写真プリント。

歳も50直前ともなると、色々振り返ることがある。
じーさんみたいなことを言ってしまうが、それはそういうもんだ。
特に、自分らの親のことに思いを巡らせる時間が増えた。
昔の人は孤独に強い。
今のお母さん方のような手厚いケアとかもなく、楽しそうなイベントが週末ごとにどこかでやっていることもなく、至れり尽くせりなこの時代とは違うから、孤独に生きてく力が凄まじく強いように思えてならない。
うちの母親は手仕事が好きで、よく縫い物をしていた。
家のことにも時間を惜しみなく使っていた。
毎朝掃除機をかけ、そのあと決まって棚から床から隅々まで雑巾がけをして、お料理にも手間を掛けてた。
襖や障子紙を貼り替えたり、しつらえにも凝っていて、ボクは季節感を家の用事から感じていた気がする。
自分の時間は家事にあり、、、 とでも言いたげに、仕事をしながらでもやってくれていた。

父親はと言うと、朝から晩まで仕事仕事仕事、仕事の鬼だった!
でもたまの休日には、キャッチボールをしたり、スクーターでどこかえ連れて行ってくれたりした。
昔からアルバムを見るのが好きなオレは、今でも時々見ている。
でもその写真を撮ってくれてたのは、忙しいはずの父だった。
ブランコや滑り台で遊んでる様子や、バットを構えてるところ、友達といるところ、、、何てことない写真やけど、どの写真を見ても、すごくいい顔で笑っている。
父が撮ってくれてることが嬉しかったんだろう。
フィルム写真だから、枚数は全然多くないし、1年間でも数本のフィルムだけだと思う。
そしてそれを母がアルバムにするという、二人の役割がそれぞれにあるとともに夫婦の共同作業だった。
そういう時に、子供に対する共通の愛情のようなものを実感できたのかも知れない。
少ない写真でも、父や母はこんな風に自分のことを見てくれてたんやなぁと思うと、胸が熱くなる。
写真っていいもんだ!
自分の姿だけでなく、撮ってくれてる人の心も写してるんだな。
数少ない写真だからこそ、伝わる大切な心があると思う。

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