優しさに包まれていた

光は毎日とても意識しているし、敏感でもある。
人から相談事を受けたりすると、必ず最後にはこう言うのだ。
光の方を向いて歩いて行こう。あまりくよくよせず、前向きな姿勢で行こうぜ !
みたいにまとめるのだ。
しかしどうしてそんなに光に敏感になったのか、やたらとその言葉を使いたがるのか、ふと考えてみた。
いわゆる職業病 ? 写真を生業にしてるから ?
うん、確かにそれはある。
どこから光がサッーと射し込んでいるのか、逆にどこが日陰なのか、
ものすごく燃えるような眼力で絶えず見ていると思う。
どの方向へレンズを向けると美しく見えるか、時にはぼんやり時には鋭角に睨んでいる。
カメラ教室の生徒さん達には、光の方向へ構えると印象の明るい写真が撮れるよ。っと、述べている。
仕事を重ねていくにつれ、段々とより鮮やかに自分なりの光の捉え方が分かってきた。

カメラを持ち始めた時、色々な写真集を見て気に入った本に関しては、いっつも鞄の中に詰め込んで、
それこそ穴が開くまで何度も何度も眺めるというより、法則のような答えを導きだすかのように読んでいた。
図式化して芸術を分析していたのである。
“ パトリス・ジュリアンのカフェ ”という本と15年前に出会った時は、稲妻が身体の中をぐるぐると回転しながら抜けていくような衝撃を浴びた。
今もとてもとても大切な1冊になっている。
思えば自分が撮る写真の全てはこの時期に育まれたのだと確信している。
好きな写真はどれも、光の方にレンズが向いていた。
でも何故、シャワーのような光の流れを感じる写真に惹かれるのだろう。
また考えた。
そして一つの結論が出た。実は自分のルーツにあるのだと。

父親は照明デザイナーをしている。
言葉のイメージほど恰好よくはないけれど、でも職業を言葉にするとそうなる。
図面を引いて形にして施工するという、0から10までを自分の範疇としている。
物心ついた頃からの父親の印象は、夜遅くまで仕事で家にはいないこと。
それから家に居るときは図面を引いていること。
それから競馬をこよなく愛したことだ。
余談だがぼくが絶対に競馬をしないのは、そのせいだ、そのお陰なのだ。
しかしパチンコは別だった。
プロかという位にはまっていた時期がある。
光なんて全然気にもしない、むしろ暗黒の時代だった。

親父の口癖は、「 家暗いなぁ。」だった。
言葉の意味は、そのままだ。
もっとみんなニコニコ笑顔で毎日を過ごそうよ。みたいな深い真理をついたようなことではなく、言葉通り家が暗いのだ。
そう言って夜になると、家じゅうの照明を付けて回ったり、なにかというと新しい照明を付け替えていた。
破天荒で掴み所のない父親だが、幼少期に光をたっぷり与えてくれたことが、今に繋がっていたのだ。
全ての部屋が南向きにある平屋に今、僕は住んでいる。
自然光の射し込む家の爽やかさがしっくりくる。
照明デザインをする親父が選んでいた家も、そういえばやっぱりどの部屋にも自然光が射し込んでいた。

優しさに包まれていた。

これからも、何があろうと光をたっぷり浴びるように家族と生きて行こうと、子どもの頃の自分とその頃の親父を思い出して深く清々しく思った。

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