コンプレックス

コンプレックスがあって好かったね、なんて思う人はきっといないだろう。
できればそういう類のものはなく、真っ直ぐな道を歩いて行く方がよさそうだから。
けど、誰もが何かを抱えているものだとも思う。
容姿だったり、声だったり、不器用さだったり、今までの行いだったり。
周りから全く問題なしという合格ハンコを押されても、なんだか気持ちは清々しいとまではいかない。
さて、どうする?

エイ・ヤーと脱ぎ捨てられたらどんなに楽か。
しかし一生、洋服のように身にまとわなければいけないなら、できることなら邪魔ものにはしたくない。
できることなら味方にして、力に変えたいと思う。
コンプレックスを味方にするというより、見事に跳ね除けた人達がいる。
僕はその人達を表現者と呼ぶ。
押さえ付けるというニュアンスではなくて、解き放すと言ったほうが腑に落ちる。
その手段は実は難しいことでなくて、読む・書く・話す・作るという基本動作なのかも知れないと、まだぼんやりだけど思う。
コンプレックスから逃れるというより、それがあるからこの表現ができるという考え方ができたら素敵なんじゃないかな。

自分のコンプレックスは、どのやり方で解き放たれるのだろう。
よくビックリされるんだけど、何を隠そう人見知りなのだ。
ずっとずっと前からだ。
だから人物カメラマンなんだと、極めようとすればするほどそう思う。
カメラ道を邁進するほどに、カメラがないと人と話しづらくなる。
カメラで人と繋がっていないと、何にも出来なくなっている気がする。
きっとそうなのだ。
これもコンプレックスの賜物なのかもしれない。
とにかく心地いいので、やり続けてみる。

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