スツール

デコさんからの便り

2021.05.10 更新

 このコラムの連載をはじめて、はや一年がたちました。最初わたしはこのように書いています。

「このお便りでは、読んだ本や観た映画をみなさんにご紹介しようと思います。たまたま今、covid-19 で出かけづらい毎日ですが、本や映画で視点をすこし遠くへうつしてみると、気が楽になるかもしれません。」

 まさかこの「たまたま」がまだ続いていて、さらに悪化していようとは、そのころだれが想像できたでしょう。

 竹内さん夫妻やみなさんへのお手紙のように書いているこのコラム。そんな個人的な文章からでさえ、わたしたちがいかに大きく新型コロナに影響を受けてきたかがわかります。上にもあるとおり、視点を遠くへうつしてみることで、わたし自身はなんとか暗くなりすぎずにいることができていますが、大好きな人と気軽に会えないこと、楽しくおしゃべりしながら食事もできないこと、それらによって、心はひどく傷つけられています。
 コロナの影響は、もちろん命の危険に及ぶ身体の問題であり、経済を止め人々の息の根を止める生活問題なのですが、心の問題は、今後もっともっと大きくなるように思えます。
 わたしの場合、ここでおおいに役立ってくれたのは、本と写真と、そして生き物たちでした。

 3月末に生まれた4番目の孫のことは、先月すでにふれました。おかげで赤ん坊はすくすく育ち、にぎやかな家族の人気者です。そしてそのほかにも新しい家族がやってきました。
 わたしは野菜を育てはじめました。近所の有機野菜のお店で買った、トマト、茄子、きゅうり、枝豆の苗を、大きなプランターに植えたのです。前回のコラムで取り上げた『ダンス・イン・ザ・ファーム』に影響を受けたのはもちろんです。
 そして、動物たち。元気になり、毛艶もつやつやのおばあちゃん猫ももを筆頭に、新しく仲間にくわわったのは、めだかです。孫たちのパパがめだかの飼育にはまっていて、たまたま稚魚を分けてくれたのですが、これがまた可愛らしい!
 毎朝わたしの1日は、小1時間の日記書きからはじまり、そのあとすぐ、生き物たちの世話をやきます。餌やり、水やり、トイレや水槽や庭の掃除……じつにさまざまな用事が待っています。それらが終わったら、やっと本を読みます。たくさんのいい本との出会いがあり、悩むのですが、今回のご紹介はこの本にしました。これがまたすばらしい本でした。

『柚木沙弥郎のことば』
 柚木沙弥郎・熱田千鶴 著 木寺紀雄 写真 グラフィック社

 型染め作家、柚木沙弥郎さん。御年99歳におなりで現在も活躍中。柚木さんは、いまさら言うまでもない”超”のつく素晴らしいアーティストなのですが、その「ことば」が、親しみやすく懐かしく、わたしたちを励まし元気づけ、今の現状を見すえつつも希望のもてる豊穣なものなのです。この本は柚木さんに寄り添い、取材を続けてきたライターの熱田さんが、インタビューが終わったあとの柚木さんのさりげない言葉までをも拾った、貴重な内容になっています。

 柚木さんは若いころ、民藝運動の提唱者、柳宗悦と出会い、染色工芸家の芹沢銈介に師事します。以来、ずっと制作を持続してらっしゃいますが、工芸とアートの橋渡しする立場から、実物を観る、触れる、ということをとてもたいせつにされています。

「実物を観る、できれば触ってみる、そういう実感や感じ方が非常に大切なことなんです。だから(…)『わかる』『理解する』というよりも前に『感じて』欲しい。」

 と、書く柚木さん。ただ、考えることを軽くみているわけでは、決してありません。感じて、そして自分で、主体的に考えなさい、とも説いているのです。意味にとらわれすぎるのではなく、迷いつつも自分の「感じ」をたいせつにして、一歩一歩あゆめばいい、そのためには一人になる時間をもとう、とすすめてくださっています。

「心にゆとりのないときこそ、僕は一人になる時間をおすすめします。孤独になるっていうことは、山の中に入って隠居するようなことではなくて浮世と重ねつつ、つかず離れず生活する。社会とのつながりは必要だと思うから、ちょっと距離を置いて、でも切らずにつながっている。鴨長明ではないけれど、行ったり来たりっていいですよ。こういう時代だからこそ、面白いことを自分で見つけなきゃいけないということは、僕はずいぶん後になってから気がついたことだ。だから、これからのみなさんにたくさん言うんです。」

「『こうやりたい』っていう情熱があるんです。目標があるっていうか。憧れね。」

 99歳の憧れ! なんて素晴らしい! もちろん柚木さんが天才だということはわかっています。でもこの親しみやすさはどうでしょう! いや、柚木さんのような天才がおっしゃることに、未熟な市井人であるわたしが耳を貸さない手があるでしょうか。そしてこう書く柚木さんはまた、リアリストでもあるようです。

「今の時代は特に変化するエネルギーがある社会だと思うんだ。それは毎日の生活、日常の中にもたくさん満ちている。普通に暮らしていた人たちの周りにも、今回のウイルスのようなものがやってきた。でも、これまでどの時代でもそういうことはたくさんあった。もっと日常に目を向けて、暮らしの中で何を大切にしていくか、自分で考えなければならない。表面的な豊かさに溺れず、個人個人がエポックを画する時代と、楽しみながらきちんと向き合わなければいけないと思いますよ。」

 柚木さん、道標となる言葉をほんとうにありがとうございます!

写真・文/ 中務秀子

ご予約ご質問