになれる、月水金の編み物教室がはじまった。

写真・文 / 田畑由布子


①中村さんのトイレ事件

あれは開設してすぐの頃、とある施設から通って見える80歳代、男性の中村さん(仮名)のお話しです。
年齢を重ねると色々なところに不調が出てきますが、この方は耳が遠く心臓も悪いために、尿の出が悪い方でした。暑い夏の午後、お迎えに行くと顔がとても浮腫んでおり、何とか歩ける状態。施設の方に笑顔で送り出され、なんとか送迎車に乗り込み、次の利用者のところへ行きました。
しばらくすると後ろから「う~。でる~」という悲壮感漂う声が・・・。
急いで車を田んぼのそばで停めて確認。「どうしたんですか?」
すると、「もうあかん」「ション〇ンでる~」これはいかん!周りを見渡すと誰もいない。「中村さん外や!」外に出て広い田園風景の中でなぜか電信棒に向かって用を足す中村さん(犬か!!)
しかし、全くでない。しかたなく、次の利用者さんを乗せて再び移動。またもや「う~。でる~」
奇跡的にコンビニがあり、手を引っ張ってトイレへ行くと使用中・・・
(以下、トイレ前での会話)
中村さん「う~でる~」
私「中村さん大丈夫!もうすぐやから!」
中村さん「おい!早く出てこい~!」
私「もう出てきはるしな。」
中村さん「もうあかん・・」
私「もう少しの我慢やで!」
中村さん「でた~」
私「あ~・・・。」
と耳の遠い中村さんに聞こえるように、店内に響き渡るような大声で会話。
すると、トイレから恐々した顔で女性が出てこられ一言「すみません・・。」そして走るように店外へ。
(いやいやこちらこそ、本当にすみません・・・。)
半ばあきらめながら便座へ誘導。そして、しばらく座ってから中村さんが一言。
「う~。。。でない」(でーへんのかい!!)
結局1滴も出ず・・・
その後、20分遅れでsukkuに到着。看護師の判断で最終的に施設に戻り、病院受診されました。
病名は尿閉。(そらでんわ!!)
その後、何日か休んでから何事もなかったように中村さんは復帰されました。(めでたしめでたし)
次回は中村さんのそれからです。

→次回は「②そうか。あれは中村さんの遺言だったのか・・・。」

写真・文/ 川瀬啓介・未央


『分解の哲学』(副題:「腐敗と発酵をめぐる思想」)
藤原辰史 青土社

本と映画がただただ好き、な、デコです。写真も大好きです。竹内さんの、不肖、弟子としてフィルム写真もぼちぼち撮っています。
 このお便りでは、読んだ本や観た映画をみなさんにご紹介しようと思います。たまたま今、covid-19 で出かけづらい毎日ですが、本や映画で視点をすこし遠くへうつしてみると、気が楽になるかもしれません。どうぞよろしくお願いいたします。

「分解」(腐敗と発酵を含む)について、さまざまな視点から書かれた本です。

 生産→消費という一方通行の活動を推し進めた現代。でも、生産→消費→分解→再生、という流れは、かつて豊かにあった世界でした。今あるリサイクルの流れともすこし違ったものとして。

 現代では、リサイクルの名の下に、大量のプラスチックが海に投げ捨てられ、波に細かく砕かれ、いつまでも分解されない小さなかけらとなって海に漂っています。そんな名ばかりのリサイクルではなく、動物のフンをみみずやフンコロガシがさらに消化分解して豊かな土にもどすような、壊れた器を漆でつないで、金継ぎという新たな美を生み出すような、ボロや古紙をあつめて再生させる人がそれで生活できるような、そんな「分解」と「再生」の活動にもう一度着目しよう、というのがこの本の語りかけです。

 たしかにわたしたちの生活は、なぜこの灯りがともっているのか、この食べ物はどこから来るのか、この服はいったいだれがつくっているのか、さらには、自分が排泄したものはザーッとトイレで流したあとどこへいくのか、考えずにおこうと思えば、できます。また、毎日知る大量の情報を流すこのPCというものだって、いったいなんなんでしょう? それが壊れたら、また次の新しいモデルを買う(…というか買わざるを得ない)。何かおかしくないか? そうこの本は問うて、その先に「分解」を考えよう、そしてその方法は豊かにある、と提案しているのです。

 読後、自分にもなにかできることがあるかもしれない(数々あるエコロジー本のように悲観的にならずに)、と明るく考えられる本でした。

写真・文/ 中務秀子


モズは、田んぼや川ぞいにいる身近な鳥です。こん中やトカゲ・カエルなどが主な食べ物です。そのカエルなどもとがった枝にさす「はやにえ」(図)をしているところがよく見れると思います。その「はやにえ」を見つけた時は、びっくりしたし、食べずにおいてあるやつはとてもかたくなっているのもありました。

モズを見つけた時は、はやにえがあるかもしれないから探してみてください。

モズの好きな所は、目が大きくてえものを探している時に首をかしげるところです。見つけやすい鳥なので、じっくり観察してみてください。

絵・文/ 中野響


『君型迷宮図』久米絵美里

ある日、記憶を失い、見知らぬ人間たちの中で目覚めたぼく

サノ、イチ、リョウというらしい彼らは、なんとここは世界の記憶が集まる「記憶迷宮」だという。でもサノたちは何かを4かくしているようで…。

とまどいながらも、3人についていったぼくは、迷宮のゴール、連合長に会うための道のりで、さらにうたがいを深めていくが・・・。

朝日小学生新聞で連載されていたのを読んで、大好きになりました。元本モトコさんのさし絵もとてもかわいいです。

また、比ゆや描写がおもしろいです。

『台風がかんしゃくを起こしたあとのような散らかり具合を見せている部屋を、死んだ魚のような目で見つめていた』とか、

『サバンナか、はたまた動物園の檻の中で暮らしていたとしても、出会うライオンの頭の数はひとつなのではないだろうか。それとも、ぼくはあんな怪物がうようよしているような星に生息する宇宙人か。』とか書いてあって、おもしろいです。

ラストに感動するので、ぜひ読んでみて下さい!

文/ 木下琴子