お客さんのコラム5/25版

基礎がダイジの巻

月水金の午前
 いよいよ始まった編み物教室。

「寒いなぁ、コーヒーのもか」とおばあちゃん。
「のむのむ〜!」
編み物教室と言えど、ここはおばあちゃん家。
 私はおばあちゃんを編み物の師匠と思って習いに来たけど、おばあちゃんにとって私は生徒でもなんでもない、孫の私。
「編み物を教えてほしいと言ってきた“孫”」なのだ。

“編み物わたしにもできるかな”とちょっぴりの緊張した気持ちを持って向かった気持がほぐれた気がした。

 コーヒーを淹れてくれて暖かいブランケットをかけてもらっていつも通りの他愛もない話をして、ちょっとドキドキしながら聞いてみた。
「わたしにできるかなぁ、編み物。おばあちゃんみたいに」
おばあちゃんは笑顔の即答で「できるできる〜〜」
 おばあちゃんはいつもそう、いつもどんな時も認めてくれてここまで育ててくれた。

そう言ってくれるとわかってたけどホッとした。心のどこかでまた途中で上手くできなくて、飽きてしまわないかちょっと不安な自分がいたからおばあちゃんのその一言がほしかったのかもしれないなと自分で思った(笑)

 おばあちゃんみたいなおばあちゃんにいつかなりたいなと言うのは、編み物の技術はもちろんだけど、人柄もこうでありたいといつも強く思う。無敵なおばあちゃんだなぁ、暖かく優しく強い。

「道具は買わんときや、なんぼでも貸したるからな」と言って見せてくれたおばあちゃんの道具。おばあちゃんお手製の棒針入れからいろんなサイズの年季の入った棒針がズラ〜!!

 カッコいい。すごい。
 こんな数々の棒針で私たちのセーターや帽子、いっぱい編んでくれてたんだなぁ。
 道具は全部使い込まれていて、素敵だった。

 まずは作り目とメリヤス編み、表編みと裏編み。

編み物の基本中の基本の編み方
これが出来ないと始まらない。

「こうして、こう編む」
 おばあちゃんはざっくりした大雑把な性格(笑)
 教え方もざっくり、擬音が多め。でも不思議とわかる。
 編み物の本で見たり、YouTubeでおばあちゃんの教え方よりも遥かに詳しく説明されてる動画をみても全然わたしの頭に入ってこないのに、何故かおばあちゃんのざっくりした説明の方がわかりやすく、私の頭にスッと入ってくる(笑)
 大まかに教えてもらってメリヤス編みはすぐ手に馴染んで編めた。
簡単な編み方、誰もが知ってる編み方だけど、改めて久々に編むとやっぱりとても楽しかった。
「これが基本で、縄編み(アラン模様)も全部、この編み方からなんでも編んでいく、とにかく基礎が大事」と教えてもらった。
「これが出来たらもうなんでもできる。なかなか筋がええわ」
 おばあちゃんは大雑把だからいつもなんでも大きく、大げさに言うとわかっていたけど
(笑)おばあちゃんがまた今日も認めてくれて、自信がついたのだと思う。
 そしてそのおばあちゃんの言葉がベースになってどんどん編み物の楽しさに引き込まれていったように思う。
編み物は基礎が大事と教えてもらった編み方。
編み物を続けたいという気持ちの基礎も今日、おばあちゃんに育ててもらったような気がした。
 お腹の子が生まれるまで、何か一つでも形になったもの編めるかな?
そう思った、習い始め。

写真・文 / 田畑由布子


②そうか。あれは中村さんの遺言だったのか・・・。

前回紹介した中村さん(仮名)は、施設を開設してすぐの利用者さんで、「俺はここの会員1号や!」が口癖でした。そんな中村さんですが、なかなかすごい人生を歩んでおられます。
80才を過ぎておられますが、学生時代は水泳でオリンピックを目指すほどのスポーツマンで、大学卒業後は大手の銀行に入社、結婚して子供も授かり、順風満帆の生活をされていました。時代は高度経済成長期に入り日本中が活力にみなぎっている時です。そこで中村さんは40手前にして脱サラをされました。脱サラして何をしたか?
広いフロアーにカラオケやダンスができて、2階にはVIPルームやサウナもある娯楽施設を祇園で出店したのです!時代を先取りした施設で、それはそれは流行ったそうです。お客さんは映画関係者(誰もが名前を知っている人!)も多く、ハリウッドスター(ア〇ン ドロン)と映っている写真もありました。中村さんもよく「あの時代は良かった~。」とか「あ~。あの女優は綺麗やった~」とニヤニヤして話していました。
中村さんは年齢以上の物忘れのある方ですので、その後どうやったのか?を聞いてもあまり憶えていません。けど、時々思い出したときに教えてもらえることがありました。どうも共同経営者に権利を騙されたらしく、自己破産して家族にも縁を切られたそうなんです。そのせいか、私たちの子供(当時二歳)が近寄ると、とても嬉しそうに子供をあやしてくださっていました。
そんな中村さんも持病の心臓の状態が徐々に悪化し、当施設をご利用されても運動はあまり出来ず寝ている時間が多くなり、しんどいためかスタッフに対して怒ることもあり、休む日も増えてきました。
ある日、中村さんを車に乗せて施設へ帰っている最中に「ええか。銀行員を利用しなあかん。銀行員は色々なお客を知っているから、いっぱい客を連れてきてくれるぞ」と目を開いて話してくれました。経営者として歩き始めたばかりの私は、ありがたい話を聞けたと思ってとても嬉しかったことをおぼえています。
そして、その言葉を最後に心臓の状態が悪化し、入院されそのまま帰ることなく天国へ旅立たれました。
お通夜には家族みんなで参加しましたが、孤独の身の方でしたので、寂しいお通夜でした。満面の笑みでハリウッドスターと写っている写真とその近くで眠っている中村さんは、人生の山も谷も見た人間らしい何とも言えない表情でした。
このコラムを書いていて中村さんのことを思い出すと、大変だったトイレ事件と誰もいないお通夜を思い出し、少し寂しい気持ちになります。そして、こんなことを伝えたいです。
天国にいる中村さん!「うちに来る銀行員は金を借りてくればっかり言うんやけど。借りたらアカンよね・・・」                                   (おしまい)

次回のコラムは、最近少しだけ光が見えてきたコロナについてです。
題は「コロナとトヨタと入れ歯」です。お楽しみに!

写真・文/ 川瀬啓介・未央


『モヤモヤの正体』(副題:迷惑とワガママの呪いを解く)
伊雄大(ユン・ウンデ) ミシマ社

コロナ禍自粛生活も1か月半…。ようやく京都も緊急事態宣言解除、という今日このごろですが、わたしはほっとする反面、まだこわごわな感じです。

ふだんはひとり遊びの得意なわたし。しかし、さすがにこの日々は奇妙な日常でした。
ついこないだも、つまらないことでイライラ、モヤモヤしている自分がいて、ふつうじゃないな…と気づきました。そのとき手に取ったのが、この本です。

身の回りのことでも、朝のニュースでも、「なんだこれ」「あり得ない」と憤りを感じることがありますが、そのとき心に浮かぶのが、「べき論」。こうあるべきなのに、なぜあの人はこうしないのだろう? というような。

ここで自分が感じているモヤモヤ、イライラは、いったいどこから来るのでしょう?「べき」と考えている主体は、だれ?

「べき」の前には、たいがい「ふつう」がつきます。ふつうならこうするべき。ふつう…それは実は、「みんな」ということではないでしょうか。

みんなが迷惑している。
そんな思いがわたしたちをモヤモヤさせているのです。さてその「みんな」とは?

作者は、「みんな」とは、周囲の空気だと説きます。そして周囲の空気にのみこまれず、一度「みんな」という意識を自分の中から取り去ってみては、と提案します。

「みんな」を感じず、自分自身を感じ、観察し、自己否定にもおごりたかぶりにもならないように、ほんとうの自分(という主体性)にたどり着こうというのです。
こういう態度にいきつくと、人は互いに対立が生じても、その対立ははじまりになるだろう、と。

「互いに理解できないから行き止まりなのではなくて、その『理解できなさ』を巡って、しのぎを削ることが大事」
と述べています。

そうなんです。わたしたちは互いに、たやすくはわかりあえない。いやむしろ、わからなくてもいいのです。ただ、そのわかりあえなさいを通じて、互いにわかりあおうと努力すること、歩み寄っていくことが、たいせつななのです。

そんなふうに考えるきっかけになるのなら、モヤモヤもまた、捨てたものではないなあ、とわたしは思ったりしています。

写真・文/ 中務秀子


チョウゲンボウは、小型のタカの仲間で、田んぼなどでも見られる身近なタカ類です。ふだんはあまり鳴かないけれど、夕方などに電柱など目立つところで「キィーキッキ」などと、鳴くことがあります。食べ物は、ネズミやカエル・こん虫、ときにはスズメなどの小鳥を食べることもあります。それを、真近で見た時はすごくはく力がありました。好きな所は、目が大きくてかわいいけど、かりをする時はとてもすばやくてかっこいいところです。

ここでクイズです。この中に1種だけいないチョウゲンボウがいます。どれでしょう。

1.コチョウゲンボウ

2.ズグロチョウゲンボウ

3.ヒメチョウゲンボウ

4.アカアシチョウゲンボウ

※チョウゲンボウの仲間はチョウゲンボウをのぞいて3種類。

正解は次の鳥図かんにのせます。

絵・文/ 中野響


『さかさま』 文・絵 てるこ

今回は絵本です!この絵本、ただの絵本ではないんです。なんと、本を逆さまにすることで、2つの視点から物語が読めるんです!赤い星と青い星の人々は、幸せに暮らしていました。しかし、しだいに相手の星からくる匂いや煙が気になりだし…。ついに、戦いが始まってしまいます。赤い星と青い星の人たちは、何をまちがってしまったのでしょうか ― 。

絵がこまかく、きれいです。また、さがしてみよう・みつけてみようもあり、楽しめます。読み終わったら、平和って?と考えてしまいます!ラストは今のコロナウイルスのことを考えて、ハッとするかも…..?ぜひ読んでみて下さい!

文/ 木下琴子

お客さんのコラム5/10版

あたたかな月、水、金、の巻

おばあちゃんに編み物の弟子入りをお願いして、編み物教室の日程がきまった。
月水金の午前中がおばあちゃんの編み物教室の日となった。
なぜ月水金の午前中なのかというと、月水金の午前中はおじいちゃんの透析の日で送迎の合間の午前中なら空いているのです。

おばあちゃんはとても忙しい人で、予め予約をしていないとおばあちゃんはなかなかアポは取れない(笑)
81歳のおばあちゃん、携帯はなんとスマホを使ってLINEもしているけど、基本的に携帯は不携帯。(笑)
連絡しても3日ほど既読にならない事もあり、家はだいたいが留守。
アポを取るのがほんとに難しい。(笑)

何がそんなに忙しいのかというと、近所の体が不自由なお年寄りの方達におかずを何品か作って配りに行ったり、喋りに行ったり、数々のボランティアクラブに所属して、周りの困ってる人を助けてる事に大忙し。
そしていつも、「人のことさせてもらうのが私も元気にさせてもらってる秘訣やわ」と言って喜んでもらうことを生き甲斐にしているおばあちゃん。
月水金の午前中「ゆふこのじかん」にするわな!と言ってこの日に決まった。
ゆふこのじかん と言ってくれたのが嬉しかった。何歳になっても私はおばあちゃんの孫なんだな。
いつも可愛がってくれて、ありがとうと言う暖かな気持ちになった。

さっそく次の月曜日、編み物の道具も何も持ってない私は手ぶらで、おばあちゃんの家へ。
そのころ私はちょうど臨月を過ぎた頃。

「よっしゃよっしゃ、来たな!まってたよ、寒ないか?」と言って大きいお腹に暖かいブランケットを掛けてくれた。

季節は年末、寒いけどあたたかな気持ちになれる、月水金の編み物教室がはじまった。

写真・文 / 田畑由布子


①中村さんのトイレ事件

あれは開設してすぐの頃、とある施設から通って見える80歳代、男性の中村さん(仮名)のお話しです。
年齢を重ねると色々なところに不調が出てきますが、この方は耳が遠く心臓も悪いために、尿の出が悪い方でした。暑い夏の午後、お迎えに行くと顔がとても浮腫んでおり、何とか歩ける状態。施設の方に笑顔で送り出され、なんとか送迎車に乗り込み、次の利用者のところへ行きました。
しばらくすると後ろから「う~。でる~」という悲壮感漂う声が・・・。
急いで車を田んぼのそばで停めて確認。「どうしたんですか?」
すると、「もうあかん」「ション〇ンでる~」これはいかん!周りを見渡すと誰もいない。「中村さん外や!」外に出て広い田園風景の中でなぜか電信棒に向かって用を足す中村さん(犬か!!)
しかし、全くでない。しかたなく、次の利用者さんを乗せて再び移動。またもや「う~。でる~」
奇跡的にコンビニがあり、手を引っ張ってトイレへ行くと使用中・・・
(以下、トイレ前での会話)
中村さん「う~でる~」
私「中村さん大丈夫!もうすぐやから!」
中村さん「おい!早く出てこい~!」
私「もう出てきはるしな。」
中村さん「もうあかん・・」
私「もう少しの我慢やで!」
中村さん「でた~」
私「あ~・・・。」
と耳の遠い中村さんに聞こえるように、店内に響き渡るような大声で会話。
すると、トイレから恐々した顔で女性が出てこられ一言「すみません・・。」そして走るように店外へ。
(いやいやこちらこそ、本当にすみません・・・。)
半ばあきらめながら便座へ誘導。そして、しばらく座ってから中村さんが一言。
「う~。。。でない」(でーへんのかい!!)
結局1滴も出ず・・・
その後、20分遅れでsukkuに到着。看護師の判断で最終的に施設に戻り、病院受診されました。
病名は尿閉。(そらでんわ!!)
その後、何日か休んでから何事もなかったように中村さんは復帰されました。(めでたしめでたし)
次回は中村さんのそれからです。

→次回は「②そうか。あれは中村さんの遺言だったのか・・・。」

写真・文/ 川瀬啓介・未央


『分解の哲学』(副題:「腐敗と発酵をめぐる思想」)
藤原辰史 青土社

本と映画がただただ好き、な、デコです。写真も大好きです。竹内さんの、不肖、弟子としてフィルム写真もぼちぼち撮っています。
 このお便りでは、読んだ本や観た映画をみなさんにご紹介しようと思います。たまたま今、covid-19 で出かけづらい毎日ですが、本や映画で視点をすこし遠くへうつしてみると、気が楽になるかもしれません。どうぞよろしくお願いいたします。

「分解」(腐敗と発酵を含む)について、さまざまな視点から書かれた本です。

 生産→消費という一方通行の活動を推し進めた現代。でも、生産→消費→分解→再生、という流れは、かつて豊かにあった世界でした。今あるリサイクルの流れともすこし違ったものとして。

 現代では、リサイクルの名の下に、大量のプラスチックが海に投げ捨てられ、波に細かく砕かれ、いつまでも分解されない小さなかけらとなって海に漂っています。そんな名ばかりのリサイクルではなく、動物のフンをみみずやフンコロガシがさらに消化分解して豊かな土にもどすような、壊れた器を漆でつないで、金継ぎという新たな美を生み出すような、ボロや古紙をあつめて再生させる人がそれで生活できるような、そんな「分解」と「再生」の活動にもう一度着目しよう、というのがこの本の語りかけです。

 たしかにわたしたちの生活は、なぜこの灯りがともっているのか、この食べ物はどこから来るのか、この服はいったいだれがつくっているのか、さらには、自分が排泄したものはザーッとトイレで流したあとどこへいくのか、考えずにおこうと思えば、できます。また、毎日知る大量の情報を流すこのPCというものだって、いったいなんなんでしょう? それが壊れたら、また次の新しいモデルを買う(…というか買わざるを得ない)。何かおかしくないか? そうこの本は問うて、その先に「分解」を考えよう、そしてその方法は豊かにある、と提案しているのです。

 読後、自分にもなにかできることがあるかもしれない(数々あるエコロジー本のように悲観的にならずに)、と明るく考えられる本でした。

写真・文/ 中務秀子


モズは、田んぼや川ぞいにいる身近な鳥です。こん中やトカゲ・カエルなどが主な食べ物です。そのカエルなどもとがった枝にさす「はやにえ」(図)をしているところがよく見れると思います。その「はやにえ」を見つけた時は、びっくりしたし、食べずにおいてあるやつはとてもかたくなっているのもありました。

モズを見つけた時は、はやにえがあるかもしれないから探してみてください。

モズの好きな所は、目が大きくてえものを探している時に首をかしげるところです。見つけやすい鳥なので、じっくり観察してみてください。

絵・文/ 中野響


『君型迷宮図』久米絵美里

ある日、記憶を失い、見知らぬ人間たちの中で目覚めたぼく

サノ、イチ、リョウというらしい彼らは、なんとここは世界の記憶が集まる「記憶迷宮」だという。でもサノたちは何かを4かくしているようで…。

とまどいながらも、3人についていったぼくは、迷宮のゴール、連合長に会うための道のりで、さらにうたがいを深めていくが・・・。

朝日小学生新聞で連載されていたのを読んで、大好きになりました。元本モトコさんのさし絵もとてもかわいいです。

また、比ゆや描写がおもしろいです。

『台風がかんしゃくを起こしたあとのような散らかり具合を見せている部屋を、死んだ魚のような目で見つめていた』とか、

『サバンナか、はたまた動物園の檻の中で暮らしていたとしても、出会うライオンの頭の数はひとつなのではないだろうか。それとも、ぼくはあんな怪物がうようよしているような星に生息する宇宙人か。』とか書いてあって、おもしろいです。

ラストに感動するので、ぜひ読んでみて下さい!

文/ 木下琴子