MAKE UP / City Lights, Wishing

4月 02 2018

さぁ、別れがあってそして出逢いへと繋がる4月です。
今月はまたまた、邦楽ハードロック特集に戻ります。
まだまだ伝えられていないバンドがひしめき合ってるので、ひとつひとつ丁寧にご紹介していきたいと思います。
今日は僕の高校生活の全て、青春のすべてがこのバンドサウンドに詰まっていると言っても言い足りない、そうMAKE-UPの登場です。
みなさんの頭の中には?マークが飛んでいますよね。
あまりこういう説明はしたくはないのですが、聖闘士星矢のテーマ曲で有名になってしまったバンドです。
元々はJOURNEYなんかを意識した、れっきとしたハードロックバンドでした。
僕が高校2年の1984年、アルバム“Howling will”でデビューしました。
ラジオの深夜放送が好きだった僕は、このアルバムのLove&Hateという曲が突然流れて来るのを聴いて、なんという恰好いい曲。
日本にこんなサウンドを奏でる、そしてこんな歌声のヴォーカルがいるんやと、驚いて飛び起きた事を今も憶えている。
ただ、実は歌声には聴き覚えがあったのだ。
今は亡きLOUDNESSのドラム・樋口宗孝のソロアルバムで1曲披露していて、曲と歌声があまりにも強烈で、学校中の話題になっていた。
その曲は改めてご紹介しようと思いますが、邦楽ハードロックのバラードの中で、3本の指に入る名バラードです。
話を戻して、、、
MAKE-UPの1stアルバムがリリースされてからというもの、一番仲の好かった5人組の僕等は虜になった。
そして2ndアルバムがリリースされてからというもの、晴れの日も、雨の日も、朝でも夜でも、自宅で親友宅で、1人でも5人でも、兎に角レコード盤が擦り切れてしまうほど、毎日毎日繰り返しいっつも聴いていた。
当然バンドでも演奏するようになり、いつしかMAKE-UPはあいつらがコピーするからと、誰も手を出せなくなったのだ。
歌詞、歌声、メロディ、全てにおいて高校生だった僕らの青い胸に、響いたのだ。
高校2年の時、当時京都の四条河原町蛸薬師通西入るにあったビブレホールで、9曲程演奏した中でMAKE-UPの1stアルバムから3曲演奏した。
また高校3年の卒業ライブを京都駅八条口にある、アバンティホールで行った時には、やはり9曲程演奏した中で、2ndアルバムから5曲を演奏した。
それほどほんとに好きだったし今も好きだし、曲を聴くと胸の内側が青くなり、丸く柔らかい何かが身体の中に生まれる気がする。
書きたい事が止まらない。
来週まで待てない。

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今日ご紹介する曲は、2ndアルバム“STRAIGHT LINER”の、
B面の3曲目City Lightと最後の曲、Wishing。
何故この2曲かと言いますと、卒業ライブの最後にこの2曲を続けて演奏して終わったからです。
最後にオリジナルを1曲だけやろうという事になり、AIRPORTという恥ずかしい曲の作詞作曲を担当し、デモテープ風の音源を一応作り、スタジオに持ち込み、メンバーみんなでアレンジをして、最後の1回のスタジオ練習で仕上げることになっていた。
だが、ライブの数日前から高熱を出して寝込んでしまい、全く練習ができなくなってしまったのだ。
9曲のコピー曲は仕上がっていたが、オリジナルは夢と消えた。
ライブ当日、見に来てくれた仲間が迎えに来てくれて、震えながら京都駅まで近鉄に乗り、滑り込むようにアバンティホールへ。
メンバーに抱かれながらステージへ。
これが最後のライブだったので、バンドをやり始めるきっかけになったBassで参加していた。
ところがライブが始まると嘘のように弾けたのだ。
身体もシャンとしてしっかり弾いていたと思う。
ただライブ中の事は夢中で、あまり記憶にない。
演奏を終えステージの幕が下った途端、メンバーと抱き合い、みんなでボロボロ泣いた。
声を出して泣いた。
それを見ていた友人が俺に駆け寄ってきて、抱きかかえてくれた。
そいつは、何にも楽器ができない、ハードロックも殆ど聴いたことがなかった俺を、初めてバンドに誘ってくれた、ギターだった。
プロ志向が強かった彼はしばらくして、そのバンドから去った。
その彼が、俺を抱きかかえながら言ってくれた。
「お前らを見て分かったわ、バンドってなんなのか、教えてもらったわ!」
そのひと言で青春にひと区切りを付けた。

家に戻り、無事に終わったと母親に告げ、抱き合って喜んだ事も、
俺の青春の1ページになっている。

SOUND→ ◎

SOUND→ ◎

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