Make Up / Love & Hate

MAKE UP特集もいよいよ最終週です。
5週にわたり僕の思い出とともにMAKE UPサウンドにお付き合い下さり、
本当に有難うございました。
学生時代の熱い思いが甦り、改めて音楽は自分史だなぁと深く強く思いました。
みなさんの自分史サウンドも、一度聴いてみたいです。
では今日は、MAKE UPを知るきっかけになった、高校2年の時に深夜放送のFMから流れてきた曲、1stアルバム“HOWLING WILL”のB面の3曲目のLove & Hateです。

SOUND→ ◎

MAKE UP / Mr. Tokyo City・Black Eyes

MAKE UPのサウンドは、ヴォーカル・山田信夫氏のドラマティックな歌詞と、ギター・松澤弘明氏とキーボード・河野陽吾氏によるハードでポップで、歌ありきの曲構成で成り立っている。松澤氏は、世界的バンドとなったLOUDNESSのギター・高崎晃と藤井寺高校の同級生で、1年先輩には同じくLOUDNESSのドラム・樋口宗孝がいた。
その後、高崎氏と樋口氏が組んでいたバンドの名を譲り受けることになる。
それがMAKE UP。
しかし、樋口氏の後を追うように2010年、50歳という若さでこの世を去ってしまった。
もう2度とMAKE UPオリジナルメンバーによるサウンドは聴けない。
それ故にこれまでに残してくれた作品をこれからもしっかり聴き続けて行こうと強く思う。
今日ご紹介する曲は、1985年3rdアルバム・FROM BORN TO BE HARDの中から、A面の3曲目のBlack Eyesと、B面の1曲目Mr. Tokyo City。
ちょっとしたエピソードがある。
高校3年のある日、このアルバムがリリースされ京都にMAKE UPが来るという情報を知り、友人と3人で京都・河原町四条上がるに当時あったライブハウスにチケットを握りしめ、オレは京阪で奴らは近鉄で向かった。
19時スタートだから少し早目の18時半前に到着。
地下のライブハウスにはまだ下りず、なんでか道端で時間が来るのを待っていた。
すると地下から、Mr. Tokyo Cityを演奏する音が聴こえてきた。
時計を見ると18時半。
「あれ、ギリギリまでリハやってんなぁ?」
1人が言った。
「ほんまやなぁ!」
もう1人が言った。
「おえ、観に行こうぜ!」
オレが言った。
揃いもそろって3人ともアホである。
そんな事があるはずがない。
30分前なら客入りしているはずやのに、青二才3人組は何の疑いもなく、こっそり足音をたてずに地下におりて行った。
なんならリハが見れてラッキーぐらいの気持ちで。
すると目の前に、まさしくMAKE UPが演奏しているではないか。
沢山の観客の前で。

えぇぇぇーーーー?!?!

そう、もう1曲目が始まっていたのだ。
青二才3人組は大慌てで前列まで駆け足で進み、乗り切れぬまま乗った。
そのあとの事は何ひとつ憶えていない。
ただ、ひとつ言える事は青春は決して幻影なんかではなく、確かにあの時あの場所にあったんだと思う。
青春の曲をお聴きください。

SOUND→ ◎

SOUND→ ◎

MAKE UP / Runaway From Yesterday(樋口宗孝ヴァージョン)

1983年、MAKE-UPがデビューする1年前、僕が高校2年の時。
今は亡きLOUDNESSの初代ドラマー・樋口宗孝氏のソロ1stアルバムがリリースされた。
その名もDESTRUCTION ~破壊凱旋録~。
ドラマーのソロアルバムにも関わらず、歌ものが4曲も収録されている上、どれも秀逸な作品。中でもこのRunaway From Yesterdayにはみんな度胆を抜かれ、学校中がざわめき、西宇治高校の校舎が一度揺れたのではないかと言われているとか、いないとか。
兎に角、ジャパンヘビィメタル・ハードロック史上、一番の名バラードだと言われているはずです。調べてみると、ほんとに屈指の名バラードと書かれていました。
そして、この曲のヴォーカリストが後にMAKE-UPでデビューを果たす山田信夫氏だったんです。名前は平凡ですが、歌詞を書いて歌わせたら、それまでのハードロックの概念を覆す作品に仕上げてくれます。
MAKE-UPでもこの曲を演奏しているんですが、この樋口氏のアルバムヴァージョンが良過ぎ。
違いは何と言ってもギター。
イントロ部分と、ソロが全然違う。
MAKE-UPのギター・松澤浩明氏もいいんだけど、樋口氏のソロアルバムに参加している、VOWWOWの山本恭司氏の泣きのギターが素晴らし過ぎます。

SOUND→ ◎

MAKE UP / Energy One ・Heart of Iron

日をおいて先週のマイワールドを読み返すと、思いだけが先走り支離滅裂な文章で、いったい何が言いたいのかよく分からず恥ずかしいです。
でも考え方を変えてみると、青春とはそういうものなのかもしれないとも思う。
まだ全然磨かれていない原石で刺々していて、人を傷づけたり傷づけられたりして、優しさを憶えていく。
そんな青い嵐の中、MAKE UPの音楽がいつも僕らの隣にいてくれて支えてくれた。
その歌詞から人の喜悲を汲み取り、サウンドからパワーを与えられ、僕等は大きくなった。
今この歳で聴くことを、単なるノスタルジーにはしたくない。
原石を自分で、そして時には人の手を借りて磨き、丸い石に少しずつはなってきているはずだが、あの頃の純度の高い荒々しい石をもう一度目指したくなる。
それはもう一度、原石を見つけ出す所から始めるのではなく、今の磨かれた状態を一旦砕いてバラバラにして、より丸いそしてできれば更に純度の高い魂にして行ければなんてことを思い願う。それにはやっぱり青い頃に聞いた音楽がまだ、必要なんだ。
若さの火と、経験の水を、上手く身体の中で使えれば出来るはず。

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1987年リリースの2ndアルバム・STRAIGHT LINERのB面の1曲目2曲目、
Energy Oneと、Heart Of Iron。
この曲順でラストライブでも演奏したキャッチ―でパワフルな、とても好きな曲です。
1stアルバムリリース後に行われた厚生年金会館中ホールでの記念すべき、デビューライブを観に行った。
その時すでに、2ndアルバムの曲を全て演奏された中で、この2曲がとても印象に残った。
直後に2ndがリリースされ、直ぐに買いに走った。
自分史の中で途轍もなく名盤です。

SOUND→ ◎

SOUND→ ◎

MAKE UP / City Lights, Wishing

さぁ、別れがあってそして出逢いへと繋がる4月です。
今月はまたまた、邦楽ハードロック特集に戻ります。
まだまだ伝えられていないバンドがひしめき合ってるので、ひとつひとつ丁寧にご紹介していきたいと思います。
今日は僕の高校生活の全て、青春のすべてがこのバンドサウンドに詰まっていると言っても言い足りない、そうMAKE-UPの登場です。
みなさんの頭の中には?マークが飛んでいますよね。
あまりこういう説明はしたくはないのですが、聖闘士星矢のテーマ曲で有名になってしまったバンドです。
元々はJOURNEYなんかを意識した、れっきとしたハードロックバンドでした。
僕が高校2年の1984年、アルバム“Howling will”でデビューしました。
ラジオの深夜放送が好きだった僕は、このアルバムのLove&Hateという曲が突然流れて来るのを聴いて、なんという恰好いい曲。
日本にこんなサウンドを奏でる、そしてこんな歌声のヴォーカルがいるんやと、驚いて飛び起きた事を今も憶えている。
ただ、実は歌声には聴き覚えがあったのだ。
今は亡きLOUDNESSのドラム・樋口宗孝のソロアルバムで1曲披露していて、曲と歌声があまりにも強烈で、学校中の話題になっていた。
その曲は改めてご紹介しようと思いますが、邦楽ハードロックのバラードの中で、3本の指に入る名バラードです。
話を戻して、、、
MAKE-UPの1stアルバムがリリースされてからというもの、一番仲の好かった5人組の僕等は虜になった。
そして2ndアルバムがリリースされてからというもの、晴れの日も、雨の日も、朝でも夜でも、自宅で親友宅で、1人でも5人でも、兎に角レコード盤が擦り切れてしまうほど、毎日毎日繰り返しいっつも聴いていた。
当然バンドでも演奏するようになり、いつしかMAKE-UPはあいつらがコピーするからと、誰も手を出せなくなったのだ。
歌詞、歌声、メロディ、全てにおいて高校生だった僕らの青い胸に、響いたのだ。
高校2年の時、当時京都の四条河原町蛸薬師通西入るにあったビブレホールで、9曲程演奏した中でMAKE-UPの1stアルバムから3曲演奏した。
また高校3年の卒業ライブを京都駅八条口にある、アバンティホールで行った時には、やはり9曲程演奏した中で、2ndアルバムから5曲を演奏した。
それほどほんとに好きだったし今も好きだし、曲を聴くと胸の内側が青くなり、丸く柔らかい何かが身体の中に生まれる気がする。
書きたい事が止まらない。
来週まで待てない。

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今日ご紹介する曲は、2ndアルバム“STRAIGHT LINER”の、
B面の3曲目City Lightと最後の曲、Wishing。
何故この2曲かと言いますと、卒業ライブの最後にこの2曲を続けて演奏して終わったからです。
最後にオリジナルを1曲だけやろうという事になり、AIRPORTという恥ずかしい曲の作詞作曲を担当し、デモテープ風の音源を一応作り、スタジオに持ち込み、メンバーみんなでアレンジをして、最後の1回のスタジオ練習で仕上げることになっていた。
だが、ライブの数日前から高熱を出して寝込んでしまい、全く練習ができなくなってしまったのだ。
9曲のコピー曲は仕上がっていたが、オリジナルは夢と消えた。
ライブ当日、見に来てくれた仲間が迎えに来てくれて、震えながら京都駅まで近鉄に乗り、滑り込むようにアバンティホールへ。
メンバーに抱かれながらステージへ。
これが最後のライブだったので、バンドをやり始めるきっかけになったBassで参加していた。
ところがライブが始まると嘘のように弾けたのだ。
身体もシャンとしてしっかり弾いていたと思う。
ただライブ中の事は夢中で、あまり記憶にない。
演奏を終えステージの幕が下った途端、メンバーと抱き合い、みんなでボロボロ泣いた。
声を出して泣いた。
それを見ていた友人が俺に駆け寄ってきて、抱きかかえてくれた。
そいつは、何にも楽器ができない、ハードロックも殆ど聴いたことがなかった俺を、初めてバンドに誘ってくれた、ギターだった。
プロ志向が強かった彼はしばらくして、そのバンドから去った。
その彼が、俺を抱きかかえながら言ってくれた。
「お前らを見て分かったわ、バンドってなんなのか、教えてもらったわ!」
そのひと言で青春にひと区切りを付けた。

家に戻り、無事に終わったと母親に告げ、抱き合って喜んだ事も、
俺の青春の1ページになっている。

SOUND→ ◎

SOUND→ ◎