ANTHEM / CRYIN’ HEART

今週もANTHEMの名曲中の名曲をご紹介します。
1週目にご紹介しました、アルバム・Gypsy Waysの5曲目のCRYIN’HEART。
僕の好きなヴォーカリストの森川氏が歌い上げています。
ギターは清水さんの前のギタリストでテクニシャンの福田さんです。
先週のWild Anthemを弾いている方です。
マイナー調で、悲しげで儚げで、それでいて芯の強さを表現してくれています。
洋楽そのものに感じる曲展開とアレンジとギターソロ。
実はANTHEMは、リッチ―ブラックモア率いるRAINBOWに在籍していた、世界的ヴォーカリスト・グラハムボネットをフィーチャリングして、
ANTHEMの楽曲をグラハムが歌うCDを過去にリリースしている。
その中でこの楽曲も収録されているのですが、声質がとてもよく似ている森川氏は負けてないです。いい声で歌い上げてくれています。
ベースの柴田さん、印象深い曲に仕立ててくれて有難う。

SOUND→ ◎

ANTHEM / Wild Anthem

1985年、記念すべきデビューアルバムの記念すべきリードトラック・Wild Anthemを、
今日はご紹介します。
メジャーデビュー直前にヴォーカリストが脱退という不運に見舞われたがオーディションで、
坂本英三氏を迎え入れ、無事リリースに漕ぎ着けた。
この曲は前ヴォーカリスト時とは歌詞・歌メロ・アレンジを若干変え、よりパンチを利かせているが、歌は全然まだまだ雑である。
その後3枚のアルバムを坂本英三氏のヴォーカルでリリースするも、その雑さは変わらず、しかしそれがもしかすると彼の持ち味だとも言えるのかも知れない。
現にこうしてWild Anthemを紹介しているのだから。
この曲はメンバーチェンジを繰り返した今も、歌い続けられている大切な曲だ。

SOUND→ ◎

ANTHEM / Gypsy Ways(win, lose or draw)

大変お待たせしました。
ついに今月のマンスリーアーティストにANTHEMが登場します。
メンバーチェンジを繰り返しながら今も現役で活動を続け、新譜もリリースし、ライブもきちんと行っている数少ないバンド。
1985年、メジャデビュー直前にヴォーカルが脱退するも、代わりに坂本英三が加入することで、危機を乗り越えた。
その後、1988年から92年の解散までは、森川之雄氏がヴォーカルを務め、ギターには清水昭男を迎え入れた。
一時解散するも2001年に再結成。
それからは坂本英三氏と森川之雄氏が交代ごうたいにヴォーカルを務めるという珍しい形を取った。
現在は森川之雄氏が正規ヴォーカリストであるが、この人の声色と歌唱力は日本人離れした類い稀な才能を感じ、元RAINBOW、元ALCATRAZZのヴォーカル・グラハムボネットを彷彿させる。
日本のハードロック界において、元VOWWOWの人見元基と2巨頭だと僕は思っている。
リーダーはベーシストの柴田直人氏である。
彼が作詞作曲の殆どを手掛け、しかもライブやその他すべての活動や広報に至るまでを仕切っている。
1988年にリリースされた伝説に残るアルバムが、Gypsy Waysだ。
今日はリードトラックの “Gypsy Ways(win, lose or draw)”を聴いて下さい。

SOUND→ ◎

X-RAY / Stardust Way

今週は、1984年オリジナルフルアルバムでは3枚目のリリースとなる、
“SHOUT!”の1曲目を飾るStardust Wayです。
恰好いい曲で、人気度もいつも上位にランキングされているかと思います。
高校のとき親友が、
「俺、サビのIn The Stardust Way 闇に踊る。の歌詞が好きやわ!」と言った。
「In The Stardust Way 闇にOn The Moonやろ?」と言うと、
「お前アホか、ちゃうわ!」と言われたのをこの曲を聴くと今も思い出す。
湯浅晋氏のギターソロもメロディラインとそこそこの速弾きがさく裂しているし、
藤本朗も伸びやかに歌っている。
どうぞご賞味あれ。

SOUND→ ◎

X-RAY / Lady Lay

1984年の確か夏に、OUTSIDERという4曲入りのEP盤がリリースされた。
その4曲目に収録されているLady Layを今日はご紹介します。
考えてみれば先週ご紹介した2ndフルアルバム、そして来週ご紹介する3rdフルアルバムとこのEPと、1984年に3枚ものアルバムをリリースしているモンスターバンドだったんだ。
いかに時代がハードロックを欲していたか、歴史を紐解くと見えてくる。
各レコード会社もLOUDNESSのデビューとともにハードロックの波を見定め、火をつけ、そしてファンが一気に後押ししたのだ。
この波は海外からのものだと思う。
1970年代から、メタルの一大ムーブメントがヨーロッパで起きている。
New Wave Of British Heavy Metal(通称NWOBHM)というやつだ。
IRON MAIDEN、DEF LEOPARD、JUDAS PRIESTなどがそうである。
1984年は僕がバンド活動を盛んにしていた高校2年の青春ド真ん中。
道理で学校中にハードロックバンドだらけになるのも分かる。
ほんとに良き時代だった。
その中で日本ではX-RAYが光り輝いていた、突然の解散までは。
実際には5~6年の活動ではあったが、確かな爪痕を残してくれた。
その証拠に今も聴いているし、こうして文章にもしている。
この曲もギターソロが美しく、歌メロもキャッチ―です。
とても聴きやすい曲ですので、最後までどうぞ。

SOUND→ ◎

X-RAY / Damsel

1984年リリースの2ndアルバム・Tradition BreakerからA面のラスト5曲目を飾る、Damsel。
大阪キャンディホールでのライブでも深く感動したこの曲。
邦楽ハードロック界で燦然と光る輝く、Damselのギターソロ。
美しいなんてもんじゃない!
そんな言葉では到底収まらない、メロディアタック。
こぞってギターキッズはコピーをした。
ギタリストどころか、当時Bassだったボクでさえコピーをした。
弾きたくなるフレーズが散りばめられている。
難しくはないのだけれど、しかしこの泣き感は誰も出せなかったと思う。
僕がDrumsとして文化祭のために組んだバンドで披露したけれど、反応が全然だった。
人のせいにして申し訳ないけれど、ギターが全く泣いてなかった。
僕等メンバーは勝手に酔いしれてたけど、きっと観客は置いてきぼりのポカン状態だったんだろう。
それにしてもX-RAYのレコードジャケットは趣味が好くない。
この2ndのジャケットはなんなん?
Tradition Breakerは分かるけど、全然意味がない。
この裸体をさらけ出してる女性のレスポールを弾くポーズは、確かに湯浅晋のギターを弾く姿に似せてるけど、何故に裸?
ダサすぎる!
アートワークがもっとしっかりしてたら、LOUDNESSみたいに売れたのかもね。
あっいや、LOUDNESSのジャケットも変だった。
そうか、メンバーのルックスにかなり難ありだった、そう言えば。
しかし、素晴らしいバラードを作ってくれました。
ギターソロで泣いて下さい。
曲後半の段々早くなって行くところもX-RAYのセンスを感じるとこだ。

SOUND→ ◎

X-RAY / Dark Night

今月はX-RAYの特集です。
1981年に結成され、2年後の1983年にいきなりのメジャーデビューを果たした、天才X-RAY。
高校2年の時の硬式テニス部の合宿先で、先輩から1stアルバム・Hard Section(魔天)を初めて聴かされ、椅子に座っていた僕はそのままひっくり返りそうになった。
それほどまでに衝撃のサウンドだった。
作詞担当のヴォーカル・藤本朗の4オクターブハスキーハイトーンヴォーカルと、天才ギタリストの異名を持つ湯浅晋を中心とした、4人編成バンド。
3枚目のミニアルバムからキーボードが加入したけれども、それまでの1st2ndアルバムが凄すぎる。
特に1stアルバムのHard Section、日本語タイトル・魔天は、ハードロックのジャンルを超えて、聴き継がれて欲しいと願う作品である。
ギターの湯浅晋は、デビュー当時は若干17歳で僕のたったの1こ上だった。
素晴らしいテクニックとメロディラインを持つと高校生が関西にいると、当時はすごい話題になっていたが、作曲家としても優れており、1stアルバムに関してファンから全てがA面ですね!と言われたのに対し、それでは良くないと2ndアルバムにはB面に入りそうな曲をわざと作ったという都市伝説がある。
僕等のバンドでもよくコピーはしたが、ギターとヴォーカルはかなり苦労していた。
どう誤魔化すか、、、。
メジャーデビューから3年後の1986年に惜しまれつつも、4枚のオリジナルアルバムと、2枚のミニアルバムをリリースして、解散してしまうのだ。
その後、湯浅晋は海外に渡りOZZY OSBOURNEのギター・JAKE E LEEの後任のオーディションを受け、最終審査まで残ったらしい。
その後、消息が途絶え、望まれつつも再結成には至っていない。
今週は1stアルバム・Hard SectionのB面の3曲目のDark Night。
地味目な曲だけれど不思議と人気があり、僕もかなり好きである。
先ずはこの曲から天才ギタリストの湯浅晋が率いたバンド・X-RAYの幕開けだ。

SOUND→ ◎

Make Up / Love & Hate

MAKE UP特集もいよいよ最終週です。
5週にわたり僕の思い出とともにMAKE UPサウンドにお付き合い下さり、
本当に有難うございました。
学生時代の熱い思いが甦り、改めて音楽は自分史だなぁと深く強く思いました。
みなさんの自分史サウンドも、一度聴いてみたいです。
では今日は、MAKE UPを知るきっかけになった、高校2年の時に深夜放送のFMから流れてきた曲、1stアルバム“HOWLING WILL”のB面の3曲目のLove & Hateです。

SOUND→ ◎

MAKE UP / Mr. Tokyo City・Black Eyes

MAKE UPのサウンドは、ヴォーカル・山田信夫氏のドラマティックな歌詞と、ギター・松澤弘明氏とキーボード・河野陽吾氏によるハードでポップで、歌ありきの曲構成で成り立っている。松澤氏は、世界的バンドとなったLOUDNESSのギター・高崎晃と藤井寺高校の同級生で、1年先輩には同じくLOUDNESSのドラム・樋口宗孝がいた。
その後、高崎氏と樋口氏が組んでいたバンドの名を譲り受けることになる。
それがMAKE UP。
しかし、樋口氏の後を追うように2010年、50歳という若さでこの世を去ってしまった。
もう2度とMAKE UPオリジナルメンバーによるサウンドは聴けない。
それ故にこれまでに残してくれた作品をこれからもしっかり聴き続けて行こうと強く思う。
今日ご紹介する曲は、1985年3rdアルバム・FROM BORN TO BE HARDの中から、A面の3曲目のBlack Eyesと、B面の1曲目Mr. Tokyo City。
ちょっとしたエピソードがある。
高校3年のある日、このアルバムがリリースされ京都にMAKE UPが来るという情報を知り、友人と3人で京都・河原町四条上がるに当時あったライブハウスにチケットを握りしめ、オレは京阪で奴らは近鉄で向かった。
19時スタートだから少し早目の18時半前に到着。
地下のライブハウスにはまだ下りず、なんでか道端で時間が来るのを待っていた。
すると地下から、Mr. Tokyo Cityを演奏する音が聴こえてきた。
時計を見ると18時半。
「あれ、ギリギリまでリハやってんなぁ?」
1人が言った。
「ほんまやなぁ!」
もう1人が言った。
「おえ、観に行こうぜ!」
オレが言った。
揃いもそろって3人ともアホである。
そんな事があるはずがない。
30分前なら客入りしているはずやのに、青二才3人組は何の疑いもなく、こっそり足音をたてずに地下におりて行った。
なんならリハが見れてラッキーぐらいの気持ちで。
すると目の前に、まさしくMAKE UPが演奏しているではないか。
沢山の観客の前で。

えぇぇぇーーーー?!?!

そう、もう1曲目が始まっていたのだ。
青二才3人組は大慌てで前列まで駆け足で進み、乗り切れぬまま乗った。
そのあとの事は何ひとつ憶えていない。
ただ、ひとつ言える事は青春は決して幻影なんかではなく、確かにあの時あの場所にあったんだと思う。
青春の曲をお聴きください。

SOUND→ ◎

SOUND→ ◎

MAKE UP / Runaway From Yesterday(樋口宗孝ヴァージョン)

1983年、MAKE-UPがデビューする1年前、僕が高校2年の時。
今は亡きLOUDNESSの初代ドラマー・樋口宗孝氏のソロ1stアルバムがリリースされた。
その名もDESTRUCTION ~破壊凱旋録~。
ドラマーのソロアルバムにも関わらず、歌ものが4曲も収録されている上、どれも秀逸な作品。中でもこのRunaway From Yesterdayにはみんな度胆を抜かれ、学校中がざわめき、西宇治高校の校舎が一度揺れたのではないかと言われているとか、いないとか。
兎に角、ジャパンヘビィメタル・ハードロック史上、一番の名バラードだと言われているはずです。調べてみると、ほんとに屈指の名バラードと書かれていました。
そして、この曲のヴォーカリストが後にMAKE-UPでデビューを果たす山田信夫氏だったんです。名前は平凡ですが、歌詞を書いて歌わせたら、それまでのハードロックの概念を覆す作品に仕上げてくれます。
MAKE-UPでもこの曲を演奏しているんですが、この樋口氏のアルバムヴァージョンが良過ぎ。
違いは何と言ってもギター。
イントロ部分と、ソロが全然違う。
MAKE-UPのギター・松澤浩明氏もいいんだけど、樋口氏のソロアルバムに参加している、VOWWOWの山本恭司氏の泣きのギターが素晴らし過ぎます。

SOUND→ ◎

MAKE UP / Energy One ・Heart of Iron

日をおいて先週のマイワールドを読み返すと、思いだけが先走り支離滅裂な文章で、いったい何が言いたいのかよく分からず恥ずかしいです。
でも考え方を変えてみると、青春とはそういうものなのかもしれないとも思う。
まだ全然磨かれていない原石で刺々していて、人を傷づけたり傷づけられたりして、優しさを憶えていく。
そんな青い嵐の中、MAKE UPの音楽がいつも僕らの隣にいてくれて支えてくれた。
その歌詞から人の喜悲を汲み取り、サウンドからパワーを与えられ、僕等は大きくなった。
今この歳で聴くことを、単なるノスタルジーにはしたくない。
原石を自分で、そして時には人の手を借りて磨き、丸い石に少しずつはなってきているはずだが、あの頃の純度の高い荒々しい石をもう一度目指したくなる。
それはもう一度、原石を見つけ出す所から始めるのではなく、今の磨かれた状態を一旦砕いてバラバラにして、より丸いそしてできれば更に純度の高い魂にして行ければなんてことを思い願う。それにはやっぱり青い頃に聞いた音楽がまだ、必要なんだ。
若さの火と、経験の水を、上手く身体の中で使えれば出来るはず。

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1987年リリースの2ndアルバム・STRAIGHT LINERのB面の1曲目2曲目、
Energy Oneと、Heart Of Iron。
この曲順でラストライブでも演奏したキャッチ―でパワフルな、とても好きな曲です。
1stアルバムリリース後に行われた厚生年金会館中ホールでの記念すべき、デビューライブを観に行った。
その時すでに、2ndアルバムの曲を全て演奏された中で、この2曲がとても印象に残った。
直後に2ndがリリースされ、直ぐに買いに走った。
自分史の中で途轍もなく名盤です。

SOUND→ ◎

SOUND→ ◎

MAKE UP / City Lights, Wishing

さぁ、別れがあってそして出逢いへと繋がる4月です。
今月はまたまた、邦楽ハードロック特集に戻ります。
まだまだ伝えられていないバンドがひしめき合ってるので、ひとつひとつ丁寧にご紹介していきたいと思います。
今日は僕の高校生活の全て、青春のすべてがこのバンドサウンドに詰まっていると言っても言い足りない、そうMAKE-UPの登場です。
みなさんの頭の中には?マークが飛んでいますよね。
あまりこういう説明はしたくはないのですが、聖闘士星矢のテーマ曲で有名になってしまったバンドです。
元々はJOURNEYなんかを意識した、れっきとしたハードロックバンドでした。
僕が高校2年の1984年、アルバム“Howling will”でデビューしました。
ラジオの深夜放送が好きだった僕は、このアルバムのLove&Hateという曲が突然流れて来るのを聴いて、なんという恰好いい曲。
日本にこんなサウンドを奏でる、そしてこんな歌声のヴォーカルがいるんやと、驚いて飛び起きた事を今も憶えている。
ただ、実は歌声には聴き覚えがあったのだ。
今は亡きLOUDNESSのドラム・樋口宗孝のソロアルバムで1曲披露していて、曲と歌声があまりにも強烈で、学校中の話題になっていた。
その曲は改めてご紹介しようと思いますが、邦楽ハードロックのバラードの中で、3本の指に入る名バラードです。
話を戻して、、、
MAKE-UPの1stアルバムがリリースされてからというもの、一番仲の好かった5人組の僕等は虜になった。
そして2ndアルバムがリリースされてからというもの、晴れの日も、雨の日も、朝でも夜でも、自宅で親友宅で、1人でも5人でも、兎に角レコード盤が擦り切れてしまうほど、毎日毎日繰り返しいっつも聴いていた。
当然バンドでも演奏するようになり、いつしかMAKE-UPはあいつらがコピーするからと、誰も手を出せなくなったのだ。
歌詞、歌声、メロディ、全てにおいて高校生だった僕らの青い胸に、響いたのだ。
高校2年の時、当時京都の四条河原町蛸薬師通西入るにあったビブレホールで、9曲程演奏した中でMAKE-UPの1stアルバムから3曲演奏した。
また高校3年の卒業ライブを京都駅八条口にある、アバンティホールで行った時には、やはり9曲程演奏した中で、2ndアルバムから5曲を演奏した。
それほどほんとに好きだったし今も好きだし、曲を聴くと胸の内側が青くなり、丸く柔らかい何かが身体の中に生まれる気がする。
書きたい事が止まらない。
来週まで待てない。

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今日ご紹介する曲は、2ndアルバム“STRAIGHT LINER”の、
B面の3曲目City Lightと最後の曲、Wishing。
何故この2曲かと言いますと、卒業ライブの最後にこの2曲を続けて演奏して終わったからです。
最後にオリジナルを1曲だけやろうという事になり、AIRPORTという恥ずかしい曲の作詞作曲を担当し、デモテープ風の音源を一応作り、スタジオに持ち込み、メンバーみんなでアレンジをして、最後の1回のスタジオ練習で仕上げることになっていた。
だが、ライブの数日前から高熱を出して寝込んでしまい、全く練習ができなくなってしまったのだ。
9曲のコピー曲は仕上がっていたが、オリジナルは夢と消えた。
ライブ当日、見に来てくれた仲間が迎えに来てくれて、震えながら京都駅まで近鉄に乗り、滑り込むようにアバンティホールへ。
メンバーに抱かれながらステージへ。
これが最後のライブだったので、バンドをやり始めるきっかけになったBassで参加していた。
ところがライブが始まると嘘のように弾けたのだ。
身体もシャンとしてしっかり弾いていたと思う。
ただライブ中の事は夢中で、あまり記憶にない。
演奏を終えステージの幕が下った途端、メンバーと抱き合い、みんなでボロボロ泣いた。
声を出して泣いた。
それを見ていた友人が俺に駆け寄ってきて、抱きかかえてくれた。
そいつは、何にも楽器ができない、ハードロックも殆ど聴いたことがなかった俺を、初めてバンドに誘ってくれた、ギターだった。
プロ志向が強かった彼はしばらくして、そのバンドから去った。
その彼が、俺を抱きかかえながら言ってくれた。
「お前らを見て分かったわ、バンドってなんなのか、教えてもらったわ!」
そのひと言で青春にひと区切りを付けた。

家に戻り、無事に終わったと母親に告げ、抱き合って喜んだ事も、
俺の青春の1ページになっている。

SOUND→ ◎

SOUND→ ◎

BLIZARD・松川敏也 / Orion

特集の3週目です。
皆さん、付いて来れてますか?
かなりマニアック過ぎますか?
エピソードはともかく、かつてはこんなに素敵なサウンドを奏でるバンドが日本に存在したという事実だけでも、分かっておいてください。
今日はギタリストの松川敏也氏が在籍していたバンド、BLIZARDからの1曲にします。
BLIZARDから命名された、ZARDというアーティストもおられましたね。
お好きな方も多かっただろうと思います。
前身はハードロックバンドだったんです。
1984年、僕が高2の時にデビューを果たした。
曲は全て、松川敏也氏によるものです。
下村成二郎Vo、松川敏也G、寺沢功一B、村上孝之SG、村上宏之Dr(双子です)の5人編成。
人知れずデビューし、少し売れて、人知れず消えて行ったバンド。
しかし、知る人ぞ知るバンドであったからこそ、今だに語り継がれていて、ギターの松川敏也氏に関しては情報が全くなく、もう一線からドロップアウトしてしまったようです。
素晴らしい演奏技術と、美しいメロディを持つギタリストでした。

ここでいきなりですが、お知らせがあります。
来月は一旦ハードロックはお休みして、山下達郎さんをマンスリーゲストとしてお迎えいたします。

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1984年のデビューアルバム、BLIZARD OF WIZARD – 暗黒の聖書
の最後から2曲目、“Orion” を聴いていただきます。
とても人気の高い曲で、構成もよく、中盤のギターソロも好いがエンディングのギターソロがとても美しく、コピーしたのを憶えています。
このギターソロはなかなか難しいと思います。
チャレンジしてみてはいかがでしょうか?
録音レベルが荒く、高いので、ボリュームを少し下げてお聴きください。

SOUND→ ◎

BLIZARD・松川敏也 / Ball And Chain

今週も先週に引き続き、元BLIZARDのギタリスト・松川敏也氏の特集です。
意外なメジャーアーティストとの繋がりを、先週は深くお伝えしました。
今週の曲、Ball And Chainは、カバー曲です。
かつて、80年代前半に東京X-RAYというハードロックバンドが存在しました。
そのバンドのギタリストがこの松川敏也氏で、その頃の楽曲をほぼそのままで、
ソロアルバムで再演しているのです。
今頃、どこで何をされているのだろう。
だから伝説に残るのかも知れない。
この曲もヴォーカリストは勿論、B’zの稲葉浩志氏です。
メロディアタックの聴いた歌メロとギターソロ。
お楽しみ下さい。

SOUND→ ◎

BLIZARD・松川敏也 / Second Diamond

こんにちは。
さぁ今月は更に深みにはまりましょう。
超マニアックな世界ながら、超メジャー級な特集です。
B’zのボーカリスト・稲葉浩志氏はどなたもご存じだと思います。
ではBLIZARDというハードロックバンドはご存知ですか?
深い関係があります。
高校2,3年の頃、東京からBLIZARDという5人組バンドがデビューした。
数枚のアルバムをリリースするも、あまり人気が出ず解散したのだ。
その原因はおそらく彼らのルックスの良さが逆に邪魔をしたのではないだろうかと思う。
実力もあるし、メロディラインも美しい、リードギターの松川敏也氏のまれにみる作家性、ギターソロの様式美的な運びも素晴らしい。
ただルックス面で騒がれ過ぎたため、その技術面の高さを曇らせてしまったと僕は思う。
友人もそっぽを向いていたけれど、実は僕は好きでずっと聴き続けていたのだ。
そして数年前に驚くべき事実を知ることになる。
BLIZARDは音楽事務所ビーイングに在籍していた。
解散後そのバンド名を残すため、ZARDがデビューを果たす。
そして曲を松川敏也氏が書いて、レコーディングでも演奏しているのだ。
それだけでも驚きなのだが、BLIZARDの解散前にギターの松川敏也氏がBURNINGというソロアルバムをリリースしている。
おそらく僕が20歳の頃だったと思う。
このアルバムが強烈に良くて何度も聴いた覚えがあり、懐かしくCDを改めて購入しようとした所、56,000円というプレミア付き価格だった。
今では伝説的なギタリストとなった理由のひとつとして、今は亡きXのhideのソロプロジェクト・hide with Spread Beaverのメンバーだったのだ。
hideのたっての願いで加入したらしい。
そんな事もあるが、もうひとつプレミアムな大きな理由がある。
それはこの松川氏のソロアルバム・BURNINGに秘密がある。
当時、初めてこのアルバムを聴いた時のことはよく憶えている。
ギタープレイの凄まじさと、ボーカリストの力量だった。
誰だ、このボーカリストは?
ん? Mr. Crazy Tigerと記されている? ん? 誰それ?
分からないままとにかく上手くて、ずっと聴いていた。
それがなんとB’zの稲葉氏だったのだ。
今聴けばかなり粗削りだが、松川氏が在籍していたBLIZARDのボーカリストより迫力があった。裏を話せば、稲葉氏は事務所ビーイングの候補生だったらしい。
分からないもんですね。
BLIZARDとB’zの関係はその後も続き、ギリギリchopではBLIZARDのベーシストの寺沢功一氏がレコーディングに参加している。
紐解いてバラバラにすると、もっと色々な事実が出てくるだろうが、今日はここまでです。
ご清聴、ありがとうございました。

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今月の1発目は、松川敏也のソロアルバム・BURNINGの4曲目の、Second Diamondです。
この曲は、BLIZARD名義の2ndアルバム・暗黒の警鐘の4曲目にも収録されています。
初々しく粗削りな稲葉氏のボーカルと、松川氏の美しいギターソロをお楽しみ下さい。
今は亡き、OzzyOsbourneの初代ギタリストのランディローズに捧ぐというサブタイトルが付いているこのアルバム。
なので、ギターソロのメロディがMr.Crowleyににている所も必聴。

SOUND→ ◎

DEAD END / I Want Your Love

いよいよマニアックなDEAD END特集もこれで終わり。
ただ、日本のハードロックというカテゴリーでは、カリスマ的超メジャー級バンドなんです。
邦楽は洋楽ほどの大胆さはないかもしれないけれど、更なるマニアックさと緻密さを持っていると思います。
付いて来れず、脱落していく方も今回の特集で多かったのではないでしょうか?
来週からの2月のマンスリーバンドには、あっと驚く方もいらっしゃるかと思います。
お楽しみに。

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最後は、1989年発売4枚目のアルバム・ZEROの1曲目、I Want Your Loveをご紹介します。
湊氏のドラムが冴えわたります。
いよいよご本人登場。

SOUND→ ◎

DEAD END / I Can Hear the Rain

改めてじっくりDEAD ENDと向き合えたことで、こんなに素晴らしいバンドが80年代にいてくれたと思うだけで、ゾクゾクする。
その後のビジュアルバンドと呼ばれた数々のバンドの手本となり、やがて伝説となった。
怪しげで哲学的な歌詞、その世界観を支える美しいマイナーメロディ、それを彩るギターとベース、底辺の所で正確に刻まれたリズムと華やかなプレイのドラム。
4人の魂がぶつかり、混ざり合うことで化学反応を起こし、緻密に大切に1曲1曲の作品が生み出された事は、1枚のアルバムを初めから最後まで聴き通すと頷ける。
今の時代、気に入った曲があれば1曲ダウンロードして、他のアーティストで気に入った曲、流行の曲があればまたダウンロードして、ひとつの同じフォルダに詰め込まれる。だからアルバムに潜んでいるテーマなんて全く必要としない。
アーテイストも売れ線だけを狙い、すべてがシングル盤のような味気ないアルバムを作り兼ねなくなる。我々オーディエンスがミュージシャンを育てていきたいという思いを、次の世代にも分かってほしい。

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今回の作品も1988年リリース・shambaraの最後の曲・I Can Hear the Rain。
サウンドが泣いています。

SOUND→ ◎

DEAD END / Serpent Silver

DEAD END特集もこれでもう3週目、早いですね。
みなさん、付いて来て頂いてますか?
ハードロックというカテゴリー垣根を一度取っ払って、純粋に楽曲を聴いてみて下さい。
ほんとに美しい旋律だと思いますし、中でも聴きやすい楽曲を選ぶようにしています。
そして3週とも、それぞれ別のアルバムをご紹介します。

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今回の作品は、1988年リリース・shambaraのA面の4曲目・Serpent Silver。
今回の作品も美しい歌メロとヴォーカルMORRIEの声、YOUの美しいギターソロが光ります。
そしてフェードアウト前の”CRAZY” COOL- JOEのベースが、そうこなくっちゃというラインを奏てくれている。
MINATOのドラムは、やはり計算されつくしている。
センスとテクニックがほとばしるアルバムだと思う。

SOUND→ ◎

DEAD END / Skeleton Circus

1986年~1989年の3年間の活動で4枚のCDをリリースしている。
1stはインディーズアルバムだが、2万枚という記録的な数字を打ち出し、
2ndでメジャーデビューを果たす。
先週の情報と重複するが、もう一度。
このアルバムからドラムの湊氏は参加し、実は全米でもデビューを果たしているのだ。
しかしその後、2枚のアルバムをリリースするも湊氏の脱退とともに惜しまれつつ伝説的なバンドは解散の一途を辿ったのだ。
つまりは湊氏に代わる後任ドラマーを見付けられなかったのだ。
そらそうだろうと思う。

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今回は2ndアルバム、GHOST OF ROMANCEより最後から2曲目のSkeleton Circusをご紹介します。
歌詞は、ヴォーカルのMORRIEのオドロおどろしい世界観を発揮している。特に注視されなくていいかと思います。
ただ、YOUのギターがさく裂しています。
彼のギターソロは、とてもドラマティックで美しく恰好よくて、特にこの曲のソロはとてもよく練られていて、展開に広がりを感じるメロディラインが美しい。
彼のソロの特徴として、速弾きやライトハンド、ハーモニクスやアーミングなど派手な奏法はあまり好まず、長く響かせるチョーキングやメロディによる広がりある展開を重視しているように思う。
どうぞご堪能あれ。

SOUND→ ◎

DEAD END / I’m in a Coma

日本のビジュアルロックバンドに多大なる影響を与えたDEAD ENDの登場です。後々、L’Arc-en-CielやLUNA SEAなど幾つかのビジュアルバンドが憧れてデビューを果たしたけれど、DEAD ENDのメンバーはそんな感じではなく、とても硬派で、テクニシャンで、骨太のハードロック、いやカテゴリー分けができないバンドだった。
あるとするなら、それはDEAD ENDというカテゴリーだと思うほどの、プログレッシブ色も携えオリジナリティ溢れる、都合上ハードロックバンドだという事にして、そして大絶賛してしまう程のバンドであった事は確かだと思う。
個性の塊が互いを刺激し合い、爆発的な作品をリリースしてくれていた。
Vo:MORRIE、G:YOU、B:”CRAZY” COOL- JOE、Dr:MINATOの4人組、勿論みんな日本人。
では1人ずつ紐解いてバラバラにしてみよう。
VocalのMORRIE(大塚基之)は、80年代のデビュー当時からカリスマと呼ばれるほどの人気ぶりだった。
人気に裏打ちされた確かな歌唱力、哲学を語るような摩訶不思議な歌詞、そしてそのいかしたルックス。
筋肉少女帯の大槻ケンジよりも早く、顔にひび割れ化粧を施していたと思う。若手バンドが長髪をじわじわとスプレーで逆立てていると、こうするんや!と言って、スプレー缶1本を使って逆立てる様子を見ておののいたという逸話が残っている。
GのYOU(足立祐二)は当時TERRA ROSAという名の通ったバンドのメンバーだったが、MORRIEの説得にあい加入したらしい。
ハードロックのギターとは思えぬソロの展開と、マイナーコードで怪しげな空気感を醸し出すが、ロングトーンチョーキングの音が美しく伸びて煌びやかにさえ聴こえる。
全ての楽曲の作曲を担当しているが、作家としての力は底知れない。
Bの”CRAZY” COOL- JOE(増本 正志)という80年代にはありがちな笑っちゃうバンドネームを持っているが、人気は凄まじかった。
やはりルックスの恰好良さとベースラインの印象深さだと思う。
時は同じく80年代に京都で人気があった、RAJASというバンドに在籍していた。余談ですが高校2年の時、京都四条下ルにあるWESTという楽器屋にESPのブラックランダムベースを買いに行った時、このRAJASのギター後藤 晃宏氏がいらしたので、当時使っていた赤のベリべり財布にサインをしてもらった。後藤氏はその後、ハードロックを一旦置いてTHE JANGOというバンドでちょっと売れて、今はαステーションの名物DJとして活躍中。LIVE HOUSEも経営していて、僕のカメラ教室の女性の生徒さん達がハードロックバンドで時々登場している。
さぁ話は戻りまして、いよいよDRUMSです。
日本で史上最強最高のハードロックドラマーだと思っています、MINATO (湊雅史)。
初めてCDを聴いた時、こんなに凄いドラムを叩く人が日本のハードロック界にいるんやとホントに驚いたし、今もDEAD ENDを聴き続けているのは湊氏のドラムが聴きたいからなのだ!
実はDEAD ENDで最も人気があり、要であったと思う。
その伝説的なドラミングは、脱退後の今も囁かれているほどだ。
では何がそんなにすごいか。
先ずは技術面で言うと、ライブでも絶対に狂わないリズム、タム回しの意外性、シンバルの使い方、ワンバスと思わせない迫力などなど挙げればきりがない。
一番の魅力は、ハードロック特有のリズムパターンやおかずの入れ方は一切せず、トリッキーな演奏をしてくれる。
聴き込めば込むほど、計算され尽くした演奏でなるほどと唸ってしまう。
ハイハットにタンバリンを付けるのは今ではよく見る風景だけれど、ハードロックに用いたのは湊氏が初めてではないだろうか?
全く枠にとらわれない職人技が最大の魅力だと思う。
オーディションの時に、DEAD ENDはあまり好きではないと言い放ったらしい。そこがまた、確固たる技術の自信の表れであり、そんな若造の素晴らしさを見抜いたメンバーもすごい。
余談ですが、プリンセス プリンセスのMというバラードをご存知でしょうか?ドラムの富田 京子氏による作詞ですが、あのMとは湊氏だという噂が何年も前に真しやかに囁かれていました。
そう言えばそもそも、プリプリのギターの中山 加奈子氏と、DEAD ENDのベースの増本氏とは恋仲の噂が大昔にあったから、バンド間の繋がりがあったのかも知れない。
1990年、ドラムの湊氏の脱退で解散に追い込まれたが、活動再開。ただ湊氏は参加していないので、もう今のDEAD ENDには何の魅力も感じません。湊氏は現在、奥田民夫や吉川晃司のサポートを始め、自身のバンドで演奏をアグレッシブに続けている。
長いながーい紹介になりましたが、是非一聴あれ。

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1986年から4年間の活動で途轍もない人気を博したにも関わらず、4枚のオリジナルアルバムと2枚のライブDVDのみしか発表していない。
しかも湊氏は、メジャーデビューアルバムの2ndからの参加である。
PsychoscapeというライブDVDを持っていますが、最高の演奏とパフォーマンスです。
今日は1989年発売4枚目のアルバム・ZEROの最後から2番目に収録されている、I’m in a Comaをご紹介します。
解散直前にリリースされたアルバムにも関わらず、ファン投票でこの曲が1位を取っています。
僕もこの美しい曲がNO,1です。
湊氏のドラムソロのような今から28年前の楽曲を聴いて下さい。

SOUND→ ◎

VOWWOW / Tell Me

いよいよVOWWOW特集の最終週です。
優れた曲はまだまだ沢山ありますが、んっーフィニュシュはやっぱりこれで。ミディアムテンポだけど哀愁を感じる。
唸るような歌声と泣きのギター、そしてシンプルなドラム。
聴かせてくれます。
MOUNTAIN TOPというアルバムに収録されていますが、僕はツイン・ベストで聴いています。

SOUND→ ◎

VOVWOW / Hurricane

確か高校3年の時、NHKでベストサウンドという番組が週1回、夜にやっていた。司会は、プログレッシブバンド・SENSE OF WONDERのキーボード奏者で、山下達郎のレコーディングやライブのサポートメンバーを何十年もやっている難波弘之だった。アシスタントは、翼の折れたエンジェルの中村あゆみ。
プロを目指す5人組アマチュアバンドの各々のパートを、プロのミュージシャンの手解きを受け、成長して行くという当時では画期的な番組を放送していた。
そのゲストミュージシャンがなんとVOWWOWで、メンバーが代わるがわる登場して教えてくれるから、バンドマンだった僕も毎週見ていた。
そして時々、番組の最後にライブをしてくれるので、その時の映像を今回観て頂こうと思う。
なんでか母親もいつも俺の横で、この人たち恰好いいなぁと言いながらニヤニヤしながら観ていたのだ。母親とはとても仲がよかったから、色んな話をしながら観ていた記憶が今もちゃんとある。
かなりぶっ飛んでる大した母親だった。
VOW WOW・ツイン・ベストという2枚組のアルバムに収録されています。数年前に思い出したように購入しました。
とても強く面白みのある大きなアルバムだと思います。

SOUND→ ◎

VOW WOW / Don’t Leave Me Now

ギターの山本恭司は、アグレッシブでハードなギターを弾くが、人柄はとても温厚だと思う。何故なら話し方がとても紳士で、優しくて、静かで、暖かくて、丁寧なのだ。
どのインタビュー動画を見ても、いつも変わらず自分を絶対に崩さない穏やかさを感じる。
しかしギターを持つと途端にスイッチON、激しくなるのだ。
人見元基はVOWWOW解散後、NHKの子供番組の歌をうたっていたという経歴を持つ。
何故ならVOWWOWはNHKと繋がりがあるからなのだ。
この辺の話は次回、軽く触れますね。
そんな個性がいい意味でぶつかり合ったバンドだった。

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そう言えばこの曲で、夜のヒットスタジオに出演していた。
それを家のテレビでボクは生で観た。
あの番組は生放送が売りだったから、まさしく生で観たのだ。
母親もVOWWOWは恰好いいバンドだと言ってたから、一緒に観ていた。
このBassは、元WHITESNAKE、GARY MOORE BANDのニールマーレイが弾いてます。
LOUDNESSがアメリカなら、VOWWOWはイギリスだ。
イギリスでのメジャーデビューアルバムがこれだ。
いよいよご本人の登場です、ヨロシク。

SOUND→ ◎

VOWWOW / Beat Of Metal Motion

12月の特集は、職人バンド・VOWWOWです。
いよいよ日本史上最高のハードロックヴォーカリスト・人見元基の登場です。そして、超絶ギタリスト・山本恭司の2本柱バンド。
元々BOWWOWという名で1976年にデビューしたが鳴かず飛ばず。
ただ山本恭司の演奏力の高さもあり、キーボードを加え、更にヴォーカリストを人見元基にチェンジし、バンド名をBからVに変えた。
5人編成だから5のV、そしてVICTORYのV。
海外デビューも視野に入れ、1984年に再デビューを果たした。
このとき俺は高校2年の17歳、存在は知っていたがまだ聴いてなかった。
実は高校を卒業した19歳の時に出会った友人にこのアルバムを聴かされ、驚いた。日本に洋楽のようなハードロックが歌えて、演奏できるバンドがいるのかと。
LOUDNESSとはまた違う音楽性で、洋楽そのものだと思った。
歌詞が全部英語で、発音も素晴らしくいい。
それもそのはず、人見元基は現役の高校の英語教師だったのだ。
それをキーボードの厚見玲衣が誘い入れたのだ。
1990年の解散後、また県立高校の英語教師に戻っている所がまた憎い!
歌唱力と英語力を武器に、ハイトーンヴォイスを自由自在に操る、ライトなうねり感のある、美しい声色を持つ人見元基。
ギターの可能性に挑戦するように様々な音色を放ち、予想もつかぬソロと作家としてのメロディアタックを持つ、山本恭司。LOUDNESSの元ドラム樋口宗孝とも親交があり、樋口のソロアルバムや浜田麻里への楽曲提供、そしてレコーディングプレーヤーをしている。
矢沢永吉のライブ映像を観察している時に、ふと目に留まった。
山本恭司がサポートしていたのだ、なんという懐の深さだろう。
キーボードの厚見玲衣。加入したことで、VOWWOWのサウンドを一気に洋楽色へと押し上げ、海外からも注目を集めイギリスのレコード会社とも契約に至る立役者と言っても過言ではないだろう。
ドラムの新美俊宏は、ずっーとワンバスで叩き続けた。
あの細い身体からは想像もできない、ましてやワンバスから放たれているとは思えぬパワードラム。
しかしヴォーカルの邪魔にならぬよう心掛け、控えめに叩いているとこら辺りがバンドに対する愛を感じずにはいられない。
少し雰囲気の違ったベースの佐野賢二は海外進出後、やはり引退をした。しかしその後一時、ホワイトスネイクやゲイリームーアバンドのメンバーでもある、ニール・マーレイが加入しているのに驚いた。
とにかく聴いて下さい。
かつて日本には、こんなに素晴らしいハードロックバンドが存在しました。自分の中にある、一番自分が輝けるものを武器に戦う、まさに職人バンド。
答えは自分の中にあるという事を教えてくれる。

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ハードロックはティーンエイジャーの音楽だと思われがちですが、とんでもない。
そもそも現役で演奏しているのは、50オーバーのオッサン達です。
弱る体に鞭打って魂を響かせています。
それを支えるのは40、50のオッサンオバサン達です。
アルバム・BEAT OF METAL MOTIONの最後の曲、タイトル曲のBeat Of Metal Motion。
今週はこれを聴いて、乗り切って下さい。

SOUND→ ◎

LOUDNESS / The Lines Are Down

いよいよLOUDNESS特集も今週が最後です。
デビューして36年が経過したとは思えぬ、衰えぬパワーを今も僕たちに浴びせてくる。
ドラムの樋口宗孝は2008年11月、他界されたけれど後任のドラマーが無事に見つかり、更にパワーアップしています。
樋口はバスドラ(足でキックする大きな太鼓)が1つのワンバスタイプだけど、並み居る強豪バンドをテクニックでねじ伏せて来た。
後任のドラムの元SABER TIGERの鈴木“アンパン”政行は、ツーバスタイプなので、テクニックというよりパワーで押して来る。
でも過去の楽曲には、樋口のドラミングを割に忠実に守っていると思う。
余談ですが樋口宗孝は、浜田麻里の旦那です。
浜田麻里をデビュー当時からプロデュースして、1st2ndアルバムではドラムも叩いています。
やっぱり恰好よくて、すぐに樋口のドラムだと分かります。
そんなLOUDNESS。
高校生バンドのベース時代には、かなりの曲をコピーしては発表していましたが、テクニシャンなので難しくて誤魔化さないと弾けませんでした。
今も1st~5thまでは車でよく聴いています。

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ご紹介するThe Lines Are Downは、1985年全米デビューを果たした5thアルバム・THUNDER IN THE EASTの9曲目。
日本のロックバンドにおいて、アメリカビルボード100位圏内に入ったのは初めてで、74位。日本のヒットチャートは4位。
この曲のリフのノリが気持ちいいし、ギターソロの後半部分のライトハンドが美しい。
ただPVでは、その肝心なギターソロの部分がなぜか、女性がメリーゴーランドに乗ってるという意味の分からんカットなのが、残念というかなんでやねんという疑問でしかない。そこも見所のひとつでございます。
高崎晃のシンボルギター・ランダムスターを弾いているが、ほんとは赤のランダムスターで稲妻のようなミラーを施しているのですが、僕の高校時代のベースは黒のランダムスターでミラーもちゃんと施していた。
あぁ懐かしい。

SOUND→ ◎

LOUDNESS / Loudness

LOUDNESSの2ndアルバム・Hard Workin’を初めてコウスケに聴かされた高校1年の僕は、ほんとに度胆を抜かれた。
こんなに魂を揺さぶられるような音楽が、この世にあるのかと思った。
すると当然デビューアルバムを聴きたくなる。
友達のウチダ君が持っていたので、テープを借りた。
借りたのはいいが、家まで待てない、今すぐ聴きたいのだ。
すると次の授業は英語で、しかもLL教室でのリスニングやった。
先生はスタジオみたいな別室に入って、みんなはヘッドフォンをする。
すると先生の声が聞こえてきて、各自リスニングしたあと、リピートするのだ。それを録音するためか、各自の机にはテープレコーダーが付いているのだ。それを知っていた僕は、当然借りたLOUDNESSのテープをかけて聴くことにした。
おぉー、ヘッドフォンから1曲目のLoudnessが流れてきた。
うわっーゾクゾクしてきたのを今も憶えている。
すると突然パタッと音楽が消え、先生の声が流れて来たのだ。
そうなんど、先生が喋るとLOUDNESSが聴けなくなるうえに、カセットテープを挿入していると、いいと言ってないのに勝手に録音されてしまうのだ。
授業が終わり聴いてみると、曲の途中で先生の声が入ってしまったのだ。
最悪、どうしょー、どうしよー??
すぐにコウスケに事の成り行きを説明すると、他にデビューアルバムを持っている奴を教えてくれて、そのテープの上からもう一度再録してくれたのだ。
なんて素敵な奴、ありがとー。
数日後、借りていたテープをウチダ君に返し、ホッとしていた次の日、
ウチダ君があのテープなんかした? いきなり聞いてきた。
えっ、なんで?と応えた。(なんでそんなこと聞いてくるんやろー、完璧にばれないはずやのに。)
おかしいなぁー、録音レベルが無茶苦茶低くなってんねんけど!!とウチダ君が言った。
俺はすかさず、ごめんと謝り、本当の事を述べたのだ。
大丈夫大丈夫、俺、レコード持ってるしとウチダ君。
なんやー、それを早く言うてや!
LOUDNESSはこんな素敵な思い出まで、作ってくれたのだ。
あっそれと、高校2年の時、大阪厚生年金会館大ホールにコンサートに行ったんだけど、
当時は、チケットを取るには電話予約で、1回の電話で2枚チケットが取れるシステムで、しかも早いもん勝ちだった。
みんな全然繋がらなかったらしいけど、俺とコウスケの2枚分のチケットは、1コールで繋がり直ぐにゲットできて、しかも前から2列目だった。
みんなは2階席だった。
コンサートが始まると、凄まじい勢いで、一斉に後方から舞台にダッーとオーディエンスがダッシュしてきたのだ。
何人も警備員に吹っ飛ばされ、しかし僕とコウスケは運よくその波に乗り、いつの間にか1番前で舞台にしがみついていた。
当時はBassを弾いていたので、山下昌良側だったけど嬉しくてプレイを見つめてると、飲みかけのポカリスエット缶を舞台上から手渡ししてくれた。嬉しくてうれしくてしばらく家に飾ってたけど、高3でDrumsに転向してからはそのポカリはどっかへ行ってしまった。

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1981年、記念すべき、そして伝説の始まりのデビューアルバム・THE BIRTHDAY EVE ~誕生前夜~ 。
気持ち悪いジャケットでしょー。
1週目にご紹介した2ndアルバム・DEVIL SOLDIERは産まれた後で、悪魔の申し子なんでしょうね。
コンセプトがよく分かりません。きっとメンバーも言われるままによく分かっていないと思います。
しかし、サウンド・テクニック・広報は素晴らしいと思います。
なんせ、5thアルバムで日本人初アメリカビルボードチャートに名を連ねるようになったのだ。
ちなみに日本のオリコンチャートでは最高第4位。

SOUND→ ◎

LOUDNESS / Milky Way

マンスリーアーティストLOUDNESSの特集第2週目です。
LOUDNESSは、日本初のへヴィメタルバンド。
前身はそうLAZYです。
僕と同世代の方は勿論、ご存知ですよね。
奥田民夫やSpitzのメンバー、それに僕と同い年の斉藤和義らも影響を受けたというLAZY。
かまやつひろしの後押しもありデビューを果たした。
しかしアイドル路線としての売り方に、次第に疑問を感じ始めるメンバー。確かに曲調と全然違う雰囲気のギターの高崎晃と樋口宗孝だった。
タッカンこと高崎は、当時から変形ギターを使っていてフライングVや、三日月型だった。
ドラムのひぐっつぁんこと樋口は、当時からむちゃくちゃ恰好いい叩き方だった。
突如LAZYはヘヴィーメタル宣言をし、根底から覆すアルバム“ 宇宙船地球号 ”を1980年12月にリリースした。
しかしその後、事務所と揉めたり、メンバー間の不一致もあり、これがLAZYとしての最後のアルバムになる。
しかしこのアルバムは、サウンド的にとても好いアルバムで、今でも聴き継がれていると思う。
ヴォーカルの景山ヒロノブらは、ネバーランドというバンドで活動を始めるが、あまりパッとしなかった。
その後、アニソンで大活躍することになる。
後にかまやつひろしは、LAZYに申し訳なかったと言っているが、高崎は雑誌のインタビューで、かまやつさんのお陰で今があると言ったらしい。
高校時代、僕もこのアルバムから2曲をライブで演奏している。
そして、ここからいよいよLOUDNESS伝説の始まりです。
ギタリストの高崎晃と、ドラムスの樋口宗孝が中心となって結成されたバンドで、ベースの山下昌良は高崎晃の幼馴染、ヴォーカルの二井原実は、元EARTHSHAKER。そんな4人が途轍もないアルバムを引っさげて、1981年11月にデビューをした。
ラウドネスの誕生である!

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今日は4枚目のオリジナルアルバム・DISILLUSION~撃剣霊化からの曲、B面の3曲目、Milky Wayをご紹介します。
とてもキャッチ―で、タッカンの作曲力が光る人気曲。
LOUDNESSは基本的ににーちゃん(二井原実)が作詞、タッカンが作曲を担当している。

SOUND→ ◎

LOUDNESS / Hard Workin’

11月のマンスリーアーティストは、ジャパンへヴィメタルのキング、LOUDNESSが遂に登場。
先月までの半年間は洋楽ハードロックバンドの特集でしたが、実は何を隠そう私は邦楽にも滅法強いんです。
邦楽のハードロックは全然聴かない!という方が多い中、うちの高校はみんな邦楽も滅茶苦茶聴いていました。
バンドでも演奏をしたし、ライブにもみんなで行ってました。
公立高校だったので校則はとても甘く、音楽をしてるからといって茶髪にしてたり、長髪は当たり前でした。
髪の毛の耳の前の部分だけオキシドールで色を抜いて金髪の手前くらいまで、母親公認でしてましたよみんな。
音楽に真摯に向き合った3年間やった。
ハードロック・へヴィメタル(HR/HM)の素晴らしい世界を知るきっかけになったのが、このLOUDNESS。
日本では最高峰の技術を持っているバンドであることは確かな事実です。
歴史のあるバンドだけに、メンバーの事や楽曲の事、またコンサートに行った時のエピソードなどの思い出話は、4週にわたってお伝えします。
HR/HMの正しい聴き方ですが、ろくでもない事を歌っているので、歌詞には目もくれなくていいです。
音楽とは音を楽しむ、文字通りサウンドを聴いて下さい。
ギター、ドラム、ベースの音色。ギターソロのメロディライン、ドラムのリズムパターンと遊び、ベースライン。
それからヴォーカリストの歌声。みんな意外に上手くて、美しい声です。
HR/HMのヴォーカリストは、実はかなりテクニシャンです。シャウトのイメージがあるかも知れませんが、あまりしなくて、聴かせてくれます。
高1の時、近所に住むコウスケが毎晩遊びに来ていた。その時によく、RCサクセションのテープをかけながらバカ話をしていたがある晩、
「お前、これ知ってるか?」とかけてくれたテープがLOUDNESSだった。
「うわっー、うるさい、消してくれ、持って帰れ、こんなん!」
と怒った。しかし忘れて部屋に置いて帰ったのだ。
もぉー、と思いながらも恐る恐る、もう1回かけてみた。
やっぱりうるさいだけだ。A面をなんとか聴き終えてテープを取り出したが、念のためB面も一応聴くことにした。
嫌なら早送りをすればいいんやから。
B面にひっくり返しプレイボタンを押した。
1曲目のHard Workin’のイントロが流れて来た瞬間、ホントに胸を一撃打ち抜かれ、稲妻が走った。
俺はこの世界を待っていたのだ!  覚醒してしまった!!

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27作のオリジナルアルバムをリリースしているLOUDNESSの初期の楽曲。1981年デビュー、1982年7月に2ndアルバムがリリースされた。
Hard Workin’はその2作目、 “ DEVIL SOLDIER – 戦慄の奇蹟 ”
のB面の1曲目。印象深いギターリフと、トリッキーなドラムリズムとシンバルのアクセントが恰好いい。
高校時代に読んだ雑誌・ロッキンfにこんな事が書いてあったのを今も憶えている。
ギターの高崎晃がドラムの樋口宗孝に、イントロにはシンバルを使ってほしいと言ったと。
二井原実のシャウトコーラスと、歌の合間に入るドラムスネアのロールからタムに移行する所がいい。
この曲を聴いた瞬間から、もうあなたもLOUDNESSの虜になるだろう。
僕は高1から35年経ってるけど、今でも聴き続けているし、あの時の新鮮さは何も変わっちゃいないぜ。

SOUND→ ◎

GARY MOORE / Falling In Love With You

いよいよ今週でGARY MOORE特集は一先ず終了です。
最終週に相応しい楽曲をと考えた時、やっぱりこの曲の事を強く想った。
Falling In Love With You、日本語タイトル “ 想い焦がれて ”。
歌、ギター、ソロ、音色、全てにおいてなんて美しい楽曲なんだろう。
世界で一番美しいハードロックラブバラードであり、ギタリストとしての美しさも世界一の曲。
あんなに怖い顔のゲイリーだけど、心は穏やかで優しくてロマンチストだったんだと思わずにはいれない。
これ以上の言葉はもういらないと思う。
とにかく何度も聴いて、心の奥深くに沁み込ませて下さい。

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1982年に発表されたアルバム、Corridors of Power – 大いなる野望。
このアルバムによってGARY MOOREは世界を駆け抜けた。
今回の特集で3曲を取り上げましたが、大粒揃いのアルバムです。
どうか一家に1枚、是非お持ちください。
そして疲れた時、哀しい時、嬉しい時も、このアルバムとともに過ごして下さい。目を閉じ、想いを馳せる。
過去も未来も受け入れてくれるはずです。
ゲイリー、もっとあなたのハードロックが聴きたかった。
そして、  ありがとう。
SOUND→ ◎

GARY MOORE / Hold On To Love

GARY MOORE特集もいよいよ大詰め、第4週目です。
今日は、1984年発表Victims of the Futureからの1曲。
この楽曲はとても思い出深い曲で、自分史を語る上でなくてはならない存在なのだ。
高校2年、17歳の時にこのアルバムがリリースされ、特にこの曲に魅了された。出だしのフレーズがとても印象的で耳に焼き付き、どうしてもやりたいとバンド仲間に懇願した。
その時に組んでいたバンドは、ルーキーZというバンド名でパチンコ台の名をそのまま付けた安直さはやはり高校生だな。
高校時代は、新入生歓迎会と文化祭にはその都度バンドを組み、登場していた。同じメンバーで1つのバンドをやり続けるというより、その都度参加するために1~2か月前に突然声を掛け合い、セッション形式で組むのだ。この時のメンバーはキーボードを含め5人。高校3年の最後の文化祭だった。
そして実はこの時、BassではなくDrumに転向していたのだ。
高3の夏に突然Drumに転向した。
Bassは全然目立たへんし、なんか面白くない!という不埒な理由だったと思う。MSGのSystems Failingと、X-RAYのDamselと、このHold On To Loveを演奏した。
3日間ある文化祭の2日目のトリだったが、なんと文化祭史上初となるアンコールが出たのだ。この時はほんとに嬉しかったなぁ。
3曲しか用意していなかったのでMSGをもう一度演奏すると、2コーラス目くらいで先生が音楽室に入ってきて、時間切れと言われ途中でやめたという苦い思い出があるから、絶対に忘れられない。
余談ですが、高2の同級生の女生徒5人組尾崎亜美コピーバンドがあって、ヴォーカルがめちゃくちゃ尾崎亜美の声に似てて、しかも歌唱力もずば抜けていた。人気もあったんだけれど突然解散を発表した。あまりにもショック過ぎたので、当時組んでいたハードロックのバンド仲間に相談を持ちかけた。
「あいつ、このままやめさせてええんか? 歌わせなあかんやろ。」俺はあいつのマネージャーかとか思いながらも相談すると、「せやな!」という事になり、みんなでバックアップすることにした。ギター、ドラム、キーボード、そしてベースの俺。
高3の新入生歓迎会で確か、テンダーレイン、セレナーデ、身体に残るワインの3曲を演奏したはず。
それからというもの、尾崎亜美の曲を聴くと胸の奥の方がギュュッーと締め付けられる感じがする。
哀しくもあり、嬉しくもあるライブだった。

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このアルバムの日本語タイトル “炎の舞” 、いいアルバムです。
3曲目のTHE YARDBIRDSの名曲SHAPES OF THINGS TO COMEも全く違うアレンジで恰好いいし、
4曲目のEMPTY ROOMSはギターソロの美しい名バラード。

SOUND→ ◎

GARY MOORE / Sunset

3週目はインストのGARYを楽しんで頂きます。
名曲、Sunset。
これは1981年に発表された、ドラマー・COZY POWELLのソロアルバム“TILT”の収録曲で、GARY MOORE名義のアルバムには収められていない、ある意味とても貴重な曲かも知れないが、ファンの間ではあまりにも有名で、B’zの松本孝弘さんはソロアルバム“Rock’n Roll Standard Club Band”で、Sunsetをコピーしている。
偉大なるギタリストのJEFF BECKもこのアルバムに参加しているが、COZYはGARYのプレイを世界で2番目に美味いと褒めたそうだ。一番は、JEFF BECKと言ったという逸話が残されている。
ここでドラマー・COZY POWELLを紹介しておこう。
ソロアルバムをリリースする位、ハードロック界ではやはりなくてはならない存在だ。
というのも、テクニックを認められ有名バンドを渡り歩いているのだ。
JEFF BECKグループに始まり、このブログで紹介した名だたるバンドが並ぶ。レインボー、グラハムボネットグループ、マイケルシェンカーグループ、ホワイトスネイク、ブラックサバス、イングヴェイ・マルムスティーン・バンド などなど、在籍年数は短いもののそれぞれのバンドで爪痕を確実に残した。
そして1998年、車による事故死。

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このアルバムの他の曲には全然興味がないから、聴いていないのだけれど、この曲は是非みなさんに知って頂きたく、今回ご紹介しました。
派手なことはせず、叙情的なプレイに集中したシンプルで美しい楽曲。
ジャケットに関しては、80年代特有のもう何が何だか分からん!という奴です。もはや誰にも意味なんて分からないし、そんなものは、もはやいらないのかも知れない。

SOUND→ ◎

GARY MOORE / End Of The World

こんにちは、ゲイリームーア特集の第2週目です。
では早速行きましょう。
実は高校の卒業文集に、ゲイリームーアがギターでチョーキングをする時に歪めるあの顔の似顔絵を描いたくらい、彼の音楽が好きだった。
ハードで鬼気迫るギタープレイの中に、ラブバラードの中に、彼の美学が詰まっている。
それはきっと “ 美しさの探求 ” という事だろう。
2011年2月、休暇中に突然の心臓発作で58歳という若さでこの世を去った。ハードロックから最終的にはブルースへと回帰した彼の音楽人生は、きっと幸せだったんじゃないかと思う。
全世界をこんなに感動させたんやから。
フィギュアスケートの羽生結弦選手が、パリの散歩道で滑っているのを見て嬉しくなった。
そう、ゲイリーの楽曲なのです。

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今回もやはり名盤、Corridors of PowerのB面の1曲目、
End Of The Worldです。
凄まじいギターソロから始まる楽曲。怒り、哀しみ、嘆き、そんな人間の奥底にある憂い全部をパワーに変えて、表に出して見せてくれた。
ありがとう、ゲイリー。
大音量で鳴らして、さぁ皆さんも拳を突き上げようではないか!

SOUND→ ◎

GARY MOORE / Always Gonna Love You

10月からのこのマイワールドですが、引き続きハードロック特集を続けます。続けますがー、毎月マンスリーアーティストを決め、その方を1か月間ずっーと追いかけることにします。
記念すべき10月のマンスリーアーティストは、僕の中の最高のスーパーギタリストであり、ヴォーカリストのゲイリームーアさんです。
ハードロックミュージシャンの中で、1番好きです!
鬼気迫るギターソロ、テクニック、音色、数々の美しきバラード、ストレートなヴォーカル。
あんな恐ろしい顔してて、ラブバラードを弾かせたら、歌わせたら、右に出る者はいない。
後にブルースの世界に行かはったんですが、元々体の中にソウル魂が流れてたんでしょうね。
LOUDNESSの高崎晃さんや、B’zの松本孝弘さんは、多大なる影響をお受けになってるようです。
高崎さんは、そっくりな曲を作っています。
LOUDNESSのShow Me The Wayと、GARYのEnd Of The Worldはそっくりだし、高崎さんのソロExploderとGARYのEnd Of The Wldの最初のパートもそっくりだ。
松本さんのソロアルバムRock’n Roll Standard Club Bandで、GARYのSunsetをコピーしている。
それほど、素晴らしいお手本になるギタリストなんでしょうね。
でも、魂剥き出しの歌もいいんですよ。
初めて知ったのは、高校2年。
1982年発表、- 大いなる野望だった。
レコード盤に針を落として始まった1曲目のイントロを聴いて、そこからはもうラストまで動けなくなった。
小刻みなフィンガービブラートに、ゆったりとしたアームビブラートが心の奥底を大きく揺さぶる。
この時はまだ、後々GARYの曲をコピーすることになるとは、考えもしなかった。

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今週ご紹介するのは、そのCorridors of Powerからの2曲目、GARYと言えばこのラブバラード、Always Gonna Love You。
こんなにロックしてるバラードは、あまり聴いた事がない。
歌もいいし、ギターソロがこれまた美しい。
GARYのバックを務めるミュージシャンもテクニシャンだ。
ドラムは、あのディープ・パープル、ホワイトスネイクの名ドラマーのイアン・ペイスおっちゃんだ。
ベースは、あのブラック・サバス、そしてホワイトスネイクの名ベーシストのニール・マーレイだ。
さぁ、先ずはこの曲でゲイリームーアをご賞味あれ。

SOUND→ ◎

HEAR N’ AID / We’re Stars

改編前、9月最後のご紹介は、HEAR N’ AID(ヒア・アンド・エイド)のWe’re Starsです。
1985年、僕が高校3年生での出来事です。
言ってみればアフリカ救済のために立ち上がった、We Are The Worldのハードロック・メタル版が実は存在するのです。
マイケル・ジャクソンの呼びかけで、「 私達はこの世界で一つに繋がっているんだ。」という根底に流れる素晴らしいテーマとは違い、どうも自己アピール感が否めない。 アフリカの救済色が全然入ってこないのだ。
しかし、このブログでもご紹介した、数々の超一流ギタリスト達が参加してくれています。
個性あふれるギタープレイと、それぞれの音色をお楽しみください。
さぁいよいよ来月からは新たな編成で参ります。

SOUND→ ◎

RIOT / Warrior

改編の10月まで、いよいよ残す所あと2回。
今日は、1975年にアメリカで結成された老舗バンド・RIOTです。
強烈なファンという訳でもないですし、もっと言うとRIOTがたまらなく好きだという友達や知り合いを見かけた事も、いまだかつてない。
コピーをしている奴も学生時代には一人もいなかった。
ただ、この曲は別格です。
この曲は、この曲だけは、みんなが好きだった。
アルバムの他の曲には全然触れもしなかったけど、この曲はみんなが好きだった。サウンドはちょっと古く懐かしく、若干籠っているような音が時代を感じる。
しかしヴォーカルのガイ・スペランザの声がとてもチャーミングだ。
ギターやドラム、ベースに関しては、そこそこかと思います。

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1977年、デビューアルバム・ROCK CITYの2曲目。
1984年、高校2年の時に存在を知ったRIOT。
何故か頭部だけがアザラシという謎のキャラクター(ジョニーというらしい)をジャケットにする所なんかも、ただ者ではない感じがしていた。
アートワークのセンスは、どうか暖かい眼で見てあげてください。
関係者のみんながたまたま揃って、身体の調子が悪かっただけだと思います。もしくは、関係者のみんながちょっと魔が差してしまっただけなのかな。
メンバーチェンジを重ね、再結成を果たして今も活動は続けているが、ヴォーカリストが変わっているので、聴くまでもないかな。
古きよき時代、それがRIOTなのだから。
確かにあの日、あの時、あの時代を、僕たちと一緒に生き抜いてくれた。
そう、みんなWarriorだ。

SOUND→ ◎

QUEENSRYCHE / Queen Of The Reich

こんにちは、竹内です。
いつもマイワールドをお読み頂いて、有難うございます。
週を追う毎に読者の方がドンドン増えております。
感覚的にはあまり実感はないのですが、示している数字を見て、
うわー、そうなんや! とただただ驚いています。
これからも益々充実した内容にしていきたいと思っておりまして、改編期を迎える10月、更にパワーアップするために先週お伝えしました大好きなあの方の登場は、10月まで少しお待ちいただこうと思います。
どうかご了承くださいませ。
では今週も始めて行きましょう。
お待たせしました、QUEENSRYCHEの登場です。
確か高校2年の時、戦慄なデビューを果たしたツインギターの5人組アメリカンプログレッシブメタルバンド。
後のアルバムなんかを聴くと曲の構成が凝っていて、単なるメタルというより、プログレがまじった様なバンドである。
ギターやベース、ドラムなどのメンバーは特に知名度やテクニックにずば抜けたものがある訳ではないのだが、何の因果か一番最後に加入したヴォーカルのジェフ・テイトが素晴らしい歌声とテクニックを携えていたのだ。
1983年にリリースされた4曲入りデビューEPアルバムの出来栄えが素晴らしく、アメリカのバンドにもかかわらず、イギリスの匂いを醸し出していたのが好かったのだろうと推測する。
その後、3枚目はゴールドディスクに輝き、4枚目は300万枚を売り上げ、立て続けに高い評価を受けたのだ。
しかし残念な事にデビューアルバムはかなり気に入ったのだが、その後のアルバムは実は僕には全く響かず、聴かなかった。
理由があるとすれば、1枚だけで十分だった。
あの手のサウンドは、重ねて聴き続けるものではないと心と身体が反応しなかった。プログレがあまり好きでないのかも知れないと今、気付いた。

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デビューEPアルバムではプログレではなく、メタル色が強いストレートなサウンドを、伸びやかなハイトーンヴォイスとともに届けてくれた。
デビューアルバムQUEENSRYCHE(クイーンズライチ)の記念すべきオープニング曲、Queen Of The Reich。
この後3作目から、QUEENSRYCHEのとんでもないブームがやって来ることになるとは、このPVを見ている時にはまだなんにも思ってなかった。
時代を感じる映像だが、サウンドは今も輝いている。

SOUND→ ◎

IMPELLITTERI / Stand In Line

さぁ、ハードロックを始めて行きましょう。
今日は1987年デビューのインぺリテリ、ギタリストであるクリス・インペリテリのバンド。
速弾きを武器にデビューするも全然注目されなかったためか翌年の1988年、グラハム・ボネットをヴォーカルに迎え発表したアルバムStand In Lineでようやくその名を知られるようになった。
グラハム・ボネットさんにはこのブログで何度か登場して頂いてるので、もう皆さんもお分かりだと思います、ね?
一番初めに特集したM.S.GのDesert Songや、ALCATRAZZのStarcarr Laneを歌っているあの素晴らしいヴォーカリストです。
このIMPELLITTERIの2ndアルバム・Stand In Lineは全曲グラハムの匂いを感じる、叙情的でマイナーな仕上がりでいいと思うのですが、グラハムのいない次のアルバムからまた変になってしまった。メロディを感じないやたらハードなサウンドになり、ギターの音色も歪ませ過ぎているため、速弾きをしているから余計に音の粒が聴こえにくいと感じた。
2002年にもう一度グラハムをヴォーカルに迎えるももう効き目は薄く、メンバーチェンジを繰り返し、でも今もアメリカで地道なライブ活動を続けているようです。

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このアルバムのタイトルチューンのこの曲は、グラハム・ボネットらしく恰好いい。1曲目に収録されています。
ご本人もサングラスをはずしてやる気満々だったんでしょう。
さて、いよいよ来週は僕の一番好きなあの方がやって来る予定です。

SOUND→ ◎

BON JOVI / Come Back

それでは始めて行きましょー。
出ましたー、今日はBON JOVIです。
もう何の説明も、豆知識も必要ないですね。
でも折角なので少しだけ。
東海岸のバンドで、ギターソロやリフで聴かせるのではなく、
ジョン・ボン・ジョビの歌で聴かせる、バンド名にもなっているジョン・ボン・ジョビのためのハードロックバンド。
1984年僕が高校2年の時、スーパー・ロック’84というフェスで初来日した際に、火がついたようだ。
同年にリリースされた1stアルバムの1曲目・夜明けのラナウェイがドラマの主題歌となり、日本で大人気。
アルバム的には世界的なセールスには至らなかったが、1986年にリリースされた、3rdアルバム・Wild in the streetsでは、ビルボードチャート1位を8週連続で獲得し、モンスターバンドとなった。
1st、2nd、3rdまではよく聴いたが、そこまでだった。
女性には人気が長く続いたんじゃないでしょうか。

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今回ご紹介の曲は意外かも知れませんが、1stの8曲目のCome Back。
結局デビューアルバムが一番いいんです、BON JOVIのエッセンスがたっぷり詰まった1枚のように思えます。
たまに聴くといいですね、BON JOVI!

SOUND→ ◎

IRON MAIDEN / Aces High

先週のJUDAS PRIEST編でお伝えしましたように、
New Wave Of British Heavy Metal、いわゆるヨーロッパの新しいムーブメントを80年代にけん引したバンド。
そう、IRON MAIDENです。
このバンドが脈々と今でも流れるヘヴィメタルを、確立したと言っても過言ではないと思うんだ。
革ジャンに鋲というファッションにおいても、バンド名のロゴ、エディというオドロオドロしいマスコットにも表れているアートワーク的においても、新しい流れを作ったのだ。
初代メンバーでリーダーでベースのスティーヴ・ハリスが中心となり、曲を書いている。
物凄い早いプレイやのに指で弾くというベースの達人。
曲からはプログレの匂いもプンプンする、その辺が一筋縄ではいかぬバンド。それからギターは、デイヴ・マーレイとエイドリアン・スミスのツインギター。ドラムはクライブ・バー。
プレイもルックスも格好よくて、ドラマー以外からも絶大な人気があった。うちのバンドのギターも、透明下敷きに切り抜きを挟んでいたのだ。
ヴォーカルは、3rdアルバムから参加したブルース・ディッキンソンが良い。彼になってから歌に安定感が出て、本物の人気バンドとなったのだ。
実は、1982年の3rdアルバムのリリース後、ドラムのクライブ・バーが病いに倒れたため、、ニコ・マクブレインが参加することになるのだが、この人のドラミングがとても素晴らしいのだ。
息子2人に聴かせると、ポカーンとして口が開いたままだった。
それくらい、心奪われてしまうのである。
ちなみにニコはレストランを所有していて、ブルースは飛行機を所有している。
みんなあの出で立ちでゴルフを楽しんだりもしている。
そして今もクライブ・バーとの繋がりをちゃんと保ち続けている所が、またいいんだなぁ。
IRON MAIDENのオドロオドロしいTシャツを着て、文化祭や新入生歓迎会でブイブイ演奏したもんだ。
ほんとに良き思い出で、僕はこれからもそんな思い出とハードロックを携えて生きて行くのだ。

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今回は1984年リリース、5枚目のアルバムの1曲目・Aces Highを選びました。
やっぱり1984年、高校2年という歳が一つのボクの人生の分岐点になっているように思う。
ベースのスティーヴ・ハリス、ギターのデイヴ・マーレイとエイドリアン・スミス、ヴォーカルのブルース・ディッキンソン、そしてドラムニコ・マクブレインという僕が思うフルラインナップです。
現在もこのメンバーに更に1人ギターが加わり、アルバムをリリースし続けています。
流石にもうニューアルバムを聴いたりはしないけど、続けてくれているという事実が僕を支えている。

SOUND→ ◎

JUDAS PRIEST / Rock Hard, Ride Free

メタルファンには怒られるかも知れない。
メタルゴッドを早く紹介しろよと。
了解です、今日そうします。
70年代からメタル界でトップの座に君臨し続けてた、イングランド出身のバンド・ジューダスプリースト。
IRON MAIDENと共に、New Wave Of British Heavy Metal、いわゆるNWOBHMのムーブメントを80年代にけん引して来た功績を讃えようではないか。
絶対的メタルゴッドの異名を持つハイトーンヴォーカルのロブ・ハルフォード。
ギターの1弦24フレットのチョーキングの音を声に出せるらしいです。
聖飢魔IIのデーモン小暮閣下も出せるらしく、噂では昔、ジューダスプリーストのライブの1番前で、あのメイクで(素顔か・・・)一緒に歌っていたらしい。
奇抜な出で立ちのロブ・ハルフォードですが、実はとても優しい人みたいです。
そしてツインギターとベースとドラムの5人編成。
リードギター・グレン・ティプトンの練られたソロがまたいい。

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1982年の名盤・Screaming for Vengeance / 復讐の叫び、からのナンバーににしようかと色々悩みましたが、
ここはやはり、 1984年の名盤中の名盤、Defenders of the Faith / 背徳の掟、からの渋いナンバー、Rock Hard, Ride Freeをご紹介します。
このアルバムリリースは、高校2年の時です。
全てにおいて上手すぎて、どのバンドも手を付けられなかった。
色んな意味で手の届かないバンドだったけれど、このCDは2年前にやっぱり欲しくて手にしました。
だっさいジャケットですが、80年代の精一杯のグラフィック。
後半のギターソロがグレン・ティプトン。

SOUND→ ◎

DOKKEN / Just Got Lucky

さぁドッケンの登場です。
1983~1984、僕が高校2年生の時に彗星のごとく現れたドッケン。
元々はヴォーカルのドン・ドッケンを中心に歌を聴かせるLAメタルとしてデビューしたはずが、
ギタリストのジョージ・リンチのテクニックに人気が沸騰した。
歌を聴かせたいナンバーをライブでやりたいドン。
ハードなナンバーをやりたいリンチ。
そら揉めますわな!
5枚目のライブ盤をリリースした5年後に惜しまれつつ解散。
その後、オリジナルメンバーでの再結成のプランが持ち上がるも上手く行かずバラバラ。
そらそうです、ドンはもうとてもデブデブになってしまい、リンチも若干。切れがなくなりました。
ただ、80年代のメタルシーンに確かな爪痕を残してくれた。

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今回はポップなナンバーで人気曲のJust Got Luckyをご紹介します。
テクニカルなギターソロはなく、またポップなナンバーなのでジョージ・リンチは本意ではないでしょうが、音の抜けが良くいい曲なのでご紹介しますよ、リンチさん。
意味の分からんジャケットも80年代の遺産です。

SOUND→ ◎

RISING FORCE / Rising Force

今回は久々にハードな曲を行きます、これぞハードロックって奴を。
そうRISING FORCEのRising Force。
何の事やら分かりませんね。
以前ご紹介しました、ALCATRAZZを覚えてらっしゃいますか?
ヴォーカルのグラハム・ボネットが見出した天才ギタリスト、初代ジェットフィンガーの異名を持つ、ギターのイングヴェイ・マルムスティーン。
彼がALCATRAZZを脱退後、ソロプロジェクトを進め、彼の彼による彼のためのバンド、RISING FORCEが結成されたのだ。
イングヴェイ・マルムスティーンは、元DEEP PURPLEのギタリストであり、RAINBOWのギタリストでもある、リッチー・ブラックモアをとても崇拝していて、黒い上着に黒いパンツ、十字架のネックレス、ギタープレイ、そしてライブの後半でギターをぶっ壊すという良い子には見てほしくない、パフォーマンスまでも真似ている。
だからなのか、RISING FORCEのオデッセイというアルバムでは遂に、元RAINBOWのヴォーカル・ジョー・リン・ターナーを迎え入れたのだ。
そして記念すべき1曲目がRising Forceなのだ。
伸びのある歌声と、どこかしらバロックを思わせる曲展開、お決まりのツーバスのリズムパターン。この感じ好きだなぁ、どうぞご賞味ください。(※ツーバストとは、足でキックするバスドラが2つあるドラムセットのこと)
RAINBOWの事も以前触れておりますので、再度お読み頂ければ幸いです。

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このアルバムはRISING FORCEとしては通算4枚目のアルバムであり、そしてこのアルバムを最後に解散した。
以降は彼自身の名前で活動をして行くことになる。

SOUND→ ◎

STEVE PERRY / Foolish Heart

今日は先週のJOURNEYのヴォーカル繋がりで、スティーヴ・ペリーをご紹介します。
言わずと知れたジャーニーのヴォーカルで、USA for Africa – We are the Worldにも参加した、伸びやかなハイトーンヴォイスの持ち主で、ハードな曲もバラードも歌いこなせる数少ないヴォーカリスト。
彼の1stソロアルバム・STREET TALKをご紹介します。

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当時の意中であった女性への想いを歌ったアルバムの1曲目「Oh,シェリー」は、当時高校生だった僕は、MTVで何度見たことだろう!
一説によると、PVに出演している美しい女性はご本人だったらしい。
がしかし、今回は4曲目のラブバラード・フーリッシュ・ハートです。
このアルバムはほんとに美しい曲たちが並んでいて、どの曲も素晴らしい出来です。中でもこの曲が最も美しく好きです。

SOUND→ ◎

JOURNEY / Separate Ways

いよいよ満を持しての登場、ジャーニーです。
あまりにも好きすぎて、簡単には紹介しませんでしたが、
でももう我慢の限界に来てしまいました。
ご存知の方もかなり多いのではないでしょうか?
何故なら、1981年に発表した通算7枚目のアルバム・ESCAPEは全米1位を獲得し、全世界でも確か3,000万枚を売り上げたモンスターアルバムだからです。理由は色々あります。
ギターのニール・ショーンを中心にメンバーチェンジが繰り返され、そして百万人に一人の声と評論家から称されたヴォーカルのスティーヴ・ペリーが参加することになる。そしてそして、強力な作家性を持つキーボードのジョナサン・ケインも参加することになり、強靭なジャーニーが誕生した。
またこのエスケイプというアルバムの中の「Open Arms」をマライア・キャリーがカヴァーするという事も手伝って更に売れたのだ!
そして1983年、途轍もないアルバム・FRONTIERSを放った。
1曲目Separate Ways、2曲目Send Her My Love、3曲目Chain Reaction。この流れは神がかり的です。
こぞって高校生バンドはコピーをしたものだ、特に1曲目のSeparate Waysは。
ジャーニー専門のコピーバンドだと、親友がヴォーカルとして在籍していたバンドが旗を掲げていたので、我バンドは手を出せなかったのだ。
前にも言いましたが、高校生バンドのルールとして、他バンドとの曲のバッティングは絶対にしない!
ヴォーカルのスティーヴ・ペリーは、USA for Africa – We are the Worldに参加することにより、確固たる地位を築きました。
そう、ケニー・ロギンスとダリル・ホールの間の人です。
何回次男に、We are the Worldのスティーヴ・ペリーのシーンを見せたことでしょう。
メンバーチェンジをして数年前にジャーニーは復活しました。
動画サイトでヴォーカリストを見付け、一夜にしてその彼がシンデレラストーリーを歩み始めるという、映画にもなりました。
しかし、スティーヴ・ペリーのいないジャーニーなんか、何の興味もありません、映画も見ていません。
僕にとってみれば、まるでネタのないにぎり鮨のようなもの、麺のないラーメンのようなもの、ハンバーグのないハンバーガーのようなものです。

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高校2年の僕はこの曲を聴いて、震えました。
キーボードのイントロからガツンとくる感じ、伸びやかな歌声、チョーキングの効いたギターソロ。
今聴いてもやはり名曲です。
アルフィーのメリーアンって曲、ありましたよね。
あの曲でアルフィーを認知しましたよね。
実は、Separate Waysのリリースの少し後に発表されたんですが、そっくりなんです。高見沢さん、目の付け所が好かったんでしょうね、きっと。
さぁ、何度も何度も聴いて、染み込ませてくださいね。
お願いです、映像がダサすぎるといって笑わないでくださいね。

SOUND→ ◎

NIGHT RANGER / Don’t Tell Me You Love Me

1982年、高校1年の時にすんごいバンドがデビューした。
ヴァンヘイレンを筆頭に、アメリカンハードロックバンドの全盛時代を支えたナイトレンジャー。
何がすんごいって、先ず音がやっぱりアメリカしていて、抜けが良く明るくエッジがきいている。
その上、ベーシストとドラムスがヴォーカルを取るという変則バンドだ。
実は、楽器を弾きながら歌うという行為は、ハードロックに関しては僕はあまり認めていなくて、ほんと言うと、そのパートに専念してほしいのだ。ギター、ベース、ドラムプレイに集中する、ヴォーカルに専念する。
その方がステージ上では立ち姿が恰好いいと思っている。(オレは誰なんや?)でもこのバンドは別だ。
そして、ブラッドギルス、ジェフ・ワトソンのツインギターが冴えわたる。※ここで注釈。
ツインギターとは、2人のギタリストがバンド内にいるという事で、
1人がリードで1人がサイドでバッキングを支えるという形と、2人ともリードを取り、曲によりどちらかがソロを弾いたり、1曲の中で交互に弾いたり、同時に弾いたりする形があるが、ナイトレンジャーは後者の方だ。(ちなみにこの前のRATTは前者なのだ。)
どうしてそれができたかと言うと、それぞれのプレイスタイルが違うからだ。ブラッド・ギルスはアームを多用する事で音を歪めたり、どちらかと言えばパワー重視。
ジェフ・ワトソンはエイトフィンガー奏法や、速弾きを重視するテクニック重視。※ここで注釈。
エイトフィンガー奏法とは、エドワード・ヴァン・ヘイレン(以前登場してくれた)が編み出したライトハンド奏法というギタープレイがあり、通常は左手で弦を押さえ右手でピッキングするのですが、ソロの組み立て方により時々右手の人差し指でも弦を押さえ、音を出す奏法の事をいいます。8フィンガーは左手4本右手の親指以外の4本をも使う奏法で、おそらくジェフ・ワトソンが初めて行ったのではないでしょうか?
ちなみに僕は、ブラッド・ギルスのパワーギターが好きです。
ブラッド・ギルスは、ナイトレンジャーのデビュー前はオジー・オズボーンの初代ギタリスト・ランディ・ローズが他界した後任のギタリストとして、支えたのである。その後、以前登場してくれたジェイク・E・リーに受け継がれた。
なにわともあれ、お聴きください。

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ナイトレンジャーのデビューアルバム・DAWN PATROLの1曲目、Don’t Tell Me You Love Meです。
この曲のイントロをマネしてできた曲が、シブがき隊のZokkon 命。
当時、それはそれは話題になりました!
驚きましたが、歌に入ると全然違うので倒れそうになりました。
1番最近ハードロックのCDを購入したのは、NIGHT RANGER Hits Acoustic & Raritiesです。
昨年末だったかと思います。
うーん名曲揃い。
再結成をも果たしてくれてますよ。
今回はデビューアルバムのオリジナルバージョンをどうぞ。

SOUND→ ◎

JOHN SYKES / Please Don’t Leave Me

このブログでご紹介している曲たちをひとつにまとめて頂くと、
80年代のハードロック・ヘヴィメタルの超ベスト盤ができると、自負しております。
では今日も始めてまいりましょう。
ジョン・サイクスと言えば、前々々回にご紹介しましたWHITESNAKEの元ギタリストです。
素晴らしい楽曲を数々書き下ろしているのですが、
またまた最高に美しいバラードを1982年リリースのソロアルバムに残してくれています。
みなさん、泣いてしまうかも知れません、すいません。
ハードロックバラードランキングがもしあるとするなら、必ずBEST3に入ると思います。
繋がりのあるTHIN LIZZYのフィル・ライノットをヴォーカリストに迎え、存分に低声の響きでせつなさを表現し、サイクスのレスポールが淋しい男を演出しながらも、その後ろ姿をそっと包み込んでいるようです。
ソロのメロディの組み立てが確かな、泣きのギター炸裂。
彼の幾つかのソロアルバムにはこの曲が入っているのですが、
1997年リリースのソロアルバムのソロが一番美しいので選びました。
オリジナル盤と殆ど変らないのですが、ソロの中ほどで上から下へ降りてくる指の使い方が微妙に違うんです。
PRETTY MAIDSというバンドが91年にカヴァーして大ヒットし、一躍有名になったのですが、サイクスのものとは、歌声も歌メロも違うし、ギターの力量もやっぱり全然及ばないんだよなぁ。
是非、Please Don’t Leave Meをお聴きになり、あなたのベストに入れて下さい。

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高校生バンドには、かすりもしなかったこの曲。
難しすぎてコピーしようのコの字もでなかったなぁ。
ちなみにこのソロアルバムでは再録のため、タイトルをDon’t Hurt Me This Way (Please Don’t Leave Me) ’97という表記に変えている。
どちらも歌詞から取っています。

SOUND→ ◎

RATT / Round And Round

今日は1983年デビューのLAメタルバンド、いよいよラットの登場です。
Rock’n Rollならぬ、Ratt’n Rollという造語まで生まれたモンスターバンド。全世界で3000万枚以上のアルバムセールスを記録している。
スティーヴン・パーシーの独特の歌声に、ウォーレン・デ・マルティーニのギターが絡む。そこへアグレッシブなベースのフォアン・クルーシェのコーラスが乗っかる。もう1人のギターのロビン・クロスビーは作曲を担当し、優れた楽曲を世に送り出してくれた。ドラムはごくごく普通です。
カラッとした抜けのいいアメリカ特有の音で、いけいけストレートなノリの曲たちが並ぶ。
初めて聴いたのは、高校2年の時だ。
あの時の状況は今でもよく憶えている。
僕は1組だったが6組にバンド仲間がいて、そいつの教室で聴いたのだ。
すごいバンドがデビューしたという触れ込みが休み時間に回って来た。
出所は6組。みんなで教室の床に座り込み、ウォークマンのイヤホンを片方ずつはめて聴かしてもらった。
何やこのツインギターソロの美しいこと、それに何だこのパンチの効いたヴォーカル。
全米7位を獲得したデビューアルバム・Out Of The Cellar(情欲の炎)だった。
そこからというもの、ラット旋風が日本でも巻き起こり、MTVでもよく特集を組まれていた。
モトリー・クルーとともに、LAメタルを引っ張って行ったのだ。
2年後に発売された2ndアルバム・インヴェイジョン・オブ・ユア・プライヴァシー。これがまた素晴らしいできだった。
聞いた事のないギターコードを放つウォーレンのトリッキーなサウンド。
しかし3rdアルバムくらいから徐々に楽曲に変化があり、4thアルバムは殆ど聴いていない。
この後5thのオリジナルアルバムをリリースしたところで、解散。
その後、ギターのロビンは死去。
代わりにQUIET RIOTの元ギターのカルロス・カヴァーゾが加入し再結成を果たし、現在も活動中ではあるが、
あの頃の楽曲を演奏するも、そこにはもう華はない。

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1983年にリリースされたRATTの記念すべき1stオリジナルフルアルバム。
3曲目に入っているRound And Roundはシングルとしてカットされた。
高校2年の時、6組で初聴したRATTのこの曲。
兎に角、衝撃を受けたのだ。美しいウォーレンとロビンのツインギターソロは今聞いても美しい。
さぁ、一聴あれ。

SOUND→ ◎

VANDENBERG / Friday Night

困ったことに、紹介したいバンドがまだまだあり過ぎて、迷う。
曲をリンクしていますが、どうか1回は聴いて下さいね。
聴かず嫌いはやめましょうね!
ハードロックは意外に美しいメロディ・アレンジで構成されてます。
さぁ今日は、どの辺を行きましょうかね?
前回からの繋がりを持たせましょうか。
WHITESNAKEのギターのジョン・サイクスが、たった1枚だけアルバムを残し脱退を余儀なくされた。
しかしその1枚こそが名盤と言われ、今だにセールスを超えることができない皮肉。そのジョンの後に加入した、ギタリストのエイドリアン・ヴァンデンバーグ。
やりにくかったやろーな!
でも加入した理由は大体、想像がつく。
昔に一度、オーディションを受け落選した事があるということと、自身名義のバンドが鳴かず飛ばずだったからだろう。
1982年にデビューし、3枚のオリジナルアルバムを残している。
確かに地味なバンドだが、オランダ出身という事も珍しく、
またエイドリアン・ヴァンデンバーグのギターテクニックとメロウなソロは抜群だった。ネックの太いレスポールをあれだけ操れる人は、そういないんじゃないかな。

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1983年にリリースされた2ndが好きだ。高校2年の俺にはかなり刺激的だったのだ。
ハードな曲、ポップな曲、美しいバラード、色んな面を1枚のアルバムに見せてくれたのだ。
その中で今回は、2ndアルバム・HEADING FOR A STORM(誘惑の炎)の1発目Friday Nightを聴いて頂きます。
ソロがいいんだなぁ。
洋盤あるあるで、ジャケットの意味がいまいち分からんですが、そこがまたチャーミング。

SOUND→ ◎

WHITESNAKE / Is This Love

お待たせしました遂に大御所の登場、ホワイトスネイクです。
ハードロック界で大御所と呼ばれる所以は、前身がディープパープルだからだと思う。
最初はヴォーカルのデイヴィッド・カヴァデールのソロプロジェクトで始まったのだが、同じくディープ・パープル時代のドラムのイアン・ペイス(かなり好き)、キーボードのジョン・ロードが参加した。
それに1978年結成で今もなお活動を続ける老舗バンドでもあるのだ。
ブルースとハードロックの融合を目指したイギリスのバンドで、確かに格好よい。ギターも錚々たるメンバーが、かわるがわる訪れている。
改めて1人1人には触れたいと思いますが、ジョン・サイクス、エイドリアン・ヴァンデンバーグ、先週ご紹介したデフレパードの2代目ギタリストのヴィヴィアン・キャンベル、以前にご紹介したアルカトラスの2代目ギタリストのスティーヴ・ヴァイなどなど。
ドラムもイアン・ペイスのほか、コージー・パウエルもいた。
この2人の名前も覚えておいて下さい、今度やりますんで。
今回ご紹介する曲は、Is This Loveというラブバラード。
1987年、ギターのジョン・サイクス時代に1枚だけリリースされた、粒ぞろいの7枚目のスタジオアルバム、サーペンス・アルバス(白蛇の紋章)。このアルバムは全米で2位、800万枚以上を売り上げ、大成功を収めたのだ。ちなみにこの時の1位はマイケルジャクソンのバッド。
ハードロックとしては大健闘だと思う。
ジョン・サイクスのギターがほんとに素晴らしい。
先ずは音色。そしてメロディアスなギターソロ、そしてそしてバラードではきっちり泣きのギターを披露してくれている。
Is This Loveのソロも大泣きしている。
このアルバムが、ホワイトスネイクの最高傑作だと思う。
たが実は、その裏で色々とあるのだ。
こんなに素晴らしくドラマティックなアルバムをリリースしたにも関わらず、原因不明だがその直後にヴォーカルのデイヴィッド・カヴァデール以外のメンバー全員が解雇されるという前代未聞の事件が勃発したのだ。
アルバム中の数曲のPVには、レコーディングメンバーとは別の新生メンバーが総出演のため、顔がはっきり分からないように撮影されてる上に、カヴァデールの彼女まで出演するという始末なのだ。
こんな名盤やのに、ケチが付いてしまったのだ。
しかし逆に色んな意味で注目をされることになったので、ジョン・サイクスのギタープレイや作家としての地位を確立したアルバムと言えよう。

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あえてバラードを選曲しました。
このアルバムから、いくつかのハードなヒット曲があるのですが、あえてバラード。
脂がのりまくってるカヴァデールの歌声と表現、それにまとわり付くようなサイクスのギター。
サイクスは自身のバンドではヴォーカルも務めているから、歌メロのようなソロの組み立てが美しい。
カヴァデールは、もうすっかりおじいちゃんだけど、今もこの時の曲を歌ってはります。
あの頃は金髪に染めて張り切ってはったんですが、でも続けているのはやっぱり偉い!
さぁ一度聴いてみてください、唄いっぷりとギターソロっぷり。

SOUND→ ◎

DEF LEPPARD / We Belong

いよいよ登場です。
僕もダーーイスキなイギリスのトップハードロックバンド、デフレパード。待ってました、やっとこさの登場です!
アルバム総売上は6,500万枚を超えると言われているモンスターバンド。
デビューは1980年。その後、リードギターのフィル・コリンが加入して1983年にリリースした3rdアルバム、PYROMANIA(炎のターゲット)が全米で推定1,000万枚を売り上げ、マイケル・ジャクソンのスリラーに次ぐ最高2位を獲得したようだ。
先行シングルカットされた、アルバム2曲目のフォトグラフが素晴らしい出来栄えだからだろう。
16歳の青二才ハードロックファンにも心のド真ん中に伝わった。
さぁこうなると次のアルバムには、否が応でも期待は集まる。
よくある話で、1発ヒットアルバムを飛ばして、バイバイという事がある。しかしデフレパードは本物だった。
続く4thアルバム、HYSTERIA(ヒステリア)が前作を凌ぐ、全世界で2,000万枚を叩き出したのだ。
このアルバムからなんと7曲もシングルにカットしている。
つまりは、それほど粒ぞろいの珠玉の曲たちががこれでもかという程に押し寄せて来るのだ。
何度聞いた事だろう。勿論今でも仕事場で、リビングで、車の中で。
兎に角このアルバムが好きですきでスキでしょうがない。
しかしそんなサクセスストーリーの裏側では、悲劇が付きまとうバンドでも有名なんだ。
HYSTERIAのレコーディング前に、ドラマーのリック・アレンが交通事故を起こし、左腕を全て切断したのだ。
しかしメンバーはアレン以外のドラマーは考えられないとメンバーチェンジすることなく、今も尚叩いている。
だから実は大ヒットアルバム、HYSTERIA以降は右腕だけで叩いているのだ。メンバー同士の絆の深さは、当時の我々に強い刺激を与えてくれた。
しかし悲劇はこれだけでは終わらない。
サイドギターのスティーヴ・クラークが、アルコールと薬の過剰摂取で次作のレコーディング中に亡くなるのだ。
その後Dio 、White snakeのギタリストだったヴィヴィアン・キャンベルが加入する。
一時だけのサポートかと思ったが正式加入で、今も尚フィル・コリンとギターを弾いている。
こんなに喜びと悲しみを深く共存したバンドはあるだろうか。
しかも一度も活動停止や解散をすることなく、コンスタントにアルバムを出し続けているハードロックバンド・デフレパードに拍手を贈りたい、そしてありがとう。

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今回、HYSTERIAからの1曲をご紹介しようかと思ったのですが、今も進化を遂げているデフレパード。
2015年、7年ぶりにリリースした10thアルバム、DEF LEPPARD(デフ・レパード)。
自身の名前をタイトルにした今作、心深い思いがあるのだと感じる。
これからもこの5人で歩いて行くんだというファンへのメッセージ。
4曲目、WE Belongでそれを証明してくれたのだ。
メンバー全員が唄っている、なんて素敵なんだと爽やかに思う。
そして、デフレパード特有のギターのアルペジオがちゃんと効いているし、ドラマティックなサビ。
悲しみを讃えるような控えめでメロウなリフから静かに曲は始まり、やがて淡い強さが滲み出るサビ。
それをパート交代で、それぞれの思いを胸に、乗り越えて来たメンバーが唄っている。とても美しく強い曲だと思う!

SOUND→ ◎

MOTREY CRUE / Live Wire

今回は、1982年のデビュー以来LAメタルのトップに君臨し続けたモンスターバンド、MOTREY CRUEです。
LAメタルとは、ロサンゼルスヘヴィメタルの事で、アメリカを拠点とするバンドを指す。
メタルは、ハードロックとはニュアンスが少し違う。
音楽性の違いと言うよりは、ファッションだと思う。
沢山の鋲が付いたリストバンドやベルトをして、黒の革ジャンを着る。
髪の毛を逆立てれば、もうそれであなたも今日からメタルに変身。
モトリー・クルーは、技術面ではデビュー当時は特にひどいものだったらしく、とてもライブを行える状態じゃなかったらしい。
ところがルックスに優れ、どちらかと言うとファッションでファンを獲得し、時代をけん引したのだと思う。
粗削りだが、THE LAメタルというような見本的アルバムを出したのだ。
それがデビューアルバム、“TOO FAST FOR LOVE”
1曲目のLive Wireはやっぱり恰好いい。
ヴィンス・ニールの可愛い歌声と1人だけ金髪なのもいかした。
トミー・リーのドラミングは、数々のメタル・ハードロックバンドがある中でも、3本の指に入る程好きである。
曲を作るのはベースのニッキー・シックス。
目の下に引く黒いラインや髪型、ステージ衣装、ワーロックという変形ベースを弾く姿、全てにおいていけていた。
リーダーでギターのミック・マーズは何か怖い。
怖いけど、いると締まる。
私生活では数々の問題を巻き起こして行く、この荒くれ4人組。
しかしながら音楽に対しての姿勢には、真摯さを感じるほど素晴らしい。
2ndアルバムは圧巻だし、3rdアルバムの5曲目のホーム・スウィート・ホームは、メタル界においてはトップ5に入る美しいバラードだと思う。
4thアルバムに収録されている1曲目のWild SideのPVでは、トミー・リーが叩くドラムセットがステージ上の前方に移動しながら縦に回転するという、あっと驚くパフォーマンスで当時大きな話題になった。
数年前に僕はバンドを組んだのだが、この曲がやりたいと手を挙げ、そして気持ちよくメンバーは叩かせてくれたのだ。
あの時はみんな有難う。
この辺りでモトリー・クルーは、確固たる人気を築いたと思われる。
しかしながら、売れすぎも好くないのかも知れない。
その後アメリカ巨大音楽マーケットに飲み込まれて行くのだ。
序々に何かが変わり始め、壊れ始め、5thアルバム以降は殆ど僕は聴かなくなった。
様々なごたごたを乗り越え、数年前に再結成をするも、完全に解散を発表した。

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そんな中、やはり1stアルバムというのはそのバンドにとっても聴取者にとっても特別で、しかもそのリード曲は、名刺代わりになる。
しかもこのアルバムの日本版タイトルがいい。
レコード会社の担当者の是が非でも売ってやるという、並々ならぬ思いが込められている。
タイトルはそう、“華麗なる激情”
戦慄のデビューを果たした1曲目、Live Wireを今回はご紹介します。
今も僕のCDストックの中で、光輝いています。

SOUND→ ◎

STRYPER / Free

ハードロックのギタリストが放つ音色は様々で、それが大きな個性となる。勿論その奏でる音を一瞬聞いただけでも、あっこれは誰々と答えることができる。フレーズにもそれぞれの特徴がある!
STRYPERもそうだ。
歌声もギターの音色も美しくて好きだ、今でも。
周りには、えっー? ストライパー? 何でやねん! とか言われたが、
好きなもんは好きやから、全然気にせず聴いてたし、意外にいいぞーと言い続けた。でも反応はあんまりやった。
何故ならクリスチャンメタルバンドという、キャッチーコピーとアイドル並みのルックスの良さが邪魔をしたのかも知れない。
それに加えて、黄色と黒のストライプのコスチュームやギターのカラーリングも良くなかったのかも知れない。
でもそれは仕方がない事なのだ。
なんたってバンド名がストライパーなのだから。
いいじゃないか、そんなメタルバンドがあっても。
1984年に6曲入りのミニアルバムをリリースしたのだが、このデビューアルバムのジャケットがこれまた良くなかった。
4人編成だからだろうが、ロケット4機が地球に向かって行くという、子どもじみたイラストのジャケットを感受性豊かな高校生は受け入れられなかったのだろう。
ギタリストのイングヴェイ・マルムスティーンが当時のインタビューで、ストライパーの事を聞かれ、ひと言、
NO! と言ったあれも好くなかったと思う。
振り返れば色々問題点が炙り出されるが、しかし音楽性はとても美しく好いと今でも思う。
2009年にオリジナルメンバーで再結成をしている。
ちなみにマイケル・スウィート(ヴォーカル・ギター)と、ロバート・スウィート(ドラム)は兄弟で、マイケルがお兄ちゃんである。
遠い記憶を呼び起こせば、確かリーダーでもあったかと思う。
ハードロックはギターサウンドではあるが、歌声の美しさも僕にとってはかなりの評価対象となる。
マイケル・スウィートの歌声はピカイチです。
サウンドは恰好よくても、MOTERHEADのような声はゴメンだ!

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MTVで時々ハードロック・メタル特集があり、その時にはよくSTRYPER特集があった。
だからやっぱり実は、一般的に人気はあったのだと思う。
みんな隠れて聴いてたのかもな。
みなさんにフルアルバム3rdからこの曲をプレゼントします。
録画して何度観たことかこの映像を。

SOUND→ ◎

ALCATRAZZ / Starcarr Lane

先週お伝えしたOZZY OSBOURNEのBark at the moon。
高2のニューバンドの初コピー曲。
実はその後すぐに文化祭に出ることになり、3曲は必要なので残り2曲をコピーした。ちなみにこの時は僕はまだBassである。
(どうでもいい情報ですが、、、)
その記念すべき2曲目のコピーは、もうすぐ17歳になる1983年に発売されたアルカトラスのデビューアルバムのリード曲、
Island In The Sun。
ヴォーカルは、M.S.G / Desert Songでも紹介した、凄まじい歌声のグラハムボネット。
つまりは彼の、彼による、彼のためのバンドなのだ。
グラハムボネットと言ってもピンと来ない方も多いだろう。
西条秀樹が歌ったナイトゲーム、これならご存知の方もお出でになるでしょう。
この曲はグラハムボネットのカヴァーなのです。
金髪のオールバックにトンボ型のサングラスという硬派な出で立ちたが、見掛けだけではない。
彼は喉の手術をドクターに迫られた時、術後の声はCum ON Feel The Noizeで有名なQuiet Riotのヴォーカル・ケヴィン・ダブロウみたいになるといわれ、断ったというエピソードまである。(ホンマかな?)
特徴的でハードロックのヴォーカルには珍しいハートウォーミングな歌声なのは確かだ。
だから数々の有名バンドを渡り歩けたのだな。
しかしながら、彼の彼による彼のためのバンドであったはずが、とんでもないギターを見出したため、人気を二分することになるのだ。
初代ジェットフィンガーの異名を持つ、ギターのイングヴェイ・マルムスティーン。
デビュー当時はまだ20歳というのにも驚いたが、よくこんな天才ギタリストを見出し、世に送り出せたと思う。
この場でお礼を言いたい、グラハム有難う。
彼の速弾きは素晴らしい、ミスタッチはきっとあるのだろうけど、分からない!
そしてバロック音楽を彷彿させるギターソロは、やはり幼少時代に親しんだピアノのお陰なのだろう。
でもまさか、うちのバンドのギターがコピーできたとはその時は純な高2故に疑いもせず、大変素晴らしいと思っていたが、
あいつ、かなり誤魔化しやがったな!

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ALCATRAZZの1stアルバムの中で、これが1番好きだ。
“ starcarr lane ”
意外かも知れないが、これが1番アルカトラスらしいと思う。
このアルバムをリリースしライブを行うも、1年後にイングヴェイ・マルムスティーンは脱退するのだ。
2番手のギタリストのスティーヴ・ヴァイもかなりのテクニシャンだが、2ndアルバムは全然好くないのだ。
次のギタリストによる3枚目のアルバムは、もはや聴きもしていない。
そして解散となった。

捨て曲が全く見当たらない、高貴なパーフェクトアルバム。
“ No Parole from Rock’n’roll ” を一度ご賞味あれ、かなりの名盤です。

SOUND→ ◎

OZZY OSBOURNE / Bark at the Moon

あるローカルな、ちっちゃなちっちゃなコンクールで、
初めて組んだバンドが、半年後の高2で実は優秀賞を取ることになる。
この出来事がひとつのきっかけとなり、バンドは解散することになった。
というのも、別の学校の名ドラマーをその時だけ引き入れないかとギターからシビアな提案があり、他のメンバーも俺自身も、どうしても断れなかった。
何故なら、実際にセッションをやってみると、途轍もなく上手で、選曲に幅ができたのだ。それはメンバー全員にとって紛れもない事実で、ざわついた心持ちになった。
決して現Drumsが下手だったという訳ではないのだが、よくリズムが変わっていた。早くなったり、遅くなったり、時にはしんどくてバスドラを踏まないとか、信じられない事を練習中ではなく、ライブ中にやってのけていたのだ。
これにはギターがカンカンに怒っていたなぁ、確かに致命傷だ。
今ではそれもいい思い出なんだけど、みんなはそれを許せなかったのだ。
ハードロックにはみんな真摯に向き合っている。
というよく分からん言い分を、心に落とし込んでいた。
どんな世界でも人間関係はつきもので、たかだかアマチュアの高校生バンドでさえも、そのあとは引きずった。
しばらくたった高2のある日、文化祭に出るためにバンドを組もうかという話しが湧いた。
別のハードロックバンドでギターをしていた奴が、声を掛けてきたのだ。
彼も色々な事情を抱えていた。
メインギタリストにはなれず、サイドギターだったのだ。
やはりいつかはメインになりたいものだ。
Bassは俺、ヴォーカルは優秀賞を取った時のバンドの奴。
そしてDrumsはというと、コンクール前に交代劇のあった元々のあいつに決まった。
結局、ギターだけが変わった形で再始動することになったのだ。
前のギターはプロ志向だったので、これで丁度好かったのかもしれないと思った。
さぁニューバンドが始まるぞ!

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記念すべき第1弾コピー曲は、OZZY OSBOURNEのBark at the moonに決まった。
この曲のギターは超人気者ランディ・ローズではなく、後任のジェイク・E・リー。
ランディの事故死後の初のオジー・オズボーンのアルバムレコーディングのため、オーディションで決まったジェイク。
俺たちのバンドが始まる少し前にこのアルバムがリリースという絶妙なタイミングだったので、リード曲をコピーすることにした。
暗黙のルールというものが学内にはあった。
それは、他のバンドがコピーした曲は絶対にやってはいけない。
だから早いもの勝ちで曲を取りに行き、やるぞと兎に角言いふらすのだ。

SOUND→ ◎

RAINBOW / I Surrender

マイケルシェンカー、エドワードヴァンヘイレンと来たら、やっぱりこのギタリストでしょう。
元DEEP PURPLEのリッチー・ブラックモア、率いるRAINBOW。
DEEP PURPLEは全然通ってないが、RAINBOWは思わず立ち止まった。
クラシカルなフレーズがくすぐった。
名立たるヴォーカルリスト達が順繰り交代してきたが、
ジョー・リン・ターナーが参加したアルバムが一番好きだな。
中でもオーディションによる新加入直後の1980年に発表された、
アルバム“Difficult to Cure” の伸びやかな歌声がよい。
リードトラックのI Surrenderから、2曲目のSpotlight Kidに繋がる流れが最高なんだ。
リッチーもさる事ながら、Bassのロジャー・グローヴァーがこれまた恰好よい。ハードロッカーらしからぬ帽子をかぶるという出で立ちなのだ。
僕にはシルクハットでベースを弾く粋なイメージが強い。
高1で初めて組んだバンドで、Bass時代にSpotlight Kidをコピーしたもののリズムセクションに難があり、未発表で終わった苦い思い出がある。
数年前のリッチーのインタビューで、DEEP PURPLE時代に、クラプトンのフレーズを真似たと思いっきりカミングアウトしていた。
あぁ、随分まるくなっちゃって、この人も年とったなぁと思った。

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ジョー・リン・ターナーの美声と、弾きすぎていないリッチーのギター。
Drumsはコージーパウエルの脱退後のアルバムだけれど、
そこはひとつお許しを。
ちなみに1983年に発表されたアルバム、
“Street of Dreams”も聴きものです。

SOUND→ ◎

VAN HALEN / Runnin’ With The Devil

初めてハードロックを聴いたのが、ヨーロッパのバンド、
Michael Schenker Groupだった。
派手な奏法はないが、叙情的でメロウでマイナーで湿気が纏わりつくような、日本人好みの楽曲がずらっーと並んでいる。
革ジャンにジーンズ姿で白黒のフライングVを右太ももにあて、
時折ネックをぐっーと曲げ、顔を歪めながらギターを弾く姿に酔いしれたものだ。
そしてそして、次に聞いたバンドがこれまた凄かった。
そう、言わずと知れたアメリカのハードロックバンドVAN HALEN。
打って変わって、からッとした空気で湿気なんか大嫌いで、メジャーでグイグイ押してくる、ご陽気なバンドだ。
オーバーオール姿のエドワード・ヴァン・ヘイレンの抜けのいいギターサウンド。ライトハンドという、とんでもない奏法を編み出し、後世に残る一大事をやってのけたギタリスト。
ヴォーカルのデイヴィッド・リー・ロスもド派手。
聴かせる + 見せるに徹したハードロックバンドだ。

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その記念すべき1stアルバムを、高1の時に組んだバンドのギターの奴の家で聴いた。
そいつがレコードに針を落とし、1曲目のRunnin’ With The Devil。
なんじゃこの感じ! 今までにない、なんか気持ちいいぞ!
この日を待ってましたとばかりに、僕は一気に覚醒してしまったのだ。
メタルサイヤ人誕生。
鳥肌がずっと立っていたのを今も確かな感覚として憶えている。
2曲目はエディのギターソロ、Eruption。
これは、そのギターの奴がほぼ完ぺきに披露したのだ。
高2の春、初ライブを何でか伏見桃山のライブハウスでしたのだけれど、
奴はこれを弾いたなぁ。
この前、伏見桃山に行ったけれど、もうライブハウスはなかった。

SOUND→ ◎

M.S.G / Desert Song

高1の秋、初めてバンドを組まないかと誘われた。
しかもジャンルはハードロック。
ハードロック? なんじゃそれ。
聴いたこともなけりゃ、楽器を弾く事もできない俺に頼むのもおかしいけど、
いいよ!と安請け合いする俺もオレだ。
誘ったのはテニス部のキャプテンだった。
我が高校の硬式テニス部はかなり変わっていた。
1年の部員は16人ほどで、そのうちの10人近くは皆、バンドを組んでいたのだ。
そしてやっぱりジャンルはハードロックだった。(なんでやねん)
だからジャージも爽やかな真っ白、、、ではなく、おどろおどろしい真っ黒だった。
女子からはゴキブリ軍団と呼ばれていたのは知っていたが、そうするしかなかったのだ。
なんてたって、ハードロッカーだったから!
いきなりBassに任命されたのだ。
持ってないから義兄に借りたのはいいが、どうやって弾くかも分からへんし、
えっ? Bassって4弦なん? そんなレベルだった。
譜面を渡され見てみると、えっ? ヘ音記号なん、Bassって。
兎に角、なんにも分からんわからん、えっ?えっ?の連発だった。
一番苦労したのは、ハードロックを好きになるという事だった。
Michael Schenker Group、なんやねんそれ?
DESERT SONGという曲を最初にコピーしろという指令だった。
何? この途中のギターソロみたいなん。
ボーカルよりギターがメインの音楽なん?
初めはかなり引き気味だった姿勢も時のいたずらなのか、
日に日にのめり込み、どんどん前のめりになって行ったのだった。
そしてこの曲を皮切りに、あらゆるバンドのレコードを聴きあさるようになるのだ。
ハードロックの夜明けだった。
その後、全世界にハードロック・ヘビィメタル旋風がほんとに巻き起こるから驚いた!

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Michael Schenker Groupのアルバムでは、今でもこれが1番好きだ。
“ ASSAULT ATTACK ”
この1枚だけに参加したグラハムボネットのヴォーカルと、
マイケルシェンカーの泣きのギターが炸裂する、シックなアルバムを一度ご賞味あれ、名盤です。

SOUND→ ◎