スツール通信9/25版~~

スツールの竹内です。

朝晩はすっかり秋めいて、窓からはすぅ~っと冷たい風が流れ込みます。

玄関先のツリバナが実をつけています。

はずかしそうに下を向いて、でも情熱的な赤で。

ツリバナ

植物は癒されると言いますが、このまえ思ったのですが、

ボクは植物は見るというより、世話をするその行為に癒されるんだなぁと感じました。

ふれている時の、自分の心持ちと、植物の色と匂いと、土。

しんどくなりそうな時、ふっと庭に出て植物にふれると頭も体もすきっとして、

いったんリセット、次に行ける態勢がととのう。

儚さも強さも体中に染み込んでくる感じとでも言いましょうか。

「今、ここにいる。」

とても大切なことを教えられますね。

過去も未来もあまり深く考え込まず、なるようになる!

それより今に集中する。

そうなると、自分のすべてを出し切れる体力が必要だな。

54歳、へとへとですけど、まだまだつづくな。

山登りで言うと、もうてっぺんに登って、いまは下山し始めてるって感じ。

確かに登りとは風景や気構えがぜんぜん違うなぁ。

コロコロと転げ落ちないように、ゆっくり足元に気を付けて。

でも下りは早そうだな。

どうしよう、、、平地にもどったらもうゆっくりするのか、

それとも新しい別の低山をみつけて、また登るか。

夫婦で相談しながら数年、考えます。

そうそう、最近Beat Fitでストレッチや簡単なトレーニングをしています。

あれ、いいですよー、女性の方が励ましてくれるから(笑)。

話は変わって、、、

今回のIRON MAIDEN の新作はもう聴かれましたか?

人間の憂い、悲しみ、怒りを感じるサウンドだとボクは解釈している。

世界的なバンドで、もう17作目を数える新作、SENJUTSU。

乱世を強い戦術で生き抜くことがどうやら今回のテーマのようです。

7曲目のDarkest Hourでは、エイドリアン・スミスのギターソロが泣いてます。

サニー文庫だより 9/25版

竹内佳代がスタジオスツールで、毎月第4土曜日の10:00~12:00にSUNNY BUNKO(家庭文庫)を開いています。

次回のサニー文庫は 11月27日(土)10:00 – 12:00の予定です。

9月と10月のサニー文庫は都合によりお休みさせていただきます。申し訳ありません。

11月に皆さんとお会いできますように。

「meimei」

朝晩涼しくなって、虫の声が心地よい夜ですね。雲に隠れてしまって中秋の名月は見られませんでしたが、張り切って用意していたお月見団子を美味しくいただき、そして翌日には、大きなお月様を見ることができました。😊

振り返ると、meimeiを沢山作らせていただいたこの半年。撮影に来られたご家族が高校生になった息子さんとmeimeiを見て、注文を下さったこともありました。15歳の男の子が布の色を選んだり、書体を悩みながら決めてくれている様子は初めてのことで、その場に偶然居合わせた書家さんも一緒にみんなでmeimeiの話をできたことが、とても嬉しい出来事でした。こんな風に直接ご依頼いただくこともあれば、メールやsnsのことも。ご家族やお孫さんのmeimei、親戚やご友人のお祝いのmeimeiということもあります。お名前の由来や、写真のエピソードなど聞かせていただいた時には書家さんと共有し、プリントした写真と書を合わせて、“この写真だから、こちらの書がピッタリ合うよね”と、2人で楽しく悩みます。そしていつも「幸せな気持ちにさせてもらえる仕事だねー」と納得するのです。meimeiを作らせていただいた皆さま、本当にありがとうございました。

三番目のお子さんが生まれたご家族。お兄ちゃんお姉ちゃんと合わせて3冊のmeimeiを作らせていただきました。

作らせていただいたmeimeiの開いた様子をご覧いただけるように只今準備中です。楽しみにしていてください。

お客さんのコラム9/25版

単調な作業が苦手である。淡々とすればするほど、注意力散漫となり、とっちらかってしまう。

しかし人生には、苦手でもしなくてはいけないことが度々訪れるもので、そういう時は脳内に『プロフェッショナル仕事の流儀』もしくは『情熱大陸』のテーマソングを爆音で流す。

わたしの頭は単純なのか、そのテーマソングをかけるだけで「その道のプロ」もしくは「町工場から日本を背負って立つ」ような気分になり、次第にノッてくるのである。

例えば梅ジャムを面倒くさいけど作ってみるか、とふと思い立ち、いざやり始めると非常な地味な作業に、一瞬空を見上げるも、脳内にテーマソングを響き渡らせると、俄然手が早まり「この小さな梅ジャム工場から、真心込めて日本中にお届けします」という気分になるのだ。

勝手にプロ意識を持つ作戦である。

去年から息子の体力作りの一つで、夜に夫と息子二人で3キロランニングを走ることが日課になった。

しかし夫が不在の日は、わたしが自転車で並走して走らなければいけない。

頑張るのは息子だし、自分は自転車に乗って楽なのだが、「がんばれー」と応援しながら淡々と走るのは修行みたいで面白くない。

そこであの作戦を投入してみたのである。

「校内マラソン大会」を想定して、息子を選手に見立て、横で実況中継を始める。

たまに「左手に見えてきたのは、岸岡選手がよくお母さんからおつかいを頼まれて買いに来る、野菜販売所です」などとミニ情報を入れながら。

最初実況を無視し無言だった息子も、次第に「今、三位」とか「一人抜いて二位になった」などと自分で実況を入れ始めた。

沿道から声援を送ると、息子はクールに手を振る。これはかなりノッてきている。

ラストランはまさに彼の中で『情熱大陸』のテーマソングが鳴り響いいてるかのような走りであった。

このお遊び実況中継は以外にも功を奏して、いつも「走りにいくよー」と声かけると腰が重かった息子も、「今日は世界大会や」と乗り気になっている。

なんなら「今日はジャマイカと対戦や」と、国単位の試合になり、日本を背負って走ってさえいるのだ。

お遊びがいつまで続くのかわからないが、今のところ二人ともすこぶる楽しいのでよしとしている。

絵・文/ 岸岡洋子

23期スツールフィルムカメラスクール(S.F.C.S)の生徒さん。5回の教室の間ずっと、ターバンを巻いてくる岸岡さんを見ていて、この人いかしてるなぁ。ハッハーン、きっとただ者ではないんだろう。アラブ方面のどこかで長ーく暮らしていて、きっと身についた風習なんだ、だからなんだ!と、身勝手に納得感を得ようと在り来たりな空想をしていたのをよく憶えている。


35ページ

サンショウクイは、林や山で観察できる野鳥です。

夏に日本に渡って来る夏鳥で、ふだんは4~10羽ぐらいの群れで生活しています。

メスはオス(絵)よりも灰色っぽい感じをしています。

「ヒリリリ」と鳴きながら飛んでいることが多いので、飛んでいても何の鳥か分かりやすいです。

まめちしきに書いた通り高い木(枝)にとまることが多いので、巣も高い場所につくります。

巣は枝ではなく、こけなどを使います。

メスが卵を温めている間はオスが虫を捕ってきて、メスにあげます。

サンショウクイは漢字では「山椒食さんしょうくい」と書くけど、

本当に山椒の実を食べるわけではなく「山椒の実を食ってヒリヒリ言っているよう」なので山椒食と名付けられました。

ぼくがおどろいたことは、サンショウクイはとても虫を捕らえるのが上手でクモの巣にいるクモまで捕ってしまうことです。

他にも空中で虫を捕まえることもあります。

ここでクイズです。

サンショウクイの巣をねらっている天敵が近づいて来ると親鳥はどんな行動をとるでしょう。

1. 仲間を集めてみんなでおいはらう

2. けがしたふりをして天敵の気を引く

3. 巣ごとくわえて天敵からにげる

4. つばさを広げて巣におおいかぶさってかくす

正解は次の鳥図鑑で発表します。

最後に前回のクイズの答えを発表します。

正解は、3.の32cmでした。

絵・文/ 中野響

お姉ちゃんとひーくんが生まれる前の、2005年10月から撮影をさせて頂いてます。今も2~3年に1回は必ず、スタジオや城陽のご自宅で撮ってます。小学6年生になったひーくんは、この前の撮影の時に鳥に魅せられていると話してくれた。それが小学生レベルの鳥好きの話ではなく、僕からすればもう学者レベル。しかも視点がユーモラスなのでこれはスゴイ!是非、図鑑を作ろうと盛り上がり、WEBという形で毎月2回、発表してもらっています。


『鹿の王 上生き残った者 下還って行く者』 上橋菜穂子

強大な東乎瑠帝国に呑まれていったアカファ王国の西の端で、抵抗を続けた戦士団<独角>の頭であったヴァンは、奴隷として岩塩鉱に囚われていた。

ある日、岩塩鉱を襲ったの群れに噛まれた者が謎の病を発症する。

逃亡したヴァンは生き残った幼子を拾い、ユナと名付け育てるが —— 。

一方、その病を追いはじめた天才医師・ホッサルは、恐ろしい病の正体に気がつき——。

今回は、私の尊敬する作家さんの一人、上橋菜穂子さんの本です!

疫病の流行する世界。

抗体を持つ限られた人々と、広まるのを防ぐべく奔走する医師 —— 。

コロナ禍の現在と、重なるものがあると思いませんか?

今だからこそ、感じられることも考えられることも多い本だと思います。

張り巡らされた思惑、人々の考えや思い。

何のために医師は医療を行うのか。

どうして、人は生きるのか。

久しぶりに読み返し、鮮烈な驚きを味わいました。

様々なことを考えさせてくれる本です。

読んでみてくださいね!

文・写真/ 木下琴子

2006年3月からのお付き合い。琴子ちゃんが生まれる前から撮影をさせて頂いてます。小学6年生になった今も記念日ごとには必ず、スタジオやお好きなロケ場所で撮影させて頂いてます。埼玉県からお越し下さいます。幼い頃から、本が好きと撮影のたびに僕に話してくれた琴子ちゃん。読みたい物語がまだまだ沢山あると思うと、これからが楽しみとも話してくれた。そんな琴子ちゃん目線の書評を毎月2回、依頼しています。


夏が終わり、秋に入りました。
南丹市も稲刈りが終わりました。今年は夏の雨の影響のためか若干不作らしいです。
私たちも畑の草引きや肥料やりなどを手伝い、改めて畑の大変さに気づきました。
これを毎日しているお年寄りってスゴイなぁっていつも思います。

今回は、ここ数か月たまっていた小ネタを紹介したいと思います。

①杖の高さ違いすぎるやろ!

すごく背の低い杉田さん(仮名)の隣には、すごく背の高い西村さん(仮名)がいつも座っています。二人とも杖を使って移動されます。そして、杉田さんは少しおっちょこちょいです。
杉田さんが、杖を持って歩きだしました。少し歩いたところで、スタッフが異変に気付きました。杖が高すぎたのです。それ、西村さんの杖!
杉田さんが西村さんの杖を持つと、杉田さんの頭ぐらいまで来ます。
杖違うよ!と指摘すると、なぜか巻き戻しのように後ろ歩きをして席に戻ろうとします。
危ないし!杖持った時に気付くでしょ!

②スリッポンどっちやったかなぁ

少し物忘れのある男性の小田さん(仮名)と、90歳の男性の湯本さん(仮名)。同じ曜日のご利用者さんです。小田さんは腰が悪くかがむことが出来ないため、立ったまますっと履けるスリッポンを履いています。湯本さんは畑仕事を毎日しているので、すぐに脱ぎ履きできるスリッポンを履いています。同じスリッポンでも柄が違うため、私たちはどちらが誰のものか把握しています。
しかし玄関に靴を並べておくと、小田さんはソワソワします。なぜか?スリッポンが2足・・どちらが自分の靴か分からなくなるからです。
決まって「俺の靴どっちやったっけ??」となります。
小田さんの靴はこっちですよ~。と伝えると安心します。
数分後にまた、「俺の靴どっちやったっけ??」と聞かれます。
私たちは初めて聞いたように、小田さんのはこっちですよ~。と答えます。それが、毎回帰る前の定番です。
ですがたまに、二足並んでいるスリッポンを見て、これはおれの違うな。こっちがおれのやな。と言って自然に履いて帰られます。
それを見て私たちは拍子抜けします。今日は憶えてるんかい!

③携帯電話だれもでんわ

Sukku利用者さんの9割は、ご自身の携帯電話を持っています。
数か月前、利用者さんでコロナの濃厚接触者が出ました。PCR検査の結果が判明するまで、急遽全面休止とさせて頂いた時の話しです。休止の事を伝えるために、ご利用者さんの携帯電話に電話をしたのですが、8名に電話してつながったのは2名です。折り返し電話は1件。5件は繋がりません・・。結局ご自宅まで行って事情を説明。携帯電話に電話したんだけど・・・と話すと。普段携帯電話の電源を消していて、自分から電話するときだけ電源入れる方1名。完全に音を消している方2名。埃だらけの携帯の方1名。使い方が分からないから出られない方1名。
みんな、緊急時どないするんでしょうか・・・

④こけるときは身を任してこける

畑が大好きな女性、田村(仮名)さん
80歳後半ですが、とにかく畑です。毎日畑していないと駄目な方です。肥料などは重くて運べないものは、90歳の夫が運んでいます。よく喧嘩もするけど、おしどり夫婦です。
田村さんは、足が悪いので、杖を2本持たないと歩けません。なのに、杖は立ってからどこにあるか探します。うまくバランスが取れているときは良いのですが、畑では長靴を履いているのでうまくバランスが取れず、こけることがよくあります。でも畑でこけるなんて、日常茶飯事です。
先日も畑をしている最中に、農協の若い職員さんが訪ねてこられました。
田村さん、その方と話しをしようと立ったのは良いですが、杖がありません。そして、そのまま、バランスを崩し職員さんはの前へ転倒!職員さんはびっくりして「大丈夫ですか!」と声をかけるも、本人は至って普通に笑っています。そして、「こけるときは身を任してこけるから大丈夫なんや。」と一言。職員さんは、ドッキリに引っかかったような顔をしてたとか・・・。「抵抗したら、骨折れる」らしいです。。

⑤注文の多いトレーニングジム

毎週土曜日の午前中は、トレーニングジムとして一般の方に開放しています。
その日は女性のお客さんばかり。最初は知らないもの同士ですが徐々に仲良くなり、今ではみんなで話しをしながら楽しく運動されています。
つい最近、そのうちのお一人が、料理で有名な旅館が期間限定でお弁当を半額で提供している!と言う話題を持ってきました。早速その場で2名が注文。Sukkuに宅配してもらいました。他の人はお弁当の中身を見せてもらい、とても美味しそうだったのを確認。私も次頼む!と次々に言いだしました。結局、次の週はお弁当の注文が30個になりました。配達後は素早く手分けして、各自3、4個の2段弁当を持って帰りました。
みんな、運動で消費したカロリー以上に食べてるやん!

⑥マスクのお返し

83歳男性の滝本(仮名)さんは、ある日マスクを忘れました。そこで、Sukkuからマスクを渡しました。そして、次の利用日に「マスクをお返しします」と、袋を渡されました。スタッフが確認すると、袋に入ったキッチンペーパーでした・・・。
滝本さん、台所で使わせてもらいます。(おしまい)

次回コラム「復帰してくれてありがとう!」です。

写真・文/ 川瀬啓介・未央

Sukku 川瀬啓介 / 未央 (理学療法士・鍼灸師 / 鍼灸師)
〒622-0002 京都府南丹市園部町美園町4-16-38

TEL 0771-62-0005

2017年から京都の南丹市でリハビリを中心としたデイサービスをしています。利用者さんと過ごす時間は、笑い声と涙が入り混じる賑やかな毎日です。そんなささやかな日常、会話から気付かされること、そして個性派揃いのスタッフについて…色々な事を綴っています。

2011年11月からのお付き合い。楓くん・緑くんが生まれる前から撮影をさせて頂いていて、今も1年に1回は必ずスタジオ撮影にお越し下さいます。Sukkuというデイサービスの屋号は、佳代が名付けさせて頂きました。飾らない温かさ、自分の好きが明快で、歯切れがよい。けれど、流れる時間はゆっくり。そんなお二人の人柄が大好きで、バランスを崩した時には体を診てもらおうと決めているから安心です。笑いと涙のデイサービスの日々を毎月2回、綴ってもらってます。


 南の窓から入ってくる光が、いつの間にか、部屋の中まで届いています。季節はうつり、わが家の庭でいちばん早く紅葉するカマツカの木の葉が一枚、今朝きれいな赤い色に染まっていました。

 前回のコラムで、「(わたしたちは) 急に病気になったり、家族を失ったり、人は弱かったり強かったり、変化する生き物です」と書いたのですが、この間わが家では、まさしくその状況になっていました……。

 すぐ近くに住む孫の一人が、真夜中に突然の高熱と嘔吐。急激な脱水症状になり、緊急入院してしまったのです。4歳とまだ幼く、昼夜を問わずの付き添いが必要になり、家族総出で看病にあたった1週間。さいわい回復し、つい先日、うちに帰ることができたのですが、乳飲み児をふくむ幼い子4人の大家族は、文字通り怒涛の日々でした。

 わたしは他所での慣れないリズムの中で過ごす毎日に、本のページをめくる余裕も集中力もなかったのですが、この直前に読み終えていた本がたいへんな名著でしたので、今回はその本を紹介したいと思います。

『急に具合が悪くなる』
  宮野真生子 磯野真穂 晶文社

 まるで予言のようなタイトルの本を読んでいたものだなあ、と驚くのですが、全くの偶然です。
 哲学者、宮野真生子は乳がんをわずらい、すでに多臓器転移をおこしていました。彼女は、「自分の身体にガンを飼っているということをいかに捉えるか」という問題に、人類学者、磯野真穂と手紙をかわす、という方法で答を出そうとこころみます。

 宮野と磯野は長年の友というわけではありませんでした。ほんの数か月前に、ある集まりで出会っただけ。それでも宮野は、手紙という対話の相手に磯野を選びました。そしてこの手紙の往復が進むうちに、宮野の状況は急激に悪化します。それとともに、ふたりの出会いはさらに深まり、別れに向かって急降下してゆきます。いえ、降下と書きましたが、昇華かもしれません。ふたりの対話は、病から死へ、そして生へとどんどん深まってゆくのでした。宮野はこう書いています。

「つねに不確定に時間が流れているなかで、誰かと出会ってしまうことの意味、そのおそろしさ、もちろん、そこから逃げることも出来る。なぜ、逃げないのか、そのなかで何を得てしまうのか、私と磯野さんは、折り合わせた細い糸をたぐるようにその出逢いの縁へとゆっくり (ときに急ぎ足で) 降りながら考えました。」

「出逢いの縁」。「えん」と読むのでしょう。人と人を結ぶふしぎな力としての、出逢いの縁。出会ってしまった意味とは。生きるとは。死とは。

 手紙の対話はまず、人がいかに病気と立ち向かっていくかという態度から語り合われます。
 病気に罹った患者がまず直面することは、治療の選択です。しかも、選択はつぎの選択を必須とし、つぎつぎと連続します。宮野は疲れ切り、思わず「帰りたいなあ」とつぶやきます。危機回避のための合理的な備えや努力のその先に、自分の素直な思いへと、魂の落ち着ける居場所へと、身をゆだねたいと望むのです。

 ふと立ち止まった時、宮野は、どうしてわたしがこんな病気にならなくてはいけなかったのか? どんな必然性がわたしをこの病気に出遭わさせたのか? と悩みます。そのことを宮野は哲学者、九鬼周造の『偶然生の問題』を引きながら考察するのです。結局のところ、必然などないのではないか。さまざまな出会いの偶然が重なり合って、わたしはここにいる、と。宮野は磯野にあててこう書いています。

「最後の最後で世界で生じることに身を委ねるしかない。それはどうなるかわからない世界を信じ、手を離してみる強さです (……)  病気で不安に駆られた私は、合理性で未来を予想し、そこで見失っていたもの、それは世界への信と偶然に生まれてくる『いま』に身を委ねる勇気なのだ……」

 対する磯野は、宮野の言葉を受け入れつつも、「宮野さんのがんが悪化するというのは、腑に落とすことがとても難しい現象です (……) 駅や路上で、傍若無人なことをやっている人を見たりすると、『宮野と代われ!』としばしば怒っている」と、実に正直に返事を書きます。そして偶然をテーマに哲学をつづけてきた宮野に対して、その哲学は、今の宮野の状況を捉えるのにどう役立っているのか、と問うのです。

 ずいぶん直裁な、とも思いますが、実はこうした磯野との対話が、宮野を生き生きとさせているのに、読者は次第に気づくでしょう。磯野の問いに出会って、宮野はまたその先へと思考をすすめることができました。宮野は書きます。

「私たちはそんなに唯々諾々と不運を受け入れて「腑に落とす」必要なんてあるでしょうか。(……) わからないことに怒り、それを問う力を、自分の人生を取り返す強さを、哲学は私に与えてくれたのです。」

 宮野は磯野に背中を押されるように、迫り来る死について考えはじめます。それは磯野がこう言ったからです。宮野にしか紡げない言葉を記し、それが世界にどう届いたかを見届けるまで、絶対に死ぬんじゃない、と。
 宮野は書きます。

「私は今、『うん、わかった』と約束したいと思います。これからもっと病状は悪くなるかもしれないけれど。それは単純に『死なない』ことの約束じゃない。磯野さんが希望し、私も見たいと望む未来に対する賭けであり、そこに向かって冒険の道をくじけずに歩んでゆくということの覚悟であり、なによりもそんな言葉をかけてくれた磯野さんと私の今の関係への信頼なのです。」
「そして、最後に残った未完結な私の生を誰かが引き継いでくれれば嬉しいな」

 その誰かの、いちばん近い未来のひとりが磯野でした。磯野との出会いで、宮野は死の直前で、自らの言葉を見つけ、自らと出会い直しました。それは磯野も同じだったでしょう。ふたりにとって、死はすべてを奪っていくものではなく、むしろ未来へとつなぐ贈り物のようなものだったと、わたしは思いたいのです。

写真・文/ 中務秀子

2018年・第27期のフィルムカメラ教室の生徒さんとして、お付き合いが始まりました。今もフィルムカメラを続けてらして、二眼レフカメラにも挑戦中。デコさんは本好き、映画好き、芸術好き、お話好き。いわば “ 忙しいひまじん ” です。とても自由で全然気取ってない表現に親近感を覚えさせてくれる先輩です。そして心友になりました。

スツール通信9/10版~メンタルケア~

 こんにちは、フィルムカメラマンの竹内です。

告げた途端に思いがひょいと外のどこかへ逃げてしまう心配がなくなったので、

今日は、誰にも話さなかったメンタルケア心理士資格をどうして取得することになったのか、

少し書いてみます。

今から遡ること12年前の2009年。

結婚式の撮影をするふたりが打合せに来てくれた。

彼女はヒーリングを仕事にしている癒しの人だった。

お喋りをしている間、時折ボクの頭の上辺りを見ては、にこっと笑う彼女。

ん? 

すると、その日が初対面の彼女が出し抜けに言いました。

「タケウチさんのオーラの色って、エメラルドグリーンなんですねー。」

ええっ?

「こういう仕事をされてる人には珍しい色なんです!」

へぇー?

「竹林を歩いているようなキレイなグリーンです。タケウチさんもヒーリングの人だから、写真で人を癒してあげてくださいね。」

えっ、そうなん?

この奇妙な出来事を境に、その世界をどうしても意識するようになり、頭のどこかにいつもありました。

とは言うものの、どうもこうも何をどうしたらいいのか?

彼女はその時、とても印象的な事を話してくれました。

「癒しの人は自然に導かれます。」

そのままなんとな~く9年の月日が流れ、3年前の2018年。

あるご家族が撮影に来てくれました。

ご主人は公認心理士というお仕事をされていて、色んなお話しを興味深く聴かせてくださった。

実はその時も、12年前と同じようなことを言われた。

「タケウチさんの話し方は、心理士みたいですね。」

えっ、 そうなん? まただ!

オレって何もんなんやろ?

だんだん胸に迫ってきた。

そして、コラムを書いてくださっているデコさんを撮影させてもらった昨年も今年も、

「タケウチさんのお仕事はケアですね!」

なんども言ってくださって、勇気と励ましを貰いました。

12年前に貰ったコトバと、3年前に貰ったコトバと、3つが合体した今年。

望んでないのにひょっこり時間ができてしまった今年には、なんか訳があるんかも。

ふっっと背中をおされ、なんとかそれをたぐり寄せ、ドンドンと大いなる思いになって、

「今しかないかぁ、自信ないけど、勉強したくないけど、、やってみるか。」

そんなことです。

カメラマンになった時から、わりとお客さんの悩みを相談されるようになって、

受け応えは全然できないけれど、悩んでる人って好きやなぁという心持ちになってきた。

自分も生き方にずっーーーーと悩んできてるから、同志だと思うのかも知れない。

こちらがひるんでしまうような、相談事もある!

そんな赤裸々なことまでボクみたいな人間に話すんやと思うことも一度や二度ではない。

人物カメラマンという、ある意味お客さんと独特の繋がり方をする仕事を選んだためで、

ならばそれを原動力にして働くことにしようといつしかなっていた。

安っぽい受け応えじゃなくて、いつかちゃんとした言葉を渡したいと思うようになった。

それにここ数年、自閉症や多動症の子ども達が増えているとよく耳にするようになって、

障がいだと思われている子ども達と仲良くなりたいなぁって、ふんわり思っていたこともきっかけになった。

安心して撮影に挑んでほしいしね!

人の為というより、自分のやりたい事が、引いては人の役に立てればと思って、お尻を叩いたというようなことです。

小さなことですが、ボクにはとても大きなひと夏の出来事でした。

撮影:佳代

今年の春まで、「コラム・おばあちゃんとゆふこ」を書いてくれていたゆふこちゃんが、働くベストを編んでくれました。お米とジャムも一緒に届けてくれて、田畑家幸福便!

ゆふちゃん、田畑くん、いつもありがとう。

今年の冬は、いつもより暖か。

サニー文庫だより 9/10版

竹内佳代がスタジオスツールで、毎月第4土曜日の10:00~12:00にSUNNY BUNKO(家庭文庫)を開いています。

次回のサニー文庫は 11月27日(土)10:00 – 12:00の予定です。

9月・10月とサニー文庫は都合により、お休みをいただきます。次回皆さんにお会いできる日を楽しみにしています。

「たわわに実る」

表のプルーンの木。毎年、白い可愛らしい花を咲かせ、実をつけてくれているのだけど、今年は本当に驚くくらいの量の実!たわわに実るとはこのことだ!と思うくらいに。数年前に実がなっているのをみつけたご近所のTさんが、「食べないならちょっと味見させて」と仰るので、もぎ取ってお渡しすると、「あー硬いなぁ。でもしばらく置いてみたら食べれるんちゃう?」と教えてくれて、採った実をしばらく置いてはみたけれど、うーん食べたいとは思えない残念な味。それからプルーンの実は鑑賞用になってしまい、鳥たちにも食べてもらえず毎年終わっていました。ところが今年の実はしばらく様子を見ていると、たわわになっている状態で柔らかい物もあって、少し追熟すれば食べられる気がしました。(←まさに勘!笑)そして、一度採ってしばらく置いていると、雨が続いていたからか、カビが出てしまいました。もう一度は台風の前でちょっと慌てて採ったので硬いままでした。そして諦めようかと思っていた時に「まだまだ実が付いてて、もったいないけど伸びすぎてる枝を切るわ」と主人が言うので、念のため残ってる実をざるに採ってもらいました。そして追熟。いくつかはダメでしたが、残りを先ずは一つ生でパクリ。うーん、柔らかいけどやっぱり難しい。そんなわけで、日持ちもするジャムにすることにしました。材料は実とビートグラニュー糖と仕上げにレモン汁だけ。細かく刻んだ実はオレンジの果肉と青い皮。でも煮込み始めると、鮮やかなピンク色が現れてとてもいい香りが漂います。味見をすると「!!」美味しい!こうしてようやく、自家製のプルーンを味わうことができたのでした。昨年旅立たれたTさんも「やっとプルーン食べれたなぁ」ってニカッと笑ってくれていると思います。

お客さんのコラム9/10版

 前回はお休みしてしまって……。楽しみにしていたのにどうしました? と、親切に尋ねてくださった方もありました。すみません、咽頭炎になっていたのです。
 前日まで準備をしていたのに書けなくて、1か月も間があいてしまうと、さてどうしようか……とぼんやりしてしまいますね。

 その間に、季節はすっかり移り変わって、大きなイベントも終わり(わたしにはどこか別世界で行われていることのような気もしましたが)、秋の虫が鳴きはじめ、夕暮れは早くなり、朝夕すっかり涼しくなりました。気持ちのよいそよ風が吹いていたりすると、しばしばふっと、今は疫病の時代なのだ、ということを忘れてしまいます。この秋は、冬は、どんなふうになっていくのでしょう。

 さて前置きはこのくらいにして(今日はずいぶんあっさりでしょう?)、前回書けなかった本をご紹介します。

『逃げおくれた伴走者』
 (副題:分断された社会で人とつながる)
 奥田知志 本の種出版

 奥田知志さんは、北九州市の東八幡教会の牧師さんです。ここにはNPO法人「抱僕(ほうぼく)」という生活困窮者を支援する団体があり、奥田さんはその創設者であり、現役で活動もされています。主にホームレスの方たちの訪問、見守り、自立支援が活動の中心で、最近では行き場のない子どもたちや、ひとり親支援もされているようです。

 ホームレス……というと、ふつうの人たちには関係のないことのように思えますよね。わたしもそうでした、この本を読むまでは。住む家がないまでに困窮してしまうなんて、ものすごい事情があったのだろうなあ、と。しかし、そうではないようなのです。

 奥田さんは、家のない人をハウスレス、居場所のない人をホームレス、と呼びます。ホーム。そこはだれもが落ち着いて、自分自身でいられる居場所。そんな場を失っている人は、今たくさんいると。たとえばいじめ。家族内での不和。家族や友だちをなくす。それらはみな孤立です。

 そういう人々がしばしばあびせられる言葉に、弱音を吐くな、わたしだってたいへんなんだ、自己責任だ……。この本を読むと、この冷たい言葉の先の先に、ホームレスの人々がいるように思えて、まったくの他人事ではない、という思いがしてくるのです。自己責任、わたしはこんなさみしい言葉はないと思います。それは、あなたのことを気づかっているひまなどない、という宣言だから。

 奥田さんが取り上げられている事柄に、「生産性」の問題があります。近年、LGBTや障害をもつ人は生産性がない、という言説や事件が社会を騒がせました。役に立たない弱い人間はいらない、という考えです。
 ここでいう生産性とは、仕事がはかどる、もうかる、という意味でしょう。しかし生産性の真の目的は、人がみな幸せになるということではないでしょうか。弱い人も強い人も、人がそれぞれ、その人その人の生を、生き生きと生きていられる、そういう世界が幸せな世の中なのではないか。はかどったり、もうかったりは、ただその手段にしかすぎません。

 また、そもそも、強いとか弱いとか、ずっとそのまま固定されるものでしょうか? 事故にあったり、急に病気になったり、家族を失ったり、人は弱かったり強かったり、変化する生き物です。お互いさまと思いやりつつ補い合って、これまでずっと、人々は生き抜いてきたのではないでしょうか。今たまたま自分がいい状態にあるからといって、不幸せな人は見なければいい。そんな考えで築き上げられた世界は、なんと心貧しいものでしょう。

 キリスト者である奥田さんは、パウロの「コリント人への第二の手紙」を引きながら、このように書いています。

「パウロには、何か障害があったようだ。目が悪かったという説もある。当時の宗教社会において「障害」は、神からの祝福から漏れている証拠だとされた。伝道者としては面目ない状態だ。だから彼は、「離れ去らせてください」と神に祈る。自分を苦しめる「障害という現実」から逃げ出したかったのだ。そんな彼に、「私の力は弱いところに完全にあらわれる」と神は語る。パウロは、その言葉に励まされ「喜んで自分の弱さを誇ろう」「わたしが弱い時にこそ、わたしは強い」と一歩踏み出す。」

 弱い時こそ強くなるものはなんでしょう。それは他人を思いやる心です。つらさを知っているひとは強いのです。それは人としての豊かな経験と、やさしく想像する心があるからです。
 その時もっともたいせつなものは、出会いだと、奥田さんは説いています。人は人と出会って、孤立から逃れて、ダメなことや傷を分け合い、お互いさまでなんとかやっていく。それぞれの人が、人が人として、役割を果たして行く。そういう大きなつながりの総体の中で、幸せは網の目のように紡がれていくのでしょう。

 コラムや対談、教会での説教などを集めた、豊かな語りに満ちた読みやすい本です。どうぞ読んでください。おすすめします。

写真・文/ 中務秀子

2018年・第27期のフィルムカメラ教室の生徒さんとして、お付き合いが始まりました。今もフィルムカメラを続けてらして、二眼レフカメラにも挑戦中。デコさんは本好き、映画好き、芸術好き、お話好き。いわば “ 忙しいひまじん ” です。とても自由で全然気取ってない表現に親近感を覚えさせてくれる先輩です。そして心友になりました。


「鬼遊び」シリーズ 廣嶋玲子

春はわらべ歌、夏はお祭り、秋は指切りげんまんをして、冬はかまくら作り…。

との遊びはおそろしい。

始めてしまうと戻れない….。

今回は怖い話の紹介です。

このシリーズは4巻あって、それぞれ春・夏・秋・冬の季節の遊びにまつわる話が8話ずつ入っています。

そしてどれも怖い!

私は怖い話が苦手で、小さいころはしょっちゅう一人でトイレに行けなくなったくらいなのに、

学校で怖い話をする係になってしまって、ちょっと後悔したくらいの怖がりです。

そんな私でも読めるので、とても怖い話ではなく、鬼から逃げきれたり、鬼が成仏してくれたりする話もあります。

けれど、1巻の「だるまさんが転んだ」、2巻の「盆踊り」、4巻の「かた雪わたり」はもうかなり怖くて…。

怖いですが、おとないちあきさんのきれいな絵もすてきで、おすすめです!

文・写真/ 木下琴子

2006年3月からのお付き合い。琴子ちゃんが生まれる前から撮影をさせて頂いてます。小学6年生になった今も記念日ごとには必ず、スタジオやお好きなロケ場所で撮影させて頂いてます。埼玉県からお越し下さいます。幼い頃から、本が好きと撮影のたびに僕に話してくれた琴子ちゃん。読みたい物語がまだまだ沢山あると思うと、これからが楽しみとも話してくれた。そんな琴子ちゃん目線の書評を毎月2回、依頼しています。


9月に入りましたね。小学校も幼稚園も2学期が始まりました。
今年の夏休み、我が家の子どもたちはほとんど南丹市から出ていません。ですが、十分に楽しんでいたように思います。
自宅が完成して伸び伸び遊べるようになったこと、そして、自宅から15分程度で行ける公園で川遊びを覚えたからです。実は水が苦手な子供たち。全く泳げません・・。私達は、あまりにも泳げないことに少しだけ不安を持っていたのですが、この夏は長男の同級生家族に誘ってもらい初めて川に行きました。
そして、ハマりました。相当楽しかった様です。雨の日以外は、毎週川遊びに行くようになりました。おかげで子供もバタ足が出来るようになりました。
山間にある川ですのでヘビやカエル、カニ、魚も近くにいるし、山の緑も、空の青さもすべてが清々しい。自然の中に身を置くだけで、心も体もこんなに軽くなるんやな~と、改めて感じました。子供の成長も見れたし、とても楽しい夏休みでした。

さて、「奇跡の95歳」。


Sukkuで働いていると、毎日楽しいこと嬉しいことが起こります。
その中でも特別嬉しいことと、驚いたことがありましたので紹介します。
何度かこのコラムで紹介したことがある女性、95歳の春江さん(仮名)です。
春江さん、自宅での転倒が増えてきていました。転倒の理由はよく分かりません。心疾患があるので、急に意識が飛んでの転倒も何度かありました。今年の3月、自宅で転倒して腰を強打し、骨折。そのまま本人の強い希望で入院となりました。
3か月の入院中は、リハビリを一生懸命されました。退院したら、またSukkuに行くんや!を合言葉に、それは頑張っておられました。
しかし、お年寄りが3か月も入院すると、リハビリを頑張っていてもどうしても色々な能力が落ちます。春江さんもそうでした。
6月初旬に退院され、今後について話し合いをしたのですが、3か月振りに見た春江さんは、想像以上に弱っていました。ベッドから起きることも、介助が必要でした。そして、とても痩せていました。
この状態ではSukkuでトレーニングどころではなく、自宅から出ることも難しい状態。正直私の心の中では、もう春江さんがSukkuに来ることは難しいと思いました。
しかし、春江さんは私に会って一言目にこう言われました。「先生、お家はできましたか?」
私はそれを聞いて絶句しました。確かに、春江さんは自宅をリノベーション工事していることを知っていましたし、工事現場も見ておられました。しかし、3か月の入院中コロナ禍で家族とも会えず、こんなに痩せて歩くことも出来なくなっているのに、久しぶりに会った私への一言目がこれです。春江さん95歳です。凄すぎてしばらく言葉が出ませんでした。
しかし、今のままでは自宅から出ることも出来ないので、Sukkuは7月からにしましょうと、娘さんとも話し合って決まりました。しばらくは、訪問リハビリや1日型のデイサービスへ週2回通うことになりました。
私はその間、週1回娘さんに連絡し春江さんの調子を聞いていました。そして、予定の7月になり、sukkuを利用できそうか確認したところ、1日型のデイサービスに行っても寝てばっかりとのことで、7月中の利用は難しくなりました。
8月に入り少し元気になったと聞きましたが、Sukkuにはまだいける状態ではないとのこと。それどころか、娘さんからは「これ以上待ってもらうと迷惑かかるから、もうSukkuさんやめようか・・」との声もありました。しかし、私もスタッフも、他の利用者さんも春江さんに会いたかったので、「8月中は待ちます!」と伝えました。
8月に入り、1週目も2週目も来れませんでした。もう無理かな・・と思った3週目の朝に電話があり、「本人行くって言うてます。」と娘さん。私もびっくりしました。そして、はやる気持ちを抑えながら、自宅に迎えに行きました。すると、車いすに座っている春江さんを発見!久しぶりに会った春江さんは姿勢を正し「おはようございます!」と大きな声であいさつ。その声を聞いた私はうれしくて・・。
予定より早くSukkuに着いたので、完成した自宅を見ていただきました。とても、喜んでくれました。そして、他の利用者さんも到着して、感動の再開!!そこでも驚かされることが。なんと皆さんのお顔を一人ずつ見ながら、その方々の名前を言って挨拶をされたのです。もうみんな、びっくりするしかありませんでした。そして、「こうやってSukkuに帰ってこられる日がやって来るなんて、本当に夢みたいです!皆さんの顔を見たら、久しぶりに実家に帰ってきたような気持ちになりました。」と。
さぁ、車いすで移動しながらのトレーニングが始まりました。久しぶりだから、さすがの春江さんも少ししかトレーニング出来ないだろうと思っていましたが・・春江さんはなんと、全部やってしまいました。そして、私に「車いすは嫌いです!自分で歩きたいです!」と大きな声で言われました。何度もです。
そこで私は、杖を2本渡して歩いてもらうことにしました。もちろん、私が後ろに付いてです。( 私は、絶対に歩けないと思っていました )春江さんが立つところを手伝って、杖を渡して、さあ歩こう!
すると、2・3歩目でフラッとなり転倒しそうに。私が、支えて再度そのままトライ。そこからは私が手伝うことなく、足で手で必死に踏ん張って歩きました。その距離5メートル!それを見た、スタッフは泣きました。私も泣きました。
他の利用者さんからは自然と拍手がおこり、歓喜の声が。本人も「うわー歩けたー」と涙。

入院中、ベッドの上で天井を眺める日々。「もうこのまま死にたい」と何度も思ったそうです。さすがの春江さんも、この数か月は心が折れそうになった。と話してくれました。でもやっぱり、まだ諦めたらあかん。と自分に言い聞かせていたと。
「今まで自分の限界を、自分で決めていました。情けないです。可能性は誰にでも、いくつになってもあるのですね。」パラリンピックを見て、感じたことだそうです。初めて自分の足で歩けなくなり、そんな中で見たパラリンピックは、今までとは景色が違ったそうです。

「人生、死ぬまで勉強ですわ。」これ、春江さんの口癖です。
私はこんな95歳を見たことがありません。いや、6月に誕生日を迎えたので96歳か。
杖で歩けたあの日から、春江さん休むことなく来られています。最近では車いすをやめて、スタッフが手を引いて歩いて移動できるようになりました。
春江さん。私達は今一緒の時間を過ごせてとても幸せです。(おしまい)

次回コラム「爆笑!小ネタ集」です。

写真・文/ 川瀬啓介・未央

Sukku 川瀬啓介 / 未央 (理学療法士・鍼灸師 / 鍼灸師)
〒622-0002 京都府南丹市園部町美園町4-16-38

TEL 0771-62-0005

2017年から京都の南丹市でリハビリを中心としたデイサービスをしています。利用者さんと過ごす時間は、笑い声と涙が入り混じる賑やかな毎日です。そんなささやかな日常、会話から気付かされること、そして個性派揃いのスタッフについて…色々な事を綴っています。

2011年11月からのお付き合い。楓くん・緑くんが生まれる前から撮影をさせて頂いていて、今も1年に1回は必ずスタジオ撮影にお越し下さいます。Sukkuというデイサービスの屋号は、佳代が名付けさせて頂きました。飾らない温かさ、自分の好きが明快で、歯切れがよい。けれど、流れる時間はゆっくり。そんなお二人の人柄が大好きで、バランスを崩した時には体を診てもらおうと決めているから安心です。笑いと涙のデイサービスの日々を毎月2回、綴ってもらってます。


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コシアカツバメは、田んぼなどで見ることができるツバメの仲間です。

ツバメ(NO,26)より少し大きく、尾羽が長く見えます。

他のツバメと違って飛ぶときは※滑翔を多く行います。

群れで生活し、空中で昆虫類を食べます。

「チュジュジュジュ」などとさえずります。

飛びながら「ジュリ」と鳴くこともあります。

飛びまわっている姿を見ることが多いけど、

夕方などに電線にとまっている姿を見ることもあります。

電線にとまっていたら飛んでいる時は、はっきり見えないおなかのもようなどを見てみてほしいです。

おもしろいと思ったことは、同じツバメ科でも巣の形が違うことです。

なぜならツバメはおわん形のような形だけど、コシアカツバメはふくろのような形(絵を参照)だからです。

しかも、ツバメの巣をスズメが使うこともあります。

ここでクイズです。

コシアカツバメはつばさを広げると何cmになるでしょう。

1. 22cm

2. 30cm

3. 32cm

4. 34cm

5. 36cm

6. 38cm

正解は次の鳥図かんで発表します。

最後に前回のクイズの答えを発表します。

正解は、

3.のカワウでした。

※滑翔

羽ばたかずに飛ぶこと

コシアカツバメはの場合

羽ばたき→滑翔→羽ばたき

絵・文/ 中野響

お姉ちゃんとひーくんが生まれる前の、2005年10月から撮影をさせて頂いてます。今も2~3年に1回は必ず、スタジオや城陽のご自宅で撮ってます。小学6年生になったひーくんは、この前の撮影の時に鳥に魅せられていると話してくれた。それが小学生レベルの鳥好きの話ではなく、僕からすればもう学者レベル。しかも視点がユーモラスなのでこれはスゴイ!是非、図鑑を作ろうと盛り上がり、WEBという形で毎月2回、発表してもらっています。


ラグビーというものをはっきり認識したのが、夫が夜な夜な酒のつまみに、神戸製鋼で活躍した平尾誠二さんの特集番組を何度も見ていたことだった。

申し訳ないが、わたしには平尾さんはクイーンのフレディ・マーキュリーにしか見えなかった。

ロックスター・フレディ・マーキュリーが楕円球を追いかけている風にしか見えない。

そのあと、度々公園にて夫とランパスなるものの練習に「付き合わされた」時も、球を受け取ることで精一杯、欽ちゃん走りになるしかない。

これの何が面白いんだ!と一人憤慨した。

しかしその数年後に聖地花園で高校ラグビー全国大会の準々決勝を観戦し、目の前で高校生たちが体を張って倒れてはまた起き上がり、楕円急を追いかけてる姿を見て、夫を差し置いて、

「いけーーー!」と拳を振り上げ、大絶叫していたのである。我を失うとはこういうことなのだと思った。それくらい、高校生たちの懸命さに胸を熱くした。

息子が小学1年生の 秋、ラグビースクールに入会した。

二年生の春、夫がスクールのコーチになった。

以降家族総出でのラグビー漬けの毎日である。

身体と身体のコンタクトが多いラグビーは、その分やっている子供達も、見守っている保護者たちも前のめりになる。

暑さの中、バタバタと倒れることもしょっちゅうで、その度にうちわと氷とポカリを持って走る大人たち。

自分の子供以外も、みんなの子供みたいになってくる。

その積み重ねで、楕円球を持って参加してなくても、保護者たちは声を出して子供を応援する。

ゲームでトライが決まると、子供以上に喜んでいるのは保護者たちだ。スクールの保護者はラグビーを愛してる人たちが非常に多い。

日常でこんなに人々が熱狂する瞬間ってあるのだろうかと思う。

気がつくと、息子は美しいスクリューボールを投げられるようになっていた。

こんなに小さな手で。

そして熱心にわたしに教えてくれるのである。

「あんな、お母さん、こうすんねん。腕のスナップを、きかすねん」

なんども教わっても、一向にスクリューボールは上達しないが、平尾さんがフレディ・マーキューリーに見えていた頃よりかは、ラグビーを何倍何倍も好きになっている。

絵・文/ 岸岡洋子

23期スツールフィルムカメラスクール(S.F.C.S)の生徒さん。5回の教室の間ずっと、ターバンを巻いてくる岸岡さんを見ていて、この人いかしてるなぁ。ハッハーン、きっとただ者ではないんだろう。アラブ方面のどこかで長ーく暮らしていて、きっと身についた風習なんだ、だからなんだ!と、身勝手に納得感を得ようと在り来たりな空想をしていたのをよく憶えている。

スツール通信8/25版

 こんにちは、カメラマンの竹内です。

先ずは、今回の大雨で被災された方、心よりお見舞い申し上げます。

長岡京も、今までに経験したことのないほどの長雨と大雨でした。

庭の小屋の屋根のあちこちから雨漏りがしてギョッとしました。

ひるみそうになりながらも、なんとかブルーシートで屋根を覆いしのぎました。

スタジオは数年前に張り替えていたので、びくともしませんでした。

馴染みのお客さんで屋根職人のザキくんの仕事はさすがです。

小屋の屋根の張り替えもお願いしました。

試験を間近にひかえているので、どこにも出掛けず、追い込んでます。

でも再び始めた水泳には行ってます。

68歳のスイム仲間のおじさんと、あーだこーだと励まし合いながら、水の中で戯れてます。

僕らは先生から、「もっとチカラをぬいてー!」と叱られてます。。

ふたりは顔を見合わせて、「こんなに抜いてるのに、まだまだ入ってるんかなぁ

チカラが入ると、よいパフォーマンスができないようです。

そうなると、支えるのに必要なのは体幹力しかない!

ブレない体と思い。

あぁ、難しい。

派手さのない毎日かも知れないけれど、こういう時間が好きだと思うようになった!

ボクも随分と変わりました。

チカラが抜けてきたかな。

サニー文庫だより 8/25版

竹内佳代がスタジオスツールで、毎月第4土曜日の10:00~12:00にSUNNY BUNKO(家庭文庫)を開いています。

次回のサニー文庫は 8月28日(土)10:00 - 12:00

*状況により絵本の返却だけになることもあります。ご了承ください。

*マスクの着用とアルコール消毒にご協力をお願いします。

「くもとり山のイノシシびょういん」

先日ラジオで、かこさとしさんのお話を聴きました。山のふもとの小さな病院の、もじゃもじゃ髪の毛の体の大きなイノシシ先生。先生を頼って山の動物たちがやって来ます。イノシシ先生はいつも優しく話を聞きながら、診察をしてくれ、動物たちの病気を治してくれるのです。ラジオに耳を傾けながら、動物しか出てこないお話しなのに、イノシシ先生が優しいかこさんと重なって、一人笑う私。(←怪しい。笑)お話しとお話しの間に流れる音楽も愉しくて、気が付くと7つのお話し全部を聴いてしまいました。お話が終わると、音楽は瓶で演奏する“瓶笛”だったと紹介してくれました。なるほど、不思議な音なのに長閑な空気が流れていて、次のお話が始まるまでのわくわくする感じ。ラジオを聴くことができなかった方にも、このお話を本で楽しんでいただけます!サニー文庫の本棚にも並べたいと思う一冊です。*「ラジオ深夜便」8/18放送分“真夜中のおはなし”19日木曜日の1:05放送。26日午前2時、聞き逃し配信終了になります。

かこさんのお孫さん、なかじまかめいさんが新たな絵を加えて単行本化された一冊です。*写真は福音館のHPより。

お客さんのコラム8/25版

今号はお休みです。


8月某日

ちょっとお茶しに行こうと、1年ぶりに某喫茶店に入った時のこと。

そこは老夫婦で切り盛りし、なぜか二人一緒にカウンターに立つことはない。いつも日替わりのように今日はおばあさん、今日はおじいさんという風に。

その日はおばあさんが立っていた。

席に着くとテーブルの真ん中に、透明の仕切りが置かれており(1年前はなかった)、家族だけなので早々に隅に寄せて、メニューを見だした。

すると、すごい勢いでおばあさんが席まで来て(突進に近い)、

「このボードは、ぜったいに、ここに置いといてくださいっ」と激しい剣幕。緊張感が半端ない。

「いや、、家族なので・・」と、言うも、おばあさんは「そういう決まりなので、元に戻してくださいっ」の一点張り。押し問答を続けても仕様がないので、静かにボードを元の位置に置き直す。

ほっと胸を撫で下ろすおばあさん。今日の八割方の仕事は終わったという安堵の表情で、カウンターに戻っていく。

一瞬夫と目を合わせ、その落ち着かない空気に「コーヒー飲んで早く出た方がよさそう」と合意したのだが、息子が注文したのはまさかの「カツカレー」

おばあさんのオーダー表に書く手が、軽く震えたのを見逃さなかった。

80代を超えたおばあさんが一人で注文を聞き、厨房に立つのである。子どもというのは容赦がない。

しばらくして、じゃーっと威勢のいい、カツを揚げる音が店内に響き渡る。途中でドリップコーヒーも回し、その最中に一人客が入ってくる。

おばあさんの動きはより機敏になる。

満を持して、アツアツのカツが乗ったカレーが運ばれ、予想を上回るデカ盛りスタイルに、小学生の息子も一瞬ひるむ。

長居できる雰囲気じゃないと察しつつも、ふーふー言いながら「いやあ、カツカレーはおいしいねえ」とご満悦の息子を目の前にして、腰を据えて待つしかない。

置かれていた本を眺めると、やや思想強めのラインナップ。

本を読むでもなくぼんやりしてると、一旦落ち着いたおばあさんが、先ほどと打って変わった和やかな表情でこちらにやってきて、

「ぼっちゃん、カレー辛くない?この生クリームちょっとたらしてあげようか?食べやすくなるよ」と銀色の入れ物を差し出してきた。

息子は頷き、おばあさんはにこにこと笑って、生クリームをたらす。

「ゆっくり食べてね」

あの緊張感は一体どこへ行ったのか。

カツカレーを美味そうに食べる息子、おばあさんの手作りであろう毛糸で編まれたコースター、店内で流れる有線とは別に、カウンターで流されているAMラジオの話し声、途端に親戚の家に来たかのような空気に包まれ、私たちは途端にだらけた。

気づくと、サラダもカツカレーも気持ち良いくらいに綺麗に息子は平らげていた。

お会計を済ませ、やはり和やかに「ありがとうございました」と我々を見送ってくれたおばあさん。

緊張と緩和を体験した、 夏であった。

絵・文/ 岸岡洋子

23期スツールフィルムカメラスクール(S.F.C.S)の生徒さん。5回の教室の間ずっと、ターバンを巻いてくる岸岡さんを見ていて、この人いかしてるなぁ。ハッハーン、きっとただ者ではないんだろう。アラブ方面のどこかで長ーく暮らしていて、きっと身についた風習なんだ、だからなんだ!と、身勝手に納得感を得ようと在り来たりな空想をしていたのをよく憶えている。


『はこちゃん』 かんのゆうこ・文  江頭路子・絵

放課後に、はこちゃんたちは校庭で遊んでいました。

みくちゃんやかのんちゃんが自分の名前の意味を知っているのに、はこちゃんはわかりません。

しかも、陽太くんに名前をからかわれて、校庭を飛び出していってしまいます。

久しぶりの絵本の紹介です。

自分の名前の由来についてのお話です。

私の「琴子」という名前も、同学年に「子」がつく子がいないので「もっと華やかな名前がよかった……」と思うことがあったのですが、

今はむしろ書きやすいし(習字でもつぶれない!)すてきな名前だと思うようになりました。

自分の名前って、愛着を持てた方が、嫌いよりもずっといいですよね。

江頭さんの美しい水彩画もすてきな絵本です。

夏休みの読書感想文にもいいですよ!(おそくなりましたが)

ぜひ手にとってみてくださいね。

文・写真/ 木下琴子

2006年3月からのお付き合い。琴子ちゃんが生まれる前から撮影をさせて頂いてます。小学6年生になった今も記念日ごとには必ず、スタジオやお好きなロケ場所で撮影させて頂いてます。埼玉県からお越し下さいます。幼い頃から、本が好きと撮影のたびに僕に話してくれた琴子ちゃん。読みたい物語がまだまだ沢山あると思うと、これからが楽しみとも話してくれた。そんな琴子ちゃん目線の書評を毎月2回、依頼しています。


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オオバンは、水辺(川、池)で1年中見れる鳥です。

数が多い時だと50羽以上になることもあります。

他のカモと違って額板(がくいた)というくちばしから頭にかけてある、

羽毛のない白い部分があるのが特ちょうです。

もぐって水草や水生昆虫を捕ります。

「キョッキョッ」と高い声で鳴きます。

飛び立つ時は水面を走るように助走してから飛び立ちます。

オオバンに似ている「バン」という鳥はくちばしと額板が赤いので見分けられます。

おもしろいと思ったことは、若鳥と成鳥では額板の大きさが違うことです。

成鳥は大きくて、若鳥は小さいです。

見つけた時は大きさを比べてみてください。

ここでクイズです。

オオバンのように助走をしなければ飛べない水鳥はこの中のどれでしょう。

1. ハクセキレイ

2. カルガモ

3. カワウ

4. コサギなどのサギ類

5. カワセミ

最後に前回のクイズの答えを発表します。

正解は、

4. の10万羽でした。 

絵・文/ 中野響

お姉ちゃんとひーくんが生まれる前の、2005年10月から撮影をさせて頂いてます。今も2~3年に1回は必ず、スタジオや城陽のご自宅で撮ってます。小学6年生になったひーくんは、この前の撮影の時に鳥に魅せられていると話してくれた。それが小学生レベルの鳥好きの話ではなく、僕からすればもう学者レベル。しかも視点がユーモラスなのでこれはスゴイ!是非、図鑑を作ろうと盛り上がり、WEBという形で毎月2回、発表してもらっています。


コラム「偉大なる社長さん」


 スツールのコラムをご覧の皆さま、お元気ですか?猛暑日や大雨の日があり体調を整えることが難しいですね~。私たち川瀬家は、先日コロナワクチン接種を終えました。2回目は夫婦ともに、副反応の発熱と倦怠感でダウン・・。ダウンしたその日がスツールのコラムの締め切り日でした。とてもじゃないがパソコンの画面に向かってコラムを作れるような状態ではなかったので、無理を言って休載させていただきました。

今回のコラムは、男性で80歳代の元橋さん(仮名)です。
この方は、脳梗塞の影響で右半身の麻痺があり、右手と右足はほとんど動きません。失語症もあるので話すことができず、相手の話す内容も長文を理解することは難しい状態です。
元橋さん、病気になる前は実業家でした。
元橋さんは学校を出てすぐに、洋服屋さんに丁稚奉公されました。そこでの生活は苦しく、修行中であり丁稚奉公の中でも一番下っ端でした。まだまだ成長期の少年時代でしたのでいつも空腹でしたが、食事も十分にはない生活だったそう。その洋服屋さんには犬がいたのですが、その世話も元橋さんがしていました。犬の餌を作るのも元橋さんの仕事でしたが、あまりの空腹に毎食少しづつ犬のえさを自分の胃袋に入れていました。すると、犬が少しずつ痩せていき栄養失調状態になり、親方に大層怒られたそうです。
その後、仕立て屋として独立。当時としてはかなり珍しかった、低価格のオーダーメードスーツ屋さんも始められました。京都・兵庫で3店舗を出店します。そして、携帯電話の取り扱いもされるようになり、京都府下で3店舗出店。一番最近では、ソーラー事業も立ち上げられました。3つの事業とも今では当たり前にあるような事業ですが、当時は大変珍しいものばかりでした。
私が思うに元橋さんは先見の明があり、これからの世の中のことを常に考えていて、何が必要になってくるかを判断し、そしてそれを、凄まじい行動力でやりとげる力がある方なんだなと思っています。
事業だけでなく、町おこしのイベント等も色々と発案されていて、京丹波町で行われているマラソン大会や、園部町で月1回行われていた軽トラ市(軽トラがたくさん集まってイベントや販売を行う)もそうです。
今でこそ会社も大きくなり、従業員も60人以上いて大成功しているように思いますが、何度も辞めようと思ったことがあったそうです。特にスーツ屋さんは大変で、ある支店の売り上げが悪く銀行からの借金もかさみ、会社の重役会議で支店を閉めようと決まったそう。元橋さんは、これでゆっくりと眠れると思ったそうですが、翌日従業員総出で「社長もう一回頑張りましょう!」と言われたとか。優しい元橋さんはアカンとは言えなかったそうです。
元橋さんには3人の息子さんがおられます。お孫さんは5人おられます。
病気になる少し前、社長職を辞めて会長職になられました。社長は長男に譲られ、次男・三男が各事業の責任者をしておられます。そして、それぞれの事業が成長しています。これはやっぱり、元橋さんがすごかったのだと思います。
次男さんが私に言われたことがあります。「まだ、会社が小さかったころ、会社兼自宅で生活していて親父が仕事している姿を見ながら生活していました。だから子供たちは皆、父親の仕事を尊敬していたし、跡を継ぐことに迷いがなかったんだと思います。」と。

元橋さんは負けず嫌いでもありました。普段家では車いすで生活されていましたが、Sukkuでは杖を使ってゆっくりですが、歩いて移動していました。トレーニングに対しても積極的で、「元橋さん、そろそろ休憩しましょう!」と言わない限り、休まず頑張る方でした。周りの利用者さんも元橋さんを見て「あの人よく頑張らはるなー!私も負けんと頑張ろう!」とよく言っておられました。失語症の影響で話をすることはできないですが、頑張る姿で周りに影響を与える方で、その存在感はまさに、偉大な社長の姿でした。
そんな元橋さんも、昨年お亡くなりになりました。
お通夜に行かせていただきましが、息子さん3人が並んでいて参列者に挨拶をされていました。この時の光景を見て私は「3本の矢の教え」を思い出しました。
先に逝かれた奥さんと一緒に、天国から逞しい息子さんたちを見て安心されているだろうなぁと思いました。(おしまい)

次回コラム「96歳!奇跡の復活!!」

写真・文/ 川瀬啓介・未央

Sukku 川瀬啓介 / 未央 (理学療法士・鍼灸師 / 鍼灸師)
〒622-0002 京都府南丹市園部町美園町4-16-38

TEL 0771-62-0005

2017年から京都の南丹市でリハビリを中心としたデイサービスをしています。利用者さんと過ごす時間は、笑い声と涙が入り混じる賑やかな毎日です。そんなささやかな日常、会話から気付かされること、そして個性派揃いのスタッフについて…色々な事を綴っています。

2011年11月からのお付き合い。楓くん・緑くんが生まれる前から撮影をさせて頂いていて、今も1年に1回は必ずスタジオ撮影にお越し下さいます。Sukkuというデイサービスの屋号は、佳代が名付けさせて頂きました。飾らない温かさ、自分の好きが明快で、歯切れがよい。けれど、流れる時間はゆっくり。そんなお二人の人柄が大好きで、バランスを崩した時には体を診てもらおうと決めているから安心です。笑いと涙のデイサービスの日々を毎月2回、綴ってもらってます。

スツール通信8/10版 ~大切な人たちへ~

こんにちは、カメラマンの竹内です。

カメラマンになって来月で丸21年。

ご家族の写真撮影や教室、こどもカメラを続けていると、

さまざまな出会いがあります。

どの活動においてもぼくの原動力になってます。

一回限りの撮影をお願いしてくださった方や、

毎年の撮影をさせて頂いている方。

写真を残すということには、それぞれ胸に迫る思いがある。

一度だけの撮影のお客さんでも、写真撮影という仕事を飛び越えて、

ずっと関係を保ち続けて下さる方もおられます。

教室の生徒さんも、こどもカメラに参加してくださったご家族も、

生活の中の物事の捉え方や思考は、通底するものがあります。

だから何年も繋がっている。

生死を見つめることもあります。

カメラマンとして、ひとりの人間として、その時にできる限り慌てず怖気づかず、

自分には何ができるかを考え、安らぎをお届けしたいと思っています。

この夏もいくつかの早すぎる別れがありました。

大空への旅立ちからできる限りのメッセージを集めて、

自分の強さに変え、大切な人へ届けて行きたいと願っています。

辛くて悲しい思いをされている僕の大切な人たちへ。

どうか、救われる時が訪れますように。

この歌をおくります。

とめどなく溢れ出る
水晶のつぶやきに
銀色の風を編み
あの人がやって来る

Oh my little sweetheart
心は君の名前を呼ぶよ
Sweetheart my love
Now please don’t look away

人知れず想い出の
中に住む少年よ
さようなら もう二度と
振り返る事はない

Oh my little sweetheart
心はまるで顫えるままさ
Sweetheart my love
So come and ease my mind

ずっと見つめていた
時は過ぎて行った
今は悲しみさえ
色付いた……

Oh my little sweetheart
心は君の名前を呼ぶよ
Sweetheart my love
Now please don’t look away

ひとときの夢の中
駆け抜けた少年は
今はもうあの人の
眼の中で笑ってる

Oh my little sweetheart
今こそ君の名前を呼ぶよ
Sweetheart my love
Now please don’t look away

Oh my little sweetheart
心は君の名前を呼ぶよ
Sweetheart my love
Now please don’t look away

Sweetheart

「僕の中の少年」