こどもカメラ1

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ボクも写ルンですで撮りました。(上の写真)

先週の土曜日に行いましたこども16名のワークショップ、“こどもカメラ”。
無事に終了いたしました。
ご参加下さったみなさま、暑い中ほんとに有難うございました。
募集時には予想をはるかに上回る大きな反応に驚き、そして少々オーバーではありますが、皆さまの大きな期待をココロで感じ、当日は行いました。

こどもたちはやっぱりすごいです!
彼らの彼女らの嘘のない、柵もない、そして時には怖いくらい真っ直ぐで、限りなく透明に近い世界が大好きです。その世界に一緒に身をおくと、見えてくるんですね。
こんなに濁ってしまった人間でも、表面を洗い流してくれたかのように、向こうが透き通って見えてくる。
時代が暗闇になる前に、ボクらはこどもたちと光の世界へと出て行かなくてはいけないようです。

必死にファインダーを覗いて、輝く瞬間を待って、狙って、1枚1枚丁寧に撮る。
そしてまたジブンの手でフィルムを巻く。
その繰り返しの中に、こども達は何を見たんだろう。
写し出されたフィルムの生写真の美しい色合いと、枠から飛び出した構図にはやっぱり嘘はなく、生きてる強さを見た。
デジタルが主流になって、過ぎた日はもう戻らないと思う人もいるだろうけど、そんな事に構ってる時間はない。もう恐れない。
こども達が大切なモノを呼び醒ましてくれたから。

写真は撮られるより、撮る方がずっと得るものは大きい。
撮った人間にしか分からないことがある。
フィルムに写し出された世界だけでなく、写っていないものが実は沢山あるのだと思う。
その時の会話や、季節の香りや、撮れていた時の喜びや、カメラを構えている時に実は笑っている、自分の顔や。ここには書きませんが、沢山のことがこどもたちとの間に生まれた。
ただ、着地点は撮ることではなく、その写真をアルバムに入れてみんなであーだこーだ言って見る!
アルバムを見ていたあの頃の光景をみんなで撮り戻すこと。

お前たち、小さくまとまんなよ。

この取り組みを、ライフワークにする事にしました。
地元から全国へ、必ず広めていきます。
今回来れなかった方々へ、、、 次回また行いますので是非いらして下さいね。
普遍的なことへの挑戦を始めます。

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STU:Lの取り組みを、京都新聞さんが取り上げて下さいました。

写真力

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きのうのコト。

近所にある、こじんまりとした清潔感のある佇まいの昔ながらの風合いを持つ、
とても美味しい和菓子屋さんに2ヶ月ぶりに行った。
「そうや、わらび餅を買おう。」と思い立ったからだ。
喜び勇んで出掛けたのも束の間、店の前に着いた途端うな垂れてしまったのだ。
筆で書かれた1枚の紙が、お店のガラガラドアに貼ってあった。
少しだけ嫌な予感がしたが、どうやら的中してしまったようだ。
こういう時の勘は、当たるのが常である。
眉間にシワを寄せ読んでみると、4月末日をもってお店を閉店いたしました。
と書かれていた。
後悔、未練、こうかい、みれん、コウカイ、ミレン、の繰り返し。
分かってれば先月、買いに来たのに。
最後にもう一度、あのわらび餅を食したかったのに。
大好きなお店やったのに。
のにのに、、、 相田みつをさんにお叱りを受けるかもしれないけれど、
とにかく心の中で、“のにのに”の連発。

朦朧としながらも、足早にそこから立ち去った。
しばらくして、ふと思った。
「あのお店、最後の写真は残さはったんかな?」
大変大きなお世話だけど、仕事がらそう思わずにはいられなかった。
以前にも同じようなことがあったから、そう思うのだと思う。
ただその時はお客さんのご実家のお店ということで、ボクが写真を残すお手伝いができた。
職人の親御さんの、最後のお仕事風景やお仕事場を撮影した。
ご夫婦で職人として歩んで来られた道のりのお話を、ほんとに嬉しそうなお顔で語ってくださった。
撮影をしながら深ーく聞いていた。。
後日アルバムをお作りしたのですが、ご依頼を頂いた娘さんから驚く発言が。
あの撮影の日を境に、やっぱりもう少し仕事を続けると言われたことをお聞きして、写真力の凄まじさを感じた。
アルバムは、それから少しあとでお渡しになったと聞きました。

もしかすると和菓子屋さんにも、写真を通して何か大きな力をお届けできたかも知れない。
何も起こらなかったかも知れないけど、写真は絶対に残したほうがいい。
虚しくなった。
自分がカメラマンだということを、無意味にはあんまり話さないけれど、
意味なんて、実は相手が決めることなんだ。
撮る撮らないもお客さんが決めること。
ならば、先ずはできるだけ多くの人の何かの時のために、
ボクはカメラマン!
だという事を知ってもらう必要があるのだと、強く熱く思った昨日でした。

フィルム

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この何とも言えない丸みと色合いがやっぱり好きだな。
これからもフィルムで撮って、プリント技師さんと仕事をして行く。

ご自身の最新作映画もこれまでと同じフィルム撮影をすることにこめた思いを、
映画監督の山田洋次さんはこんな風に言われています。
以下、抜粋。

「フィルム生産が消えていくことが、フィルムで育った人間として腹立たしく思えてしょうがない。僕は、フィルムでやってきた編集技師や録音技師たちと仕事を続けていこうと思っています。」

ハリウッドでは以外にも、35ミリフィルムで撮影されている映画が沢山あるようです。良いものは好いということだろう。
日本は、デジタルと言えばみんながそちらへ流れていく傾向になる。
フィルムは、保存状態がよければ100年はもつと言われている中、デジタルデータは機器が変わるとその都度保存をし直したり、故障などが起これば消えてしまうそんな危うさも持つ。
コスト面・利便性・クォリティなど、撮る時々の心構えに合わせて双方を上手く使いこなせればいいのだろう。
フィルムカメラの扱いを知っておくと、勿論デジタルカメラにも応用できる。
ボクは、フィルムカメラでの撮り方をこれからも様々な場所で、平たーく説明をして歩くことになるだろう。
ほらっ、こんなに簡単でしょっ。

そして、
ボクは、プリント技師さんとこれからも仕事を続けて行こうと思う。

なんにもいらなくなる。

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スツールフィルムカメラ教室の生徒さんたち、OB・OG総勢15名で、
撮影会をつい先日行いました。
行き先は神戸市須磨にある、ケーブルカーやリフトで登る山上遊園。
その日は天候に恵まれ、突き抜ける青空と、濃い緑と、見下ろす海岸、降り注ぐ太陽の光。とても爽やかで、小さな子ども達が手を上げて喜びそうなロケーションなのに、大人15名。
しかも全員の首には、黒く怪しく光る大きくて頑丈なフィルム一眼レフカメラ。
周りからは、どれほどまでに場所と不釣合いに写っていたんだろう。
考えるだけでも恐ろしくなる。
しかし我々本人たちは涼しく、この軍団を快くそして愛おしく思っていたに違いない。
何故なら全員がフィルムカメラで写すという、所謂荒業をやってのける上、
一筋縄では行かぬ人達の集まりである、スツールというキーワードを握っているからだ。
撮って、お弁当を食べ、山を下りて、海岸まで歩いて、また撮る。
何人かの生徒さんとボクは、もうカメラを置いて冷たい海に入った。
貝殻を集めたり、蟹を取ったりしてワイワイ遊ぶ姿をまた誰かが撮る。
やがてみんなもカメラを置いてもう撮るのをやめた。
話し始める。
海と空の間には、なんにもいらなくなる。
心と心が真正直になって、互いの目を見て、共有している時間を確かめる。
光景を見て、これがスツールなんだと頷いたりした。
撮影会の冒頭にこんな話をした。
「最近は視覚的なことばかりで、五感を使っていない気がする。
今日は思いっきり五感を使って自然を感じて、楽しもう。」

まさしくそんな時間だった。
スツールのカメラ教室に通う生徒さんはみんな、オモシロイ。
最後にはカメラを置いて、誰も写真を撮らなくなるんやから。
ボクが最初に撮らなくなったんやけど。

この教室がいつまでも、
各々にとって自分らしくいられる時間であり続けたいと思う。