オーバーオール

子どもの頃のこと。特に小学校の高学年の思い出は、大人になってからも大きな意味を持つことがある。
時折、こんな話を本で読んだりする。
「小学校の時から好きだったから、今の仕事に就いてる。」
こんなことを爽やかに、きっぱりと言える人がとてもうらやましく思ったりする。
子ども時代に一生を決定づける体験や出会いがあって、それを逃さずキャッチする勘のようなもの。
人生の勘か、その言葉の中に強さと頑張り過ぎないやらかさが同居していて素敵だな。子どもならではなのかもしれない。
神様が与えてくれた特別なチカラに目覚め、それを追求した結果、仕事になりました。なんて恰好よく言えるとは、自分には想像もできない。
しかし、それが仕事ではなく趣味や日常の場面でも実はあるのだと思った。

それがオーバーオールだ。
小学5,6年の時はいつもオーバーオールだった。
その頃のその姿の写真もちゃんと残ってるし、頭の中のどこかにはずっとあった。
そんな昨年の夏、オーバーオールがやっぱり穿きたいと強く思った。
急いで作業着屋さんに行き、1本のヒッコリーのオーバーオールを見つけた。
40代半ばでまさかオーバーオールを購入するとは思ってなかったけど、
もっと驚いたのは友人について来てもらったのだ。
試着姿を見せて、いいと思う? 今思えば、相当応えにくい質問だと思った。
初めは妻の店の壁にペンキを塗る時や、大工仕事をする時にしか穿いてなかったけど、そのうちアルバム制作の時にもその格好をするようになった。
やがてエスカレートしてきて、なんにもない時にも部屋着として穿くようになり、やがて近所くらいならと歩いて1分の郵便局やコンビニにも軽々しく着て行くようになってしまった。
これがマズかった。
ついにこの前、超えてはいけない一線を超えてしまったのだ。
ヨーガ教室まで自転車で10分の道のりを、着用したのだ。
周りの反応を気にしているココロは、すぐに悟られるもの。
透かさず先生が、「タケウチさん、可愛いい格好で似合いますねー。」って。
40半ばの男がヒッコリーのオーバーオールを着てくりゃ、先生と言えども動揺されたんだろう。
思わず出た言葉が可愛い、でした。
その日を境に、もうどこへでも穿いて出掛けられるようになってしまった。
そして相手の反応を楽しんでしまう自分がいるのも確かだ。
この人、今ココロの中でどう思ってんねんろ?
きっと何にも思ってないんだろうけど。
この前なんか、友人家族の家にこの格好でごはんを食べに行った時、旦那が訳の分からんことを言った。
「うちにオーバーオールで来たん、やっさんで3人目やわ!」
一体彼は何が言いたかったんだろ?
以外にいるから大丈夫、安心して、、という尖がった優しさなのか。
それとも、まだ3人にしか会ったことのないこの出で立ちに珍しいものを見れた、というサプライズ感覚なのか。
いずれにしてもあとの2人は女性らしい。そらそうだろー。
そう言えばこんな僕より上手がいた。
妻である。
僕より先にオーバーオールを買っていたのだ。
フリーマーケットで1本100円のものを。

夫婦で同じ日に穿くことだけはやめような。
そのうち、誰も喋ってくれなくなるから。

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